秒速8キロメートル   作:テノト

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難産でした。
精神に問題があるとはいえ、書き出すとやっぱり翔くんが屑人間になりますね。
私の乏しい文才も相まって不快に感じる方も多いと思いますが、ご了承下さい。

感想、評価、ご意見がございましたら、どうぞお寄せ下さい。


焦り、迷い、嫌う

 調整の終わった桜花を僕は展開して、以前との違いを確かめていた。

 正直なところ、違いと言う違いはない。

 脚部に小さい可変翼と小型バーニアが加えられたのと、両手首の部分に小さな銃口が取り付けられた程度で、他は全く変わっていない。

 

『翔、聞こえるか?』

「ああ、聞こえるよ」

 

 父さんが通信をしてきた。

 変更点の説明をしてくれるのだろう。

 

『今までの桜花のデータから必要なものを加えた。まずは脚部の可変翼とバーニア。それで桜花の旋回能力と姿勢制御能力を向上して、より繊細な動きを出来るようにした。超高速時に急旋回をした時の衝撃や反動を軽減する効果もある。実際に動いてみろ』

 

 言われた通りに動く。

 急加速をして、いつも通りほんの1秒で音速を越える。

 アリーナ内は広いと言っても、超音速で飛ぶには狭い。ここで行われる試合の殆どは時速400キロメートルから700キロメートルで、超音速に至ることなんて瞬間加速などで一気に距離を詰める時くらいだろう。

 そうでもしないと、すぐにアリーナの壁にぶつかってしまう。

 音速に達したのを確認して、少々強引に急旋回をする。脚部の翼が形を変え、バーニアが姿勢を制御するように少しずつ吹かしている。

 これは凄い……!音速での急旋回でもジェットコースター程度のGしか感じられなかった。

 

『性能向上に成功したな。では次に武装の説明だ。両手首の銃口は確認できるな?』

 

 手首の内側に、動脈の部分と言えばいいか、そこにあるのは確認している。

 

『それはリミッターがかかっている桜花に対して、過剰なエネルギーを生産するヤエを用いた、小型の荷電粒子銃だ。単にビームガンと呼んでもいいだろう。射撃管制はイメージインターフェースを採用しているから、撃つイメージをすれば弾が飛び出す。今標的を射出するから撃ってみるといい』

 

 バシュッ!という音がして、サークルの書かれたバルーンが十個くらい射出される。

 それを停止状態から三個だけ狙い撃つ。そして四回撃ってやっと三個迎撃した。

 ISの補助があってこれでは、僕は射撃センスが余り無いらしい。

 次に高速機動下での射撃をしてみる。

 基礎的な回避運動の真似をしながら撃ってみると、これの命中率は五割程度だろうか。

 僕の射撃センスは置いておくとして、射撃のレスポンスはまあまあだ。1分に三十発程度だろうか。

 

『……まあ訓練すれば上手くなるだろう』

「わざわざ声をかけなくてもいいでしょ……」

『次にいこう。チャージをして高威力のビームを出すことも出来る。これもイメージインターフェースによって管制されている』

 

 チャージするイメージと言われても、急にそれは出来ない。どういった風にすればいいんだろうか……。

 

『出来ないか?』

「うん。イメージを掴めない」

『使えることだけ理解していればそれでいい。追い追い出来るようになるだろう。次にいこう。そのビームガンは銃身部分を取り外し出来る。取り外せば銃口から出たビームが刃を形成して剣になる』

 

 言われた通りに取り外すと、剣を作り出した。

 ビームソードってやつだ。

 ISの持つ膂力があるから重い武器を振り回しても、力はそこまで使わない。慣性を多少感じる程度だ。

 けれどこのビームソードはそれを全く感じない

 重さが柄の部分しかないからそれも当然か。

 ビームソードを実際に振り回して標的を切ってみる。

 粒子が高密度に圧縮されているからか、チリチリと独特の摩擦音がする。それによって産み出される刃は、物質に対して大きな威力を発揮することはすぐに理解できた。

 

「あれ?」

 

