秒速8キロメートル   作:テノト

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持病の喘息が悪化してきて、発作でこの頃少し苦しいです。
病院に行けば発作止めの薬貰えるかなぁ……。

今回はオリキャラ出ます。閲覧注意です。
それでも構わない方はどうぞ!

感想、評価、ご意見などお待ちしております


為すべきこととは

 僕が学園に帰って来てから一週間近く経った。

 春の空気はなくなっていて、次第に近づく梅雨に向けて空が重くなっていくのが目に移り始めた。それでもたまに見せる五月晴れは、少しだけ心も晴れやかなものにしてくれて、そんな日の夜は寮室のベランダから夜空を眺めた。

 時折速く動く星が見える。それがISSだと知っている人はどれだけいるかは分からない。でもその星はそんなに明るいものではなくて、何万光年と離れている星々の方が明るかったりして、そういうのが奇妙で面白く感じる。

 僕のリハビリは順調に進み、今はもう車椅子がなくても問題なく生活できる。ただまだ激しい運動をするのには厳しいものがあって、少なくとも生身では飛んだり跳ねたりすることは出来ない。

 もう人の手を煩わせるようなことはないのだけど、織斑はそうなってからも毎朝僕の部屋に来て朝食を作って一緒に教室へ向かう生活を辞めなかった。

 別に何の問題もない。朝食を作ってくれるのは有り難かったから。強いて言えば、何か機密のメールでも届いた時には部屋を出て行ってもらう程度だ。

 昼、織斑に誘われて食堂へ向かった。

 僕が車椅子生活をしている間は、織斑と篠ノ之さん、オルコットさんの三人と、よく居合わせる凰さんと明菜の五人で食べていたらしい。

 案の定、今回の昼食でも二組の二人と居合わせた。

 明菜と顔を合わせるのは三日ぶりだ。凰さんに平手打ちを受けて以来あっていない。

 でもあの時の記憶が微かに残っていて、その記憶では明菜が僕に謝っていた。ごめんねと。

 あれから三日、僕の視線は気付けば明菜を探していた。

 会おうと思えば隣のクラスにいるんだから簡単に会える。でもそれが僕には出来ず、通りかかった廊下や教室から見えるグラウンド。放課後にリハビリと称して散歩をして姿を探してしまったりしたけど、見付けることはなかった。

 こんなに近くにいるのに三日も顔を合わせていなかったというべきか、今までに比べて三日でこんなに心が揺さぶられるというべきか。どっちを言えばいいのかは分からない。

 

「そういやついに明日だな」

「明日って何があるの?」

「ええ、明日ね」

 

 織斑と凰さんが向き合うような形で座っていて、互いに鋭い眼光で睨み付け合って物々しい雰囲気を醸し出している。僕の問い掛けには気付いてもいないようだ。

 

「渡良瀬は知らなかったか?明日はクラス代表戦だから、一般の授業も休みだって」

「そうですわ。ですから今日は私がみっちりと訓練のお手伝いをいたしまして、一夏さん、ひいては一組に勝利をもたらすのですわ!」

「む、その役割は私一人で十分だと言ってるだろうが!」

 

 初耳ではないけれど、そんなことに意識が向いていなかったので、今やっと思い出せた。

 というか、この二人はなんでこういつも言い争っているのだろうか。

 

「牧瀬さん。この二人はいつもこんな感じなの?」

「あー……、そうだよかけ、んんっ!渡良瀬くん。いつもこんなだね。こうやって織斑くんのことを取り合ってる」

 

 明菜もこの光景には苦笑いを隠せないようだ。

 って織斑を取り合ってるって、やっぱり織斑に惚れてるのか。

 真っ直ぐで爽やかで、ウジウジしている僕とは大違いだ。男らしくて格好良いと思う。

 

「やっぱり織斑みたいなやつがモテるんだね。こんな綺麗な二人に愛されてるなんてね」

 

 僕が何気なく発した言葉に、ほんの僅かな時間だけ、空間が凍りついた。

 

