ULTRASEVEN AX ~太正櫻と赤き血潮の戦士~ 作:???second
真夜中の、雨降る築地。
光武を駆るマリアは、刹那の姿を追った。
今から数十分前。夜中に眠っていたマリアに、突如刹那からのテレパシーが伝わった。 『夜のデートなんてどうだい?』という、何様のつもりだと言わんばかりの誘い方だった。 これは罠だ。マリアは間違いなくそれを確信した。したのだが…彼女はその誘いに乗った。刹那がこうも言ったからだ。 『さくらお姉さんも会いたがってるよ』と。
それが決定打だった。マリアは迷いを捨てて、光武を駆って帝劇を飛び出した。
雨音以外の音は聞こえず、刹那の姿も見られない。だがマリアは感じていた。 目で見たりしなくとも、奴の邪悪な気配を感じていた。
「出てきなさい、刹那!」
マリアは闇夜に向けて叫んだ。 その呼び掛けに、刹那はすんなりと闇の中から姿を現した。
「来てくれたんだ。待ってたよ、マリアお姉さん」
「刹那…貴様だけは…」
マリアの声は、強い怒りと殺意で満たされていた。そこからは一瞬だった。
「殺す!!」
その言葉と共に、マリアの光武から弾丸が刹那に向けて放たれる。刹那は当然それを受けることなく避けて宙に浮いた。
「どうしたのぉ?そんなにいきり立っちゃって」
「ぬけぬけと…」
「さくらお姉さんをさらったことかな?そんなに心配?もしかしてそっちの気があったのかな?そう言えばマリアお姉さん、舞台じゃ男役が多かったもんね?」
「ふざけるな!」
二度目の発砲も空を切り、刹那は今度は光武の左側に降り立つ。
「あーあー、でも本当だったらかわいそうだもんね。死んじゃったユーリー隊長さん。折角君にプロポーズしたのに、愛した女の人が違う人…それも同性の人に心変わりしちゃうもんね」
「貴様!」
三度目の発砲もまた避けられてしまう。今度は、背後に姿を表す刹那は、さらにねちっこく話を続けた。
「あ、ごめーん。そっちの気がどうこうじゃなかったね。僕がユーリー隊長の姿で君の夢に現れたのがそんなに気に入らなかったんだ」
マリアの怒りは、刹那が言葉を綴っていくごとに限界を超えようとしていた。 実はマリアがこれだけの怒りを見せたのは、今刹那の言った通りだった。
眠っている間、マリアは夢を見た。死んだはずのユーリーと再開する夢を。雪の積もった夜の野原に、特徴でもあるサングラスをかけてマリアを待っていた。彼女は、あたかも彼が生きていたと思い、その胸に飛び込もうとする。しかし、サングラスを取った瞬間、ユーリーの顔が変貌した…刹那の顔に。
マリアはその悪夢を見せつけられて驚きのあまり目を覚ました。直後に刹那テレパシーで自分の仕業だと告げる。
彼女は激怒した。自分の中に残る美しく幸福で満たされたユーリーとの思い出を、人の心を弄び嘲笑う外道に汚されたことに。
「よくも、よくもあんなものを私に…許さない…お前だけは!」
マリアは光武の銃口からさらに弾丸を乱射した。誰も寄せ付けられそうもないほどの激しい銃撃、しかし刹那は余裕でそれらすべてを避けきった。激しいだけで粗さが目立つ。ひたすら自分の中に溜め込まれた負の感情を吐き出し続けている。心を読める刹那には避けることなど容易かった。
「ひゃははははははは!やっぱり僕の読み通りだよマリア・タチバナ!」
高笑いを上げる刹那は、今度は近くの倉庫の屋根の上に降り立ち、マリアの乗る光武を見下ろす。
「この蒼き刹那、貴様の正体を見破ったり!平和を守る使者など仮初の姿。その本性は、仲間の思いも踏みつけ命さえ奪う、醜い冷酷無比の鬼畜よ!つまりこの僕と似た者同士って訳だ!」
「黙れええええええ!!」
マリア我を忘れ、暴走し続けた。彼女を知る者なら、いつものマリアではなくなっていることに驚きと恐怖さえ覚えるだろう。
「あーあー、だめじゃないか。図星を突かれたからってさ僕が言ったことを認めたようなものじゃん」
「貴様と一緒にするな!」
余裕でマリアの射撃を避けながら、刹那はしつこく汚い言葉を彼女にかけ続けた。銃声とどなり声でそれをかき消さんとばかりに、マリアは一度も当たることのない攻撃をひたすら繰り返す。
そして、刹那から放たれた言葉が、彼女を貫いた。
「だって、僕が捕まえたさくらお姉さんのことを全く案じてないもん」
「…!」
マリアの光武が、時が止まったように停止した。しめた、と下卑た笑みを浮かべた刹那はさらに言葉をもって顔所の心を揺さぶってきた。
「今、彼女は僕の使役する脇侍の手で拷問を受けてるよ?もしこのまま撃ちまくって、僕が万が一けがをしたり、最悪死んじゃったりしたら、あのお姉さんはどうなるのかなぁ?」
「………」
熱くなっていたマリアの顔が、青ざめていった。
そうだ、さっきまで自分は何をしていた。さくらが人質にされていたのに、その事を失念してただ刹那を殺すことだけを考えていた。もし奴を殺せたとしても、そうしてしまったらさくらの命が…!
