牙狼×けいおん 白銀の刃   作:ナック・G

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お待たせしました!第103話になります。

今回はこの章のエピローグ的な話であり、さらに唯たち4人の受験の回となっております。

闇呀との戦いを終えた統夜はどのような日常を送っているのか?

そして、唯たち4人は揃って第一志望に合格できるのか?

それでは、第103話をどうぞ!




第103話 「受験」

統夜と戒人は、アキトと大輝、奏夜の力を借り、さらには思念の塊として実体化した冴島大河の力を借りて闇呀を討伐することが出来た。

 

それからおよそ1ヶ月が経過し、唯たち4人の第一志望の受験が迫っていた。

 

この日の放課後も、唯たち4人は音楽準備室で受験勉強を行い、統夜は梓にギターを教えていた。

 

「……うーん……!」

 

唯は今英語の勉強をしており、英文に悪戦苦闘していた。

 

「……「who」?……誰……?」

 

唯は「who」という単語が誰という意味だということは理解していたのだが、どう使えばいいのかは分からなかった。

 

「……ハッ!……お前は誰だ!?」

 

「……俺の中の俺〜♪」

 

唯の「お前は誰だ」という発言に、統夜は歌を歌うことで反応していた。

 

「ちょっと統夜先輩!唯先輩たちの勉強を邪魔しちゃダメじゃないですか!」

 

「アハハ……。ごめんごめん。この前みんなと一緒に観た映画の主題歌を思い出してつい……」

 

統夜がこのように弁解した通り、統夜は冬休みが終わる前に軽音部のみんなと映画を観にいった。

 

その映画は突如現れた未知の生命体と、その生命体になってしまった若者との戦いを描いた作品であった。

 

統夜が不意に口ずさんだのは、その映画の主題歌となっていたのである。

 

「……まぁ、それは私もちょっとは思いましたけど……」

 

「あの映画……面白かったよねぇ♪」

 

「……ちょっとグロかったけどな……」

 

その映画にはホラー映画程ではないがグロいシーンがあり、それを思い出した澪の顔は真っ青になっていた。

 

「……そうじゃないだろ」

 

律はジト目になってツッコミを入れていた。

 

「……「who」っていえば、キース・ムーンがいたバンドだろ?」

 

『……おいおい。確かにそのバンドは「The who」だが、この場合はそれでもないだろう?』

 

イルバはいつものテーブルにスタンドが置かれ、そこにセットされた状態で唯たちの勉強を見守っていた。

 

「イルバの言う通りね。ここでの「who」は「関係代名詞」のことじゃないかなぁ?ここにかかってきて……」

 

紬は唯の苦戦していた「who」が関係代名詞ではないかと推測して、解説をしていた。

 

唯と律は真剣にその解説を聞くのだが、理解は出来ていないようであった。

 

「ダメだぁ……さっぱりわからん」

 

「基本だろ?」

 

『そうだな。そこは俺様でもわかる問題だぜ』

 

イルバは魔導輪であるため学校の勉強は当然しないが、統夜と一緒に授業を受けているような状態だったので、様々な教科の基礎的内容は頭に入っていた。

 

そんな中……。

 

「……あっ!大丈夫だよ、りっちゃん。いざとなればあれがあるよ!」

 

「あ!そうだったな!」

 

「?あれって?」

 

唯と律はある物の存在に笑みを浮かべるが、澪は首を傾げていた。

 

すると、律は一本の鉛筆を取り出した。

 

その鉛筆は六角で短めの鉛筆で、角の部分には数字が書かれていた。

 

『……おい、律。お前さん、それはまさか……』

 

「そう!マークシートなら任せとけ!六角君7号!」

 

「……ややこしい……」

 

『やれやれ……。山勘頼みじゃないか……』

 

澪とイルバは、ジト目で律の取り出した鉛筆を見ていた。

 

「何を言う!あらゆる鉛筆で試した結果……。7号は正解率60%を叩き出した優れものなんだぞ!」

 

『……おいおい……』

 

イルバは律の手にした鉛筆にこのような効果があるとは思っておらずジト目で律を見ていた。

 

「例えば、この問題の答えは……」

 

律は鉛筆を転がして正解を導き出そうとしていた。

 

その結果……。

 

「……この問題の正解は、3だぜ!」

 

鉛筆は3のところで止まったため、律は正解は3だと宣言していた。

 

紬は正解を確認すると……。

 

「……凄いわ、りっちゃん!正解よ!」

 

「よっしゃあ!」

 

どうやら問題は正解だったようであり、律は誇らしげな表情をしていた。

 

『やれやれ……。ただのマグレだろ……』

 

イルバはこの結果を見てもこの鉛筆の効果を信じようとはしなかった。

 

「この鉛筆があれば、合格間違いなしだね!」

 

「おう!」

 

「今度受けるところの試験は、マークシートは1から9まであるけどな」

 

ここで澪は、律にとって衝撃的な事実を打ち明けた。

 

「……なっ!?」

 

そのことを知らなかった律は目を丸くして驚いていた。

 

そして……。

 

「「じゃあ、不合格……」」

 

「早っ!」

 

『おいおい、諦めるのが早すぎるんじゃないのか?』

 

得意の鉛筆が使えず絶望している律に、イルバはフォローを入れていた。

 

そんな中、統夜と一緒にギターの練習をしていた梓は、唯たちの勉強が気になるようで、しきりに唯たちの様子を見ていた。

 

「……梓。唯たちの勉強が気になるのか?」

 

「へっ!?あ、あの……」

 

その様子が気になった統夜は梓に声をかけるのだが、梓は弁解に困っていた。

 

梓はこの時もうすぐ来たるバレンタインのことを考えていた。

 

統夜にあげることは決めていたものの、唯たちにもあげるべきかを考えていた。

 

去年のバレンタインは、全員で統夜にチョコをあげたという形であったため、直接唯たち4人にはチョコを渡さなかったのである。

 

この頃になると、梓が統夜と付き合うようになったことは純や憂だけではなく、クラス中にも知れ渡るようになっていた。

 

去年のバレンタインに統夜に告白した、日代玲奈も、梓が統夜に惚れていたことを察しており、2人のことを祝福していた。

 

統夜は梓がバレンタインのことを考えてるとは知らずに首を傾げていた。

 

すると、勉強していた唯たち4人が梓の視線を感じてこちらの方を見ていた。

 

「……梓ちゃん?どうかしたの?」

 

「へ!?い、いや!何でもないです!」

 

「梓、私たちに気を遣わないで練習に専念していいんだぞ」

 

「そうそう♪」

 

「暇人のやーくんがコーチをしてくれるしね!」

 

「……おい、暇人は余計だ」

 

統夜は唯の暇人という発言が気に入らなかったのか、ジト目で唯を見ていた。

 

「さぁ、梓、統夜。BGMよろしく♪」

 

「そういうことだ。梓、軽快な曲でも演奏しようぜ。俺はそれに合わせるからさ」

 

