夕暮れの赤色に染められた放課後の中、一日の授業を終えた生徒達は各々自分のための時間を自由に使っていた。
帰路につく者。部活に励む者。予備校で改めて勉学を続ける者。アルバイト先へと向かう者。
力尽きたように机にうなだれる穂乃果も、立派とは言えないが自由な過ごし方の一つを選んでると言えた。
「はあ〜やっと終わった……いつになっても勉強は好きになれないー!今日はもう教科書なんて絶対見たくないよ!」
机に顔をぐりぐりと擦りつけながら学生の本分に対して愚痴をこぼす穂乃果。そんな彼女を囲む友人達は呆れ果てた様子で苦笑いしていた。
「よく言うわよ。穂乃果ったら今日の授業中は寝てばっかだったでしょ」
「んがっ!」
穂乃果の友人である仲良しトリオの一人、ヒデコはやれやれと首を振りながら言い放った。心なしか穂乃果がますます机に顔をのめり込ませているように見える。
「というかしょっちゅう寝てるし」
「ぐぎっ!」
「むしろ寝てない日とかあったっけ?」
「ごほっ!」
トドメを刺すかのように、残る二人が続けざまに追い討ちを掛けた。仲良しトリオのジェットストリームアタックには、能天気を絵に描いたような穂乃果も流石にたまったものではなかったようで、顔だけを上げて抗議する。
「三人共それはもう言わないでー!さっき海未ちゃんにはすっごく怒られたんだから!」
「あー、いつもに増してガミガミ言われてたわよねー」
「確かに。海未ちゃんすごい剣幕だったよね。『まったくあなたは!転校生を前にそのような醜態を晒すようなまねをうんたらかんたらー!』って」
「んでもまあ、そうやって怒られた次の授業でもナチュラルに居眠りするんだから世話無いわ」
『今夜は用事があるから』と幼馴染二人は穂乃果に先んじて早々と帰路についたのだが、もしそうでなかったら今日は延々とお説教を受ける羽目になっていたかもしれない。
「なるほどね。高坂さんは今日みたいな居眠りの常習犯なんだ」
静流は顎に手を乗せて納得したように呟く。
「そうそう、なんせ一年の頃からこの調子だからね。ある意味全くブレない子よ。天宮君は真似しないようにね」
ヒデコはアメリカの俳優が映画の中でしばし行う、所謂『お手上げ』のポーズを披露する。
この三人組は静流とは穂乃果を通じて交流を持ち、放課後までの間に多少は口をきく程度には打ち解けていた。一応それなりに注目を浴びてはいるものの、他の女生徒達とは接点そのものを持つ機会をなかなか得られずに校内では完全アウェイ状態が続いている静流にとっては、ありがたい存在と言えた。
「ちょっと、天宮君までそんなこと言うの⁉︎ヒデコも余計なこと吹き込まないでよ〜」
「えー、だってそんなこと言ったって事実じゃん」
憤慨しながらーーと言っても机に顔を貼り付けているダラけ具合は相変わらずなのだがーー抗議する穂乃果だが、ヒデコは無情にも残酷な現実を突きつける。
ちなみに穂乃果の成績順位は言うまでもなく下から数えた方がかなり早かったりする。流石に留年まではいかなくとも、去年はテストが終わる度に補習でお世話になりっぱなしだったらしい。
それをこの三人組から聞かされていた静流は手のひらで宥める。
「まあまあ、勉強のことばかり気にしてても仕方ないよ。それに寝る子は育つって言うし」
「それ全然フォローになってないからー!」
両腕を高く上げてブンブンと振り回す穂乃果。幼馴染達曰く、幼少期から精神面で全く成長していないという評価を体現するかのような幼さ全開の仕草だ。
「廃校が決まっても、穂乃果ちゃんは穂乃果ちゃんだなあ」
「まあ、いつまでも塞ぎ込まれるよりかはよっぽどマシだけどねえ」
年中元気なムードメーカーが意気消沈していたら、周囲も釣られてさぞ気落ちしてしまうことだろう。いつも通りな穂乃果の早期復活は友人達も望むものだったのだ。
「しっかし、天宮君も災難だよね。まさか転校したばかりで、いきなり学校の廃校が決まるだなんてさー」
「ははは……」
さっき理事長にそんな不満をぶつけていたわけだが、我が身に降りかかった不運は客観的に見てもやはり酷いものだったらしい。
「そうそう。わざわざ月光館学園みたいな良いとこから転校なんて止めておいた方が良かったんじゃない?こんな伝統しかアピールポイントの無いお先真っ暗な学校に来ても仕方ないでしょ」
バンっ!