「なななな!何を言うんだ渡良瀬!」

「わ、私と一夏さんの関係だどうだとかそういうことをこんな人前で恥ずかしげもなく!」

「え?二人が俺になんだって?」

「わー!わー!何でもない!何でもないぞ一夏!」

「空耳ですわ!本当に何でもございませんの!」

「ちょっと一夏!こっちと話をしてたでしょ!?そっちは今関係ないでしょぉ!?」

「ちょつぁ!?いでででででででっ!」

「関係ないとはなんだ!大有りだ!」

「そうですのよ!」

 

 そのまま織斑は耳を腕を頬を引っ張られて、四人で(なお一人は口を一切出していない)てんやわんやの言い争いは激化した。

 分かりやすいというかなんというか、もっとこう素直に気持ちを伝えればいいのに。

 なんて考えて、その思考を遠くへ放り投げた。僕にそんなこと言う資格も考える資格もないだろう。

 この中じゃ僕が一番素直になれていないから。

 え、素直になれていない?

 いや、そんなことはないはず。明菜を突き放しているのは、どんな形であれ本心であるはずだ。

 そうやって頭を振っていると、刺さるような視線を感じた。

 

「…………」

「ま、牧瀬さん、どうしたの?」

 

 心底不機嫌な顔を見せてこっちを睨み付けていた。

 待って。顔に見覚えがある。

 確か最後の花見をする前の、四年生のホワイトデーに同じ顔を見た。

 

 僕はあの時、クラスの他の女の子から貰ったチョコのお返しをした。

 若干煩わしさを感じていて、家で余っていた粗品の飴玉でお返しを済まそうとして、それを女の子の下駄箱にいれて置いたのだ。

 勿論明菜と一緒に登校していたから、誰の下駄箱に何を入れたのか知られていた。

 明菜は僕がポケットから取り出した飴玉を見て、心底不機嫌になった。

 

 今の明菜の顔は、その時と同じだ。

 余談だが、明菜へのお返しは父さんがアメリカ主張のお土産に買ってきた、カラフルで4メートルくらいある長いマシュマロだ。

 見た目も面白いし味も良かったから、喜んで機嫌を直してくれるお返しになるだろうと思っていた。

 明菜は大声で泣き出した。

 その時僕は、ホワイトデーのお返しに渡すものに込められる意味を初めて知ったのだ。

 

「あー、んん!牧瀬さん、君を含めてここにいる女の子はみんな綺麗だと僕は思うよ」

「……60点」

「翔、お前よくそんな歯の浮くようなセリフを人前で言えるな」

「一夏、お前はそれを本気で言っているのか?」

「どうせ無自覚ですわ」

「一夏だもの」

 

 一応合格点、なのかな?

 明菜ははぁと溜め息を吐くと、目の前に置いてあった蕎麦を一気に啜り込んで完食した。

 少しは機嫌が直っただろうか?今の僕に出来ることはこんなことぐらいなんだ。

 

 って、僕は何を考えているんだ?明菜を拒絶すると決めたじゃないか!

 それを何たる体たらく。僕は本当に自分の立場を理解していないようだ。

 なんで明菜を拒絶しているのかを思い出せ。

 僕は強くなんかなくて、明菜のことを守れないんだ。そんな僕が明菜と一緒にいては、様々な凶事に巻き込んでしまう。それで明菜は左腕に大きな怪我を負ってるじゃないか。

 僕が巻き込んだせいで、僕のせいで明菜は苦痛を味わった。

 僕は独りでなけりゃいけない人間なんだ。もう誰も巻き込みたくないんだ。

 でも、そう考えているのに何で僕はこんなに、必要以上に意識してしまう?

 いやそんなはずはない。え、いやちょっと待て……。

 

 何で僕はこんなに動揺しているんだ?

 

 今までのひと月近い学園生活の中でも、こんなに自分の考えが揺らぐのは初めてだ。何でだ?

