秒速8キロメートル   作:テノト

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自分は基本的にハッピーエンドが好きです。
本音を言うといちゃこら書きたい……。
でも筆を執るとシリアスなのを書いてしまう。
でもハッピーいちゃこら書きたい。
そんな板挟みです。


戦いの後、再開の前に

「この馬鹿者が」

 

 ピッチに帰って来た織斑を待っていたのは、織斑先生による熱い鉄拳指導だった。

 

「お前は私の使っていた雪片、あれの性能と特性を知っているな?」

「エネルギーシールドを貫通というか、無効化して絶対防御を発動させる。それで大量のシールドエネルギーを消費させて一撃で仕留める、であってるよな?」

 

 バシンッ!

 

「痛ぇ! 」

「教師にタメ口とは貴様いつから偉くなった?半分正解だかまだ完全解答ではないぞ」

「え~っと…………。あ、自身のシールドエネルギーを消費してその効果を発動するんだった!」

「そうだ。諸刃の剣なのだから、頻繁に発動できるものではない。そして自分のエネルギーが少なければ少ないほど不利になる。仮にオルコットからより多く被弾を受けていたら、お前は負けていただろうな」

 

 勝てなかった理由を説明され、納得はしていてもその顔は悔しさに歪められている。

 

「2回目の操縦なのに、それも初期設定のままで代表候補生にあそこまで戦えているんだ。それだけで周りからは尊敬の眼差しで見られるよ。織斑はよくやったよ」

 

 僕が織斑にかけてやれることばなんてこの程度だ。

 勝てなかった上に、引き分けというはっきりとしない試合結果に煮え切らない気持ちなのは何となく分かるが、それに対する本当に必要な言葉が僕には見当がつかない。

 でも、これは僕の本心からの言葉に違いはなかった。

 それも織斑には届きそうになかった。

 

「違う、違うんだよ翔。俺が目指しているのは千冬姉の後継者なんだ。そう決めたんだ。だから、それは客観的には翔の言う通りかもしれないけど、俺にとっては言い訳なんだ」

「…………」

 

 そうなのか。

 そうかもしれない。けれどそれは焦りだ。

 手が届かないと自分で思い込んでいるものを必死に追い求める姿、それに似た姿勢を織斑はしている。

 それは過去の僕に似ていた。

 努力さえすれば報われる。先へどんどん進めば見えてくる未来がある。開ける未来があると思っていた。

 けれども、それは僕の中で作り出した自分勝手な理論に過ぎず、結局のところ自分の心をすり減らすだけのものだった。

 織斑の目に光が宿っている。それが僕との違いだろうか。

 ならきっと、本質を教えれば織斑は今の自分をいつかは振り返ってくれるだろうと思った。

 

「織斑先生だろうと、失敗はするだろうし、全てにおいて完全無敗というわけではないよ。それに織斑は先生とは違う。焦る必要なんてないよ。失敗して、その度に起き上がれる勇気と心があれば織斑の夢は必ず叶う。だから、自分を無理に追い込まない方がいいよ。いつか心がだめになってしまうから」

 

 自分にとっては、叶うわけがない夢。

 でも織斑の夢はきっと叶う。

 身の丈に合った夢だから。

 個人の技能に対するテロは起きない。けれども、技術を開拓した者に対しては起こり得る。

 だから、織斑と僕では立場が違うから事情も違うのだ。

 所詮僕の夢や希望というのは、秒速8キロメートルで飛ぼうが、1センチメートルさえも近付くことはないのだろう。

 そんな自虐的なことを考えつつ織斑に言った。

 僕はそれ以上に何かを言える資格もないし、かける言葉も見当たらなかった。

 後は織斑先生が色々話してくれるだろうし。

 そのまま織斑の返答を聞かずにピッチを後にして自室に戻った。

 

 

 

 自室に戻ってメールを確認すると、父さん達から緊急の召集がかかっていた。

 恐らく桜花に兵器を積み込む用事だろう。

 場所はヒューストンの開発施設。明日の朝に日本の下請け会社の人間とヒューストンまで飛んで来いと書いてある。

 飛んでくる理由は、その下請け会社のISの試験飛行も兼ねているらしい。

 ISで飛んでいくということは、特にこちらから向こうへ持って行くものはないということだったので、余計な支度とかはせずに手ぶらでその下請け会社に向かえばいいということだろう。

 

「はぁ」

 

 自然とため息が出てしまう。

 僕自身、この学園に入学する意味はなかった。

 既にISの知識について、この学園で学ぶことはない。あるとするならば、いわゆるISを用いた戦闘に関することだろう。

 だから、形だけの入学。本質はISDAの職員で、定期的に国際宇宙ステーション(ISS)との交信のために学校にいないことが多くなるだろう。だから、本当に形だけの入学のつもりだった。