今まで力尽きたように机に張り付いていた穂乃果が突然飛び起きた。
「ちょっとちょっと!音ノ木坂は月光館学園やUTXにも負けない素敵な学校なんだよ!そんな酷い言い方は無いと思う!」
頬を膨らませながら憤慨する穂乃果に対し、友人の反応はどうにも冷ややかだった。
「そう思ってるの穂乃果だけじゃないのー?じゃなきゃUTXに転校する子なんているはずないでしょ。おまけに今年は1年生1クラスだけなんだし。受験生もわかってるってことよ」
「でも……」
「じゃあ聞くけど、音ノ木坂の良いところって何?さっきも三人でうんうんとひたすら頭捻ってたけど、結局見つからなかったみたいじゃない」
「それは……」
穂乃果と幼馴染二人とは昼休みの間、学校の隅から隅まで歩き回り『音ノ木坂の良いところ探し』に時間を費やしたわけだが、その結果は芳しくないものだった。三人が校内の施設や過去の部活動実績を調べて至った答えは『長い伝統があるのが良いところ』という一点のみ。つまり古いことしか特徴が無い、というわけである。
「ほら無いんじゃん。やっぱ音ノ木坂って駄目なんじゃん」
「むーっ!!!」
ひたすら煽り続けるヒデコの肩をミカがポンと叩く。
「それくらいにしときなさい。いくらなんでも穂乃果が可哀想でしょ」
「穂乃果ちゃんもさ。もう諦めなよ。廃校の問題は私達ではどうしようもないことなんだし」
「……」
穂乃果は答えずに目を逸らした。
「そりゃあね。私だって自分が通ってきた学校が無くなるなんて正直嫌だよ?ヒデコだってあんなこと言ってたけど、本当は廃校なんて聞かされて辛いと思う。でもさ、世の中には出来ることと出来ないことがあるんだよ。別に穂乃果ちゃんが悪いわけじゃないんだから、無理してても仕方ないって」
「だけど……」
諭そうとするフミコから目を背けるように穂乃果が俯く。流石にヒデコも少し言い過ぎたと思ったのか、申し訳なさそうに頭を掻いている。
四人の間に流れる気まずい空気を察した静流は背中を背もたれに預け、顔を天井に向ける。
「いやー!音ノ木坂は最高の学校だなあ!月光館学園なんて比べものにならないよ!」
四人の視線が静流一人に集中する。
よく見ると、顔を上げた穂乃果の頬には一滴の雫が伝っていた。
「こんな素晴らしい学校が無くなるだなんて黙って見過ごせないよね。僕としても何か出来ることがあったら是非とも手助けしたいもんだよ」
暗く沈んでいた穂乃果の表情がパアッと明るくなっていく。
「そうだよ!外から来た君なら音ノ木坂の良いところを改めて見つけだしてくれるよねきっと!」
「あーなるほど。この学校てちょっとお堅い女子高だからか、外部の意見てなかなか入ってこないからねえ。確かに天宮君の意見は価値がありそうだわ」
「うん!うん!ありがとう天宮君!」
「いえいえ、どういたしまして」
「さっすが穂乃果だわ。落ち込んでたと思えば復活もやたら早い」
両手で静流の右手を握ってぶんぶんと振り回すように握手する。なかなか力が込められていたのか、手を離した瞬間に静流は腕をさすり始めた。
「よっし!燃えてきた!どんな手を使ってでも、必ず廃校を阻止してみせるぞー!ことりちゃんと海未ちゃんにも手伝ってもらわなくっちゃ!」
「穂乃果ちゃん……ど、どんな手でもってのは……今度は流石にちょっと極端すぎじゃない?」
握りこぶしを作って高らかに挙げる穂乃果。さっきまで心配していたはずのフミコも、瞳に炎をチラつかせる友人のいつも通りなハイテンションには軽く引いてしまっているようだ。
再び廃校阻止の意欲が戻ってきた穂乃果は、その情熱が消えないうちに早々と教室を飛び出していった。なんでも、音ノ木坂学院のOBだったという母親の助言を貰うつもりらしい。
「別に急ぐ必要無いよね……今すぐ廃校ってわけじゃないんだし」
「ま、本人の気が済むんだったら、良いんじゃない?」
そう言い交わすとミカとフミコも教室を出るため、鞄に教科書を詰め込み始めた。既に外は夕陽を沈みかけていて、静流の波乱に満ちた音ノ木坂学院での学生生活初日に終わりを告げようとしている。
「穂乃果ってああやってたまーに超大胆になるよね。あるいは考え無しとも言うけど……」
二人に続いて帰宅の準備を終わらせたヒデコはボソリと呟く。
「まだこの学校に来たばかりだけど、彼女のことが分かってきた気がするよ」
「ま、わっかりやすい子だからねー」
穂乃果が普段の姿に戻ったのに安堵したのか、穂乃果がいなくなった教室でヒデコはまたもや皮肉交じりに言った。
「天宮君もお人好しというか物好きだねえ。言っとくけど、度に穂乃果の思い付きに付き合ってたら身がもたないと思うよ」
「ははは……忠告ありがとう。せいぜい音をあげて逃げださないよう努力しておくよ」
「まあでも、穂乃果に元気が戻ってきて良かった……かもね」
会話シーンはラブライブ原作よりもペルソナの日常会話を思い出しながらノリを似せようとしてるつもりです