機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ異伝 ~死の戦記~ <完結>   作:二円

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 アーブラウ代表指名選挙の開催まで後二日。
議事堂内では、
議員達の議論が白熱していた。

「本当に蒔苗先生が此処に来るのでしょうな?」

「勝手にいないものと勘定するのは如何なものかと……」

「しかしこれ程の厳重すぎる警備では……」

「そもそも市内封鎖の影響で世論が……」

 議論の内容は、
代表指名選挙における票獲得工作である。
簡単に言えば、
味方の議員を増やす事である。

 代表指名選挙立候補予定者は二名。
アンリ・フリュウと蒔苗 東護ノ介である。
アンリ派と蒔苗派の議員達は、
そのどちらにも所属していない議員達を味方にすべく、
代表指名選挙のために集まっていた議事堂内で奔走していた。 

 現状では、
蒔苗派が不利だった。
最大の理由は、
蒔苗が議事堂に到着していないからである。
後二日以内に本人が議事堂にいなければ、
辞退したとみなされる。

 ギャラルホルンは議事堂周囲だけではなく、
市内を封鎖し警備を固めていた。
テロへの警戒だとギャラルホルンが言っていたが、
明らかに蒔苗を市内に入れないためだと、
議員の誰もが思っていた。
そのため、
議事堂に来られないのではと考えられ、
中々味方を獲得出来ずにいた。

 だがアンリ派も味方を獲得出来ずにいた。
確かに状況ではアンリ派が有利だが、
仮に蒔苗が代表指名選挙に間に合わなかったからといって、
残った候補者であるアンリが自動的に当選するわけではない。
全議席の過半数以上の票を得なければアーブラウ代表として認められないのだ。
もし過半数未満の票になった場合、
次回に持ち越されることになる。

 アンリ派の議員達は楽観視していなかったが、
予想以上に味方を獲得出来ずにいた。
理由は市内封鎖だった。

 市内封鎖における物流の停止は、
市場の経済にダメージを受けるだけではなく、
世論の悪化を招いていた。
そのため、
原因を作ったアンリの手腕を疑問視している議員は少なくなかった。
蒔苗への妨害が、
自身への妨害になっているのは皮肉としか言いようがない。

 しかしアンリは焦ってはいなかった。
蒔苗は来ない。
時間はまだある。
それを有効に活用すれば良い。
この時のアンリはそう信じており焦りはなかった。

 切っ掛けは何時だったか。
エドモントン市外で、
謎の武装勢力とギャラルホルンが戦闘しているとの情報が議会に入った。
議会内で動揺が走る。
特に蒔苗派の議員達の動揺が酷かった。

「戦闘だと!?」

「まさか……」

「情報は確かなのか?」

 両派の工作は一旦打ち切られ、
情報収集に変更。
事態の推移を見守る事になった。

(遂に蒔苗が来たか。
しかし、
ギャラルホルンの警備を抜く事は出来ない。
問題ないわ)

 蒔苗とその護衛が来た事を理解したアンリだったが、
予め準備していた事もあり、
動揺する事もなく余裕だった。

 しかしその余裕も、
暫くたって届いた次の一報で崩される。

「ギャラルホルンのMSが市内に持ち込まれただと!?」

「ありえない!
何かの間違いだ!」

「ギャラルホルンは何を考えている!
此処はアーブラウの中枢だぞ!」

 今まで以上の喧騒が議事堂内で包まれた。
中にはアンリに向けて強い視線を向ける者達がいる。
アンリはギャラルホルンの後ろ盾を得ており、
それを利用して市内封鎖に関わっていた事は皆に知られていた。
そのため市内にMSを持ち込んだ事も、
彼女が関わっていると勘ぐられてもおかしくなかった。

「アンリさんこれは……」

「私が知るわけがないでしょう!
それよりも本当にMSが?」

「……はい。
事実です。
エイハブウェーブの影響による混乱で、
確認に遅れました。
イズナリオさんから何か聞いていませんでしたか?」

「いえ何も」

 あっさりと答えるが、
内心激怒したい衝動に駆られていた。

(一体何を考えているのよ!
市内にMSを持ち込んだら都市機能が麻痺するのよ!
いくら蒔苗を押さえるためとはいえ、
やりすぎにも程がある!) 

 心の中で何度もギャラルホルンを罵倒していた。
蒔苗が市内に侵入され、
その対策としてMSを送り込む必要が何処にあったのか?
MWで十分だったのに何故それをしなかったのか理解出来なかった。

(MSを投入したという事は、
もう蒔苗は終わったも同然。
問題はこの事態をどう誤魔化すか……)

 MSに捕捉された以上、
蒔苗は逃げられない。
最早こちらの手中にあるも同然とアンリは信じて疑わなかった。

「騒がしいのう」

 有り得ない声が聞えた。
議事堂内で広がっていた喧騒がピタリと止んだ。
アンリは慌てて声のする方に顔を向ける。

「まるで動物園よの。
此処はアーブラウ最高議会の場ではなかったのかの?」

 そこにいたのは蒔苗だった。
隣にはクーデリアがいる。

 蒔苗の姿を見た議員達は驚きの声をあげていた。

「蒔苗先生!」

「間に合ったか!」

「な、何だと!?」

「どうなってんだ?
話が違う!」

 蒔苗派の議員達は歓喜の声を上げ、
アンリ派の議員達はまるで幽霊を見るかのように彼を見て動揺していた。

「馬鹿な……」

 アンリは思わず呟いていた。

「馬鹿なとは?」

 アンリの呟きを聞いていた蒔苗は、
その事を問い正した。

「あ、
いえ……、
蒔苗先生が到着しているとは、
聞いていないものでしたから……」

 アンリは失言だったと己の失態に毒づきながらも誤魔化した。

 議事堂周辺はギャラルホルンの部隊が警備しており、
異常を知らせる報告はなかった。
つまり警備の目を掻い潜って議事堂に侵入した事になる。

「ワシは此処の元代表だぞ。
此処の造りは貴様よりも良く知っておる。
警備の者が気づかぬのも無理はないわい」

 してやったりという蒔苗の顔に、
アンリは拳を強く握り震えていた。

(どういう事なの!?
まさかMSを投入しておきながら、
失敗したというの?
無能にも程がある!) 

 アンリはまたもギャラルホルンの失態を心の中で罵倒しつつも、
この状況をどう対処するべきか必死に考えていた。

 蒔苗が議事堂に入った事で、
状況が蒔苗に傾きつつある。
これをどう逆転させるか?
頭を悩ませていた時だった。

「蒔苗先生。
所信表明をお願いします」

「待ってくれんかの議長。
今ワシよりも、
この娘の話を聞いてやってくれんか?」

 蒔苗が隣にいたクーデリアに声を掛けた。
議員たちの目がクーデリアに集中する。

「……え!?
私ですか?」

「此処で得られるものは大きい。
然程難しくはあるまい」

「……分かりました。
有難うございます」

 蒔苗に礼を言うと、
クーデリアは壇上に上がった。

「誰だあいつ?」

「此処は関係者以外立ち入り禁止だぞ」

「しかし蒔苗先生が連れて来たのだから……」

 議員の誰もがクーデリアの存在に首を傾げていたが、
アンリだけはギャラルホルンからの情報でクーデリアを知っていた。

(あの小娘は火星の……、
一体何を話す心算なの?)

 何を話すのか分からずアンリは警戒を強める。
壇上に上がったクーデリアは、
議長に顔を向け、
話をして良いか確認を取ると、
議員達の方に向き直り演説を始めた。

「アーブラウ議員の皆さん。
私はクーデリア・藍那・バーンスタイン。
火星から前代表である、
蒔苗氏との交渉のためにやってきました。
その蒔苗氏に時間を頂き、
今この場所に私はいます。
ここに来るまでの間に私は、
幾度となくギャラルホルンからの妨害を受けました。
先程私と蒔苗氏はギャラルホルンに捕まっていました。
ギャラルホルンは私達を捕らえるために、
市内に三機ものMSを持ち込むという暴挙に出ました。
幸い私の仲間達の手によって、
抜け出す事が出来ました。
ですがそれで終わった訳ではありません。
今もなおギャラルホルンの暴挙は続いており、
私の仲間達はそれと戦っています。
此処にいる皆さんにお聞きします。
何故ギャラルホルンによる市内封鎖を認めたのでしょうか?
アーブラウ代表指名選挙の警備を外部に任せるにしても、
議事堂に絞るだけで十分だった筈です。
市内封鎖によって物流がストップし、
経済的な混乱は避けられません。
そうまでする必要が何処に……」

 ドンと机を強く叩く音が聞え、
演説が一時中断される。
音を出した人物はアンリだった。

 クーデリアの演説の目的は、
ギャラルホルンの暴挙を世間に訴える事ではない。
ギャラルホルンの暴挙を批判し、
それを止めるようアーブラウ最高議会を通して、
停戦要請するよう提案しようとしたのだ。

 それに気づいたアンリは、
停戦要請が出されるのを防ぐべく、
クーデリアの演説に待ったを掛けたのだ。

「いい加減になさい!
市内封鎖は反乱分子が入り込まないようにするための処置に過ぎません。
今その反乱分子と戦闘しているとの情報が入っています。
封鎖していなければ、
被害が大きかったでしょう。
市内封鎖は適切だったという事です」

 アンリはクーデリアの演説を非難した。
鉄華団を反乱分子に仕立て上げ、
橋で起きた戦闘を理由に、
破壊活動を行うであろう反乱分子を市内に入れないために行った市内封鎖は、
適切だったとして、
クーデリアの演説を否定する。