「は、はぁ……。それじゃあ……」

 

梓は軽快な曲を弾き始め、統夜はそれに合わせる形でセッションを行った。

 

2人のセッションはかなりいい感じであり、付き合ってる効果もあるのか息はぴったりだった。

 

唯たち4人は2人の奏でる音楽をBGMとして勉強を始めた。

 

しかし、律と唯は軽快なリズムに無意識でノってしまい、集中力を乱していた。

 

しばらく勉強を続けていると……。

 

「……ねぇ、ちょっと休憩しない?お茶でも淹れるわよ♪」

 

紬は集中して勉強するために休憩を提案した。

 

それを聞いた唯と律の表情がぱぁっと明るくなった。

 

「よっしゃあ!もう我慢出来ない!ドラム触ろうっと」

 

「私もギー太触りたい!」

 

2人の演奏を聴いて我慢出来なかったのか、唯と律はそれぞれの楽器を触ることにした。

 

しかし……。

 

「その前におトイレ〜」

 

唯はギー太を奏でる前にトイレに向かった。

 

「梓ちゃんと統夜君もお茶にしましょう?」

 

「そうだな。梓、休憩しようぜ」

 

「はい!」

 

こうして、統夜と梓も休憩して、みんな一緒にティータイムを行うことにした。

 

「……すいません。何だか先輩たちの勉強を邪魔してるみたいで……」

 

梓は勉強している唯たちを尻目にギターを弾くことを、今までずっと後ろめたく思っていた。

 

「気にするなって。俺たちはここを使わせてもらってるんだからさ。そうだろ?」

 

「あぁ、統夜の言う通りだ。私はむしろ、音楽があった方が集中出来るくらいだからさ、ガンガン弾いてくれていいんだぞ」

 

「梓、そういうことだから気にするなよ」

 

「は、はぁ……」

 

澪は音楽があった方がいいというのは本音であり、それを察した統夜はこのように梓をフォローしていた。

 

そして、澪も我慢出来なかったのか、ベースを手に少し練習しようとしていた。

 

「……梓ちゃんと統夜君はミルクティーでいいかしら?」

 

「はい!」

 

「あぁ、それで頼むよ、ムギ」

 

「ごめんね……。クッキーしか用意してなくて……」

 

紬は受験勉強で忙しいからか、ちゃんとしたおやつを用意出来ず、申し訳なさそうにしていた。

 

「そんな、十分ですよ。受験勉強の方が大事なんですから」

 

「そういうことだぜ、ムギ。それに、今日は俺、差し入れを持ってきたからな」

 

「あら、そうなの?珍しいわね」

 

「アハハ……まぁな」

 

統夜が軽音部のみんなのために何かを用意するというのは初めてであり、紬は驚いていた。

 

「……ほんと言うとね、もうすぐバレンタインだから、チョコレートも用意したかったんだけど……」

 

「……あっ」

 

バレンタインのチョコが用意出来ないという紬の発言に、梓はハッとしていた。

 

「気にすんなって、ムギ。もうすぐ受験だからそんな暇もないだろ?俺はそんなムギの気持ちだけで嬉しいからさ♪」

 

申し訳なさそうに俯く紬をフォローするために、統夜は満面の笑みでこう言葉を紡いでいた。

 

「ふぇ!?あ、ありがとう……////」

 

紬は梓に統夜を譲ったのだが、今でも統夜のことが好きであり、そんな統夜の笑顔を見た結果、顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。

 

「……むー……!」

 

梓は統夜と紬を見て焼きもちを妬いたのか、ぷぅっと頬を膨らませていた。

 

『やれやれ……』

 

イルバはそんな統夜たちのやり取りを呆れ気味な表情で見ていた。

 

こうして、ティータイムの前に唯たちは軽く自分の楽器を触り、満足したところで、全員でティータイムに突入した。

 

「……ねぇ、統夜君。今日は差し入れを持ってきたのよね?」

 

「え!?そうなのか?」

 

「ねぇねぇ、やーくん、出して出して!」

 

統夜が差し入れを持ってくるという珍しいケースに律は驚き、唯はワクワクしていた。

 

「……あぁ、ちょっと待ってな」

 

統夜は魔法衣の裏地から箱のようなものを取り出すと、それをテーブルの上は置いた。

 

「統夜……。それはケーキか?」

 

澪は箱をジッと見ながら統夜に確認していた。

 

「あぁ、そうだ」

 

「もしかして、このケーキは、統夜君の?」

 

「いや、このケーキは俺が作ったんじゃなくて、戒人からの差し入れなんだよ」

 

「え?これって戒人さんの手作りなんですか!?」

 

戒人が料理をするという発想がなく、驚きを隠せなかった。

 

それは唯たちも同様であり、驚いていた。

 

「まぁ、俺もたまたま戒人が料理上手だと知ってな。その時は俺も驚いたもんだよ」

 

統夜もまた、戒人が料理上手だと知ったのは最近であり、その時は驚いていた。

 

「今日の朝、エレメントの浄化をしてたら戒人に会ってな。唯たちの受験が近いってことを前に話してたから、これ食べて頑張ってくれと言ってこれを預かったんだよ」

 

統夜は、今日戒人に会って、このお菓子をもらった経緯を唯たちに説明していた。

 

「戒人さん、ありがとう!」

 

「今度戒人さんに会ったらお礼言いたいわ♪」

 

「そこは俺が言っとくよ。番犬所で会うことも多いからな」

 

統夜は魔戒騎士という仕事柄、戒人と会う機会は多いため、統夜はみんなに代わって戒人に礼を言うつもりだった。

 

このお菓子が戒人の手作りだと説明したところで、統夜は箱を開けた。

 

その中身とは……。

 

「す、凄い……」

 

「美味しそう……!」

 

見た目も完璧なショートケーキであり、その見た目に梓は驚き、唯は目をキラキラと輝かせていた。

 

ケーキは戒人が6等分してくれたのか、6つに分かれていた。

 

統夜はそのケーキを皿に盛り付け、配った。

 

「……さぁ、食べようぜ」

 

「「「「「いただきます!」」」」」

 

唯たちは一斉に戒人お手製のケーキを頬張った。

 

その味は……。

 

「……!?な、何これ!?」

 

「あぁ!めちゃくちゃ美味いぞ!」

 

「そうだな。クリームも濃すぎずにバランスも良いしな」

 

「えぇ!まるでうちでよくいただくケーキと同じレベルだわ!」

 

「はい!凄く美味しいです!」

 

一口食べただけで、唯たちは美味しいと反応し、目をキラキラと輝かせていた。

 

「確かに美味いな。みんなが美味しいって言ってたことを伝えたら戒人も喜ぶだろうぜ」

 

統夜は自らも美味しいと感じており、戒人の喜ぶ顔が頭に浮かんでいた。

 

こうして、統夜たちは美味しい戒人のケーキを食べながら、ティータイムを楽しんでいた。

 

