感想、批判、お待ちしております。
(修正報告)
段落下げを忘れていました……orz
以後気を付けていきます
SHRが始まって、今はこちらに気を向けることで自分の感傷を紛らわしていた。そうしないと、私はあのことに心を圧し殺されてしまうから。
もう二度と会えないと思っていたから、もう一度会えることができて私の心はどれだけ解放されたことか。今までの悲しみが緩和されたことか。
でも現実は非情で、緩和された痛みを何十倍にもして返してきた。
なんでこんなことになるのかな………。
今まで分かっていた、分かっていたつもりでいただけなのかもしれないが、翔くんの心がどこにあるのか分からなかった。理解することが出来なかった。
「次は牧瀬さん、自己紹介お願いしますね」
「あ、はい……。牧瀬明菜といいます。趣味は料理です。ISでの戦闘は苦手ですが、一年間よろしくお願いします」
用意した紹介内容を感情なく読み上げる。
こうして、私のIS学園での生活は始まった。
暗い闇を落としながら。
◇
昼食の時間、織斑(くん付けだけはむずむずするからやめて欲しいと嘆願された)に誘われて二人で食堂に向かった。
おばちゃんに発券した券を渡してほんのちょっとだけ待つと、すぐに料理が出てきた。
二人で空いている席を見つけて、というか周りの人たちがモーゼの奇跡のように割れて、そそくさ開けてくれた席に着くと、自然と二人でため息を吐いた。
「なんというか、ほんとに男っていうのは肩身の狭い生き物なんだなって実感したよ」
「織斑、言うことが爺臭いぞ。まあ、こんな視線にさらされ続ければそういう気持ちになるのも理解できるけどさ」
「翔はどうなんだよ。こんな立場で辛くないのか?」
「人と話せるだけで気が楽さ。僕がISを動かしたときは非公式な場所だったからすぐにその情報を防いで、人間関係を完全に統制されたから友達なんて片手で数えられるかどうかだよ。だから、こんなんでも嬉しかったりするんだ」
僕は本心を口にした。
最初に引っ越したモスクワではロシア語なんて話せるわけでもなく、周りがそれなりにフォローしてくれたが、本心を話せるほど親しくなった人もいなければそれを口にするほど言葉が堪能でもなかった。
ヒューストンに越した時には中学に上がる間も無く『保護プログラム』によって人間関係と情報の行き来を統制された。
まともな友人が出来るわけなんてどこにもなかった。
だから、何か裏を隠さずフランクに話しかけてくれる織斑の存在は僕に確かな友情と安寧を与えてくれているようだった。
「そっか。俺がこうしてISを使えることが分からなかったらずっと一人だったんだな。一歩間違えれば俺もそうなってたって考えるとゾッとする」
「だからこそ、僕は織斑に救われたって言って良いかもしれない。ありがとう」
「いやいや、なんかそう言われるのは照れ臭いというか偶然だから大丈夫というか」
織斑は顔を赤くして文字通り照れ臭そうに、注文したうどんをすすって誤魔化した。
「それにしても、ああやって代表候補生のオルコットさんに大見得切るのは男らしかったよ。僕にはとても出来そうにないね」
「男は度胸だよやっぱり。女尊男卑のこんな世の中じゃあ中々通せるものじゃないかもしれないけどさ。千冬姉、じゃなくて織斑先生にきっついこと言われただろ。あの時に1つ決めた覚悟みたいのがあるんだ」
織斑先生に言われた言葉。
望む望まざるに関係なく集団の中で生きるには、という言葉だ。
確かに正論だけど、その正論が時に人を傷つけるのではないかと考えてしまう。僕のように望みもしないのに集団から追い出され締め出された人間もいる。
恐らくだが、あえてキツく突き放すような言葉を言ったのだろう。自分の弟だからこそ信じてあえて選んだ言葉なのだろうか。そう感じずにはいられないし、それは正しかった。
