基本的に過去の出来事は幕間に書いていこうかなと思っております
誤字、脱字などのご報告は随時受け付けております
今のところ投稿ペースは速いですが、基本的に不定期での投稿となる予定ですのでご了承ください
「全員そろってますね~?それじゃあ、SHR始めますよ」
我がクラスの副担任、山田真耶先生が発令した。
背が低くてポヤポヤした感じのこの先生で大丈夫かと聞きたくなる。こういってはなんだが、山田先生は幼く見えるし強く言えないのではないかというか、覇気がないというか……。
とにかく、なんだか子供っぽい先生だ。
「はい。それじゃあ、今年一年よろしくお願いしますね」
「…………」
明るくクラスの雰囲気を引っ張っていこうとしているのがヒシヒシと伝わって来た。ああ、胸にスッと来た。間違いない。この先生は生と思いないい先生なんだ……。
そんな先生の意思とは裏腹に、クラスのみんなの視線は二か所に集中していて、妙な空気が生み出されている。
「げ、元気ないねみんな……。じゃあ、自己紹介から始めましょ!」
余りにもみんなの異質な空気に先生は若干気後れしてしまった。みんな反応してあげてよ!可哀想じゃないか!
いやね、俺だけでも反応してあげたいと思ってますよ?でもね、俺にはそんな余裕はなかった。
簡単な理由だ。
俺ともう一人、隣のやつ以外みんな女の子だからだ。
そりゃ、女性しか使えないはずのISのことを学ぶ学園なんだから、女の子だけってのは当然だ。その例外が二人、出ちゃったわけだ。
先生、ごめん。このクラスの空気作ってるの、俺と隣の人です。助けるどころか元凶です。
こう、なんていうか。
初めて上野動物園に来たパンダ(名前は知らない)の気持ちが分かった気がする。いわゆる、客寄せパンダ。
(これは……。想像以上にキツい……)
まず席が悪い。一番前の真ん中に野郎二人が並んでいて、他はどこを見ても女の子、女の子、女の子。特にこのIS学園みたいな女子高も同然の場所でこうなったら、クラスの視線を釘付けにしちゃうのもわかる。
(助けて……。居心地悪いよこれ……)
助けを求めるように、発見した幼馴染の篠ノ之箒を見やるが、少し目が合っただけでプイとそっぽを向かれてしまった。そりゃないぜ。俺、何かそんな嫌われることしたかよ……。
次は隣に座るもう一人のISを使える男に目を向けた。
こっちは何というか、全く何を考えてるのかわからない。上の空だ。ポーッと宙を見てい。
しばらくしてこちらの視線に気が付いたのか、目がパチリと合った。
目元だけで薄っすらと笑みを浮かべて軽く会釈すると、また前を向いて宙を見る。
な、何なんだこの人……。
結局のところ、俺を助けてくれる人なんていなかった……。
「……織斑一夏くんっ」
「え、あ、はい!」
しまった。周りに救援を求めるのに夢中になって、自分の番が回ってきていることに気が付かなかった。
やばい、紹介の内容とか全く考えてない。
失念してたところに声をかけられたせいで素っ頓狂な返事をしてしまった。
周りからクスクスと笑い声が聴こえてくる。それが余計に俺の気持ちを焦らせた。
「名前順できて、順番的に『お』まで来たから、織斑くんの番なんだけど、自己紹介してもらえるかな?お、大きな声で驚かせちゃったのは、ほんとにごめんね?」
「あ、ああ、いえ、大丈夫、です」
落ち着け一夏!というか、先生が焦っちゃって逆にこっちは落ち着いちゃった。
「ほ、ほんとに大丈夫?大丈夫なんだよね?」
「はい、大丈夫ですので。自己紹介もしますから、先生も落ち着いて……」
先生も落ち着きを取り戻して一段落する。
よし、俺もしっかり落ち着けた。
「織斑一夏です。…………以上です」
あ、ダメだこれ。
咄嗟になって何も頭の中に浮かばなかったから、もう何しても無駄だし手遅れだ。
自分に正直に名前だけにして自己紹介を終わらせた。
クラスのみんなはきっと、心の中でズテーンという音を出してコケているに違いない。
すまない、期待には応えられない。元々無茶なものだとは思ったがな。
スパーンッ!という子気味良い音が突如として教室に響いた。音源はどこって、俺の頭だった。
ていうか痛い。そしてこの痛みは何というか、既視感がある。こんな痛みを与えてくる人間なんて一人しか思い浮かばない。