「彼等は反乱分子ではありません。
障害物を退かしていたに過ぎません」

「暴論ね」

 ギャラルホルンの妨害を、
障害物扱いするクーデリアの攻撃的な発言に、
他の議員達は唖然となっている。

「市内にMSを持ち込むような暴挙よりはマシかと。
それとも、
警備計画にはMSが持ち込まれる事になっていたんですか?
だとすれば計画的な行動という事になりますが」

 グッとフリュウが言葉に詰まっていた。
MSが市内に持ち込まれた件はどう言い訳しても、
正当化させる事は出来ない。
そこで路線を変更する事にした。

「……彼等の独断行為です。
反乱分子が市内に入って破壊活動を行うのを防ごうという、
正義感がそうさせたのよ」

 あくまでも実行者の独断行動という事にして、
想定外の事だったという事にする。
強引過ぎるがギャラルホルンの、
そして自身の受ける政治的ダメージを少しでも減らすには、
他に案が浮かばなかった。

 するとクーデリアが笑みを浮かべていた。
罠に掛かったとでも言わんばかりだ。
アンリは嫌な予感がした。

「確かに、
その方は独自行動を行う権限がありましたね」

「その方?」

「はい。
私達を捕らえた方は、
カルタ・イシューと名乗っていました」

「なっ!」

 アンリは絶句した。
まさか下手人がセブンスターズの一人とは思いもしなかった。

「イシュー?
まさかセブンスターズの?」

「……イシュー家の娘?」

「いくらなんでもそれは……」

 周囲の議員達の戸惑いと驚きの声が広がっていた。
特にアンリ側の議員達は動揺を隠しきれていない。

「嘘出鱈目を言うのは止めなさい!」

「嘘出鱈目ではありません。
証拠もあります」

「証拠ですって!?」

「カルタ・イシューと名乗った方は、
私達を捕らえた後、
私の仲間達に通信で決闘を呼びかけました。
その時の記録が残っていますので、
よろしければ、
そのデータをお渡ししますので、
調べていただければ分かるかと」

「馬鹿な……」

 フリュウが呻いていた。
下手人がセブンスターズの人間で、
市内にMS持ち込んだ理由が蒔苗を捕らえるためではなく、
決闘するためだったという。
あまりにも馬鹿げた行動に言葉が出ない。

(おのれイシュー家のバカ娘が!
蒔苗を捕らえなかったら意味ないじゃないの!)

 心の中でカルタを罵倒し続けた事で、
ある程度心の落ち着きを取り戻し、
反論を始めた。

「……有り得ないわ」

「有り得ないとは」 

「決闘するために市内にMSを持ち込んだなんて、
ふざけているにも程があるわ!
そんな理由を信じるわけがないでしょう!
それがセブンスターズの人間だと、
よくもそんな出鱈目を!
そのデータとやらも、
捏造されたものではなくて?」

 それは最早反論というより、
言い掛かりであった。
そうであって欲しいという願望も含まれていた。

「ちょっと良いかの?」

 蒔苗がクーデリアとアンリの会話の輪に入ってきた。

「蒔苗……先生」

 今度は何を話す心算かと、
クーデリア以上に警戒する。

「此処は裁判所ではない筈だがの。
問題はこの騒動をどう収めるかじゃないかの?
下手人の詮索は後で良いわい。
問題はこの争いをどう止めるかよの。
まさか何もせずに静観する心算か?
施政者としての資質が疑われるぞ」 

「それは……」

 アンリは答えられない。
停戦要請が出されれば、
ギャラルホルンはエドモントンを撤退しなければならない。
それはギャラルホルンの影響力がなくなる事を意味する。
ギャラルホルンの力を恐れた他の議員達は、
蒔苗の味方をするだろう。
そうなれば蒔苗の勝利が確実なものとなる。
そのためにアンリは停戦要請を認める事が出来なかった。

「すまんの。
話の腰を折ってしもうたわい。
続けなされ」

「はい。
ありがとうございます」

 蒔苗に礼を言ったクーデリアは、
演説を再開した。
釘を刺されたアンリはそれを止める事が出来なかった。

「先程の話の続きですがもう一度問います。
何故ギャラルホルンによる市内封鎖を認めたのですか?
それを認めた結果が、
MSが市内に持ち込まれるという暴挙を許す事になったのです。
これ以上の暴挙を皆さんは許容するのですか?
現在都市機能が麻痺された状態になっています。
これ以上の被害拡大は止めるべきです。
それが出来るのは、
此処にいる皆さんの力が必要です。
もう一度言います。
ギャラルホルンの暴挙を止めるべきです。
皆さんは一度間違いを犯しました。
それを正す最後の機会です。
選んで下さい。
間違いを認めず市内の被害拡大を座視するか。
間違いを正し暴挙を止めるか。
正しい選択がなされる事を願っています」

 演説を終えたクーデリアはお辞儀をした後壇上を降りた。
その姿を見て、
アンリは自身の敗北を確信した。

 最早停戦要請が出されるのは時間の問題であり、
アンリの力では止める事は不可能だった。
都市機能が麻痺され、
これ以上の被害拡大を防ぐためと言われては、
止める事が出来なかった。

「ありがとうございました」

「構わんよ。
これで少しは箔がつくだろうて」

 クーデリアと蒔苗の会話を聞きアンリは、
何故蒔苗がクーデリアに演説させたのかようやく理解した。

 クーデリアの演説後に停戦要請が出されれば、
世間はどう見るだろうか?
クーデリアの力がアーブラウの最高議会を動かしたと思うだろう。
クーデリアの評価が一段と上がる事は間違いない。
蒔苗はクーデリアに、
アーブラウ最高議会を動かしたという実績を作らせるために演説をさせたのだ。

 成功する可能性は極めて高い。
MSが市内に持ち込まれた事を持ち出せば、
被害拡大を防ぐという名分を否定させる事は極めて難しい。

(MSが市内に持ち込まれていなければ、
誤魔化しようは幾らでもあったというのに!
イシュー家の馬鹿娘がぁ!)

 アンリに出来る事はなかった。
ひたすらカルタを内心罵倒するだけだった。



最終話 オルフェンズの明日

 市内を出た後、

俺はアジーさんとラフタさんが戦っているであろう更地を目指し、

イナヅマ号を走らせていた。

 

 カメラを最大望遠にしても、

更地は見えず、

戦闘による砂煙も見えない。

 

 現在位置は拠点と更地のおよそ中間にいると思われる。

西側には針葉樹の森が見えており、

それを抜ければ更地が見えてくるだろう。

 

 急いでタービンズの方々と合流しなければ。

そう思っていた時だった。

通信が入ってきた。

イナズマ号を止めて、

確認する。

 

 送信はオルガのMWからではない。

ガットのMWからのものだった。

だが良く見れば返信不可の表示がある。

全体通信だ。

 

 全体通信は簡単に使用出来ない。

基本的にリーダーのみが使用可能で、

許可が出なければ他の者が使用出来ない仕組みになっている。

それが意味する事は明白だった。

オルガが生きている。

そして皆に伝える内容は一つだ。

 

「……お前等聞えるか?

待たせたな。

お前等のおかげで、

クーデリアと蒔苗の爺さんを無事議事堂に送り届ける事が出来た。

俺達の仕事は成功だ。

もう無理をする必要はない。

だが無茶を一つ言わせてくれ。

……死ぬな、

生き延びろ。

逃げ回ってもいい。

隠れててもいい。

どんな手を使っても生き延びろ。

死にそうな奴は俺に言え。

俺が直ぐにそいつをあの世から引きずり出してやるからよ。

こっから先は死ぬんじゃねぞ!」

 

 俺の予想通り、

仕事の成功の知らせだった。

そして皆に死ぬな、

生き延びろと命じてきた。

 

「良かった……」

 

 オルガは生き延び、

仕事は成功。

後は停戦の合図が出るまで生き延びるだけだ。

 

 何としても生き延びてみせる。

そう決意を新たにしていた時、

エイハブ・ウェーブの波動が検知された。

 

 レーダーで方角を確認すると、

反応は東側にあった。

しかもその数は十二。

 

 俺は愕然となった。

MSが十二機近づいて来ている!

狙いはおそらく拠点の制圧だ。

 

 エドモントン警備計画によれば、

MS部隊はエドモントン市郊外南側と東側に配置されていた。

南側は俺達が仕掛けた奇襲で手酷い損害を受けているが、

東側は無傷といっていい。

その部隊が拠点を狙って移動している。

それは何としても止めなければならない。

 

 俺は急いで拠点にいるビスケットに連絡を取った。

 

「ビスケット、

聞えるか?」 

 

「シノ!?

何が起きたの?」

 

 俺からの通信にビスケットは緊張していた。

通信傍受の可能性が分かっても知らせたい事がある。

それを理解したビスケットは、

その重要性を理解しているようだ。

どうしたのではなく、

何が起きたかと聞くのが何よりの証拠だ。

 

「ギャラルホルンのMSが十二機、

拠点制圧に向けて接近中している」

 

「十二機!?

そっか、

東側の陣地からの増援か!」

 

「そうだ。

此処は俺が……」

 

 時間稼ぎをする、

そう言おうとした時だった。

通信が突然途切れ、

通信不可の文字が表示された。

 

 何があった?

