ペルソナ×ラブライブ!   作:藤川莉桜

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長くなったので分割しました。なるべく1話ごとに5000位の軽く読める感じを目指したいです。それと原作ラブライブ1話の展開からかなり逸れた展開になっていきます。



 


第7話

「アイドルは無しです!」

 

 昼休みゆえにクラスメイト達が和気あいあいと談話に励んでいるにも関わらず、その凛とした声は透き通っていて教室内を響き渡った。

 

「穂乃果はいつも考えが甘すぎるのです。何がスクールアイドルになって廃校を阻止しようですか。彼女達は普段から私達の想像も出来ないような厳しい努力を続け、その中でもほんの僅かな一握りの選ばれた人のみがこうやって栄光を掴んでいるのです!アイドルになって有名になればと簡単に言いますけど、そのための日々の鍛錬がいかに辛い物か理解していますか?穂乃果みたいな飽きっぽくてぐうたらな人には想像出来ないかもしれませんが、まずは毎朝基礎体力をつけるために……」

 

 そのまま数分程お説教に費やした後、海未は深呼吸でワンクッション挟む。

 

「良いですか?もう一度はっきり言わせてもらいます!アイドルは!無しです!」

 

 俄かに周囲からの視線が集まっているわけだが、海未はそんなことにはお構い無しにことさら強い語気で言い放った。

 

「……海未ちゃんの分からず屋」

 

「はい?」

 

 俯つむいたまま海未の説教を聞かされていた穂乃果の手元から、一冊の雑誌がポロリと落ちた。風に吹かれてめくれたページには、見た目麗しい少女達のグラビ写真が並べられている。デカデカと自己主張する煽り文の内容は『全都道府県網羅!人気急上昇中スクールアイドル特集!』であった。

 

「海未ちゃんの石頭ー!」

 

 今まで暗い顔で俯いていた穂乃果が顔を上げた。目元からは涙が溢れんばかりに零れ落ちている。握りしめた拳も彼女の心情を表すかのようにふるふると痙攣していた。そして、背中を向けてドアの方へと駆け出した。

 

「穂乃果!」

 

「穂乃果ちゃん⁉︎」

 

 幼馴染2人に呼び止められた穂乃果は足を止め、顔を再びこちらに向けた。舌を出しながら。

 

「海未ちゃんのバーカ!バーカ!ベロベロバー!」

 

「なっ……」

 

 穂乃果の幼稚な挑発を前にして、海未は顔を真っ赤にしている。

 

「いい加減にしなさい!いくらなんでも今回ばかりは本気で怒りますよ!」

 

「ふーんだ!年中無休で毎日鬼みたいに怒ってるくせにー!」

 

 頬を膨らませた穂乃果は両手の人差し指を立てて、それぞれ頭の両端にくっ付けた。

 

「な、な、な……なんですってえ⁉︎こら待ちなさい穂乃果!その角は何のつもりですか!」

 

 待て、と言われて本当に待つような追われる側の人間など存在しない。ひとしきり海未に挑発の言葉を投げつけた穂乃果は、そのまま勢いよく教室の外へと飛び出して行ってしまった。

 流石の海未もわざわざ追いかけるようなマネはしなかった。代わりに不機嫌さ全開の表情を隠さないまま勢いよく椅子に座った。

 

「はは……ずいぶんな言われようだね」

 

 一部始終を目の当たりにしていた静流は2人の小学生のようなやりとりに思わず苦笑いする。

 

「まったく……あの子ったら!」

 

「どうするの海未ちゃん?」

 

 少し離れた位置から2人の喧嘩を傍観していたことりが心配そうに声を掛ける。穂乃果と海未の揉め事はもはや日常茶飯事だが、今日の場合はいつものそれと毛色が違っていた。海未に自分のアイデアを真っ向から全否定されたことが我慢出来なかったように見えた。少なくとも『スクールアイドルになって学校を有名にして廃校を阻止する』というプランは穂乃果の中では本気なのかもしれない。

 しかし、穂乃果から捨台詞で罵られた海未としては、そんなことは全く関係ないらいしい。

 

「どうするのも何も、もう穂乃果なんて知りません!アイドルでも何でも勝手にしてればいいんです!」

 

「でも……」

 

 話はこれで終わりだと言わんばかりに、海未は自分のノートをバシンッと派手な音を立てて机へと勢いよく叩きつける。そのままノートにペンを走らせ、完全な自習モードに入ってしまった。

 

「いいのこれで?」

 

 2人と付き合いの長いことりは、頑固な海未が一度こうなったらなかなか折れないことを理解している。静流の疑問には困った顔をしながら首を傾げるしかなかった。

 学生達の憩いの時間は親友の喧嘩別れで始まった。なぜにこうなってしまったのか?それは今朝まで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いーえい!今日も凛の方が先に着いたにゃー!」

 

「ま、待って凛ちゃん……」

 

「もー!かよちん遅いよー!」

 

