機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ異伝 ~死の戦記~ <完結>   作:二円

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第九話 最後の答え

 オルガ達との合流後、

奪ったギャラルホルンの船で沖に出た。

  

 この後クーデリアが手配させた、

モンタークの用意した船に乗り換える事になるが、

それは簡単な作業ではなかった。

 

 地球の衛星軌道上には、

監視衛星が回っており、

それらの目を掻い潜って行動しなければならない。

捕捉されれば、

乗り換え作業中に攻撃を受ける可能性がある。

 

 幸いというべきかモンタークの用意した船の船長が、

監視衛星の軌道ルートと時間を把握しており、

船長の指示に従って行動していれば見つかる心配はない。

 

 問題は乗り換え作業だった。

船と船との乗り換え作業は大変だった。

モンタークの用意した船は大型コンテナ船で、

MSを収容する分には問題ないが、

実際に収容するのが大変だった。

コンテナ船に備え付けられたクレーンで全てを引き上げていたら、

時間が掛かるため、

MS自身でコンテナ船に乗り込むという強引な方法で、

時間短縮を計る事になった。

波で揺れ、

雨で濡れて滑りやすい状況で、

着地の衝撃でコンテナ船に被害を与えないようにするのは、

地味に大変だった。

 

 特にこれといった問題は起きる事はなくMS収容を完了し、

乗り換え作業は無事終了。

部屋の割り当てを終えた頃には時刻は昼を過ぎていた。

  

 遅い昼食を終え、

俺はコンテナ格納庫でイナヅマ号の清掃をしていた。

 

 てっきり換装作業を再開すると思っていたが、

海水や潮風に晒された兵器はそのままにしておくと錆びてしまうため、

清掃する必要があるとおやっさんとエーコさんが言っていたため、

パイロット全員は自分の搭乗するMSの清掃をする事になったのだ。

 

 ブラシでゴシゴシ擦るのではなく、

濡らしたウエスでMSを拭く作業は楽なものではなかったが、

それ程苦には感じなかった。

 

 ちなみに今回の作戦で投入されたMWも清掃の対象になっており、

操縦者達が清掃している。

その中でとあるMW、

いや正確にはそのMWを清掃しているビスケットを見ていた。

 

 今回の作戦で一番の成果といっても良い彼の生存は、

俺の苦労を吹き飛ばすのに十分だった。

もしも彼を救う事が出来なかったら、

この場の空気がどれ程酷いものになっていたかと思うとゾッとする。

 

「シノ、

手が止まってる」

 

 ヤマギがコクピットの上から声を掛けてきた。

ヤマギは今、

イナヅマ号のコクピットからデータチェックをしていた。

そのデータを改修作業に生かすらしい。

 

「何見てたの?」

 

 俺が見ていた方向にヤマギが目を向ける。

不味い、

ビスケットを見ていた理由に良い答えが浮かばない。

 

「……ああ、

おやっさんか」

 

「えっ?」

 

 ヤマギが勝手に納得していたが、

俺が納得していないので、

もう一度ビスケットのほうを見ると、

近くにおやっさんがいた。

 

 おやっさんも清掃をしていた。

MSでもMWでもない、

パイプ椅子に座って自身の義足を外して、

部品を一つ一つ拭き取っていたのだ。

 

 珍しい光景で、

俺が手を止めて見ていたと思っていても不思議ではない。

訂正しないでおこう。

 

「悪い、

さっさと終わらせよう」

 

昇降機を動かし、

台の高さを調節しつつ、

伸縮棒を使っての拭き取り作業を再開する。

 

 伸縮棒を左右にではなく上下に動かす。

左右に動かそうとすると、

伸縮棒が倒れそうになるので、

支える以上に力を入れなければならないので、

結構体力を消耗しやすい。

 

 少しでも体力消費を抑えるため、

伸縮棒を上下に動かす。

ただしあまりにも下げすぎると、

床に当たるので、

下げる時に伸縮棒を縮めるか、

予め何処まで下げるか決めておくか、

拭き取る部分によって変えておく必要がある。

窓拭きとは訳が違う。

 

 脚部、胴体、両腕を終え、

後は頭だけとなり、

コクピットの上に乗って頭部に近づこうとすると、

座っていたヤマギが立ち上がった。

どうやら作業が終わったらしい。

ヤマギに結果を聞いてみた。

 

