秒速8キロメートル   作:テノト

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一夏は二人との差を表したくて書いてますが、うーむ……。
そんなこんなでオリジナルストーリーです。

遅くなりましたが、誤字報告、評価、感想ありがとうございます。
ガッバガバな筆者ですが、これからも頑張って完走目指していきます!


Meeting to Virgin Flight

 あの試合が終わった翌日、SHR前に席についた俺は翔から言われたことの意味を考えていた。

 

「心が壊れてしまう、お前は千冬姉じゃないんだから焦るな……かぁ」

 

 俺は焦っているつもりはなかったし、そんながむしゃらに見えてたのか?

 確かにあの引き分けてすぐの時は悔しかったし、あの時発動した『白式』の単一仕様能力「零落白夜」だって、咄嗟に発動するんじゃなくてしっかり確認していれは分かっていたものだ。

 雪片弐型ってブレードの名前も、千冬姉がモンド・グロッソで優勝した時のものと同じ名前だ。少し想像すれば「零落白夜」のことを思い付いたはず。

 結局のところ、勝てる試合を逃したのは俺の油断のせいだ。翔にも箒にも申し訳ない。

 千冬姉に追い付きたいと考えていても、それはあくまで最終目標であって、そこまでトントン拍子で行けるほど甘くないことは、弟の自分だからこそよく分かる。千冬姉の背中をどれだけ見てきたことか。

 そもそも千冬姉はIS操縦者として憧れにしてこそ目標にしちゃダメだろ……。

 射撃戦が基本のISで近接装備しか持ってない方が奇特なんだ。

 俺のこの『白式』は零落白夜を発動させることを前提にするために、雪片弐型を積んでいる。だからこれは外せない。雪片弐型のお陰で、一次移行にもかかわらず単一仕様能力を使える。

 けれどもこれのせいで拡張領域の全てが使われていて、ナイフ一本後付武装に入れることは出来ない(ここらへんの詳しい知識は、翔が帰った後に山田先生から聞いた)。

 だから、俺は嫌でも千冬姉の戦い方を身につけなければいけない。それが勝ち上がる唯一の道筋だと考えている。

 話がずれたが、焦って千冬姉に近付けるならいくらでも焦るが、そんなことで至れる境地ではないのだ。

 だから一歩ずつ確実に近づいてみせる、とは思った。焦る要素なんて何もない。

 逆になんで翔は俺にそういったんだろう?

 翔は優しいし、同年代から見ても落ち着き過ぎているようにも感じる。

 たまに見せる顔は物憂げというか悩ましいというか。クラスの内外から女子がうっとりとしてしまっている。

 何か自分がそう感じているところでもあるのか……?

 いや、翔に限ってそれはないな。

 焦ってる様子も何もない。

 ただ、たまにするその物憂げな顔は何なんだろう?

 

 そうこう考えていると山田先生が来た。

 俺は腕を組んで仏頂面で俯いていた顔を上げて、なんとなく周りを見やる。

 ってあれ?隣が空席だ。

 翔、来てないのか?

 

「みなさんおはようございます!昨日は色々ありましたが、実際に戦うのを見て学べることは多かったと思います。というわけで、一年一組のクラス代表は織斑一夏君に決定しました!一が揃ってて、なんだか縁起がいいですね」

「そんなことより、翔のやつは来てないんですか?」

「そ、そんなことよりって大事なことじゃないですかぁ……。渡良瀬君は今日から2週間公欠です。なんでも、ISを使った宇宙での実験があるらしいですよ」

 

 山田先生がそういうと、クラスが大きく湧いた。

 

「やっぱり渡良瀬君は只者じゃなかったのね!」

「あの時々見せるセクシーな悩ましい表情……。私たちと同年代とは思えない!」

「ほら、宇宙とかに行くと思想とか性格とか、なんかそういうの変わっちゃうって聞いたことあるよ。きっとそれよっ」

「宇宙を旅する大人な渡良瀬君と、剣を振るう爽やかな織斑君……。女の監獄にこんなイケメン男子二人を賜るなんて、神様は寛大よね!?」

「掛け算しなきゃ……掛け算しなきゃ……」

 

 と、口々に黄色い声を出した。

 やっぱり、翔は人気があったのか。うん。男の俺から見ても確かにかっこいいもんな。

 ていうか、俺もその中に入れられるのはなんというか、嬉しいような恥ずかしいような……。

 

「お前ら静かにしろ」

 

