秒速8キロメートル   作:テノト

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なんとか編集間に合った……。
細かな説明などは追々に挟んで行きます。
オリジナル要素をまとめた設定の投稿は、メインキャラが出そろうタッグバトル後に投稿を予定してます。

抽象的な表現ばかりで申し訳ないです……。

感想、評価、ご意見など、どしどしお寄せください。





私はブラックラビッ党員です(小声


嵐は止み 後編

「『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』、帰投しました」

「ああ、お疲れ様。報告書は送られたデータからこっちで作成する。君は休息を取りたまえ」

 

 ロサンゼルス近郊にある基地に帰投して報告を済ませ、司令室を後にする。

 今まで溜め込んでいた溜め息が一度に全てでた。

 銀の福音の初起動は非常に過酷なものと言うしかなかった。

 ロサンゼルス沖の海域で稼働試験をしていると、本部から緊急伝達が入った。

 内容は、『ISDAから救援要請を受けた。試験用ISがハワイ東北東1800km付近で交信不通に陥った。テロの可能性が示唆されている』というものだった。

 米軍が所有するISの中で最速のISはこの銀の福音であり、現場に一番近いこともあって、私が向かうことになった。

 

「ナタル、お疲れさん。そら、コーヒーだ」

「イーリ、ありがとね」

 

 イーリが入れてくれるコーヒーはバカみたいに苦いけど、今の私にはこのくらいが丁度いいかもしれな。

 

「珍しいじゃん。アタシのコーヒーを飲むなんて」

「なによ嫌がらせのつもりで入れたの?残念でした。今日は飲むわよ」

 

 マグカップ並々に注がれたエスプレッソより苦いこれを、砂糖もミルクも入れずに一気に胃へと流し込む。

 

「おー……。やっぱり苦いわね」

「当たり前だろ?にしたって、本当に今日は疲れてるんだな」

「そうね。大統領の護衛任務より何千倍も疲れたわ」

「そんなこと言ってもいいのかよ愛国者(パトリオット)?」

「本当のことを言う自由もこの自由の国(アメリカ)にはないのかしら?秘匿する情報でもなんでもないじゃない」

 

 現場はハリケーンの中で、随伴していた高機動パックを積んだ第2世代機はその暴風の中を飛ぶのには苦労していた。

 だから私が先行して尖兵となり、他は後方支援に徹して貰うことになった。銀の福音の稼働状況は予想値より遥かに良好だったからそうした。

 

「本部に送られてきたガンカメラの映像には目を通したさ」

「あら?ならもう少し私を労ってもいいんじゃないかしら?」

 

 該当空域に入ると、前情報の通りに交信が出来なくなった。

 付近のIS間でのチャンネルを用いた通信は可能であったが、司令本部から送られてくる通信は不通になり、レーダーを確認しても何も映らない。揚げ句、ハイパーセンサーの視認距離も大きく短縮してしまっている。

 けれどその状況も長く続かなかった。突然光が溢れ出て、交信も視界もレーダーも直ぐに回復したのだ。

 明らかに異常現象だ。

 何か嫌な予感がすると思って光の中心に向かうと、そこにテロリストの姿なんて影も形も残っていなかった。

 そこには、人を抱えるISの姿があった。

 そしてそれが交信を絶たれた桜花と秋桜であることにすぐ気付いた。

 

「人って、あんな目を出来るものなのかしらね……」

「…………」

 