「どうだいヤマギ。

イナヅマ号のデータチェックの結果は?」

 

「問題ない。

そのデータを元にした、

明日の換装作業の調整も終わったから手伝うよ」

 

 そう言ってヤマギは手持ちのデータパッドをシートに置き、

昇降機の台に置かれたバケツに掛けられた予備のウエスを取り、

イナヅマ号の頭部を拭き取る。

 

 俺はヤマギの手の届かない所を拭き取り、

頭部の清掃を早く終わらせる事が出来た。

 

 ヤマギがデータパッドを持っている事を確認して、

昇降機を動かし台を降ろす。 

周りを見れば、

既に清掃を終えているようで、

MWは別のコンテナ格納エリアに移動しており、

他のMSは既に待機状態になっていた。

どうやら俺達が最後だったらしい。

清掃に夢中で気づかなかった。

誰も声を掛けてくれなかった事に、

すこしショックを受けた。

 

 台が降ろし終えたのを確認し、

昇降機から降りると、

それに気づいたおやっさんが近づいて来た。

 

「おおシノ、ヤマギ、

ご苦労だったな。

今日はもう上がりだ。

ゆっくり休んでいきな」

 

 おやっさんから労いの言葉を頂いた。

俺達が終わるまで待っていてくれたようで、

申し訳なく思ってしまった。

 

「すいませんおやっさん。

時間掛けすぎて」

 

「いや謝るこたぁねえよ。

むしろ謝るのはこっちの方よ」

 

「え?」

 

「悪かったなシノ。

中途半端な形で出撃させてよ」

 

 おやっさんが謝った。

どうやら換装途中のイナヅマ号で出撃させた事に、

迷惑を掛けたと思っているようだ。

そんな事はない。

悪いのは俺の方だ。

謝る必要はない。

 

「おやっさんが謝る必要はないですよ。

あの時ギャラルホルンが攻めてくるなんて、

予想出来ませんって」

 

 俺は予想出来ていたがとは口が裂けても言えない。

 

「いや整備士として、

万全な状態にしておきたいものだからな。

中途半端なもんを出しちまって納得したくねえんだよ。

お詫びといっては何だが、

明日はおめえのMSの換装作業を優先させるからな」

 

「ありがとうございます。

それじゃお先上がります」

 

 おやっさんからイナヅマ号の換装作業を、

最優先で行ってくれると確約してくれた。

俺は礼を言い、

この場を後にしようとした時、

 

「随分と嬉しそうだなシノ。

そんなに換装後が楽しみか?」

 

「はい?」

 

「自分の事は自分じゃ分からねえもんだよな。

おめえさんの顔、

掃除の時から嬉しそうな顔しているぞ」

 

「ええっ!?」

 

 おやっさんの指摘で俺は驚きを隠せない。

思わずヤマギの方に顔を向き、

事実かどうか確認してみると、

ヤマギは顔を縦に振って事実だと伝えた。

 

 自分で気づかぬ内にニヤけていた事に、

恥ずかしくなってしまった。

もしかして皆が声を掛けなかったのは、

ニヤけていて気持ち悪いと思われたのではと

思ってしまった。

 

 幸いなのはニヤけた原因が、

イナヅマ号に関しての事だと思われている事だ。

下手に弁明せず、

楽しみにしている事を前面にアピールしよう。

 

「いやあ、

そりゃ楽しみですよ。

地球降下前から話し合って締めた案が形になるんですからね

早く動かしたいですよ」

 

「動かす機会はずっと先だけどね」

 

 ヤマギが突っ込みを入れられ言葉に詰まる。

確かにコンテナ船の中では、

MSを動かしての試運転は出来ない。

 

「MSを動かすなら、

陸に上がってからだ。

お楽しみは暫くお預けだな。

だがその間にやる事があるだろ?

完成したからってそれで終わりじゃねえ。

調整とかその場でやっておかないといけねえもんがあるからな」

 

 おやっさんの言葉に、

ヤマギが何か思い出したかのように、

あっと言ったのが聞えた。

何か大事な事を忘れたのだろうか?

