秒速8キロメートル   作:テノト

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力を欲する二人と新しい影

 帰国から三日経って三島さんからメールが届いた。

 なんでも他部門と合併した先ですごく意気投合したらしく、二晩寝ないで秋桜戦力強化プランを構想したらしい。

 あの人は本当に仕事人間なんだなぁ……。

 

『こんにちは、三島です。今回兵器開発部門と協力して3つのプランを組みました。どれが自分に合ったものかを選んで要請してください。要請されたものに至急換装致します。また、プランごとにパックとしてデータを送りますので、使いたいパックは自分で換装してください。では以下にプラン概要説明ファイルを添付します』

 

 社交辞令的な言葉遣いで書かれたメールから、目に隈のある疲労と笑いを浮かべた三島さんの顔が思い浮かんだ。

 苦笑いしながらファイルを開いてプランを確認する。

 

「えー……。

Aプラン強襲型、高出力スラスターを増設し機動力を向上。既存の第三世代ISと同等の機動を可能に。旋回性能は実技で補う。ショットガンや無反動砲など多彩な高威力の実弾兵装を拡張領域に備え、接近からの一撃離脱を機体コンセプトに据える。

Bプラン重装甲高火力型、FCA(火器複合装甲)を秋桜の積載重量限界まで多用し、アンロック・ユニットに荷電粒子砲とミサイルポットを備え付ける。これらをイメージ・インターフェースで射撃管制する。コンセプトは空飛ぶ要塞。

Cプラン超高機動型、桜花のジェネレーター『ヤエ』の廉価コピー『シダレ』を搭載することで、既存のISをはるかに凌ぐ機動性を得る。代わりに積載重量は500キログラム以下、拡張領域の使用が制限されて、兵装はガトリング砲一門、背部ランチアーム、ワイヤーアンカー、近接ブレードのみとなる。

っと……」

 

 正直な話、私にはチンプンカンプンだった。こういう戦闘系に関する兵装なんかの知識は空っきしだ。

 一番堅実に見えるのはきっとAプランなんだろう。特に見た目もすっきりスマートで、背部のスラスターが小さいのが二つ追加されて四つになっている。腕部に追加の装甲と大きな盾が取り付けられ脚部も桜花や秋桜なんかのとは違い、スラスターが備えられて既存のISのような形状をしている。

 Bプランは何というか……。ノリと勢いで作ったようなプランだ。映し出される参考画像は、文字通り空飛ぶ要塞で、本当にこれが他のISみたいにちゃんと浮いてくれるのか心配になってしまう見た目だ。

 私の目を引いたのは勿論Cプランだった。

 背部の大きなスラスターと可変翼はなくなり、桜花みたいなジェネレーターが取り付けてある。肩部に稼動して脇に取り付けるタイプのバレルドラム付きのガトリング砲と左腕部にアンカー状の有線ミサイルがついている。

 桜花の本当の速さには敵わないだろうけど、リミッターの掛かってる桜花となら同程度の機動性能があるんじゃないかな?

 私の目標は翔くんの隣を歩ける人になることだ。だからそれを意識しちゃったのか、同じくらいの速さで飛べることにちょっと憧れているんだろう。

 

「うーん……。私にはどれがいいんだろう?」

 

 でも、人には適性ってものがあって、射撃戦の上手い人がいれば接近戦の上手い人、特殊な戦い方が得意な人もいる。

 自分に合った適性でスタイルを確立しないと、器用貧乏で終わってしまうからそれを探せって話を、授業で先生がしてたっけ。

 

「…………」

 

 悩んでも仕方がない気がするけど、どうすればいいのか私にはわからない。

 そもそもISでの戦闘なんて、入試試験とあの襲撃事件の二回しか経験していない。それで判断するのは些かどうかと思うし……。

 

「あーーもうっ!」

 

 考えていても仕方がない!