 バイザー越しに見えた桜花の操縦者の目は、私には筆舌出来ない容貌をしていた。私が溢した独り言のような問いにイーリは答えなかった。

 辺りは桜色の光が満ちていた。桜花の背部が最も濃くなっているところから、きっと背部のあの独特なジェネレーターが放出しているものだと判断した。

 桜色に光はハリケーンの中で吹雪のように舞い上がり、桜花自身を包み込んだ。自分のみを守るように。

 私はその光景に息を飲んで動けなくなっていたけれど、それは正解だった。

 あの光は特殊な粒子だった。粒子の一つ一つがプラズマ化した物質で、ISを展開してようとその中の入って進むのは、裸でマグマに飛び込むようなものだ。

 10分くらいだろうか。後発部隊も到着して時間が経つと、光の粒子は消えた。それとともに桜花も落下していった。

 直ぐに落下する二人を回収し、ロサンゼルスの軍病院施設に送って今に至る。

 イーリがタバコを取り出して口に加えた。

 私はすぐさまイーリの左手にあるライターを取り上げる。

 

「なんだ?自由の国(アメリカ)ではタバコを吸う自由もないのか?」

「自由って言うのは、民主主義的に決められたルールを守った者だけが勝ち取れる特権なの。喫煙所でもないのに周りに構わず吹かす人に自由なんてないわ」

「つれねぇこと言うなよなぁ。染みっ垂れた空気を打ち消す特効薬なんだよ、それ」

「じゃあ、こんなところじゃなくて喫煙所に行きましょうね、国家代表(パトリオット)さん」

「うへぇ。あそこはむさっ苦しくて敵わないんだよな」

 

 もらった桜花のデータではあんな姿をしていなかった。

 もっと儚げで、強風に吹かれて枯れてしまうような、そんな印象を抱かせる桜。来年にはきっと花を付けない、そんな印象だった。

 けれども私が見た桜花は爛漫に咲き乱れていて、何千年経とうとも枯れることのない力強い大樹のようだった。

 

「……ねえイーリ」

「なんだよナタル」

 

 もしかして、あの子(桜花)は二人を守るために姿を……。

 

「いえ、何でもないわ」

「なーにお前までセンチメンタリズムなんだ。全くナタルらしくねぇな」

「もう。だから退勤したら一杯付き合いなさいってことよ」

「ほお、ナタルの懐は温いと見たり」

「ないわよそんなもの」

 

 辞めておこう。憶測で語るものではない。

 でも、そう考えてしまうわよ。私もこの子が好きだから。

 

 もし同じようなことになったら、この子(シルバリオ・ゴスペル)も私を守ろうとしてくれるのかしら…………。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 気が付くと私はロサンゼルスの米軍病院施設で眠っていた。

 ヒューストンは?桜花の打ち上げは?二つの探査機は?三人のテロリストは?翔くんは?

 頭で色々なことが一度に巡り回って、頭痛を起こす。

 私はそう、フォグとヘイルに撃墜されて、それで……。

 それでどうなった?

 全く分からない。

 だけど、私がこうやって施設に入っていられるんだから、きっと米軍の救援部隊に助けられたんだ。

 私の左腕を見てみると、ぐるぐるに巻かれた包帯がある。粒子弾が掠めてこうなったんだっけ……?

 頭の中にあの光景がフラッシュバックした。

 

「ぅっ……。ぅぅぅ……、ぉぇっ……」

 

 自分の焼け爛れた腕を思い出して逆流してしまった。

 胃の中には何も入っていなかったから、喘いで胃酸をはき出すだけだった。

 何もないって、私はどれだけ眠ってたんだろ……。

 

「目が覚めたね」

 

 一人の壮年の男性が入ってきた。

 男性は黒人で、スキンヘッドの頭からは顔にかかるまでの大きな縫い跡がある。背も2メートル近くあって筋肉もモリモリだった。声色はそんな見た目とは裏腹に心地の良い重低音で、流暢な日本語を話してくれる。

 

「あ、その……。えっと……」

「おっと、これは失礼。レディの部屋にノックもせずに。家でもよく怒られているんだがな、これが中々直せないんだ」

「えと、大丈夫です」

「それはよかった。私はジョン・ロウズ。ISDAの長官をしているものだ。お嬢さんは三橋重工のいわゆるワーカーIS部門顧問操縦者の、牧瀬明菜さんでよかったかな」

「は、はい。牧瀬です。今回は輸送試験失敗してしまって申し訳ないです……」

「いいや、我々研究者にとってあの二つはデータがあれば復活なんて容易なんでね。君はデータで復活したりはしないだろう?翔君も同じなのさ。命を繋ぎ止めることが出来てよかった」

 

 ロウズ長官は仰々しい手振りで無事を喜んだ。やっぱり外国の人ってこういうイメージがあるなぁ……。

 ってそうじゃない!

