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「ねえ、3年間もISを動かしてたんでしょ。二次移行とかってもうしたの?」
「まだしてないね。ISの適性はSが出てて、織斑先生の現役時代と同じなんだ。それでも二次移行はまだ来る気配もないよ」
「そうなんだ。でも適性Sってすごいね。私なんてA⁺で適性値が高いからって三橋重工にスカウトされたんだよ」
「面白いのがさ、桜花だとS判定が出るんだけど、他のISだとD以下でパイロットにすらなれないんだ。反応しないわけじゃないんだけど、何故かダメなんだよね。しかも、桜花は僕以外じゃ反応しないんだ」
「そうなんだ。じゃあ、桜花は文字通り渡良瀬くん専用のISなんだね。桜花に好かれてるのかな」
「好かれるって、ISは機械なんだからそんな風にならないんじゃないかな?」
「ほら、ISコアは一つ一つが人格を持って自己進化するって言われてるじゃない。だから、自己進化していけば自我が生まれたり、感情とかも生まれるんじゃない?」
「そんなものなのかな」
「きっとそうだよ」
ハワイに向けて飛び始めてから既に6時間くらいが経っている。
桜花も秋桜も順調で、飛び始めてから一時間くらいは地上の施設と交信しながら飛んでいた。
それからしばらくは予定通りに飛行して、飛び始めてから2時間経った頃だろうか、秋桜の稼動限界予定速度の時速900キロに速度を上げて試験飛行を行った。
実際に試験を行ってみれば時速960キロまで出ることが分かり、計算なら最大荷重の10トンを積んだ状態での飛行が時速900キロ程度になるとのことだ。
それらの試験をしながら飛行すること4時間。データ交信も粗方終わってハワイに向かうだけになると、地上施設からの交信もなくなった。
次の交信は、ハワイまで残り10分程度になったときに向こうからかけてくるらしい。
といったところで、4時間は交信などの作業で存外に忙しかった。
今は余裕が出てきて、明菜の方から残りの3時間程度、お話をしようと誘ってきた。
僕には断る理由はないわけではないが、外との関わりが全くないのだから、少しくらいいいだろうと自分の心を甘やかした。
会話の内容というのも、自分の趣味の話やISのことについて話した。宇宙空間でした作業や、ヒューストンとモスクワ、日本の種子島をISS経由で行ったり来たり繰り返していたこと。
明菜も自分の趣味やISでは戦闘訓練を全く積んでいなかったこと。筆記は高得点だったが、実践試験では全く試験管に歯が立たなかったIS学園入学試験の話。中学の修学旅行で行った京都が綺麗だったことなど。
なんの他愛もない話だけど、それだけでもう二時間は時間を潰していた。
ただ、お互いを名字で呼び合って、中学より前の話は全く話題にしなかった。
これでいいんだ。
僕はこうして話しているだけで幸せだったから。
本当に幸せな時間だったから。
「ずっと学校に行ってないって聞いたけど、もしかしてその間本当に友達っていなかったの?」
「えっと……。友達と言える友達はいなかったかな。情報統制されてたから、一般人は僕の存在を知ることなんてできなかっただろうし」
「本当に独りぼっちだったんだね」
「あ、そういえば一人だけいたかもしれない」
「え?それって誰?どんな人?」
「アレックスっていうんだ」
一人、そん当時の僕の気持ちを半分くらいは理解してくれた、きっと友人だ。
僕は一人だけ男でISが使えること、そして明菜という唯一無二の友人であり深い仲だった人との縁を切られて自棄になっていたときだ。
アレックスはロウズ長官の養子で、一つ年下だった。自分も局長に拾われるまで一人だったことを語り、好物でいつも持ち歩いていたビスケットをくれた。
内心そういった優しさをくれるのは嬉しかったけど、当時の僕は邪険にした。
嬉しく思う裏で、僕を本当の意味では理解してくれるわけではなかったし、日々の多忙さに追われる僕は構っていられなかった。
それでも、僕が何か失敗したりしたときにはビスケットを持って励ましてくれた。
そうか。
今思えばロウズ長官だって、NASAのブライアン長官も、ロスコスモスのモロトフ長官も、JAXAの宮田理事も、父さんだって僕を励ましてくれていたんだ。心配してくれていたんだ。
僕は無自覚のままに独りじゃなかったんだ。
そうやって自分が独りなんだと思い込んで塞ぎ込んで。本当にどうしようもない。
「僕を励ますためにビスケットをくれるやつ。僕はその時色々余裕がなくてさ、邪険にしちゃったんだよね」
「そうなんだ。じゃあ、それに気付けたならしっかりお礼を言わないとね」
「うんそうだね……。ヒューストンには結構滞在するから会えるかも。その時に言うよ」
「そうだよ。言えないで後悔することだってあるんだから……」
一瞬、僕は沈黙した。
空気というか、なんとなく明菜の雰囲気がここを境に変わった気がする。
「ねえ、
優しい声色だった。
でも僕にとって今の明菜の声は、真綿で首を絞めるようなものだった。
数時間にも渡って話していたのは僕の抵抗を弱くするためか?
