秒速8キロメートル   作:テノト

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楽しいGWでしたね……。
一番楽しみだった海釣りは、強風波浪注意報でご破算でした。
その代わりに、『星の声』と『雲の向こう、約束の場所』はしっかり見ることが出来ました。
こう、なんで新海作品の女の子ってグッとくる子が多いのでしょうか?
さゆりかわいいよさゆり……。

感想、評価、ご意見など、どしどしお寄せ下さいませ。


未だ幼い力

 翔が行ってしまった後をじっと見つめる。

 翔のことは同じISを使える男同士の仲間で、友人だと思っていた。同じ環境に放り込まれた者としてのシンパシーを感じていた。

 こんな異性に溢れて何が何だか分からない世界に放り込まれても、同じ気持ちを共有できる奴がいれば、何でも一緒に乗り越えられると思っていた。

 けど翔が叫んだ心の奥底は何だ?俺に翔の何が分かっていた?

 今になって思う。翔は周りよりも数段大人びてて、いつも落ち着いた態度で淡々と物事をこなす。云わば俺にとって、理想のスマートな大人の姿そのものだった。千冬姉みたいな強くて、翔みたいにスマートな大人。それに憧れていたのかも知れない。

 結局、翔の本質的なものなんて見えていなかった。分かってなんかいなかった。

 翔が何を思ってこれまでの日々を過ごしていたのか。そんなのに目もくれないかった。

 

「翔は俺とは、違うんだな」

 

 そんな当たり前のことが口から出た。

 三年間関係者以外とは交流せずに過ごして、訓練に明け暮れたって言ってたな。昔馴染の人とも交流を絶たれて孤独に延々と。

 関係者の人と交流を深めていたかも知れないけど、本質的にはきっと全くの孤独だったんだろう。

 俺はどうだ?

 ISが使えると分かった途端にあれよあれよという間に学園に入学して、専用機を「仕方がない」と言いながら操縦して、何の苦心もなく二人の幼馴染と再開して。

 翔とは全く違うじゃないか。

 

「そうよ……。渡良瀬はあんたとは全く違うわよ」

 

 鈴が俺の背中に声をかけてきた。

 

「あいつはね、二回もテロリズムに晒されてるわ。一回目はハッキングによる桜花の暴走。二回目は先月の事故」

 

 先月の事故がテロ?どういうことだ?

 

「所属不明なISに襲撃されたのよ。事故って言うのは、多分国連とIS委員会が混乱を避けるためにやった隠蔽の結果よ。ISを使ったテロなんて、世界がひっくり返る出来事よ?その情報だけで死者が出ると思うわ」

「じゃあ翔が言ってた大切な人って!」

「明菜よ」

 

 そうか、やっと分かった。

 自分の存在の危うさと、それで苦しんでいた翔について、今更のように理解できた。

 事の重大さにやっと気づいた。

 

「……俺と関わることで、誰かがテロや事件に巻き込まれる可能性が出てくるってことか……」

 

 何も考えてなかった。及びもしなかった。

 男でISが使えるってだけで、色んな利用価値が出てくるじゃないか。それこそ過激な行動なら、箒や鈴だけじゃなく、全くISとは無関係な弾や数馬だって標的になりかねない。

 だから翔は明菜を知らない人だと突き放して、自分の周りで起こるテロや事件から遠ざけようとした。

 本当に大切な人だから、拒絶して遠ざけたんだ。

 俺にそんな覚悟は出来るか?責任は負えるか?