 ビームソードを取り出して30秒程度した時、独特の摩擦音は小さくなり、終には荷電粒子の刃も消えてしまった。

 

『取り外しているから、エネルギー供給が無くなる。現状その程度の時間しか形成していられないんだ。また取り付ければ元に戻るが、充填に1分ほど時間を取られる。それには注意するんだな』

「分かったよ」

『武装説明は以上だ。お前のメディカルチェックも含めて、桜花の動作データの確認をしたい。一度ピットに戻ってくれ』

「分かった。今戻る」

 

 動作確認等は全て終了した。

 こうして坦々と確認作業はしたものの、また自由に飛び回りたいと心を弾ませる。

 きっと僕に犬の尻尾がついていたなら、バカみたいにブンブンと振り回していただろう。

 やっと桜花が僕の手元に戻ってきてくれたんだ。そして桜花に乗せられた家族の想い。

 僕は桜花に乗りながら、自分の存在価値を確かめていたのかもしれない。

 そんな人に知られたら恥ずかしいと思ってしまう気持ちを隠しながら、悠々とピットに戻った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 今俺達はピットからアリーナにいる二人に視線を送っていた。翔とセシリアが向かい合っている。

 翔のメディカルチェックは何の異常も示さなかったし、桜花の方もバッチリだった。

 だから翔の親父さんもこの戦闘を許可した。本音のところでは、桜花の戦闘データも今後の研究のために欲しいらしい。

 

「翔のやつ、大丈夫なのか?」

 

 今回のセシリアは、俺と最初に戦った時とは明らかに雰囲気が違う。慢心とか驕りとか、そういうものは一切なかった。

 一番最初に俺がこのセシリアと戦っていたら、きっと一矢報いるまでもなく完敗していただろう。

 翔の前にいるのは「慢心のセシリア」ではなく、「国家代表候補のセシリア・オルコット」なんだ。

 

「桜花の武装は白式程ではないにしても、圧倒的に手数は少ないんじゃないのか?」

「ホウキ、それは仕方ないのよ」

 

 アレックスが横で声を上げた。

 

「桜花に積まれてる『ヤエ』が拡張領域の9割以上を占めてるの。だからあの二つの遠近複合武装は苦肉の試作品で、もうナイフ一本だって入らないのよ」

「そ、そうなのか」

「なあアレックス、『ヤエ』ってなんだ?」

 

 俺がバカなんじゃなくて、これを知ってるやつの方が絶対に少ないだろう。

 

「『ヤエ』は、Dr.渡良瀬が生み出した既存のパワードスーツに備えられる予定だったジェネレータと、ISに備えられたPICの融合発展させたジェネレータ。生み出したDr.渡良瀬も詳しい原理が分かっていない、訳の分からない代物よ。桜花が最適化したことで完全にブラックボックスになってしまったから、現在研究中の云わばオーパーツ」

「すまない、意味が分からない」

「俺も全く分からない」

「その認識で良いんじゃない?誰も分かってないし。分かってるのは、重力場に介入することでPICと似たような効力を発揮しているってことだけよ」

「とりあえず、なんかすごい機械ってことでいいんだな?」

「……中学生にここまで言わせておいて恥ずかしくないの?」

 

 痛いところを突くな。分からないものは分からないんだよ。

 

「とりあえず、今回は確実にカケルが負けるよ」

「そういうこと言うなよ。応援してやれよ。友達なんだろ?」

「友達じゃないし!……カケルには勝って欲しいとは思うけどさ、無理があるよ」

「なんでさ?」

「見てればわかるって」

「ほらお前たち、始まったぞ」

 

 パッとモニターに向き直ると、丁度二人が飛び出した。

 セシリアはセオリー通りにブルーティアーズを射出して距離を取る。翔はというと、猛スピードで肉薄していた。

 さっきの動作確認でも見せていたけど、やっぱり恐ろしく速い。瞬間加速を使わないであんな速度を出せるだなんて。

 

「やはり桜花は速いんだな」

「ああ。射撃戦を主体としたセシリアにはこれ以上にやりにくい相手もいないんじゃないのか?」

「いや、今回の場合そういうわけにも行きそうにない」

「え?」

 

 俺の考えていることとは裏腹に、箒の口振りだと翔の方が不利に聴こえる。なんでだ?