 後から少し遅れてやって来た織斑先生こと、千冬姉はクラスの空気を締め直した。

 

「渡良瀬は重要な任務を預かって今日の朝早くから学園を出発した。恐らくニュースにも出るだろう。貴様らも学びに励み、一人前になれ。いいな、わかったな?」

 

 そういうと、さっきまでの黄色い声は嘘のようになくなり、全員のはいっ!という返事が重なった。

 もうここまでこのクラスは教育されているのか。さすが千冬姉だ。

 それにそうか、翔は宇宙開発の仕事と掛け持ちで入学してるんだったな。

 そんな素振りを全くしなかったし、宇宙の話なんて聞かなかったから忘れちまってた。

 

「では、SHRは終わりだ。織斑、今年一年間クラス代表として、クラスに、学園に奉仕するんだな。よろしく頼むぞ」

 

 ん?え?

 何か面白いことが聞こえてきたぞ。

 俺がクラス代表?

 それは本気で言ってるのだろうか?

 千冬姉は冗談とか言わない人種だぞ?

 

「返事をしろ。貴様がこれからクラス代表だ。拒否権はない。奉仕しろ。以上だ」

「…………はい」

 

 なんでこんなことになっているんだ……。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「えっ」

「あっ」

 

 IS学園から出ているモノレールに乗り、駅を出たらすぐに迎えの車があった。その車に乗って下請け会社の三橋重工に着いてすぐ、思いもよらない人にあってしまった。

 明菜がそこにいた。

 なんの心の準備もしていなかった僕が心を乱すのは必然だった。

 なんで明菜がこんなところに?

 

「えっと、牧瀬さん、おはよう」

「…………おはよう。渡良瀬くん」

 

 自分が蒔いた種だが、明菜に下の名前で呼ばれないのはショックだった。

 小学校に上がる前からの付き合いで、今まで名字で呼ばれたことはなかったか尚更だ。

 明菜も僕が牧瀬さんと呼んだとき、同じ事をかんじたのだろうか?ならば始めて会ったことを装った時なんて、もっと辛い気持ちになったに違いない。

 つくづく自分が如何に酷く醜い人間かを理解した。

 

「渡良瀬くんの打ち上げる宇宙探査機『ひこぼし』と必要機材をヒューストンまで運びます。運搬と輸送用ISの試験飛行を兼ねたテストパイロットの、三橋重工所属、牧瀬明菜です。2週間ほどですが、よろしくお願いします」

 

 明菜はそう言って、笑顔で右手を差し出した。

 

「ISDA所属『桜花』パイロットの渡良瀬翔です。よろしくお願いします」

 

 入学の日のあの抱擁以来、久し振りに明菜に触れた。

 6年近く触れていなかったのだから、久し振りという言葉は違和感があるかもしれないが、僕にはこの一瞬で数日間が膨大な時間に感じてしまった。

 

「上司の私が自己紹介をせずに、部下が先に済ませてしまうとは……。私は三島律子。牧瀬の担当主任をしております。私は飛行機の都合もあるから先にヒューストンに向かうけど、向こうではよろしくね」

 

 奥の建物からキャリーケースをがらがらと引っ張ってきた三島さんはそう短めに挨拶すると、それじゃあといって僕の横を抜けて会社を出ようとする。

 

「あの子、20分も前からあそこで貴方を待っていたのよ。渡良瀬君のファンなのか、それとも旧知の仲なのか。私はそんなこと知らないけど、仲良くして上げてね」

「っ!」

 

 心臓が止まるような感覚に襲われた。

 明菜は僕のことを諦めずに想っているのか?

 無駄とかそういう言葉を使いたくないけれども、僕はその想いに応えることは出来ない。だからあの日に拒絶した。

 これ以上僕は明菜を裏切りたくない。いっそのこと、頬を叩いてでも拒絶するべきなのだろうか?

 そんなこと、僕に出来るわけがない!

 中途半端な拒絶でこうなってしまったのだろうか?なんで僕を忘れてくれないんだ?

 僕たちの想いは仮に一致していたとしても、それを世界が繋ぎ留めてなんかくれないというのに、どうしてこうも側に置こうとするんだ。

 引き裂くならいっそのこと遠くへ、二度と出会えないように引き裂いてくれ!

