ULTRASEVEN AX ~太正櫻と赤き血潮の戦士~   作:???second

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4-7 逆転劇

丸三倉庫のある対岸の向こう側へと辿り着いた大神は、走った。ここのどこかにさくらとマリアの二人がいる。一刻も早く見つけ助け出さなければ。

しかし、妙だ。脇侍が蔓延っているのかと思っていたが、意外にも脇侍はしばらく歩いている間にも遭遇することはなかった。それについて引っかかりを感じた大神だったが、今は二人を助け出すのが先だと思い、そのままアイリスから教えられた丸三倉庫を探した。

名前は倉庫の外壁に記載されているはずだ。しかし今は夜中。この付近はろくに街灯もないので見つけるのは難しい。

何か、蝋燭でもなんでもいい。照らすものさえあればよいのだが…

そう思っていた大神は、暗闇の中に人一人分くらいの何かが転がっているのを見つける。用心しつつ近づいて確認する。

「これは…!」

それは少し古びている自動二輪車…蒸気バイクだった。

この世界では路面列車や車も蒸気機関を利用して動いており、バイクも例外ではない。

恐らく先日の戦闘にて、築地の住民の誰かが避難の際に乗り捨ててしまったものだろう。だがこれは利用できるかもしれない。幸い鍵もかけられたまま。試しに鍵を回してみると、幸運なことにバイクは起動してくれた。そしてボディの前面に設置されているライトも点灯した。

(よし、これなら!)

大神はさっそくバイクを向け、近くの倉庫の外壁を照らした。残念ながら目の前の倉庫は丸三倉庫ではなかったが、ライトが付くだけでも十分だ。大神はすぐにバイクを走らせ、周囲を回った。

時間はかからなかった。『丸三倉庫』と外壁に書かれた倉庫を発見した。大神は躊躇せず、バイクに乗ったままその扉に突っ込んだ。

ドリフトを決めつつ、バイクを停車させた大神は、倉庫の奥をライトで照らすと、馴染み深い姿をそこで発見した。

「さくら君!?」

「お、大神さん…」

発見したのはさくらだった。しかし大怪我を負わされていることもあり、酷くぐったりしている。大神はすぐに携えていた刀の刃先でさくらの手錠の鎖を砕くように切った。

「なんて怪我だ…大丈夫か、さくら君!?」

「だ、大丈夫で…痛!」

立ち上がろうとしたさくらだが、やはり刹那から受けた拷問の激痛ですぐに姿勢が崩れてしまう。

「無理をしたらダメだ!俺の肩に掴まってくれ」

「すみません…」

言葉に甘えて、さくらは大神の肩に掴まった。

「済まない、さくら君」

「え?」

唐突に出た大神の謝罪にさくらは目を丸くした。

「あの時、俺が無作為に飛び出したりしなければ、君まで捕まるような事態にならなかった。隊長でありながら戦闘中に倒れてしまうなんて…」

自分が、月組隊長が刹那に殺されかけたときに、もっと励精に対処出来ていれば、自分が倒れたことで花組の連携が崩れることはなく、さくらも捕まることはなかった。こんなにも大怪我を負わされることもなかった。そう思うとさくらへの申し訳ない気持ちが沸き立ってくる。

「謝らないでください、大神さん。あたしは、大神さんの行いを否定しません」

少しはにかんだ笑みを大神に向けながら、さくらは首を横に振った。

「あたしだって同じ立場だったら同じことをしてました。大神さんが飛び出さなかったりしても、きっと…」

少し言葉を途切れさせると、彼女は頬を少し赤らめながらそう告げた。

「それに、大神さんは危険を承知であたしを助けに来てくれました。それだけでも…十分です」

「…ありがとう」

大神は、さくらのその言葉で救われたような気持ちになった。誰かが自分の選択を受け入れてくれている。マリアにキツく批判を受けた後の彼に強い癒しを与えた。

後は…マリア助けるだけだ。彼女は自分の今の選択さえも否定するかもしれないが、もう迷わない。なんと言われようとも彼女も救って見せたい。

「ところで、マリアが今どこに捕まっているかわかるか?」

「それが…わからないんです。この一帯の倉庫のどこかとしか…刹那が何かを企んで、わざとあたしとマリアさんを別々の場所に…」

「別々の場所に?」

一体どういうことだ。なぜこんな回りくどいことをする。大神は刹那の意図が読めなくなってきた。

とにかく彼女だけでもまずは運ばないと…今のさくら負傷していて戦うには無理がある。まずは安全な場所へ、刹那の目の届かない地点へ向かわないと。蒸気バイクのもとへ、さくらを支えながら向かう。