 

「シノに聞いておきたい事があった。

今日の戦闘で何か問題があった?」

 

 ヤマギがイナヅマ号の操縦に問題が無かったか聞いてきた。

 

「機体自体に問題は無かったけど?」

 

「そうなの?

戦闘データの解析をすると、

歩く時ふらついていたという結果が出たんだけど」

 

 ヤマギの分析力に俺は驚いていた。

清掃中にヤマギはデータチェックだけではなく、

戦闘データの分析を行い、

その不具合の原因を調べていたようだ。 

 

「あれは俺が慣れていないだけなんだ」

 

「慣れ?

地上での操縦は難しかったのか?」

 

 おやっさんが不思議がっていた。

宇宙空間でMSを動かす方が難しいと思っているのだろう。

 

「阿頼耶識でMSを歩かせるのは、

難しいんだ」

 

 俺はふらつきの原因を答えた。

二人とも意外といった顔をしていた。

 

「どのように自分が歩くのかイメージして動かすってのは、

意外と難しいんだよ」 

 

 分かりやすく説明すると、

二人は納得した顔をした。

 

 歩くというイメージは思っていたよりも難しかった。

考えてみてほしい。

歩く動作をする時、

足をどのくらい曲げて、

どのくらいまで上げて、

何秒で歩幅何メートルまで行うかなんて考えるだろうか?

それを無意識で動かしてきたものだから、

無意識で動かしてきたものをイメージするのは大変だった。

 

「思い通りに動かすってのも大変だな」 

 

「車みたいに走り回れば楽なんですけどね。

楽しそうですし」

 

「おいおい。

確かにMSは乗り物だけどよ、

玩具じゃねえんだぞ」

 

 おやっさんが呆れていた。

玩具といえば、

ガンプラという模型があったなと場違いな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 MSの清掃を終えた後、

俺は急いで上甲板船首側に移動した。

 

 辺りを見渡し誰もいない事を確認する。

上甲板船首側には折り畳み式のクレーンと、

コンテナ格納庫に繋がるドームがある。

 

 乗り込み作業に使われたクレーンは、

現在畳まれたままになって機能を停止しており、

コクピットには誰もいない。

 

 MSやMWを格納するために開かれたドームは既に閉じられており、

ドームの周りに人がいない事を確認する。

 

 誰もいない事を確認した俺は、

思いっきりガッツポーズをしつつ叫んだ。

 

「よっしゃあ!」

 

 俺は溜めに溜めた喜びを吐き出した。

ニヤけていた原因は分かっていた。

ビスケットの死の回避だ。

 

 鉄華団の悲劇のイベントを回避出来た喜びが、

顔に出ていたようだ。

決して皆に知らせる事が出来ず、

心の奥に仕舞う心算だったが、

上手くいかなかったようだ。

 

 そこで外に出て、

気持ちを吐き出す事にした。

悲しい時に思いっきり叫んでスッキリさせるのと同じ原理だ。

 

 叫んだ後俺は、

上甲板上に大の字になって倒れた。

非常に気分が良い。

先程の清掃の苦労も吹っ飛んだ気がする。

 

「頑張ったよなあ」 

 

 思わず自分を賞賛していた。

ここまでくれば、

自分が生き残る可能性が大幅に上がったといえるだろう。

この後に起こるだろう戦闘も後二回。

 

 いや、

最早原作知識など当てには出来ない。

ビスケットが生きている時点で、

原作とは別の道へと進んでいる。

何が起こるか分からなくなっている以上、

決めつける訳にはいかない。

 

 原作知識が使えなくなったのは痛手かもしれないが、

ビスケットの死の回避の代償と考えれば安いものだ。

 

 暫くの間余韻に浸っていると、

後ろで大きな物音がした。

金属が擦れる音、

扉の開閉音。

誰かが上甲板上に来たようだ。

 

 見回りは明日だった筈。

それともこのコンテナ船のスタッフだろうか?

そろそろ頃合だし、

部屋に戻って寝ようと思い、

起き上がろうとした。

 

 俺が寝ていたのは、

ドームの近くだった。

ドームの周囲にはミラーが設置しており、

開閉時に人がドームの近くにいないか確認するためのものだ。

起き上がる際、

ミラーに二人の人物が映っていた。

オルガとビスケットだった。

 

 思わぬ人物達の登場に俺は驚いていた。

何で二人が此処に来たんだ?