 セシリアが牽制射撃をする。

 翔はそれに反応してスピードを緩めて回避する。そうして回避した先でさらにブルーティアーズからの射撃が飛び交う。

 あ、そうか!

 

「セシリアの牽制射撃で桜花の速度を活かせていないのか……!」

 

 翔の動き方は基本的に単調で、武道経験者や訓練を受けていた人ならどこへどう動くかが分かりやすかった。

 セシリアは牽制射撃で行動を封じ、鈍くなった動きに本命を的確に撃ち込んでいる。

 翔もビームガンでビットを狙うが、細長いビットに翔の射撃の腕では当てることは敵わなかった。

 一つ一つをビームソードで壊しにかかるも、他の三つとセシリア本人の射撃で阻まれる。阻まれている内にビットは違う場所へと行ってしまうから壊せない。

 完全にセシリアの独壇場だ。

 翔が忌々しげに顔を歪ませて見せるが、それを嘲笑うかのように桜花のエネルギー残量が減るだけだった。

 

「今のコンディションのカケルと桜花じゃ、セシリー相手にすればこうなるのが関の山よ。今まで戦闘訓練なんて受けてこなかった人に銃と剣を渡して、国家のエリートと戦えなんて無茶なのよ。踏むステップを間違えてるわ」

 

 アレックスがボロボロになっていく翔を見ながらそう呟いた。心の底から心配してるのだろう。

 桜花のエネルギーはもう一割を切ったというその時、ことは起こった。

 

 桜花が消えた(・・・・・・・)

 

 その瞬間、ブザーが鳴り響いて試合は終了した。

 アリーナを映すモニターに桜花の姿はなく、目で探してしまった。

 モニターの向こう側のセシリアが急いでアリーナの端に向かう。そこに桜花が転がるようにして倒れ込んでいた。

 アリーナの壁が大きく抉れてその下に倒れ込んでいるところから、壁に思い切り激突したらしい。

 

「い、今渡良瀬は何をしたんだ……?私の目には何も映らなかったぞ!」

「カケルはね、瞬間加速をしたんだよ。よっぽどあのまま負けるのが悔しかったんだ」

「はぁ!?あれが瞬間加速!?白式だってあれで滅茶苦茶速いはずだぞ!」

「当たり前じゃん。リミッターがかかっているとはいえ初速マッハ5の瞬間加速なんて、肉眼で追うのは人間には不可能よ。じゃあ私は行ってくるから」

 

 そう口早に言うと、アレックスはモニタールームから飛び出していった。

 

「それにしても、翔のやつ大丈夫なのか?白式だって瞬間加速の衝撃は大きいのにさ、それよりもヤバいんだろ?」

「…………」

「ん?どうした箒」

 

 箒がじっと黙ってアレックスの出て行った扉の方を見つめていた。何か思うところでもあるのだろうか?

 

「いや、あいつも色々と大変だろうなと思ってな」

「何が?」

「……何でもない!」

 

 時々こういう風に、箒のことが分からなくなる。やっぱり俺は察しの悪いバカなんだろうか。

 

「そんなことより、渡良瀬のところに行かなくてもいいのか?」

「本気で言ってるのか?箒は剣道の試合で負けた後に俺が来たらどう思う?」

「そうか、そうだったな」

 

 多分、あんな無茶な瞬間加速をしたのはアレックスの言った通り負けるのが悔しかったんだろう。どうしても勝ちたくて、躍起になってやっちまったことなんだ。

 だからきっと俺が今行くのは、翔の心を抉るだけなんだ。俺は曲がりなりにも引き分け持ち込んだ。けれど今回の翔は何もすることが出来ずに負けてしまった。相手の方が実力が上だと分かっていても、悔しいことに変わりはない。

 それに鈴から聞いた話だと、翔は強さへの執着が捩じれ捻くれてしまっているらしい。明菜との関係もある。

 どうすれば俺は翔の力になれるんだ?