通信機の故障とは思えなかった。

もしやと思い、

MS部隊が接近しつつある東の空を、

望遠モードで見渡した。

 

 すると上空には、

何かが浮遊しているのが確認された。

おそらくは通信を妨害するジャマーだろう。

 

 本来ならば、

拠点付近で使用する予定だったが、

俺の存在で慌てて使用したようだ。

 

 これで連絡は出来なくなった。

俺が出来る事は三つ。

 

 一つ目。

MS部隊十二機全機を俺が倒す。

一番理想的な結果だが、

それが出来ると思うほど自惚れちゃいない。

論外だ。

 

 二つ目。

ビスケットが何か対策するまで、

MS部隊十二機全機と戦いながら時間稼ぎをする。

通信が切れた事で、

ビスケットは異変に気づいた筈だ。

更地で戦っているだろう、

三日月、昭弘の中から誰かを、

救援に向わせるよう手配しているだろう。

二人も救援に向える程の余裕はないと思う。

なぜなら、

南側のMS部隊も連動していると俺は考えている。

今更地では、

南側MS部隊の総攻撃が行われている可能性が高い。

激戦の中から一機抜けるのは厳しいだろう。

ある程度余裕が出来ないと救援には向えない。

時間がどれだけ掛かるか分からないのが、

この案の問題点だ。

 

 最後の三つ目。

ジャマーの範囲外にでる。

効果範囲がどの位か分からないが、

俺が連絡している途中で、

ジャマーが投入された事から、

効果範囲はそれ程広くないと考えられる。

だが連絡出来た所で、

何を話すか?

避難するように言うのか?

その頃には拠点が攻め込まれている可能性がある。

 

 考えた結果、

二つ目の案を採る事にした。

MS十二機相手に時間稼ぎをやるのはかなり厳しいだろう。

撃墜される可能性も高い。

だがやらないという選択はなかった。

何もしなければ拠点が攻め込まれ、

最悪ビスケットが死ぬ事になる。

何としてでもそれだけは避けなければならなかった。

 

 俺はMS部隊と対峙するべく、

イナヅマ号を東に向けて移動を再開した。

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビスケットの話では、

拠点となった廃駅は、

かつては石油採掘施設から採掘された原油を運ぶための輸送路だったらしい。

駅施設だけではなく線路も撤去されていないまま残されている。

拠点から東へ一直線に伸びている線路は運ぶ物が物だけに幅広く、

MSが攻め込む道として利用するには最適といえた。

 

 俺は急いで引き返し、

MS部隊が通過するであろう、 

線路の上に通せんぼしていた。

 

 間に合ってよかった。

下手をすれば、

抜けられていた可能性があった。

ひょっとしたら、

俺が線路の上で通せんぼしてくるのを見越していて、

わざと進行スピードを遅らせた可能性がある。

通信妨害までしてきたんだ。

俺を逃がす気がないのかもしれない。

 

 望遠モードで線路の先を見る。

そこには三機のグレイズがこちらに近づいているのが見えた。

よく見ればグレイズの後ろにもグレイズが見える。

おそらく三機のグレイズが四列に移動していると思われる。

前列のグレイズがこちらの姿を確認したのか、

武器を構えた。

その武器がロケットランチャーだと気づいた時、

俺は急いで回避行動をとった。

 

 真ん中のグレイズが持つロケットランチャーから、

弾頭が発射された。

他の二機は撃ってこなかった。

これ幸いと、

こちらに向ってくる弾頭に注目しギリギリまで引きつけ、

当たる直前になって肩のブースターを吹かし左横に避け、

目標を見失った弾頭は彷徨いながら推進力を失い地面に墜落し爆発した。

 

 追撃を警戒すると、

MS部隊は隊列を変更。

横一列に九機のMSが並んだ。

その後ろに一機のMSが待機している。

頭部に角がある事から指揮官機と思われる。

十機のMSが武器を構えてこちらを狙っていた。

 

 ……十機?  

十二機ではない。

残り二機は何処に? 

レーダーで確認するまでもなかった。

迂回して抜けようとしていたのだ。

先程の攻撃は、

それを悟られないようにするための陽動だったか。

まずい。

このままでは抜けられる!

 

 二機を追おうとしたが、

残りのMS部隊はそれを見逃してくれなかった。

三機のグレイズがイナヅマ号を狙ってライフルの引き金を引いた。

慌てて肩のブースターを吹かし右横に避け、

三発の弾丸がイナヅマ号の横を通過した。

 

 すると今度は別の三機のグレイズがライフルの引き金を引く。

回避した後を狙ってきたようだ。

肩のブースターを更に吹かしたお陰で、

三発の弾丸の直撃は避けられた。

 

 そして最後の三機のグレイズの攻撃が開始された。

指揮官機のグレイズのライフル射撃と、

二機のグレイズのロケットランチャーによる波状攻撃が行われた。

今度は肩のブースターを逆方向に吹かし左に変更。

突然の軌道修正により、

波状攻撃をかわす事に成功した。

 

 何とか敵の攻撃をかわす事に成功したが、

回避に専念した事で、

二機のグレイズに抜けられてしまった。

追うにしても、

また先程の三機毎の連続攻撃が邪魔で抜けるのが難しい。

 

 まさか十機のMSが足止めするとは思わなかった。

唯の足止めじゃない。

こちらの推進剤の燃料を切らして、

機動力が無くなった所を一気に叩く心算だろう。

 

 幸いだったのは、

イナヅマ号にはローラーユニットがある事だ。 

移動中にはこれを使って走行していたために、

推進剤の使用を極力抑えていたために余裕がある。

暫くは回避に専念出来るが、

それでは二機のグレイズを追えなくなる。

 

 今すぐ二機のグレイズを追わなければならない。

その場合、

敵に背中を見せる事になる。

後ろから攻撃される事は間違いない。

こちらを追跡してくるだろう。

その状態で二機のグレイズを捕捉した時には、

挟み撃ちに遭う形になる。

非常に危険だ。

 

 悩んでいる時間はなかった。

イナヅマ号の肩ブースターを前に向け、

イナヅマシールドを前に構える。

バックブーストで、

全力後退をするためだ。

これなら背中を見せる事無く、

敵の攻撃を防ぎながら離れる事が出来る。

問題なのは全力前進よりもスピードが遅いので、

間に合わなくなる可能性がある事だ。

そのため、

何処かで旋回して全力前進する必要がある。

タイミングの見極めは、

その場で判断するしかない。

 

 肩ブースターを点火させようとした時だった。

大きな砲撃音が響き渡った。

こちらの動きに気づき、

攻撃を仕掛けたかと思ったが、

盾に衝撃は無かった。

 

 その代わりに、

前方の指揮官用のグレイズの頭部パーツが吹き飛び、

その衝撃で指揮官用グレイズはふらつき地面に膝をついた。

それを見た他のグレイズ達は慌てて指揮官用グレイズに駆け寄っていた。

 

 ……何があった?

後方からの砲撃だった事に俺は気づいた。

レーダーを見れば、

二機のMSの反応が後方から近づいているのを確認した時、

通信が入ってきた。

 

「大丈夫?

シノ」

 

「待たせたな。

今度は当てたぜ。

指揮官によ」

 

 通信してきたのは何と三日月と昭弘だった。

 

「三日月、昭弘!

来てくれたのか!?」 

 

「仲間の危機なんだから、

助けるのは当然でしょ?」

 

「推進剤の補給中に、

ビスケットから知らせを受けて急いで来たんだよ。

その途中で二機のグレイズに出会ったが潰しておいたぜ」

 

 今の状況において最高の知らせだった。

レーダーに反応する二機のMSは、

バルバトスとグシオンリベイクだった。

まさか二人とも来てくれるとは思わなかった。 

 

 いや、

この場合は運が良かったというべきかもしれない。

二機は更地ではなく、

補給のために拠点にいたのだから。

 

 推進剤の事を俺はすっかり失念していた。

二機にはイナヅマ号に装備されているローラーユニットがない。

そのため、

決闘の場に向ってから戦闘を行い、

勝利後に市内を出る頃には、

かなりの推進剤を消費していたはずだ。

その状態でタービンズの方々と合流する頃には、

推進剤が無くなっている可能性がある。

補給するのは当然の事だ。

 

 反省は後だ。

今は目の前の敵の対処だ。

既にMS部隊の混乱は収まっており、

何時攻撃を仕掛けてきてもおかしくない。

 

 バルバトスとグシオンリベイクがこちらに合流し、

イナヅマ号に並ぶ。

通信が出来た事に今更になって気づいた。

どうやらジャマーの効果時間は短かったようだ。

 

「シノ、

後はこいつらを潰せば良いの?」

 

「ああ。

ギャラルホルンの最後の攻勢だ。

これを凌げば、

俺達の勝ちだ」

 

「だったら尚更、

負けるわけにはいかねえな」

 

 グシオンリベイクは持っていたライフルを捨て、

ハルバードを取り出す。

 

 するとそれを合図としていたのか、

MS部隊は、

指揮官用グレイズを残して突撃を開始した。

九機のグレイズは三機一組となって三つのグループに分かれ、

バルバトス、

グシオンリベイク、

イナヅマ号へと向っていく。

 

「三対一だが、

やれるかシノ?」  

 

「問題ない。

戦えるさ」

 

「大丈夫。

シノなら殺れる。

それじゃ行くよ!」

 

 三日月の掛け声と共に、

向ってくるグレイズのグループに立ち向うべく散会する。

 

 イナヅマ号を狙うグループの動きを見る。

真ん中のグレイズは武器を大きな剣に切り替え、

両手で持って振り上げたまま近づいている。

対して左右のグレイズは、

こちらを挟み込むかのように迂回した。

武器はライフルのまま銃口をこちらに向けていた。

 

 真ん中のグレイズの大剣を振り上げる動作は不自然だ。

まるで注目してくださいと言わんばかりの行動だ。

恐らく敵の狙いは真ん中のグレイズの行動に注視している隙に、

左右のグレイズの射撃でイナヅマ号の動きを止め、

真ん中のグレイズがトドメを刺す事だと考えられる。

 

 どちらを狙うか?

左右の方のどちらかか?

真ん中の方か?