 そんな心の叫びを吐き出してしまわないように、懸命に飲み込む。

 

「それじゃあ、早速出発の準備をしよう。飛行時間は12時間程度だから、その間食事も取れないし大変だね」

「そうだね。それじゃあ、出発前のミーティングをするから会議室に移動するよ。着いてきて!」

「おぁ、ちょっと!」

 

 明菜は無邪気に僕に微笑んで、手をぐいっと引いた。

 

 瞬間、僕の不安な気持ちの全てが払拭されたように感じた。

 僕の願いが叶ったのか?

 明菜の手の温もりが、あの遠く果てしない過去の、思い出の日々を思い起こさせた。

 初めて出会った保育園。馴染めない僕を、明菜は手を引いて遊びに誘ってくれたこと。

 小学校ではいつも一緒にいることをからかわれて、それで泣いてしまった明菜の手を引いて家まで帰ったりした。

 桜の木の下を、明菜は僕の手を引いて駆けずり回った。

 コスモスの咲き誇る秋、別れの日にはお互い手を引っ張らずに、同じペースで歩いていた。別れの際にはキスをして、お互いの気持ちが同じ場所にあることを確かめ合った。

 

 そんな幸せな気持ちが次々と沸き上がって、それが永遠であればいいと思ってしまった。

 たからこそ、今僕たちが置かれている世界が許してくれないから、悔しくて仕方がなかった。

 

「少し、痛いよ」

「あっ。ご、ごめん」

「ううん。いいの。緩めてくれたからそれで」

 

 僕は無意識の内に彼女の手を握る力を強めていた。

 ハッとして手を離して明菜の手を見てみると、僕の握り方が悪かったからか、明菜の手の甲には爪痕が付いてしまっていた。

 

「痛かったでしょ?本当にごめんね……」

「いいって言ったでしょ?大丈夫だから」

 

 明菜は離した手を見て、爪痕の付いた手を反対の手で包んではにかんでいた。

 今の彼女の気持ちは分かる気がするけど、手を離してみて僕は現実に引き戻された。

 だから彼女のその笑顔に対して、僕は自分の心に蓋をするしかなかった。

 

「ねえ、渡良瀬くん。私の専用ISの名前、知ってる?」

「えっと、知らないよ。話を聞く限りだと、今日が世間に初顔出しらしいじゃないか」

「えへへ。それも当然だよね。だって4日前に私が名前を付けたんだもん。知ってる人なんてまだ三橋の人と私だけだよ」

「そ、そうなんだね」

 

 僕の知らないようなことをわざわざ探して問いかけて、知らないって言えば笑顔を見せて僕に答えを教えてくる。彼女は何も変わっていない。

 その笑顔はいつも僕の本心をさらけ出させる。

 今もこうして僕の心の蓋を開けようとする。

 

秋桜(コスモス)っていうんだよ」

 

 こうやって、僕の心を激しく揺さぶるんだ。

 たった数分の出来事だと言うのに、僕の心は目まぐるしく容貌を変える。僕を振り回す。

 自分の心だというのに、それについて行くことは出来なかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 拒絶される怖さよりも、求める勇気の方が勝った。

 私はそう感じた。

 20分前までに会社の地下駐車場の本館入り口。そこで翔くんを待った。

 翔くんが車で連れられて来ることは分かっていたから、必然とこの場所を通ることになるから。

 20分も前に来て待ち伏せしたというよりは、目が覚めてしまったから早めに来て、待ち伏せすることにした、と言った方が正しい。

 早く目が覚めたのは、きっと自分の決意のようなものがそれだけ強くて緊張していたんだろう。

 でも早く来たお陰で冷静にもなれたし、自分の本心も整理出来た。

 重い女だとか、厚かましい女だって思われても仕方がないと思う。けれども、訳が分からないまま拒絶されて、そのまま引き下がるほど私の気持ちは弱くなかった。

 私は翔くんが好き。ずっと好き。

 この気持ちは変わらないものだけど、翔くんが私のことをどう思っているのか。それだけが私の心に軛を打つように突き刺さっていて、翔くんが私以外に好きな人がいると言ったら、きっと私は壊れる。その軛から粉々に打ち砕かれてしまう。

