秒速8キロメートル   作:テノト

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思い出の日々から続く今

「明菜、どうしたの?なんだか落ち着かない声をしてるわね」

「あ、鈴ちゃん。ううん、何でもないよ」

「そ~う?それならいいんだけどさ。あ、また一夏がやらかしたの?あのバカ!」

「いやいや、織斑くんは関係ないよ?そんなことより、好きな人を馬鹿とか言うのはどうかと思う」

「だって馬鹿に変わりないもの!あの朴念仁の天然ジゴロ!」

 

 友人の鳳鈴音こと鈴ちゃんは思い人の織斑一夏くんのことを、こうやってけなしている。けれど、これは自分に全く振り向いてくれない織斑くんにやきもきしちゃって、やり場のない気持ちを吐き出しているだけなのだ。要するに、好きな気持ちの裏返し?なのかな。

 言葉は粗暴な印象を持たれちゃう鈴ちゃんは思ったことをはきはきという直情家なだけで、こうして親しくなると端々からしっかりと本心の優しさを感じられる。

 私は今日からIS学園に通うことになる。公然の女子高で、自分にとって気楽でいい。何より入学するときは大まかな目標でしかない将来の夢を考えて選んだけど、今となってはもっと大きな希望を持てているのだから。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 私は小学5年生の終わりに引っ越した。お父さんの仕事の都合で東京へ。

 翔くんと遊んだあの町や、一緒に桜やコスモスを見た公園を離れることになるのは辛かった。彼の思い出が遠ざかるような、彼とより離れてしまうような気がして。

 あの別れからもう4年経ってしまって、だんだん翔くんの記憶が薄らいでいくのがひしひしと感じてしまい、胸の奥底が冷えるような毎日を過ごしていた。

 引っ越して最初は引っ込み思案な私は自分から話すことはなく、常に受け身な受け答えをして過ごしていた。というよりも、自分がこうしているこの時間に翔くんは何をしているかが気になってしまっていたのかもしれない。

 いつも受け身でいるし、転校生といういわゆる新参者の私はクラスに中々馴染めないで過ごしていた。結局、翔くんに大丈夫なんて言っておきながら、自分はてんで大丈夫じゃなくて。いつも隣に翔くんがいれば楽しい生活になっていただろうか、とばかり考えていっつも上の空だった。

 やっぱりというか、転校してきてしばらくすると、小学生特有の男子による女子へのからかいが始まり、新参者の私はその洗礼を受けた。

 

「根暗ボッチ」

 

 朝来るとその文字が私の机にチョークで書かれていた。

 前の学校でも翔くんと私の関係を揶揄して相合傘なんかでからかわれたことはあったが、こうしたものもあるのだと妙に落ち着いて感心してしまった。だから、私は無表情に近い顔でその文字を雑巾できれいに拭き取った。

 そんな私の態度が気に入らなかったのか、からかいは遊びのつもりがイジメに発展した。

 道具箱にカエルや、教科書隠し、直接的なものは足を引っかけて転ばしたり。そんな目にあった。

 でも、私はイジメられても特に傷心することはなかった。このことを翔くんに電話で話すと、彼はとても私を心配した。心配した後には必ず憤慨して、最後には優しい言葉で慰めてくれた。その度に私は有頂天に達した。

 そんな翔くんの心の機微を感じさせてくれる話の種が他にはなかったのだ。だから、少しイジメに感謝してしまったりしていた。

 ある日、いつものように教室に入ると、クラスの男の子と女の子が二人で複数の男子と言い争っているところに出くわした。言い争いの場所は私の机が中心だった。

 複数の男子は手にチョークやクレヨンを持っていたので、すぐに私のことをイジメていた男子たちだと分かった。もう片方の男の子と女の子はいつも一緒にいる二人で、一緒に登下校してたり遊んでいたりしているのを見る度に翔くんのことを思い出してしまう、そんな二人だった。

 

「牧瀬のこと庇うのかよ織斑はさ」

「庇うも何も、イジメ自体が良くねぇって言ってるんだよ。それ鈴の時も言ったよな?お前ら学習しねぇのかよ」

「ほんっと、バカなんだから。何?アンタらあの子のこと好きなの?」

「うっせーよバーカ!パンダみたいな名前してるくせに!」

「そうだそうだ!あ、分かった!織斑、牧瀬のことが好きなんだろ!?鳳と二股かよ!」

「は?意味わからないし関係もねーだろ?」

 

