Dies irae ~Unlimited desire~   作:ROGOSS

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聖と邪

「やり過ぎッスよ」

 

「これでも加減したんだけどね」

 

「だからって、創造使ったら」

 

「仕方ないでしょ? 衛宮君の最大魔術と戦ったんだよ」

 

「そうは言いますけどね」

 

 二人の怪物が士郎を眺めながら痴話喧嘩をしているのが耳に入ってきた。痺れはまだまだ残っているものの、動けいないというほどではなかった。

 だが、士郎はこの状況を理解するための時間がを得るためわざと目覚めていないフリを続けていた。

 どうして俺は死んでいない。あのまま殺されてもいいはずだったのに……しかも、ベアトリスはまるで手加減したかのようだったが。

 

「いつまで寝てるんスかー? そんなにベアトリスの膝枕が気持ちいいですか?」

 

 突然シャルロットの言われ、士郎は飛び起きた。

シャルロットとしても適当に言っただけらしく「本当に起きてたんスね」などと驚いた顔をしていた。

 つい先ほどまで痴話喧嘩をしていたからといって、士郎が警戒を解く理由にはならなかった。痺れを我慢しながらも士郎はファイティングポーズをとる。

 

「なんスか。物騒すね。喧嘩でもするんスか」

 

「お前たちは俺を殺したいんだろ」

 

「はぁ……だったら、さっさと殺しているに決まってるじゃないスか」

 

「それは……そうだけどっ!」

 

「衛宮君。さっきはあなたを試させてもらったの」

 

 試す?何を試されたんだ。彼女はいったい何を言っているのだ。

 士郎の逡巡を見抜いたかのようにベアトリスは言葉を続けた。

 

「あなたがどれほどの力を持っているか。あなたが黒円卓にどのような感情を抱いているか。そして、あなたがその力に気付いているか」

 

「何を話しているんだ……」

 

「わからなくても無理はないわ。順を追って話しましょう」

 

「そうしてほしい」

 

「まず……私はあなたの敵ではないわ。むしろ仲間になりたいと思っているの」

 

 これは罠なのか?

 思考を巡らせる。だが、彼女の目に嘘を言っているような濁った輝きはなかった。

 むしろ、悲壮にあふれた悲しみの光を宿っていた。

 思わずその目に吸い込まれそうになるような感覚を士郎は覚える。

 その悲しみはシャルロットにも同じものが見えた。

 嘘じゃないとしたら……まさか彼女たちはっ!

 

「裏切るのか……?」

 

「それは……」

 

「はっきり答えてくれ」

 

「そうスよ。私たちはもう、あの人たちのやり方を黙認できない」

 

「どうして」

 

「衛宮君。あなたは知ってるわよね?黄金錬成を完成させれば願いを叶えられるって。極端な話黄金錬成は復活の儀式なの」

 

「復活の儀式?」

 

「そう。そして復活の助けをしたあかつきに、私たちは願いを叶えられる。黒円卓の騎士達はみんな大なり小なり叶えたい渇望があるの。魔に堕ちたとしても叶えたい渇望が」

 

「渇望……」

 

 願って望んで希続けて、それでも叶えることのできない遠い存在。

 そしてそれを追い求める行為そのものに人は名前をつけた。渇望。

 果てしない渇きを癒すために人は魔に堕ちる。

 それは士郎が聖杯戦争に経験したそのものであり、まったくもって不思議な話ではなかった。

 だが、それならば何故彼女たちはその渇望を捨ててまで黄金錬成を止めようとするのか。

 さらなる疑問が士郎の頭の中でもたげた。

 

「なんでさ。お前たちにも叶えたい渇望はあるんだろ!」

 

「もちろんです。ですが……」

 

「ですが……?」

 

「救いたい人がいました」

 

 そうしてベアトリスは語りだした。

 自分が戦時中、敵味方関係なくその誇り高い戦い方から戦乙女(ヴァルキュリア)として語られていたことを。彼女が尊敬する高潔で高尚な上官がいたことを。

 その上官は魔に、男に魅せられ堕落していった様を。

 その上官を救いたいと願い、渇望したことを。

 

