今回は前回の続きになります。
桜ヶ丘高校に留学したイレスですが、彼女が送る学園生活は一体どうなるのか?
それでは、番外編をどうぞ!
桜ヶ丘高校にイギリスから来た留学生がやって来た。
その留学生というのは高校生活に憧れ、1週間だけという条件でこの桜ヶ丘高校に潜り込んできたイレスであった。
統夜は突然留学生としてやって来たイレスに驚愕するが、憧れの高校生活を体験したいと言うイレスの思いを理解し、そんなイレスに協力する事になった。
統夜はイレスの希望で彼女の事を「お嬢」と呼ぶようになった。
それからの統夜はイレスが心配なあまり事ある度にイレスの元へ駆け寄っていた。
そして放課後、イレスはクラスメイトたちとカラオケに行く事になった。
そんな中統夜は一度軽音部に顔を出してから軽音部のみんなも誘ってカラオケへ行く事になった。
こうして音楽準備室に入った統夜はティータイムが始まるなりまるで愚痴のように今日の出来事を語っていた。
「なるほど……。だから統夜先輩はそんなに疲れ果てているんですね……」
「あぁ……そういうことだ」
統夜は紅茶を飲みながらげんなりとしていた。
「アハハ……それは大変だったね……」
唯は苦笑いをしながら紅茶を飲んでいた。
「それにしてもその留学生が番犬所の神官なんだろ?そんな人が外に出歩いたりして大丈夫なのか?」
「まぁ、それは俺も思ったんだけどな」
『あいつは全ての番犬所を総括する元老院に許可を得たみたいだからな。1週間だけという条件付きではあるが』
「どうしてそこまでしてそんな事をするのかしら?」
「おじょ……イレス様は人界の学校生活……特に高校生活に憧れていたんだ。だからこそ自分自身で高校生活を体験してみたくなったんだと思う」
「高校生活に憧れるっていうのはあたしも何か分かる気がするなぁ」
「私もです。高校に入る前は高校生活ってとてもキラキラしてるように見えたんですよね」
「それ私もわかる!」
「うんうん、私も♪」
「あぁ、私もだ!」
どうやら唯たちはイレスが高校生活に憧れてる気持ちを理解できるようだ。
「それでな、イレス様は今クラスメイトのみんなとカラオケに行っているんだよ」
「へぇ、放課後にカラオケとかそれっぽいじゃん!」
「それでな、俺もこの後行く事になってるんだよ」
「そうなんですか……」
「みんなも一緒に来ないか?クラスのみんなも軽音部のみんなも誘ってくれって言ってたからさ」
「そういうことなら私は行きたい!」
「あたしも!!」
「私も私もぉ♪」
唯、律、紬は賛成のようであった。
「おい、練習はどうするんだよ!」
「そうですよ!」
練習をしたいと思っている澪と梓は反対であった。
「えぇ?いいじゃん!こんな機会は滅多にないんだし」
「そうだよ!だってやーくんが普段お世話になってる番犬所の人なんだよ!?」
「そうね。この機を逃したら会える人じゃないわよね」
「「そ、それは……」」
澪と梓は3人の説得に少し心が揺らいだようだ。
『まぁ、たまにはいいんじゃないか?あの女もお前さんたちに会いたがっていたぞ』
「「イルバまで……」」
まさかイルバまで賛成だとは思わず澪と梓は驚いていた。
そして2人はしばらく考え込んで……。
「……そうだな、確かに私もそのイレスって人に会ってみたいな」
「そうですね、私もです」
澪と梓も考えを改めて行きたいと意思表示をした。
「やったぁ!そう来なくっちゃ!」
「それじゃあ片付けをして早速行きましょ♪」
カラオケに行くと決まった所で唯たちはティーセットの片付けを始めた。
その間に統夜は電話で軽音部のみんなもカラオケに参加すると伝えた。