 頭が痛くなってきた。そして無自覚だった今までの自分を蹴り飛ばしたい衝動に駆られた。

 その時、手放したくない友達が、俺のもとから去るのでは?と考えてしまった。

 それは嫌だ。そんなの悲しいだけじゃないか。

 そう思った俺は鈴に尋ねた。

 

「鈴、鈴はどうなんだ?俺はお前たちを事件に巻き込んじまうかもしれないんだぞ……」

「知ってるわよ、そんなこと」

 

 目元の涙をグッと袖で拭った鈴は、目に強い力を宿して俺を見据えて啖呵を切った。

 

「あたしを誰だと思ってるの?中国国家代表候補生の一人、凰鈴音よ!代表候補になった時にその程度の覚悟は出来てるわ。あたしたちはね、国旗を背負ってここにいるの。そんじょそこらのやつらとは違うのよ!」

「り、鈴……」

「テロや戦争が怖くないって言ったら嘘よ。けどね、それを乗り切る力を持って、与えられてるあたしたちは恐れないのよ!」

 

 その言葉に俺は救われた。

 俺が誘拐された時に、助け出してくれた最高の姉。千冬姉の姿に今の鈴を重ねていた。

 そうだ。弱気になってどうする。俺は強くなって千冬姉みたいになって、みんなを守れるような存在になるんだ!

 俺は俺の気持ちを通す。それで離れていくなら仕方がない。けど、一緒に居てくれる仲間は何があっても守り通す。

 その気持ちだけは絶対に変わらないんだ!

 

「顔色が変わったわね一夏」

「ああ」

「GW前にクラス代表戦があるのを覚えてる?」

 

 そういえばそんなのがあったことを記憶の片隅から引っ張り出した。

 

「あたしね、二組のクラス代表に変わってもらったのよ。元々は違う意味だったんだけど、その時に渡良瀬が見たと思う光景を見せてあげるわ」

「それ、どういう意味だよ」

 

 

 

「あんたを殺すつもりで戦ってあげるって意味よ」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 翌日、織斑が昨日と同じように寮室にやって来た。

 手にはたくさんの荷物を持っていて、僕の冷蔵庫に入れるものらしい。

 順調に進んだリハビリのおかげで、部屋の中では手すりに掴まらなくても移動できるようになった僕だけど、一日の学園生活を車椅子なしでというのはまだ厳しかった。だからこうして織斑が来てくれるのは嬉しい。けど。

 

「てっきり嫌われたかと思ったよ。昨日あんなこと言っちゃってさ」

 

 フライパンを片手に腕を振るう背中に話しかけた。

 

「何も知らない織斑にあの話は意味が分からなかったでしょ。あんな意味の分からないこと叫んだりしてごめんな。織斑は何も悪くないよ」

 

 そう。何も悪くないんだ。悪いのは自分の中の激しい心を抑えきれなかった僕の方だ。

 ただの僻みで八つ当たりなんだ。

 

「俺はさ、なんて言えばいいのか分からないけどさ」

 

 サッと作った金平牛蒡が皿に盛られ、二つ分のレトルトご飯をレンジに入れて温めつつ、卵焼きを作り始める織斑が僕に背を向けたまま話した。

 

「翔にああ言われて、自分がどれだけ何も考えてないバカなんだって思い知った気がするよ」

「…………」

「翔はそうやって俺は悪くないって言うけど、それは全然違う。無知は罪っていうだろ?調べることも考えることもせず、ただ状況に流されて自分の好き勝手をやってさ。そんなことしてたら、今まで色々周りのことを考えて行動して、辛い目に遭って、全然自分の気持ち通りに行動出来なかった翔だって、そりゃあんな気持ちも湧いてくるよ。これは俺がいけないんだ。自分を責めないでくれよ」

 

 調理を終えて食卓に料理が並んだ。

 ご飯に卵焼き、金平牛蒡とインスタント味噌汁。たったそれだけの簡素な食事だ。

 たったと言うが、僕にはこれっぽっちも作れたりはしない。

 織斑が席について手を合わせた。僕も手を合わせて朝食を頂く。

 こんなに美味しい朝食は久しぶりだ。

 

「翔と明菜の間にどんなことがあったのかっていうのは、鈴からみんな聞いたよ。何でもかんでも自分で背負い込んで、自分が悪いって思ってたら壊れちまうよ。前に翔が俺に似たようなこと言ってたじゃないか」

「でも!……僕にはどうすればいいのか分からない。僕には人を守ると豪語する強さもない。何とかするといって明菜の左腕に傷を負わせてしまった。自分一人を守るだけで精いっぱいなんだ……」

