今回からいよいよ卒業式に突入します。
統夜にとっても、高校生として最後の1日となりますが、どのような卒業式となるのか?
それでは、第117をどうぞ!
卒業式前日、統夜たちは登校日ではなかったのだが、桜ヶ丘高校を訪れていた。
卒業式前日は学校で過ごしたいという思いがあったからである。
統夜はエレメントの浄化があったため昼からの合流であったが、同じように過ごしていた。
その中で、統夜たちはやり残したことを探し、それをこなすことで悔いなく卒業出来るよう努めていた。
梓が合流した後、統夜たちは放課後ティータイムの曲全部をカセットテープに録音する作業を行っていた。
何か形として残したいという思いがあったからである。
その録音が終わって、統夜たちは解散した。
そして翌日。この日は卒業式である。
そんな中、統夜は朝早くに番犬所を訪れていた。
イレスに卒業の挨拶をするためである。
「あら、統夜。こんな時間に珍しいですね。どうしたのですか?」
「はい。今日は卒業式ですので、イレス様に卒業の挨拶をしようと思いまして」
「そうですか……。統夜ももう卒業なんですね……。何かあっという間でしたね」
統夜を桜ヶ丘高校に入学するよう推薦したイレスは、感慨深い思いがあるのかしみじみと呟いていた。
「俺はイレス様のおかげで守りし者の何たるかがわかり、大切な思い出もたくさん出来ました。だから、イレス様には本当に感謝しております」
統夜は心からイレスに感謝をしており、それはいくら言葉を尽くしても足りないくらいであった。
そのため、統夜は深々と頭を下げることで、その感謝を表現していた。
「統夜。頭を上げて下さい。私もあなたに感謝しているのですから」
「え?イレス様が俺に……ですか?」
イレスからの思いがけない言葉に驚いた統夜は頭を上げたのであった。
「はい。私はあなたに感謝しているんですよ。あなたのおかげで憧れの高校生活について色々と知ることが出来たのですから」
イレスは人界の生活……特に高校生活に憧れていた。
そのため、統夜を桜ヶ丘高校に入学するよう薦め、さらに自分も留学生として桜ヶ丘高校に潜り込み、高校生活を楽しむきっかけも得る事が出来たのであった。
「統夜。だからこそ、今日の卒業式は胸を張って臨みなさい。この学校に行って良かったと噛み締めながら……」
「……はい!」
こう答える統夜の顔は、とても凛々しく、清々しいものだった。
そんな統夜の顔を見ていたイレスは、統夜が心身共に成長したことを実感していた。
様々な出来事や困難が、統夜を魔戒騎士だけではなく、1人の男としても大きく成長させたのである。
そんな一人前の男の顔をした統夜を見ながら、イレスは優しい表情で笑みを浮かべていた。
「……イレス様。これから唯たちと待ち合わせをしていますので、この辺で失礼します」
「あら、珍しいですね。唯たちと登校ですか?」
「はい。今日が最後ですから、俺も一緒でみんなで登校したいと言われまして」
「そうですか。だったら早く行くといいですよ。みんなにもよろしくお伝え下さい」
「わかりました。それでは失礼します」
統夜はイレスに一礼すると、番犬所を後にして、そのまま唯たちとの待ち合わせ場所へと向かった。
その待ち合わせ場所は番犬所からさほど遠くはなく、すぐに到着した。
統夜が到着した時には、律、澪、紬の3人が揃っていた。
「……あっ、統夜君来た!」
「統夜ぁ!遅えぞお!」
紬が統夜の姿を見て表情が明るくなり、律はぷぅっと頬を膨らませていた。
「おいおい。時間通りに来ただろうが。それに、番犬所に寄ってたからな」
「あれ?番犬所に何か用事があったのか?」
「まぁな。イレス様に卒業の挨拶をしに行ったんだよ」
「なるほどな」
澪たちは今日、統夜はエレメントの浄化をしないと聞いていたため、何故統夜か番犬所に行ったのか疑問だった。
しかし、その理由を聞いて、澪は納得していた。
「……それにしても、唯はやっぱりまだ来てないんだな」
今はまだ唯の姿はないのだが、そのことに統夜は驚いてはいなかった。
『やれやれ……。今日は卒業式だというのに何をやってるんだか……』