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「ほら渡良瀬さん!しっかりなさいな!」

「は、はは。申し訳ないねオルコットさん。もう離してもらって大丈夫だよ」

「そんな訳には参りませんわ」

 

 僕はオルコットさんの肩を借りてやっとピットに戻ることが出来た。

 理由は簡単だ。僕が無茶なことをしたからだ。

 負けたくなかったんだ。

 あのまま何も出来ずに終わることを許せなかった。

 もう僕一人じゃない。

 僕の家族の想いを積んでいると知ってしまった今、僕は何も出来ずにはいられないんだ。

 ピットのソファーに僕を座らせて、オルコットさんもISを待機状態に戻した。

 

「あの超音速の瞬間加速、あなたみたいにISに覚えのある方ならば後にどうなるか分かっていたはずですわ。何故あのような真似を?」

「織斑は君という大きな壁を乗り越えた。僕だって男なんだ。そんな姿に憧れたんだ」

 

 嘘じゃない。

 あの織斑に憧れたのは事実だ。無理だということを乗り越えて、自分の力で切り開いてみせた。

 あんな姿を見せられて、憧れない男はいない。こんな世の中だから当然だ。

 

「一夏さんは箒さんのトレーニング、白式の性能、何よりあなたの情報を以て初めて慢心していた私に勝つことが出来たのです。今回のように本気の私では、一夏さんでもあの当時ならあなたと同じ末路を辿っていましたのよ?これは私の自尊心や一夏さんへの過小評価でもありません」

 

 だが、結論として僕が弱いことに変わりはない。

 僕がガストを倒せたのは、桜花の能力とナノマシンのお陰であって僕の実力なんかじゃない。圧倒的な性能でゴリ押しして、僕自身もそれに振り回されているだけだった。

 

「私が今日あなたと戦ったのは、あなたがどういう人なのか知りたかったからですの。あなたがテロリストを前にどう戦ったか知りたかったのです」

「……やっぱり分かってたんだ」

「国家の代表候補ともなれば、知らされるものですのよ。国の方針にもよりますが、我が祖国では積極的に情報公開を致しますから」

 

 なら、僕が考えていることも分かるだろう?

 僕みたいな弱い人間じゃあ、今ある現状を打開することは出来ない。人を巻き込んで不幸にするんだ。

 そして僕は尻尾を巻いて逃げることしか出来ない。

 孤独でいるしかないんだ。

 

「……私の祖国にこのような言葉がありますわ」

 

 オルコットさんが柔らかい優しそうな顔を引き締めて、真剣な眼差しで僕を射抜いて言った。

 

No man is an island(人は孤島のようにはなれない)。首相や大統領、王様にだって妻と私的な友人がいるのでしてよ?あなたも一人でいることは出来ませんの」

「そんなこと言われたって、僕はその上げられた人たちみたいに強くないんだ」

「あなたを見ていると、私の過去を見ているようですわ」

 

 オルコットさんはまた笑顔を見せて僕に語りかけた。

 

「お父様とお母様を亡くして以来、一人で何でもこなせる強い人になろうと精一杯努力しましたの。それで、国家代表候補まで上り詰めてこの学園にこうしています。だから一人で何でも出来ると舞い上がっていましたわ。そんな中、一夏さんとその下で協力をしていた箒さんと渡良瀬さんの三人の力によって、私は敗北を喫しました」

 

 僕に諭すように語りかけるオルコットさんは、何かを懐かしむような顔をしていた。本人の言う通り僕を通して違う何かを見ているようだ。

 

「そこで私は、自分を支えてくれた家の使用人や、幼い頃から親友として接してくれた人を思い出したのです。そして支えられてここに自分は立っているのだと分かったのです。だからあなたは一人でがむしゃらになっていた私のようですわ」

 

 座り込む僕の頭と頬を撫でるオルコットさん。その手は懐かしい感覚に包まれていて、ひんやりとしたものだった。

 自分の中で燻っていた火照りを冷ましてくれているようで、確かな安らぎを覚えた。

 

「一人で抱え込んでいても、結局誰かに支えられている。本当の孤独というのは有り得ませんの。だから、人を頼って下さいな」

 

 そういうと手を離してピットから出ていった。

 そしてオルコットさんは最後に振り向いてこう言った。

 

「一つ過去の私と違うとこがあるならば。……強くなることを諦めているところですわ。道というのは諦めない者の前に切り開かれましてよ?」

 

 オルコットさんは僕に何を伝えたかったんだ?僕に強くなれと言うのだろうか?

