今回から新章に突入します!
新章は、「漆黒の闇呀襲来編」となっています。
この名前からわかる人にはわかると思いますが、この章のラスボスは闇呀になります。
どんな関わり方をして、どのような戦いになるかはまだ考えてませんが、激闘にはなると思います。
新章最初の話は、マラソン大会の話となります。
魔戒騎士である統夜は有り余る体力を持っているため、どのような工夫をしてマラソン大会に臨むのか?
それでは、第86話をどうぞ!
第86話 「持久」
長かった夏休みが終わり、今日から2学期に突入した。
統夜にとって、今年の夏休みは、サバックという一大イベントがあったからか、印象の強い夏休みとなった。
講堂で始業式が行われ、それが終わり、休み時間になると統夜たちは廊下で談笑していた。
「夏休み終わるの早過ぎだよぉ」
「たっぷり遊んだだろ?」
「あ……それは……そうなんだけど……」
たっぷり遊んだということが事実だったのか、唯は少し恥ずかしそうにしていた。
「遊んでどうする。受験生だろ?」
「あぅぅ……」
受験生という立場だからか、澪がこう唯をなだめていた。
「だけど、楽しい思い出もたくさん作れたよね♪」
「うん!夏フェスとか、お祭りとか!」
「あと、駄菓子屋さんとかも!」
唯と紬は夏休みの思い出を振り返り、笑みを浮かべていた。
「俺にとってはサバックが思い出深かったかな?」
統夜も夏休みの最大の思い出であるサバックを振り返っていた。
「やーくん、惜しかったよねぇ。もうすぐ優勝だったのに」
「まぁな。本当に零さんは強かったよ」
統夜は決勝での零との戦いを振り返り、改めて零の力を実感していた。
このように夏休みの思い出について話していたその時だった。
「おはようございます!先輩方!2学期始まりましたね!」
こう挨拶をしながら梓がこちらに駆け寄ってきた。
その声色はとても朗らかで、梓の放つオーラは眩しいくらいキラキラしていた。
「うぉ……」
「眩しい……」
梓の生き生きとした表情を見て、唯と律が眩しそうにしていた。
「2学期といえば学祭ですね!ライブですね!」
「なるほど、だからテンションが高いんだな」
統夜は梓のテンションが高い理由を冷静に分析していた。
「ライブ、頑張らなきゃな」
『そうだな。お前ら、悔いのないように頑張れよ』
イルバはカチカチと音を立てて笑みを浮かべながら統夜たちにエールを送っていた。
「……あっ、その前にこれ……」
紬は近くにあったポスターに目を向けたので、統夜たちもそれを見ると、それは「マラソン大会」と書かれたポスターだった。
「マラソン大会!」
「今年もついに来てしまったのか!」
「決めた!私、大学はマラソン大会のない大学に行く!」
「いやいや……普通、大学にそんなのないから」
澪は唯の発言に呆れながらツッコミをいれていた。
「え?」
その事実は唯にとっては衝撃だったようで、驚きを隠せなかった。
『おいおい、そこまで驚くことはないだろ……』
大学にマラソン大会がないことに驚く唯をイルバはジト目で見ていた。
こうして休み時間は終わっていき、統夜たちは教室へと戻っていった。
この日は始業式であったため、授業らしい授業は少なく、この日は終わっていった。
※※※
翌日の昼休み、統夜は購買でパンを購入し、教室に戻ろうとした。
すると……。
「……あっ、月影。ちょっといいか?」
体育教師である坂田に呼び止められ、統夜は足を止めた。
「どうしました?坂田先生」
「今度のマラソン大会だがな、お前、去年もぶっちぎりで暇を持て余してたよな?」
坂田の言う通り、統夜は去年のマラソン大会はぶっちぎりで優勝したのだが、統夜には物足りなかったのか、ゴール後も疲れた様子もなく1人暇を持て余していた。
「そこでだ、月影、今年は男子のコースを2周してみないか?」
「2周……ですか?」
統夜は坂田の提案をおうむ返しのように返していた。
そして……。
(……それでも物足りないな……)
