Dies irae ~Unlimited desire~ 作:ROGOSS
巨大なステンドグラスからは、淡い光が差し込んでいた。
天井は高く、外見からは想像できないほど内装は厳かであり美しかった。
隣にいる櫻井に目を向ける。かれこれ数分間、目を閉じたまま動いていなかった。
神聖な教会にいるというのに、内に秘めているのは大罪。
それも数百もの命を奪った大罪。
いや、それでもそれを否定してしまうというのは彼女を否定することと同じだ。
奇妙な矛盾にとらわれながらも、士郎は一人苦笑した。
「悪いな、付き合わせて」
「いや……こんなところがあったなんて知らなかった」
「これだけ大きな教会は世界的にみてもそうないだろう」
朝食の最中、突然出かけないかと言われたときは驚いたが、なるほど、櫻井の勉強のためと聞いたときは納得がいった。
もともと櫻井は世界の宗教を学ぶために留学しているらしい。
隣にいる櫻井が唐突に苦し気な表情を浮かべる。
「大丈夫か?」
「あぁ……ただ」
「ただ?」
「覚悟を決めたんだ。もう、前に進むしかないから」
「俺も、ちょうどそう思っていた」
「そのわりには随分と険しい顔のままだな」
「戒だって険しいままだぞ?」
「人の生死が関わっているかもしれないんだ」
「それって……」
重苦しい沈黙が流れる。
お互いにどんな表情をしているか確認できないままだ。
出会って数日の彼らは、まだどこに地雷があるかをつかめていなかった。
「すまない。僕はこれから予定がある。適当に帰ってくれば構わない。鍵の場所はわかると思う」
そう言うと櫻井はそそくさと出て行ってしまった。
まるで士郎を避けているかのようだった。
怒っているわけではなさそうだけど……。
思わずため息が出た。
呆然と祭壇の上でほほ笑むマリア像を見る。
途方に暮れている士郎の肩を誰かが叩いた。振り向くと、そこにはいかにも神父といった柔和な笑みを浮かべ、カソリックを着た男が立っていた。
「なんでしょうか……」
「いえ、ご友人とご喧嘩をなさったのかと思いまして」
「あぁ、大丈夫ですよ。そんなことはないですから」
「それは良かった」
士郎の思い浮かべている神父の姿とはあまりにもかけ離れていた。
己の欲のためならばどこまでも狡猾に冷血になれる男。
言峰綺礼。
あの男と今、目の前にいる男は正反対といっても過言ではなかった。
目の前の神父が突然慌てたようにお辞儀をした。
「申し遅れました。私、ここで神父をしておりますヴァレリアと言います」
「衛宮士郎です」
「衛宮さんですか。よろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしくお願いしますねヴァレリア神父」
「時に……」
ヴァレリアはそこまで言うと言葉を止めた。
士郎が不審そうにしていると、ヴァレリアは申し訳なさそうに話を進める。
「不快になるかもしれませんが、衛宮さん。あなた、何かに悩んでいますか?」
「よくわかりましたね」
神父というのは勘が良いものなのだろうか?
感心しているとヴァレリアは「そうですか」と悲しげな表情を浮かべた。
まるで全ての事情を知っているかのような口振りだ。
「聞いておきながら申し訳ありません。私、話を聞くことはできないこともないのですけれど、的確なアドバイスはするのはどうも苦手でして……」
「大丈夫ですよ。もう、解決してますから」
「答えが出ている、と?」
「はい。その道が。今までの自分が、間違っていなかったて信じていますので」
「ほう……まるで、死地を潜り抜けた歴戦の猛者のお言葉のですね。いやはや、実に素晴らしい。では、あなたの望みは何ですか?」
「望み?」
「えぇ、あなたが信じて進んできた道の先にあるもの。それは何ですか?興味がわきましてね」
「みんなが幸せになることです」
ヴァレリアは目を丸くすると士郎を凝視した。
教会内の雰囲気が一変したような感じがした。
まるで、誰もが幸せになれるなど馬鹿げていると見えない何かが笑っているかのようだった。
「それは……どうして。どうしてそこまで自己を殺してまで。その夢を達するのは不可能だと貴方は知っているはずですが」
「誰もが幸せであって欲しいと。その感情は、きっと誰もが想う理想だ。だから引き返すなんてしない。何故ならこの夢は、けっして ―――――決して、間違いではありませんから! 俺はこの道を進み続けます」
かつて
その時は言葉に伝えることができなかった。
それだけの覚悟をしていたはずなのに、勇気を持てなかった。
だが、今は違った。
今、士郎が叶えたい夢はセイバーのものでもあった。
綺麗部分も汚い部分も、元は同じ願いであり渇望ならば受け入られた。
受け入れることで、勇気を持つことができた。
士郎は負けじとヴァレリアを見つめ返した。やがて、ヴァレリアは「なるほど」と言い元の笑顔に戻った。
「素晴らしいです。そこまでの覚悟ができる方などそうはいない。衛宮さん。あなたは自分で思っている以上に凄いお方です」
「それは褒めすぎですよ」
「そんなことはありません。これからも幾戦の苦戦があると思いますが、乗り切ってくださいね」
そういうヴァレリアの目は、どこか冷たさを含むものだった。