 

「……楽しいのがいけない」

 

 楽しいんだ。

 IS操縦者となってから、僕は学校という存在からは無縁だった。学校生活で得られるはずだった友情や青春、それらのもの全てを手放して宇宙飛行士(コスモナウト)になったのだ。そうなってしまったのだ。

 だから、今のこの学園生活は投げ出した3年間を取り戻しているみたいで楽しかった。

 男友達なんて、今までに出来たことはなかった。

 僕は小学校に入る前から明菜と一緒だったから、他の男子と遊ぶことなんて考えもしなかった。そのせいで明菜との関係をからかわれ、余計に明菜以外の人と遊ぶことはなかった。二人でいられればそれでよかったから。

 結局のところ、僕は明菜に依存していた。いや、しているんだ。だからこそ、人との交流で形容できないこの寂しさを紛らわすことに、安らぎと楽しみを覚えていたのだろう。

 友達のために何かに悩んだことなんて久しぶりだ。明菜のこと以外なかっただろう。

 必死にアドバイスをして、必死に応援して、その友人が困った時に一緒に頭を抱える。

 それは自分の理想の一つであり、叶えつつあるものだった。

 この三年限定のものであろうとも、僕はそれだけで幸せだった。

 宇宙を孤独でさ迷うことは、こうも人をセンチメンタルにしてしまうのだろうか。

 人間関係に飢えさせてしまうのか。

 

「明菜……」

 

 会いたいという本心と、会えないという現状の板挟みにあって僕は崩れそうだ。

 IS学園で会おうと思えばいつだって会えるだろう。でも、そうじゃないんだ。

 一週間前に明菜を拒絶したあの日から、僕らの関係には途方もない亀裂が入っているに違いない。

 証拠に、明菜は僕を見かけると視線を反らす。

 自分から拒絶しておきながら女々しくて都合のいい話だが、僕はそんな光景に出くわす度に、心を蝕まれる音が聞こえるようだった。

 何故普通に再会させてくれなかったんだ。あの決別の時まで想い逢っていたのに、なんで……。

 拒絶なんてしたくなかったに決まっている。仕方がなかったことも分かっている。

 けれども。

 けれども時間は僕の傷を癒してなんかくれやしない。

 蝕んで蝕んで、心を釘付けにして放してくれない。

 こんなに近くにいるのに、心の距離は一向に縮まることはないのだろう。

 中途半端に人の温もりを知ったからだろうか。

 織斑という人と触れ合って、人の温もりを知ったから、それが明菜であればどれだけのものだろうと想像して止まないのか。

 そんな堂々巡りの考えをしているうちに、僕の意識は遠退いていった。

 もう一度、あの時間に戻りたいと願いながら。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「牧瀬さん、今日からこれが貴女の専用機だよ。名前はまだ決めてないから、貴女の好きな名前で登録しておいてね」

 

 黒いタイトスカートに青地のカッターシャツ、その上から裾の長い白衣を羽織った黒縁メガネの女性、三橋重工の私の担当主任兼研究者の三島さんは、試験場に私を連れてきてそう言った。

 目の前には黒紫色のISが鎮座していて、それは他のものより一風変わった形をしていた。

 ISというのは、脚部が機体の高さの3分の2以上を占めていることが多く、それはスラスターが集中しているのが理由で、現在それが主流だった。

 それに対して、目の前の黒紫のISは脚部がえらくスッキリして甲冑のようで、代わりに背部に大きな2つのスラスターと可動翼が特徴的だった。

 

「このISのコンセプトは、今まで牧瀬さんが収集していた『人間が活動できない場所での活動』を目的とした試験運用、それを元に、従来の後付武装によって可能とするのではなく、ISそのものがもつハードウェアとして発展させて開発させたもの。後付武装なしでも地球上の様々な過酷な環境で活動を行える。言わば擬似第四世代ISだね。これ単機で後付武装なしに、シールドエネルギーを消費せずに、局地対応できる」

 

 話を聞きながら、このISを装着して最適化する。

 コントロールパネルを開いて機体のスペックを確認する。

 耐熱性、上限900℃。真空状態でも活動可能。圧力では水深8000メートルまでは耐えることが出来る。出力は、10トンの重量を持ち上げられる。最高飛行速度は時速900キロメートル。

 確かにこのスペックは競技用でも軍事戦力でもなく、正しく災害時の救援活動を行うのに相応しいものだった。

 考えうるのは物資輸送、火砕流や火災現場などでの活動、潜水艦などの救助、かな?