ティーセットの片付けと帰り支度が済んだ所で統夜たちはクラスメイトたちが既にいるカラオケ店、娘娘へ向かった。
※※※
カラオケ店である娘娘に到着した統夜たちは受付でVIPルームに入ってる人と合流したと伝えるとそのままVIPルームへと向かった。
VIPルームへ入ると既に中は盛り上がっていた。
「おっ!早速盛り上がってるな!」
『あっ!月影君と軽音部のみんなが来たぁ!』
今歌を歌っている子がマイクでこう言うと既に集まってるみんなが統夜たちを歓迎していた。
『これはこれは……。なかなかの歓迎ぶりだぜ』
騒々しくて自分の声は聞こえないと判断したイルバは口をカチカチと鳴らしながらこう呟いていた。
イレスは統夜たちを見つけると満面の笑みを向けていた。
「ねぇ、統夜君。あの人が?」
「あぁ、イレス様だよ」
「綺麗な人……」
「あぁ、そうだな……」
「絶世の美女って感じです……」
「それはあたしも思った……」
「えぇ、綺麗です……」
唯たちはイレスの美貌に見惚れていた。
《それにしても、あの女がかなりの年上だったと知ったら驚くだろうなぁ》
(あぁ、それは俺も思ったよ)
イルバと統夜はテレパシーでこのような会話をすると苦笑いをしていた。
「ほらほら、そんなところに突っ立ってないで早く座りなよ」
「あっ、あぁ」
クラスメイトのみんなに促され、統夜たちは空いている席に座った。
本来であればイレスのそばに座る予定だったが、そこは既に埋まっているので統夜たちは空いてる席に腰を下ろしたのだ。
統夜たちが座ったところで今流れてる曲は終了した。
「ねぇねぇ、月影君、曲入れなよ。私、月影君の歌を聞いてみたいなぁ♪」
「あっ、私も私も♪」
「軽音部では月影君歌わないもんね!」
クラスメイトたちは統夜に歌って欲しいと話を振っていた。
「いや、俺は……」
「統夜、私も聴きたいです♪」
「うぐっ……」
イレスまでこう言ってきたので統夜は断るきっかけを失ってしまった。
「わ、わかったよ」
統夜はデンモクを受け取ると、曲探しを始めた。
「俺、歌は上手くないから期待はしないでくれよ」
統夜は曲を探しながら言い訳のようにこう言っていた。
「月影君の歌を聴くの初めてだなぁ♪」
「ねぇ、楽しみ♪」
「えぇ、そうですね♪」
クラスメイトのみんなとイレスは統夜の歌に期待していた。
(そう言えば私たちは統夜先輩の歌を少しだけ聴いたことがあるけど、あの時は上手かったな……)
梓たちは売れる直前だったミュージシャンであるSHUのライブの時、統夜の歌を聞いたことがあった。
その時はそのライブハウスの中にホラーがいて、統夜はその場の混乱を最小限にする為にステージに乱入し、歌を歌ったのである。
(それに、カラオケは一度みんなで行った事もあったよね)
梓たちは以前御月カオルの個展に行った事があり、その後、カオルと食事をする前にカラオケに行った事があった。
その時に統夜も歌を歌ったので梓たちは統夜の歌を聞いた事があるのである。
(何がいいかな……)
統夜は曲選びに悪戦苦闘していた。
女子高生とカラオケに行っているという訳であり、女子高生の流行りが分からないので何を歌っていいのか分からないのである。
(唯たちとカラオケに行った時はここまで迷わなかったのに……)
以前唯たちとカラオケに行った時は軽音部ということもあり、ロック系の曲を多く歌っていた。
なのでそこまで曲のチョイスに悩む事は無かったのである。
統夜がデンモクを操作していると、とあるアーティストの名前が目に止まった。
……「ワルキューレ」である。
(!ワルキューレか。このグループなら今流行ってるはずだし、これにしよう!)