 

 俺は迷う事無く真ん中のグレイズに向かい突撃した。

背中のブースターの出力を全開にして一気に近づく。

これで左右のグレイズは誤射を恐れて撃てない筈だ。

 

 真ん中のグレイズは動かなかった。

間合いに入るのを待っているようだ。

振り下ろしの一撃は威力が大きい分、

隙が出来やすいにも拘らず振り下ろす体勢を変える気は無い。

イナヅマシールドを破壊出来ると思っているのだろうか?

試してみる心算は無かった。

 

 大剣の間合いまで十メートルを切った時、

俺はイナヅマ号の肩ブースターの出力を全開にして、

急加速を行った。

 

 突然スピードを上げた事で、

真ん中のグレイズは大剣を振り下ろすタイミングを失った。

その隙を俺は逃す筈が無く、

イナヅマシールドをグレイズのコクピットにぶつけた。

シールドバッシュというやつだ。

 

 急加速の勢いで殴りつけたイナヅマシールドの一撃は、

見事なまでにコクピットを損傷させ、

真ん中のグレイズはその衝撃で大きく後ろへ倒れ、

振るおうとした大剣は地面に深く突き刺さった。

 

 後二機。

どちらを叩くかと考えていた時、

左右から連続した衝撃を受けた。

左右のグレイズからライフル射撃を受けたのだ。

 

 慌ててイナヅマシールドを左側に向けて左側のライフル射撃を防ぎ、

右側のライフル射撃はイナヅマ号の右腕のナックルガードで防ぐ。

機体の状況を確認すると、

損傷らしい損傷は見受けられなかった事に安堵する。

しかし何時までも攻撃を受け続けるわけにもいかない。

 

 そこで持っていたイナヅマチョッパーを、

右側のグレイズに向けて投げた。

まさか武器を投げてくるとは思わなかっただろう。

思わず撃ち落そうとして銃口をイナヅマ号から、

イナヅマチョッパーに切り替えるも遅かった。

 

 イナヅマチョッパーの刃が右側のグレイズのライフルの銃身に食い込んだ。

運悪くライフルの弾丸が発射されたのと同時だった。

発射された弾丸が食い込んだイナヅマチョッパーの刃に当たり、

その衝撃によって銃身が破裂、

ライフルが破損した。

 

 衝撃を直に受けた右側のグレイズがふらつくのを見て、

俺は左側のグレイズに突撃を仕掛けた。

サブマシンガンを手にして、

射撃モードをフルオート射撃に設定して、

左側のグレイズに向けてサブマシンガンの引き金を引いた。

 

 出し惜しみ無い弾丸の放出に、

左側のグレイズはライフル射撃を止めざる終えなくなった。

だがその時間は長く続かない。

サブマシンガンの弾が切れたのだ。

サブマシンガンを捨て、

そのままイナヅマシールドを構えたまま突撃を続ける。

 

 すると左側のグレイズはライフルを捨て、

左サイドアーマーに懸架していたアックスを取り出した。

ライフルは弾切れではなかった筈だが、

イナヅマシールドを構えられては有効打は得られないと判断したのだろう。

 

 左側のグレイズは、

右腕でアックスを構え、

左腕をコクピットの前に隠すように守っている。

どうやらシールドバッシュを警戒しているようだ。

 

 それならば別の手段を使うまでだ。

それを悟られぬよう動きを変えぬまま、

遂に機体同士が触れ合う距離まで近づいた。

 

 左側のグレイズの左手が開く。

イナヅマシールドを掴もうとしていた。

咄嗟に前に構えていたイナヅマシールドを下げる。

左側のグレイズの左手が空を掴んだ。

無防備となった姿を俺が見逃す筈が無かった。

 

「イナヅマナックル!」 

 

 今日で二度目となる技名を宣言し、

必殺の一撃を叩き込んだ。

 

 右手のナックルガードをストレートで打ち、

左側のグレイズのコクピットに叩き込み、

ナックルガードの先端から高電圧の電気ショックが放たれる。

 

 中のパイロットが気絶したのが先か、

システムが停止したのが先かは分からない。

左側のグレイズは手にしたアックスを落し、

その場で崩れ落ちた。

 

 後一機。

俺は咄嗟にイナヅマ号をしゃがませながら、

下げていたイナヅマシールドを上に上げた。

直後、

アックスによる直撃がイナヅマシールドを通して振動して伝わった。

右側のグレイズが追いかけて、

攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

 敵の攻撃は失敗に終わった。

今度はこちらの攻撃だ。

 

 両肩ブースターを別々の方向に吹かしてのターンブーストを行い、

さらにローラーユニットを起動しての反時計回りの超旋回を行った。

その途中に、

落ちていた左側のグレイズのアックスを拾い、

その勢いを利用して薙ぎ払う。

アックスの刃はコクピットに突き刺さり、

右側のグレイズは物言わぬ人形と化し、

吹き飛ばされたまま起き上がる事は無かった。

 

 どうにか三機のグレイズを撃破出来た。

三日月と昭弘はどうしているだろうかと辺りを見渡すと、

既に撃破した後だった。

 

 残るは指揮官用グレイズのみ。

俺達三機は指揮官用グレイズに近づくと、

何と指揮官用グレイズから通信が入った。

 

「貴様等は何者だ!?

我々の部隊を全滅させる等、

有り得ん事だ!

反乱分子如きに、

我々ギャラルホルンが敗れる等、

あってはならん事だ!」

 

「それは違うな」

 

 俺は律儀に答えていた。

反乱分子と呼ばれた事が気に入らなかったからかもしれない。

 

「そうだ。

俺達は反乱分子じゃねえ」

 

「鉄華団だ」

 

 昭弘と三日月が後に続いて返答した。

彼等も気に入らなかったのかもしれない。

それにしても意外とノリが良いな。

 

「何だと!?

その声は子供か?

まさか子供に負けたというのか?

有り得ん、

有り得んぞ!

あってたまるか!

我々が、

ギャラルホルンが、

世界の秩序がぁアアアアッ!」

 

 指揮官の言葉は最後まで続かなかった。

バルバトスのレンチメイスが、

指揮官用グレイズを叩き潰したからだ。

 

「ゴチャゴチャとうるさいんだよ」

 

「……相変わらず容赦ないな」

 

 昭弘の評価に思わず頷きたくなる。

まさかこんな呆気ない終わり方になるとは思いもしなかった。

それでも二人が来なければ、

呆気ない終わりを迎えていたのは俺だったかもしれない。

礼を言っておかないと。

 

「ありがとう、

三日月、昭弘。

お陰で助かった」

 

「いいよ別に。」

 

「此処まできて拠点を落されちゃたまらんからな」

 

「これで拠点を攻めるMSはいなくなった。

後はアジーさんとラフタさんがいる更地に合流して、

そこにいるMSを撃退するだけだ」

 

「そうだな。

急がねえと二人にドヤされる」

 

「うん、

行こう」

 

 更地へと向う前に、

ビスケットに連絡を入れようとした時、

全体通信が届いた。

 

「……この通信は、

全チャンネルを通して発信しておる。

エドモントン市内及び郊外で戦闘行為を行っている者達に告げる。

ワシは蒔苗 東護ノ介という。

今回の事態に対応するため、

臨時の代表を務めておる。

直ちに戦闘行為を中止し、

武装解除して貰いたい。

これはアーブラウ最高議会の総意である。

これを断る事は、

アーブラウ並びに、

地球の経済圏全てを敵に回すと心得よ……」

 

 通信を開けば、

それは蒔苗の停戦要請だった。

内容から考えて、

通信の全チャンネルで流しているそれを、

オルガが機転を利かせて全体通信で、

鉄華団の皆に聞かせているようだ。

 

「聞えた?」

 

「ああ、

これって……」

 

「停戦要請だ」

 

 三機共にエドモントン市の方向に顔を向け、

次の変化を待った。

 

 停戦要請が発信されてどれ位時間が経っただろうか?

エドモントン市上空に、

信号弾が打ち上げられていた。

青が三つ。

停戦を意味するメッセージだ。

 

「おい!

あれって……」

 

「停戦信号だ」

 

 興奮する昭弘に、

宥めるように俺は答えた。

 

 まだ安心出来なかった。

停戦信号が打ち上げられたからって、

それで停戦になるわけじゃない。

戦っている陣営全てが停戦信号を打ち上げて、

初めて停戦が成立する。

 

 打ち上げ位置は、

議事堂に近かった。

恐らく打ち上げたのはオルガだろう。

後はギャラルホルンが停戦信号を打ち上げれば、

停戦が成立する。

 

 停戦要請を全世界に向けて発信された事で、

ギャラルホルンはこれを無視する事は出来ない。

何よりもMSを市内に持ち込むという致命的な失態を犯しているのだ。

その点を突けば応じない筈がない。

そう思っていたのだが、

打ち上げてくる気配がない。

 

「早くしろよ……」 

 

 三日月がイラついている。

信号弾の照明時間は長くはない。

およそ三分位だ。

つまり三分以内に、

照明が消えない内にギャラルホルンが停戦信号を打ち上げなければ、

停戦は成立しない。

すぐに信号弾を打ち上げないギャラルホルンに、

三日月はイラついていた。

 

 停戦が成立しなければ、

戦闘は再開される。

それは一番まずい状況だ。 

長期戦になれば、

増援の部隊がエドモントンに来るだろう。

そうなれば全滅の恐れがある。

 

 蒔苗を議事堂に送り届けた所で、

戦闘が終わるとは思っていない。

ギャラルホルンの面子にかけて、

鉄華団を殲滅させようとする可能性があった。

そこでクーデリアが、

アーブラウ最高議会で停戦要請を出すよう説得する事になっていた。

アーブラウ最高議会からの要請ならば、

ギャラルホルンは無視出来ない筈。

一種の賭けだった。

 

 既に二分以上経過している。

失敗だったか……。

戦闘再開に備えようとした時だった。

 

「おい見ろよ!」

 

 グシオンリベイクが指差す方向に顔を向ける。

そこは禁止区域から離れた場所だった。

確か警備計画書では指揮所があったと思われる所だ。

その上空から、

信号弾が放たれた。

青が三つ。

両陣営からの停戦信号が確認された。

停戦が成立したのだ。

 

「本当にすごいなあいつ。

また止めさせたよ」

 

 三日月は停戦要請を出す切っ掛けを作っただろうクーデリアを褒めていた。

さっきまでのイラつきが嘘のようだ。

 

「……なあ、

終わったんだよな?」

 

 昭弘が戸惑いがちに聞いてきた。

心境としては、

これは現実なのか?