しかし、黒之巣会が彼らをただで逃がすはずがなかった。

倉庫の周りを、多数の脇侍たちが取り囲み始めていた。

こんな時に出てきてほしくない相手に出くわしてしまった。負傷しているさくらを抱えている今、これではマリアを助けることも不可能に近い。冷静に考えても逃げることもやっとだ。

「さくら君、乗れ!」

「は、はい!」

すぐに大神はさくらを後部座席に乗せ、襲い来る脇侍たちをかいくぐりながらバイクを走らせた。

 

 

 

丸三倉庫から北西の位置の空き地。

刹那は、十字架にかけてあるマリアも傍らに置いた状態で、丸三倉庫方面の光景を眺めていた。

「はっはっは!馬鹿が、まんまと罠にかかりに来るなんて…飛んで火にいる夏の虫とはまさにこのことだね!虫けらにふさわしいよ!」

露骨に大神たちをけなしながら、手足が動かないままのマリアに言い放ちながら、大笑いした。

「仲間を助け出し、後は脱出するのみとしたところで、絶対に敵わぬ暴威を突き付け、絶望させる…素敵な悲劇の舞台になるとは思わないかい?」

「…」

「絶望のあまり声もでないのかな?」

「…貴様の行いに、呆れただけだ」

マリアは刹那から目を背けながら言った。

「まだそんな口を利くんだ。鬼畜の火食鳥あれを見てごらんよ。隊長さん、君たちを助けに来たんだよ?もっと喜んだらどうだい?」

刹那が彼方を指差す。その方角には、さくらと共にバイクに乗って魔獣の追撃から逃走を図る大神の姿があった。

(少尉、どうしてまた来たのですか…!罠だって、あなたもわかっているはずだ…)

マリアは理解できずにいた。大神が、前回の戦いとまた同じ…己の身を投げ出す選択を取ったことに、怒りさえも湧かず、ひたすら内心での動揺を感じていた。

「ま、君の思っている通りバカな人だよね。僕たちが魔獣を従えているのを忘れたのかな?しかも馬鹿正直に、僕の要求通りにあの鉄屑も乗り捨てて…よっぽど命が惜しくないと見たよ」

このまま大神とさくらが、魔獣に潰されるのを待ち望んでいるのだろう。刹那はうなぎのぼりになる興奮と高揚感を抑えきれずに肩を震えさせて笑っていた。

「じゃあここで一緒に眺めていようよ。また君のせいで…君を助けに来た人が、つぶれたトマトみたいになって死んじゃう姿…あははは、やばい、興奮してきた!!」

傍らで笑い転げる刹那に、強い不快感を覚えるマリアだが、何も言い返さなかった。言ったところで、返ってくるのは、自分の苦い過去と、そこから形成された…冷酷で醜い自分の一端への指摘。耳を塞ぎたくなる呪いの言葉だけだ。

が、ここで刹那の興奮に水を差す者が現れた。

「マリアさん!」

隊員服姿のジンだった。思わぬ来訪者にマリアは目を見開いた。

「ジン、あなた…なぜここに!?」

「なんだ、誰かと思ったら、前に上野公園で会った人じゃないか。あんたみたいな馬の骨は邪魔なんだよ。さっさと出ていってくれない?今なら見逃してあげるよ」

刹那にとっては招かれざる客という認識のようだ。近くを飛び回る虫でも追い払うかのように、しっしとジンに向けて手を払いながら刹那は立ち去るように言ったが、当然のようにジンは従おうとしなかった。