走る距離が2倍になったくらいでは、統夜としても物足りなかった。
魔戒騎士になるため厳しい修行を乗り越えて来た統夜にとって、数キロ程度走るだけなのは鍛錬にすらならなかった。
そこで、統夜はとあることを思いついた。
「坂田先生。俺、2周走ります。後、お願いがあるんですが……」
「お願い?」
統夜は先ほど思いついた提案を坂田に話したのだが、それを聞いた坂田は驚きを隠せなかった。
普通ならマラソンコースを2周しただけでもきついはずなのに、統夜はさらに自分を追い込むことを提案したからである。
「お、お前……それで大丈夫なのか?」
「えぇ。それでも物足りないですけど、それならまだいいかなと」
「……」
坂田は統夜の底なしの体力を垣間見て絶句していた。
「とりあえず、当日はそんな感じで行きますのでよろしくお願いしますね」
統夜はこう坂田に告げると、そのまま教室に戻り、坂田はしばらくの間、その場に立ち尽くしていた。
「……あ、やーくん、おかえり〜」
統夜が教室に戻り、唯たちのもとへやってくるのを見た唯は、統夜に声をかけた。
「おう」
統夜は軽い返事をすると、自分の椅子を唯の席のところまで持っていき、唯たちと一緒に食事するために席についた。
「それにしても遅かったな。そんなに購買が混んでたのか?」
「いや、帰りに坂田先生に呼び止められてな」
「坂田先生に?ひょっとして、マラソン大会のこと?」
「ご名答♪」
紬が坂田の用事を推理すると、それが正解だったので、統夜は笑みを浮かべていた。
「どうしてマラソン大会についての話をしてたんだ?」
「俺は去年のマラソン大会はぶっちぎりだったからな。先生も俺を疲れさせようと必死なんだろ」
「そ、そういえばやーくんって去年はさっさとゴールして暇そうにしてたんだっけ?」
唯たちもその時の統夜の様子を覚えており、そのことを思い出していた。
「まぁな。それで、俺から先生にあることを提案したんだよ」
「あることって?」
「それは当日のお楽しみってことで♪」
統夜はここで話しても良かったのだが、あえて当日まで伏せることにした。
「むぅぅ……今教えてくれてもいいのに……」
統夜が話を秘密にしたのが気に入らなかったのか、唯はぷぅっと頬を膨らませていた。
「まぁまぁ。当日になればわかるから良いじゃない」
ふくれっ面になっている唯を紬がなだめていた。
「そういうこと。ま、その時を楽しみにしててくれよ」
統夜はこう話を終わらせると、購買で購入したパンを取り出し、そのパンを食べ始めた。
統夜かパンを食べ終えたあたりで、昼休みは終わり、午後の授業が始まった。
そして放課後……。
「あぅぅ……。何で42.195キロも走らなければいけないのですかぁ……」
現在、統夜たちはいつものように音楽準備室にいたのだが、唯はもうじき行われるマラソン大会が嫌なのか、このように嘆いていた。
「フルマラソンじゃないんですから。軽く4〜5キロです」
「どっちにしてもたくさん走んなきゃって意味では同じですぅ……」
梓がすぐになだめるのだが、唯は本気でマラソンが嫌なのか、力なく机に突っ伏していた。
『おいおい、年に1回4〜5キロ走るだけだろ?それくらい頑張ったらどうだ?』
イルバは力なく机に突っ伏している唯をなだめるのだが、頑張るという言葉に聞く耳はなかったようだった。
「……そんなに嫌なら、少しでも楽しくするためにこれを着て走れば?他のみんなもどう?」
さわ子は軽音部負の遺産であるさわ子お手製の衣装を取り出していた。
「着ませんから」
「普通に走りにくいだろ」
『コスプレ着て走るとか明らかに不審者の集団だな』
「確かに……。それに全校生徒がこんなのも着て走ったら、来年からマラソン大会はなくなるんじゃ……」
梓のなくなるという言葉に唯が敏感に反応していた。
「そっか!それだ、あずにゃん!いいこと言った!」
唯はガタッと立ち上がり、梓の言葉を賞賛していた。
「何言ってるの。冗談よ、冗談」
(いや……。先生がいうと冗談には聞こえないんだが……)