頭を叩かれた衝撃で下を向いていた顔を上げて前に向ける。
そこには黒いスーツとタイトスカートに包まれた、鍛え上げられた体、オオカミのような鋭い目つきの見知った人がいた。
「げぇっ!関うづっ!」
またしても頭を叩かれた。
「誰が三国志の英雄か。それにお前は碌な自己紹介が出来ないらしいな。この馬鹿者が」
低いトーンで語りかけてくる俺の実姉、千冬姉。てかここで教師してるとか聞いてない。家族にはそれくらい伝えてくれよ……。
山田先生と今まで聞いたことのない優しい声色で何やら話している。おそらく、この場の引継ぎだろう。
そして教壇の真ん中にいた山田先生が少し横にずれて、そこへ千冬姉が位置取る。
そして声を張って言葉を発した。
「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聞き、よく理解しろ。出来ないものには出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠15歳を16歳までに鍛えぬくことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」
なんという暴力宣言。だが、このクラスの人たちは戸惑いなんかを覚えずに、黄色い声援を上げた。
女子独特の甲高い声でキャーキャーと歓喜の悲鳴を上げる。
これは別に不思議なことではない。IS操縦者で元日本代表にして元世界チャンプ、世間はこう呼ぶ『ブリュンヒルデ』。
今や女子の花形ISにおいて、女の子たちから憧れの的にならないはずがない。
このクラスじゃなくてもこんな反応されるんじゃないかな。
「全く。毎回私のクラスには馬鹿どもが集められる。わざとじゃないんだろうな?特に、今回は男を二人も送り込んできた」
やれやれと困った仕草をしてみせると、黄色い声は一転。はぁ~っとウットリしたような溜め息が聴こえてくる。
あれ?男子二人がメンドクサイとか言ってた?え、酷い。隣の彼も苦笑いしてるじゃないか。
「さて、SHRも終わりだ。諸君らにはISの基礎知識を半月で覚えてもらう。その後実習だが、基本動作は半月で染み込ませろ。いいか?いいなら返事をしろ。よくなくても返事をしろ。私の言葉には返事をしろ」
またしても暴力的な……。
こうして俺のIS学園での生活は、不安のどん底からスタートすることとなった。
一時限目のHRが終わり、幼馴染の箒との再会を果たした俺は織斑先生からのありがたい鉄拳制裁を頭に受けて席で授業を聞いていた。
すらすらと教科書の内容を読み上げていく山田先生を尻目に、俺は黙って下を向くだけだった。
開かれた教科書の内容は専門用語ばかりで、何かの古文書のように感じる。
なにこれ?全く理解できない。
あれだけ黄色い声を上げてワイワイとしていた女子たちも、今は教科書とノートに噛り付きながら先生の話を傾聴している。
(全く付いて行けてないのって、俺だけ?)
いや、女子はこの学園を目指すにあたってある程度のISの知識を持っているから、俺とはスタート地点が違うはず。この際俺はゼロからスタートしているといってもいい。
これはまずい。必死こいて予習、復習を済ませなければ。と、思った矢先にふとしたことを思いついた。
隣のもう一人の男子。そう、確か名前は渡良瀬翔、翔だ。
翔はどんな状況なのかが気になった。俺と同じで全く理解できていないのでは?
そんなことを考えていると、山田先生から指名された。
「織斑くん、何かわからないところがありますか?なんでも聞いて下さいね」
ジーザス。
ここはもう知ったかしても仕方がない。それで回答をさせられた時になったら大火傷だ。火傷は小さいほうがいい。
「ほんとになんでもいいですか?」
「いいですよ。先生をどんどん頼って下さい!」
頼られたことが嬉しかったのか、胸を大きく張ってドヤ顔を見せてくれた。顔よりも主張の強い胸の方に行ってしまったのは内緒だ。
「ほとんど全部わかりません」
「えっ」
教室が凍り付いた。
「ぜ、全部って、全部、……ですよね?」
「はい。全部です」
「えっと……、皆さんの中で分からないところがある人は手を挙げてください」
誰も手を上げない。静まり返る教室。
え、ほんとに誰もいないの?