 なんだか入りにくい空気になってしまったので、そのまま廊下で待つことにした。しばらくすると大きな音、具体的には机をひっくり返したような音が聞こえてくると、教室の中は怒号が響きだした。

 喧嘩が始まったのだろうと思って職員室へ向かい、先生を呼び出した。偶々職員室にいた先生が体育の怒ると怖い先生だったので、その喧嘩はすぐに収束した。

 それがきっかけで私は鈴ちゃんと織斑くんと友達になった。転校して初めての友達だった。

 そしてそれがきっかけで私の中の翔くんの存在が薄らいでいった。

 

 別れてから二日に一度の頻度でしていた電話もメールも、日に日に内容が普遍的でありきたりな日記のような内容になって、電話も特に話す内容がなかったので、自然と回数は減っていった。

 いや、ちょっと違うかな。私はメールや電話の度に鈴ちゃんや織斑くんのことを話していた。正直なところ、彼らと一緒にいると刺激的で話題に尽きることはなかった。でも、翔くんはいつも同じ日々を繰り返しているかのような口ぶりだったし、メールの中の翔くんはいつも一人でいる印象を受けた。

 時が流れ、徐々にメールと電話の回数が減っていった。そして、私がどこの中学に上がるかの話をメールで送り、返信に翔くんがヒューストンへ引っ越すことが決まる話が送られてきたものを最後に、彼と私の連絡は完全に絶えてしまった。

 桜の花が枝木と別れるように。

 そして中学に上がって新しい友人に五反田弾くんと妹の蘭ちゃん、御手洗数馬くんが加わり、それこそ楽しい中学生活を送った。

 中学に入って初めて帰ってこないメールを翔くんに送り出した。内容は、身体測定時に初めて受けたISの適性検査だった。判定は「A+」で、これからはどこかの企業からオファーが来るかもしれないというものだった。

 メールは宛名違いのエラーメールが帰って来るだけだった…………。

 

 月日は無情に過ぎていった。

 通信が取れなくなってすぐ、私は途方もない絶望を感じた。翔くんにとって私はもう要らない存在で、私がいなくても大丈夫になってしまったのだと。だから、私は翔くんを思い出にすることにした。

 最初は鈴ちゃんに心配された。勿論大丈夫だと答えたら、「あなたはその大丈夫が怖いのよ」と図星を突かれた。

 これは私が乗り越えなきゃいけない試練なんだ、翔くんも私との関係を後腐れないものにしたいに違いない、と言い聞かせて気丈に振る舞って見せた。部活は織斑くんの勧めで剣道に入って病弱だった体を鍛えるところから始まり、勉強も常にトップレベルであろうとした。ある企業からのISパイロットのオファーも受けた。それに、鈴ちゃんたちと一緒にいると楽しくて仕方がなかった。これで翔くんのことを思い出に出来たと思えた。

 でもそれはただの虚構に過ぎなかった。なぜなら、家に帰って部屋に戻って一人になると、無意識にケータイの翔くん専用受信フォルダーを確認して、繋がらない番号にかけて電子音声を聞いて、遅れもしないメールを打っては削除する。これが私のルーティーンになっていた。嫌でもわかる。私は翔くんを深く求めていた。

 そしてある日に私は学校で倒れ、そのまま救急車で近くの病院に搬送されることになった。原因は過労、らしい。

 

 病院で入院していると、みんながそれぞれの手土産を持ってお見舞いに来た。

 それなりに談笑して自分は大丈夫である旨を伝えると、鈴ちゃんを残してみんな退席した。

 残った鈴ちゃんは畳んであるパイプ椅子を雑に開くと、ドカッと腰かけた。見て分かる通り、かなりご立腹の様子だった。

 

「で、何が大丈夫なの?」

「えっと……。ごめんね」

 

 答えに迷って謝ると、鈴ちゃんは声高く怒鳴った。

 

「そういう言葉が聞きたいんじゃないのよ!何が大丈夫なのよ!全然ダメじゃない!」

「…………」

 

 鈴ちゃんは一気に畳みかけてきた。

 

「中学に入学してから、アンタおかしいわよ?柄にもなく剣道なんか始めちゃって。元々勉強が出来るのは分かってたけどさ、ISのオファーも受けちゃって。普通の人でもハード過ぎんのに、元々体が弱いアンタがやったらこうなって当然よ」