そのティータイムによって息抜きを終えたところで、唯たちは勉強を再開し、統夜と梓はギターの練習を行っていた。

 

 

 

 

 

 

そして翌日の昼休み……。

 

「ふーん……。それじゃあ今回は先輩たちにもチョコをあげることにしたんだ」

 

梓は純と憂にバレンタインのチョコを統夜だけではなく、唯たち4人にも渡そうと考えていた。

 

「うん。純と憂の分も用意するね」

 

それだけではなく、梓は純と憂の分もチョコを用意するつもりだった。

 

「梓ちゃんのチョコ、楽しみだなぁ♪」

 

「うん、私も楽しみだよ♪」

 

憂と純は、梓の用意するチョコを心待ちにしていた。

 

「だからね……。統夜先輩にもだけど、絶対に唯先輩たちに言っちゃだめだからね!!」

 

梓はバレンタインのチョコを用意することを秘密にしたかったからなのか、憂と純に詰め寄り、口外しないよう念押ししていた。

 

「わ、わかった。わかったって……。だけど……」

 

「?」

 

「……クラスのみんなには広まっちゃったかな?」

 

梓は2人に念押しをする時、かなり大きな声で言っていたので、結果的にクラス中に広まることになってしまった。

 

「!?」

 

そのことに気付いた梓は、まるで茹で蛸のように顔が真っ赤になっていた。

 

「……梓ちゃん、ファイト♪」

 

「梓ちゃん、可愛い♪」

 

梓が彼氏である統夜や先輩である唯たちにチョコをあげるという話を聞いたクラスメイトたちはニヤニヤとしながら梓に話しかけていた。

 

「し……しまったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

梓はあまりに興奮していたため、うっかりクラスメイトたちにもバラしてしまう結果となり、それを悔いるように叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

こうして、唯たちはもうじき来たる受験に向けて勉強をしており、梓はもうじき来たるバレンタインのために何を作るのかを考えていた。

 

そして、いよいよ翌日は唯たちの受験当日であった。

 

この日の夜、統夜は指令を受けており、現在は桜ヶ丘某所にてホラーと戦っていた。

 

そして、統夜は鎧を召還し、ホラーを追い詰めていた。

 

「……貴様の陰我、俺が断ち切る!」

 

統夜はホラーに向かってこう宣言すると、皇輝剣を構えてホラーに向かっていった。

 

そして、皇輝剣を一閃すると、ホラーを真っ二つに斬り裂いた。

 

その一撃によって斬り裂かれたホラーは断末魔をあげながら消滅した。

 

ホラーが消滅したことを確認した統夜は鎧を解除すると、元に戻った魔戒剣を青い鞘に納めた。

 

「……ふぅ……。これでお仕事は完了だな?」

 

『あぁ、そうだな。……ところで統夜。明日はいよいよ唯たちの受験だな』

 

「……あぁ、そうだな……」

 

統夜は明日は何の日かということは理解していたので、険しい表情をしていた。

 

『おいおい、統夜。何でお前さんがそんなに緊張してるんだよ』

 

「だってよ……。明日は唯たちにとって大事な日だろ?唯たちのために出来ることが応援だけっていうのがなんか落ち着かなくてな……」

 

統夜は出来ることなら唯たちの力になりたいと思っていたのだが、勉強を教えることは出来ないため、応援することしか出来なかった。

 

魔戒騎士として剣を振るう以外は何も出来ない自分をもどかしく思っており、先ほどのホラーと戦っている時も、唯たちの受験のことが頭をよぎり、戦いに集中出来ずにいた。

 

イルバはその事に気付いてはいたものの、統夜の心中を察したのかダメ出しはしなかった。

 

『統夜。何度も言ってるだろう?俺たちに出来ることは応援だけだとな』

 

「んなことはわかってるよ!でもなぁ……」

 

統夜もそのことは頭ではよくわかっているのだが、それでも釈然としていなかった。

 

『……統夜。どうしても唯たちのために何かをしたいなら、今から何か差し入れを用意して、明日唯たちが電車に乗る時に渡したらどうだ?』

 

「……!それはいい考えだな。だけど、俺は普段は料理はしないし、何を差し入れたら……」

 

統夜は料理が出来ない訳ではないのだが、普段から外食が多いため、料理に関しては自信はなかった。

 

それだけではなく、唯たちにどのような差し入れをすれば良いのかがわからず、統夜は悩んでいた。

 

「……パッと思いついたのがカツサンドだけど、この時間じゃスーパーはやってないしなぁ……」

 

統夜は受験へのげん担ぎとしてカツサンドを差し入れることを考えたのだが、もう夜も遅く、開いているスーパーはないと思われた。

 

しかし……。

 

『……そういえば、隣町に24時間営業しているスーパーがなかったか?そこだったら豚肉も売ってそうだが……』

 

「……それだ!イルバ、今からそのスーパーに向かうぞ!」

 

『やれやれ……。差し入れを提案したのは俺様だが、今から行って間に合うのか?』

 

「どうにか間に合わせるさ。万が一間に合わないならその時はまた何かを考えればいいだけのことだ!」

 

『まぁ、確かにそうだな』

 

「とりあえず、さっそく向かうぞ、イルバ」

 

『やれやれ……。今日は眠れないかもしれないな……』

 

今日は眠ることはなさそうと予想していたイルバは苦笑いをしながらも、統夜は隣町にある24時間営業のスーパーに向かって行った。

 

スーパーに到着した統夜は、無事に差し入れに使うメニューを購入することができて、そのまま家にとんぼ返りをすると、慣れない手つきながらも料理を作り始めた。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

そして翌日、いよいよ唯たちの受験当日を迎えた。

 

現在は朝の6時45分。

 

まだ外は暗いのだが、駅のホームには律、澪、紬の姿があった。

 

律たちは始発の電車を使わないと時間内に受験の会場にたどり着けないため、朝早くから集まっていたのであった。

 

「……うぅ、寒いなぁ……」

 

「まさか当日降るなんてねぇ……」

 

紬の言う通り、現在は雪が降っており、受験当日にしてはあまり良い天気とは言えなかった。

 

「受験票……受験票はこの中……このポケットの中……」

 

澪は1番大事な受験票の場所を入念にチェックしていた。

 

「……入れ込んでるな……」

 

律は澪のあまりの慎重すぎる態度に苦笑いをしていた。

 

「りっちゃんは大丈夫?」

 

「もちです!昨日のうちにちゃんとここに……」

 

律は受験票を入れた学生鞄のポケットに手を突っ込むのだが……。

 

「……あ、あれ?」

 

しっかりそこに入れたにも関わらず学生鞄のポケットには受験票はなく、律の顔は真っ青になっていた。

 

「おいおい!」

 

澪が驚く中、律は大慌てで学生鞄の中身をチェックしていたのだが……。

 

「……律、探し物はこれか?」

 

突如男性の声が聞こえてくると、その男性は律に受験票を差し出した。

 

「……!アハハ……どうもすいませ……って、と、統夜!?」

 