時間を持て余したから話していただけで、僕のこのちっぽけな決意は揺るぎながらも、崩れることはないと思った。
崩すわけには行かないんだ。
明菜の為にも、僕が堪えなければいけないんだ。
そんな、強迫観念に近いもので自分の心を押し殺す。
ああ、僕が自分の心を甘やかさずに、彼女を拒絶していればこんな気持ちにさせることも、苦しめることもなかったのかもしれない。
「私が翔くんを間違えるわけないじゃん。だって、こんなに会いたかったんだよ?会えなくなって、連絡が取れなくなってすごく苦しかった。死んじゃうんじゃないかって思ったくらいだよ」
速さは変わらずに、同じ速度で飛んでいる桜花と秋桜。
同じ高さを同じ速度で並んで飛んでいる。
明菜が僕の腕を、無機質な甲冑のような腕部で掴んだ。
「私は翔くんのことが好きって気持ちは今も変わらない。翔くんの心が移っていても、もう思い出になってしまっていても構わないの」
「っっ!!」
明菜は目に涙を溜めて僕の瞳を射抜いてくる。
その真剣な眼差しに僕は応えることが出来ず、ただ目をそらすことしか出来なかった。
掴まれた腕を振り払う勇気さえなかった。
「私のことをしっかり見てよ!こっちを向いてよ!今この場だけでもいいから、本当のことを教えてよ!」
明菜の口から吐き出される言葉一つ一つが僕の胸を刺す
すべてを否定してやりたかった。
明菜のことが好きだと叫べればどれだけ僕は救われるだろう。
「何も分からず、ただ拒絶されて。一緒に遊んだあのときも、泣かされて励ましてくれたあの時も、桜を一緒に見たときも!秋桜を一緒に見たときも!抱き締めてくれたことも!キスしてくれたことも!好きだって言ってくれたことも!みんな、全部まとめて思い出にすらなってないで!!全部無かったことにされるなんて嫌なの!!」
掴まれていた手を引き寄せられて、僕は思い切り抱き締められた。頭を胸に抱き寄せられるような形で。
嗚咽を漏らしながら僕に言葉の全てをぶつける。
ぶつけられながら、本当に自分は愛されていることを改めて理解した。
そしてこの愛を全力で振り払わなければならないということも。
僕は覚悟を決めた。
「………放してよ」
「………嫌」
「……放せって」
「……絶対に嫌っ」
「放せって言ってるだろ!」
僕は強く明菜の肩を掴んで、放り投げるように突き飛ばした。
小さく怯える声がこのプライベートチャンネルの中で響いた。
血反吐が出そうな気分だ。実際吐いているのかもしれない。今から僕が吐き出す言葉はそれほどまでに醜いのだから。
「何が言いたい?何がしたい!?僕は君と出会ってなんかいないんだ!それを思い出だのなんだのって、全く理解が出来ない!君は精神を病んででもいるのか?昔想っていた人間を僕のことだと勘違いして思い込んで!挙げ句の果てには説教垂れて!これ以上訳の分からないことを言わないでくれ、頭が痛くなりそうだ!」
「え……。そ、そんな。そんなことって!」
明菜の、明菜の心が傷付く音が聞こえた気がする。
勿論、傷付けてあるのは他でもない僕だ。
「いや、僕が悪かったね。君みたいな人間に気を許したのが悪かったんだ」
「酷い……。酷いよぉ…………」
その場に泣き崩れてドンドンと秋桜は速度を落としていく。
「速度を落とすな!責務を果たせ!それも出来ないのか?どれだけの人に迷惑がかかると思っている!?」
「ぅ、ぅぁっ……。ヒック……ゥゥ……」
叶うことなら自分の手で僕を殺してやりたい。
自分の心を甘やかして、明菜に希望を持たせるようなことをして、結局これか?