「返す言葉もないよ……」

 

 私はこれ以上聞かれることを拒みたくなった。

 織斑くんに恋をしてい鈴ちゃんに私がこうなった理由を話してしまうと、きっと色々なものが蘇ってしまう。それに、翔くんとの関係は二人だけのものにしておきたかった。他の人に踏み込まれたくない領域なんだ。

 

「あなたがおかしくなり始めるその時のことや理由、自覚してるんでしょ?あたしに教えなさいよ」

「ごめんね、それだけは嫌」

「なっ……!」

 

 だから、ここではっきりと拒絶した。

 普段こういう明確な回答を出来なかった私だけど、この時だけはスルッと口から言葉が出た。

 自分自身もだが、いつもと違う私に鈴ちゃんも驚いている。

 

「め、珍しいじゃない。明菜がここまではっきり言うのって。でも私は聞き出すまで絶対にこの部屋から出ていかないからっ」

「ご勝手にどうぞ。私もこれだけは話したくないの」

「っっっ~~~!このぉ!」

「いはははははははは!!このっ!」

「あたたたたたたたたっ!!」

 

 何故か鈴ちゃんの挑発に乗って煽るようなことを言ってしまった。

 この時の自分の考えは今でも分からない。でも今思えば、同じ恋をしている仲間の鈴ちゃんにこのことを話して楽になりたかったのかもしれない。感情を分かち合いたかったのかもしれない。でも話したくない感情もあって素直になれなかった、のだと思う。

 怒った鈴ちゃんは私の頬を両手で摘まむと思い切り引っ張った。だから私も負けじと耳を引っ張った。

 この時、喧嘩をするのは翔くん以来だったと思い出した。どうでもいいことで喧嘩して、結局先に折れるのはいつだって翔くんだった。

 なんだか、私が先に折れるべきなんだって気持ちになった。

 

はなふから(話すから)はなふからはなひえ(話すから離して)!」

「か、観念した様ね!キリキリ話してもらうわよ!」

 

 その後は、誰にも言わないことを条件に包み隠さずに話した。

 翔くんのこと。花見の日のこと。引っ越しのこと。コスモスを見た日とあの時の出来事。こちらに私が引っ越してきてから、翔くんの存在が薄らいでいく恐怖。音信が取れなくなって私が無理をしだしたこと。顔を真っ赤にしながら話した。

 話していると、ふとただの惚気話になっていることに気が付いた。

 なんだ。思い出になんかできてないし、諦めてなんかいない。それに沸騰するようにあの頃の、別れてすぐの純粋な「会いたい」気持ちが溢れ出てきた。

 それを抑え込んでしまっていた自分が惨めで、寂しくて、会いたくて、情けなくて。ボロボロと涙を流しながら鈴ちゃんに抱き着いていた。

 

 それから私は変わった。

 今は会えなくても、いつかきっと会える。その時にもう一度自分の声で面と向かって、自分の気持ちを真っ直ぐに伝えるんだ。そう決めて一歩を踏み出した。

 剣道部は引退して、IS関連の道を一本で進むことを決めた。

 今は競技ISが人気で兵器としての側面が色濃く、宇宙開発分野は余り注目を集めていない。けれど、元来ISは宇宙開発用パワードスーツとして研究されていたものであり、白騎士事件さえなければ、今頃画期的な宇宙服として活躍しているはずだ。

 それに、少し調べれば渡良瀬勉(わたらせつとむ)、翔くんのお父さんの名前が出てくる。そこには宇宙活動用のISが実験段階に入ったこと、IS単体での大気圏離脱と再突入の理論立証が完了していることが取り上げられていた。

 だから、宇宙開発分野を専攻したIS関連の道は最も翔くんに近付く道なんだと信じることにしたんだ。

 私は最初に受けた企業のISパイロットを辞退して、他にオファーが来ていた三橋重工のIS部門へと通う毎日となった。

 三橋重工はいわゆる財閥系で、昔からロケットの開発など宇宙工学分野で日本ではリードしている。だから選んだ。

 毎日通い詰めるうちに会社の内情も聞こえてきた。ISを競技用としてだけでなく幅広い分野に応用する計画が持ち上がり、JAXAなどの要請もあってプロトプランに宇宙開発分野が挙げられた。