《統夜、奇遇だな。俺様も同じことを考えていた》
統夜とイルバはこのようにテレパシーでやり取りをしていたのだが……。
「……統夜君?イルバ?言いたいことがあるならハッキリと言った方がいいわよ?」
さわ子は満面の笑みで統夜とイルバを睨みつけていた。
笑顔の方がプレッシャーを感じるのか、統夜とイルバの表情は引きつっていた。
そして……。
「『……申し訳ありません……』」
統夜とイルバは苦笑いをしながらもすぐさま謝っていた。
「お茶入りましたよ♪」
「お、待ってました♪」
紅茶の準備が整い、統夜たちはそのままティータイムに突入した。
紬は全員の前におやつを置くのだが、そのおやつとは……。
「……黒い……」
見た目はゼリーなのだが、そのゼリーは、真っ黒だった。
唯はスプーンで軽くつついでみるが、妙な弾力だった。
そんな中、さわ子は誰よりも早くこの真っ黒なゼリーを一口試食していた。
「……不思議な味……。なんだろう?口の中に広がるこの爽やかな磯臭い香り……」
さわ子はまるでテレビの食レポのように黒いゼリーの味を表現していた。
「マラソン大会に備えて貧血防止に鉄分の補給をと思って。こんぶとひじきのブラマンジェです♪」
「……できれば次からは普通ので……」
さわ子は微妙そうな反応をしていた。
一方、統夜もブラマンジェを一口試食するのだが……。
「……そうか?俺は普通に美味いと思うんだが」
統夜はこのブラマンジェを美味しいと思っており、その後も黙々と食べ続けていた。
唯たちはその様子を呆然と眺め、統夜が味オンチだということを思い出していた。
こうして、この日もあまり練習は行われず、ティータイムばかりが行われていた。
※※※
そして、マラソン大会当日を迎えた。
もしこの日が雨になればマラソン大会は中止なため、唯は雨を祈っていた。
しかし無情にもこの日は爽やかな快晴で、マラソン大会は行われることになった。
マラソン大会開始時間になると、生徒全員がグラウンドに集合し、マラソン大会の開会式が行われた。
選手宣誓を行うのは、生徒会長である和だった。
『……宣誓!私たち選手一同は、スポーツマンシップにのっとり、正々堂々、最後まで走りきることを誓います。生徒代表、3年2組、真鍋和』
和の選手宣誓が終わると、全員で準備体操が行われ、それが終わると走る準備を行った。
唯たちも同じように準備しており、澪と紬は長い髪が邪魔にならないよう、ポニーテールにしていた。
そして、統夜もマラソン大会の準備を始めたのだが……。
「……よっと」
統夜は重そうなリュックを地面に置いていた。
「と、統夜!?何なんだ?その重そうなリュックは」
「まぁ、見てなって」
統夜はリュックを開けて何かを取り出すと、両手首と両足首に何かをつけ始めた。
「……ねぇ、やーくん。今つけてるのはなぁに?」
「これか?これはただの重りだよ。つっても1つ5キロはあるからな」
「ひ、1つ5キロ!?」
統夜がさりげなくとんでもない発言をしており、律は驚愕していた。
1つ5キロということは、両手首と両足首につけているため、統夜は20キロの重りをつけていることになるのである。
「お、おい、統夜。そんなのつけて重くないのか?」
「?これくらいなら平気だけど、重くなきゃ鍛錬にならないだろ?」
統夜は平然と答えると、今度は重そうなリュックを持ち上げ、それを背負っていた。
「統夜、これを聞くのも怖いんだけど……。そのリュックって何キロくらいなんだ?」
「……うーん……。50キロくらいかな?」
「「「「50キロ!!?」」」」
規格外な重さを聞き、唯たちは目を大きく見開いて驚いていた。
両手首と両足首の重りを合わせると、統夜は70キロの重りをつけていることになる。
70キロといえば、おおよそ成人男性の平均的な重さであるため、統夜は成人男性をおんぶしてマラソンに挑むようなものであった。
「ねぇ、統夜君。もしかして、この前話してたのって……」