律に受験票を差し出したのは統夜であり、それに気付いた律は驚きを隠せなかった。

 

「と、統夜、どうしたんだ!?こんなに朝早くから」

 

澪も突如統夜が現れたことに驚きを隠せなかった。

 

「もしかして……。私たちのためにお見送りに来てくれたの?」

 

「まぁ、そういうことだ。……それよりも律。こんな大事なもの、失くすなよ。縁起が悪いからな」

 

この受験票はホームの入り口のところに落ちていたのだが、統夜はあえて落ちていたという言葉は使わなかった。

 

これは、統夜なりの気配りであった。

 

「おう、悪いな、統夜」

 

「あ、あと。これをみんなに渡そうと思ってな」

 

統夜は小さな箱4つを取り出すと、そのうち3つを律たちに手渡した。

 

「統夜君、これは?」

 

「今日は受験だろ?俺は4人揃って受験に勝ってほしいと思ってるからな。げん担ぎのためのカツサンドだ。電車の移動中でも食べてくれよ」

 

「「統夜……」」

 

「統夜君……」

 

律たちは統夜がそこまで料理が得意ではないことを知ってはいたが、自分たちのために寝る間を惜しんで凝った差し入れを用意してくれたことが嬉しかった。

 

その嬉しさ故に目をウルウルさせていると……。

 

「……おっ、ようやく唯も来たか」

 

フラフラとした足取りで唯がやって来た。

 

「遅いぞ、唯」

 

「唯ちゃん、おはよう」

 

律と紬は唯に挨拶をするのだが……。

 

「……は、話しかけないで……」

 

「え?」

 

「た……単語が……こぼれ落ちそうだから……」

 

唯は頭を抱えてどうにか覚えたことを忘れないようにしていたのだが、カンカンカンと電車の来る音が聞こえてくると、唯の集中力が少し削がれてしまったようで……。

 

「……あ!何か落ちた!どうしよう!単語、落ちちゃった!」

 

唯は目に見えるわけでもないのに、必死に単語を探す素ぶりをしていた。

 

「……究極の一夜漬けだな……」

 

唯の度を越えた一夜漬けを見て、律は苦笑いをしていた。

 

「やれやれ……」

 

統夜も律と同じことを考えており、苦笑いをしていた。

 

「……澪、後で唯にもこいつを渡しといてくれ」

「あぁ、わかった」

 

統夜は澪に唯の分のカツサンドを渡すと、澪はそれを受け取った。

 

そして、それと同時に電車が到着した。

 

「……それじゃあ、みんな、頑張れよ!」

 

「あぁ、ありがとな、統夜」

 

「統夜君の応援があったら、私たちは頑張れるわ♪」

 

「あぁ、あたしたち、頑張るからな!」

 

「あぅぅ……単語が……」

 

統夜の激励の言葉に澪、紬、律が答える中、唯だけはこぼれ落ちた単語を今でも気にしていた。

 

「ほら、唯。行くぞ」

 

律は唯の首根っこを引っ張ってそのまま電車に乗り込んだ。

 

「それじゃあ、統夜。行ってくるな」

 

「今日は学校お休みだし、ゆっくり体を休めてね」

 

紬は統夜の目にくまが出来ていることを見抜いており、統夜を気遣う発言をしていた。

 

そして、澪と紬も電車に乗り込み、統夜は発車する電車を見送っていた。

 

「……みんな……頑張れよ……」

 

統夜は電車が向かっていった方向を見つめながらこのように呟いていた。

 

『……さて、統夜。エレメントの浄化を行う前に家に戻って体を休めろよ。そんなに疲れてちゃ騎士の使命は果たせないからな』

 

「そうだな……。一眠りだけさせてもらおうかな……」

 

統夜はエレメントの浄化を行う前に一度家に戻り、仮眠をとることにした。

 

そのため、統夜はそのまま自宅へと向かった。

 

唯たちが4人揃って合格出来るよう祈りながら……。

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

一眠りを終えた統夜は、そのままエレメントの浄化を行った。

 

統夜は唯たちのことが心配だったからか、心ここに在らずといった感じではあったが、確実に仕事をこなしていった。

 

この日の仕事は無事に終わり、この日は指令もなかったので、統夜は街の見回りを行ってから家路についた。

 

翌日以降も唯たちの受験は続き、統夜は唯たちと会えないまま日々を過ごしていた。

 

その日々はエレメントの浄化を行ってから学校に通って授業を受け、放課後は梓と少し練習をしてから番犬所へと向かうといった感じの日々であった。

 

そして、気付けばバレンタイン当日になっていた。

 

この日には唯たちの受験も終わっていたので、統夜は早々にエレメントの浄化を終えて、唯たちと一緒に登校していた。

 

『……おい、統夜。今日はバレンタインだろ?梓と一緒に登校しなくても良かったのか?』

 

「いいんだよ。恐らく梓はチョコを用意してくれてるだろうし、一緒だと逆に梓が緊張しそうだからな」

 

統夜は梓の性格をよく理解しているからか、今日はあえて一緒に登校するという選択肢はとらなかった。

 

「羨ましいですなぁ、このこの!」

 

律はニヤニヤしながらと統夜のことをからかっていた。

 

「……お前なぁ……」

 

統夜はニヤニヤしながらからかってくる律をジト目で見ていた。

 

すると……。

 

「……あっ、あの!澪先輩!」

 

突如澪の名前が呼ばれたため、統夜たちは足を止めると、1人の女子生徒が立っていた。

 

コートを着ていたためにリボンの色はハッキリとは見えなかったが、梓と同じ2年生であると予想された。

 

「あ、あの……これ……受け取ってください!」

 

その女子生徒は恥ずかしそうにもじもじしながらもチョコと思われる箱を澪に手渡した。

 

「あっ、ありがとう……」

 

澪は困惑しながらも笑みを浮かべながらチョコと思われる箱を受け取った。

 

チョコを無事渡した女子生徒は、逃げるように校舎の方へと向かっていった。

 

「……さすがはファンクラブまである澪さんですなぁ」

 

律はニヤニヤしながら今度は澪のことをからかっていた。

 

「うっ……うるさい!ほら、早く行くぞ!」

澪はそのまま学校の方へと向かうべく歩き始めた。

 

それから間も無くすると……。

 

「……統夜先輩♪」

 

今度声をかけられたのは、統夜であり、統夜に声をかけたのは、去年のバレンタインも統夜にチョコを渡していた日代玲奈だった。

 

「あっ、玲奈ちゃんか」

 

統夜は気軽に玲奈のことを「玲奈ちゃん」と呼んでいた。

 

玲奈は現在桜ヶ丘警察署の刑事で、統夜の協力者でもある日代幸太の妹であった。

 

幸太とは盟友と言えるほどの仲になった統夜は何度か幸太の家を訪れたこともあり、その時に「日代さん」ではなく、「玲奈ちゃん」と呼ぶようになっていた。

 