翔くん!君も今のこれ理解してるの!?男なのにすでに格差が出来てしまっているのかよ!
「……織斑、入学前に配られた参考書はどうした?」
「あ、あれを読んでおけばとりあえず付いてこれるはずなんですが……」
二人の先生から問いかけられる。そんなのあったっけ?
あ、それってまさか。
「すみません、古い電話帳と間違えて捨てました」
頭に雷撃が走った。
ゴヅン!!という鈍い音がした。織斑先生に教科書の角で思い切り殴られた。
これ、骨大丈夫か?
なんでこんな目に合わなければならない……。
普通の勉強なら人並み以上に出来ていたし、自分が間違えて捨てたことに非があるのは理解してる。
望んて来たわけでもないところでこんな仕打ちをされるのはなぜなのか。保護を名目にIS学園にという女の園に放り込まれた俺の気持ちはいったいどこに?
「貴様、望んでここにいるわけではないと考えているな?望む望まざるに関わらず、人は集団の中で生きていかなければならない。それをしたくないのならば人間であることを放棄するんだな」
手痛い言葉を頂いた。
確かに千冬姉のような超現実主義者はそう考えるだろう。けれども的を射ている。
ISを扱えたのは偶然の不幸かもしれないが、こんな惨めな状況になっているのは確実に自己責任だ。それに、自分の感情を言い訳に逃げようとする自分にも気付いた。かっこ悪いことこの上ない。
やるしか、ないな。
「大丈夫だよ!放課後時間が空いてれば先生なんでも教えるよ。一緒に頑張っていこうね!」
山田先生の優しい言葉に救われた気がした。
そうだ。始まったばかりなのに弱音を吐くのもおかしな話だ。
最初のこの学園生活に対する感情と、今の自分の感情はがらりと変わっていて、目の前は新鮮に見えていた。
横に座る渡良瀬翔は、朝からいままで席を一度も立たずに座って上の空の様だ。
一限終わりの小休憩では箒と話していたから声をかけられなかったけど、これからの学園生活で男友達は唯一無二の存在となるだろう。彼もそう思っているに違いない。
「少しいいか?」
「あ、うん。構わないよ。どうしたの」
うわ、改めて顔をこうやって見ると、今まで見たことのないタイプのイケメンだ。
王子様気質というか、優しさが直に伝わってくるような感じだ。
「いやさ、これから三年間男の友人ってのは学園内じゃ作れないと思うんだよ。だからさ、一緒に仲良くやっていこうぜって思って声をかけたんだよ。よろしくな。渡良瀬」
「そういうことね。翔でいいよ、織斑くん。こちらこそよろしく」
「俺のことも一夏でいいぜ」
「いや、下の名前で呼ぶのって慣れてなくってね。織斑くんのままにしておくよ」
うーむ、結構固い奴なのか。フレンドリーに一夏って呼んでくれりゃいいのに。
まあ、いいか。
「そうか。そんでさ――――――――」
「ちょっとよろしくって?」
翔にIS関連のことを詳しく聞こうとしたら女子に話を遮られた。
金髪の縦ロールにお嬢様言葉。容姿はすごく整っているが、そのこちらへの話し方は『いかにも』な感じだ。
いかにもというのも、ISの普及に伴って女が優遇される社会となって来たのだから、こういった手の女が出てくるのだ。
ISを使える女は偉い。男は格下の奴隷だ。といった感じだろうか。
女尊男卑の思想を持った女はすぐにわかる。
つまり、この子もその一種ということだ。
「君はイギリス代表候補生のオルコットさんだね。何か用があるのかい?」
翔が返答した。
イギリスの代表候補ってことは……。国家代表だった千冬姉の一つ下ってことでいいのか?