もうすぐ待ち合わせの時間が過ぎようとしていたため、イルバはこの日も遅刻しそうな唯に呆れていた。
その時だった。
「あれ?メールだ……」
律の携帯が反応したようなので、律が携帯を取り出すと、どうやらメールが来てるようだった。
「あ、唯からだ」
さらに、そのメールの送り主は唯だった。
その内容とは……。
「……は?鮭に痛てて?」
唯から来たメールは、「鮭に痛てて」という、訳のわからない文章であった。
「……鮭に痛てて……。唯のやつ、訳わからないことを……」
統夜はよくわからないメールを送った唯に呆れていた。
『……おい。これって先に行っててってことじゃないのか?それならそのヘンテコな文章も納得だぜ』
「おぉ!なるほどな」
「確かに、そうかもしれないわね」
イルバが唯から来たメールの意味を推測していたのだが、そのことに統夜と紬は賛同していた。
「どうする?それじゃあ先に行ってるか?」
「いや、もうちょっとだけ待ってようぜ」
こうして統夜たちは後5分程待って、唯がそれでも姿を現さなければ先に行くことにした。
そして5分後、唯は姿を見せなかったので、先に行こうとしたのだが……。
「……ねぇ、みんな!あれ、唯ちゃんじゃない?」
「「「え?」」」
どうやら紬は唯を見つけたようであり、統夜、澪、律の3人は、紬が指差す方向を見ていた。
すると、家からここまで全力疾走してきたのか、息を切らしている唯の姿を発見した。
唯は落ち着いてから統夜たちの姿を発見したようで……。
「みんなぁ!ごめぇん!!」
唯は半ベソの状態で統夜たちに駆け寄っていた。
「早く起きて、ギー太触ってたらこんなことにぃ!」
どうやら唯は、ギターの練習に夢中になったことで、遅れてしまったようだった。
「アハハ……。お前らしい理由だな。だけど、急がないと遅刻だからな。みんな、急ぐぞ!」
統夜は遅刻を免れるために走り出し、律たちもそれを追いかけるように走っていった。
大慌てで統夜たちは桜ヶ丘高校へ向かうのが、たまたま近くでエレメントの浄化を行っていた戒人が、その様子を見守っていた。
「やれやれ……。随分と慌ただしいな……」
戒人は今日が卒業式だということは聞いているため、そんな日に、慌ただしく学校へ向かっている統夜たちを見て苦笑いをしていた。
「まぁ、あいつららしいと言えばらしいのか……。卒業式、悔いのないように過ごせよ」
戒人は穏やかな表情で笑みを浮かべると、そのまま続けて浄化を行うオブジェへと移動を開始したのであった。
※※※
統夜たちが大慌てで桜ヶ丘高校へ向かっている頃、統夜たち3年2組の教室には、統夜たちを除く全員が集まっていた。
そんな中、さわ子が教室に入ってくると、そのまま教壇へと移動していた。
「おはよう。みんな揃ってるかしら」
さわ子は出席の確認を取るのだが……。
「揃ってませーん!」
「秋山さんと琴吹さんと田井中さんと平沢さんと、あと月影君が来てません!」
「え?まったく……あの子らは……」
この時統夜たちは玄関に来ていたのだが、この時点では遅刻するかしないかの瀬戸際であり、さわ子は呆れ果てていた。
その頃、梓は憂や純と共に講堂へと向かっていた。
その手には、卒業生の胸につける花が握られていた。
「とうとう卒業式だねぇ」
「うん」
「はぁ……。先輩たちともお別れだよぉ……」
「……!」
梓は純の口にしていた“お別れ”という言葉に過剰に反応していた。
「……う、うん……」
このように相槌を打つ梓は少しばかり浮かない表情をしていた。
しばらく歩いていると、統夜たちが大慌てで階段を上がり、自分たちの教室へ向かって行く様を見かけた。
「おぉ!さすが軽音部だね!ギリギリで生きてる感じ!」
「うん……そうだね……」
梓は階段の方を見つめながらぼぉっとして歩いていたのだが、よそ見をしていたからか、目の前に壁があることに気付かず、そのまま壁に激突してしまった。
「あでっ!!」
「「な、何!?」」
梓がいきなり変な声を出していたため、純と憂は驚いていた。
「いったぁ……。ぶつけたぁ……」
梓は額を強打してしまったため、両手で額を抑えていた