 強くなるって何だろう。

 何もかもが弱い僕は何をすればいい?何から強くなればいい?どれ程強くなればいい?

 いつから僕はこんなにウジウジとした人間になったのだろうか。

 矛盾だらけの自分の気持ちが分からない。

 もう僕には何も見えないんだ。

 僕の先は真っ暗で、宇宙の深淵に向かって飛んでいくようだ。そんな暗闇に飛び込む勇気はなく、強くなることにも理解を示せていない。物怖じして一歩も前に踏み出せない。

 なんでみんな前に踏み出せるんだ?どうして他の人も引っ張っていけるんだ?

 全く分からないよ……。

 

「カケル……」

「アレックス……?」

 

 座り込んで情けなく頭を押さえていると、アレックスがやって来た。

 肩を上下に揺すり、蜂蜜色の長い三つ編みが首に絡まっているのを見て、相当激しく走ったんだろうことは用意に想像できる。

 アレックスが近付いてくると、ハァハァと上がった息がよく聞こえた。

 僕の横に腰を下ろし、手を僕の膝に乗せて乗り出して語りかけてきた。

 

「大丈夫?どこか痛いところはない?ナノマシンも強化薬も使わないであれは無茶に決まってるよ!バカッ!心配したんだから!」

 

 そういって僕をひしと抱き締めてきた。

 僕の心配をしてくれるのは嬉しい。けれど僕は心配されるに値する人間なのだろうか?

 

「心配させてごめんな。あのまま負けるのが悔しくてさ。やけくそになった訳じゃないけど、無我夢中だったんだよ」

「あぅ」

 

 アレックスの頭に手を置いて、わしゃわしゃと撫でてやる。ついでに首に絡まってた三つ編みをほどいた。

 自分の髪の状況に今気がついたのか、パッと少し飛び退いて、自分の手で確認した。

 ホッと一息吐いて落ち着いたところ、僕を見て顔を真っ赤にして俯いた。

 アレックスの一挙一動はまるで小動物のようで、見ていて心が和んだ。こんな彼女だからこそ、一番辛かった時の僕の心は癒されたのかもしれない。

 人形のようだった僕に人としての格をもたらしたのかもしれない。

 

「ねえカケル」

「何?」

「ううん。カケルに怪我が無くて良かったって」

「そっか……」

 

 そう言って屈託のない笑顔を見せた。

 

「カケルはもう十分頑張ってるんだから。私はカケルがどんだけ頑張って来たか知ってるもん。だから無理だけはしないで……」

「そういってもらえると楽になるよ」

 

 結局僕は浮かれていたんだ。父さんから母さんのことと桜花の話を聞いて、また桜花が僕のもとに戻って来て。

 僕に自由なんて元々ないというのに、浮かれて。敵うはずもない相手に無茶なことをして。こうやってアレックスを心配させている。

 

「カケルはこれ以上頑張らなくていいの。私がその分頑張るの。私にはそれしか出来ないから」

「アレック……!」

 

 

 アレックスは身を乗り出して、そのまま僕に唇を重ねようとした。

 けれど、重なることは無かった。

 

 

「何でもないっ!何でもないの!」

 

 アレックスは僕の隣から飛び退くように立ち上がり、青ざめた顔で目に涙を浮かべながら走り去った。

 僕はこの時、無言の圧力で彼女の希望を拒否した。気持ちを砕いた。覚悟も全て……。

 立ち上がる気力もなかった。

 ただ、僕が一体どれだけ醜悪な表情を彼女に晒していたのか。それをひと度想像して自己嫌悪に浸るだけだった。

 

 

 

 

 







アレックスについても今後掘り下げて行きます。

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