「あら、極東のこんな辺鄙な地でも私の名は聞き及んでいるそうですわね」
「そんなに有名なのか、翔?」
「まあ、国によって違うけどさ、専門誌なんかじゃ有望株として取り上げられてたし……」
「つまりエリートということですわ!あなた方のような卑しい方たちが合うことですら幸運ですのよ。分かっていて?」
「あ、あはは……」
「そりゃ幸運なんだろうな」
アイドルと同じ学校になったようなもんだと考えると、それは確かに幸運なのかもしれない。
「……バカにしてますの?」
失敬な。割と本心だ。
「それに、あなたよくこの学園に入学できましたね。ISについて何も知らない様でしたけど。男で唯一ISを使えると聞いてほんの少しは期待してましたのに。それがこんな知性の欠片も感じないようでは仕方がありませんね。こちらの方はある程度ご存知の様ですけれども」
「少なくとも3年はISを動かしているかな」
「え、それ結構すごい!」
おっと、いつの間にやら立ち聞きしていた周りの子まで参加してきてしまった。
それからは翔が質問攻めにあう。
ISに触った過程とか、三年間秘匿にされている間何をしていたのかとか、彼女はいるのかとか、好きな食べ物はあるのかなどだ。
段々と翔の顔色が悪くなっていく。こういうのに慣れていないのか、色々された質問の中に何か嫌なものがあったのか、それは分からない。けど、可哀想だし友達の為だから止めてやらないと。
「ちょっ――――――」
「とにかく!」
俺が止めようと思ったら、オルコットさん(でよかったっけ?名前)が声を張ってワイワイと翔を囲む女子が黙るように仕向けた。
「あなた方のような男が学び舎をこうして徘徊していることが――――――」
キーンコーンカーンコーン。
今度はオルコットさんの声が予鈴によって遮られた。
「ほら、みんな予鈴もなったし席に戻ってよ。先生に怒られるよ」
翔が周りを窘めて着席を促す。女子たちは「織斑先生に怒られるなら……」と不穏なことを口にしながら渋々といった感じで戻っていく。いや、それはダメだろ。
千冬姉が教室に入ってくるころには全員しっかり着席していた。そこはしっかりしているんだな、IS学園生。
「よし、全員いるな。では今から授業の前にクラス代表を決めてもらう。自薦でも他薦でも構わん。名を上げろ」
教壇に上って一番にそんなことを言い出した。
クラス代表って言うと、学級委員長みたいなものか?
「クラス代表はクラス間でのIS対抗戦を行う。他に生徒会や委員会に出席して情報をクラスに持って帰って来る。これらが仕事だ。ちなみに対抗戦ではこのクラス代表がクラスの強さを表す指標となる。対抗心による向上を目的としているから、決まれば基本的には一年間変更はない」
クラスがざわめきだした。そりゃそんな面倒くさそうなものを押し付けられるのは嫌だもんな。
近くの人と顔を見合ってこそこそと話す声があちらこちらから聞こえてくる。
「はーい!織斑くんがいいと思います!」
「分かった。候補一、織斑な」
「ちょっと待てよ!」
思わず椅子をガツンと後ろに押し出して立ち上がってしまった。
「なんだ?自薦他薦問わないと言ったはずだ」
なんと理不尽な!これ絶対男だから選んだんでしょ!?
「他薦されたからには責任を果たせ。期待を裏切るのか?」
うぐっ。
その言い方はなんかずるい。
「じゃあ私は渡良瀬君を推薦します!」
「すまないな。渡良瀬は候補外だ。諸事情によりクラス代表に選出出来ない」
やっぱ理不尽じゃねーか!
なんだそれ!?
「納得いきませんわ!」
そんなおり、後ろの方から声が聞こえた。振り返ればオルコットさんが立ち上がって机を叩いていた。
そうだ、納得できない。言ってやれ!
「男が物珍しいからと言って選ばれるのには納得しかねます!いい恥さらしですわ!そんな屈辱をこのセシリア・オルコットに一年間味わえとおっしゃいますの!?」
いいぞ!ん?馬鹿にしてないか?
「実力を考えれば私が代表となるのは必定!それをなんですか。私はこんな極東の地で極東の猿とサーカスをやりに来たのではありません!IS技術の修練に来ているのです!」
興奮した勢いのまま人を猿呼ばわりしてきた。馬鹿にするのも大概にして欲しいものだ。人が傷つかないとでも思っているのか?