「そうだな。お前が何もせず、マリアさんを返してくれるなら立ち去るよ」

「面白い冗談だね。僕が大人しく彼女を返すと思った?君こそこのままマリア・タチバナを見捨てて行けば?立ち去れって言ってるだけ、僕は優しくしてあげてるのに?」

「ジン、早く逃げなさい!あなた光武にも乗れないのにどうして来たの!?」

マリアがそう叫んだ瞬間、彼女の隊員服の前が、刹那の手によってビリっと切り裂かれた。雪の様に美しく綺麗な彼女の前の裸体が露にされてしまう。服を破かれたマリアは、羞恥と怒りで刹那を睨みつけた。

「く…!」

「今から僕が彼女に行う拷問ショーでも見たいのかな?もしかして今みたいに服を破って綺麗な裸をさらけ出させるのがお好みだったりするのかな?お兄さんも好きだねぇ」

ぷちっと、シュウの頭の中で何かが切れた音がした。もう限界だった。刹那への怒りのあまり、次の放たれた彼の口調はいつもの穏やかさを失っていた。

「…お前こそ冗談は口だけにしろよ。クソチビ」

「あ?」

クソチビ呼ばわりされた瞬間、笑っていた刹那の表情が一気に不快感を露にしたものへと変わる。

「あんたこそ、調子乗るのもいい加減にしろよな。前みたいにくだらない正義を掲げて僕に説教するの?忘れたのなら思い出させてあげるよ」

よほどジンの悪口が不愉快だったのだろうか。もはや気まぐれで特別に逃がそうという気は完全に消え失せ、その長く赤い爪を研ぎ澄ませた。

「そういうのがうざったくて反吐が出るってね!!」

瞬間、刹那はジンに向けて飛び掛かった。

「ジン!!」

マリアが叫ぶと同時に、ジンもまた刹那に対して応戦の構えを取り、振り下ろされた刹那の爪を避けた。ジンが立っていた場所の床が、深々と言葉通りの爪痕を刻み込まれた。まともに受けたら真っ二つにされてしまう。お陰で冷静さを幾分か取り戻せたが。

刹那はさらにジンに向けて爪を振りかざし、彼を切り裂こうとする。次々と繰り出される斬撃に、ジンは体を捻り、飛び上がり、そして後ろに飛び退く等を繰り返しながら避けていった。

「っち、大人しく切られろよ!」

イラついた刹那がわめき散らして、より激しく、素早く爪を振り回す。

(そのまま集中しろ…そうすれば避けられる!)

刹那は予想を超える速度だ。頭の中で集中するように心がけていても、どうしても反応に追いつかない時がある。現に、避けきれなくて斬り傷が次第に増え始めていた。

「少しは抗って見せなよ!」

「言われなくても…!!」

ジンは防戦一方から反撃に転じようと、迫り来た刹那の右腕に向けて拳を繰り出した。振り下ろされ、そのまま彼を真っ二つにするはずの刹那の爪は、腕を彼の拳で受け止められたことでふさがれ、逆にはじかれるように後ろに飛ばされる。

「っち!」

刹那は右手首を抑え、苦痛に顔を歪めていた。小柄で細身な分、物理的な攻撃には弱いようだ。だから己のすばしっこさに頼っているとも思えた。今が好機と見たジンは、奴が魔装機兵を出す前に潰してマリアを救うためにも¬今度は自分が攻勢に出た。

「せい!は!」

拳や足を連続で繰り出し、刹那を追い詰めていく。さっきまで奴のすばしっこさに翻弄されたのだ、今度はこっちの番だ。ジンは刹那にターンを回さないよう、彼は攻撃の手を緩めないように肉弾戦で刹那を追い込んでいった。

「うざいんだよおおぉぉ!!」

しかし刹那がそれを許すはずもない。ジンと比べても奴が速いことに違いなく、彼の攻撃のわずかなタイムラグを狙って爪を突き出した。まずいと感じたジンは、とっさに後ろに飛びのいた。