「目指すなら上へ、トップが良いってさ。望んでこんな立場に居ちゃいないけど、こうなっちゃったからには男代表とした、威厳を見せつけたいとか考えてるんだ」
こうして乗り越えて上を目指している。前を向いている。
いつも振り返って後ろばかりに気をとられている僕とは偉い違いだ。
「織斑はさ、すごいよ……。そうやって自分の気持ちだけで強く前へ上へとのし上がっていく。そんなやつを見てると自然と応援したくなっちゃうな」
「そんな事ないって。翔だって3年間ISをずっと動かしてるんだろ?やっぱ大変なのか?良ければ教えてくれ!」
「教えるのはいいけど、戦闘訓練とはかじる程度にしかしてないんだ。基本操作だけだけどいい?」
「ああ!ありがとう、助かるよ。ほんとのところさ、ISでの戦闘って一回しかしてないんだ。試験の時に一度だけやったんだ」
「へぇ。僕は自分の専用機を持っているけど、勝てなかったなぁ。いや、当然なんだけどさ」
「俺もなんだかな。なんていうか、試験官の人が突っ込んで来たから避けたんだよ。そしたら壁に当たって撃墜判定出ちゃったんだよな。これって倒したって言っていいのか?」
「倒したというより倒れたって感じだね……」
それはどうなんだろう……。
勝負は時の運とも言うけれど、なんて表現したらいいのだろうか。とりあえずその試験官の教諭が心配だ。色々と。
自分で注文したカレーライスを口に運びながら、話は一か所に留まらずにあちこちへ飛んでいく。
関係ない話から関係ない話へと飛ぶ会話に、久しぶりにこんなに会話をしていると感じた。これも織斑の人柄が成せる業なのだろうか。
食べ終わった後、食器とトレーを返却に持っていく。
そこで僕は
「お、明菜じゃん。そういえばお前もIS学園だったな」
「織斑くんと、…………翔くん……」
「え?二人とも知り合いなのか?」
織斑は明菜の消え入りそうな声を聞き取って、僕と明菜、二人を交互に見ながら尋ねて来た。
「ああ、朝も彼女には会ったんだよ。誰かと勘違いしたらしくてさ」
「…………」
「そ、そうなのか?」
「そうだよ」
止めてくれ。
沈黙してそんな目をしないでくれ。胸が張り裂けそうだ。
そんな自分の感情を押し殺して、表情を上手いこと取り繕って笑顔を出す。
「んじゃ、紹介するか。小6からの幼馴染の牧瀬明菜だ」
知っている。そんなことは。
「まあ、俺とよく一緒につるんでた友人の一人だから、これから仲良くしてやって欲しい。明菜は引っ込み思案なところがあるから、クラスで友人が出来るか心配で心配で……」
「そっか、牧瀬さんね。改めまして渡良瀬翔です。よろ――」
「―――――っ!」
明菜は僕の挨拶を聞き終わる前に体を反転させてその場から逃げ出した。
その時の顔は酷く狼狽していて、今にも泣きだしてしまいそうなほどに目に涙を溜めこんでいた。
僕は明菜を深く傷つけた。
――――――当然だ。でも、これでよかったのかもしれない。
「な、どうしたんだ明菜のやつ……。今まであんな顔は見たことないぞ?」
「そうだね。嫌われちゃったみたいだ」
「そんなはずないだろ。何かの勘違いだ。すまんな、また今度しっかり紹介するよ」
状況が飲めずに焦った一夏の真っ直ぐな眼差しが酷く僕の中の後悔の念を呼び起こした。
放課後、山田先生から部屋の鍵をもらって自分の寮室に向かった。
急遽この学園に入ることになった僕は荷物をここに送り付けて、外部から入学式に参加した。そのため、今初めて自分のこれからの部屋に入ることとなる。
配慮されたのか、僕は機密を扱うことが多いから一人部屋を希望したら、その希望は通った。
鍵を開けて入ると、一つだけ大きな段ボールが入っているのみだった。
中身はPC、私服、食器、しばらくの食料、そしてアルバム。それ以外の日用品全ては備え付けのものだ。