「ほうらやっぱり、僕の言う通りの人じゃないって言うなら、さくらお姉さんのことも案じてたはずじゃないの?それなのちょっと挑発するだけで簡単に我を忘れ、仲間のことなんて無視して敵を殺しに来る。
前回の戦いだってそうだ。君は加山君…おっと、月組隊長って言った方がいいかな?彼のことよりも、目の前の勝利を優先した。大神さんが飛び出したときに君も冷静に援護していたら、加山君を助け、僕のことも倒すこともできたかもしれないのにねぇ?飛び出した彼も良くないけど…機転が利かなかった君だって悪いじゃん?それなのに大神さんだけにミスがあるようにふるまってさ。
そして今回、僕の挑発にまんまと乗って僕を殺しに来た。どう考えてもリスキーなのに、よく隊長失格だなんて言えたよねぇ?」
さらにはさくらことに続き、加山のことまでも、あたかもマリアが彼を見捨てることを良しとしたかのように言いながら、マリアの心を追い詰めていく。
「わ、私は…」
「ユーリー隊長さんが死んだ後とか顕著だよね。君は彼を失ったことで出来た心の穴を埋めるように、敵を殺し続け、戦いに明け暮れた。敵の血で染まった君はそれ以外の生き方を得られず、あの戦争が終わったあとはマフィアの用心棒になって、屍の山を築いた…革命の闘士だった火喰鳥は血濡れた殺戮者として覚醒したわけだ。
帝都の市民の命?違うね。君はそんな上っ面の正義で戦っていたんじゃない。ユーリー隊長を失って心の穴を、敵を殺すことで埋めてきた仲間殺しの火喰鳥…でもどれだけ屍の山で心の穴を埋めても、その底は見えないほどに深く、決して埋まることがない。埋まらないから、君はひたすら血みどろの戦いの中に身を投じるんだ。敵味方関係なく、屍の山で埋まることのない穴を埋め続ける冷酷無比の火喰鳥…」
狼狽えるマリア。さっきまでなら反論できたのだが、今のマリアは言葉が出ない。違う、と言いたいのに、そのたった一言さえも喉元に引っかかって出てこなくなった。
もし刹那がその気になれば、さくらの命はない。人質にとって脅しをかけてくる。普段のマリアなら簡単に予想がつくはずのことだったのに、刹那への敵意・殺意で我を忘れてしまった。詭弁も混じっているかもしれないこいつの言葉にもいちいち反応するまでもないはずだ。
だが今の自らの行動で、既に証明して見せてしまっていたことを、マリアは自覚してしまった。
『奴の言っていたことに間違いはない』と。
刹那は指をパチンと鳴らす。すると、光武の周囲の地面に闇の渦が複数発生、その中心から脇侍が多数出現する。同時に回りの脇侍たちがマリアの光武を取り押さえた。
「!し、しまっ…!」
逃げる時間さえもなかった。その後、マリアは刹那に捕縛された。
作戦指令室。マリア無断出撃の知らせによって花組は集合した。
「まさか、あのマリアさんがこんな単独行動に走るなんて…」
今回のマリアの行動については、すみれは信じられないとばかりに驚いていた。これには他のメンバーたちもまた同様の心境だ。普通に考えれば罠を張っているとしか思えない。自分たちの知る限り冷静かつ的確な判断力を持つマリアが気づかないはずがないのに。
「アイリス、さっきマリアの居場所について心当たりがあるみたいなこと言ってなかったか?」
ジンがアイリスに向けて問いただした。
「うん、夢を通して見えたの…今のマリアは築地の丸三倉庫。悪い奴につかまってる」
頷きながらアイリスは答えた。幼いながらも強大な霊力を持つが故か、アイリスは心を読むだけでなく、遠い地で起きた光景を夢という形で見ることができるのだ。
「捕まった!?ちっくしょう…あたいが早く気付いていれば…!」
花組の中で最も付き合いが長いマリアが苦悩していることは気づいていたのに、結局何もしてやれず、今回の事態を未然に防げなかったことでカンナは悔しがっていた。
「うぅ、マリアさん…きっと無事ですよね?」
椿はかなり不安を露にしている。彼女は帝劇の中でもマリアの大ファンだから、今回のことについては衝撃を受け、動揺を隠せそうになかった。そんな椿に対し、かすみが彼女の肩を叩いてきた。
「椿、今は落ち着いて任務に集中して」
「彼女たちの言う通りだ。とにかく現場に向かい、マリアを救出しなければ!」
すぐにでも彼女を助けたいという思いで逸る大神に、ジンは口をはさんだ。