 名も知らぬ女生徒達が全力疾走で静流の前を過ぎ去っていく。登校時間ゆえに玄関口には多数の生徒達が集まっているが、その二人組はドタドタと激しい足音を立てているために特段に印象を残している。一方静流はマイペースを維持してのんびりと玄関をくぐっていた。

 そんな中でショートカットが似合うボーイッシュな印象を与える少女が一瞬チラリとこちらに視線を送った。少女のレモン色の瞳と静流の真紅に染まった瞳が交差する。まるで見世物小屋の珍獣を見ているかのような目だ、と静流は内心苦笑いしてしまった。

 とは言っても、少女にわざわざ文句を突きつけるつもりは全く無い。なにせ初の男子生徒を一目見ようと好奇心に満ちた視線を飛ばしてくるのは、何もこの少女に限った話ではない。昨日今日この学校を過ごす中で慣れたと言わずとも、いちいち目くじらを立てても仕方ないと諦めるようになっていた。

 

「……ねえ、あの男の人、例の共学化のテストのために来た転校生だよね。確か2年の」

 

 ショートカットの少女が、息を切らせながら追いついてきた眼鏡の少女にそっと耳打ちする。

 

「うん、そうだと思うよ。と言うより他に男の人はこの学校にいないし」

 

「ふーん」

 

 再びレモン色の瞳が静流の姿を捉える。

 

「……なーんかいまいち頼りなさそうな先輩だにゃー」

 

 本人としてはヒソヒソ話のつもりなのかもしれないが、ショートカットの少女の毒舌はボリューム高めでこれ以上無い位はっきりと静流の耳に届いていた。昨夜、生徒会副会長の希から言われた評価そのままである。

 

「ちょ、ちょっと凛ちゃん!失礼だよ〜!」

 

 言いたいことを言うだけ言ってさっさかと階段を登り始めてしまった相方に代わって、眼鏡を掛けた気弱そうな少女がこちらに顔を向けて大袈裟な程にペコペコと頭を下げる。静流は『気にしないで』と身振り手振りで返したが、少女はそれでも謝り続けようとする。なかなかに律儀な性格の持ち主のようだ。

 端から見れば無礼な仕打ちを受けたわけだが、当の静流は特に気にしていない。少女達の無邪気な振る舞いを平穏な日常の帰還の象徴のように捉え、むしろ歓迎してると言えた。

 件の異形の塔はすっかり鳴りを潜めている。まるで昨夜の変貌など、最初から無かったように。昨日の昼間と何一つ変わらない平穏な学院の姿を鑑賞した静流は教室へと向かった。

 

「やあ、二人とも。おはよう」

 

「天宮君、おはよう」

 

「お、おはようございます……」

 

 昨日と変わらず、穏やかな笑みを浮かべて静流を迎えたことり。一方で海未はと言えば、どうにぎこちない、なんとも言えないような表情をしている。

 そこで静流はこの二人が揃っているなら本来いるべき人物が足りないことに気づいた。

 

「あの子はまだ来てないんだね」

 

「穂乃果ちゃんは秋葉原で何か用事あるんだって。早くしないと遅刻しちゃうのにね」

 

 隣街の秋葉原からここまではそう遠くない。少し寄り道したところで即遅刻という事態にはならないはずだ。しかし、昨日目の当たりにした穂乃果のズボラさとドジ加減を思えば、どうにも不安が残る。

 

「あの……その………」

 

「ん?どうしたのかな?」

 

 まだ1日程度の付き合いだが、海未が竹を割ったような態度を好む少女であることは既に静流にもわかっている。そんな彼女がはっきりしない様子でモジモジとしているのには違和感を感じざるをえなかった。

 

「お願いします!昨日の晩のことは……穂乃果にはくれぐれも内密にしていただけないでしょうか?」

 

「へ?」

 

意を決して口から出た言葉を聞いて静流は思わず面食らった。

 

「お人好しなあの子のことです。もしも私達が穂乃果に黙って危険な真似に関与していると知ったら、きっと我が身のように心配してしまうと思うんです。穂乃果は『あの時間』も『あの塔』も私達の『力』の事も何も知らないんです。あの子には……あの子だけには平穏な日々を送らせてあげたい……そのためだったら、私は……!」

 

 海未は再び深々と頭を下げた。日舞の名家の跡継ぎだという彼女のお辞儀は思わず見惚れるほどに綺麗なのだが、今のは感情が篭り過ぎてむしろ鬼気迫っているように見える。

 

「お願いです!なるべく穂乃果にだけには悟られぬように……」

 

「はは……なんだそんなことか」

 

「そ、そんなことって!私は真剣に……」

 

 静流の茶化すような態度が不服だったようで、琥珀色の瞳がまっすぐ静流を射抜く。込められた威圧感は只ならぬと言ったところだ。

 

「まあまあ落ち着いて」

 