「あぁ。坂田先生には男子のコースを2周走れって言われたんだけどな。それだけじゃぬるすぎるから重りをつけて走らせてくれって頼んだんだよ。ただ走るだけじゃ鍛錬にはならないからな」
統夜は学校行事であるマラソン大会を鍛錬の手段として用いろうと考えていたのである。
「「「「……」」」」
そんな統夜の話が凄かったのか、唯たちは口を開けてポカーンとしていた。
ちょうどその頃、少し離れたところで走る準備をしていた梓は、そんな統夜の様子を見ていた。
「……統夜先輩……。何であんな重そうなのを背負ってるんだろう?」
わざわざ重そうなリュックを背負う意図がわからず、梓は首を傾げていた。
「……!もしかして、そのリュックには100キロくらいの重りが入ってて、統夜先輩は自分を鍛えるために重りを背負って走るんじゃないの?」
純はこのように推察していたのだが、その推察はほぼ正解だった。
違うのは重さが100キロではなくら70キロだということだけであった。
「……統夜先輩ならやりかねないな……」
梓は統夜が魔戒騎士であることはよく知っているため、重りをつけて走ることくらいはするだろうと思っていた。
「……統夜さん、あんなんでちゃんと走れるのかなぁ……」
憂は重りをつけて走るという普通ならば無謀なことをしようとしている統夜を心配していた。
「私も心配だけど、大丈夫だよ。統夜先輩なら」
「そうそう。むしろあれじゃ足りない!なんて思ってるかもしれないよ」
「もぉ、純ってば。それはさすがにないんじゃないの?」
梓は純の言葉に異議を申し立て、それを聞いた純は「そうだよねぇ!」と言いながら笑い、梓や憂も一緒に笑っていた。
その頃、統夜は……。
(……ちっとは重いけど、まだ足りないな。これで本当に鍛錬になるのか?)
純の予想がドンピシャで当たっており、統夜は重りの重さを感じながらもその重さに対して物足りないと思っていた。
《まぁ、お前さんには少し物足りないかもな。だが、物足りなくてもやりようはあると思うがな》
(そうだよな。まぁ、どうにか鍛錬になるよう走るさ)
統夜はもうちょっと重りの量があっても良いと思っていたが、この重さでも鍛錬になるよう上手く走るつもりだった。
そして、マラソンの開始時刻となった。
スタート地点にはまず女子生徒全員が並び、スタートを待っていた。
今回のマラソン大会は男子と女子ではコースも距離も異なる。
先に女子がスタートし、その5分後に男子が出発することになっている。
大まかなコースは女子と同じなのだが、男子は女子よりも距離が1キロほど長いため、一部は女子の走らない所を走ったりするのである。
『位置について!よーい!』
体育教師である坂田がスタートの合図をすると、女子生徒が一斉に走り出し、女子がスタートした。
スタート地点に誰もいなくなったところで、数少ない男子生徒が並んでいた。
数少ない男子生徒たちは、統夜の重装備に驚いているのか、それを見て唖然としていた。
そんな感じで驚いていると、あっという間に5分が経過した。
『位置について!よーい!』
坂田が再びスタートの合図をすると、男子生徒たちが一斉にスタートし、この瞬間、全校生徒がマラソンをスタートした。
(……っ!走ると思ったよりきついな……。まだまだいけるんだけどな……)
合計70キロの重りは予想以上に重く、統夜は一瞬表情を歪めるのだが、すぐに慣れたようで、男子の先頭を切って走っていた。
スタートしてすぐに男子専用のルートに入るのだが、統夜は難なくそのルートを通り抜け、男女共通である田園地帯に入っていった。
このあたりから女子生徒の姿がちらほらと見えたのだが、そんなことはお構いなしに統夜は走っていた。
重りをつけて走る統夜の姿はかなり目立つようで、統夜に抜かされた女子生徒たちは全員驚きの表情で統夜を見ていた。
田園地帯を越えると、このマラソンコース最大の山場である急な坂道に突入した。
(……これは思ったよりはきついかもな……)