 はっきりと言ってくれない翔くんが悪いんだ。

 そんななんというか、煮え切らない態度の翔くんを私が引っ張っていかなくちゃ、なんて気持ちになってしまった。だから昔を思い出して、咄嗟に彼の手をとって引っ張った。

 ハッとしてみると、かなり大胆な行動だったと思う。

 翔くんはギュッと強くてを握り返してきた。それはすごく強くて、私の手の甲には爪痕が残った。

 血こそ出ていないけどちょっと痛かった。

 でもすぐに離してくれて、怪我の心配までしてくれる。

 私に初対面であるように振る舞っているけど、昔から私を心配してくれたりするその優しさは全く変わってなかった。それが堪らなく嬉しかった。

 それに翔くんの爪痕が残ってて、私が翔くんのものである証明に思ったりしちゃって、気恥ずかしくて嬉しかった。

 

 会議室では今回の仕事の説明がされた。

 予定が話されていたのより少し変更があった。

 ヒューストンへ直行するなら、アリューシャン方面へ飛んで行くのが最短コースだけど、ハワイの研究施設にある探査機の回収をしていく事になった。

 ハワイでの打ち合わせと積み込みをして行くので、5,6時間は増えるらしい。

 でも休憩出来るようになるから有り難いかなと思っている。

 変更点はそれだけなので、ミーティングにはこそまで時間を取られなかった。

 そこからは一旦翔くんと分かれ、ISスーツに着替えて倉庫で落ち合うことになった。

 そして会議室を出ると、私たちは囲まれていた。

 

「渡良瀬さん!こっち見てください!」

「男で最初にISを動かした人の意見を聞きたいのですがぁ!」

「ISで宇宙へ行く感覚を一言でお願いします!」

「隣の女性とはどういう関係ですかーぁ!?」

 

 扉を開けた先は報道陣がフラッシュを焚きまくり、カメラを何台も回している。

 一斉にマイクをこちらに突き出して、更衣室への道を完全に塞ぐ。

 

「あの、もう試験飛行までの時間がないので道を開けて貰えませんか?」

 

 愛想笑いを浮かべながら囲む報道陣へそういうけど、離してはくれなかった。

 床の方に目を向けると、警備員さんが何人か倒れている。恐らく押し切って来たのだろう。

 

「世間にちゃんと説明してくださいよ!」

「世間は答えを求めていますよ!」

「責任を果たして下さい!」

「我々には報道する義務があるんですよぉ!」

 

 更に詰め寄ってくる報道陣。

 企業として秋桜の存在と今回の実験の話は公開している。する責任があった。

 ある程度こうなることが予想できていたけれど、ここまで来るとただの妨害出しかない。

 翔くんは愛想笑いを絶やさないが、その顔色は明らかに苛立ちを覚えていた。

 

「今回ロールアウトする秋桜のテストパイロットの牧瀬さんですね?一言もらえますか?」

「お二人の関係についてコメントもらえますか?」

「ええっ!?えっと、あの……」

 

 男のIS操縦者なんて世界に二人しかいないから、こうやってくどく絡まれても仕方ないよね、可哀想だけど。なんて思いながら脇を抜けようとすると、私まで囲まれてしまった。

 ど、どうしよう。こういう時どうすればいいなんて私知らない。翔くんをこの場に置いていこうとしたバチなのかな?

 こうやって翔くんと私は扉を出て前から動けなくなっていると、ミーティング進行の役員さんが私たちの手を掴んで会議室に引き込んだ。

 

「ごめんね。まさかここまでマスコミが妨害になるとは予想してなかった。今二人はISスーツを何処に置いてある?」

「あ、えっとそれは……」

 

 私はISスーツを既に服の下に着込んでいた。

 けっこう着るのに時間がかかるし手間だったから、家を出るときに来てきたのだ。

 でもそれを言うのは憚られた。

 そんなずぼらな女だって思われたくなかったし……。

 

「僕は下に着込んでいるので、服を脱ぐだけですからここでも大丈夫です」

「そうか。じゃあ悪いけどここで脱いでくれ」

「構いませんよ」

 

 どうやら翔くんも着込んでいたらしい。

 早速翔くんは服を脱いでISスーツの姿になった。

 翔くんのISスーツは黒地の一色で、何故かおへそを出すデザインになっている。

 上下の丈も肘と膝までで、ピッチリしているから翔くんの体の輪郭がよく出ている。

 全体的に筋肉がしっかりついている。やっぱり宇宙飛行士だから筋トレとかしっかりしてるのかな。

 ISスーツもピッチリしているので、太ももや二の腕などがうっすらと筋肉の形に張り付いている。

 太ももは特に水泳選手みたいだ。

 腹筋も割れていて逞しい。

 男らしくてかっこいいなぁ……。

 