統夜はワルキューレの曲選択に入ると、ワルキューレのデビューシングルである「いけないボーダーライン」という曲を選択し、-6までキーを下げて送信した。
「お!ワルキューレだ!」
「へぇ!月影君ワルキューレ好きなんだね!」
どうやら統夜の曲のチョイスは悪くないようであった。
そして、音楽が流れ始めると統夜は歌い始めた。
「〜〜〜〜♪」
「おぉ!」
「月影君上手い!」
「格好いい!」
「へぇ……」
クラスメイトたちに統夜の歌は好評で、イレスも初めて聴く統夜の歌に聞き入っていた。
(私……。普段は魔戒騎士としての統夜しか見てないけど、高校生の統夜もなかなか悪くないですね♪)
イレスは今まで見た事の無い程穏やかな顔をして歌を歌う統夜を見てイレスは笑みを浮かべていた。
こうして統夜は最後まで歌を歌い切ると、みんなから拍手が送られた。
「アハハ……お粗末さまです……」
統夜は恥ずかしそうにそうとだけ言っていた。
「ねぇねぇ、せっかくだから軽音部のみんなも歌ってよ!」
「えっ、いいの?」
「もちろんだよ!」
「やったぁ!それじゃあ遠慮なく!」
こうして楽しくカラオケを楽しんでいたのだが……。
「統夜、ちょっといいですか?」
イレスが統夜を呼び出すと、2人は店の外へ出て行った。
「統夜……楽しんでるところ大変申し訳ないのですが、指令です」
「!わかりました」
統夜はイレスから直接指令書を受け取ると、魔法衣の懐から魔導ライターを取り出し、指令書を燃やした。
統夜は指令の中身を確認すると、魔戒語で書かれた文章は消滅した。
「統夜、早速向かって下さい。皆さんには私から上手く話をしておきます」
「分かりました。唯たちもいますから、上手く話は誤魔化せると思います」
「そうですね。統夜、頼みましたよ」
「分かりました……あっ、これはカラオケ代です。釣りはいらないので」
統夜はホラー討伐に出かける前にイレスにカラオケ代として5000円札を渡すと、そのままホラー討伐に向かっていった。
統夜がホラー討伐に向かった後、イレスはカラオケの部屋に戻ると、統夜が用事がある為帰った事を伝えた。
そのことにクラスメイトたちは残念がっていたが、統夜がカラオケ代といって置いていった5000円札を見せるとクラスメイトたちは驚いていた。
5000円は高校生がポンと出せる金額ではないからである。
そんな統夜に驚きながら、時間の許す限りイレスたちはカラオケを楽しんでいた。
※※※
ホラー討滅の指令が出された統夜はカラオケを抜け出し、イルバのナビゲーションを頼りにホラーを探していた。
ちょうどその頃、桜ヶ丘某所で1人の女性が1人の男に襲撃され、逃げ回っていた。
「いやっ……!何なのよ!一体!」
恐怖に怯えながら女は逃げ回るのだが、気付けば行き止まりに追い詰められていた。
「そ、そんな……?」
女が行き止まりに愕然としていると、追いかけてきた男が追いついてきた。
「グヘヘ……もう逃がさねぇぜ、こいつぅ!」
男は下衆な笑みを浮かべながら女に近付いていた。
「いや……来ないで……」
男が少しずつ迫りくる中、女は恐怖に怯えていた。
そして男の手が女に触れようとしたその時であった。
「悪いけど、そこまでだ!」
2人の目の前に統夜が現れ、男は動きを止めた。
「あぁん。何だ、このガキ!」
男が突然現れた統夜を睨みつけていた。
「お兄さん……。そういうナンパは良くないですよ。……まぁ、それは相手が人間だったら……ですけどね」
「あぁん!?てめぇ何言って……」
統夜は魔法衣の懐から魔導ライターを取り出すと、魔導火を照らした。
すると、男の瞳には何の反応もなかったのだが……。
「……!」
女の瞳に不気味な文字のようなものが浮かび上がった。
それは、この女がホラーであるという証である。
「お兄さん……。あんな化け物をナンパしようとするなんて趣味がいいですね」
「あぁん!?クソガキ!調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
男が統夜の胸ぐらを掴もうとしたその時だった。
女の体がこの世のものとは思えない怪物へと変化したのである。
