と、言うわけで、今回の話は人によってはアンチと考える方もいらっしゃるとは思いますが、この作品はアンチ・ヘイトのタグを追加することはありません。
感想、評価、ご意見などございましたらお寄せ下さい。
今何が起きたの?
私には翔くんと鈴ちゃんが握手をしたように見えた。
いや確かにしていた。だけどその後何が起きたの?
翔くんは鈴ちゃんに引っ張られるようにして立ち上がり、そのまま右の頬にビンタを受けて崩れ落ちた。
今は床に座り込んで呆気にとられた顔をしながら頬を抑えている。何も理解出来ていない顔だ。ただ虚ろな瞳で鈴ちゃんをじっと見つめている。
そんな翔くんの姿に鈴ちゃんは後退るのが分かった。でもそんなこと今は関係ない。
私の目にまじまじと映ったのは、翔くんの頬を伝う水。それがポロポロと落ちていくのが鮮明に脳内に焼き付いた。
瞬間、私の中の何かが弾けた。
「翔くん!」
私は翔くんに寄って介抱した。持っていたハンカチで涙を拭いてあげて、体に腕を回して車椅子に座らせてあげる。
私がそうしてる間に、翔くんの口からは何度も何度も同じ言葉が零れ落ちた。
――――――なんで僕なんだ。
頭の中に焼き付いた翔くんの姿に、声までもが焼き付いた。
私には同じようにごめんねと何度も呟くことしか出来なかった。
翔くんの中の何かが切れてしまった。
「鈴!お前っ!」
「ち、ちがっ!」
翔くんが車椅子に座り直せた頃に我に返った織斑くんが怒気を孕んだ声を上げた。
そのまま鈴ちゃんに詰め寄ろうとしたところを私が制止した。
パシン!
そのまま思い切り鈴ちゃんの頬を叩く。
鈴ちゃんが自分の頬を抑えながら私に見せた顔は、後悔の色に染まり切っていた。
「何も違わない」
私は鈴ちゃんにそう一言告げ、黙りこくる鈴ちゃんの腕を引っ張って逃げ込むように二組の教室へと入った。
「明菜!わ、私そんなつもりじゃ……」
「何も違わない」
鈴ちゃんは私に涙目になりながら釈明してきた。
私はそんな言い訳を聞く耳なんて持ち合わせていない。
「何を考えてたとかそんなことは聞かないよ。そんな下らないこと。それよりも、どうしてぶったの?翔くん怪我人なんだよ?」
「だ、だってどんな理由であれあんたを泣かせたんじゃない!それにやり方だって他に色々あったはずよ!?なんで黙って辛そうな顔してるだけで何とかしようってしないの!?やっぱりそんなのって……!」
何にも考えなしで行動するのは昔からの鈴ちゃんの性質だって知っていた。だから衝動的に叩いたのも理解できる。
けれども私には全く許せることじゃなかった。
自分の中で感情がどんどんと湧き上がって止まらなくなった。
「何も考えずに織斑くんと再開できる鈴ちゃんに何が分かるのよ?何で間違ってるって否定することが出来るのよ!」
「分からないわよそんなこと!なんで乗り越えようとせず遠ざけるのよ!全く理解できないわよ!」
「じゃあ叩くの?理解できないから叩くの!?鈴ちゃんに翔くんの何が分かるのよ!何も分らないくせに口出しして引っ掻き回して翔くんのことを傷つけて!ごめんって言うまで絶対許さない、許さないんだから!」
私が思い切りさっきとは反対の頬を引っ叩く。
それを切っ掛けに鈴ちゃんも私の頬を叩いた。
そのままつかみ合いの喧嘩になって、クラスのみんなが仲裁に入るまで埃まみれになりながら罵倒しあって叩きあった。
「……あたしが悪いなんてのは分かってるのよ。それでも納得できないし理解出来ないから、いつもみたいに手を出しちゃって……」
「……鈴ちゃんはいつもそうやって後悔してる。もっと考えてから色々すべきだよ。ちゃんと素直にはなれるんだから」
取り押さえられて身動きが完全に固まった鈴ちゃんは、ボロボロに泣きながら私にそう言ってきた。
このころには私の中で渦巻いていた怒りの感情は形を潜めて、今は穏やかな感情になっていた。
「ごめんなさい……」
「それ、私に言う言葉?」
「ううん。でも、こうやって謝って置きたいの。本当にごめんなさい」
「私は本当にいいの。翔くんにしっかり謝ってね」
「うん……」
鈴ちゃんは直情ですぐに手が出る足が出る過激な私の親友なんだ。
意地っ張りで素直になれないことも多いけど、本当は優しい子だから。私が一番それを理解している。