「………っとっと、危ない危ない。まんまと君の作戦にはまるところだったよ」

少し間をおいてから、刹那は今の自分の位置に気が付く。マリアを張り付けている十字架から、数十メートルほど離れていた。刹那のその言動に、ジンは動きを止めた。

「裏で加山くんと結託してるんでしょ?マリアお姉ちゃんを助けるために。大方。僕の気を引いてる隙に加山君に彼女の拘束を解かせる…そんなところかな」

「っち…」

ジンは舌打ちした。心を読んできたようだ。刹那の言う通り、実を言うとジンは地上に降りた際に地上で待機していた加山と合流していた。前回人質になってしまい、大神の負傷とさくらの誘拐、結果的にマリアの独断専行までも許してしまったことへの罪悪感もあって加山は今回の救出作戦に志願、ジンと手を組んで作戦に当たろうとしていたのである。

ジンが刹那の注意を引き付けマリアから引き離したところで、加山が即座に現れマリアを救助する。

だが、刹那の読心能力を考慮していないと言えた。注意を引いているジンが心を読まれてしまえばなんの意味もない。

「やっぱりバカだね。心を読む僕を相手に、そんな浅知恵が通じると思うなんて。でもこれで万策が尽きたね。せっかくの囮作戦も無駄に終わった」

刹那は指を鳴らすと、新たにもう一体脇侍をその場へ呼び寄せる。その脇侍は刀を彼女の喉元に突き付ける様を見せつけた。

「やめろ!」

「なら僕を侮辱した罰を受けろ。マリア・タチバナの目の前で、バラバラになったお前の屍を晒せ」

ジンの目の前に立ち、刹那は残酷な要求を再度突きつける。

こうなったら、いっそ赤い戦士の姿へと変身するしかない。マリアの目の前だが、わずかな隙を見て…

その時、夜闇から刹那に向けて飛びかかる者が現れた。

加山が来たか!だがジンの心を読んでいたため、わかりきったこと。こうしてジンを命の危機にさらせば、加山が間違いなく現れると刹那は踏んでいた。飛び出してきた人影に反撃しようとした、が…

「うおおおおおおおお!」

現れたのは、加山ではなかった。

それは多数の脇侍からさくらを連れて逃亡中だったはずの、大神だったのだ。

「何!?」

加山じゃない…大神だと!?

なぜ、魔獣に追跡されているはずの大神がここにいるのだ。刹那は意味がわからず混乱し、動揺のあまり構えが厳かになってしまう。結果、刹那は反撃に転じることができず、振り下ろされた大神の斬撃を防ぐしかなかった。

「大神さん!?なんで!?」

この状況を把握できていなかったのか、ジンも驚くばかりだった。

 

 

 

 

その頃、脇侍たちは倉庫街を走り回る蒸気バイクを追跡していた。刹那の命令通り、ノコノコと倉庫街にマリアを助けに現れた大神を、敢えて彼の手に取り戻させたさくらを餌に、もろとも抹殺するために。

蒸気バイクは脇侍よりも速い。だが、脇侍はこんな時のために多数刹那によって配備されていた。いちいち慌てて追いかけ続ける必要はない。バイクの逃亡先に別の脇侍が待機していると分かっているからだ。

現にこうして、目の前の遠い場所からライトをともした何かが、別の脇侍に追いかけられた状態で近づいていることに気づいた二機の脇侍が、それを迎え撃とうとする。

だが、脇侍たちは動揺してか、硬直した。

蒸気バイクに乗っていたのは大神とさくらではなかったからだ。

顔を隠しているマスクと黒い戦闘服。何よりマスクに隠れているその顔は大神とは違っていた。もう一人運転している男とは別に、さくらが乗っているはずの後部座席に、同じ戦闘服を着た若い黒髪の端正な青年が乗っている。

「宍戸、飛べ!」

バイクを運転していた男、加山に名前を呼ばれ、宍戸と呼ばれた青年は加山と同じタイミングで蒸気バイクから飛び上がった。運転手を失った蒸気バイクはそのまま目の前にいた脇侍に突進。脇侍と激突し、引き起こされた爆発の中にぶつかった脇侍と共に爆炎に包まれた。加山と宍戸を追いかけていた脇侍はそれを見て立ち止まり、二人の姿を追おうと周囲を見渡す。だがそうしている間に、脇侍たちの足元に白い球が転がり落ちる。それは暴発し、周囲に真っ白な煙を瞬時に立ち込めさせた。忍者が敵の追跡を逃れるために使う…いわゆる煙玉だ。脇侍たちはそれに包まれてしまう。