 

 僕が吐露した言葉が自分を蝕んでいくのがよく分かる。

 でもこうしなくちゃ他に道がないと信じて疑わないで来たんだ。ISが使えるというのは、僕の問題であり僕の責任なんだ。だからそれによって生まれた影響は、可能な限り僕自身が解決しなくちゃならないと考えていたから。

 

「なんで何でも一人でやろうとするんだよ。みんなで助け合えばいいじゃないかって俺は思うんだ。一人で出来ないことも、二人や三人なら何とか出来るはずだぜ?だからさ、俺や鈴を頼ってくれよ」

「そ、それは……」

 

 考えなかったわけじゃない。

 明菜と僕は、今まで二人でいたときはそうやっていたから。でも今僕の前にそびえ立つ問題は、人の悪意が入り乱れてて、命の危険も伴う。だから一人でやろうと決めたんだ。

「命の危険を伴うけど一緒になれて良かった」なんて、僕は口が裂けても言えない。

 ……明菜がそう言って来たらどうだろうか?

 なんて、最低な考えが頭に浮かんだので頭を振って抹消する。

 これだけは考えちゃだめだ。僕は明菜には平和に暮らしていて欲しいんだ。

 例え明菜が望んでも……。望んでも拒絶しなくちゃいけない……。

 

「やばい、もう時間が押してきたな。早いとこ教室に行こうぜ」

 

 ハッとして現実に戻る。

 時計の針は八時を回っている。

 これから食器を洗って着替えて校舎まで行くことを考えると、結構ギリギリかもしれない。

 こうして何の変りもないはずの一日がスタートを切った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「鈴ちゃんは私のことを鍛えてくれるって言ったんだよね?」

「そうね」

「私射撃訓練したいっていったよね。鈴ちゃん分かったって言ったよね?」

「言ったわよ」

「なんで実戦形式なの」

「手っ取り早いじゃない」

「いやおかしいでしょ!」

 

 私は鈴ちゃん相手にここ一時間ずっと実戦練習をしている。

 鈴ちゃんが持つ近接武器、双天牙月を振り回しながら迫ってくる。それを躱しながら。

 

「私まだ人に向かって撃てないよ!怖いよ!」

「死にゃしないんだから撃ちなさい!もう慣れしかないのよ!」

「慣れたくないよそんなこと!」

「VRゲームだと思って、フンっ!撃つのよ!せやぁ!」

「ヒッ!私やったことっ!ないもん!」

 

 間一髪紙一重で鈴ちゃんの攻撃を避ける。やっぱり怖い!よくあの時は一瞬でもフォグ?だったか、テロリストに一矢報いたと思うよ。

 

「そんなんじゃ、いつまで経ってもッ!渡良瀬の隣なんかにっ!立てないわよぉッ!」

 

 ガイン!

 

「うぐっ!」

 

 フェイントを織り交ぜた攻撃に見事に嵌り、でっかい一撃を貰った私はアリーナの地面に叩き付けられた。

 もう秋桜のエネルギー残量は一割を切っていた。

 この一時間、私は一回も攻撃を出来ないでいた。

 

「はぁ。一回休憩しましょ。その間にエネルギーは回復させとけばいいわ」

「……うん」

 

 鈴ちゃんが私のところに降りて来てそういった。

 

「鈴ちゃんごめんね、こんな我儘言っちゃって」

「ほんとよほんと。ISの特訓手伝ってっていうから来てるのに、逃げるだけでこっちを攻撃しないじゃない」

「それについては鈴ちゃんに非があるよね?」

「最初に言ったじゃない。脇を絞めて相手に向けて撃つ。あとは感覚よ感覚」

「やっぱごめん、鈴ちゃんにこういうの聞くことが間違ってたんだと理解したよ」

「どういう意味よ!?」

 

 キィーッ!と鈴ちゃんご自慢のツインテールを逆立てて怒り出した。

 マニュアル以上のコツとかを、感覚だとか精神論とか出してきてもらっても、こっちはそれをどう扱えばいいか分からないよ。

 