思わぬアクシデントが発生してしまい、梓たち3人は講堂に向かう前に保健室へ向かうことになった。
そこで梓は、額に絆創膏を貼ってもらったのであった。
「たいしたことなくて良かったね、梓ちゃん」
「うん……。だけどこれ、けっこう目立つよね?」
「前髪で隠れるから大丈夫なんじゃない?」
「そうかなぁ……」
梓は額に貼られた絆創膏が気になっていたのだが、純がそんな梓にフォローを入れていた。
「だけど、こんな日に怪我するなんて……」
梓は卒業生前に怪我をしてしまったことにしょんぼりとしていた。
「卒業式、無事に終わるといいよねぇ」
純は卒業式の最中に何かが起こるのではないかと予想していたのだが、そんな純の言葉を聞いて、梓の顔は真っ青になっていた。
梓の手当ても終わったので、梓たちはそのまま講堂へと向かっていった。
その頃、統夜たちはどうにか教室に到着したのだが、集合予定時間ギリギリに到着し、何とか遅刻は免れていた。
しかし……。
「「「「「すいませんでした!」」」」」
自分たちだけ遅かったのは事実なため、統夜たちは謝罪をしていた。
「まったく……。何やってるのよ、あなたたちは……」
さわ子はそんな統夜たちに怒りはしなかったのだが、呆れ果てていた。
「アハハ……。本当に申し訳ございません……」
統夜は苦笑いをしながら、5人を代表して、再び謝っていた。
すると……。
「……あれ?ひ、平沢さん!」
「へ?」
「それ、穴が開いてるわよ!」
さわ子は唯の足元に違和感を感じて見ていたのだが、すぐにタイツに穴が開いていることを見抜いていた。
「そ、そうだ!朝来る時に転んじゃって」
唯は学校へ来る道中に1度転んでしまい、それが穴が開いてしまった原因だった。
唯は新しいタイツに穴が開いてしまい、ショックを受けていた。
「どうしよう……」
卒業式に穴の開いたタイツで出る訳にはいかず、さわ子はどうするべきかわからず途方に暮れていた。
すると……。
「大丈夫です!憂から替えのタイツを預かってますから!」
タイツに穴が開いてしまったことを聞いていた和は、立ち上がると、学生鞄から替えのタイツを用意していた。
《う、憂のやつ、そうなると予想するとかエスパーかよ!?》
(た、確かにそうだよな……)
イルバと統夜は、タイツに穴が開くという事態を予想していた憂に驚きを隠せなかった。
こうして唯と和はタイツを替えるために、教室を後にした。
さわ子がそんな唯と和が出ていったドアの方に気を取られていると……。
「……ねぇねぇ、あとりっちゃんたちだけだよね?先生の寄せ書き書いてないの」
クラスメイトの1人が1枚の色紙を律に手渡していた。
「あぁ、ありがとう」
律は色紙を受け取ると、さわ子の隙をついて、寄せ書きを書き始め、統夜、澪、紬もそれに続いて書いていた。
あと書いてないのは唯だけだが、後で合流した時に書かせるつもりだった。
こうして、統夜たちも講堂へ移動する時間となったため、講堂へと向かって行った。
※※※
講堂の前には、統夜たち卒業生と在校生が集まっていた。
ここで何が行われるかと言うと……。
「それでは、在校生は卒業生に花をつけて下さい!」
先生の指示により、在校生たちは自分の手にしている花を卒業生の制服の胸ポケットあたりにつけ始めていた。
そのため、「おめでとうございまーす!」と言った声があちこちから聞こえてきた。
しばらくその作業が行われていると、唯と和も合流し、在校生に花をつけてもらっていた。
そして、統夜は在校生の男子生徒に花をつけてもらっていた。
この学校の男子生徒は少ないのだが、出来るだけ男子は男子の花をつけるように先生たちが計らっていた。
「月影先輩、おめでとうございます」
「あぁ、ありがとな」
統夜は穏やかな表情で笑みを浮かべながら、花をつけてくれた男子生徒にお礼を言っていた。
花をつけてもらった統夜は、そのまま律たちと合流し、他愛のない話をしていた。
その頃、梓は在校生として、卒業生の先輩に花をつけていた。
「おめでとうございます」
「ありがとう」