それを、傍らの建物の屋根の上で加山と宍戸が見届けていた。

「…隊長、我々の戦力では脇侍の相手さえも難しいのに…全く人使いの荒い」

宍戸はため息交じりに愚痴っていた。

宍戸光星。加山の部下であり、月組の副隊長でもある。当然ながら帝国華撃団の一員として諜報活動に勤しんでいる。…が、上司である加山に対して常に愚痴が絶えない日々を送っている。またしても加山のおかげで苦労することになり、愚痴らずにいられなかった。

「済まないな。俺の尻ぬぐいに突き合わせてしまって」

「…この貸しは高くつきますよ」

とはいえ、花組隊員のさくらとマリアが刹那の手に落ちたとあれば手伝わないわけにもいかない。渋々なところもあるが、二人を助けたい気持ちは宍戸にもあったので協力したのである。せめて高めのお返しを求める宍戸だった。

「なら、帝劇に戻ったら、俺の新曲を一曲弾いてやろう。実は最近ギターを買って練習していてな…」

「いらないです」

わざとエアギターの構えを取った加山に向けられた次の宍戸の視線と言葉が辛辣だった。

「釣れない奴だな」

肩をすくめる加山に、どこかかちんときた宍戸はいっそこの場で脇侍の方へ突き落そうかと思っていたそうだ。そんな宍戸の視線を尻目に、大神たちがいるであろう方角に目をやる加山。

(無事に彼女たちを助け出してくれよ、大神…)

宍戸と共に現場から離脱しながら、加山は親友たちの無事と成功を祈った。

 

 

 

「ジン!早くマリアを!」

「は、はい!」

刹那を抑え込む大神の呼びかけに反応し、ジンはすぐにマリアの方へと駆け出す。

「おい、マリアを殺せ!」

「ぬ!?」

人質を取り返されてしまう。せっかくこいつらに強いた楽しいゲームが崩れてしまうことを恐れた刹那は、マリアのすぐそばで刀を彼女に向けている脇侍に命令を下した。命令を受け、脇侍はマリアに向けて刀を振り上げる。

だが振り下ろされる前に、ジンは飛び上がり、全力の飛び蹴りを脇侍の顔部分に叩き込んだ。よほど効いたのか、今ので脇侍は顔にヒビが刻まれ、ノックアウトする。マリアは目を見開いた。蹴り一発で脇侍をダウンさせるなんて。霊力がないはずの彼の力に息を呑んだ。

「く、役立たずが!こうなったら!」

大神の目の前から瞬時に姿を消すと、刹那はさっきまでとは比較にならない速度でジンのすぐ後ろに現れた。言葉通りの瞬間移動だ。残像さえ残すほどの速度でマリアを十字架に縛る縄に手を伸ばすジンに接近し、背後から切り裂こうとした、その時だった。

「破邪顕正…桜花放神!」

近くの廃屋を突き破って、桜色の光線が、ジンに迫ろうとした刹那に直撃する。

「ぎゃあああああ!」

汚い悲鳴を上げながら、光線をモロに受けた刹那は吹っ飛ばされ、近くの建物の外壁を突き破る。二度も続く予想を超えた事態にジンは固まってしまう。

光線が放たれた方角の廃屋を見ると、そこには傷だらけのさくらが刀を持ってよろよろと歩きながらこちらに姿を見せてきた。

「さくらまで!」

「さくら君!」

そんな彼女を見かね、大神が直ちに彼女の元に来て彼女の体を支えた。

「痛たた…大神さん、あたしお役に立てましたか?」

「ああ、もちろんだ。しかし無理をさせてしまったな…」

傷を負い、刹那の拷問を受けたことで体力も残り少ない状態で桜花放神を放ったためだろう。さくらは笑顔を作って強がって見せているが、今でもすぐに倒れこみそうなほど消耗しているのが分かる。