訳が分からなかった。

そうこうしている内に二人の動きがドームの前に止まった。

これでは扉まで戻れない。

仰向けになってミラーを見て様子を窺う。

もしこっちに来たら、

寝てるフリをしてやり過ごそう。

 

「悪いなビスケット、

付き合せて」

 

 オルガが手すりに背を預けて、

ビスケットに話し掛けた。

 

「話なら、

部屋でも良いのに」

 

 ……話?

そうか!

そういえば原作でオルガとビスケットは、

島での戦闘前に鉄華団の今後について、

島を出てからゆっくり話そうという約束を交わしていた。

しかしビスケットの死亡で、

それを果たす事は無かった。

 

 今は違う。

ビスケットは生きている。

つまりこれから、

鉄華団の今後について話し合おうとしている訳だ。

 

 心が躍った。

原作では決して見る事はないものが、

始まろうとしている!

 

 しっかりと耳を傾け、

一字一句聞き逃さないようにしないと。

 

「話が話だからな。

ここなら誰にも聞かれない」

 

 俺が聞いているぞと言いたくなるのを、

必死で抑えた自分を褒めてやりたい。

 

「そっか、

それじゃ始めようか」

 

「そうだな。

これからの話だがその前に、

悪いなビスケット。

事後承諾の形になったが、

蒔苗の爺さんの話を受ける事になってよ」

 

「仕方ないよ。

あの時は受けるしかなかったからね」

 

「それでよ、

これからどうするんだ?」

 

「受けた以上、

最後までやるよ」

 

「……そうか」

 

 頭を掻き毟るオルガは、

違うそうじゃないと言わんばかりの顔をしていた。

 

 オルガが聞きたかったのは、

鉄華団を抜けるのかどうかだろう。

今のビスケットの言葉は、

受けた仕事分は働くと言っているように聞えた。

 

「あ~っと、

え~っとよ……」

 

 オルガの歯切れが悪い。

ビスケットと目を合わせず、

明後日の方向に目を逸らし、

更に頭を掻き毟る。

後に続く言葉が出てこないようだ。

やがて話す言葉を見つけたのか、

掻き毟る手を止めた。

 

「……ビスケット、

お前には感謝してる。

だから……こ、応えてやりてえと思ってだな、

何かあるか?」

 

 またオルガは頭を掻き毟った。

何だか聞いててもどかしくなる。

オルガはビスケットに、

鉄華団に残って欲しいと言いたいのだが、

それが言えずにいる。

 

 此処に残ってくれと言おうとして、

咄嗟に応えられる範囲でのリクエストを提案した。

ビスケットのリクエストに応えれば、

鉄華団を抜ける事はないだろうという考えが、

無意識に出てきてしまったのかもしれない。

 

「……それじゃ一つだけ」

 

 ビスケットが提案に乗った。

何をリクエストするのか?

 

 今度は掻き毟る手を止めただけではなく、

ビスケットの目をしっかりと見ていたオルガの顔は真剣だった。

 

「オルガには前線を降りて貰いたいんだ」

 

「なっ……」

 

 オルガは絶句していた。

今まで前線に立っていたオルガに、

それを止めろと言われるとは思いもしなかっただろう。

オルガにとって絶対に聞き入れられないものだった。

 

「俺に戦うなって言いてえのか?」

 

「そうじゃない。

後方で指揮を執れば良いって言ってるんだ」

 

「駄目だ。

迅速な対応が執れなくなる。

島での作戦も、

前線で指揮していたからこそ成功したんだ。

後で下がっていたら、

しくじっていたかもしれねえ」

 

「それは結果論だ。

むしろ前線で指揮をしていた方が失敗してたかもしれないよ」

 

「どういうことだ」

 

「前線で動き回っていれば、

ギャラルホルンに見つかってた可能性が高い。

指揮系統を潰すために狙われていたかもしれないんだよ。

オルガは分かってる?

鉄華団のリーダーなんだよ?

頭を取られたら、

戦いは負けなんだよ?

リーダーが危険に晒される状況は避けるべきなんだ。

ユージンが言ってただろ?