夢じゃないよなといった所か。

しっかりと答えよう。

 

「安心しろよ。

これは夢じゃない。

俺達の勝利だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 停戦成立後、

ギャラルホルンと鉄華団は武装解除を行い、

陣営内の負傷者と犠牲者の搬送が行われた。

 

 鉄華団の方では短時間に終わった。

重軽傷者は多くも、

死者がゼロだったのは奇跡といって良かった。

橋での戦闘で被害ゼロのまま市内に突入出来たのが大きかった。

 

 反対に被害が大きかったギャラルホルンの方は、

死者の搬送に時間が掛かっていた。

橋付近のMW部隊は、

グシオンリベイクの砲撃でバラバラになっており、

回収に困難を極めていた。

彼等は決して鉄華団の手を借りなかった。

それどころか近づけさせないように、

歩兵部隊による警備をさせていた。

 

 搬送を終えた俺達は郊外で、

ギャラルホルンの搬送が終わるまで待機していた。

暇つぶしに見た、

都市の中に沈んだ夕日の景色は奇麗だった。

 

 ギャラルホルンが搬送を終えたのは、

午後九時過ぎ。

その後代表者同士で行われた会談の後、

ギャラルホルンはエドモントンを撤退した。

本来ならば、

破壊されたMSやMWを回収するべきだったが、

MSを市内に持ち込んだ事で、

市民の怒りが爆発寸前だった。

 

 市内封鎖だけでも経済的ダメージを受けたのに、

市内にMSを持ち込んだために、

都市機能が麻痺した事で更なるダメージを受けたのだ。

これ以上ギャラルホルンの人間を留めておけば、

間違いなく問題が発生する事は目に見えていた。

これ以上の問題を起さないためにも、

回収は諦めるしかない。

 

 ギャラルホルン撤退後、

拠点に戻る頃には既に日が沈み、

夜が更けようとしていた。

 

 ある者はグッスリと眠り、

ある者は互いに健闘し、

ある者はMSやMWの簡単な整備をしたりして、

思い思いの時間を過ごしていた中で、

俺は設置していたテレビを見ていた。

どのチャンネルもエドモントンの話で持ちきりだった。

 

「この時間は番組の内容を変更して放送します。

本日午後一時頃、

エドモントン市内で大規模な戦闘が発生したとの事です。

戦闘行為は既に終了したとの事ですが、

詳しい状況、

被害等は分かっていません。

何か分かり次第……」

 

「……エドモントン市内で発生した、

謎の武装勢力とギャラルホルンとの衝突は既に収束し、

ギャラルホルンは撤退したとの情報が入りました。

統制局からの声明はまだ……」

 

「……エドモントンでは二日後にアーブラウ代表指名選挙が控えており、

先日発生したエドモントン・セントラルカレッジ爆破事件と、

今回の事態に何らかの関係が……」 

 

 様々なチャンネルに切り替えるが、

詳しい情報が放送されていない。

ギャラルホルンが必死に情報操作をしているのだろう。

だが、

ギャラルホルンが起した問題はあまりにも大きい。

情報操作による統制は失敗に終わるのも時間の問題だろう。

 

「あいつの事、

全然のってないな」

 

 意外にも三日月と一緒にテレビを見ていた。

正確には、

クーデリアの活躍が見たかったのだろうが、

残念ながら、

ギャラルホルンの情報操作で、

クーデリアの情報が伝わっていないようだ。

 

「二日後のアーブラウ代表指名選挙で蒔苗さんが当選すれば、

お嬢さんの事がテレビで放送されるさ」 

 

「ふーん。

そっか」

 

 蒔苗がアーブラウ代表になれば、

その権限でギャラルホルンの情報操作を止める事が出来る。

その事に気づいたのか、

テレビに興味をなくしてこの場を去った。

 

 ちなみにクーデリアは拠点にはいない。

議事堂にいる。

停戦を呼び掛けた人間の責務として、

蒔苗と共に行動しているようだ。 

 

 そろそろ日時が変わる。

テレビのスイッチを消し、

寝ようかと思った時、

近くに設置した通信室の扉が開いた。

現れたのはビスケットだった。

誰かと連絡していたようだ。

明日の行動に影響すると思い話しかけてみた。

 

「ビスケット?

何かあったのか?」

 

「うん、

さっきクーデリアさんと連絡を取って、

今後の打ち合わせをしててね。

シノはテレビを見てたの?」

 

「ああ。

どれもこれもエドモントンの事で持ちきりだけど、

肝心の鉄華団の事が伝わってないんだ」

 

「ギャラルホルンの情報統制が機能しているみたいだね。

むこうも必死なんだよ」 

 

「こっちも必死で戦ってたんだがなあ。

拠点付近で十二機のMSと対峙した時は、

やられるかもしれないと思ったよ。

あの時は助かったよビスケット。

三日月と昭弘に連絡を入れてくれて」

 

「お礼を言うのはこっちだよ。

シノが連絡してくれなかったら、

襲撃を受けていたかもしれないからね」

 

「……襲撃か。

そういえば何でMS二機だけで拠点を攻めようとしていたが、

今思えば、

MS十機が足止めをする必要はなかったんだよな。

逆にその二機で足止めして、

十機が攻めていれば結果は分からなかっただろうに」

 

「……ああ。

あれはね、

ギャラルホルンが勘違いをしていたからなんだ」

 

 勘違い?

どういう事だろう?

どうしてそれをビスケットが知っているのだろう? 

様々な疑問が浮かび上がってくる。

 

 それが顔に出ていてのだろうか?

ビスケットはその疑問に答えてくれた。

 

「ギャラルホルンは、

こちらの所有するMSは六機あると思っていたんだよ」

 

「六機?

五機じゃなくて?」

 

「うん。

その原因は、

橋出入り口の戦闘さ」

 

橋の出入り口?

そこで起きた戦闘を思い出し、

俺は気がついた。

 

 

「……そうか!

グシオンリベイクか!」

 

「うん。

破壊跡を見れば、

MSによる攻撃と分かる筈。

ギャラルホルンはもう一機のMSが、

どこかに隠れていると思っていたんだ。

東側のMS部隊は、

シノの機体をその一機と勘違いしていたんだよ」

 

「成る程。

それで十機の足止めか

拠点にはMSがいないと思っていたから、

そういう行動を取ったのか」

 

「彼等にとって誤算だったのは、

決闘が既に終わっていた事を知らなかった事さ」

 

 そういう事だったのか。

これで彼等の行動の意味が分かった。

それにしてもかなり危うい状況だったなと思う。

もしも決闘の時間が長引いていたら、

間に合わなかったかもしれない。

 

「……運が良かったというべきか、

悪かったというべきか」

 

「運じゃないよ」

 

「え!?」

 

 思わず呟いていたのを聞かれていた。

 

「運じゃないよ。

僕は運の良し悪しで勝敗が決まったなんて思っていない。

皆の力があったからこそ、

勝つ事が出来たと思ってる。

誰か一人でも欠けていたら、

勝つ事は出来なかったと断言するよ」

 

「その台詞は……」

 

 ミレニアム島でのビスケットの会話で、

俺が言った台詞をアレンジしたものだ。

 

「シノが前に僕に言ったよね?

運だけで此処まで来れたなんて思っていない。

皆の力があったからこそ、

来る事が出来たと思ってる。

誰か一人でも欠けていたら、

誰も此処にいないと断言出来るって。

今回もそうさ。

確かに運の良さもあったかもしれないけど、

それを掴み取ったのは、

間違いなく皆の力さ」

 

「そっか……そうだよな。

皆が必死に頑張ったから、

成功したんだよな。

生き残ったんだよな」 

 

 今回の戦闘での死者はゼロ。

そしてビスケットが生きている。

今まで頑張ってきた事が報われた事を実感した。

 

 ちなみにおやっさんが言った台詞をアレンジしたものだという事は、

絶対に秘密だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エドモントン到着から二日目。

俺達は蒔苗から新しい仕事を請けていた。

 

 それは、

市内に放置されているMWやMSの残骸撤去だった。

 

 本来ならばギャラルホルンが行うべきものだが、

放棄して撤退してしまったので、

市内に残ったままだった。

ちなみに郊外の方は既に回収されていた。

その作業に俺達は立ち入る事を禁じられた。

 

 何で俺達がやらなければならないのか?