 その時は翔くんに近付いたと胸の前で小さくガッツポーズをした。

 季節がいくつも過ぎて中学3年に上がるころに、鈴ちゃんの両親が離婚して中国へ帰国することになった。

 引っ越しで大切な人が遠くへ行ってしまうのは悲しかった。けれど、私もあの時みたいに幼くないし弱くもないつもりだった。

 だから、私は鈴ちゃんに「また今度ね」と再会を約束した。

 鈴ちゃんは日本に帰って来る気満々で、

 

「明菜みたいな恋、アタシはしたくない。距離なんてブッ壊してやるんだから!」

 

 そうガッツポーズして見せてくれた。

 でも、織斑くんに告白は出来たのかな。それだけが私には気がかりだった。鈴ちゃんは織斑くんのことだけは直情的になれないから。

 後で確認してみたら、

 

「鈴が日本に帰って来た暁には、毎日酢豚をタダで食わしてくれるって。持つべきものは友だよな」

 

 鈴ちゃん…………。

 

 このころにはIS単行での大気圏離脱、再突入は試験飛行を無事に成功させていた。

 そのISの名前はそう、

 

『桜花』

 

 秒速5センチメートルで落ちる桜、秒速8キロメートルで飛ぶ宇宙ステーション。

 あの頃の記憶を蘇らせるのには、たったこの2文字の漢字で十分だった。

 

 中学3年、私は進路希望をIS学園にした。勿論それは三橋重工の意向もあったし、私自身ISを動かすことは楽しかった。

 私のISは専用機でもないけれど、元々生身の人間では行けない過酷な環境下での作業を目的とした機材などの試験運用なんかが主立った仕事だった。競技も苦手ではないけれど代表候補になれるほどの実力はなく、IS分野は競技部門と他分野汎用分野に二分された。

 と言いつつ、他分野汎用分野なんてものに所属するパイロットは私しかいなかった。

 そんな中、私はあることを耳にした。

 再突入中のIS『桜花』が暴走して墜落。墜落予測地点のドイツにてパイロットは無事に回収されたが、暴走の原因からサイバーテロが指摘される。

 勿論こんなの関係者じゃなきゃ知りえない情報だけど。

 私はこのニュースが他人事に感じられず、不安で仕方がなかった。

 パイロットが無事なのを聞いて安心したが、これを機に宇宙開発から手を引くことになるのではと考えた。

 桜花が落下していく映像を見た時に桜が散るようにここで何もかもが潰えるのでは、と自分の気持ちと重ねていた。

 けれどそれらは杞憂に終わり、桜花も存続し三橋重工も手を引く考えはないそうだ。

 それが私にとって一層の励みになって、無事IS学園に入学を通常受験よりも早期に決め、私に専用機を預ける話も持ち上がった。

 そして私だけじゃなく、世界を驚かせるニュースが飛び出した。

 

 

 

 男でISを扱える人が発見された。

 一人は織斑一夏。

 そして、もう一人は渡良瀬翔。

 

 

 

 私はきっと、世界の誰よりもこのニュースに驚かされ、そして誰よりも喜んだ。

 ことの顛末は織斑くんが公衆の面前でISを動かしてしまったことから始まり、実は数年前から動かせていた翔くんが発表されることになった。翔くんのことは世界の混乱を避けるために、各国高官レベルまでで情報を秘匿していたらしい。

 二人は今年の春からIS学園にて生徒として入学することと決まり、今に至る。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「にしてもあのバカと渡良瀬、だっけ?がIS学園に入る、ね」

「うん。鈴ちゃんも中国の代表候補だなんてすごいね。にしてもなんでこっちに来なかったの?」

「うぐっ!だ、だってIS学園に興味はなかったし全寮制じゃその……、い、一夏に会いに行けそうもなかったから、その……」

「話を全く聞いてない証拠だよ。ウィークデイは確かに学園内から出られないけど、土日祝日は許可書を発行してもらえば簡単に出られるのに。それに織斑くんとは連絡先の交換をしていなかったとかもう色々残念だよ鈴ちゃん……」

「う、うっさいわね!だから今ウチんとこのお偉いさんにお願いして4月末にはそっちに行ってやるんだから!」

「あはは。なら鈴ちゃんがこっちに来るのは内緒にしておくね。驚かせたいでしょ?」

「そうね……。うん、黙っててね。アイツのアホ面見てやるんだから」

 