「けど大神さん、刹那の手中にはマリアさんだけじゃない。さくらも人質にされている状態だ。このまま突っ込んでいっては、あの二人が危険だよ。しかも、さくらがマリアさんと同じ場所で捕まっているとも限らないし…」
「く…そうだな」
助けに向かう。向かうだけなら簡単だ。でも、向こうにはこちらの仲間…マリアとさくら、二人も捕らわれの身となってしまっている。マリアだけの場所はアイリスのおかげで特定できてはいるものの、 さくらに至っては足取りさえつかめていない。
「大神、とにかく一刻も早く現場へ迎え。指示はこっちからも出して対応する。ここでじっとしていてもマリアとさくらを救えないからな」
「はい!帝国華撃団・花組、出撃せよ!」
「「了解!」」
まだ打開策を見いだせているわけではないが、ここでじっとしていても仕方ない。
大神の号令と共に、花組はすぐに光武に搭乗、風組のサポートの元、翔鯨丸に格納され築地へと出撃した。
築地に到着し、モニター越しで見送ったジン、米田、アイリス、風組3人娘たち。
「大神さんたち、大丈夫でしょうか?さくらさんとマリアさんの二人が敵の手中にある状態で…」
「それでも、俺たちは帝都の平和のために戦うことは避けられねぇ」
「でも、このまま戦えば確実にあの二人の身に危険が及びます。刹那があれほど周到な罠を張っていたなら、なおさらです」
「アイリス…刹那大嫌いだよ。さくらにもマリアにも酷いことしてる…」
「ああ、許せないな…!」
刹那のことだ。マリアとさくらの二人の命を盾に、こちらに卑劣な要求を突きつけてくるに違いない。これではまた、先日の戦闘とマリアの誘拐、二の舞どころか三度もの舞を踏むことになる。
「米田さん、僕にも現場に向かわせてください」
「ああ、もちろんわかっている。ジン、地上には月組を待機させている。まずは大神たちに脇侍どもが注意を惹かれている間に合流しろ」
「はい!」
「米田司令!?まさか、ジンさんを直接向かわせるつもりですか!?彼は光武に乗れないんですよ!」
「無茶ですよジンさん!」
「ジン、だめだよ!危ないよ!」
米田のジンに下した命令がよほど予想外だったのだろう。かすみが思わず声を上げた。由里と椿の二人もまた信じられないという視線を彼らに向けた。米田のGoサインもそうだが、ジンが出撃に対して抵抗が全くなさすぎるというのもおかしいと思うばかりだっただろう。
「…うぅん。僕は行くよ。」
しかしそれでジンは止まる気は全くなかった。
「光武があるかどうかなんて関係ない。寧ろ、刹那の注意はそっちに向かっているなら、それを利用して隙を突くことができるはずだ。それに…」
「それに?」
言葉でマリアを救うことは自分にはできない。大神でも間違いなくそれは難しいこと。でも、彼女が身の危険に晒されているところを助けることなら、自分にだってできる。後は、大神に任せればいい。
しょせん…記憶のない自分にできることと言えばそれくらいだ。
「…いや、なんでもない。米田ジン、今から地上へ向かいます」
ジンは地上へと向かうため、翔鯨丸内の指令室を出た。
(…)
それを見ていたアイリスは、複雑さを胸中に抱いた。アイリスはまだ光武を持ってない。現在も紅蘭たち花やしき支部所属の技師の手で調整中だ。つまり戦うことができない。光武なしでもさくらたちは戦うことができるが、アイリスはそうもいかない。ここでじっと待つしかないのだ。
光武がないのに、それでも現場に迎えるジンが、どこか羨ましかった。まだ子供である自分が、疎ましいとも思えた。
「く!」
刹那によって捕まったマリアは、丸三倉庫へと連行された。手足を縛られ、乱暴にも床に放り投げられた彼女は顔を上げる。そこで彼女は目を見開く。
「さくら!」
目に飛び込んだのはさくらの姿だ。身体中から血がにじみ出ており、酷い怪我を負っていることを瞬時に悟った。
「マリア、さん…!?」
意識が戻ったのか、さくらはマリアの方に視線を向け、驚きを示す。まさか彼女まで捕まってしまうとは思わなかったに違いない。酷い怪我を負わされてしまっているが、こちらに受け答えできているくらいの体力は残っていたようで安心した一方で、先ほど刹那から受けた指摘が頭の中で蘇ったマリアは気まずそうに眼を逸らした。
(マリアさんまで捕まってしまうなんて…あたしのせいだ…!)