 そう考えた私は寮を出て散歩することにした。

 多分、これできっと気は晴れるし何かいいことが思いつくかもしれない。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 夕暮れ時、一人の少女がボストンバッグを片手にIS学園付近を歩いている。

 ポケットからクシャクシャの紙を取り出して位置を確認しているが、またクシャクシャにしてポケットに戻した。

 

「なんで今のご時世に紙媒体の案内しか寄越さないのよ……。事務室ってどこよ……」

 

 少女は心底イライラしている様子だった。乱暴にバッグを振り回しながら、事務室の宛ても知らずに自分の感覚に任せて歩き回る。

 

「案内はないから気を付けろって言われてたから分かってたけど、こんなだだっ広いところを歩かされるなんて……。それに明菜よ明菜!なーんであたしに電話の一つもしないのよ!あれから何回こっちが連絡寄越したと思ってるのよっ!」

 

 持っていたボストンバッグを地面に叩き付けて自分に溜まっている鬱憤を晴らす。バッグは衣類しか入っていなかったのか、ポスンと軽い音を立てて萎むだけだった。

 フーッフーッと猫が威嚇するような息を漏らしていると、目の前に見たことのある人物を見かけた。

 その瞬間に少女の顔は晴れやかなものに変わって見せた。

 そしてその人物に気付いて貰おうと声を張り上げようとした。

 

「おーい!いち―――――――――」

 

「お前の説明は分かりにくいって」

「だからな一夏、こう『クイッ』とすれば『ズバンッ』とブレードが出るんだって何度言えば分かるんだ!」

「箒、その擬音を使わないで説明してみ」

「…………『クイッ』だ」

「ダメじゃねーか!」

 

 誰かと話している。

 この学園には男は二人しかしないのだから、シルエットだけで女だって分かる。ただ二人は親し気に下の名前で呼び合いながら話している。

 少女の知らない女と親し気に……。

 

「…………」

 

 イライラが何乗にもなって増していった。

 叩きつけたバッグを乱暴に蹴り上げてキャッチし、歩き出す。

 そしてやっとのことで事務室に辿り着いた。

 

「転校生の凰鈴音さんだね。はいこれが寮室の鍵だよ」

「ありがとうございます」

 

 少女、鈴音は事務室のおばさんに少々ぶっきらぼうに挨拶をし、鍵を手に取る。

 そして質問をした。

 

「すみません、織斑一夏と渡良瀬翔、それから牧瀬明菜ってどこのクラスですか?」

「ええ、噂の二人と……お友達かしら?織斑くんと渡良瀬君は一組だから、隣のクラスね。あなたは二組だから。牧瀬さんはっと……、あなたと同じ二組ね。あら、今日から同じ部屋じゃない。友達と一緒の部屋になれてよかったわね」

「はい、ありがとうございました」

 

 鈴音は薄っすらと笑顔を浮かべると、礼を言って事務室を後にした。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

「おい翔、起きろよ」

 

 体を軽く揺さぶられた。

 重い瞼が少しずつ上がると、クラスのみんなが既に集まっていた。

 そっか。そういえば織斑のクラス代表就任パーティーがあるんだっけ。それで先にここに来てそのまま寝ちゃったんだな。

 周りを見渡すと貸切った食堂は軽く飾り付けられ、『織斑一夏クラス代表就任パーティー』と達筆な字の垂れ幕が掲げてある。

 

「いやぁ、渡良瀬くんよく寝てるから起こし辛くてさぁ」

「織斑くんが来てくれてたすかったよ!」

「そこ、嘘吐かない!翔の寝顔パシャパシャスマホで撮ってただろ!」

「だって~!」

「可愛かったしイケメンだしいいよね?」

「いや、あの……。何でもない……」

 

 こういう時どういう反応をすればいいのか分からない。

 ここ四年間こういう会話や人付き合いはなかったし、それ以前も仲がよかったのは明菜だけだった。つくづく自分がどれだけ依存していたかを思い知らされて自己嫌悪に陥る。

 

「あー……。ごめんね、後でちゃんと消すからさ」

「うん。ゴールデンウィークに学外の友達に見せたら消すよ!ホントだよ?」

「あ、うん。それなら全然構わないんだ。僕なんかの顔を見て喜ぶ人がいればいいんだけどね」

「絶対需要あるって!」

「あの皆さん!本題に進みましょう!」

 

 やんややんやとしていると、オルコットさんが咳ばらいをしながら声を上げた。

 

「それもそうだね」

「それじゃ!」

 

 と、声を張り上げる幹事と思われる二人。

 すると僕の手にクラッカーが回って来た。

 

「「「織斑くんクラス代表就任おめでとー!」」」

 

 そう言うと、一斉に織斑に向けてクラッカーをパン!と弾かせた。

 意図することが最初は読めずワンテンポ遅れてしまったが、僕も織斑に向けてクラッカーを弾かせる。

 織斑は心底微妙な表情を浮かべるが、それも一瞬で気持ちを切り替えていた。

 