それと同時に玲奈も今までは「月影先輩」と呼んでいたが、今では「統夜先輩」と呼ぶようになっていた。

 

「……はい、これ」

 

玲奈はチョコレートが入っていると思われる箱を、統夜に手渡そうとしていた。

 

「もちろん、これは義理ですよ?本命渡しちゃうと、梓ちゃんに悪いですし♪」

 

玲奈はもちろん梓と統夜が付き合うことを知っていたため、梓に気を遣って渡すチョコは義理チョコにしていた。

 

「……ありがとな。つか、玲奈ちゃんのチョコを受け取らなかったら、君の兄さんが乗り込んできそうで怖いしな」

 

統夜は笑っておどけた発言をしながら玲奈のチョコを受け取った。

 

「アハハ、それはあり得るかも……。お兄ちゃん、今はヒカリさんに夢中だけど、シスコンだし……」

 

玲奈は幸太のことをシスコンと称していたが、玲奈は大のお兄ちゃん大好きっ子であり、玲奈の友達は玲奈をブラコンだと思っていた。

 

統夜はそういうのに疎いからか、仲睦まじい兄妹という解釈をしていた。

 

「……それじゃあ、私はこれで」

 

玲奈は統夜にペコリと一礼すると、そのまま校舎の方へと走っていった。

 

「……統夜ってば、彼女がいるのに相変わらずモテますなぁ♪」

 

律はニヤニヤしながら再び統夜をからかっていた。

 

「そ、そんなんじゃないって!玲奈ちゃんは幸太さんの妹だから、親しげになってるだけだよ」

 

「え、そうなの!?」

 

「あ、そういえば幸太さんと初めて会った時にそんなこと言ってたっけ?」

 

「あの子も可愛い子だね♪」

 

「梓が言うには、玲奈ちゃんはクラスでも人気者みたいだぞ」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

「そんな人気者も好意を持ってるとは……。お前も隅に置けないなぁ♪」

 

律は玲奈が人気者だと知ると、さらにニヤニヤして、統夜をからかっていた。

 

「う、うるさい!ほら、早く中入るぞ!」

 

統夜は律に何度もからかわれたことでムキになり、そのまま校舎の方へと向かっていった。

 

「あ、やーくん!待ってよぉ!」

 

唯たちは慌てて統夜を追いかけていった。

 

「……」

 

この時梓は統夜たちよりも早く学校に来ており、待ち伏せをしていたのだが、次々と他の子が澪や統夜にチョコを渡していたため、完全にチョコを渡すタイミングを逸していた。

 

「……梓、とりあえず教室行こっか」

 

「そうだよ、梓ちゃん!」

 

梓と一緒にいた純と憂は、梓を励ますかのように教室へ行くよう提案していた。

 

「……あっ、うん。そうだね……」

 

こうして梓は、純や憂と共に自分たちの教室へと向かっていった。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

そして、この日の昼休み、唯たち4人は今現在出ている試験の結果報告をさわ子へ行うため、職員室に来ていた。

 

統夜も結果が気になるため、4人に同行していた。

 

「……うん。唯ちゃんとりっちゃんも第三志望の大学に合格……。そして澪ちゃんとムギちゃんは第二志望まで合格……。あなたたち、本当に本番には強いわねぇ」

 

唯と律は第三志望の大学に、そして澪と紬第二志望の大学の合格が内定していた。

 

「へへーん!まぁね!」

 

第三志望まで合格し、律は誇らしげな表情を浮かべていた。

 

「……確かに、ライブだけじゃなくて受験でと本番に強いってのに俺も驚いているよ」

 

統夜も、唯たちの予想以上の頑張りぶりに驚きながらも嬉しいという気持ちだった。

 

「……あとはみんな一緒の第一志望ね……。結果はいつ出るんだっけ?」

 

「明後日です」

 

澪の言う通り、4人一緒である第一志望の大学の結果が出るのは明後日になっていた。

 

「……みんな一緒に合格して、揃って同じ大学に行けるといいわね」

 

「「「「はい!!」」」」

 

唯たち4人は揃って同じ大学に行きたいという想いが強く、ここまで頑張ってこられたのであった。

 

「でもまぁ、これで試験も終わったことなんだし、今まで頑張った分、卒業まではのんびりと過ごすといいわ」

 

さわ子はここまで頑張ってきた唯たちに労いの言葉を送っていた。

 

「はい、ありがとうございます」

 

「それじゃあ、失礼しました」

 

統夜たちはさわ子に一礼すると、そのまま職員室を後にしようとしたのだが……。

 

「……あれ?あずにゃん?」

 

職員室の入り口で梓、純、憂の3人が待っており、梓を見つけた唯が声をかけていた。

 

「梓ちゃん、どうしたの?」

 

「あっ、いえ……その……」

 

梓は統夜たちに用事があったのだが、なかなか話を切り出せずにいた。

 

「……ほら、梓」

 

純は梓がどうにか話を切り出せるようフォローしていた。

 

「う、うん……」

 

純からの励ましがあっても、梓はなかなか話を切り出そうとしなかった。

 

そのことに業を煮やした純は……。

 

「あ、あの!澪先輩!」

 

「は、はい!」

 

澪は突如純に名指しされ、そのことに驚いていた。

 

「澪先輩は私の憧れのベーシストなんです。だから……これを、受け取ってください!」

 

純は勢いよく梓がチョコを渡せるように自分が先に憧れのベーシストである澪にチョコの入った箱を手渡そうとした。

 

「あっ、ありがとう……」

 

澪は自分が憧れの存在と言われて恥ずかしかったが、それと同時に嬉しくもあり、純からチョコの入った箱を受け取った。

 

「あっ、あと、先輩たちにも」

 

純は澪以外の4人にもチョコを渡したのだが、義理なのか明らかに澪のとはサイズが違っていた。

 

「ほら、今度は梓の番だよ」

 

「えっ、何々?もしかしてあずにゃんも?」

 

「それは楽しみだわ♪」

 

「まさか、統夜だけっていうオチはないよな?」

 

唯、紬、律の3人は梓もチョコを用意しているのではないかと期待をしていた。

 

「あ、あの……。えっと……」

 

純がスムーズにいくようアシストしても、梓は素直に話を切り出すことが出来なかった。

 

そして……。

 

「……あっ、私、ちょっとトイレに……」

 

梓はこう話を切り出すと、逃げるように職員室を後にした。

 

「あ、ちょっと、梓!!」

 

「梓ちゃん、待って!」

 

純と憂は、慌てて逃げる梓を追いかけていった。

 

「……あずにゃん、どうしたんだろ……」

 

いつもとは違う梓の様子に、唯は不安げな表情を浮かべていた。

 

そんな中……。

 

「青春ねぇ♪」

 

今までのやり取りの一部始終を見ていたさわ子は、笑みを浮かべていた。

 

「?」

 

唯はさわ子の言葉の意味がわからず、首を傾げていた。

 

「……統夜。梓を追いかけなくていいのか?」

 