「……Be Coolよあたし…。よし、落ち着いた」

「鈴ちゃんお帰り」

 

 鈴ちゃんと一緒にピットに戻り、そこてこの一時間のことを話す。

 

「大体ね、 あんたは人に向けて撃てないんだから、何説明しても無駄よ無駄。気持ちの問題でしかないのよ」

「そんなこと言われても……」

「人に向けてトリガー引くだけなら、ちょっとの握力さえあれば生身でも出来ることよ。IS使ってればなおさら撃ちやすいわ。それを撃てないのは、あんたの精神面が弱いのが原因としか言いようがないわ」

 

 私はそうは思わない。いや、似ているけどちょっと違う。

 きっと授業で訓練を始めて、それからこういう風に練習へ挑んでいれば違ったと思う。

 そうじゃない。

 フォグに撃たれて大火傷をしたこの左腕。これが私の心の中で楔になって、怖がらせている。

 人に向かって引き金を引くという、本来の意味を理解してしまったからだ。

 これはゲームじゃなくて現実だと理解したからだ。

 鈴ちゃんもきっとこういうことは理解してるはずだ。それを私は聞きたかった。

 

「だって、ISを展開していても人は人なんだよ?私の左腕みたいに殺してしまうかもしれないって考えると、やっぱり怖くて堪らない」

「あぁ……」

「鈴ちゃんはどうして強いの?人に向かって撃ったとき、死んじゃうかもしれないって考えないの?」

 

 私が真剣に問いただした。

 鈴ちゃんは溜め息を吐きながら答えた。

 

「考えない時なんてないわ」

「え?でも、だって」

「まずは聞いて。国家代表候補って言うのはね、殆ど軍属みたいなものなの。代表、代表候補みんなに言えるけど、確実に軍事訓練をしてる。テロ対策訓練もしてる。専用機を持っててそういうことをしてきてないあんたら二人の方がよっぽど珍しいの」

 

 初耳だった。国家代表は普通に国際試合に出たりするスポーツ選手と変わらないと思っていたから。

 それに……。

 

「でもアラスカ条約で軍事利用は禁止されてるんじゃないの?なんで世界の国々がそんな……」

「大昔にあった核抑止力って知ってる?それと同じよ。戦争が仮に起こったとして、アラスカ条約を破ってISを利用して攻撃してくる国があるかもしれない。だから、それに備えるように各国で訓練しているの。この言い方が正しいのかは分からないけど、今はIS開発による冷戦が起きていると言っても過言ではないと思うわ」

 

 冷戦?そんな恐ろしいことが起きているなんて、考えもしなかった。

 ニュースなんかでもおくびにさえ出さないことだ。

 

「表面上はそんな様子ないわよ。スポーツなんだもの。過去の経験が生きていて、この微妙な均衡を保っているのよ」

「……鈴ちゃんが何を言いたいのか分からないよ」

「話が逸れたわね。あたしたち代表候補はね、みんな殺す覚悟や技術を持っているの。だから躊躇わずに撃てる」

「鈴ちゃん……」

「それ以上にね、あたしたちはISを信頼してるのよ」

 

 暗い顔をして話していた鈴ちゃんの顔に、笑顔が戻った。

 

「何年も一緒に練習してるISだもの。こいつなら人を殺させないし殺さないって分かるのよ」

 

 からからと笑いながらブレスレット、正しくは鈴ちゃんの専用機『甲龍』を叩いた。

 

「どうしても撃てないなら、撃てる理由を作りなさい。あたしはどうせこのまま軍にはいるだろうし、在り来たりな言葉だけど守るべき人民のためって考えてるわ。貴方はどう?そうやって自分を奮い立たせる気持ちでやってみたら」

 