目を背けたマリアを見て、改めてさくらは自分の現状の不甲斐無さを呪った。
「やぁ、二人とも。気分はどうだい?」
そんな二人の前に刹那が瞬時に現れる。さくらはきっ!と鋭く睨みつけるが、対してマリアの刹那を見る目は、捕まる前までの鋭い気迫が全く感じることはなかった。
「あたしの存在を利用して、マリアさんまで捕まえたのね…!卑怯者!」
「酷いなぁ。寧ろ君はマリアお姉さんを責めるべきじゃないの?」
刹那は自分が恨まれるのは心外だと主張する。
「だって彼女、君を助けるつもりなんか全くなかったんだよ?それどころか君のことなんて全く考えないで僕を殺しに来て…正義の味方が聞いて呆れるよね?」
「ふざけないで!そんな言葉、信じられるわけが…!」
「なら彼女に聞いてみれば?」
噛みつくように刹那の言葉を信じようとしないさくらに、刹那はマリアを指さすように首を軽く、彼女の方にひねって見せる。さくらはマリアを見ると、マリアはさっきからさくらの方に目を合わせようとしなかった。
「マリアさん?」
自分の知る凛々しくカッコいい華撃団の先輩としての姿はそこになかったことに、さくらは違和感を覚える。
「…さくら、ごめんなさい」
マリアは突然謝ってきた。逆にその誠意にさくらは絶句し、たちまち無言になる。
(くくく…これで真宮寺さくらのマリア・タチバナへの信頼は崩れたも同然だな)
面白そうに刹那は笑うと、傍らに二機の脇侍を従えて口を開いた。
「さて、懺悔の時間は置いといて、今から僕らの指示通りに動いてもらおうか…おい、こいつらを別々の場所に運べ」
刹那の命令を受けた脇侍たちは、それぞれさくらとマリアを拘束したまま連行した。
「それじゃ、僕はお出迎えに行くとしよう」
刹那は笑うと、瞬時に影だけを残して姿を消した。
築地に着陸した大神たち花組は途中、脇侍との戦闘もあったものの、さくらとマリアの二人が不在でありながらも彼らの足を止めるほどのものではなく、三人の手で殲滅された。
だが、肝心のマリアとさくらの姿が見当たらない。戦闘が終わり、以前刹那に敗北した地点にてマリアの空っぽの光武が見つかっただけだった。
「やっぱりマリアは刹那に…」
アイリスが感知していた通りの事態だったようだ。姿を消しただけでもこっちがハラハラするのに、本当につかまったとなれば、
「くそが…出てこい小松菜!さくらとマリアに手を出してみやがれ!あたいが徹底的にぼこぼこにしてやる!」
「カンナさん、シリアスなこの状況で小さいボケをかまさないでくださいまし…」
刹那への怒りから血気盛んになるカンナに、拍子抜けしたように冷静になってしまったすみれが突っ込みを入れる。
大神は二人の小さな雑談にやれやれと思いながらも、マリアの光武に目をやる。さっきも見た通り誰も乗っていない。ふと、またいつぞやのように足元にきらりと光るものが目に入る。近づいて拾い上げると、それはマリアが持っていた金のロケットだった。さらわれた際に落としたのだろう。
(確か、アイリスは丸三倉庫にいると言っていたが…)
アイリスの言っていた丸三倉庫の方角に目をやる大神。確か対岸の向こう側に建っているはずだ。
「やあ、帝国華撃団。また来てくれたんだね」
大神たちの耳に、あの声が耳に入る。反射的に三人は河川側に向けて身構える。瞬間、あの憎たらしい小柄な少年が花組の前に姿を現した。
「刹那!今すぐマリアとさくら君を返せ!」
刀を抜いて刹那に向け、義憤を露にする大神に、刹那はどこ吹く風のごとく笑うだけだった。