梓は花をつけ終えたあと、少し離れたところで楽しそうに談笑している統夜たちの姿を見つけた。
そして、憂いを帯びた表情でその様子を見つめていた。
自分だけ在校生であるため、あの輪の中に入れないことに寂しい気持ちになっているからである。
その時、突如強い風が吹くと、梓の前髪が上がってしまい、絆創膏が丸見えになってしまった。
梓はそれを慌てて両手で抑えていた。
そして、卒業生全員が花をつけてもらったため、全員が講堂の中へと入っていった。
統夜たちもそれに続いて入ろうとするのだが……。
「あっ、そうだ、唯。これ書いて。さわちゃんへのサプライズプレゼント。みんなの寄せ書き」
律は隠し持っていた色紙を取り出すと、それを唯に渡していた。
「おいおい。持ってきたのかよ」
「エヘヘ……」
色紙を持ってきたことに統夜が呆れ、律が照れ笑いをしていたその時だった。
「田井中さんたち!早く中に入りなさい!」
「「「「「は、はーい!!」」」」」
統夜たちはこう返事をして、唯は慌てて色紙を後ろに隠していた。
「……ん?何してるの?」
「な、なんでもないよ!」
統夜たちはさわ子に色紙を見せないようさわ子の方を見ながら講堂へと向かっていた。
すると……。
「……あっ、月影君!」
突如さわ子に呼ばれ、統夜はビクンと肩をすくめていた。
「は、はい!なんでしょうか?」
「その指輪……。式の時は外しなさいね」
他の先生たちも見ている手前、イルバとは言えなかったさわ子は、このように注意をしていた。
「は、はい!わかりました!」
統夜は慌ててイルバを外すと、制服のポケットの中にしまった。
(イルバ。卒業式の間だけ勘弁な)
《やれやれ……。仕方ないな……》
ポケットの中は居心地が良くないのだが、イルバは渋々ポケットの中にいることを了承していた。
こうして統夜たちはさわ子から逃げるように講堂の中へと入っていった。
「これ……式の間どうしよう?」
「あっ、団扇にするのはどう?」
「おいおい、それじゃあっさりバレるだろ……」
紬は冗談でこの提案をしたのだが、そんな紬を統夜はジト目で見ていた。
「さわちゃんに預かってもらおっか」
「ダメだろ」
「つか、それじゃサプライズの意味がない」
唯の言葉は本気か冗談かわからなかったが、澪と統夜がツッコミを入れていた。
「あ、そうだ!こうやって持っておくよ!」
唯はお腹の部分に色紙を隠し、式の間はそうやって隠し通すつもりだった。
「まぁ、それしかないよなぁ」
「魔法衣があればそん中に入れられるけど、教室に置いてきたからな……」
魔法衣の裏地にしまうのが確実な手段だったが、羽織っていたら確実に注意されると思い、教室に置いてきたのであった。
「ごめんよ」
この色紙を持ってきてしまった律は、申し訳なさそうにしていた。
「大丈夫だよ!それよりもさぁ、なんか講堂がいつもと違うよ!」
唯の指摘通り、講堂はいつもの感じではなく、完全に卒業式仕様となっていた。
「卒業式……なんだねぇ……」
唯はいつもと違う講堂を見て、自分は卒業するんだと改めて認識していた。
こうして統夜たちも自分の席に座り、卒業生や在校生だけではなく、卒業生の保護者も席についていた。
そして、卒業生が始まる時間となった。
『それでは、第85回桜ヶ丘高等学校卒業式を執り行います』
この卒業式の司会を務める先生が開式の宣言をしていた。
『学校長式辞。起立』
司会の先生の合図で全員が立つのだが、唯は隠してある色紙を気にしているため、両手でお腹を押さえながらゆっくりと立っていた。
そして、座る時も同様にお腹を押さえていた。
律、紬、澪、統夜は唯のことを心配していたため、校長の話がまったく耳に入ってこなかった。
《やれやれ……。色紙なんぞ持ってくるから無駄な心配をするんだろうが》
(まぁ、そう言うなよ、イルバ。どうにか式の間だけはやり過ごさないと……。だけど、気になって集中は出来ないけどな)
《まったく……》
統夜だけではなく、律、紬、澪も式に集中出来てないようであり、イルバはそんな統夜たちに呆れていた。
そんな中……。
(……ん?みんな、唯ちゃんのことを気にしてる……。一体何があったの?)