「ひぃ!?な、なんだよあれ!?」
「お兄さん、俺の胸ぐらを掴む暇があったら逃げた方がいいんじゃないんですか?」
統夜は男にそう告げると、男は血相を変えて逃げ出した。
「さてと……」
男がいなくなったことを確認すると、統夜は魔戒剣を抜いて構えた。
「おのれ……魔戒騎士……!せっかくの食事を邪魔しおって!」
「やれやれ……。ずいぶんと趣味の悪い事をするもんだ。端から見たら誰もお前が悪党だなんて思わないぞ」
統夜はホラーのやり口に呆れており、ジト目でホラーを見ていた。
『統夜、奴はゴウグ。見た目は素体ホラーだが、ご覧の通り普通の素体ホラーとは違って重装備だ。気を付けろよ』
統夜が対峙しているホラー、ゴウグは、黒の鎧を装備している素体ホラーである。
そのため、防御力は通常の素体ホラーの倍と言われている。
「分かった!」
統夜はホラーの特徴を確認すると、ゴウグに接近し、魔戒剣を一閃した。
すると、ゴウグの体には傷1つ付いていなかったのである。
「なるほど……確かに固いようだな」
統夜はゴウグの体の硬さを確認すると、後方に下がり、距離をとった。
するとゴウグは畳み掛けるかのように統夜に接近して攻撃を仕掛けるが、統夜は魔戒剣を使うことなく無駄のない動きで攻撃をかわしていた。
そして統夜は魔戒剣の一撃はあまり効かないとわかりながら2度、3度と連続で攻撃した。
『おい、統夜!何故無駄な攻撃をするんだ?奴に魔戒剣の攻撃は効かないだろう?』
「あぁ、知ってるよ」
統夜はそう答えながらも魔戒剣を振るうことをやめず、ゴウグは攻撃を防ぐだけで精一杯だった。
『だとしたら何故だ?』
「ストレス発散だよ」
『はぁ!?』
「な!?」
統夜が闇雲に攻撃しているのはストレス発散と知り、イルバは呆れ、ゴウグは驚いていた。
「だって今日は無駄に神経をすり減らしたしな……。これくらいはな」
『やれやれ……。緊張感のない奴だぜ……』
「おのれ……私をただのサンドバッグ扱いするとは……許さん!!」
統夜に見下されていることに激昂したゴウグは衝撃波を放ち、統夜を吹き飛ばした。
「おっとっと……」
統夜は衝撃波を受けて吹き飛ばされると、すぐさま体勢を整えていた。
「さて……。スッキリした所で一気にケリをつける!……貴様の陰我、俺が断ち切る!」
ゴウグを倒すと宣言した統夜は魔戒剣を高く突き上げ、円を描いた。
そこから放たれる光に包まれると、統夜は奏狼の鎧を身に纏った。
「!その鎧……。まさか貴様が噂のソロとかいう奴か!」
ホラー、グォルブを討滅したことで、奏狼の鎧の名前はホラーにも知れ渡るようになっていた。
「へぇ、俺も有名人になったもんだな。それなら……魔界行きの土産に我が名を刻むんだな!」
統夜はゴウグに接近すると、魔戒剣が変化した皇輝剣を一閃した。
その一撃はゴウグの体を真っ二つにした。
「つ……強い……こんな子供が……」
「子供じゃないさ。……我が名は奏狼!白銀騎士だ!」
統夜がホラーに向かって高々と宣言すると、ゴウグの体は爆発し、消滅した。
ゴウグの討滅を確認した統夜は鎧を解除し、元に戻った魔戒剣を青い鞘に納めた。
「さて……。お仕事は終わった事だし、帰るとしますか」
『あぁ、そうだな』
ホラーを討滅し、この日の仕事は終わったので、統夜はそのまま帰路についた。
※※※
翌日、統夜はいつものようにエレメントの浄化を行ってから登校すると、すでにイレスは登校しており、クラスメイトたちとおしゃべりを楽しんでいた。
《……あの調子なら、お前さんが見てなくても問題はなさそうだな》
(そうだな。みんなイレス様と仲良くしたくて一緒にいるんだ。余程のことがない限りはみんなに任せても問題はなさそうだ)
統夜とイルバはテレパシーで会話をしながら席につき、クラスメイトたちと楽しそうにおしゃべりをするイレスの様子を眺めていた。
しばらく様子を見ているとこちらに気付いたイレスが統夜に笑みを向けると、こちらへ来いと手招きをしていた。
なので統夜は席を立ってイレスに歩み寄った。
「統夜、おはようございます♪」
「イレスさ……お嬢、おはようございます」