「何か私たちのためにしたくて、それでカッとなっちゃったんでしょ?分かってる。しっかり謝れば翔くんも許してくれるよ」
「うん……」
クラスのみんなももう大丈夫だと思ったのか、私たちから手を離した。
鈴ちゃんはよたよた歩きながら私に抱き着いて胸に顔を埋めた。私も頭を抱いてあげる。
「これからそういう意地っ張りなところ直していこうね。大丈夫。鈴ちゃんなら絶対大丈夫だから。織斑くんにもちゃんと言いたいことを言えるようになるから」
「ほんと……?」
「絶対大丈夫だよ」
「ありがと……」
「一緒に頑張ろうね」
「うん……」
鈴ちゃんは顔を埋め嗚咽を漏らしながら、力強く私に抱き着いて自分を落ち着けようとした。
私は鈴ちゃんが落ち着くまでこうしといてあげようと決めた。
「……昔よりもおっきい」
「もう大分落ち着いたんだね」
なんだか間の抜けたやり取りになってしまった。
でも鈴ちゃんと私の関係はこれでいいのかも。お互いに間の抜けた冗談めかしてふざけられる関係。
それが一番心地良い。
昼、鈴ちゃんとご飯を食べに食堂へ向かうと織斑くんたちがやって来た。翔くんは来ていないみたいだ。
鈴ちゃんの姿を見るなり織斑くんは心底不機嫌な顔を見せて怒りを露にした。鈴ちゃんもその顔にちょっと表情を歪めた。
「二人とも。今はそんなことしてないでご飯を食べようよ。もう席も残ってないんだしさ」
「……そうしよう」
私がそういうと織斑くんはそう言って列に並んだ。
私たちは既にご飯を受け取っていたから先に席を取るようにして、織斑くんたちを待った。
食堂は混んでいると言っても、人が溢れるほどではない。混雑具合が分かって昼食をお弁当に変えた人が出て来て、丁度満席になるような人数しか食堂に来なくなっていた。
丁度隅っこの六人がけの席が空いたのでそこに座っていると織斑くんたちもご飯を持ってきた。そのまま席についてみんなでご飯となった。
相変わらず空気は重い。理由はハッキリしている。
「鈴、なんで翔のことを叩いたんだ?」
「そ、それは今ここでは言えない。けど私ちゃんとに反省してるの。直接人目の多いところだと私も渡良瀬も気まずいだろうし、放課後にちゃんと謝るわ」
織斑くんの隣に座るオルコットさんと篠ノ之さんはこの空気に付いていけてない。
ただ言えることは、鈴ちゃんに対する第一印象は悪いことは確実だ。
「一夏、こいつは誰なんだ?」
「そうですわ。いきなり初対面の人に手をあげるなんて、非常識極まりないですのよ」
「お前がそれを言うか?」
「だから言い争いはやめてくれって。昔からこいつは口より先に手が出るバカなんだよ」
「うっ……」
織斑くんに痛いところを突かれた鈴ちゃんは呻き声を上げた。自業自得だよこれは。
「じゃあ俺もその場に行くよ。ちゃんとに謝るのはいいとして、叩いた理由も納得いかねーし、何よりまた手を出しかねん」
「何度も叩くほど人間腐ってないわよ!」
「ほらまたそういう態度!だから俺も居合わせるって言ってんだよ」
二人で言い合いを始めてしまった。こうなるといつ戻ってくるかはわからない。
「えっと、牧瀬明菜さんでしたかしら?一夏さんとはどういったご関係で?」
「私もそれが気になっているんだ。一夏とあんなに親しげだったしな」
二人が言い争っている間、手の空いた二人が私に尋ねてきた。
この二人もやっぱり織斑くんのことが好きなのかな……?
「私は小学生の高学年から今までの付き合いがあるだけの、ただの友人だよ。この言い争ってる二人はいじめられてる私を助けてくれたんだ。だから恩人であって友人なんだ」
「なるほど。別にその、なんていうか、一夏に好意があったりはしないよな?」
「これ以上ライバルが増え、オッホン!親しくしているので勘違いがないようにお伺いしたいだけですわ」
「私はないよ。まあこっちの鈴ちゃんはあるけどね」
「やっぱりか!」
「まって。織斑くんの朴念仁具合は知ってるでしょ?今のところ本当に何もないよ」
「そ、そうでしたの」
やっぱり思った通りだった。
この二人は織斑くんに惚れている。何というか、目が中学生の頃の織斑くんに惚れていた子と同じだ。
篠ノ之さんは立ち上がって織斑くんに掴みかかろうとしたけど、私はそれを止めた。
なんで私の周りの恋する女の子はこうも手が出やすいのかな……?