唯の席周辺の人たちが唯のことを気にしている素振りを見せていたため、さわ子はそれを気にして唯のことを凝視していた。
さわ子が唯のことを気にしているうちに、校長の話が終わっていた。
『一同、起立』
司会の先生の言葉で全校生徒は立つのだが、唯は再びお腹を手で抑えて立っており、さわ子はその瞬間を見逃さなかった。
(も、もしかして、お腹が痛いとか?いや、さっき何かを隠してた。何を……?)
お腹を手で抑えているところだけを見ると腹痛なのかと思ってしまうのだが、さわ子は、統夜たちがコソコソしていたことを見逃さなかった。
何を隠しているのかさわ子は考えていたのだが、すぐに何かを推測し、ハッとしていた。
(ま、まさか……!お菓子……?ギター……?もしかしてトンちゃん!?)
さわ子はこれだけのことを考えていたのだが、どれも違うだろうと小さく首を振っていた。
だが、唯が何かを隠しているのは間違いないと判断し、それが何か気になっており、唯のことを凝視していた。
そんな中、統夜と澪は、唯のことを凝視しているさわ子を発見してハッとしていた。
統夜はクラス唯一の男子であるため出席番号は1番であり、澪は女子の出席番号1番であるため、隣なのであった。
「……な、なぁ、統夜」
「そうだな。さわ子先生、唯のことを気にしてるな」
「こ、これはまずくないか?」
澪と統夜は小声で話をしており、さわ子が唯のことを気にしていることに焦りを見せていた。
『卒業生、起立』
卒業証書授与が行われるため、3年生は全員起立していた。
「……ねぇ、唯に伝えてくれない?さわ子先生が心配してるって」
「唯にね?わかった」
澪は隣に座っている子に伝言ゲームのような形で唯への言葉を伝えてもらい、澪の伝言は紬へと渡り、律へと渡り、そして唯へと伝わっていったのだが……。
「……唯ちゃん。澪ちゃんから伝言。さわ子先生が失敗してるって」
「ほえ?失敗?」
どこでこうなったのかはわからないのだが、心配という言葉が失敗という言葉に変わってしまい、このように唯へと伝わってしまった。
これはまさに伝言ゲームの失敗例なのだが、唯は澪からの伝言を聞いてハッとしていた。
(さ、さわちゃん!何を失敗したの?それも、何で私に?み、みおちゃん……何を伝えたいんだろう……)
澪からの伝言の意図が理解出来ず、唯は困惑していた。
着席と指示が出たため座り、唯が困惑しながらしどろもどろしていると……。
『卒業生答辞』
「はい!」
和が卒業生を代表して答辞を読み上げるため、返事をするとその場で立ち上がっていた。
そして、ステージに上がると、和は答辞を読み始めていった。
さわ子は未だに唯のことを気にしていたが、和の答辞が始まると、渋々ステージの方を見ていた。
こうして和は最後まで凛とした表情で答辞を読み上げ、さらに式は進んでいった。
そして、どうにか卒業式は終了し、唯はさわ子にバレることなく、色紙を隠し通すことに成功した。
「みんな!守り抜いたよ!」
「良かったわぁ♪」
「式の間、気になって仕方なかったよ」
「俺も……。全然式に集中出来なかったよ」
どうにかさわ子にバレることはなかったのは良かったのだが、澪や統夜はハラハラしていたため、式に集中することが出来なかった。
「私も気になって仕方なかったよぉ。みおちゃん、さわちゃんの失敗って何?」
「え!?私は、さわ子先生が心配してるって……」
「そうなの?」
「私のところまでは心配だったわよ」
紬のところまではどうやらしっかりと伝わっていたのだが、紬がこの話をした途端、何故か律はしどろもどろとしていた。
「ま、まぁいいじゃん!」