「で、牧瀬くんは何処にあるんだい?」

「ふぇっ!?えっとはい……」

「悪いけど時間が結構押しているんだ」

 

 ついうっとりしてしまっているところに急に話しかけられて、びっくりしてしまう。

 それと、もうみんなを待たせられないよね……。

 

「ちょっと棚町さん。女の子に対してデリカシーが欠けてますよ。人が人なら訴えられてます」

「ぬっ?ああ、北原の言う通りだ。済まなかったな。この通りだ」

「いえ、いいんです。下に着てますので今脱ぎますね……」

 

 役員さんこと、棚町さんは女の役員、北原さん(私、三島さん以外の社員さんの名前全然覚えてないんだなぁ……)に諭されていたが、私がはっきりと言わなかったのが悪かったんだ。

 その場ですぐに脱ぎ始めると、翔くんはパッと私に背を向けた。

 きっと真っ赤になってただろう私の顔は、今はっきりと耳まで赤くなっていることを自覚した。

 そりゃ急に脱ぎ出したら、下にISスーツを来てるって言ってもびっくりするよね……。

 翔くん以外の男性は頭に?を浮かべていたけど、北原さんがキッと睨み付けると慌ててそっぽを向いた。

 穴があれば入りたい……。

 

「もう仕度は終わったんで大丈夫ですよ……」

 

 私の着ているISスーツは、指定のスクール水着のようなタイプではなくて、競泳水着のような太ももまで丈があるタイプだ。色はワインレッドを選んでいる。

 意識的にか、翔くんは私を見ないようにしていた。

 恥ずかしいからあんまりジロジロ見られたくはないけど、露骨に目をそらし続けるのはなんだか癪に思ってしまった。

 

「さて着替え終わったな。じゃあ、今からこの窓を開けるからそこから倉庫へ。『ひこぼし』を積み終わったらハワイの研究施設に真っ直ぐ飛んで行きなさい。こんな形になってしまって済まない。試験の成功を祈ってる」

 

 棚町さんがそう言うと、窓を開けた。

 会議室の人たちに順番に握手をして窓側に着くと、先に私がジャンプして飛び出し、落ちる前に秋桜を展開した。

 続いて翔くんが飛び出して桜花を展開する。

 

「わぁ……!」

「どうしたの?」

「渡良瀬くんのIS、綺麗だなって」

「ははは、ありがとね」

 

 翔くんは愛想笑いで返してきたけど、本気で綺麗だと思ったんだ。

 秋桜の元になったISというだけあって、脚部と腕部は甲冑のようにスッキリとしている。

 背中に5枚の花弁のような放熱板?を備えていて、色合いは白地を中心に、機体の末端に近づくほどに段々と桃色が濃くなっている。

 見た目だけで桜を連想させるカラーリングだった。

 

「さ、そんなことより倉庫に向かおう」

「そ、そうだね」

 

 つい見惚れてしまった私を諭してすぐに倉庫へ向かった。

 倉庫で積み込みの作業をしてくれる作業員さんたちは、ISで飛んできた私たちを見て驚いていた。

 そりゃ驚くよね。話に聞いてないもの。

 私が事情を話すと「上はもっとそういうマネジメントをしっかりやれってもんだ!こうなると皺寄せはこっちに来る」と、顔を赤くして憤った。

 積み込み作業はそんなに時間のかかるものではなかった。

 秋桜の背部にあるランチアームでしっかりと『ひこぼし』を固定する。

 ふと倉庫内にあった鏡の中の私の姿を見ると、一辺2メートルの立方体が背中にくっついていて、不格好だなぁなんて思ってしまった。

 そんなこんなで積み込みも終わり、ランチアームの固定の確認、拡張領域にその他機材を満載して飛行準備は完了した。

 ふわりと重さ800キロ近い物を背負ったISを浮かべると、作業員さんたちは作業帽を手に持って振った。

 先導してくれる翔くんを追うように飛び、一気に航空機の飛ぶ高さまで上がる。

 

「ここから先はこの高度、時速880キロメートルを維持して飛ぶよ。飛行データは全部自動で研究所に送られるはずだから、あとはハワイを目指すだけだ。さあ行こう」

「うん!よろしくね」

 

 これから7時間近く飛行をするのだ。

 その間、私たちは二人っきり。

 誰にも邪魔をされることはないし、誰にも話を聞かれることはない。

 だから、私は覚悟を決めた。

 翔くん、私は貴方の気持ちが知りたいの。

 

 


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