「そう熱くならないでよ。でないと…マリアお姉ちゃんみたいにみっともなく捕まる羽目になるよ?」
「てめえ!ふざけんじゃねぇ!今すぐぶっとばされてぇか!」
カンナが一歩前に出て、今にも殴りかかろうとする気迫を放つ。
「だから熱くならないでよ。今から大事な話を…大神さん、あなたにしようと思ってたんだ」
「俺に話、だと?」
警戒を解かないまま、大神は刹那の話に耳を傾ける。
「一つチャンスを上げるよ。あなたのお願いをかなえてあげてもいい」
「何?」
非道さをあれだけ露にしたのに、こちらの願いを叶える?三人は当惑する。
「つまり、さくらさんとマリアさんを解放すると?ずいぶんあっさりと返していただけるのですね?」
「慌てないでよ。まだ話は終わってないんだから」
パチンと、刹那は指を鳴らす。すると、彼の後ろの河川に一隻の、光武が一機だけ乗れそうなサイズのモーターボートが流れ着いてきた。
「今から僕とゲームをしようよ」
「ゲームだと…!?」
「そう、この先の倉庫にマリア・タチバナと真宮寺さくらの二人がいる。ただし二人はそれぞれ別の場所にいる。二人を見つけ出し、脱出できれば君たちの勝利だ。ただし……ここから先へ行けるのは一人だけ。当然だけど…君たちが乗っているその鉄くずは置いて行ってもらうよ」
「あなた…この光武を…我が誇りある家、神崎重工の努力の結晶たる光武を侮辱しますか!!」
光武は、すみれの実家が興している企業『神崎重工』の力でくみ上げられた自慢の霊子甲冑だ。すみれにとっても誇りあるもの。それを鉄くず呼ばわりされてすみれは怒りを覚える。
「すみれ君、落ち着くんだ。奴の挑発に乗ってはいけない」
「そう、乗るのはこのボートなんだから」
刹那が短気なんだからぁ、とすみれを笑う。妙にうまいことを言って見せるところも、それも含めてかなりこちらの神経を逆なでしてくる。
「さあどうするの?乗るのかい?それとも乗らないのかい?」
「少尉、これは明らかに罠ですわ!この男の言う通り、本当にあの二人がこの先で捕まっているとは思えません!」
「そうだぜ、あのクソ野郎のことだ。絶対何か企んでるぜ!」
「別に乗らなくてもいいんだよ?そうなったら、あの二人は……せいぜいたっぷり僕のおもちゃになってもらうだけだから。はっはっはっは!!」
下卑た高笑いを上げる刹那。いっそこの場でぶちのめしてやろうとも思えたカンナとすみれだが、大神の光武が一歩前に出た。
「…すみれ君、カンナ。君たちはここで待っていてくれ。俺は行くよ」
「少尉!」「隊長!!」
無謀だ!と言わんばかりに二人は大神を引き留めようとするが、大神は強く決心したまなざしを二人に向けた。
「俺は、マリアのことをまだ理解できていない。その苦しみも、痛みも…何もかも」
目を閉じ、大神は先日の、自分に隊長失格を宣告したときの、そして悪夢の中で自分をどこか悲しげに見るマリアの顔を思い出した。自分は隊長にふさわしくないと言いながらも、今回の彼女らしからぬミスが重なる。
自分の勘が囁いた。彼女はなにかを抱えている。他者に明かしたがらない何かを。
それがなんなのかわからない。だが…
「でも俺は花組の隊長だ。自分の部下のためにも……そして俺自身の正義を示し、帝都を守るためにも、マリアとさくら君を連れて…必ず生きて戻って見せる」
大神は迷わなかった。光武を置いて、刹那が用意したボートに乗って対岸を渡っていった。
二人はすぐに、この事態を翔鯨丸へと連絡した。