 静流は両手を広げて、語気が荒くなってしまった海未を宥めた。

 

「大丈夫だよ。というか別に君から言われなくても、秘密厳守が理事長との約束だしね」

 

「そ、そうですね……つい取り乱してしまいました。申し訳ございません。あなたには無礼な真似を働いてしまいました。お恥ずかしい」

 

 ここまで念を押されるということは、海未にとって穂乃果は厄介ごとに巻き込みたくない程に大事な友人だというのが窺える。

 

「気にしない気にしない」

 

「ね?海未ちゃん。言った通りだったでしょ?」

 

 落ち着きを取り戻した海未に、ことりは柔和な笑みを浮かべた。

 

「はい。どうやら私の取り越し苦労だったようですね」

 

「園田さんってもっとクールな人かと思ってたんだけど、意外にそれとも、そんなにあの子が大事なのかな?」

 

「べ、別にそういうわけでは……ただ私は穂乃果には余計な心配を掛けたくないだけで……」

 

 顔を赤らめて目を背ける。これでは言われた通りであると白状しているような物だ。やはり穂乃果という少女は海未にとって、『凛とした大和撫子』という自身の仮面を砕いてしまう程に大きな存在なのだろう。

 

「でも、気をつけて下さい。あの子は普段はずぼらで鈍感な癖に、時々妙に勘が鋭い時がありますから」

 

「肝に命じておくよ。まあでも気にし過ぎじゃないかな。そもそも()()()()()誰も信じたりしないと思うよ」

 

 人智を超えた異常現象の数々。それらを直に目にして、直接触れることが出来るのは自分達だけなのだから。その術を持たぬ多くの大衆には認識すら不可能な領域の世界である。穂乃果もそんな大多数の内の一人に過ぎない。

 

「それはそうなのですが……」

 

「おっはよーみんなっ!!!」

 

 海未がなおも不安を吐き出そうとしていると、突然教室のドアが勢い良く開かれた。右手がパンフレットと雑誌類で塞がった穂乃果だ。クラスでも抜群の存在感を放っている穂乃果は、クラスメイト達からの挨拶に元気良く応えながら自分の席へとやって来る。

 

「おや、噂をすれば何とやらって奴だね」

 

「おはよう穂乃果ちゃん」

 

「もう、遅いですよ穂乃果。またもや遅刻してしまうのではないかと肝を冷やしてしまいました」

 

さっきまで神経質なまでに穂乃果を案じていた穂乃果とことりとで幼馴染三人が揃った際によく見せる『いつも口煩い海未ちゃん』モードというわけだ。

 

「ごめんごめん。ちょっとUTXに寄ってたから!」

 

「UTX?ああ、確か秋葉原にあるこの辺じゃ一番人気の学校だったっけ」

 

 UTX高校。数年前に秋葉原の一角に誕生したばかりだというその新設校の噂は、静流が以前通っていたお台場の学園でもしばしば流布していた。莫大な学費と凄まじい受験倍率を勝ち抜く学力を求められる代わりに、千代田区はおろか日本でも最高の教育環境が得られるのだと。そして、UTXの制服を身に纏うことは付近の学生の間では最高のステータスである、と。

 

「そんな所に何の用が?まさか、廃校する前に転校しようと思ってたりとか」

 

「天宮君、冗談でもそんな笑えない話はやめて下さい。あの学校は音ノ木坂以上の成績が求められているのですよ。実際に先日UTXへ転校した子は学年でもトップクラスの成績優秀者でした。穂乃果の学力では、例え東京が核ミサイルで崩壊しても不可能です」

 

「二人とも何を言ってるの⁉︎編入試験だなんてそんなつもり全然無いし、穂乃果いくらなんでもそこまで馬鹿じゃないから!……た、たぶんだけど」

 

 最後は蚊が鳴いているようなか細い声音になってしまった。元気はつらつがモットーの穂乃果も、勉学の話題になると生まれたての子鹿の如く弱ってしまうのであった。

 

「じゃあなんでわざわざUTXまで行ってきたの?」

 

「ふっふっふー!ことりちゃん、よくぞ聞いてくれました!」

 

 意外と打たれ弱いが、開き直りも早さにも定評のある穂乃果は、待ってましたと言わんばかりに腰に手を当ててフンスッと鼻息を放った。

 

「今日はなんと重大発表がありまーすっ!」

 

「「「重大発表?」」」

 

 三人はやけに自信満々に宣言する穂乃果の姿に、むしろ逆に一抹の不安を覚えたようだった。互いに怪訝そうな表情で顔を見合わせる。

 

「廃校を阻止するために最高のアイデア閃いちゃって!みんなきっとビックリすると思うよ!後でじっくり教えてあげるから楽しみにしててね!」

 

「穂乃果の思いつきはいつもろくな物ではないのですが……」







海未ちゃんのキャッチフレーズである大和撫子は社会から求められる姿を演じているという心理学におけるペルソナそのものですよね。

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