後日回収しに来るのを待てば良いんじゃないかという声が少なくなかったが、

回収したものの処分は鉄華団が好きにして良いという蒔苗の言葉で、

皆の目の色が変わった。

MWやMSの残骸を売却すれば、

特にエイハブ・リアクターはかなりの金になる。

文句の嵐が、

賛成の嵐に変わった。

 

 作業は四つに分かれた。

MWを回収する組、

オルトリンデを回収する組、

ロスヴァイセを回収する組、

カルタが乗っていたMSを回収する組に別れ、

俺はオルトリンデを回収する組に入り、

特殊大型車両の運転役を担当する事になった。

昭弘はロスヴァイセを、

三日月はカルタが乗っていたMSを回収する組に入っていた。

 

 回収作業に入るために、

オルトリンデと戦っていた場所に向って、

特殊大型車両と作業用MWが向う。

そこで大きな問題が発生した。

 

 イナヅマ号とオルトリンデが戦っていた場所は、

ビルの残骸だらけだったのだ。

 

 オルトリンデはビルを踏み台にして、

飛び跳ねて移動していたものだから、

崩壊したビルの残骸による道が出来ていた。

更にオルトリンデが放ったナパーム弾の跡には、

高熱でアスファルトや窓ガラスが溶けて変形していた。

それらが通行を邪魔しており、

MSよりも先に、

ビルの残骸撤去を行う事になった。

 

「残骸は端に退けるだけでいい!

大きい方を優先しろよ!」

 

「はい!」

 

 助手席に座っているおやっさんの指示で、

団員達がMWでビルの残骸を端に退かす作業に入っていた。

ちなみにヤマギはイナヅマ号の整備をしている。

俺は何時でも動かせるように運転席で待機していた。

 

「しっかし、

こいつはひでえもんだな……」

 

 おやっさんの言葉で、

俺は居たたまれない気持ちでいっぱいだった。

だからだろうか。

ついおやっさんに謝罪してしまった。

 

「……なんかすいません」 

 

「謝る事はねえよ。

おめえはよく頑張ったさ。

だれも文句は言わねえよ」

 

「アーブラウが文句言いそうですけどね」

 

「それはないだろう。

文句を言うなら、

ギャラルホルンにするだろうさ」

 

「だといいですけど……」

 

「なんだあ?

何かまずい事でもあるのか?」

 

「いや、

その……、

賠償とかするのかなあって……」

 

 自然災害が発生したといっても信じてしまいそうな光景は、

復興が容易ではないと想像するには十分なものだった。

これ程の破壊を受けて、

アーブラウから何のお咎めもなしというのが信じられなかった。

何割かは鉄華団が支払わなければならないのではと思ってしまった。

もしかしたら報酬の何割かは差し引かれてしまうかもしれない。

 

「ふっ、

そんな事気にする事はねえよ。

おめえは自分の命、

仲間の命の事を考えりゃ良いんだよ。

安心しろ。

これを見て文句言う奴がいりゃ、

皆がそいつに文句を言うさ。

まあそれ以前に、

あの爺さんがそんな事をさせないと思うがな。

そこらへんは信じてやったらどうだ?」

 

「……そうですね。

そうします」

 

 賠償請求されない代わりに、

何かを要求される気がしたが、

確証もないので黙っていた。

 

「おやっさん、

終わりました!」

 

作業終了の通信が届いた。

 

「行くぞシノ。

今は仕事を終わらせる事に集中しようや」

 

「はい」

 

 アクセルペダルを踏み、

大型特殊車両を前進させる。

オルトリンデの残骸に到着するのに時間が掛かってしまった。

 

 オルトリンデのコクピットは外されていた。

中のパイロットの遺体を回収するために、

コクピットごと外したらしい。

阿頼耶識システムを施されていたので、

回収するにはそれしか手が無かったのだろう。

 

 オルトリンデをMS回収用のクレーンに取り付け、

特殊大型車両に搭載するのは然程時間は掛からなかった。

 

 回収を終え拠点に戻った後、

周囲から感心した目で見られていた。 

どうやら残骸だらけのビル跡を見て、

俺は凄い敵との激闘を繰り広げたと思われていたようだ。

実際には逃げていたのだが、

そんな事は言えるわけがない。

また一つ、

秘密が出来てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エドモントン到着から三日目。

鉄華団主要メンバー全員が、

テレビの前に集まっていた。

 

 午後三時。

テレビのスイッチを入れる。

目的はあるニュースを見るためだ。

 

「只今速報が入りました。

本日午後一時、

議事堂で行われたアーブラウ代表指名の結果が出ました。

結果は圧倒的賛成数で、

蒔苗 東護ノ介氏がアーブラウ新代表に再選されました。

当初の下馬評では、

アンリ・フリュウ氏という声が多かったのですが、

二日前の騒動で辞退するという予想外の事態となった形での選挙であり……」

 

「良かった」

 

「ああ、

これで当選しなかったら、

報酬が払えないなんて事になりかねないからな」

 

 ビスケットとオルガが、

蒔苗の再選にホッとしていた。

 

「これであいつは、

交渉が出来るんだよね?」

 

「ああ、

そうだな。

直ぐにでも始めてるんじゃないか?」

 

 三日月が俺に尋ねてきた。

クーデリアと蒔苗によるアーブラウとの交渉ために地球に来た事を憶えていたのだ。

 

「あいつはさ、

俺達を幸せにしてくれるんだってさ。

どのくらい掛かるかな?」

 

「分からないな。

政治の結果は時間が掛かるからな」

 

「そっか。

見てみたいな。

あいつの作る世界」

 

 三日月の言葉に俺は息を呑んだ。

三日月は年少の頃、

オルガの言う此処ではない何処かに辿りつくために生きてきた。

それは三日月の行動目標といっていい。

それが新たにもう一つ追加されたのだ。

彼の進んだ道のの先に辿りついた光景はどのようなものか?

見てみたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エドモントン到着から四日目。

主要メンバーが通信室の中にいた。

ユージンから連絡が入り会話するためだ。

 

 オセアニア連邦のコロニーに匿われていたが、

エドモントンの戦いに参加するために、

地球に降下する予定であったが、

予想以上に早く終わったために地球降下を中止し、

今はアーブラウのコロニーに匿われているとの事だった。

 

「全く、

アホみたいだったぜ。

折角急いで来たってのによ」

 

「悪かったな」

 

「いいさ。

成功したんなら、

それに越したことはないからよ。

それよりもすげえぞオルガ。

俺らを英雄って呼んでやがる。

ギャラルホルンの悪事から都市を救ったってなあ」

 

「ユージン、

その話はコロニーに広がっているの?」

 

 オルガとユージンの話に、

ビスケットが割って入った。

 

「ああ、

ギャラルホルンの奴等、

MSを市内に持ち込んだんだろ?

その映像が流れていたぜ。

それとシノ、

お前のMSがギャラルホルンのMSと戦っている映像も流れていたぜ」

 

「は?」

 

 どういう事だ?

話を聞く限り、

イナヅマ号とオルトリンデの戦闘の話だろう。

どうしてその戦闘が流れているのか?

それ以前にどうやって記録されたのか?

考えていると、

オルガがこちらに顔を向けてきた。

 

「悪いなシノ。

実はビルの屋上に捕らわれていた時、

MWを使って決闘の記録を撮っていたんだよ。

ギャラルホルンの悪事の証拠としてな。

そのデータをクーデリアに渡して、

停戦要請の材料にする心算だったんだがな。

どうやら蒔苗の爺さんに渡したらしいな」

 

「……抜け目がないな」 

 

「転んでもタダじゃ起きねえよ」

 

 オルガの行動には驚かされる。

咄嗟にそういう行動を取れるのは、

指揮官として頼もしいが、

命を落す可能性が高いので、

総大将として考えると控えて欲しいと思う。

 

「良かったなシノ。

これでお前は有名人だぜ。

いや、

英雄だな」

 

「は?」

 

 ユージンの言葉に俺はまたしても言葉を失った。

 

「確かに映像を見るだけなら、

人質を取っているギャラルホルンのMSを、

倒そうとしているように見えるよね」

 

 ビスケットから解説が入るが、

ちっとも嬉しくない。

 

「すげえなシノの兄ちゃん」

 

「やったなシノ」

 

「おめでとう」

 

 ライド、昭弘、三日月から祝福の言葉を掛けられるが、

全く嬉しくない。

 

 これをギャラルホルンが見たらどう思う?

憎き一番の敵として認識されるじゃないか! 

 

 コロニーに放送されたという事は、

蒔苗がアーブラウ代表の権限で、

ギャラルホルンの情報統制を解除させたに違いない。

つまり地球圏内だけではなく、

圏外圏まで広がる事になる。

 

 鉄華団の名前が世界中に広がるのは良い。

だが、

俺の名前だけが広がるのは如何なものだろうか?

 

 下手をすれば、

ギャラルホルンの工作員や刺客に、

命を狙われる可能性が出来てしまった。

 

 ギャラルホルンとは限らない。

ノブリスのような富豪が狙ってくる可能性も捨てきれない。

 

 まさか死亡フラグを立ててしまったのか?

そんな事を考えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エドモントン到着から五日目。

タービンズのリーダー、

名瀬さんが拠点に合流した。

 

 アジーさんとラフタさんとエーコさんを迎えに来たのだ。

宇宙ではなく、

地球に降下して合流したのは、

アーブラウとテイワズの今後の付き合いを相談するために、

テイワズの代表として来たため、

拠点で合流した方が都合が良いからだ。

 

 久しぶりの再会に、

タービンズの方々は名瀬さんと抱き合っていた。

その後名瀬さんは、

オルガと二人っきりで何処かに行ってしまった。

何か話し合うのだろう。

聞き耳を立てるような心算はなかった。

 

 俺達を含む暇を持て余している団員達は、

タービンズの方々の別れの準備の手伝いをしていた。

漏影を特殊大型車両に収容し、

他の荷物を運び入れるのに大した時間は掛からなかった。

 

「ありがとうございます。

タービンズの方々がいなかったら、

仕事は失敗していたかもしれません。

お陰で助かりました」  

 

「いいっていいって」

 

「私達は名瀬の代わりに、

あんた達をフォローしただけさ」

 

「そのフォローにどれだけ助けられたか。

決闘の後に拠点が襲撃されなかったのは、

お二人が抑えていたお陰です」

 

「えっと……、

それは……」 

 

 ラフタさんが言葉を濁す。

何か悪い事を言ってしまったのだろうか?