ルームメイキングというほどのものもないが、中身をそれぞれ決めた位置へ移動して荷解きは終わり。
PCを立ち上げて25桁もの長いパスコードを入力する。するとメールが届いていた。
『桜花戦闘型開発計画』と記されていた。
内容は、桜花に記録されるデータをもとに、対ISテロ用、競技用などと用途の違うプランがいくつか記されている。
「役人もこんなことをする暇があるなら……」
添えられた文から推測するに、桜花の次の開発段階への予算が足りず、競技用、軍事用に展開していくことで、競技関連や軍需産業面で埋め合わせようとしているのか。
スペースシャトルとしての役割を担える上に、ISとしての活動も可能なポテンシャルに目を着けるのは良いけれど、純粋に宇宙開発ができれば良いだろうに。もしかしてこういうことのために僕をわざわざIS学園へ入学させたのではないかと勘繰ってしまう。
プランの実行を了解するメールを送信してPCを閉じる。
時間を持て余した。
ISについて教えてほしいと言っていた織斑がくる気配もなく、ただベッドにゴロンと寝転がった。
荷物に入っていたアルバムに目が行く。
これだけはどうしても捨てられなかったし、引っ越しの時に必ず荷物に詰めていたものだ。
僕と明菜の思い出。だけど、今は開く勇気も度胸も余裕もない。
自分にはまだ早い。そう考え、段ボールに入れてベッドの下に収納する。
「僕も、織斑みたいに発見されていれば……」
今ごろ、こんなに苦しむことはなかったのだろうか。
「緊急事態!完全にコントロールを失った!OSと共にハッキングに対して対抗するも無効、このままでは翔の命が危ない!」
通信の向こう側で声が聞こえる。
いや、通信だけがこうして行えるのだろう。
証拠に、僕がどれだけ体に命令しても全く桜花は応えてくれなかった。体が動かないのだ。
スラスター全力で下降に対して使われており、想定再突入速度を遥かに超える恐ろしい速度が出ている。
いわゆる人体改造的な投薬を行っていなければ、僕の体はボロボロになっていても可笑しくない。絶対防御があるため命に別状ははないと思うけど、許容範囲を超えた熱量と衝撃が僕を蝕む。もはや痛みなんて感じないまでに。
桜花は何者かのハッキングによってコントロールを失い、僕の意識は現在かかっている再突入での衝撃で既に希薄となっている。それでとなお重力に引かれるはずもないISで、地球の底へと、下へ下へと落ちていく。
「スラスター出力低下、エネルギーシールドの残量僅か!省エネルギーモードに移行します!PIC出力最小限、落下速度減衰極小!」
「パイロットのバイタル低下、心肺停止してます!このままでは危険です!」
「今ドイツの部隊へ協力要請を出した!AIC搭載ISによって緊急停止を計る!今のうちにロスコスモスに連絡をとって、急患受け入れの報を入れておけ!」
もはや周りが自分を助けようとしていること何て気がつかなかった。体にかかる圧力が加わるようになると、僕は完全に意識を手放した。
モスクワの施設で看護される僕に、ジョン・ロウズ国際宇宙開発機構(ISDA)長官が面会へ来た。
「調子はどうかね?」
良いわけがない。
全身に麻酔が効いている今の状況でどうすれば返事ができるのだろう。
混乱の渦中にあって状況をうまいこと思い出せない僕に、長官は語り始めた。
「今回の桜花墜落事故、外部からISへのハッキングによってコントロールを喪失し、そのまま君は再突入の衝撃に耐えられなくなった、覚えているかね?」
ギリギリ残っていた意識を思い出して頷く。
「ブリュンヒルデの指揮下にある、ドイツ軍のIS部隊によって救助された。そのことよりことは覚えていないのだな」
頷く。
「私が危惧していたことが現実に起きたわけだ」
問答を終えたのか、ロウズ長官はことの顛末を話し出した。