「それより、ジンさん…マリアさんを」

言われてハッとしたジンは、すぐにマリアのもとに向かい、彼女を縛り付けていた十字架の縄をほどき、マリアが落ちないように彼女を抱えながらゆっくりと下した。

「マリアさん、大丈夫?」

「え、ええ…ありがとう」

マリアはジンに礼を言った後、大神とさくらの二人にも目を向ける。助かったものの、どこか気まずそうにしていた。大神に前回の戦いについて厳しい指摘を入れたくせに、過去の耐え難いトラウマを利用されたとはいえ刹那の挑発に乗って身の危険に晒されたことへの後ろめたい気持ちが大きかいのだろう。

「でも大神さん、どうしてここに?僕とかや……っと、月組隊長の二人でマリアさんを助ける算段だったのに」

ジンが、さっき加山ではなく大神が飛び出し、それに続いてボロボロのさくらも現れたことが気になって質問する。隠密部隊の隊長ゆえに素性を明かされないようにしなければならないのに、思わず加山の名前を出しかけたが、間一髪口を一度閉ざしてから改めて質問を続けた。

「実は、その月組隊長がさっき急に『俺が代わりに脇侍どもの注意を引くから助けに行ってくれ』ってバイクを強引に取られてしまったよ」

「刹那は相手の心を読むことが可能…ジン、あなたとの間に考えていた作戦も、今回のためのブラフだったのね」

マリアの分析を聞いてジンは納得した。刹那は他人の心を読んで弄び、自らが手出しされないように相手を徹底的に翻弄する。加山は以前にも刹那に心を読まれ、月組の仲間を失った上に自分も人質にされてしまっていたため、なんとか奴の読みの上をいく作戦を考えていたのだろう。だが刹那と相対した時点で、こちらの作戦はほぼ確実に漏れてしまう。だから奴の不意を突く作戦が必要となった。

「そういうことかよ…」

あらかじめジンに、二人だけでマリアを救出するための作戦が加山の口から聞かされていたものの、相手の心を読む刹那に果たして効果があるのか?ジンも疑問を抱いていたが半ば強引に加山に押し切られてしまった。

そして加山は月組隊長として、負傷しているさくらと共にバイクに乗って脇侍から逃れていた大神に接触、マリアの軟禁場所と真の作戦である『ジンが刹那と交戦している間に、刹那へ奇襲をかける』ように指示を出した。それを受託した大神は、代わりの囮役を自ら買って出た加山にバイクを託し、その後はすぐにジンと刹那の交戦している地点へ急行した。その際、より確実にいくためにもさくらもまた自ら作戦に志願、もしジンも大神も二人とも抜けられたり、刹那がマリアに直接手を下そうとした場合に備え、必殺技の準備を密かに狙っていたとのことだ。

結果は成功、奇襲は成功しマリアを救出できた…というわけだ。

いくら他者の心を読む刹那でも、読めるのは目の前に対象がいる場合、それも十分な余裕と集中力が必要となる。視認できない相手の心まではさすがに読みようがなかったのだ。

「無理しすぎだよさくら。今だって立つのもやっとなのに…」

「ジンさんだって似たようなものじゃないですか。光武に乗れないのにこんなところにまで来て…」

見るからに痛々しいほどに傷だらけなのに、必殺技で刹那をぶっ飛ばして見せたさくらに心配そうな目を向けるも、そんなジンに対してもさくらはちょっと文句を言いたげに言い返した。

「俺も反対したけどね、さくら君がどうしてもと折れてくれないから、やむなく俺も承諾したんだ」

「だって…あたし、みすみす捕まってしまったじゃないですか。しかもそのせいで、マリアさんも続いて捕まっちゃったようなものですし…」

自分が捕まったりしなければマリアも同じ目に遭ったりはしなかったかもしれない。その罪悪感と責任がさくらに今回のような無理をさせたのだろう。

そのマリアは、少しの沈黙ののちに口を開いた。

「…さくら、私が捕まったのはあなたのせいじゃないわ。私が冷静さを失って隙を作ったのが原因よ」

「マリアさん…」

「少尉、さくら、ジン…私なんかのために手を煩わせてしまい…ごめんなさい」

マリアは三人に向けて頭を下げた。

大神はそれを聞いて「顔を上げてくれ」と笑みをこぼした。

「マリア、君は花組のみんなにとってなくてはならない存在だ。仲間を助けるのは当然だろ?