ついついいつもの癖が出そうになったが、すぐに訂正すると、イレスは満足そうに微笑んでいた。
「月影君、昨日は用事だったの?急に帰っちゃったからさ」
「そうなんだよ。だから昨日はごめんな?だからそのお詫びで昨日は多めにお金を置いといたんだけど」
「びっくりしたよ!月影君ってば5000円をポンと出せるんだもん、」
「そうだよ!月影君ってもしかして結構お金持ち?」
「そんなことはないって」
統夜はそうとだけ答えて苦笑いをしていた。
「お嬢、昨日は楽しかったですか?」
「えぇ♪すごく楽しかったですよ!軽音部の皆さんとも少しだけ話が出来ましたし♪」
「そうでしたか、それは良かったです」
「統夜、私、今日は軽音部に顔を出す約束をしましたので案内を頼みますね」
「はい、わかりました」
このタイミングでチャイムが鳴ったので、統夜たちは自分たちの席に戻っていった。
こうして授業は始まり、休み時間になったのだが、イレスはクラスの人気者であり、彼女の席には常に誰かがおり、楽しげに会話をしていた。
統夜は楽しそうに過ごすイレスを見て笑みを浮かべていた。
(良かった……。イレス様、凄く楽しそうだ……。そんな姿を見る事が出来て凄く嬉しいよ……)
普段は番犬所の神官として魔戒騎士や魔戒法師の前で凛としているイレスが、まるで年相応の少女のようにクラスメイトたちと楽しげに過ごしているのが統夜には嬉しかったのである。
統夜は昨日は過保護な程イレスを見ていたが、この日は自分からイレスに近付くことをしなかった。
呼ばれた時に話をするだけであった。
こうして時は流れて昼休みになった。
この日イレスは昨日のように購買に向かっていた。
「やっぱりすごい人ですね……」
「うん!昼休みは戦場だもん!」
「ねぇねぇ、イレスちゃん。今日は何を狙うの?」
「みんなが美味しいと勧めてくれた3色サンドを」
「おぉ、いいねぇ!それじゃあ頑張っていこう!」
「はい!」
イレスは「ふんす!」と気合いを入れると人混みの中に入っていった。
始めは昨日のように押し返されそうになったものの、気合いを入れて前進し、お目当の3色サンドをゲットすることが出来た。
イレスはその他にフルーツ牛乳を手に取り、そのお金を支払うと、人混みの中から無事脱出した。
「やった……。買えました!」
「やったね!」
「すごいよ!イレスちゃん!」
イレスはともにパンを買いに来たクラスメイトと喜びを分かち合っていた。
その様は番犬所の神官ではなく、どこにでもいる女子高生だった。
統夜は優しい表情でその様子を見ていた。
(頑張りましたね……イレス様……)
統夜もまるで自分のことのようにイレスが無事にパンを買えたことを喜んでいた。
《おい、統夜。感動するのは結構だが、自分のパンは買わなくていいのか?》
「!やべっ!早く買わないと!」
イルバがテレパシーでこう伝えてくれたおかげで本来の目的を思い出した統夜は慌ててパンを買いに行った。
統夜は完全に出遅れたため、人混みはまばらになり、残っているパンもあまり種類はなかった。
(くそっ、もうコッペパンと食パンくらいしか残ってないな……。まぁ、食えるだけマシと思うかな)
パン争奪戦に完全敗北した統夜は仕方なくコッペパンと食パンを購入した。
(せめてアンパンでも残ってりゃ文句はないが、仕方ないよな)
コーヒー牛乳なども売り切れていたので統夜は近くの自販機でジュースを買うことにした。
「統夜、パンは無事に買えたのですか?」
「イレ……お嬢!待っててくれたんですか?」
イレスたちが統夜のことを待っていたと知り、統夜は驚いていた。
「えぇ。今日も統夜とお昼をご一緒したいと思いましたからね」
「月影君、それで、パンは買えたの?」
「一応ね。だけど、いいパンは全滅だったから食パンとコッペパンしか買えなかったけどね」
「そうなんだ。ねぇ、今日も一緒にご飯食べようよ。私のパンを少し分けてあげる」
「いいのか?だけど、それは悪いよ」
「いいっていいって」
「統夜。私の3色サンドも少し分けてあげますよ」
「そうそう、遠慮は無しだよ」
「それなら……遠慮なく♪」
