ペルソナ×ラブライブ!   作:藤川莉桜

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第19話

「 ことりちゃん、しっかり!」

 

 同級生と親友が命を賭けて戦っている間、穂乃果は必死にことりに声を掛けていた。彼女達と違って戦えない自分にとって出来ることと言えば、今ここで気を失っていることりを介護するくらいだ。

 

「……うん」

 

 穂乃果の声にうっすら反応することり。呼吸も安定しているし、心臓も動いている。失神した際には血の気が引いたが、どうやら命に別状は無いらしい。穂乃果は安堵した。

 いや、安心するのは早い。今も海未達は自分のために戦っている。何も出来ずにいる自分を助けるために、ここにいる。

 

「まただ……また誰かに頼って助かってるだけ!」

 

 そして、穂乃果はまたしても、無力な自分に対して悶々とした思いを抱いていた。

 

「なんで……なんでこんなにも私って……穂乃果って無力なの?だって……」

 

 床を拳で叩いた。全力で感情をぶつけたつもりでも、うら若い少女の力ではコツンと小さな音を立てるだけ。何もかもが自分の弱さを笑っているように見えた。目元から滲む涙が、穂乃果の拳を濡らす。

 

「だって、みんな……みんな、あんなに必死で頑張ってるのに!」

 

 意気込んで立ち向かったのにも関わらず、結局自分の無力さを改めて見せつけられただけに終わった。いつだって理想の自分と現実の自分の間にある溝は埋まらない。

 

「こんなんじゃダメだ!変わらなくちゃダメなんだ!」

 

 穂乃果は気づかなかった。自分の背後にてヒラヒラと宙を舞う青い蝶々の存在に。やがて蝶は穂乃果の背中に降り立った。己の弱さを嘆く彼女に寄り添うかのように、そっと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「外しません!」

 

 険しい表情の海未は弓矢を弦に掛けて引き絞る。

 

「せいっ!」

 

 ギリギリと音を立てながら狙いを定め、怪物の胴体に向けて放たれた。

 

ヒュッ!

 

 闇を切り裂く閃光の如く煌めいて、一瞬にして腕の一本を容赦なく刎ね飛ばした。苦しそうに断面を別の腕で抑え込む。普通であればここで勝利を確信出来そうなものだが、

 

「また再生……!」

 

 先程と全く同じように、切断面から腕が生えてきた。おそらくすぐに元通りとなってしまうだろう。

 海未はそのなんともグロテスクな光景を前に顔をしかめた。こうやって何度怪物の腕や脚を斬り飛ばしたり、胴体を砕いたりしているのだが、やはりすぐさま復活してしまうからだ。もしや再生能力にも限界があるのではないかと一縷の望みを抱いて休まず攻撃を加えていたが、いくらやっても結果は同じだった。

 むしろ状況は悪化しているかもしれない。なんせ超人的身体能力を得ているとはいえ、海未達はあくまで人間。このままでは先に体力が尽きてしまうかもしれないのだから。

 

「まだだ!」

 

 矢を受けて怯んだ隙を逃さず、静流は刀を握り締めて走り出す。

 

「諦めません!勝つまでは!ってね!」

 

 大穴に変えられたことで大幅に少なくなった足場に気をつけながらも、なんとか駆け抜けていく。

 

「それっ!一本もらい!」

 

 すれ違いざまに、海未によって刎ねられた腕と同様に脚を刀で斬りつける。

 

「手応えあり!」

 

 出来たての切断面から黒い液体を漏らしながら、脚の一本が宙を舞う。そのまま奈落の底へと落ちていく。バランスを崩したために、動きは途端悪くなった。だが、それでも反撃の意思は全く揺るがない。むしろ静流の命を狙う執念そのものはより強大になったように思える。一撃に込められた殺意は人間の肉体が耐えられるものではないだろう。

 慌てて距離をとって海未の隣に寄った時には、ひたすら回避する二人の代わりに殴られていたせいか、床は見るも無惨な穴ぼこだらけと化していた。元より面積が減ってしまったわけだが、おかげで動き回るだけでも一苦労だ。余計に体力を消耗する羽目になったせいでじんわりと額から滴った汗を拭う。