 その時、僕の中で意識的に無かったことにしようとしていた言葉が頭の中で反響した。

 

『なんで何でも一人でやろうとするんだ?みんなで助け合えばいいじゃないか』

 

 酷く甘美な言葉だ。理想的な言葉じゃないか。

 でもそんな甘美な言葉を吐き出せるほど僕の心は強くないんだ。

 自分一人を守るのに精一杯で、誰も助けることなんて出来ないんだ。

 

「というかさ、今日ってもう放課なのよね。明日が行事だから、それの準備とかで色々あるらしいし」

 

 凰さんの言葉で思考の海から何とか這い上がり、ある用事を思い出した。

 今日の放課後、父さんとが来て桜花の受け渡しがされるんだった。

 桜花はリミッターが施され、少なくとも前期が終わるまでは宇宙事業は見送られるらしい。

 それから、残った拡張領域を用いて対テロ武装が施されるらしいが、それがどれだけ効果的なものかなんてのは分からない。どちらにせよ、僕もこの学園で戦闘知識を学ぶ必要が出てきたのだ。

 ……僕が強くなったら、また明菜と一緒にいられるのだろうか?

 まだそんな淡い幻想を抱いている自分に飽き飽きとしてきた。

 そう自嘲すると、前に座っている明菜が悲しそうに僕を見つめてきた。

 

「じゃあ、僕は用事があるから先に行くね」

 

 その視線から逃げるように立ち上がった。今の僕にはその視線を受け止めることが出来ないから。

 

「あっ、翔ってこの後桜花を受け取るんだっけ?」

「ああ、織斑には朝話したっけ。調整が終わったら試験飛行と武装の動作確認をするよ」

「そっか。じゃあさ、それが終わったら俺と勝負しないか?」

「えっ」

 

 織斑にそういわれた僕は固まってしまった。

 僕が織斑と戦う?そこに何の意味があるのだろうか?

 

「ちょっと一夏さん。明日あなたはクラス代表戦を控えてますのよ?これでもしも明日までに回復が不能なほど損害を受けてしまっては意味がありませんわ」

「ああ、それもそうだったな。いやさぁ、翔と男同士の拳の語り合いってのをしたかっただけなんだよ」

「拳の語り合いって……」

「まあ武道を修めているものなら向き合えば本質を窺うことが出来るからな。ボディランゲージというのは案外信憑に足るものだと私は思っているぞ」

 

 篠ノ之さんまで何を言ってるんだか……。

 オルコットさんがやんわりと織斑を抑えると、僕に向き直して言った。

 

「代わりに、私と一戦交えて頂きたいですの」

「へ?」

 

 僕にとってはこっちの方が拍子抜けしてしまうことだ。

 

 

 

 アリーナの中でも最も端っこにある第4アリーナ。そこの整備室に僕らが向かうと、既に父さんが準備していた。

 その脇には二人の人が立っている。一人は背の高い金髪の女性。格好から察するに軍人だろう。

 そしてもう一人も軍人だろうか……。いや、見覚えのある人だ。

 その人は僕の鼻くらいまでの背がある女の子だ。

 彼女は僕に気付くなり、小走りになってこっちへ向かって駆けて来た。

 

「カケルゥー!」

 

 そのままの勢いで僕に抱き着いて頬に頬を左右順番にくっつけて来た。

 

「久しぶりだね、アレックス」

「もう!あの時は本当にこっちが死ぬかと思ったんだから!すっっっっっごく心配したんだから!」

 

 僕の後ろにいた三人の内二人は唖然としていた。

 

「えっ翔、その子誰?」

「いや待て一夏そうじゃない!アレックスって男の名前じゃないか!」

 

 まあ急にこうやって抱き着いてくるような光景見せられたらびっくりするよな。仕方がない。

 オルコットさんはイギリス出身だし、こうして友人と会ったら頬を当て合うことくらいも、何のショックもなく受け入れられているんだろう。

 それに別にアレックスは男の名前ではない。

 

「頬キスなんて私の家に戻れば親しい人はみんないたしますのよ?どうです一夏さん、私たちも毎朝いたしましょうか?」

「セシリア貴様ぁ!」

「で、その子は誰なんだ?」

 