もしかしたら戦闘で嫌な出来事でもあったのだろうか?

 

「……なかったよ」

 

「え?」

 

「あの後、

戦闘はなかったんだ」

 

「ええ!?

どうして?」

 

 驚かずにはいられなかった。

決闘場に向っている間、

鉄華団の戦力は割かれた形となっていた。

攻撃を仕掛ける絶好の機会だった筈だ。

 

「それはね、

南側のMS部隊が混乱していたんだよ」

 

「ビスケット!?」

 

 何時の間にかビスケットが輪に入ってきた。

どうやら先程の話の謎を知っているらしい。

話を聞いてみよう。

 

「混乱って?」

 

「三日月とシノとアジーさんとラフタさんによる、

南側のMS部隊の陣地を奇襲した事で、

彼等は体制を整えるのに必死だった。

その時、

ギャラルホルンのMSが市内に持ち込まれたという情報が入って、

彼等は混乱してしまったんだ。

偽の情報ではないのか?

もしかしたらギャラルホルンではなくて鉄華団のMSではないのかってね。

正しい情報を集めるために、

部隊を動かす事が出来なかったんだ」

 

「どうしてビスケットがそれを知ってるんだ?」

 

「停戦の代表者会談に僕も同席する事になってね。

ギャラルホルン側から話を聞く事になって、

それで向こうの状況を知ったんだ」

 

「へえ~、

そういう事だったんだ」

 

「組織的連携が取れてないじゃないか。

笑えないね」

 

 アジーさんの評価に俺も頷いて同意する。

 

「これからはギャラルホルンも荒れるだろうね。

その間はあんた達にちょっかいを仕掛けては来ないだろうさ。

しっかり力をつけておきなよ」

 

「ピアスが一番危ういからね。

テレビでその名が広まってるし。

鍛えておきなさいよ~」

 

 アジーさんとラフタさんから激励を頂いた。

何気にピアスのアホからアホが取れていた。

少しは認めてくれたって事だろうか?

少し嬉しくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エドモントン到着から六日目。

午後一時。

俺と三日月と昭弘とオルガとビスケットは、

『アーブラウ代表官邸』にある大ホールの中にいた。

 

 何とアーブラウ新代表となった蒔苗から、

褒章を貰う事になったのだ。

 

 ギャラルホルンの悪事が世界に知れ渡ると同時に、

それを食い止めた鉄華団の名も知れ渡る事になった。

特にエドモントン市民の多くが、

鉄華団に感謝しており、

その気持ちに答えるべく、

褒章を贈る事になったというが、

実際は市内封鎖を認めたアーブラウ最高議会に

市民は不満を溜め込んでおり、

それに対するガス抜きが目的だと俺は思っている。

 

 全員に渡すのは時間が掛かるので、

鉄華団リーダーのでオルガと、

MSパイロットである俺と三日月と昭弘が、

代表として受け取る事になった。

 

「それではこれより、

褒章授与式の開幕を宣言する」

 

 褒状と褒章メダルを手にした蒔苗が俺達に近づいて来る。

褒章授与が始まった。

 

 俺達の前には、

報道用のカメラがこちらの姿を一挙手一投足、

見逃すまいと撮影している。

 

「オルガ・イツカ殿。

貴殿等の活躍によって、

危機的状況にあったエドモントンを救った事に対し、

アーブラウ代表として感謝の意を込め、

ここに殊功褒章を授与する」

 

「ありがとうございます」

 

 オルガは蒔苗から渡された褒状と褒章メダルを受け取った。

オルガの顔は真剣そのもので、

嬉しさはなかった。

 

 渡し終えた蒔苗は次に三日月の前に移動する。

 

「三日月・オーガス殿。

以下同文」

 

「どうも」

 

 蒔苗から渡された褒状と褒章メダルを受け取った三日月だが、

その態度は素っ気無いものだった。

三日月から見れば、

褒状と褒章メダルは紙切れと石ころにしか思っておらず、

そんな物を貰ってもといった感じだろう。

 

 三日月の態度は少々問題があるものの、

蒔苗はそれを気にせず、

今度は昭弘の前に移動した。

 

「昭弘・アルトランド殿。

以下同文」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 蒔苗から渡された褒状と褒章メダルを受け取った昭弘の顔は赤面していた。

大勢の人から褒められるという初めての経験に戸惑っているのかもしれない。

 

 いよいよだ。

蒔苗は俺の前に移動した。

 

「ノルバ・シノ殿。

以下同文」

 

「ありがとうございます」

 

 蒔苗から褒状と褒章メダルを受け取り礼をする。

そして蒔苗は新たな褒状と褒章メダルを手にした。

 

「ノルバ・シノ殿。

貴殿の勇敢な行為によって、

多くのエドモントン市民の命と財産の喪失を防いだ。

アーブラウ代表として感謝の意を込め、

ここに災害褒章を授与する」

 

「ありがとうございます」

 

 蒔苗から二度目の褒状と褒章メダルを受け取り礼をする。

蒔苗は記者団の前に移動し、

授与式の閉幕を宣言した。

 

「以上をもって、

褒章授与式を閉幕する」

 

 蒔苗と共に大ホールを出て行く。

その途中で、

俺は二つの褒章メダルを見ていた。

 

 殊功褒章と災害褒章。

殊功褒章は特別な功績を上げた者に対して贈られるもので、

災害褒章は災害時に功績を上げた者に対して贈られるものだ。

 

 殊功褒章を授与されたのは、

市内に持ち込まれたギャラルホルンのMSを破壊した事で、

都市機能麻痺の被害拡大を防いだという功績が評価されてのものらしい。

 

 そして災害褒章を授与されたのは、

何と、

オルトリンデが放ったナパーム弾による火災を鎮火し、

延焼拡大を防いだ事が評価されたからだった。

どうやらその姿を目撃していた者がいたらしい。

まさか褒章授与されるとは思いもしなかった。

褒められて悪い気はしない。 

 

 しかし、

更なる注目を集める形となり、

新たな死亡フラグが立つ事を意味しているが、

今日くらいはこの気分を享受しよう、

そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エドモントン到着から一週間。

鉄華団はエドモントンを発つ事になった。

蒔苗の手配で、

アーブラウ共同宇宙港の打ち上げ船に搭乗する。

その準備を終え、

後はオルガの合図を待つだけとなった。

 

 鉄華団全員は今、

広場に集められていた。

オルガから話があるらしい。

 

 それまでの間、

俺は空を見上げていた。

 

 これまでの事を振り返る。

ノルバ・シノになった事に慌てて、

これからどう生きるのか悩んで、

生き残るために必死に知恵を絞って、

技術を磨いて、

幾つかの目標を達成した時は安堵して、

歓喜の声を上げて、

また新たな目標が生まれて、

予想外の事態に絶句して、

皆の力で困難に立ち向かい仕事を成功させた。

 

 我ながら良く此処まで来れたもんだと思う。

今回の戦闘で、

俺の問題点が幾つも浮き彫りになった。

 

 それまでの戦闘は、

原作の知識を利用してのものだったから、

ある程度対応出来ていたが、

カルタの決闘という想定外の事態発生後は、

上手く対応出来ていなかった箇所が幾つもある。

 

 その失敗は今後に生かすとして、

カルタの決闘の事で今になって分かった事がある。

 

 何故マクギリスはカルタとその部下に、

阿頼耶識システムを施したのか?

 

 鉄華団を叩き潰すためではない。

鉄華団に倒されるためだ。

 

 マクギリスは阿頼耶識システムの調整に手を抜いていた。

その結果、

カルタはMSを市内に持ち込むという暴挙を犯した。

あれはわざとそうするようにマクギリスが仕組んでいたに違いない。

 

 カルタが普通のパイロットであったならば、

強い正義感故の暴走という形になっただろう。

しかし阿頼耶識システムが施されていた事で、

更なる問題が発生する。

 

 ギャラルホルンは、

人体改造は悪であるという思想を提唱してきた。

カルタの存在は、

それを真っ向から否定するものだ。

その姿を見た多くの人々は、

忌むべき存在として目に映っただろう。

 

 その存在と戦ったのが、

革命の乙女クーデリアと、

それを守る鉄華団。

人々が鉄華団を英雄視するのも無理はない。

 

 マクギリスは鉄華団に勝たせるために、

カルタとその部下に施された阿頼耶識システムを強化していなかった。

ただ動かす事が出来る程度だ。

カルタはそれに全く気づかず、

強くなったと勘違いしていたに違いない。

そして見事なまでに敗れた。

人体改造は悪であるという思想を提唱しておきながら、

それを自ら破り敗北する。

ギャラルホルンの理念が崩れ去ったといって良い。

 

 問題はこれだけではない。

マクギリスの父、

イズナリオがカルタの後見人であり、

蒔苗の政敵であるアンリの後ろ盾でもある事だ。

 

 蒔苗は議事堂に向う途中、

市内にMSを持ち込んだカルタに捕らわれた。

しかもカルタは阿頼耶識システムを施されていた。

もしもカルタとイズナリオの関係を知っていたら、

人々はどう思うだろうか?