こうして統夜は今日もイレスやクラスメイトたちと一緒に昼食を取り、パンを交換し合ったりもしていた。
※※※
こうして昼休みは終わり、放課後になった。
イレスはこの日は軽音部に顔を出すことになっていたので、イレスは統夜と共に音楽準備室へ向かった。
「よう、来たぞ」
「お、お邪魔します……」
「おっ、来たな」
「イレスちゃん、待ってたよ♪」
「おい、唯!イレス様に何て呼び方をしてるんだよ!」
統夜はイレスが何者か知っている上でこう呼ぶ唯に怒るのだが……。
「統夜、いいのです。私が気軽に呼んでくれと言ったのですから」
「い、イレス様がそうおっしゃるなら……」
統夜はイレスがこう呼ぶことを望んでいると知り、これ以上は何も言えなかった。
「さぁさぁ、統夜君もイレスちゃんも座って♪今お茶を淹れるから♪」
統夜は魔法衣と学生鞄を長椅子に置き、ギターケースをたてかけた。
それを見ていたイレスも学生鞄を長椅子に置いた。
その後、2人は椅子に座ると、紬はティータイムの準備を始めた。
「はい、どうぞ♪」
紬は紅茶を淹れ終わると紅茶をイレスの前に出した。
「これが軽音部の紅茶……。統夜から話は聞いていましたが、楽しみです♪」
目の前にある紅茶にワクワクするイレスの前に今度はケーキが置かれた。
「さぁ♪遠慮なく召し上がって下さい♪」
「はい、いただきます♪」
紬に促され、イレスは紅茶を一口飲んだ。
イレスの反応は……。
「……美味しい……!」
紬が淹れた紅茶はイレスに好評だった。
そして、イレスは目の前にあるケーキを一口頬張った。
「……!これも美味しいです!」
「ウフフ♪喜んでもらえて何よりです♪」
「こんなに美味しい紅茶やケーキは久しぶりです♪ぜひ番犬所に差し入れして欲しいくらいですよ♪」
「い、イレス様。さすがにそれは……」
騎士でも法師でもない人間を番犬所に入れる事が良くないと知る統夜はイレスを窘めていた。
「ウフフ、冗談ですよ。私だってそれがダメだって事は分かっていますから♪」
「そうですよね……それは残念です」
イレスや統夜がいる番犬所に入れると期待した紬はがっくりとうなだれていた。
「あっ、そうだ!これから時々やーくんが差し入れすればいいんだよ!」
「それはいい考えかもな。ケーキはそのまま持って行って紅茶は茶葉を差し入れたら番犬所でもこの紅茶が飲めるもんな!」
唯の出した提案に澪が賛同していた。
「おぉ!それは素敵な考えです!統夜、時々でいいので頼めますか?」
「わ、わかりました」
こうして統夜は番犬所に行く時に時々紬が用意したケーキと紅茶の茶葉を差し入れることになった。
「ウフフ、楽しみが増えました♪」
「あのっ、イレスさんって、普段は番犬所にいるんですよね。出歩くことは出来ないんですか?」
「そうですね。私のような番犬所の神官は統夜のような魔戒騎士や魔戒法師に指令を与えるのが私の仕事ですからね。外に出歩くという事は基本認められていないんですよ」
「それが嫌だと思った事は無いんですか?」
「そうですねぇ……。番犬所の神官というのは誇るべき仕事だと思ったので嫌だと思った事はないです。ですが、私は高校生活というものに憧れていました。ですから、時々番犬所を抜け出して高校生活を見てみたいとは思っていました」
「それでイレスはこの高校にやって来たって訳か」
「はい。全ての番犬所を総括する元老院に1週間だけとの条件でどうにか許可をもらったのです」
「「「「「へぇ……」」」」」
唯たちは何故イレスがこの紅茶に来たのかを知り、驚いていた。
『まぁ、番犬所の神官ってのは変わった奴が多いが、こいつはその中でもかなり変わってるな。高校生活に憧れる神官なんてそうはいないぞ』
「おい、イルバ!イレス様に何てことを!」
統夜はイルバの発した失礼な言葉に怒っていた。
「統夜、いいのです。イルバの言うことは間違ってないですから」
「でも……」
統夜は反論しようとするが、反論の言葉が思いつかなかった。
「だけど、イレスちゃんは高校生活に憧れてたからウチに来たんだよねぇ?だから私たちはこうやって出会えたんだよ!」
「唯……」