「それにしても、牧瀬。お前は渡良瀬と何か関係でもあるのか?」
「私も思いましたの。何やら只ならぬ思いがあるのでは?」
二人が目を輝かせて私を見てきた。
こういう人たちの嗅覚の良さは一体なんだろう。あまり踏み込んで欲しくない領域だったから、この話は流すことにした。
「特に何でもないって。ほら、渡良瀬くんとは同じ仕事をした中で、同じ事故に巻き込まれちゃったから。爆発から私を庇って車椅子生活になっちゃったから、その恩人が暴力を振るわれてるの見て怒っちゃっただけだよ」
「そ、そうなのか」
「事故、ですか……」
篠ノ之さんは何とか誤魔化せたけど、オルコットさんは反応が違った。やっぱり国家代表候補までなると情報が回ってくるんだろう。鈴ちゃんだって、昨日私に披露した推理は自分で調べた知識だけじゃないだろう。
取り合えず、もうこの話は終わらせたかった。
幸いなことに、後十分足らずで午後の時間割が始まる。
ここぞとばかりにみんなを急かした。
「ほら!そんなことはいいから早く片づけた方がいいよ。5限目始まっちゃう!」
言い合いをする二人も私の言葉に気が付いてご飯を掻き込む。
こうして私のお昼は過ぎていった。
私は三島さんから秋桜を受け取るためにアリーナのピットまで来ていた。
放課後一目散に向かったのだけど、既に三島さんは到着していて空中ディスプレイを展開して最終調整を行っていた。
「やあ。四日ぶりくらいかな?前見た時より顔だけ太ったみたいだけど、青春でもしていたのかい?」
「ちょっと喧嘩しちゃっただけですよ」
「そうだね。女の子じゃこういうことは青春とも何とも言わないからね」
三島さんはカラカラと笑って私のことをからかった。
大変だったんだから……。
あれからクラスのみんなは、事情を察した訳じゃないけど鈴ちゃんがどんな人間かを理解した。だから朝のSHRで鈴ちゃんが挨拶すると、そのままクラスに迎え入れて既に溶け込んでしまっている。
私はというと、鈴ちゃんを抱き締めていた姿が印象に残った人が多いらしく、地母神様と呼んだりママと呼んだりしてからかってきた。中には実際に胸に顔を埋めて来て、落ち着くという人もいた。
一体何がそんなにいいのだろう?
三島さんが声をあげた。
「よし、調整は終わったよ牧瀬さん。カタログは展開時にいつでも確認できるからそこでしてね。とりあえずはAプランを実装しておいたから、後ははいこのメモリー。ここにBプランとCプランのデータが入ってるから、好きな時に換装すればいいさ」
「はい、ありがとうございます!」
三島さんは私にメモリーを手渡すと、ふらふらとした足取りで秋桜を運んできたであろう、ピット搬入口に停めてあったトラックの助手席に乗ると、すぐに行ってしまった。
目の下には墨で塗ったのでは?と言いたくなるくらい大きくて色の濃い隈を作っていた。あれ絶対今まで寝てないよ……。
三島さんの健康状態を心配しつつ、更衣室へ向かう。ISスーツに着替えなきゃならないし、メモリーもここなら鍵付きなので盗られたりすることなく置いておける。
秋桜は着替えている間ピットに置きっぱなしだけど、許可はとってあるし最適化されてるから誰かに弄られることもない。
ちゃっちゃと着替えて秋桜のもとに向かう。
改めてAプラン『秋風』の秋桜を見る。機能送られてきたデータとはちょっと違うみたいだ。
まず一番目立つのは背中の2メートル近い大きなハンマー。片っ方にはブースターが付いていて、これで振り回す威力や速度を増加している。
他に、細部まで良く見ると、脚部にはスラスター以外にも可変翼が追加されていて、これで旋回性能を高めているらしい。
早速自分の身に合わせて確認をする。
…………。
あまり変わらない気もするけど、やっぱり脚部が肥大化しているのが気になってしまう。
今までと比較すると二倍近い長さに変わっているからやっぱり違和感がある。
次に拡張領域内の武装を確認する。
「えっと……。ボルトアクションのショットガン1丁に弾は30発、サブマシンガンが2丁にマガジンは10個、無反動砲が2本に専用ロケット弾が20発、グレネードランチャー付きアサルトライフルが1丁でマガジン10個にグレネードが10個……。きゅ、吸着地雷?これが30個。対物ライフルが1丁で12発分の弾……と」
実際にいくつか取り出して確かめてみる。
こうやって武器を手に持つのは試験以来で、それ以前も三橋重工の競技部門の人へ運んだり片付けたりするときにさわる程度だった。
だから、安全面だけはしっかり教育されてきた。
射撃訓練は全くしてないか使えないけど、これからみっちり練習するから問題はない。
「と、思うんだけど……」
ピットから出て射撃訓練用の的に向けてみる。
手はぶれて上手く照準は定まらない。ターゲットリングの真ん中に当たることはなかった。
あの日のことを思い出す。
向かってくる二人のテロリスト。私はろくな武器もなく闇雲に喧嘩のような戦い方をした。
その時私がこの銃を持っていたらどうだろう。この引き金をちゃんとに引けただろうか。
「…………」
人に向けると考えた途端、私の指は曲がらなくなった。
これを人に向けるの……?