 ハッとして今までの会話の過程を無視して訪ねてしまった。

 

「翔君は!?翔君は無事なんですか!?」

 

 私はそれだけ知れればいいんだ。教えてほしい。

 

「……彼は命に別状はない。ただ……」

 

 ただ……?

 その先にはいったいどんな言葉が続くの?

 

 い、イヤ!聞きたくない!

 

 心の奥底でそういう叫び声をあげる。でも、そういうわけにはいかないんだ。

 だって、今回のこのテロは私の無力が招いた結果で、私じゃなければ誰も傷つかず終わっていたんだ。そうに違いない。

 私が、あのテロを呼び起こしてしまったんだ……。

 だから、私はこの話を受け止めなきゃいけない責任があるんだ。

 だから、きっと泣き出しちゃうかもしれないけど聞かなきゃ、聞かなきゃいけないんだ……。

 

「全身の骨と内臓、そして精神的面から一週間は絶対安静。こちらの病院を退院後、IS学園でリハビリ生活になるだろう。桜花は再びリミッターが施され、しばらくは競技用第三世代機程度の機動性能に引き下ろされるだろう。彼自身に施されているナノマシンの性能も50パーセント程度しか発揮されないようにリミッターを施す。翔君の体はそれほどまでに消耗しきっていたのだ。肉体面、精神面含めて、我々は実験にかまけて彼のメディカルチェックを疎かにしていたのかもしれない。今までのツケが回ってきたのだ」

 

 頭の中が真っ白になった。

 途中からロウズ長官の声なんて聞こえなかった。

 居ても立ってもいられなくなって、私はベッドを飛び出した。

 

「彼は1023号室で安静にしている。それで落ち着くなら私は止めない」

 

 私はありがとうも言わずに、心の中では言いながら駆け出した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 僕は夢を見ていた。

 夢の中で夢だと気付いていることにちょっとした違和感を感じた。これが明晰夢ってやつなのか。

 夢の中の僕は布団に寝っ転がって、何をするわけでもなく、ただひたすらに蹲っている。

 何かに怯えるように。

 そんな姿に昔の自分を思い出した。

 僕は辛いことがあると、無意識のうちに体を丸めて何かに縋るように顔を何かに埋めるらしい。

 唯一僕にとって思い出があった母方のお祖母さんがなくなった時、その時は母さんに。

 父さんが単身アメリカへ赴任した時も枕に埋めて泣いていた。

 

 13歳になって、母さんが死んだと知った時も。

 

 あの時は悲しかった。

 よくよく考えれば、分かることじゃないか。

 冥王星まで行くだなんて、物質的にあり得ないんだ。あれは母さんの死を幼い俺に言えなかった父さんの方便だ。

 だから、今まで自分が憧れていたものが崩れた気がした。気高い高尚な憧れが、窮屈で孤独で危険な何かに変わった瞬間だったと思う。

 ISは僕の何から何まで変えてしまった。

 僕が持つ思想。僕が持つ肉体。僕が持つ使命。僕が持つ責任。

 唯一持っていた純粋な心でさえ、もうどこに行ってしまったのか、分からなくなっていた。

 それが堪らなく怖くて、夢の中でさえも体を丸めてしまう。

 