段々癪になってきた。
「大体、このような辺鄙で後進的な文化しか持ち合わせていない島国にいること自体が私には耐え難い苦痛で――――――」
「イギリスの方が辺鄙な島国じゃねえか。世界一まずい料理で何年覇者になってんだよ」
あ、つい言葉が出てしまった。
まあいい。
ここまで言われたままっていうのも日本男児の名が廃る。売られた喧嘩は買う主義だ。
「あ、あなた!私の祖国を侮辱しますの!?」
「どっちが先に侮辱した?言わなきゃこっちだって言わねぇよ」
キッとオルコットの目を睨み付ける。
ワナワナと震えて遂にはつけていた白いシルクの手袋を投げつけてきた。
「決闘ですわ。ISで決めますわよ」
「おう。四の五の言うより分かりやすい。受けて立とうじゃないか」
こうして、クラス委員はISでの勝負によって決めることとなった。
◇
クラスに入ってからもう3限目に入る。
僕は授業の内容に打ち込む振りをして、心は違うところに捕らわれていた。こんなところに僕の意識はなかった。
明菜と合うことが出来た。
ここ5年間で一度も姿を見たことはなかったけど、髪型もストレートロングから肩までの長さのポニーに変わっていた。背も同じくらいだったのが、僕の方が頭一つ程も大きくなっている。声も少し落ち着いているように聞こえるし、纏っている雰囲気にはあの時には感じもしなかった艶のようなものを帯びていた。
本当に会いたかった。
元気な姿を見たかった。
ISに触れてしまって、それが反応してしまったあの日。それから僕の存在は世の中から秘匿された。世のために存在してはいけないのだ。
口に戸口は立てられないからと、『保護プログラム』の名目で、僕は一切の外部との連絡手段を絶たれた。
明菜との唯一保っていられたメールと電話という関係も容赦なく絶たれた。
僕の中にあった煮え切った憤りはぶつける宛もなく、ただエネルギーとして自分の中で燻るだけだった。
父さんはそんな俺にIS操縦者となる道を示した。
僕は必死にその道を進むことにした。
基礎的な知識や動作をマスターし、日々訓練に明け暮れた。訓練に明け暮れている毎日は疲れたら死ぬように寝ていたので、ISについて考えること以外のことを考えずにいられた。そうやって自分を押さえつけて、本当の感情が自分でも見分けがつかなくなるまで心と体をイジメ抜いた。それこそが僕にとって最高の自己防衛だったから。
1年近く経った時だろうか。僕に専用のISが与えられた。
スペースシャトルのIS、『桜花』だ。
父さんは名前を付けるのに、僕が子供のころから好きだったものから、特に美しく日本的な名前を選んでつけたらしい。これから引退するまでの永いパートナーとなると思って。
渡されて、名前の謂れを聞いて、押し殺したはずの感情にまた息吹が戻った。けれどもうあの時のような純粋な感情ではなくて、今の僕にとってはただただ首を絞めてくるだけの存在だった。
明菜は元気だろうか。体が弱かったし体調を崩しやすかったから心配だった。中学に上がってからまた何かイジメられるようなことはないだろうか。メールの端々にあった『織斑くん』の文字。もしかしてもう自分は必要のない存在なのではないか……。
そんな負の思考の悪循環に陥って僕に苦しみを与えてきた。
さらにISの不具合まで出て来た。僕に最適化されてから、初期化指示を一切受け付けなくなった。
僕の精神状態が宇宙飛行士にとって相応しくないと父さんが判断し、初期化して操縦者を交代しようとしたが、初期化しないのだから僕が続投するしかなかった。
何度も何度も試験を繰り返し、その度に僕はいわゆる抗鬱剤を投与した。最高速度である秒速8キロメートルに耐えられる体にするため、血液にナノマシンを投与したり準ずる薬品を投薬した。
そうして何度も
そしてヒューストン、宇宙ステーション、モスクワを交互に行き来する生活が始まり、名実ともに夢だったとなった。
我ながら気持ち悪いと考えてしまうが、日本の上空を飛ぶときはハイパーセンサーを使って明菜の姿を探してしまっていた。それもついぞ見つけることは叶わなかった
こうして夢が叶ってみれば、余りにも自分の下に残るものは少なかった。本当に欲しかった、叶えたかった夢が分かった気がした。
きっとそれは僕にとって、宇宙飛行士になることよりも難しいことなのかもしれない。
今目の前で繰り広げられるオルコットさんと『織斑くん』の言い争いをよそに、僕は一人ごちる。
夢は、叶わないから夢なのかもしれない。
あの時、僕には明菜を抱き返すことなんてとてもじゃないが出来なかった。
それが悔しくて堪らなかった。
心を曝け出せればいいのにと、どれほど深く思ったことか。