「クラス代表って結局織斑に決まったのか」

 

 僕は織斑が代表になったことだけしか知らず、ことの成り行きを知らない。

 そう呟くと、オルコットさんが教えてくれた。

 

「私も油断していたとは言いましても、国家の代表候補性ですの。それを引き分けにまで持ち込むほどのポテンシャルをお持ちの方、それも男の人となっては、私もまだまだ成長しなくてはならないと思いましたの。そういった訳で、一から勉強し直すために自推を取り下げて一夏さんを推薦いたしましたのよ!」

「後は候補者が織斑くんしかいないから決定~って訳よ!」

 

 ああ、合点がいった。

 

「まあ男で実力も伴えばクラスの目玉にもなるし、いいんじゃないかな?あとはみんなで織斑をサポートする感じだね」

「そうですの!私のような優雅でエレガントなIS操縦者が教育すればすぐにでも学年トップ、いえ国家代表候補まで上り詰めますのよ!」

「まて、一夏の教育は私が担当するとあれほど……」

 

 僕の言葉を拾ったオルコットさんと、織斑の横に控えていた篠ノ之さんで喧嘩が始まった。織斑はそんな二人から目を反らしていると、二人に怒られた。

 これが世に言う修羅場なのかな……。

 

「はいはーい。話題沸騰中の一年生、織斑一夏君を取材に来ました新聞部でーす」

 

 オルコットさんと篠ノ之さんの喧嘩を切っ掛けに騒がしくなったクラスへ来訪者が訪ねてきた。

 クラスはその新聞部の人を通すためにモーゼの奇跡のように道を開けた。

 やっぱりこのクラスの人たちは団結力と統率力に優れているんだな、と変なところで感心してしまった。

 

「あ、私は二年の黛薫子。新聞部の副部長をやってるよ。はいこれ、お近付きの印に。別件で話題沸騰中の渡良瀬君も後で取材させて貰うから」

 

 お~!と湧き上がるクラス。これは湧き上がるところなのだろうか?

 そういって名刺を取り出し織斑に渡す。僕まで貰ってしまった。

 

「では早速。クラス代表になった意気込みをどうぞ!」

 

 そういって黛さんはボイスレコーダーを突き出して、織斑に詰め寄った。

 織斑は若干たじろきながらもそれに答えた。

 

「えっと、不本意ながらクラス代表になりましたが、やるからには全力で頑張ってみんなの期待に応えたいと思います」

「ふむふむ、姉の意思は俺が継ぐ。俺こそが二代目ブリュンヒルデっと……」

「あの、ナチュラルに捏造するのやめてくれません?」

 

 織斑が真面目な返答をすると、それは捏造された。

 本人目の前に捏造宣言するのか……。

 まあジョークの一種なんだろうけど、織斑は割りと本気な顔で受け答えた。

 次にオルコットさんにレコーダー

 

「では今回織斑君と引き分けて、クラス代表の座を譲るような形になったセシリアちゃん、どうぞ」

「私は国家代表候補の座に胡座をかいて、驕り高ぶり油断して引き分けに持ち込まれてしまいました。ですから自分を省みて身を引きましたの。これからは一から学び直し私直々に一夏さんをサポート致しますので、一組に敗北なんてありませんわ!」

「おぉ~!不敗宣言とは大きく出たねぇ!そんで織斑君に惚れちゃったと」

「な、ななっ!」

「そんなことないですって」

「そんなことってなんですの!?」

「え、こっちを怒るの!?」

 

 オルコットさんは代表候補生だし、やっぱりこういうインタビューにはなれているようだ。

 マイクを向けられると慣れていない人はどうしても上がってしまうものだし、相当こういう経験をしているんだろう。

 まあ、惚れた腫れたというのには触れないで置こう。

 今度は僕にマイクを向けてきた。

 

「では、今度は渡良瀬君の番ね」

「お手柔らかに」

「今まで宇宙での作業は何してたの?」

「あ、そういう質問ですか」

 

 織斑のような学園でのことについて質問されると思っていたけれど、そうでもなかった。

 ってよくよく考えてみれば、僕ってあんまり学園行事との関わりが今のところ全くないし、過去の経歴があるからそうなるよね。

 