それに、俺はまだ君の苦しみ、抱えているものがわからない。隊長でありながらその重さのわかってやれなかった。それを知らないまま、君を見捨てていくなんてどうしてもできなかった」

(私なんかのために…)

目尻に、涙がじわっと溢れかけた。ここまでされておいて、冷徹にふるまおうとするマリアとて嬉しくないわけがなかった。

でも、副隊長として咎めるべきことは咎めようと、彼女は出そうになる涙を引っ込めて大神に言った。

「…でも、私が言うのもなんですが、少尉はやはり軽率です。私やさくらをダシに、刹那が卑劣な罠を仕掛けているのは分かっていたはずなのに、光武まで乗り捨ててきて…」

「そうだな。それはもちろんわかっていたんだが…すまない。さくら君とマリアのことが心配で、体を止められなかった。俺の悪い癖だな…」

頭を掻いて、さくらとマリアを助けるためとはいえ、結局同じ行為に走ったことを反省する大神。そんな大神をさくらがフォローを入れてきた。

「大神さんだけじゃないですよ。あたしだってお二人と似たようなものですから。ね、マリアさん、ジンさん?」

同意を求めてきたさくらに、思わずジンとマリアは苦笑し合った。

あぁ、思い出した。ずっと忘れていた。帝国華撃団とは、ただ高い霊力を持つだけの部隊ではない。カンナとアイリスの二人と共に、花組の一員として配属されたあの頃からずっとそうだった。

仲間との繋がり、絆…それを強く重んじ、仲間の危機が起これば己の身の危険さえも顧みない…極限のお人よしたちで占められていたことを。

「…ありがとう、みんな」

久しぶりかもしれない。心の中に太陽のような強い光が差し込んできたような気持ちになり、マリアは笑顔を浮かべた。

…が、その時だった。

さくらの必殺技で吹っ飛ばされていたはずの刹那が、草陰から獲物を狙う猛獣のような勢いでジンたちに向かって飛び掛かってきた。

「危ない!」

ジンとマリアはすぐに伏せ、大神はさくらを庇いながら避ける。その際に、隊員服の腕部に切り傷ができた。さくらの攻撃を受けてダメージは確かにあった。現に珍しく息が途切れ気味、体もなんとか立っているといった感じで震えている。

「貴様ら…この僕にずいぶんと舐めた真似をしやがって…!」

ついさっきまで何度も見せていた、余裕をこいたあのいやらしい笑みはなく、ジンたちに向けてひたすら憎悪を混じらせたような怒りの目を向けていた。

「もう少しいたぶってやろうかと思っていたが…もはや手加減はしてやらないぞ!」

刹那は、完全に遠慮を捨て去る。指を鳴らし、足元にあふれ出した闇の渦から愛機である魔装機兵『蒼角』を召喚し搭乗する。

「みんな、散れ!」

大神がさくらを抱きかかえ、すぐさまマリアとジンにも呼びかける。刹那が勢いのままに蒼角の腕に着いた鉄球でジンたちを押し潰しに来たと同時に、彼らはその一撃から飛びのく。

間一髪避けたジンたちたが、刹那は執拗にも彼らを追い回す。もはや狡猾な手段は用いず、力づくというべき暴れようだった。

これでは逃げることもままならない。負傷しているさくらを抱えながら、ジンとマリアと共にこの場を離脱できるのか?大神の中に焦りが沸き上がり始める。

その時、上空を飛び回っていた翔鯨丸が、動き出した。船体の下に設置されているキャノン砲より、大型の弾丸が刹那の蒼角に向けて放たれた。強烈な弾丸と爆発によって勢いよく後ろへ後退された蒼角は踏みとどまる。