「我々が開発しているIS『桜花』は単行で大気圏を離脱、再突入を可能にしたISだ。技術的には未だ各国が開発したばかり、または試験段階、開発途中の第三世代を大きく引き離す、第四世代のものと言っても過言ではない」
長官は僕の枕元に置いてあった見舞品のリンゴを1つ手にとってかじった。
「『桜花』は戦力として、兵器運用を想定していないからその面での水準はかなり低い。しかし、宇宙航行を可能にした高い技術に対する各国からの工作、テロはいずれ起きると予想していた。それに加えてパイロットが唯一ISを操縦できる男となれば、その危険性は格段に跳ね上がる。だから君に対する情報、存在を秘匿した。それでも、今回のようなテロが起きた」
長官の言いたいことを僕は理解できた。
今は言葉を発せないが、詰まるところこういうことだろう。
「辛い現実を突きつけるようだが、これからも君を標的にしたテロは何度も起こり続けるだろう。その度に君は命の危機に直面する。そのことを重々承知して置きたまえ」
僕を中心にテロ行為が起こる。
その忠告なのだろう。
気付けば少しうたた寝をしていた。
あのテロの時の夢だ。
今思えばサイバーテロといっても、あのようにISそのものにハッキングを仕掛けられる人間なんて、行方不明の篠ノ之博士以外に存在しないだろう。もっぱらあの人は『白騎士事件』の巡航ミサイルハッキングの主犯だとも言われている。ISのデモンストレーションに丁度良いだろうから。
けれど、解せないことはいくつもある。
初期の発表当初は宇宙開発用パワードスーツだったが、あのようなデモンストレーションをすれば軍事使用されるのは火を見るよりも明らかなのに。仮に篠ノ之博士がそうしたのなら、初めから軍用パワードスーツと発表すればよかったはずだ。
父さんは宇宙開発に文字通り命を賭している人だから、篠ノ之博士の行動にはいつも怒りと疑問を抱いていた。
けれど、そんなことを僕が考える必要はないだろう。
僕にとっての問題は、テロに他人を巻き込んでしまう可能性だ。
織斑の存在発表後に僕が言い渡されたIS学園への異動は正しく、僕らを保護することが目的なのだろう。
僕の存在を知っていたのは、ISDAの中でも主要となる下部組織、日本のJAXA、アメリカのNASA、ロシアのロスコスモスの三つ。そして各国政府の長官だけだ。
元々僕の情報は公開されるはずがなかったが、匿名希望の情報が各国大手マスメディアにリークされ、殆ど体裁を保つためにIS学園への入学が決定された。
「IS学園ならテロ対策も施されている。3年間まともに人と関わらなかった君にとって良い刺激になるだろう。良い機会だ。学生時代を楽しんで来なさい」
長官からはそういって送り出された。
だから、この3年間は大切に過ごしたいと思っている。
卒業して保護から外れたとき、また僕はあの孤独の中に戻っていかなければならないから。
だから、友好を確かめ合っても深い関係になることはできない。みんなをテロに巻き込むことなんてしたくはない。
明菜との関係も白紙にした。僕が一番テロに巻き込みたくない人だから。
過去から深い関係を持っていたという情報が流れたとき、彼女にどれだけの苦労と災難が降り掛かるか分かったものじゃない。
それだけは何としても避けたかった。
明奈が僕のことを忘れていてくれればどれだけよかったか。僕が明奈にとって必要のない存在になっていればどれだけ救われたか。
彼女は僕を忘れていなかった。
僕と同じように、きっといくつもの想いを募らせていたのだろうと、抱き付かれたとき手に取るように理解できた。
だから、徹底的に突き放した。拒絶した。
「明菜、僕のことはもう忘れてくれ……」
僕はそう言葉に出さずにはいられなかった。
次回はセシリア戦まで書ければなぁと思ってます。