 私を奮い立たせるもの……。

 翔くんのことしか思いつかない。私はやっぱり色惚けてるのかななんて自覚出来るくらいには、それしか思いつかなかった。

 そして鈴ちゃんがやったみたいにロケットペンダントの姿をしている、待機状態の秋桜を叩いてみる。

 コンコンと独特の響かせて、なんとなく温かい感じがした。

 するとなんだか自分の中で勇気、みたいなものが出てきた。

 そんな一口で説明できるものではないんだけど、そうとしか言えない自分の中でも不思議な感覚。

 これを翔くんへの強い思いだとはっきり言えるなら、私はそれが一番自分の中で正解に近いものだと信じて疑わない。

 殺す覚悟とか、そういう仰々しいものなんて今の私に持ち合わせることは出来ないけど、一歩踏み出す覚悟はできた。また翔くんの横に近づいたんだ……!

 グッと歯を噛みしめて、秋桜を胸の前で握りしめる。

 

「まあ、国家代表候補でも軍人でもなんでもない明菜に、それを求めるのはやっぱり酷だったかしら?」

「ううん、ありがとね。それともう一回だけ付き合って」

「へ?それって!」

「私、次は絶対撃てる気がする」

「ははっ!いいじゃない、やってあげるわ!」

 

 私がそうやって言うと、鈴ちゃんは心底楽しそうに笑って見せた。

 

 

 

 秋桜と甲龍のエネルギーが回復し、もう一度ピットから出て構える。

 五百メートルくらい離れたところで甲龍と向き合う。

 十七時になるチャイムの音で戦闘は開始するように二人で決めた。その時間まであと三十秒もない。

 

「明菜、最初のやつとは雰囲気が違うわね」

「まあね。私だってやるときはやるって見せてやるもん」

「へえ。じゃ、私もちょっと本気でやるわよ」

 

 鈴ちゃんはそう言って手に握った双天牙月を構えて見せた。

 本気というのは、きっと今まであれを振り回すことしかしてなかったことから思うに、何か射撃武器を使うってことだろう。

 私は一層気を引き締めて、あの時の情景を思い出した。フォグとヘイルが私を追いかけてきた時の情景だ。

 私は二人を一人で相手にするほど強くなかったし、まず武器すら持っていなかった。

 今私の手には武器がある。そして一対一だ。だから、自分にどこまでのことが出来るかは分からないけど、精いっぱいのことをする。

 目の前の鈴ちゃんを鈴ちゃんとして見ないで、テロリストの凰鈴音(・・・・・・・・・)して見ることに徹した。

 慢心はない。ましてや油断もない。ただあの凰鈴音(・・・)に対して引き金を引くんだ。

 そう強く思って、秋桜を信じてアサルトライフルを取り出した。

 

 その瞬間、チャイムが鳴り響いた。

 

 甲龍はその見た目からはおおよそ想像できないようなスピードで真っ直ぐ瞬間加速で突進してきた。

 私は後方へ飛び退きながら牽制のつもりで、まずは凰の予測進路にグレネードを置き撃ちした。

 私の意図を察したのか凰はにやりと笑った。

 その瞬間、甲龍の周りがほんの一瞬だけ歪んで見えたと思ったら、急にグレネードが爆発した。

 あのグレネードは時限性と近接信管の二つがあるものだった筈……!?

 

「明菜、あんた撃てるようになったじゃない!」

「まだ近接信管が働く距離じゃないのになんで……?」

 

 私が状況整理をしようとしているのに、その余裕は与えてくれそうにない。

 私に肉薄した凰が双天牙月を振りかぶる。

 私は下方に瞬間加速で離脱して、自分のいた場所にリロードされたグレネードと銃弾をフルオートで10発ほど撃ち込む。

 

「ちっ!」

 

 凰は体を捻りながらそのまま加速して突き抜け、何とかグレネードだけは避けた。

 アサルトライフルの銃弾を何発かもらったみたいだけど、全部装甲に阻まれて効力射は一つもなかった。

 でもそれで充分。もう一度グレネードを再装填しやがらアリーナの端まで行って、距離を取って様子を見る。

 甲龍は装甲が意外と堅牢、近接格闘型、機動力は全般的に高い、それから何かよく分からない攻撃をしてくる。

 これが前の一時間と今回の戦闘から分かったこと。

 