ISを展開してる人なら死ぬことはないと分かっている。分かっているけど、理性に感情が追い付いて来ない。
でもこれを私は乗り越えなきゃ翔くんに近付くことは出来ない。隣に立つことは出来ない。
心に強い気持ちを持たせて、人を撃つように想定して、震える手を無理矢理押さえて引き金を引いた。
その瞬間、私は目を瞑って弾道を直視できなかった。
ちらっと目を開けると、的に穴は空いていなかった。
「……はぁ」
緊張の糸がほどけて一息吐く。
全然ダメだ。沸き上がる恐怖心を抑えられない。
でも今はこの自分の状況を知れただけで良かったのかもしれない。
+に考えよう。今までの私なら引き金を引くことも出来なかったと思う。それなら、私は引き金を引くことが出来たんだ。
少し、ほんの少しだけ翔くんの側に近付けた。
ちょっとずつでいいんだ。
それこそ、桜の花びらが落ちる速度でもいい。近付いていけるんだ。
秒速5センチメートルでも一分すれば3メートル、一時間で180メートル、一日すれば4キロメートルも近付ける。
長い長い道のりかもしれないけど、私は翔くんの側にいられるなら頑張って見せるんだから。
だから、
「待っててね、翔くん」
◇
「みっともない姿を晒しちゃったな」
「いや、いいんだよ。気にするなって」
織斑に車椅子を押されて校舎の屋上へ向かう。
織斑達が昼食に食堂へ向かったときに凰さんと会って、そこで僕に謝りたいと申し出たらしい。僕のもとに直接来てそう言わなかったのは、あんなことをした手前、一組で僕が悪目立ちしてしまうんじゃないか、拒絶されてしまうんじゃないかと思ったからだそうだ。
織斑はまた凰さんが何かしても止められるように着いてくることにしたらしい。
昼にそんなことがあったのか。僕はこんななりだから食堂へ行くのは億劫で、昼食は教室で持ってきたカロリーメイトを食べた。
黙々とカロリーメイトを食べていたら、弁当組のクラスメイトからおかずをいくつか貰った。
「きっちり聞いてやらないとな……」
「ん?何を?」
織斑がぽつりと呟いた。
「え、いや。だって怪我してる友人叩くとか、今まで付き合いのあったやつだし理由なくそんなことしないとは思うんだけどさ。なんにしても、今回の件は鈴が全部悪いだろ。初対面の奴に手ぇ出したりはしないやつなんだけどな、普通は」
「別に僕は凰さんのこと怒ってないよ。なんで叩いて来たのかは分からないけど」
「いや、怒った方がいいって」
「本当に怒ってないんだ」
そう。怒ってなんかいない。
あの時僕に湧いていた感情はそんな純粋な感情じゃなく、もっと醜いものだ。
そうこうしていると屋上に着いた。
凰さんは既にいて、しっかりと僕の目を見た。
「朝はビンタしたりしてごめんなさい。分かってはいたんだけど、手を出しちゃった」
「別に僕は気にしてないよ。頭を上げてよ」
そういって深々と僕に頭を下げた。
待てよ。「分かってはいた」ってなんだ?
「なあ鈴。なんで翔を叩いたのか教えてくれよ。理由もなく叩いたとは思えないんだ」
「あたしも渡良瀬に聞きたいことがあるから、それを聞き終わったら話すわ。手を出すんじゃなくて、はなっからこうするべきだったって後悔してるの」
この子は僕に何を聞く気なんだ……?