 ふと気が付いた。

 僕の脇に誰かの腕がある。

 なんでもよかった。いや、その腕がよかった。

 その腕を自分に引き寄せて、夢の中の僕はひたすら咽び泣いている。

 僕の涙は枯れたと思っていたのだけれど、それを絞り出すように泣いた。

 自分の泣く姿を夢でこうして眺めているのは酷く滑稽で、何より恥ずかしかった。見っとも無いと思ってしまう。

 でも僕には意識が存在するだけで、夢の中の僕の動きを支配することは出来ない。

 だから同調して一緒に咽び泣く形になった。

 まるで僕の本心を曝け出すかのような夢は、僕に確かな安寧をもたらした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「やっぱり珍しいよね。翔くんの方がベッドで寝てることって」

 

 呼吸器具を口に着けられ、全身に何本も針を入れられている翔くんの姿は痛ましかった。

 前は確か翔くんが珍しく風邪を引いた時のことだ。それ以来、翔くんがこうやってベッドに付しているところって見たことないな。

 ベッドの脇に腰をかけて翔くんの顔を見る。

 外傷は目立たないけど、あちこちに包帯やメスの跡があって、本当に大変だったんだなと言葉が出てこなかった。

 

「翔くん……」

 

 翔くんがこうやって傷ついて、一生懸命になって、死んでしまいそうになって。

 こんなになって初めて、翔くんの心の在り処が分かった。

 

「私のことを守りたかったんだね……」

 

 唯一地球を脱出できるISに乗る、世界に二人しかいないISに乗れる男のうち一人。

 きっと、翔くんの存在や桜花を狙う人はテロリストだけじゃないはずだ。そんな中に私を巻き込みたくなかったんだよね?

 だって、独りなら乗り越えられるものなんだもんね、翔くんにとっては。

 でも、私は戦闘も出来ないただのIS学園に通う企業勤めのIS操縦者。本当にお荷物でしかない。

 そんなお荷物を守りながら戦うのは無理なんだ。だから翔くんは連絡を完全に経ったんだ。傍受されないように。

 再開の時も私を全力で拒絶して、初対面を装っていたのかもしれない。私との過去を漏らさないように。

 でも私はまだ翔くんが好き。こんなお荷物でどうしようもない人間なのに、好きで好きで堪らない。

 私はいつまで偽ったままのあなたと会わなきゃいけないの?私はいつまで本当の翔くんに会えないの?どうして私たちだけこんな悲惨な関係になってしまったの?

 私は腕に後遺症が残るほどの火傷を負った。翔くんは目を覚まさない程体と心を擦り減らした。

 それでも世界は、私たち本当の再開をさせてはくれない。

 どれほどの痛みを負えば、もう一度本当の翔くんに会えるの?

 

 分かってる。

 拒んでいる翔くんを追いかけてしまった私がいけないんだ。

 でも、でもね。

 

「それも……、今日までだよ」

 

 私はまだ翔くんのことが好き。これはどれだけ時間が経っても、遠い日の記憶になっても変わらない。

 でも、今の私が翔くんの隣に経って一緒に歩くことは出来ない。

 だから、翔くんが待っていられるなら、私のことを待っててね。

 

 不意に体を引っ張られた。

 翔くんが私の手を引っ張った。

 

 自分の頬が緩むのがわかった。

 私はそっと翔くんの頬に手を添えてあげる。

 そういえば前もこんなことあったっけ。

 それもあの時、翔くんが風邪を引いた時だった。多分翔くんは覚えていない、私だけが知る彼の過去。

 私が帰るのを引き留めた後に、翔くんはすぐに眠ってしまった。そうしたらすぐにうなされて、体を丸めて私の手に顔を埋めた。

 それが気持ちよかったのか、翔くんのお父さんが帰ってくるまで離してくれなかったね。

 あの時、私の気持ちは固まったんだよ。

 

「………………」

 

 もう一度、一緒に歩くために私は戻ってくるから。

 だからそれまでは。

 

「さようなら。またね、翔くん」

 

 渡良瀬くん(・・・・・)の頬から私は手を離した。

 翔くん(・・・)の頬を涙が伝って行ったような、そんな気がした。

 

 

 


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