 これに後付武装を備えれば大抵の環境下で活動できる。

 

「ISDAの渡良瀬博士はこう言った。『ISの本質は戦闘能力の高さではなく、環境適応性の高さと操縦者の安全性だ』とね。元々は宇宙服の延長線にある代物だから、間違っていない。現に、渡良瀬博士は戦闘能力を考慮しない『桜花』を開発し、役立てている」

 

 私は渡良瀬の名前に体を強ばらせてしまった。

 心の中で頭を振って、今は考えるべきことじゃない、と思考をこちらに戻す。

 

「桜花は素晴らしいスペックを持っている。打ち上げ重量は1トンと既存のロケットに比べて非常に少ないが、それ以上に打ち上げの安全性、必要人員数、所要時間等が格段に向上している。我が社としても、あれの更なる開発に協力して会社の利益、人類の利益となることを視野にいれているんだ」

 

 私が三橋重工に入ったときには既に桜花の存在は発表されてから分からないけど、三島さんは発表されてからはこればっかりらしい。

 このIS開発部門で1,2を争う研究者の三島さんが会社上層部に嘆願したからこそ、私は雇われて競技用、兵器用以外の開発がスタートしたらしい。

 勿論、JAXAからの技術協力要請もあった状態での判断でもある。

 

「さっそくだが、来週すぐに機動試験を行いたいんだ。内容は追って連絡するけど、学校には一週間程度休学を要請しておいて欲しい」

「あ、あのわかりましたから!ちょっと落ち着いてください!」

 

 三島さんは心底鼻息を荒くして興奮気味に言った。

 私は自分でもボーッと呆けている方だって自覚はあるけれど、こうやって声を大きくして出すのは、なんだか久しぶりに感じる。

 それに、こんなに三島さんが声を荒げるのも珍しい気がする。

 

「落ち着いてなんていられないね!なんてったって、桜花の打ち上げに立ち会えるんだから!今回の輸送は宇宙探査機の輸送を兼ねているし、桜花の積載打ち上げ試験も兼ねている」

「えっ!?」

「わわっ!どうしたんだい?」

「い、いえ。なんでもないです……」

 

 心底、心底驚いたし嬉しい気持ちも悲しい気持ちも、どんどん際限なく湧いてくる。

 また翔くんと会える。それはとても嬉しいものだし、今にでも踊り出しそうな気持ちで一杯だ。

 でも、彼はきっとまた私を拒絶する。それが怖くて仕方がない。

 学園での初日、あれから私は意識的に翔くんを避けている。それは自分の気持ちを裏切ることで、その度に心をキツく締め付けられる。

 けれども、またこっちから話しかけて拒絶されたらどうなるだろう?きっと私は壊れてしまう。おかしくなってしまう。そうならないために私は彼の存在から離れようとしている。

 学園生活を送る中で、気づけば翔くんを探している。そして必ず見つけてしまう。でもそれは彼に近付かない為なんだと自分に言い聞かせている。目があってもそっぽを向くしかできない。

 彼と向き合えないのから。

 だから、鈴ちゃんからの電話にも出られない。

 翔くんについて聞かれてしまったら、きっと私は泣き出してしまう。今の私には友人にすがる勇気もないから、どんな言葉でも拒絶してしまう。

 彼から貸してもらったハンカチも返せていない。返してしまうと、本当に彼との繋がりが切れてしまう気がした。だから返せていない。

 自分の心をどれだけ偽っても、彼との関わりを絶つことは出来なかった。

 

「本当に大丈夫かい?顔色も悪くなってるよ」

 

 思考の海に溺れていた私を三島さんが引き抜いてくれた。

 気付けばISの最適化も完了していて既に一次移行となっている。

 角張った機体は丸みを帯びて、洗練されている。

 色合いも少し変わっている。さっきまでただ単に黒紫一色だったのが、何本もの黄色く細い線がカーブを描いて模様を作っている。

 

「無機質な機体が随分と美しくなったね。これだからISは止められない。この子は一体どう成長するかな。それは貴女次第なんだ。これから色んなことに励みなさい」

 

 このISの姿を見て私はあの光景を思い出した。

 遠い想いでの日々、その中でも鮮烈に私に刻み付けられた光景の一つ。

 別れの日、一面に広がっていた色とりどりの花。

 その花々の一角に、このISと同じ色をしたものが爛々と咲いていた。

 

「三島さん。この子の名前、決まりました」

「そうかい?早いね。何て言うんだい?」

 

 あの花を見て、私達は別れた。

 色褪せても、会えなくても、きっと同じ事を想い続けていると私は信じている。

 これは私の決意の一端。

 まだ本当の意味では踏み切れない私だけど、この位は許されるよね?

 

「名前は、『秋桜(コスモス)』です」

 

 私の心は移り変わらない。

 どんなことがあっても、貴方がどんなに遠くに行ってしまっても、私はずっと絶対に翔くんのことが好きなんだ。

 

 





黒紫のコスモスの花言葉は「移り変わらぬ想い」です。
他にも意味はありますが、そちらは調べて見てください。

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