Dies irae ~Unlimited desire~ 作:ROGOSS
何もない祭壇にヴァレリアは傅いた。
マリア像が置かれているだけの簡素なつくりの祭壇だ。
しばらくすると、闇がうごめき始めた。
暗闇が暗黒を呼び漆黒を呼ぶ。教会全体が重圧な霊力によって絞めあがられていった。
カタカタとマリア像は揺れ続ける。
「聖餐杯」
「ハイドリヒ卿……」
主従の関係である彼らは互いの名を呼びあった。
ラインハルト・ハイドリヒ。
聖槍黒円卓第一位。我が首領閣下殿。
黄金の髪をたなびかせ、人類の黄金比率で構成された肉体を持つ彼は、おぼろげながらも姿を現した。
全てのスワスチカが開かれていないため、完全復活とはなっていないが今だけでも圧倒的な霊力を放っている彼が、復活を遂げた時どのようの姿になるかを想像するのは難しくなかった。
「既にご存知かと思いますが。お耳に入れていただきたく……」
「衛宮、といったか。なるほど。カールが連れてきただけあってそれなりに楽しめているのか?」
「さて……それはどうでしょうか。まだまだ自分の力をコントロールできていないようにみえますが」
「ほぉ……随分と酷評をするのだな」
「事実を言ったまでです。ですが、いつの日か脅威になるだけの器はあると見ました」
「それは面白い」
ラインハルトがクツクツと笑い始める。
ヴァレリアはただそれを聞いているのみだった。一瞬でも気を抜けば、強固な肉体と精神を持つ彼ですら飲み込まれてしまう恐れがあった。
「私の爪牙は戦えるか?」
「騎士達はいつでも戦えます」
「その割には……一致団結とまではいっていないようだが」
「……」
ラインハルトが笑みを浮かべていることなどわかっていた。愉快で笑っているわけではない。
元ゲシュタポ長官の彼は、裏切りという言葉に対して過敏だった。
ヴァレリアはさらに頭を下げ謝罪の意を示す。
「申し訳ありません、ラインハルト卿」
「なに、気にすることはない。聖餐杯、卿は私の留守をよく守っている」
たとえ守りたくなくとも守らなければならないという義務を与えられているから。
出かけた言葉をヴァレリアは飲み込む。
かつて何が起きたとしても過ぎ去ったことを後悔しても仕方がなかった。
後悔したならば取り戻せばいい。
何度でも何度でも贄はいる。
それが永久不滅の苦しみであることを知っているのは水銀だけだった。
ラインハルトがまるで冗談を言うかのような口調で言葉を放つ。
その内容にヴァレリアは思わず驚きの声をあげた。
「私もあの少年に会ってみたい、と思うのだが」
「ご、ご冗談を。先ほども申しましたが、彼はまだ……」
「気にすることはない。ただの興味だ。良きものなら私が喰らおう、悪いものなら卿らに与えよう。だが、愚か者ならば……」
その先にどのような言葉が来るかをヴァレリアは知っていた。
ラインハルトとはそういう男であることをよく理解しているからだ。
教会内の空気が一層重くなった。
マリア像はすでに床に落ち、粉々に割れていた。
その床には、かつてこの教会の神父だった男が血を流し倒れていた。
息はすでにない。
「その場で喰べてしまうだけさ」
「承知しました。では、用意は私に一任していただけないでしょうか?」
「頼んだぞ、聖餐杯」
「
フッと教会内の霊力が下がった。
ヴァレリアは初めて顔を上げた。その顔には笑みが張り付いている。
「さて、忙しくなりますね。なに……少し手を加えるだけですがね」