「主にスペースデブリの除去と、人工衛星やISSの傷の修復、メンテナンスですね。あとは今までロボットアームでやってた作業をしてます」

「なるほど。今まで手の届かなかった痒いところを掻いて上げるような感じ?」

「そう言っても差し支えないです」

「じゃあ、ISを操縦できるようになってから世の中に公表されるまで、どんな生活してたの?」

「ISの訓練と体作りですね。他はISDAなんかが公表してる内容です」

「面白味に欠けるわねぇ……」

「捏造すると黒服に連れて行かれるかも知れませんよ?」

「あっはい、肝に命じます」

 

 簡単に機密以外の情報を公開する。

 織斑の顔がピクリと反応するけど、この場では深く言って来なかったみたいだ。人前だしそれでいいんだ。こういう楽しい席で話すような内容じゃない。

 それに僕の中には、あの頃の話はあまり他の人に詮索されたくないという気持ちもある。

 

「では最後に」

 

 はいと言って答える体制を作った。

 

 

 

「二組の牧瀬さんとはどういった関係で?」

 

 

 

 その言葉に僕は凍り付いた。

 クラスの女子はキャー、と黄色い声を上げた。

 僕にとって、一番踏み込まれたくない領域だった。

 完全に固まった顔を少しずつ柔らかくほぐし、笑顔を見せながら出来るだけ優しい声色で言った。

 

「仕事仲間ですよ。女の子が好きそうな色っぽい話題なんてこれっぽっちも有りはしませんね」

 

 えーっという残念そうな声が複数重なり、食堂を響かせる。

 僕は極力笑顔でこう答えるしかないのだ。

 ズキリと心の軋む音が聞こえた。

 

「そっかー……。これは牧瀬さんにもインタビューするしかないかもしれないわね」

「辞めておいた方がいいですよ。牧瀬さん、あの事故以来こういったことに苦手意識があるかもしれませんし、そこまでして調べたいとも思わないでしょう?」

「あー、それもそうね。ワイドショーで囲まれてるの見たけど言う通りかも知れない。それじゃ仕方ないわ。今回は諦めましょ」

 

 嘘を吐いた。

 自分の保身の為だろうか。きっとそうだ。

 でも明菜は取材を拒否する確証はなかったし、本当のことを話すことは危険であることも、今回のテロで分かっているはずだ。

 僕は状況を自己中心的に利用しているのだ。

 自分がどうしようもないクズ人間であることを改めて自覚し、それでもこの嘘を突き通すしか僕には考え付かなかった。

 

「じゃ、専用機持ちの三人で写真を撮らせてもらうわね」

 

 と言って織斑を中心にカメラから見て右側にオルコットさん、右側に僕といった構図で黛さんはカメラを構えた。

 

「撮るよー。63×14÷48は?」

「は、え?」

「正解は18.375でした」

 

 なんでそんな普通じゃ即答できないような問題を出すのだろう……?

 黛さんがシャッターを切る瞬間、クラス全員が飛び込んできた。

 そしてパシャリとシャッターを切る音が聞こえた。

 

 

 

 自分の部屋に戻った。

 あの部屋は僕にとって明るすぎたのかも知れない。僕だけがあそこに馴染めずにいるように感じてしまった。

 それは少し悲しいけど、こんな僕なんだ。仕方がないことだと諦めた。

 やっとの思いで車いすから腰を上げて立ち上がる。僕は軽く歩行練習をしてからシャワーを浴びてから布団に入るという日課を決めていた。

 

「くっ……うう……」

 

 立てないわけでも歩けないわけでも痛いわけでもないけれど、気持ちや自分の意思とは裏腹に上手いこと体は動いてくれない。

 物理的に体が壊れているのではなくて、体内ナノマシンフルスペック利用の副作用と精神的な問題だと医者から言われた。

 精神的問題……?

 それは僕にとって聞きたくない診断結果だし、ただの逃げに感じてしまった。僕のどこに精神異常がある?そんなことで宇宙飛行士が務まるわけないじゃないか。

 明菜のことを考えると胸は痛む。これは紛れもない事実だ。けれども、それを言い訳に出来る立場に僕はいないのだ。だから、もっと強くならなくてはいけない。そうじゃなきゃいけないんだ。

 そう躍起になって、足で何度も地面を踏みしめる。

 強くならなきゃいけないんだ。

 僕は心も体も強くなきゃいけないんだ。

 もう二度と、あんな事件が起きないためにも。

 

 

 




皆さんはどのプランがいいですか?
私はBがいいです。

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