ふざけている。どれだけ人を傷付ければ気が済むんだ?
本当に自分自身が大嫌いだ……。
ハワイまであと40分というところで止まってしまった。
『こちらハワイ宇宙観測研究所。桜花、秋桜共に停止を確認した。状況報告を求む』
『こちら桜花。秋桜のパイロットの気分が優れないようだ。時間はかかるがそちらには確実に向かう』
『こちらに送られてくるバイタル的に、精神的ストレスが大きいようだ。早めの到着を推奨する』
『了解。安全に配慮して至急そちらに向かう。アウト』
「ほら行くよ。泣いてたって仕方がないだろ」
「………………」
完全に止まってしまった。
泣き出したいのは明菜だけじゃない。
僕だって泣き出して何もかも捨ててしまいたい。
なんでこんなことを言わなきゃならないんだ!
自分が言いたい言葉とは正反対の言葉を吐いて、慰めの言葉なんてかけられるわけもなく、ただ腕を引こうとするしか出来なかった。
「っ!!」
だが触れようとすればその手を全力で払い除け、その場から動こうとしない。
「悪かったよ。僕が言い過ぎた。だから機嫌を直して早く陸へ降りよう。きっと長いこと飛んでいたから疲れているんだ」
「どうして……?」
「は?」
疲れていたのはきっと僕だ。
きっと明菜と同じくらい、心が壊れそうになっているはずだ。
この場を離れて、僕は明菜の前からいなくなってしまいたかった。けれどもそういうわけにもいかない。
今は前に進むしかないんだ。
だから少しでも進みたくて、進んでほしくてかけた言葉に問いかけられたとき、自分の心を見透かされるような気分に陥った。
「どうして、泣いてるの……?」
「あっ…………」
それからどちらが先に動いたかは覚えていない。
ただハワイの研究所に着いた時は二時間の遅れが出ていたことだけは分かった。
ハワイに着いてすぐ出迎えてくれた研究員にカウンセラーの下へ連れられた。
試みとして、ISによる長時間飛行や大洋横断なんかは既に行われ成功しているが、それは訓練された軍人が成功させたものだ。
あくまで高校生の明菜にとって膨大なストレスになったものだと判断したのだろう。
よたよたと力なく歩く後ろ姿は、余りにも悲痛だ。支えて上げられるなら支えてあげたいなんて、傷付けた本人が思うことはきっと薄汚いエゴなんだろう。
一日の休養を必要として、明日にはまたヒューストンへ向かう。
その時にはハワイの研究所で製作された5トン近い大きいサイズの探査機『ビッグディッパー』を輸送することになる。こちらは桜花での打ち上げは無理だから、今まで通りのロケットで打ち上げる。
きっとそれを背負って飛ぶ姿は亀の親子みたいなんだろうなと考えてしまって、クスリと笑ってしまった。
それと同時に、また二人きりの時間が続くのだと思うと暗い気持ちになった。
ここまで来るのとは違う、関係が少し変わってしまった状態で大丈夫なのだろうか?