「きゃぁっ!」

 

 突然背中に衝撃を感じた。

 私を撃ち下ろすように来た衝撃で吹き飛ばされて、そのまま地面に叩き付けられる。

 また甲龍の周りの空間が歪んでいるのを確認できた。

 叩き付けられた勢いを殺さず、そのまま飛んで回避運動をする。

 私がいたところに何個も何個も地面が抉られるように穴が開いた。

 穴が開くほんの一瞬前には必ず甲龍の周りの空間が歪んでいるのは確認できた。

 原理は分からないけど、甲龍の空間が歪むと見えない砲弾が飛んでくる、とだけは分かった。

 向こうの攻撃も止み、また武器を構えようとする。

 

「え、あれ?」

 

 手にアサルトライフルがない?なんで……?あっ!

 アサルトライフルは地面に転がっていた。さっき砲弾に当たった時に取り落としたらしい。

 でも一々それを拾いに行く余裕はなかった。また凰が肉薄してきているからだ。

 拡張領域から無反動砲を左手に、サブマシンガンを右手に展開し、下方から捻り込む様な機動をとりながら、サブマシンガンを置き撃ちして本命の無反動砲のロケット弾を撃ち込む。

 それに対して、凰は接近するのに見えない砲弾を織り混ぜてくる。

 見えない砲弾は私が撃つ銃弾やロケット弾を吹き飛ばして無効化するから、それを考慮しながら撃ち込まないと意味がない。

 やりにくい……!

 

「捕まえたわよっ!」

「!!」

 

 ギンッ!という大きな金属音が上がった。

 凰が振りかざした双天牙月を無反動砲の砲身で無理矢理柄の部分を受け止め、大きく砲身が凹んだ。

 パワーは秋桜の方が上だったからよかったものの、反応が遅れたりパワー負けしたりしたら、確実に袈裟斬りにされて絶対防御が発動し、大きくエネルギーが削られていた……。

 そのまま押し返して、無反動砲の装填部分目掛けてサブマシンガンをたっぷり撃ち込む。

 意図したことがばれて凰は飛び退き、私も腕に取り付けられた大型の盾を前に出しなから飛び退く。

 無反動砲が大きな爆発を起こし、完全に逃げ切れなかった甲龍はそれなりのダメージを受けた。私は盾のお陰で殆ど無傷だったが、これで一矢報いれた……!

 

「やるわね明菜、見直したわ!その調子なら愛しの渡良瀬の横まで一っ飛びね!」

「なっ、なぁ!?」

 

 私は不意打ちを受けた。

 私にとって、翔くんとの関係を冷やかす様に言われるのは、一番動揺させるのに効果的な行動だった。

 どうしてもあの頃を思い出してしまうし、やっぱり冷やかされることに慣れていないからどうしても意識してしまうんだ。

 凰はこの一瞬の隙を見逃さなかった。

 一気に私の懐に飛び込んで、この至近距離で見えない砲弾を撃ち込んだ。

 

「くっ、ぐぅ!」

「復帰が遅いっ!」

 

 吹き飛ばされた私を追いかけて、そのまま双天牙月ど撫で切りに袈裟斬りにし、最後には地面に叩き付けられて、私は喉元に双天牙月を突き付けた。

 

「良く粘ったわね。戦闘素人のあんたがここまでやるとは思わなかった。でもこれでおしまい。今回はあんたの負け」

「…………」

 

 なんだかとても悔しかった。

 こんなことで負けたくなかった。私の中の闘争心がここまで強いものだとは思わなかったし、こんなに悔しがりだとも初めて気付いた。

 だから、このまま負けたくなかった。

 その時私はあることに気がついた。

 後ろ手に回してある右手にサブマシンガンを気づかれないように展開して、隙を伺う。

 

「しっかしねぇ、あんたも渡良瀬の話題を出すとこんなに動揺するなんて思わなかったわ。熱くなって挑発みたいなこと言っちゃってさ、不意打ちみたいになっちゃって悪かったわ。そんなつもりはこれっぽっちもなかったとだけ言うわ。次は私も気を付けるから」

「……織斑くんのことになると同じ様な反応する癖に」

「あ、あのバカは今関係ないでしょ!?」

 

 一つ仕返しが出来た。

 それにここで大きな隙が出来た!