「……間違えたのはお前か」
澪は、律がわざと間違えたと見抜いて、ジト目で律を睨んでいた。
「それで、唯は書いたのかな?色紙は」
「まだだよぉ」
「早く書きまちょうね」
律は何故か赤ちゃん言葉で唯に早く寄せ書きを描くよう促していた。
「唯ちゃん、これ使って♪」
「ありがとぉ♪」
紬は持っていたペンを唯に渡すと、唯は早々に寄せ書きを書いていた。
こうして唯が書いたことで寄せ書きは完成したのだが……。
「……あなたたち、1度教室に戻って。卒業証書を渡すから」
さわ子が背後から声をかけてきたため、唯は慌てて色紙を隠していた。
「は、はーい!」
「それはそうと唯ちゃん。式の最中何をしてたの?」
「べ、別に?」
「嘘。気になって卒業式に集中出来なかったじゃないの」
さわ子もまた、何かを隠してた唯が気になっていたため、卒業式に集中出来なかった。
「守ってました!」
「何を?」
「それは後でわかるって♪」
「今言いなさい。今!」
「教室に行きましょう♪さわ子先生♪」
「そうそう。早く行こうぜ!」
「あっ、ちょっとぉ!」
さわ子は唯の守ってたという発言を追求しようとしていたが、紬や統夜に上手く言いくるめられ、共に教室へと向かうことになった。
※※※
こうして統夜たちはさわ子と共に教室へと戻ってきた。
卒業式が終わり、続いて行われるのは教室にて全員分の卒業証書の配布が行われていた。
統夜は受け取った卒業証書をジッと眺めていた。
《……こいつを受け取ったとなると、お前さんもようやく卒業だな、統夜》
(そうだな。今になってようやく実感してきたよ。卒業するんだなってな)
卒業証書を受け取ったことで、統夜は自分がこの学校を卒業するということを実感していた。
「みんな、卒業証書に名前の間違いはないわね?各自確認したら、大事にしまっておいてね」
さわ子がこのような指示を出すと、統夜たちはそれぞれ卒業証書を専用の入れ物である筒の中へとしまっていた。
「……それでは、皆さんの高校生としての生活は、以上をもって終了となります。えっと……。私にとっては初めて受け持ったクラスでしたが、みんな元気でこの日を迎えることが出来て良かったです」
(……あぁ、そうだな。この日までどうにか生き延びることが出来たし、本当に良かったよ)
魔戒騎士である統夜は、ホラーとの戦いで負傷することもあったのだが、どうにかこの日を迎えることが出来て、統夜は穏やかな表情で笑みを浮かべていた。
「卒業してもみんな……。元気でね」
さわ子の送った言葉は簡潔ではあるが、気持ちが込もっていた。
そして、穏やかな表情で教え子たちの顔をジッと眺めていた。
「じゃあ……解散」
挨拶も終えて、卒業式の日程はこれで完全に終わったと思われたのだが……。
「先生!あの、私たちから、先生に感謝を込めて、渡したいものがあります」
「え?」
統夜のクラスメイトで黒い髪の長髪で眼鏡をかけている高橋風子がそう言って立ち上がると、思いがけない言葉にさわ子は驚いていた。
「えっと……今持ってるの誰だっけ?」
「はい!私だよ!」
さわ子へ贈る色紙は唯が持っているため、唯は大きく手を上げていた。
「じゃあ、唯ちゃん。贈呈お願いします」
唯はさわ子のいる教壇へと移動すると、持っていた色紙をさわ子に手渡した。
「山中先生!お世話になりました!」
「もしかして……式の間持ってたのは……」
「これです!」
「……ありがとう」
さわ子はここでようやく唯が隠し持っていたのが自分の受け取った色紙だとわかり、驚きながらもお礼を言っていた。
「……大切にするね!」
さわ子のこの言葉を聞くと、歓声のような嬉々とした声が聞こえてきた。