統夜はペースを落とさず坂道を駆け上がっていくのだが、このマラソンの一番の山場なだけあってか、統夜の表情は歪んでいた。
しかし、息があがるほどではなく、統夜は息一つ乱すことなく坂道を最後まで駆け上がった。
(……さて、もうすぐチェックポイントだな)
坂道を越えたらチェックポイントはすぐそこであり、あとはゴールまで一直線である。
統夜はチェックポイントまで移動するのだが、そこで待機していたさわ子は統夜の到着の速さに驚きを隠せなかった。
「ちょ……統夜君、そんな重いの背負ってるくせにどんだけ速いのよ!?」
「これでも遅い方ですよ。こいつがなけりゃ後10分は早くここに来られたでしょうね」
統夜のこの言葉に驚いたさわ子は、目をパチクリとさせており、統夜はテーブルに置かれたスポーツドリンクを一気に飲み干した。
「……それじゃ、さっさとゴールして2周目行ってきます!」
統夜は再び走り出し、ゴールである学校へと向かっていった。
そして、統夜はそれほど時間もかからずにゴールである学校に到着した。
予想以上に統夜のゴールが早く、体育教師である坂田は目を大きく見開いて驚いていた。
「……よし、1週目は終わりっと」
とりあえず一度ゴールした統夜は2週目に向けてウォーミングアップをしていた。
「つ……月影……。これだけ重りを背負ってるのにずいぶんと速いな……」
「いやいや、これでも遅い方ですよ。こいつがなければもっと早くゴール出来ましたよ」
「……」
高校生とは思えない統夜の底なしの体力に坂田は唖然としていた。
「……それじゃあ、2週目、行ってきます!」
統夜は呆然と立ち尽くしている坂田をそのままにして、統夜は再び学校を後にして、先ほどのコースを再び走り始めた。
1週目をかなりのハイペースで完走した統夜は、その分2週目はのんびりと走ることを決めた。
先ほどはじっくり景色を楽しむことはしなかったのだが、2週目からは周囲の景色を楽しみながら走っていた。
特に田園地帯ののどかな風景を統夜は楽しんでおり、重りを背負っていることを忘れて穏やかな気持ちで走っていた。
2週目スタートからここまで他の生徒の姿はなく、全員がコースの半分以上を走っていた。
(……ま、こんだけ時間が経ってれば誰もいないのは当然か。ここを抜けたら例の坂道だけど、完走出来てないやつが何人いるのやら……)
この先には心臓破りの坂が待ち構えていており、体力に自信のない人にとっては、最大の障害になることは間違いなかった。
(まぁ、そろそろ何人か人が見えてくる頃だろ……。あ、いた)
統夜は心臓破りの坂に差し掛かる直前に辛そうに坂道を駆け上がる女子生徒を見つけた。
(……意外だな。唯たちがダラダラと走ってビリだと思ってたんだけどな)
現段階のビリが唯たちではないことに統夜は驚いていた。
特に唯は走るのが嫌いなので、ビリだろうと統夜は予想していたからである。
(……他の子もちらほらといるな。唯たちは坂道を越えたのだろうか……)
心臓破りの坂に苦戦しているのは1人だけではなく、他にも数人が坂道に苦戦していた。
そんな数人も追い越していき、坂道を越えたその時だった。
「……!と、統夜?」
坂道を越えてすぐ、律、澪、紬を発見した。
3人は何故か慌てた表情をしていたので、統夜は首を傾げていた。
「……みんな、どうした?そんなに慌てて」
「と、統夜!大変なんだ!」
「一緒に走ってたはずの唯ちゃんとはぐれちゃって……」
「今、純ちゃんが先生に事情を説明しに行ったんだけど……」
律、紬、澪の3人は統夜に唯がいなくなったことを説明した。
「マジかよ、唯のやつ……」
いなくなったと聞いた統夜は唯を心配していたが、それと同時に呆れてもいた。
「どこで唯とはぐれたんだ?」
「坂の途中までは一緒なんだけど……」
「そうなんだよ!そしたら澪が急に作詞を始めてな」
「だって……。良い歌詞が思い浮かんだんだもん……」
「なるほどな……」
統夜は紬、律、澪から唯がいなくなった時の状況を聞き、少ない情報だけでその時の状況を理解していた。