 織斑に催促されると、アレックスは僕から離れてアメリカ人独特のオーバーな動作をした。

 思い切り肩を竦めて手を開き、呆れた顔で溜め息を吐いた。

 

「あなた中々礼儀知らずなのね。こういう時は先に自分から名乗るものよ?」

「あ、おう。そうだな、悪かった。俺は織斑一夏。ISを使える二人目の男として、この学園に通ってる」

 

 アレックスはじろじろと織斑を観察して匂いを嗅ぐ様な仕草をした。

 その後くるりと回って真っ直ぐ織斑を見つめて挨拶をした。

 

「悪い奴じゃなさそうね……。私はアレクサンドラ・ロウズ!アメリカ国家代表候補として、Dr.渡良瀬を護衛するために来日したわ!」

「年は僕らのいっこ下だよ。まあ僕の妹分みたいなやつさ」

「む……」

「そうか。アレックスって男子女子関係なく使えるニックネームだったんだな。初めまして。私は篠ノ之箒だ」

「えぇ!?篠ノ之って、Dr.篠ノ之の家族か何か!?」

「あー、そうだ。あの人とはあまり仲が良くなかったが一応そうなるな」

「へぇ~!すごいわねこれって!何かの巡り合わせかしら!」

 

 アレックスは持ち前の明るさですぐに溶け込んでいった。

 思えば、僕が桜花に乗り始めた時、一番辛かった時にそばにいてくれたのは彼女だ。

 ロウズ長官が同年代と何の接点もないのは、精神衛生上良くないといって引き合わせてくれたのだ。

 この時アレックスは既にISの英才教育を受けていて、中学生に上がる頃には国家代表候補の推薦が貰えるとさえ言われていた。だからこそ、事情を説明されたアレックスだから、僕は話せたのかもしれない。

 別に何の取り留めもない会話をしながら、一緒にビスケットを頬張るだけのちょっとした時間だ。

 けれど、僕はアレックスの明るさに半分近くは救われていた。

 そしてもう半分はそれでは埋めることの出来ない寂しさと、未来への不安に包まれていた。

 

「お初にお目にかかります、天才操縦者さん。私はイギリス代表候補生を務めています、セシリア・オルコットですの」

「よろしくねセシリー!あなたのことは良く知ってるわ」

「あら、それは先達として光栄ですわ!」

「あんな訳の分からないBT兵器なんて良く使えるよね。動けないとはいえ4つも一度にさ」

「いいえ、私もまだ未熟者ですわ。そこのISを動かしてまだ半年と経っていない殿方に、引き分けまで持ち込まれてしまいましたもの」

「へぇ~。イッチーってそんなに強いんだ。って、ブリュンヒルデの弟か!なんだか納得したよ」

「俺は強い姉を持ったお陰で、周りからの期待の眼差しが痛いぞ」

「一夏、それには私も同意せざるを得ない……」

 

 向こうは話で盛り上がってるみたいだし、今のうちに父さんの要件を済ませてしまおう。

 

「父さん、久しぶり」

「ああ、久しぶりだな。あの時は何もしてやれなくて悪かった」

「父さんが気にすることじゃないよ。桜花の武装を取りに行く途中だったんだ。間が悪かったんだよ」

「そうか。それならいいのだが」

「それに、父さんのあのメールのお陰で取り敢えず一人はテロリストを撃退できたんだ」

「そうか……」

 

 父さんはディスプレイからこっちへ顔を向けることなく受け答えをした。

 しばらく背後の喧騒な会話が聞こえる中、無言な時間が続いた。

 先に声を発したのは父さんだった。

 

「母さんが本当は死んでいること、お前は聡明だったからもう知ってるだろうな」

「ああ、知ってる。水も食料もなしに冥王星まで有人飛行する計画なんて、今考えれば無茶苦茶もいいところだ。父さんがなんでそんな嘘言ったのかも大方分かってるよ」

「そうか……」

 

 父さんが吐いた嘘は、幼い僕の母親への感情と憧れを消さないためだったんだろう。小さかった僕が傷つかないために吐いた、不器用な父さんの優しい嘘だ。

 