 電話先の鈴ちゃんは心底嬉しそうな落ち着かない声色で話す。人の声のこと言えないじゃん。

 

「明菜も渡良瀬との再会、楽しみで仕方ないんでしょ?落ち着かない声の原因もそれね」

「やっぱり分かっちゃうよね。ニュースに翔くんが載った時は本当にびっくりしたんだから私も驚かすの。仕返しっ!」

「やっちゃいなさい!女に寂しい思いをさせる男なんてブッ飛ばしちゃいな!」

「ブッ飛ばしはしないけどね……。あ、もう時間だ。今から始業だからもう電話切るね」

「そうね。じゃあまたそっちで会いましょ」

 

 そういって電話を切った。

 入学式に翔くんの姿を見ることはなかった。でも、彼はここに絶対いるんだ。もう5年近くあってないけれど、私は翔くんだってわかる自信があった。

 なんでだろう、雰囲気?もっと根本的なものだと思うけれど、確証の無い自信が私を突き動かす。

 配布されたクラス名簿だと、翔くんは一組。私は二組だったから同じクラスではないけれど、隣のクラスなんだからいつでも会おうと思えば会える。

 制服を着て一緒に手を繋ぎながら寮と教室を行き来する登下校。これに密かな憧れを抱かない女の子はいないと思う。少なくとも私はそうだから。

 実は、鈴ちゃんとの電話は少し早くに切っていた。一組の教室を確認するためだ。

 教室にはまだ男の子の姿は見当たらなかったから、こうして一組の教室の前で来るのを待っていることにした。こうしていれば確実に会えるから。

 

「あっ…………」

 

 そして遂にその時が来た。

 織斑くんじゃない男の子は一人しかいないからすぐにわかった。けど、私にとって見分ける基準はそこじゃない。

 彼の姿を見たときに、見た目は随分と変わってしまっていた。真っ黒だった髪は三割近く色が抜けた白髪になっていたし、背も同じくらいだったはずなのに私より頭ひとつ分近く高くなっている。体だってがっしりと筋肉が付いていて逞しく感じるけど、なにがそう思わせるのか私には翔くんだと確信を持てた。

 そう思い始めると、自分を抑えることは出来なかった。

 自然と目頭が熱くなって頬を冷たいものが伝う感覚をはっきりと覚えた。

 小走りになって駆け寄って、手を取った。

 

「翔くんっ!」

 

 周りは翔くんのことを好奇の目で遠巻きに見ていたから、私の行動にビックリして黄色い声を上げた。私はそんなこと気にも留めていなかったけれど。

 近付いて、気恥ずかしい心をはね除けて、自分でも分かるくらい真っ赤な顔をしながら彼の顔を見た。

 ほんの少しだけ垂れた目元、よく私に微笑みかけてくれた口元、優しいあの独特な空気。全てが私を満たしてくれた。

 

「私、私ね、凄く会いたかったよ……。もう会えないと思ってたから。また会えてよかった……っ……!」

 

 彼の胸に顔を埋めて泣き声を抑えて自分の気持ちを解放した。こんなに幸せを感じたのは初めてだった。

 

 

 

 だからこそ、違和感を感じたのだろう。

 彼が私を抱き返してくれることはなかった。

 

 

 

 私が彼の胸から顔を上げ、彼の顔をよく見てみる。

 何か困ったような笑みを浮かべて、私の心を突き刺す言葉を発した。

 

「僕たち、何処かであったことあるっけ?」

「えっ………?」

「酷く落ち着きがないね。きっと他人の空似だったんだよ。じゃあ、僕はもう教室に入るから。今度は間違えないようにね」

 

 そういうと彼はハンカチを使って涙を拭いてくれた。そのまま私の手に握らせると、一組の教室へと入っていった。

 

「どうして…………!?」

 

 私が翔くんを間違えるはずがなかった。声の柔らかさも変わりない。間違えるはずがないのに。

 

 私は翔くんに拒絶されているんだ。

 

 嫌でもそれを認識してしまった。するしかなかった。受け入れたくなかった。

 翔くんと私の再開は最悪としか言いようがなく、その絶望に私は咽び泣いて立ち尽くすことしか出来ないかった。

 

 

 


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