「……ということは坂の途中で唯とはぐれたんだな?だとしたら、そう遠くへは行ってないとは思うけど……」
統夜が唯の行方を推察していると……。
『おい、統夜。確かこの辺は唯の家の近くだったよな?』
「……確かにそうだ。エレメントの浄化で度々通ってるしな」
『唯の家の近所に唯たちが世話になってる婆さんがいるだろう?そこを調べてみたらどうだ?』
「……お婆さんの家か?」
イルバの提案に統夜は驚きを隠せなかった。
唯の家の近辺だと推察をしていた統夜だが、人の家というのは発想になかったからである。
しかし……。
「……まぁ、手がかりはないし、行くだけ行ってみるか」
「そうね。もしいなかったらその時はまた考えましょう」
イルバの提案に統夜と紬が乗り、律と澪も手がかりが思いつかなかったので、一緒に行くことにした。
こうして統夜たちは坂道まで戻ると坂道を下り、途中の曲がり道を曲がって、そのまま唯の家の近くで、唯や憂が世話になっている一文字とみの家へと向かった。
とみの家がどこにあるか知っていた統夜の案内で、統夜たちはとみの家に到着した。
統夜が家のチャイムを鳴らすと、家の扉が開き、とみが出て来た。
「あら……。あなたたちは、唯ちゃんの……。ちょうど良かったわ。ちょっと待っててね」
統夜たちの姿を見るなり、とみは扉を閉めてどこかへと行ってしまった。
すると、「ゆいちゃ〜ん!お友達が来てるわよ!」というとみの声が微かに聞こえてきた。
『……どうやら、俺様の勘は正しかったようだ』
とみの声を聞いた時点で、イルバの推測が確信へと変わった。
とりあえず統夜たちは唯の居場所がわかったところで唯が出てくるのを待つことにした。
そして、待つこと数分後……。
「まったく……。心配させやがって……。何呑気に栗羊羹なんて食べてるんだよ」
「ごめんなさい!途中で転んで、足を擦りむいちゃったところに、ちょうどお婆ちゃんが通りかかって……。それで、絆創膏を貼ってもらったついでに休憩を……」
唯は事情を説明しているうちに恥ずかしくなったのか、徐々に頬を赤らめていた。
「擦りむいたって、怪我は大丈夫か?」
「少し擦りむいただけだから大丈夫だよ」
唯は絆創膏を貼ってある膝を統夜たちに見せると、統夜たちは安堵していた。
すると……。
「お姉ちゃーん!!皆さーん!!」
純から事情を聞いたであろう憂が、統夜たちを呼びながらこちらに駆け寄ってきた。
「あっ、憂〜!!」
「純ちゃんから話は聞いたんだけど、大丈夫なの?」
「うん、擦りむいただけだから、たいしたことはないよ」
唯は憂にも絆創膏が貼ってある膝を見せていた。
「ホッ……。たいしたことなくてよかった……」
憂は唯の怪我がたいしたことないことがわかり、安堵していた。
「それにしても、憂ちゃんもよくここだってわかったな」
「はい!純ちゃんから坂の途中でいなくなったと聞いた時に、そこはうちの近くだったので、多分お婆ちゃんの家かなと思ったんです」
「へぇ……」
憂の推察がイルバのものとほぼ同じだったため、統夜は驚いていた。
「それじゃあ私は先に学校に戻ってお姉ちゃんは無事でしたって報告しておきますので、皆さんはゆっくりゴールして下さいね」
憂はこのようにつげると、とみの家を後にして、そのまま学校へと戻っていった。
「……出来た妹だな」
「あぁ、そうだな」
統夜たちは、改めて憂が優秀な妹であることを認識していた。
「それじゃあお言葉に甘えてゆっくりゴールしようよ♪」
「……駄目な姉だ」
「……あぁ。俺もそう思う」
統夜たちは唯のあまりのマイペースさに呆れていた。
「……だけど、このままいったらあたしたちは確実にビリだな」
唯がとみの家に行ってしまい、統夜たちはその捜索を行ったため、大きくタイムロスをしてしまった。
「別にいいんじゃない?」
律や紬は最下位でもさほど気にしてはいなかったのだが……。
「……だ、駄目だ!ビリだと目立って恥ずかしいじゃないか!」