澪は梓だけではなく、統夜も気遣って、このような問いかけをしていた。

 

「……いいんだよ。純ちゃんと憂ちゃんに任せるさ」

 

「でも、統夜君……」

 

「俺、梓が今何を思ってるのかわかってるんだよ。だからこそ、今追いかけるのは俺じゃないって思ったんだ」

 

「やーくん……」

 

「ま、そういうことよ。私から言えるのは、私の分も取っておきなさいよ」

 

「は、はぁ……」

 

さわ子の言葉を聞いた統夜は、とりあえず生返事で返しておいて、そのまま唯たちと共に自分の教室へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、逃げるように職員室を後にした梓は、中庭の入り口で立ち止まり、すぐさま純と憂も追いついてきた。

 

「……梓、そんなに恥ずかしがることもないじゃん。普通に渡せばいいんだよ。「はい」ってさ……」

 

純は梓が恥ずかしかったからチョコを渡せなかったと解釈して、このような励ましの言葉を送っていた。

 

しかし……。

 

「……そうじゃなくてさ……」

 

「え?それじゃあ……」

 

「……先輩たち、もう卒業しちゃうんだなって……。みんな、いなくなっちゃうんだなって……」

 

「梓……」

 

「梓ちゃん……」

 

この時、梓がどのような表情をしていたのかは、梓が顔を隠していたからか理解することは出来なかった。

 

しかし、純と憂はそんな梓の心中を察することはでき、2人は梓を優しく包み込むかのように抱きついていた。

 

「……よしよし……」

 

純はそれ以外何も言うことはなく、優しく梓の頭を撫でていた。

 

その後は、昼休みが終わるまで、3人はその場に留まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

そして放課後になり、統夜たちは音楽準備室に集まっていた。

 

「……梓ちゃん、今日は来るかしら……」

 

「大丈夫だ、あいつは必ず来るさ」

 

紬は不安げな表情をしている中、統夜は梓が来ると信じてどんと構えていた。

 

「統夜、ずいぶんな自信だな」

 

「そりゃそうだろ。だって俺、まだ梓からチョコをもらってないしな♪」

 

「……お前なぁ……」

 

『理由が明らかにおかしいな』

 

梓が来ると信じている理由があまりにもあからさま過ぎたのか、律とイルバはジト目で統夜を見ていた。

 

すると……。

 

「……!あずにゃんの気配だ!」

 

唯は突如梓の気配を感じ取り、音楽準備室の入り口に移動した。

 

その直後に扉が開くと、唯はその扉に直撃し、唯は思いきり頭をぶつけてしまった。

 

「痛たた……」

 

「ゆ、唯先輩!?大丈夫ですか?……っていうか何でそこに?」

 

「い、いやぁ……あずにゃんの気配がしたから……」

 

「……なんですか、それ」

 

梓はジト目になって唯の話を聞いていた。

 

「おっ、梓。来たか!」

 

「待ってたぜ、梓」

 

「皆さん……」

 

統夜たち5人は梓のことを歓迎しており、少しの間だけ呆然としていたが、すぐにコートを脱いで学生鞄と共に長椅子に置き、ギターケースを壁に立てかけて自分の席に座った。

 

その間に紬は紅茶の用意を行っていた。

 

「この前いい茶葉をゴンザさんに譲ってもらってね、その茶葉を使ってみたの。凄く絶品の紅茶だってゴンザさんも鋼牙さんも絶賛していたわ♪」

 

紬は家の関係で鋼牙やゴンザのことを知っており、以前家の用事で雷瞑館を訪れた時にゴンザから茶葉を少し譲ってもらった。

 

それはゴンザや鋼牙も絶賛するほど絶品の紅茶で、ぜひ統夜たちにも飲んで欲しいとのことだった。

 

「そ、そうなんですか?」

 

「ゴンザさん絶賛なら間違いはなさそうだな」

 

統夜は雷瞑館でゴンザの淹れた紅茶を何度も飲んでおり、だからか目の前に置かれた紅茶にも期待していた。

 

「そうだな。それに、凄くいい匂いだしな」

 

「なぁなぁ、ムギ。今日のお菓子は何なんだ?」

 

律は紬にお菓子のメニューを聞いたのだが……。

 

「ごめんなさい……。今日は用意出来なかったの……。その代わり、梓ちゃんが用意してくれてるみたいよ♪」

 

「へ?」

 

梓は一瞬紬の言葉の意味が理解できず、ポカーンとしていた。

 

そして、その意味を理解した瞬間、梓は慌てふためいていた。

 

「な、何でバレてるのぉ!?」

 

梓は内緒で統夜たちに手作りチョコを食べてもらおうと考えていたのだが、それがバレバレだとは思っておらず、慌てふためいていた。

 

「あっ!もしかして……」

 

梓は1つ心当たりがあり、彼氏である統夜がさらっとバラしたんだと勘違いしていた。

 

そのためか、梓はぷぅっと頬を膨らませながら統夜を睨みつけていた。

 

「違う違う。俺じゃないって。まぁ、俺はチョコをくれるとはわかってたけどさ。みんなの分をしっかりと用意してくれてるとは思わなかったよ」

 

統夜は昼休みに梓が抱えていた箱を見た瞬間にこれは自分だけじゃなくてみんなのために用意したものだと理解していた。

 

しかし、あえて黙っていたのだが、それを見抜いていた人物がもう1人いた。

 

その人物とは……。

 

「……私の分、残しときなさいよ。だってさ」

 

それは今ここにはいないさわ子であり、さわ子はすべてをわかった上でこのようなことを言っていたのであった。

 

「あぅぅ……」

 

自分の行動がバレバレだったと思い知らされた梓は、顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。

 

こうして、梓はバレバレながらも統夜たちに手作りのチョコケーキを振る舞うことになり、統夜たちは梓の用意してくれたチョコケーキを頬張った。

 

その味は……。

 

「……うん!あずにゃんチョコ、すっごく美味しいよ!あずにゃん天才だよぉ!」

 

唯はこのチョコケーキがかなり美味しかったのか、梓をべた褒めしていた。

 

「そ、そんな。大げさですよ……」

 

「でも、本当に美味しいよ♪」

 

「そ、そうですかね……」

 

「本当に美味いぜ、梓。この場に零さんがいたらきっと1つ残らず美味しそうに食べ尽くしてただろうな」

 

「アハハ……そうですかね……」

 

統夜は極度の甘党である銀牙騎士絶狼こと涼邑零を話に出すと、梓は苦笑いをしていた。

 

「なぁ、梓。チョコケーキってことは、これってやっぱり……」

 

「へ?えっと……なんて言うか……。日頃の感謝というか……」

 

『やれやれ……素直じゃないな。梓のやつ』

 

専用のスタンドにセットされているイルバは、カチカチと音を鳴らしながら笑みを浮かべていた。

 

「なるほど……感謝ね」

 

律も梓が素直ではないことを知っており、ジト目で梓を見ていた。

 