まさか!?
「ねえ。明菜とのこと。他のやり方はなかったの?」
言われたくない、聞かれたくない問いだった。
僕は意味もないシラを切った。
「何のこと?牧瀬さんとことってどういう?」
「恍けないで!なんであんな、今までの関係や思い全てを否定するようなことをしたの!?」
「お、おい鈴!落ち着けって!」
僕の後ろに控えていた織斑が前に出て凰さんを抑えた。
それでも凰さんの口は止まらない。そこから聞こえる言葉は全て友人、いや親友の明菜を心配する言葉だ。
この人は本当に優しい人なんだろう。
「あんたからの連絡がなくなって、明菜がどれだけ苦しんでいたか分かる!?どれだけあんたのことを思っていたか分かる!?分かるでしょあんたなら!」
僕の心にどんどん釘が撃ち込まれる。
分かっているよそんなこと。明菜が何を考えていたかなんて、入学したその日、嘆願していた再開を果たして、手に取るように分かったよ。
「あんたも辛かったんでしょ!?一人で、独りで、孤独で!それなのに、せっかく再開できたのにこんなのって!」
そうだ。
こんなのってあんまりだ。その通りなんだ。
「あたしに何か出来ることはないの?何かあんたたちを助けられることはないの!?」
彼女の本質はよく理解できた。僕を殴ったことも理解できた。目を見れば人は本当に理解できるんだね。覚悟が出来ている。
こんな宙ぶらりんな関係で、拒絶しててもしきれていない僕に激しい怒りと、そうなってしまった状況に嘆いているのだ。この少女は。
明菜はいい友だちを作れたんだね。
「なあ、どういうことなんだ?さっぱりわからない。翔と明菜はやっぱり接点を持っていたんじゃないのか?そんな鈴が泣いて、翔も泣きそうな顔をして、そんなんじゃわかんねぇよ!俺にも何か出来ることはないのか?友人の為ならなんだってやるぜ?」
この男……!
織斑は何も悪くない。無知なだけだ。何もわからない真っ白なやつなんだ。
けど、だからこそ僕の気持ちを、感情をこんなにも逆撫でてしまうんだ。
僕の中で沸き上がるドス黒い感情は、遂に堰を切って噴出した。
「織斑に僕の気持ちが分かるものか」
「へっ?」
織斑の呆気にとられた顔が視界に入るが、そんなのお構いなしだ。
「何が分かる。当たり前のように毎日を過ごしてきて、ポッとISを使えるようになっただけのお前に何が分かる!力になりたい?出来ることなんて一つだってあるものか!」
「か、翔……」
「僕がどれだけの思いを重ねて孤独な三年間を過ごしたと思っている?会いたい人に何年も会えない苦しみがどれだけ辛いと思っている?自分の存在そのものが大切な人に一生残る傷を負わせてしまった気持ちがどれだけ辛いか分かるのか!?分からないか?分からないだろうな!世界をひっくり返した人間が、何の自意識も持ち合わせていないのだからな!なんでお前は軽々しく再開が出来る?人を死地へ追い込むことが出来るんだ!」
「そ、それどういう意味だよ!?」
「僕は二回もテロの対象になった。二回死にかけた。一度目はいいさ。誰も僕を知らないんだ。隠蔽された存在が消えただけに過ぎない。でも二回目は違う!僕が……、僕がいたせいで明菜を巻き込んでしまったんだ!」
「!?」
「こうなるって分かってたから拒絶したのに……。明菜を近くに留めて置くことも出来なくて……。守ってあげられる力も持ってなくて……。愛してる人を突き放さなきゃならなかったのに……。なんでお前は突き放さなくていい?なんでお前はこうも簡単に受け入れる!?なんでだよ!」
涙が溢れてきた。止めようもない涙が、溢れてきた。
声も枯れてしまい、喉でひくひくと息を吸い上げた。
「なんで……僕だけなんだ……。織斑には何ともない。僕だけがなんでこんな目に合うんだ……。同じ男のはずなのに……」
僕の中のドス黒い醜い感情は勢いを失い、もう口から出ることはなかった。
昂った感情は静かに息を止めた。
周りに音は何もなくって、ただ僕の上ずった声が虚しく響くだけだった。
「……こんなこと織斑に言っても仕方がないことだってわかってるよ。織斑は何も悪くないって。言いたいこと好き勝手言ったりしてごめんね」
一言そう言い残して屋上を後にした。
結局僕には、感情を叫んだところで遺恨しか残さないんだから