「私たちとイレスちゃんじゃ住む世界が違うかもしれないけど、時々は遊びに来て欲しいな♪だって私たち友達だもん♪」
「友達……ですか……?」
「うん!駄目……かな?」
「…………」
イレスはまさかこのような言葉をかけてもらえるとは思っていなかった。
イレスは唯たちの顔を見回すが、唯、律、澪、紬、梓、そして統夜は優しい表情で笑みを浮かべていた。
それはつまり律たちも唯と同じ気持ちだということである。
しかし統夜はイレスを友達として見ている訳ではなく、この状況を優しい表情で見守っているだけである。
「皆さん……ありがとうございます!私、凄く嬉しいです!」
イレスは心の底から喜んでいた。
番犬所の神官として外に出る事を許されず魔戒騎士や魔戒法師に指令を出す毎日。
そんな生活を送っているからか友達と呼ばれる存在はいなかった。
いや、必要ないというのが正しいだろう。
そんな自分ではあるが、彼女たちは自分のことを心の底から友達と思っている。
このような嬉しい気持ちになったのは初めてだった。
(イレス様……良かったですね……)
イレスの事情を知っている統夜はイレスを見て笑みを浮かべていた。
「ささっ、お茶もケーキもまだあるから遠慮しないでくださいね♪」
「はいっ♪」
こうしてイレスは今までにない程楽しい気持ちでティータイムを楽しんでいた。
1時間程ティータイムを楽しむと、イレスは番犬所に戻らなければならない時間となった。
統夜もこの日は番犬所に用事があったので、イレスと統夜は共に音楽準備室を後にすると、番犬所へと向かった。
番犬所に到着した統夜は、魔戒剣の浄化を行った。
この日はホラー討伐の指令はなかったので統夜は魔戒剣の浄化が終わると番犬所を後にした。
「……ウフフ……。友達ですか……。そんな言葉をもらうのは初めてだったから、嬉しかったです……」
イレスは番犬所に戻り、神官の服に着替えのだが、唯が言ってくれた言葉を思い出し、笑みを浮かべていた。
「?イレス様、如何致しました?」
「へ?い、いや。何でもないのです!」
「そうですか?それなら良いのですが……」
付き人の秘書官に今の気持ちを悟られそうになったのでイレスは慌てて話を誤魔化していた。
「フフ……。無理に行った留学でしたけど、行って良かったです……。明日も、本当に楽しみです♪」
イレスは桜高の制服を眺めながら笑みを浮かべていた。
こうしてこの日は終わっていった。
翌日以降もイレスは学校に通い、イレスは多くの友達に囲まれながら実りある学校生活を送っていた。
普通の学生と同じ授業を受け、昼休みは良いパンを求めて購買を訪れ、クラスメイトたちと昼食を楽しんだ。
そして放課後は、クラスメイトたちと共にアミューズメント施設でバッティングコーナーのバッティング体験をしたり、ゲームやボーリングなど、高校生が楽しんでいることを楽しんでいた。
こうして1週間はあっと言う間に経過し、イレスは番犬所の神官といういつもの日常に戻っていった。
そんなイレスであるが、この1週間、多くの友達と過ごした日々はイレスにとって何者にも変えがたい思い出になった。
統夜は楽しそうにしているイレスを見て、こんな当たり前な幸せを魔戒騎士として守っていきたい。
こう心に強く誓いを立てたのであった。
……完
イレスの高校生活が無事に幕を下ろしました。
番犬所の神官であるイレスですが、実りある学園生活を送ることが出来て、かなり幸せだったと思います。
イレスは多くの友達が出来たものの、もう会う事はないというのはかなり切ない物がありますが、イレスにとっては最高の思い出になっています。
そして今回は申し訳程度に戦闘シーンもいれてみました。
ホラー相手にストレスをぶつける統夜(笑)魔戒騎士として一人前になってもまだまだ子供だなと感じる瞬間でした。
ちなみに今回もワルキューレの曲が出てきました。
この世界のワルキューレはマクロスの歌を歌う歌手ではなく、普通のアイドルグループという設定になっています。
そして次回も番外編になります。
番外編は後2話か3話くらい続ける予定です。
それでは次回をお楽しみに!