「翔鯨丸…!」

『大神、ぼさっとすんな!すぐにそこから離脱して他の花組と合流しろ!』

スピーカーから米田の怒鳴り声が響いた。大神は「はい!」と言うと、すぐにマリアとジンの二人と顔を見合わせ頷き合う。

「ええい逃がすか!!ならば…叉丹から渡されたこいつを食らえ!」

刹那は蒼角の爪で地面を突き刺す。何かの攻撃のつもりか?気になった大神たちだが、今はそれどころじゃないことを思い出し、一秒でも早くこの場から脱出するべく駆け出した。

走っていると、余震のような小刻みな揺れが、足元に伝わってきた。これは地震?逃げながらも足から感じる振動が気になっていると、次第にその地面からの揺れに対する違和感を覚えた。あっという間に地震は大きくなった。

そして、その地震は最後に、一つの大きな揺れとなり、築地の大地に亀裂を走らせ、裂け目より巨大な獣となって姿を現した。

「ガアアアアアアアアアアア!!!!」

両手にするどく細い鞭を振るい、小型の降魔と同じで眼らしいものは見当たらない、黒くおぞましい肌を持つ巨大な魔獣だった。

『邪爪魔獣デビルノスフェル』。

「巨大降魔…!」

こんな時に出くわしたくない敵を、ついに刹那は披露してきた。

「赤い巨人を警戒して、敢えて出さないでとっておいていたが…もはや関係ない!お前ら全員、ズタズタの肉片にして殺してやる!やれ、ノスフェル!!」

刹那の命令を受理してか、デビルノスフェルは爪を振りかざす。必死に走って逃げる大神たちは、後ろを振り返る。蒼角以上の深い爪痕が地面に刻まれ、周囲の建物も巻き込まれて破壊され、その瓦礫もジンたちの頭上から雨の様に降り注ぐ。

なんとか逃げる大神たちは、川岸にたどり着く。川を泳ぐか、ボートを使えば確かに光武を置いている向こう岸へと行ける、だが歩く時と比べて遅くなる。ノスフェルか蒼角に追いつかれてしまう可能性も否定できないが、この時のジンたちに選択する余裕などなかった。

彼らはすぐに川へ飛び込み、必死に向こう岸を目指して泳ぎ始めた。

だが、やはりというべきか…ノスフェルは巨体である分、歩幅も大きく、当然ながら十分な攻撃範囲が取れるくらいの距離まで追いついてしまう。

「く…!ここまで来て!」

さくらは、負傷しているために大神に抱えられている。だがそれが彼の負担となってしまい、逃げる速度が遅くなってしまっている要因となっていることも自覚していた。

「大神さん、あたしをおいて先に行って…!あたしを抱えたままじゃ追いつかれてしまいます…!」

「何を言うんだ!全員で帰らなければ意味がない!君も、マリアもジンも…みんなで!」

全員で生きて帰ると決断したのだ。ここに来てさくらを置いて先に逃げるなどできない。それを見て、マリアが大神とは反対側まで泳いできて、大神と一緒にさくらを支えた。

「少尉!私がもう片方からさくらを支えます!急ぎましょう」

「マリアさん…!」

さくらを支えながら、二人はそのまま泳ぎ続ける。だがジンはそれを見て、これではいずれどのみち追いつかれてしまうことを悟る。

 

…今しかない。

 

三人が先に向かってるのを見て、ジンは川の底へと自ら沈んでいく。そして、懐から『ウルトラアイ』を取り出し、目に装着した。

瞬間、赤い光となったジンは水面から飛び出し、赤い巨人の姿となってデビルノスフェルの前に現れ、そのままノスフェルを取り押さえた。

「赤い巨人、来てくれたのか…!」

大神たちは振り返り、赤い巨人の姿を見て安堵する。彼が取り押さえてくれるなら、もう安心だ。刹那の乗る蒼角も、翔鯨丸が上空から狙ってきているため、おいそれとこちらを追跡できない。

「少尉、今のうちに!」

「ああ!しっかり掴まってくれ、さくら君」

三人は赤い巨人への感謝を抱きながら、対岸へと向かった。


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