 

 間違いなくイズナリオが黒幕だと思うだろう。 

ギャラルホルンの人間であれば尚更だ。

イズナリオの失脚は免れない。

そうなればマクギリスがファリド家の当主になる。

 

 今頃ギャラルホルンは混乱の極みにあるだろう。

エドモントンで起きた問題はあまりにも大きすぎた。

 

 人体改造は悪であるという思想を提唱しておきながら、

それを否定する存在を自ら生み出した事。

 

 都市の中枢にMSを持ち込み、

経済及び都市機能を麻痺させ混乱させた事。

 

 これによって他の経済圏は危険を感じた筈だ。

ギャラルホルンに頼らず、

独自の軍備拡張に切り替える事になるだろう。

 

 昨日行われた褒章授与は、

ある意味ギャラルホルンを挑発するものだった。

にも拘らず行われたのは、

アーブラウはギャラルホルンに頼らない事を表明する意味もあったのかもしれない。

 

 今回の戦闘は、

マクギリスによって掻き乱され、

そのお陰で助けられた形になった。

掌で踊らされた感じで良い気分じゃない。

 

 混乱したギャラルホルンをどう収めるのか?

気になる所だが、

そこはマクギリスの手腕が上手くいく事を祈るだけだ。

 

「クーデリア先生!」 

 

 年少組の『エンビ』の声が聞こえ、

そちらに顔を向ける。

そこにはクーデリアがおり、

隣には箱を持った三日月とアトラがいた。

どうやら三日月とアトラは、

クーデリアの持ってきた箱を、

代わりに持ち運んでいたようだ。

 

「どうしたの先生?」

 

「皆さんにお渡ししたいものがありまして。

三日月。

それを降ろしてください」

 

 クーデリアは三日月とアトラに箱を降ろすように頼み、

二人はゆっくりと箱を降ろす。

 

「なになに?」

 

「なんかすげーもの?」

 

「おい、

順番に並べよ」

 

 箱の中身に興味津々の年少組達が群がり、

クーデリアが箱の中から何かを取り出す。

 

「教育用端末です。

これで文字の勉強をして下さい」

 

「え~、

クーデリア先生教えてくれないの?」

 

「バカ!

クーデリア先生は一緒に帰れないんだよ」

 

「すみません。

私の仕事はこれからですから」

 

 クーデリアは蒔苗との交渉のため地球に留まる事になった。

それを残念がる年少組にクーデリアは謝罪していた。

 

「はい、

三日月も。

きちんと勉強して下さいね」

 

「うん分かった」

 

「クーデリアさん、

安心してください。

帰りの船で私も手伝いますから」

 

「いらないよ。

アトラには包丁の扱い方を教えてもらうから」

 

「ちょっと!

なによそれ!」

 

 三日月とアトラの漫才のようなやり取りに、

周りは笑っていた。

 

 三日月の右手に教育用端末を持っているのが見えた。

原作では、

バルバトスの性能を限界まで解放したために、

右腕と右目の感覚を失っていた。

 

 しかし今回の戦いでは、

バルバトスの性能を限界まで解放する程の戦闘は無かったために、

三日月の右腕と右目の感覚は失っていない。

嬉しい誤算だった。

 

 年少組に全ての教育用端末を渡して暫くして、

オルガが現れ、

高台に立ち皆の前で話し始めた。

 

「みんな……、

よく頑張ってくれたな。

鉄華団としての大仕事、

お前等のお陰で大成功だ。

けどな、

ここで終わりじゃねえぞ。

俺達鉄華団は、

もっともっとデカクなる。

それは、

やる事やりたい事が増えるって事だ。

お前等もこれから先、

どうしたいか考えてくれ。

勿論今すぐに出せとは言わねえ。

次の仕事までは間がある。

ゆっくり考えてくれ。

最後にお前等、

成功祝いのボーナスは期待しとけよ!」

 

「おおっ!」

 

「よっしゃあ!」

 

「やったあ!」

 

 団員達の歓喜の声が響き渡る。

俺もいつの間にか思いっきりガッツポーズをしつつ叫んでいた。

皆の雰囲気にまたもあてられたようだ。

 

「よし、

帰るぞお前等!」

 

 オルガの号令で団員達が移動する。

ある者はMWに。

ある者は特殊大型車両のコンテナの中に。

俺は特殊大型車両の助手席に乗り込んだ。

運転席にはヤマギがいた。

当初は俺が運転する筈だったが、

ヤマギがどうしてもと言うので、

譲る事になった。

 

「準備はいい?」

 

 ヤマギが尋ねてきた。

俺達の乗っている特殊大型車両にはイナヅマ号以外に載せているものが無い。

問題なかった。

 

「問題ない。

出してくれ」

 

 俺のGOサインにヤマギはアクセルペダルを踏む。

アーブラウ共同宇宙港への移動が始まった。

 

 この後の工程は、

打ち上げ船に搭乗し地球を出て、

合流したイサリビに乗り換える。

その後歳星に行き、

仕事の報告、

今後の方針等を話し合い、

それを終えてようやく火星に帰還となる。

 

 その頃には鉄華団の名前が広まっているだろう。

火星の人々はどういう反応を示すだろうか?

それとも航行中に海賊が襲い掛かってくるのだろうか?

これから先のことは全く分からない。

 

 原作では二期がある事は知っているが、

その内容は知らない。

もし知っていたとしても役には立たないだろう。

完全に原作とは独立したものになったからだ。

 

 その事に全く後悔していない。

得たものがとても大きかったからだ。

ビスケットやガットやディオス等のエドモントンで死亡する者達の生存。

三日月の右腕や右目の感覚喪失回避。

これにより、

今後の展開が有利になるだろう。

その代わりに、

俺の命が狙われる可能性が非常に高まったが、

代償と考えて受け入れるだけだ。

 

 この先の展開が分からない事に対する不安が無いといえば嘘になる。

だがそれ以上に楽しみがある。

鉄華団のこれからの事だ。

 

 ミレニアム島を脱出し、

コンテナ船で移動中にオルガは、

エドモントンの戦いが終わった後、

鉄華団の未来を考えるとビスケットに約束していた。

オルガはどう答えるのか?

そしてそれを基にした新しい鉄華団がどのようなものになるのか?

全く予想出来ない。

一つだけ言えるのは、

新しい鉄華団は、

孤児達(オルフェンズ)の溜まり場ではなくなっているという事だけだ。

 

 楽しみが大きければ、

その分苦労も大きくなる。

今まで以上の困難や過酷な戦いが待っているだろう。

それでも、

皆の力があれば乗り越えていける。

そしてその先にある輝かしい未来を掴んでみせる。

 

「嬉しそうだねシノ」

 

 新たな決意を固めていた時、

突然ヤマギが声を掛けてきた。

どうやらまた、

自分で気づかぬ内にニヤけていたようだ。

いやらしい事を考えていたと思われたか?

ここは誤魔化しておこう。

 

「ようやく火星に帰れるからな。

ボーナスも初めて貰えるから、

楽しむなっていう方が無理さ」

 

「ふーん」

 

 ヤマギはこちらを見てはいないが、

声質から明らかに疑っていた。

 

「まあいいけど」

 

「え!?」

 

 スルーするのか?

今までのヤマギの事を考えれば、

深く突っ込んでくると思ったんだが。

 

「シノが何を考えているのか僕には分からない。

でもシノの無茶な考えと行動のお陰で、

色々うまくいっているのは分かる。

だから、

もう無茶をするなと言うのを止めたんだ。

代わりに信じる事にしたんだ。

だから……」

 

 そう言うとヤマギは、

右手の人差し指と中指を曲げて十字にして、

そのまま左胸に押さえつけた。

『信じている』という意味のジェスチャーだ。

 

 運転中だぞと無粋な事は言わなかった。

ヤマギの行動に答えようと思った。

 

「最善は尽くすよ」

 

 俺の答えに、

車内は沈黙に包まれる。

 

「……え!?

それだけ?」

 

 ヤマギは驚き、

こちらの方に顔を向けた。

おい、

危ないぞ!

 

「ヤマギ!

前!

前!」

 

 運転中のよそ見は危険だ!

注意されたヤマギは慌てて顔を前に向けたまま話し掛けてきた。

 

「俺は絶対に死なないから心配するなとか、

絶対に生きて帰ってくるとか言わないの?」

 

 どうやら答えを思いっきり間違えていたらしい。

絶対を連呼している所をみると、

絶対という言葉を使うべきだったのか?

 

「世の中に絶対なんて……」

 

「そういう事じゃなくて!」

 

 ヤマギは怒り、

またもこちらの方に顔を向けた。

その時、

同時にハンドルを切ってしまった。

 

「おいおい、

ヤマギ!

ハンドル!

ハンドル!」

 

 ヤマギは慌ててハンドルを戻す。

……危なかった。

ハンドルを戻さなかったら、

横転していたかもしれなかった。

 

「おいどうした?

何かあったのか?」

 

 俺達の後方を走っている大型特殊車両を運転しているおやっさんから、

通信が入った。

 

「……何でもないです」

 

「おいおい。

気をつけろよ。

此処に来て事故なんて御免だからな」

 

「……すみません」

 

「すいません」

 

 俺にも責任の一端はあると思ったので、

ヤマギと共におやっさんに謝罪した。 

その後通信が切れると、

ヤマギは先程の話の続きを始めた。

 

「シノは変わったと思ったけど、

やっぱり変わってない!」

 

「何がだ?」

 

「……ふん」

 

 ヤマギに尋ねても、

怒ったまま口を閉ざし答えようとはしなかった。

弱ったな。

ヤマギが怒りを露にするのは珍しい。

どうしたら収まるのだろうか?

 

「……弱ったなあ」

 

 どんな困難も仲間の力と共に乗り越えて見せると、

決意を固めたばかりなのに、

早速大きな困難に直面してしまった。

しかも仲間の力を借りられない状況だ。

 

これから先の問題よりも、

隣の問題をどうにかしなければならなくなった事に、

頭を抱える破目になってしまったのだった。

 

 輝ける未来を掴み取る道のりは、

想像以上に遠いようだ。

 

 




これで本作品は終了です。
楽しんでいただけたら幸いです。
ありがとうございました。

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