 今だ!

 

「それにまだ私は負けてない!」

「あっ!?」

 

 サブマシンガンを甲龍の股を抜くようにして、後方へ撃ち込む。

 そう。凰のすぐ後ろには、さっき取り落としたグレネードが再装填されたアサルトライフルが転がっている!

 マシンガンが打ち込まれたことで、アサルトライフルと中のグレネードが爆発する。

 その爆風を甲龍はもろに受け、吹き飛ばされる。

 私は咄嗟に盾を構えて爆風を凌ぐ。

 

「あんた、ほんとに良いセンスしてるわね」

「!?」

 

 私の後方に飛んでいく凰がすれ違い様にそう言った。

 私は方の部分に大きな衝撃を受けたと同時に意識を手放した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 親友を担いでピットに戻る。

 さっきの戦闘であたしの最後の一撃で意識を刈り取った。

 怪我も何もないけれど、きっと緊張の糸が切れたんだろう。対峙してみて、まるで人が変わったかのような目と顔つきをしていたし、戦い方も素人とは到底開け離れたものだった。

 

「全く、色々やらかしてくれちゃってさぁ」

 

 あたしはとんでもないものを目覚めさせてしまったのかもしれない。

 銃の照準はてんでバラバラ。近接信管やバラ撒きによる射撃だからこそそこそこのダメージを与えていたけれど、これが射撃実習ならギリギリ合格点といったところか。

 本当に三十分くらい前は引き金が引けないとピーピー言っていた人間だとは思えない。

 やること為すこと滅茶苦茶な奇襲攻撃。まさか自分のバズーカや取り落としたグレランを爆発というか暴発させて攻撃してくるなんて考えもしないわよ……。それにこんなに負けず嫌いだったっけ?

 龍咆まで使っておきながら、あたしは甲龍のエネルギーを半分手前まで削られた。国家代表候補としては、このこと結構自信が揺らいだのよ?

 

「こーの色惚け娘め」

 

 スースーと背中で寝息を立てるおバカの頬をツンツンとつつく。やめてよ翔くん、とか寝言で言い出す始末だ。

 深く溜め息をついて、降ろして寝かせる。

 しばらくしたら目を覚ますでしょ。

 

「ちゃんと謝って来たわよ。それで、あっちの気持ちも確認したわ」

 

 改めて、この二人は幸せにならなきゃダメなんだって思えた。

 ここまで想い合ってる二人が結ばれないなんて、世の中間違ってるわ。そんな運命の神様、あたしがぶん殴ってやりたい。

 でもそんなことは出来ないから、あたしはあなたを鍛え上げる。それで、強くなったあんたは渡良瀬の心の殻をぶち破るのよ。

 あいつは心を固く閉ざして、みんな自分で背負い込んで、独りで泣いて苦しんでる。

 あなたのことを守るべき存在だと思い込んでるわ。それで、自分には守る力がないって信じて疑わないのよ。

 

「ほんと、バカなやつなんだ」

 

 あたしの知ってるもう一人のバカとは正反対だわ。

 頭が良くて優しいから、色々考え込んで空回りしているみたいだけど、根っこはあんたが惚気てたまんまだわ。

 だから、あんたが惚れる気持ちも少しは分かるよ。

 それにね、あいつの隣は明菜しか立てそうにないわ。こういう時のあたしの勘が良く当たるの、あんたも知ってるでしょ?

 あんたはもっと強くなれる。あたしが保証する。すぐにでもなれるわ。

 

「だから、これからもビシバシ行くわよ……!」

 

 緩み切った顔をする友人のデコに、ビシンッ!とデコピンしながらそう言った。

 


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