「統夜先輩、すいません……。今年は、先輩だけのためのチョコを用意出来なくて……」

 

このチョコケーキは統夜たち全員のために作ったものであり、彼氏である統夜のためだけに作ったチョコはないことを梓は謝罪していた。

 

「気にするなよ。だってこれはみんなのために作ったんだろ?だとしたらそれだけ気持ちがこもってるってことだから、俺は十分嬉しいぜ」

 

「統夜先輩……」

 

統夜の本音を聞いた梓は、統夜がこのように思ってくれていたことが何よりも嬉しかった。

 

「あずにゃんや。お返しにこれをあげよう」

 

「?何ですか?」

 

唯はお返しと銘打って、梓にあるものを手渡した。

 

それは……。

 

「飴ちゃん♪」

 

なんと、お返しと銘打ったあるものとは、ただの飴であった。

 

「ホワイトデーのお返しだよ♪」

 

「早っ!」

 

「「『安っ!』」」

 

唯のホワイトデーのお返しという発言に、梓だけではなく、律、統夜、イルバがすかさずツッコミをいれていた。

 

『おいおい。ホワイトデーのお返しっていうのは当日じゃないと意味がないんじゃないのか?』

 

「え?そうかなぁ?」

 

「アハハ……お前なぁ……」

 

イルバはホワイトデーのお返しについて説明するものの、唯は納得しておらず、統夜は苦笑いしていた。

 

そんなこともありつつ、統夜たちは梓お手製のチョコケーキを完食した。

 

「「「「「ご馳走様でした!」」」」」

 

「あっ、お粗末さまでした……」

 

「さわちゃん、早く来ればいいのにね」

 

唯は残ったチョコケーキを見つめながらこのようなことを言っていた。

 

すると……。

 

「……あっ」

 

何かに気付いた澪は窓を眺めていた。

 

そこから見えたものとは……。

 

「……雪だ……。かなり降ってるぞ」

 

雪が降っているのが遠くからも見えており、その雪量からかなり降っているものと予想された。

 

「あっ、本当ですね」

 

窓から1番近いポジションにいる梓は窓まで移動すると、窓から見える景色を眺めていた。

 

「うわぁ……。もう真っ白ですよ」

 

どうやら雪は積もっているらしく、一面銀世界のようであった。

 

「へぇ、どれどれ?」

 

「わ、私も見たい!」

 

「わ、私も……!」

 

続いて律が窓まで移動し、紬と澪も興味津々と言いたげな感じで窓まで移動していた。

 

「せっかくだし、俺も……」

 

統夜も席を立ち、窓まで移動しようとするのだが……。

 

『おい、統夜。俺様を忘れるなよな』

 

「はいはい……」

 

イルバも雪に興味を示していたので、統夜は専用のスタンドにセットされているイルバを取り出すと指にはめ、それから窓まで移動した。

 

「何だよ、全員来たのかよ」

 

統夜も窓まで移動し、これで全員かと思われたのだが……。

 

「ま、待って〜!置いてかないで〜!」

 

唯も窓まで移動したかったのだが、スカートが椅子に引っかかってしまい、移動が出来なかった。

 

「はいはい。早くおいで」

 

律はまるで子供をあやすかのような発言をすると、唯はスカートの引っかかりを解消し、窓まで移動した。

 

しかし……。

 

「あぅぅ……。見えない……」

 

唯の位置からは窓からの景色は見えなかった。

 

それでも窓の景色を見たかった唯は強引にベストポジションまで移動しようとしていた。

 

「あっ、こら!また強引に……」

 

「……ふんす!」

 

唯は強引ではあったものの、ベストポジションまで移動し、気合をいれていた。

 

「……子供ですか」

 

梓はそんな唯に呆れていた。

 

「おぉ!真っ白だね!」

 

「綺麗ねぇ……」

 

「それにしても、今年はよく降るよなぁ……」

 

「まったくだ。こんなに降ってちゃエレメントの浄化やホラー討伐も少しばかり大変だからな」

 

唯たちは窓から見える景色を楽しんでいたのだが、統夜はこれだけ雪が個人的に都合が悪いと思っていた。

 

統夜たちはしばらく窓からの景色を眺めていると……。

 

「あっ!あっぶねぇ!!」

 

窓から見えた誰かが転びそうになっており、統夜たちは思わず反応していた。

 

「本当に危なかったな……」

 

「そうですね……」

 

「ローファーって、意外と雪道す……」

 

「うわぁ!!その先は禁句だ!」

 

澪は不意に滑ると言いそうになり、律が慌てて止めていた。

 

「ご、ごめん……」

 

澪は申し訳なさそうに謝ると、唯はふと笑い出し、それにつられてみんなが笑っていた。

 

しばらく笑い合っていると……。

 

「……何か、いいですね……」

 

「ん?」

 

「みんなでこうしてるのって、いいですね……。今日は朝から寒かったですけど、先輩たちと一緒にいると、何か寒くないっていうか……。あっ、もちろんトンちゃんとイルバも……」

 

『おいおい、俺とカメ公はついでかよ。まぁ、別に構わないがな』

 

イルバは自分やトンちゃんがついでというのが気に入らなかったのか、思わず口を開いていた。

 

イルバはトンちゃんが初めて軽音部に来た時からずっとカメ公と呼んでおり、度々唯に注意されるのだが、一切直す気はなかった。

 

すると、唯は後ろにいた梓に寄りかかると、両手をギュッと握っていた。

 

「?唯先輩?」

 

「エヘヘ……。あったかあったかだよ。あずにゃん♪」

 

唯は満面の笑みを浮かべており、唯の両手からは暖かさが伝わってきた。

 

「はいっ!」

 

そのため、梓は素直に唯の温もりを感じていた。

 

すると……。

 

「あったかあったか♪」

 

律が全員を包み込もうとしながら抱きついており、統夜たちは全員で身を寄せ合いながら笑い合っていた。

 

『やれやれ……。相変わらず仲の良い連中だぜ。お前らってやつは……』

 

イルバは統夜たちの仲の良さを改めて認識しており、呆れていたのだが、これ以上は何も言わずに統夜たちの動向を見守っていた。

 

そして、その頃にはさわ子が音楽準備室に来ていたのだが、仲睦まじい統夜たちの邪魔をすまいと入り口のところで、統夜たちの様子を見守っていた。

 

そして、程よい頃合いでさわ子は統夜たちのもとへ移動し、ここで統夜たちはさわ子の存在に気付いていた。

 

いや、統夜とイルバはさわ子が来たことに気付いていたが、この雰囲気に水を差す真似はしたくないとの判断から何も言わなかった。

 

さわ子がやって来たことで、統夜たちは再びティータイムを再開した。

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

翌日の夕方、統夜はいつものように番犬所を訪れていた。

 

そして、この日は指令がなかったため、統夜は番犬所を出て、街の見回りを行おうとしたのだが……。

 

「……統夜先輩」

 

番犬所の入り口で梓が待っており、統夜は梓が待っていることに驚いていた。

 