「私……私こそ、本当にありがとう!初めての担任がこのクラスで良かった!」
さわ子にとってこのクラスは理想のクラスであり、そのことを今日改めて実感していたのであった。
「卒業しても遊びに来てね」
さわ子は統夜たちの顔をジッと眺めると、大きく息を吸った。
そして……。
「お前らが来るのを待ってるぜ!!」
何故かDEATH DEVIL時代のキャサリンを彷彿とさせるように叫んでいた。
唐突なさわ子の豹変ぶりに統夜たちはリアクションに困っており、「よっ、さわちゃん……」としか言うことが出来なかった。
こうして、卒業式の全日程は終了したのであった。
卒業式の全日程終了後、統夜たちはクラスメイトたちと記念写真の撮影を行っていた。
「ありがとね!」
「おう、こちらこそありがとな!」
写真を撮るのは和が担当しており、統夜たち軽音部と、何人かが一緒に写真を撮っていた。
すると……。
「あ、あの……。私も軽音部と一緒に……いい?」
このように統夜たちに話しかけてきたのは、クラスメイトであり、ポニーテールに眼鏡をかけており、クラスの中でも大人しい少女だった宮本アキヨだった。
「もちろん!」
「はい!真ん中真ん中!」
「あ、ありがとう……。月影君は違うけど、他のみんなは同じ大学に行くんでしょ?これからも音楽続けてね」
アキヨは他のクラスメイト同様、軽音部の音楽のファンであり、これからもバンドを続けて欲しいと願っていた。
「みんなの演奏は凄く……面白かったです!」
(お、面白かった!?)
(格好いいとか上手いとかじゃなくて!?)
(アハハ……これは予想外だわ……)
アキヨは軽音部の音楽にまさかの評価を下しており、唯と澪は顔を真っ青にしており、統夜は苦笑いをしていた。
こうしてアキヨとも写真撮影を行い、ここでクラスメイトたちとの撮影は落ち着いたのであった。
撮影を終えた統夜たちはそのまま音楽準備室に向かおうとするのだが、さわ子が写真撮影をせがまれて一緒に写真を撮っている姿を見かけていた。
「……さわちゃん、人気者だね……」
「後で部室に来てくれるかなぁ?」
「お茶しに来るよ」
統夜たちにとっては今日が音楽準備室で行われる最後のティータイムであるため、さわ子も顔を出すだろうと予想することが出来た。
「私、生徒会室に寄っていくわ」
統夜たちは音楽準備室に向かうのだが、和はどうやら生徒会室に顔を出すようであった。
「うん!」
「じゃあな、和!」
「じゃあねぇ♪」
「またな!」
「それじゃあな!」
統夜たちは和に別れを告げて、音楽準備室に向かおうとしたのだが……。
「……和ちゃん!今日、帰れたら、一緒に帰ろう!!」
唯は幼馴染である和とも、一緒の時間を過ごしたいと考えていたのか、このように提案していた。
「……うん。わかったわ」
「それじゃあ、電話するね!」
こうして、和と別れた統夜たちは音楽準備室へと向かっていった。
卒業式は終わったのだが、統夜たちの放課後は始まったばかりであった……。
……続く。
__次回予告__
『卒業式はどうにか無事に終わったな。だが、俺たちにはまだやることがあるんだぜ!次回、「天使」。これこそが、梓に贈る歌だぜ!』
卒業式といっても統夜たちは相変わらずですよね(笑)
遅刻ギリギリだったり、式の間さわ子のための色紙を守ってたり。
でも、そういうのが統夜たちらしいのかなと思います。
さて、次回はいよいよ梓に曲を贈ることになります。
次回の話はテレビ版+劇場版となっていますので、あの曲がどのように誕生するのかがわかると思います。
それでは、次回をお楽しみに!