大将はでっかく構えておくものだって。

僕の言ってる事は間違ってるかい?」

 

 ビスケットの言い分は最もだと俺は思った。

確かに最前線での指揮は危険が大きい。

後方で指揮を執る事はおかしな事じゃない。 

 

「……いいや、

間違っちゃいねえよ。

だがな、

俺は降りねえ」

 

 オルガは拒否した。

ビスケットのリクエストにも関わらずだ。

それを予想出来ていたのか、

ビスケットに動揺した動きは見られなかった。

 

「どうして?

どうしてそこまで拘るの?」

 

「それは……」

 

「もしかして、

三日月の事を気にしているの?」

 

「ミカは関係ねえ!」

 

「本当に?」

 

 ビスケットが疑いの目でオルガを見ていた。

オルガは三日月の期待に応えようと無理をする所がある。

だから後方に下がれば三日月から失望されるのではと思い、

あえて前線に留まっているとビスケットは思っていたようだ。

 

「……百パーセントないと言えば嘘になる。

だがそうじゃねえんだ。

俺はただ……なりたくねえんだ。

一軍の奴等にはよ」

 

「え?」

 

 予想外の答えだった。

まさか此処で一軍の言葉が出て来るとは思わなかった。

ビスケットも驚いている。

 

「ギャラルホルンがCGS基地を攻めて来た時、

一軍の奴等は後方に居て、

いざヤバくなったら俺達を捨て駒にして逃げ出しやがった。

……俺はなりたくねえんだ。

あんな風にはよ。

自分の命惜しさに味方を盾にして逃げ出すなんて、

そんなみっともない真似したくねえんだ」

 

「オルガ……」

 

 オルガが前線に出る理由。

それは反発だった。

 

 鉄華団結成前に所属していた民間警備会社『CGS』。

そこでは一軍と参番組に別れ、

オルガ達は参番組に所属していた。

参番組は非正規雇用で主に孤児達で構成されており、

生活面や給与といった待遇は悪く、

一軍の大人達から不当な暴力と差別を受けていた。

 

 鉄華団結成の切っ掛けは、

ギャラルホルンがCGS基地を襲撃した時に、

一軍は戦おうとせず参番組を盾にして逃げた事だろう。

 

 その情けない一軍の姿を、

オルガは反面教師とし、

自分はそんな奴等にはならないという決意をもって、

前線に出ていたようだ。

 

「だから悪いビスケット。

それには応えられねえ」 

 

「そっか。

それじゃあ仕方ないね」

 

「ビスケット、

俺は……」

 

「オルガ、

僕は降りるよ」

 

 降りる。

その言葉を聞いたオルガは拳を強く握り締め震えていた。

明らかに動揺している。

 

「そ、そうか……、

降りる……か」

 

「うん。

皆と一緒にね」 

 

「あ?」

 

 皆と一緒?

どういう意味だ?

オルガも意味が分かっていないようだ。

 

「僕は怖かったんだ。

このまま前だけ向いて進む事がどれだけ危険か。

今を切り抜けるだけで、

その先の事なんて何一つ考えていない。

それじゃ駄目なんだ。

これからは考えなくちゃいけないんだ。

本当の意味での未来を。

僕達鉄華団全員で考えなきゃいけないんだ」

 

「ビスケット、

それって……」

 

 オルガの声が震えていた。

 

「僕は抜けないよ。

オルガに引っ張られて此処まで来たけど、

それは僕や皆が望んだ事なんだ。

鉄華団を結成したのも、

皆が望んだ事で、

皆で決めたものだからね。

僕だけ抜ける訳にはいかないよ。

僕は皆と一緒に降りる。

一緒に火星に帰って、

一緒に降りるんだ」

 

「……馬鹿野郎、

紛らわしい事言いやがって」

 

「オルガが勝手に勘違いしただけさ」

 

「ふん、

言ってろ」

 

「でもオルガ、

これだけは約束して」

 

「何だ?」

 

「仲間の事をもっと考えて、

無理に危険な道を選ぼうとはしないって」

 

「……分かった。

確約は出来ねえが、

最善は尽くす」

 

「それで良いよ。

それと……」

 

「何だ一つじゃねえのかよ?」

 

「そうじゃないんだ。

これはお願いというより、

宿題かな?」

 

「宿題?