二人分かれて向かうことを打診してみたが、長距離飛行に慣れていない初心者を一人で飛ばすのは危険との判断が下された。
これからの約7時間、きっと過酷で残酷な時間になるのだろうと思い更ける。
◇
また、拒絶されてしまった。
今度は手酷かった。
こうなることは覚悟していた。暴力を振るわれることも覚悟していた。
でも、翔くんの拒絶は全く本当の拒絶じゃないって分かった。
突き飛ばされたことも、暴言を吐かれたことも、私の心を確実に抉った。辛かったし、受け入れられるものじゃなかった。
けれども、それらの行い全てを持っても私の楔を打ち抜くことはなかった。
もし本気で拒絶していたら、私はハワイまで飛べていない。きっとその場で自害している。
でもそうじゃない。
翔くんは私を拒絶していながら泣いていた。
本当に嫌いだったら、拒絶するなら泣いたりなんてしない。
目をしっかり見て、本当の翔くんの心が分かった気がした。
私の心を傷付けながら、自分の心を磨り減らしていた。
私に言えない何かが、見えない分厚い大きな壁が私たちの間に立ち塞がっているんだ。
そう信じることしか私には出来なかった。
そうやって自分の心を保つことしか出来なかった。
明日、また7時間ちょっとの二人きりの時間が始まる。
翔くんはきっとまた優しく振る舞っているだろうけど、それは赤の他人として。
私の想い人としては振る舞ってくれないだろう。
だから、きっと辛い旅になる。確実に。
そんなの嫌。耐えられない。
だから私は懇願する。
お願い。お願いだから……。
「今のあなたは、私に優しくしないで……」
◇
今日の飛行の道のりは、嵐になることが予報されていた。
季節外れのハリケーンがハワイからアメリカよりで発生していて、上陸していれば停電は免れないレベルに大きいらしい。
三橋重工は極地状況下でのデータが欲しいので明菜に低めの高度で嵐の中を飛んで欲しいと打診した。
それは強く要望するものではなく、明菜の精神状況を鑑みた上で可能であれば、という極めて消極的な要請だった。
明菜はそれに二つ返事で答えを出した。
秋桜は『ビッグディッパー』を下にして、その上から『ひこぼし』を載せて合金ワイヤーとランチアームでガッチリと固定した。
予想通りの不恰好さに少し笑ってしまった。
そんな僕の様子を見て、明菜は頬を膨らましてへそを曲げた。
そう。僕らの間に昨日のやり取りなんてなかったかのように、互いが意識して振る舞った。
そして再考した予定の時間でハワイを飛び立ち、ヒューストンへ向かった。
細々とした交信を地上施設と行って、小一時間も飛ぶとそれもなくなった。
それから僕らは無言のままで、ただ真っ直ぐに飛んでいく。
風雨が酷くなってきて、PICがあるからこそ姿勢維持などに大した支障はなかったが、人間の本能的に揺さぶられるようだ。
ハリケーンの中心近くに近付くと、姿勢維持にも僅かに支障が出てきた。
桜花と秋桜は極地状況下での活動を根底に作られているから、他のISと比較すればどうってことはない。
これが仮に競技用ISならば、それなりに煽られて大変なはずだ。
『こちら秋桜。姿勢制御に支障が起きてますが、大したことはありません。データは送れていますか?』
『こちら本部。データを確認した。予測計算との誤差は殆どない』
明菜の方も異常が起きた段階ですぐに連絡を入れている。
『こちら本部。データは十分にとれた。これにてデータの収集を終了し、定刻通りにヒューストンへ向かってくれ。協力に感謝する』
『いえ、とんでもないです。お役にたててよかったですよ。お疲れ様です』
そう社交辞令を述べて通信を切る。
あとは本当に何もないまま飛ぶようになるだろう。
「お疲れ様。あとは飛ぶだけだね」
「そうだね……」
これから始まるであろう沈黙は、色々と耐え難いものなんだと思う。
けれども、僕が選んだ僕にとっての修羅の道。進まなければならない。
そんな感傷的なことを考えていられたのはこのほんの一瞬だけだった。
「
「えっ、なっ…!!」
空気を切り裂くとんでもない轟音が響いたかと思えば、大きく秋桜の背中が爆ぜた。