「でも、だめなんです。私の尊敬する彼女が戻ってくることはない。むしろ、この戦争を果てしなく広げようとしている。そんな姿は見たくないし……なにより、私は死人で照らした道など進みたくない」

 

「……シャルロットもなのか?」

 

「そうスね。私も我慢できなくなりました。これ以上……何かを選択して捨てたくない。」

 

 そうかシャルロットもまた、何かを渇望したのか。

 そしてそれが叶わぬと知り、己の(ごう)の深さに触れてしまったのか。

 ここまで語った彼女たちを士郎は完全に信用していた。

 甘いわね士郎、遠坂がここにいたらそう言われるだろうなと思いながらも、士郎は信用し手を結ぶとのことを伝えた。

 彼女たちはひどく喜んだ。

 

「でしたら、衛宮君に伝えなければいけないことがありますね」

 

「伝えなけらばいけないこと?」

 

「えぇ……。衛宮君も何かの魔術を使えるようですが、黒円卓の騎士たちにその力はまったく通用しません」

 

「どうしてっ!」

 

「正反対だからですよ」

 

「正反対?」

 

「その通りです。あなたが使うものはひどく眩しい。目をそむけたくなるほど。いわば聖の力。ですが……私たちの使う力は黒く、醜い。いわば邪の力。」

 

「どういう……?」

 

「言いましたよね?私たちは大なり小なり渇望がある、と」

 

「あぁ……」

 

「渇望なんて醜いものです」

 

 ベアトリスは自嘲的に笑うと改めて士郎へと向いた。

 何かを語ろうとする強い意志を士郎は感じた。

 

「私たちはそんな醜いモノを糧にしています。それは私たちの武器であり、唯一無二の力となっています。それが聖遺物を扱うための条件」

 

「聖遺物?」

 

「はい。聖遺物を具現化して戦っています。聖遺物、いい響きですか?ですが聖遺物になりえる条件は数多の数の命を奪ったという曰くがあること。願いを叶えることは他社を屠ること。共存などありえない。それがこの力なのです」

 

「共存はない……」

 

「はい。衛宮君もあの水銀(メルクリウス)に目をつけられているんです。何かしらの(ちから)があるのでは?」

 

 心拍数があがる。冷や汗が背中に流れていくのが感じられた。

 心当たりがないわけではなかった。

 あの災害の時生きたいと切に願った。

 そして生き残ってしまったがゆえに、死んでいったものの分まで何かをなして生きなければいけないと言い聞かした。

 そうして得た夢が正義の味方だった。

 だが、それ以上に士郎には心につかえるものがあった。

ベルリン(ここ)に連れてこられてから感じる不快な感覚。

体の内側が、なにかに汚染されてるかのようなネットリとした気持ちの悪いそれに、士郎は心あたりがある。

 俺の罪でないとして、俺が背負うと決めた罪。そうか、セイバー。これはお前の。

 

「なにかあるんスね」

 

「そうだな。わかってはいた。だけど認めたくなかった」

 

「それはいけないッスね。人は知らずのうちに誰かを傷つけているものッス。違いはその業に気付けるか否か。衛宮さんはどちらッスか」

 

 考えるまでもなかった。

 みんなを守りたいのであれば、いつどこで誰が傷ついたのかをしらなくてはいけない。

 それがたとえ、不可抗力であってもだ。

 

「俺はしっかり見つめられる」

 

「安心したッス」

 

「衛宮君。この力には4段階あるの」

 

「4段階?」

 

「活動・形成・創造・流出」

 

 ベアトリスが先ほどみせた技を思い出す。

 なるほどあれが創造なのか。確かにすさまじい威力であり手も足も出なかった。

 

「急がなくていい。今はその4段階……位階があること。そして自分の内にある罪と向き合って。そうすれば、あなたに必ず答えてくれるから」

 

「わかった。黄金錬成は……俺たちで止めよう」

 

「もちろんッスよ」

 

「わかってるわ」

 

 士郎は内に話しかけた。

 なぁ、セイバー。

 お前はいったい、何をそんなに気に病んでいるんだ。

 高潔なお前は何を迷っているんだ。


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