「おっ、梓か。どうしたんだ?」

 

「統夜先輩。今日ってホラー討伐の指令はありますか?」

 

「いや、今日は指令はないからこの後は街の見回りに行こうと思ってたところだよ」

 

統夜はこれからの予定を正直に話していた。

 

「だったら、今、ちょっとだけいいですか?1箇所だけ付き合ってほしいところがあるんです」

 

「付き合ってほしいところ?」

 

「はい!」

 

統夜はとりあえず梓がなぜ一緒にとある場所に行って欲しいのか事情を聞くことにした。

 

「……お百度詣り?」

 

「はい。憂は毎日のように近所の神社で先輩たちが同じ大学に合格出来るようお参りしてたみたいなんです。だから、私も今から100回は無理ですけど、お参りがしたくて……」

 

「……なるほどな。だいたい事情はわかったよ」

 

「それで、統夜先輩と一緒にお参りしたくて、ここで待ってたんです」

「……そういうことなら、ぜひ一緒にお参りしようぜ」

 

唯たちが全員同じ大学に合格することは統夜も祈っていることであり、お参りに行くことを二つ返事で了承していた。

 

「本当ですか!?」

 

「あぁ。俺だって気持ちは同じだからな。いいだろ、イルバ」

 

『……どうせダメだと言っても行くつもりだろう?今日は指令もないし、たまにはいいんじゃないのか?』

 

イルバ的にはあまり気乗りがしないことだったが、統夜や梓の気持ちを察して、渋々了承していた。

 

こうして統夜と梓は、唯の家の近くにある神社に向かい、お参りをすることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……10円、かける100回。えいっ!」

 

神社に到着すると、梓は千円札を取り出すと、それを賽銭箱の中に入れた。

 

10円の100回分だから、1000円だったのである。

 

「なるほどな……。それじゃあ、俺も」

 

統夜も財布から千円札を取り出すと、梓同様に千円札を賽銭箱の中に入れた。

 

その後、2人でジャラジャラと鈴を鳴らすと、2人揃って両手を二回叩いた。

 

そして……。

 

「……唯たち4人が揃って同じ大学に受かって、全員揃って卒業できますように……!」

 

統夜は心の底から思っていることを願いにのせていた。

 

そして、梓の願い事とは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……先輩たちが絶対絶対……絶対絶対絶対絶対ぜーっったい!!みんな揃って第一志望に合格しますように!!」

 

「梓……」

 

統夜は梓のひたむきな願いを聞いて、心打たれていた。

 

「……そして……」

 

梓の願い事はまだ終わりではなかった。

 

「卒業まで、みんなで笑って過ごせますように!」

 

「……」

 

卒業まで笑って過ごせるように。

 

それは、統夜も同じことを考えていた。

 

卒業というのは1つの大きな別れであるが故、統夜はこのままみんなとバラバラになるのは嫌だと思っていたが、その経験が統夜をさらに強くすると信じていた。

 

だからこそ……!

 

「……梓、その願いはきっと叶うさ」

 

「統夜先輩……」

 

「俺だってそう願ってるんだ。卒業まで笑って過ごせるように……。その願い、一緒に叶えていこうぜ!」

 

「はいっ!」

 

梓は統夜も同じことを願っていたことを嬉しく感じており、統夜の力強い言葉を聞き、満面の笑みを浮かべていた。

 

「……それじゃあ、梓。そろそろ行こうか」

 

「はい!……って、あれ?」

 

統夜と梓は神社を後にしようとしたのだが、梓はコートのポケットに何かが入ってることに気付き、それを取り出した。

 

「それって、確か昨日唯が梓に渡した……」

 

『ホワイトデーのお返しと言ってた飴か……』

 

梓が取り出したのは、昨日唯が梓に渡した飴であった。

 

その時のことを思い出した梓は、笑みを浮かべながらその飴を舐め始めた。

 

「……あまっ」

 

梓は唯からもらった飴を味わいながら歩き始め、統夜はその後に続いて歩き始めた。

 

統夜は梓を家に送ってから街の見回りを行い、それが終わってから、家路についた。

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

翌日、この日は唯たちの第一志望の大学の合格発表の日だった。

 

唯たち4人は結果を見るために学校を欠席しており、統夜はいつものように授業を受けていた。

 

(……そろそろ、結果が出てくる時間だよな……。唯たち、大丈夫だろうか……?)

 

現在は授業中なのだが、統夜は唯たちの結果が気になるあまり、授業に身が入らなかった。

 

《おいおい。統夜、しっかりしろよ。こういうのはどっしりと構えて結果を待つもんだぜ》

 

(それはわかってるんだけどさ……。……って、ん?メールか?)

 

統夜は受験結果を伝えるメールだと予想し、こっそりと携帯を取り出すと、たった今届いたメールをチェックしていた。

 

すると……。

 

(……!!?)

 

そのメールを見た統夜は、目を大きく見開いて驚いていた。

 

《お、おい!統夜。こいつは……》

 

(あぁ……!間違いない……!)

 

イルバもそのメールをチェックしており、統夜も驚きの表情から徐々に喜びの表情へと変わっていった。

 

そのメールは唯からであり、タイトルは「やーくん!!」であり、本文は、桜の絵が4つ並んでいた。

 

これは、すなわち4人揃って第一志望に合格したと告げるものであった。

 

(あいつら……やったんだな!)

 

《あぁ!あいつらの努力が実を結んだみたいだぜ》

 

(やった……!やったぞ!!)

 

現在は授業中であり大きな声を出すことは出来なかったが、心の底から喜びの気持ちを露わにしていた。

 

こうして、唯たち4人は無事第一志望に合格し、4月から4人揃って同じキャンパスに通えることになった。

 

受験という大きな節目を終えたところで、あと残すは卒業のみとなった。

 

統夜も高校生でいられる期間もあと僅かとなってしまった。

 

果たして、統夜は卒業するその日まで、みんな笑って過ごすことは出来るのだろうか?

 

卒業までのカウントダウンはすでに始まっていた……。

 

 

 

 

 

 

……漆黒の闇呀襲来編・終

 

 




エピローグ的な話なのに、かなり長くなってしまった……。

もうちょっとで20000字越え……。ここまで長くなるとは思いませんでした(笑)

今回は以前のUA30000記念で明らかになった戒人は料理上手ということが垣間見れるシーンを入れてみました。

魔戒騎士で料理上手とは、戒人恐るべし(笑)

そして、バレンタインの話も入ってきましたが、もうすぐ先輩がいなくなってしまうと感じている梓の心境はかなり切ないですよね。

あと、お参りのシーンでは改めて梓はすごくいい子なんだなというのを確認しました。

唯たち4人も見事に合格し、後は卒業を迎えるのみとなりました。

さて、次回ですが、新章には入らず、番外編を投稿したいと思います。

新章からは劇場版の話が入るのですが、その話に入る前には必要な話なので番外編をお送りしたいと思っています。

それでは、次回をお楽しみに!


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