目立つのが嫌いな澪は、みんなの視線が集まるであろう最下位になるのを嫌がっていた。
「そこで転んでまたファンが増えたりして♪」
律はニヤニヤしながら澪のことをからかうのだが……。
「……変な予言をするな!!」
顔が真っ青になった澪は、律に拳骨をお見舞いした。
澪の拳骨を受けた律は甲高い悲鳴をあげていた。
(あーあ……。律のやつ、自業自得だな……)
統夜は澪の拳骨を受ける律をジト目で見ていた。
こうして、統夜たちはとみにお礼を言うと、コースに戻り、ゴールを目指して走り始めた。
※※※
そして、統夜たちはどうにかゴールである学校のグラウンドにたどり着くのだが、既に統夜たちを除く全校生徒が、お汁粉を食べながらマラソンの疲れを癒していた。
「……うぅ、やっぱり目立ってる……!」
予想通り、全校生徒の視線が集中しており、澪は顔を真っ青にしていた。
「大丈夫。みんなで仲良くゴールしましょう♪」
紬が澪をフォローすると、梓が「せんぱーい!!」と、統夜たちを呼んでいた。
「早くしないとお汁粉のお餅なくなっちゃいますよ!」
梓は統夜たちにハッパをかけるためにこう言っていたのだが、唯はその言葉にハッとしていた。
それと同時にゴールテープがスタンバイされ、マラソン大会もクライマックスに突入した。
「さて……。みんなには悪いが、1週目をトップで走ったやつがビリとか格好つかないし、先にゴールさせてもらうぜ」
統夜は1週目をトップ通過したプライドからか、唯たちと一緒にビリでゴールするのは良しとせず、ペースを早めて先にゴールをすることにした。
それと同時に、唯の顔が真っ青になっていた。
「……あのお餅!」
「はぁ?」
「私があのお餅を食べたから、お汁粉のお餅が1つ足りなくなって、だから、ビリの人にはお餅がないってことに!」
「何ぃ!?」
唯はマラソン大会の前に偶然さわ子の車に乗せてもらったのだが、その時にお汁粉用のお餅が1つだけ唯の荷物に紛れてしまった。
マラソン大会前日である昨日、唯のお弁当にそのお餅が入っていた。
そのため、唯は自分のせいでお餅が1つ足りないと勘違いをし、ビリの人間にはお餅があたらないと思い込んでいた。
すると……。
「お餅ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
お汁粉のお餅をどうしても食べたい唯が急にペースを上げてきたのである。
「あ、こら!待て!」
律はそんな唯を引き止めようとするが、唯は聞く耳を持たなかった。
「ビリだとお餅がないの!?」
「ビリは嫌だぁぁぁ!!」
紬と澪もビリになるのが嫌だったのか、唯同様なペースを上げていった。
「待てぇい!!」
律も負けじとペースを上げ、唯たち4人はハイペースで統夜に迫っていた。
統夜はそれに気付かず、少しハイペースで走り、悠々とゴールを目指していた。
すると……。
「……!!?嘘だろ!!?」
急にスピードを上げた唯たちに追い越されてしまい、統夜は驚きのあまり顔を真っ青にしていた。
「……つか、そんな体力がまだ残っていたのかよ!?」
唯たち4人の体力は既に限界のハズなのだが、ここまでスピードを上げる体力が残っていることに統夜は驚いていた。
「どこからそんなパワーが!?」
特に唯はいちばんハイペースになっており、そのことに澪は驚愕していた。
「お餅ぃぃぃぃぃぃ!!!」
唯はお汁粉のお餅欲しさに、さらにペースを上げていた。
「そんなにお餅が大事なのかぁ!!」
「う、うぅ……」
紬は意地でペースを上げているのか、頬にいっぱい空気を溜めてふくれっ面みたいになっていた。
「ビリは……嫌だぁぁぁ!!」
4人は統夜を追い抜き、このままだと、統夜のビリが決まってしまうのだが……。
「させるかよぉぉぉぉぉぉ!!」
統夜はビリにだけはなりたくない一心で、本気を出して全力疾走した。
そのため、統夜は全力疾走の唯たちをあっと言う間に抜き去り、早々にゴールした。
そして、唯たち4人は横一列に並び、ほぼ同列でゴールするのだが、澪は途中でバランスを崩してしまった。