何か勉強しろってか?」

 

「違うよ。

でもある意味そうかもね。

オルガにはこれからの鉄華団の事を考えてほしいんだ」

 

「それは昨日ビスケットが言った、

具体的なビジョンの事か」

 

「うん。

鉄華団をデカクしていくなら、

必要な事だと思うんだ」

 

「そうか……。

分かったよビスケット。

これからの鉄華団の事を考えてみる。

だが今は、

この仕事を終わらせる事が先だな」

 

「そうだね。

この話はこの仕事が終わってからにしようか」

 

「ああそうだな。

約束だ」

 

「うん、

約束だ」

 

 オルガとビスケットが自分の右手をパーの形で、

左胸を叩いた。

『約束する』という意味のジェスチャーだ。

 

「……さて、

今日はもう寝るか」

 

「そう?

僕はもう少し此処にいるよ」

 

「そうか。

分かった。

また明日なビスケット」

 

「うん。

お休みオルガ」

 

 オルガが扉に向かっていく。

ミラーに映らなくなって暫くして、

扉の開閉音が響き渡った。

オルガは中に入ったようだ。

 

 凄いものを見てしまった。

オルガとビスケットの和解を、

この目で見られるとは思わなかった。

凄いものを見た驚きよりも、

喜びが勝り歓喜に打ち震えていた時だった。

 

「もういいよシノ。

出てきても大丈夫だよ」 

 

 ビスケットがミラーを通して、

こちらを見ていた。

バレていた!

その事に心臓が凍りつきそうになった。

ここで惚ける訳にもいかない。

観念して立ち上がり、

ビスケットの前に出てこよう。

 

「悪いビスケット。

覗き見する心算は無かったんだ」

 

「分かってるよ。

シノが先に此処にいたんだよね?

ミラーに映っていて驚いたよ」

 

 迂闊だった。

見るなら見られる可能性に気づかなかったとは。

 

「でも安心してよ。

オルガは気づかなかったみたいだから」

 

 その点は安心した。

もし気づかれていたら、

怒られるだけじゃ済まなかっただろう。

 

「ありがとう、

シノ」

 

「え?」

 

「気を使ってくれて。

それとアドバイスをくれて」

 

「二人で話し合うって事?」

 

「それもあるけど、

昨日シノが言ってた、

運だけで此処まで来れたなんて思っていない、

皆の力があったからこそ、

来る事が出来たっていう言葉。

それで気づいたんだ。

オルガだけの力だけじゃない。

皆の力で鉄華団が出来て、

此処まで来れたんだって。

だからシノには感謝してる」

 

「感謝なんて……、

俺のアドバイスが無くても、

気づいたと思うぞ」

 

「かもしれないね。

でも言いたかったんだ」

 

 ビスケットからここまで感謝されるとは思わなかった。

昨日の砂浜での会話は無駄ではなかった。

オルガとビスケットの和解の切っ掛けになろうとは、

何が起こるか分からないものだ。

 

「ビスケットその……」

 

「分かってるよ。

この事はオルガには内緒にするよ。

約束する」

 

「ああ約束だ」

 

 俺とビスケットは自分の右手をパーの形で、

左胸を叩いた。

 

 まさかビスケットと約束を交わすとは思わなかった。

本当に此処最近は驚く事が多すぎる。

そして楽しみが増えた気がする。

 

 鉄華団のこれからをオルガはどう考えるのか?

今まであやふやだったものが形作られようとしている。

新しい鉄華団が生まれ変わろうとしている。

それがどのようなものか見てみたくなった。

 

 俺の目標が増えた。

ビスケットの出した宿題、

鉄華団のこれからの事。

 

 オルガはそれをどう答えるのか?

最後の答えを聞いてみたい。

そしてそれを基にした新しい鉄華団を見てみたい。

 

そのためには、

ビスケットの存在が不可欠だ。

だからここでもう一つ約束しよう。

 

 オルガが最後の答えを出すまではビスケット、

君を守る。

 

 




次回予告「遂に最後の戦闘が始まろうとしている。
此処まで来て失敗なんてしたくない。
原作知識が使えなくても、
今まで培ってきたものでカバーするさ。
それに頼もしい仲間達がいる。
切り抜けられるさ、
絶対に。
勝ち取ってみせる。
俺達の未来を。
次回『未来への挑戦』」








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