「今頃、母さんは太陽系さえも離脱してるんじゃないかな……」

「母さんが?」

「あれは事故だったのか故意だったのかは、今となっては解明の使用がない」

 

 ぽつりぽつりと父さんが話始めた。

 

「桜花というのはな、母さんが好きだった桜から名前を取ったんだ。それも元々ISに付けた名前じゃない」

「それって」

「母さんはな、私が開発していた宇宙作業用パワードスーツ『桜花』の実験中に死んだんだ」

「……………」

「途中までは完ぺきだった。私が開発したPIC制御技術の前進も好調に稼働していて、これで月や火星なんかでも人間が自由に活動できる世の中になると思われていた。そんなときに、何の以上も示していなかったパワードスーツのジェネレータが暴発。その勢いで母さんは宇宙に投げ出された。滑稽に思えるかもしれないが、その後は母さんの亡骸はスイング・バイのするようにして太陽系から飛び去った」

「それが本当の母さんの話、なんだね」

「ああ。母さんは有人で大気圏外に出ることが夢だと話していたよ。けどこんな形で夢が叶うなんてな。全く笑えない」

 

 こっちからは父さんの顔が見えないけど、パネルをいじりプログラミングしていく速度はどんどん熱を帯びるように上がっていくのが分かった。

 

「最初の一年は失意の念に苛まれたさ。私が殺したんだって。そして一年が経ってお前が5歳になった時だ」

「ISが発表された年だ……」

「そうだ。篠ノ之博士が初めて発表したデータには驚かされた。最初は中学程度の小娘に何が出来るか、と憤りすら感じたんだがね。気付いたら私はプライドも醜聞も全て投げ捨てて彼女の前で膝をついて頭を垂れていた。私の研究には貴女が欠かせない、助けてくれと」

「父さん……」

「もう母さんみたいな犠牲者は出したくなかった……!私と彼女の技術で革命を起こせると確信していた!けれども彼女はそんな私を見て、にっこりと笑ったかと思えば、そのまま行ってしまった」

「……その一か月後には白騎士事件が起きたんだよね?」

「ああ。彼女は徹底した気分屋で愉快犯というのが本質だったのだろう」

 

 途端に父さんの背中が酷く弱々しく見えた。

 父さんも父さんで苦しんでいたんだ。

 

「それからは自分の技術とISを如何に組み合わせるか、その実験に没頭し続けたのだ。これを組み合わせれば母さんの夢も無念も、私の悲願も!全て果たせるのだと……。今まで放ってしまって悪かったな、翔」

「いいんだ父さん。本当にいいんだ……」

 

 父さんも手一杯だったんだ。俺に構っていられるほど強い人じゃなかった。でもこうして『桜花』を完成させて、全てを果たしていた。

 

「桜花の暴走が起きた時に嫌な予感がしたんだ。また母さんみたいに俺は家族を失うのかと……。今まで感じていなかったお前への親心がこんな時に湧き出て来た。そして今回のテロ。本当に生きていてよかった……」

「……心配してくれてありがとう」

「今日IS学園に来て、お前に改良した桜花を届けると決まった時に、この話をしようと決めたんだ。お前はもう真実を受け止められる大人なんだと思って。この機会を逃したらもう言えないと思ってな」

「うん。しっかり受け止めたよ」

「『ヤエ』。その背中のドライブの名前だ」

「え?それが一体?」

「お前は母さんの名前も忘れてしまったのだな」

 

 そうだ。母さんの名前は『弥恵(やえ)』。

 父さんは桜の名前ではなくて、母さんの名前を付けていたのか。

 

「桜花は、私の信念、母さんの夢と希望、そして息子のお前が合わさって初めて飛ぶ。そしてこれからはお前を守る盾にも鉾にもなるだろう。その力、場所を間違えないように、存分に振るってくれ」

 

 全ての操作が終わり、父さんが僕に向いて頭に手を置き撫でて来た。

 今まで我慢していたものが、抑えが効かなくなってしまった。

 僕はその場でただ座り込み、赤子の様に泣き喚いた。

 

 


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