澪はそのまま転びそうになり、全校生徒は固唾を飲んでその様子を見守っていた。
すると、澪は華麗な動きでグルグルと前転し、綺麗に着地をしていた。
その様子に全校生徒は驚きの表情で見ていた。
(……おいおい、今の澪の動き、魔戒騎士に勝るとも劣らないぞ……)
《まぁ、偶然とはいえ、確かに驚きだな》
澪の華麗な前転は、魔戒騎士である統夜やイルバを驚かせるものでもあった。
しかし、そんな澪の動きは、普通に転ぶよりも目立ってしまい、何人かの生徒が澪を気遣う言葉をかけていた。
それが恥ずかしかったのか、澪は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていた。
こうして、全校生徒がゴールをし、統夜たちもお汁粉をもらって食べ始めた。
ビリの人の分だけお餅が足りないということは当然なく、お餅は全員にあたった。
「……ビリの人の分もちゃんとお餅が残ってて良かったねぇ♪」
唯はお餅が全員にあたったことを喜びながらお汁粉を頬張っていた。
「当たり前だろ?生徒の人数しかお餅を買ってないとかあり得ないし」
『ま、そこは少し考えればわかると思うがな』
統夜とイルバがこのような話をしていると、澪はお汁粉を食べようとしないでシュンとしていた。
「あぅぅ……。唯の勝手な思い込みのせいでまた……」
唯がお餅が足りないという思い込みをしなければここまで目立つことはなかったので、そこを悔やみながら澪は落ち込んでいた。
「……予感的中♪」
そんな中、律はこの展開を予想しており、澪に聞こえないよう呟くと、笑みを浮かべた。
「……みおちゃん、ごめんね」
「でも、ちょっと楽しかったわね♪」
このマラソン大会は色々あったが、終わってみると紬はこのマラソン大会が楽しかったと感想を言っていた。
「うん!マラソン大会もいいかもね!」
「「「お前が言うな!!」」」
1番統夜たちを振り回した唯がマラソン大会が楽しいと言うことに異議があるようで、統夜、澪、律の3人が同時にツッコミをいれていた。
3人からのツッコミを受けた唯は「エヘヘ……」と苦笑いをしていた。
「ところで、統夜君は良い鍛錬になったの?」
「まぁ、思ったよりはな。だけど、まだまだ余裕だよ」
70キロの重りをして、10キロ以上走った統夜だったが、まだまだ余裕だったのか、まったく疲れた様子はなかった。
「「「「……」」」」
唯たちは、統夜の底なしの体力に唖然としていた。
すると……。
「……あっ、いたいた」
ゴール付近のチェックポイントにいたさわ子が戻ってきて、統夜たちのもとへやってきた。
「あ、さわちゃん!」
「唯ちゃん、心配したわよ。急にいなくなったと聞いて」
「……ごめんなさい、さわちゃん」
「まぁ、唯ちゃんが無事だったから良かったけどね。まぁ、ゆっくりお汁粉食べて休みなさいね」
さわ子は唯の無事を確認したところで再び仕事に戻っていった。
こうして、マラソン大会は無事(?)に終了し、統夜たちはお汁粉を食べながら談笑し、マラソンの疲れを癒していたのであった。
……続く。
__次回予告__
『やれやれ……。梓のやつ、また何か悩んでやがる。陰我を生み出しそうなものではないが、心配だな。次回、「先輩 前編」。さて、梓は悩みを解決出来るのか?』
魔戒騎士である統夜はこれくらいのことをしないと鍛錬にはならないんですね。
このことからも魔戒騎士は凄いということを改めて認識しました。
それにしてもマラソン大会というのはきついですよね。
僕が学生の時はマラソン大会はなかったのですが、長距離を歩くというのがありまして、それはきつかったです。
今回から新章が始まりましたが、新章について活動報告を書いたので、そこも読んでいただけると嬉しいです!
さて、次回はけいおんメインの話で、梓メインの話となります。
再び悩みを抱える梓ですが、その悩みとは何なのか?そして、その悩みを解決出来るのか?
それでは、次回をお楽しみに!