 

「さすがにちょーっと疲れてきたかもね」

 

 汗でべっとり張り付く前髪を払いながら、静流はふーっと息を深く吐き出した。その様子を海未は怪訝そうに眺めていた。あらゆる日本武道に心得のある海未としては、この少年の動きに、さっきから違和感を持たずにいられなかったのだ。

 

「……天宮君、あなた、もしや剣道の経験は?」

 

「ん、無いよ。全部我流。参考にしたのは……少年漫画とか」

 

 和かな笑みを向ける。しかし、海未はあっけらかんと答える彼に対して、呆れたと言わんばかりに大げさなため息を吐いた。

 

「だと思いました。ずいぶんと太刀筋が荒いですし、構えも指導を受けたものに到底見えませんから」

 

 気になってしまうのも仕方ない。なにせ、海未は武道を幼少期より学んできたのだ。作法はともかく、武道の教えにある無駄を捨てた動きは大事な要だと思っている。その肝心な部分が少年には欠けていた。それでも一見問題なく戦えているように思えるのは、生来のセンスのおかげなのか。

 

「それじゃあ、ここから出たら園田師範代にみっちりしごいてもらおうかな?」

 

「え?」

 

 いきなりな話に思わず面食らったが、ようするに必ず倒そうというわけだ。彼なりの気遣いを感じ取った海未は静かに笑った。

 しかし、今はいつまでも戯れる余裕もない。放っておいたとしても、脅威は自分から攻め込んでくるのだから。突如、海未の視界が影で染まる。黒の鉄槌は既に目前まで迫っていた。

 

「ええ……そうですね!」

 

 ギリギリまで引きつけてから、腕押しを受けた暖簾のようにスルッと海未は盛大な右ストレートを躱した。おかげで背後の床がバラバラになったが、それでも一切怯むことなく背中の筒から新たな矢を取り出し、流れるような動作で手際よく放っていく。一本一本が確実に標的の各部を正確に射抜いていった。

 無論、怪物側もここまま黙ってやられているばかりではない。いくらバラバラにされようが発揮される程の圧倒的回復力によって再生したばかりの腕を振り上げ、人の子らの命を今度こそ奪おうと画策する。

 

「言っておきますが、私の指導は!厳しいですよ!剣道も!弓道も!」

 

 それらも次々と避けつつ、代わりに海未渾身の矢で幼馴染達を傷つけた怒りに満ちたお礼を容赦無く返していた。

 

「そいつは良いや!却ってしっかり身につきそうだね!」

 

 特訓マニアに等しい海未の鍛錬メニューの恐ろしさを知ってか知らずか、同じように回避行動を続けながら静流は口元を吊り上げる。

 

「……私が次にあいつを氷漬けにします!その隙に天宮君は全力で攻撃を叩き込んでください!二度と再生できない程、粉々にしてあげましょう!」

 

「そんなこと出来るの?」

 

 海未は自信満々な表情を浮かべなら力強く頷いた。かつては引っ込み思案だったこの少女も、今では自分の武術に驕りはせずとも、客観的に分析した上での絶対的な自信を持つ戦士の端くれへと成長していたのである。

 

「はい!次の召喚で私が持つ残りのプラーナ全てを注ぎ込みます!そうすれば動きだけでも封じれるはずです!」

 

「わかったよ!」

 

 薙ぎ払いを飛び越えることで難なく避けた二人は、互いに別方向から回り込み始めた。二点から同時に攻められたことで反応が遅れ、若干の隙が生まれる。海未はこの隙を断固として見逃さなかった。

 

「出でよ!ポリニューニア!!!!!」

 

 海未の呼びかけに応じて、男装の麗人が再び姿を現す。

 

「全てを……!」

 

 友を護る剣たらんとする少女の願いを受け取った海未の分身は、右腕に眩いほどの輝きを放ち始めた。

 

「凍てつかせろおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 その琥珀色の瞳に激情を乗せて、海未は吼える。同時に、麗人は拳を床に叩きつけた。次の瞬間、海未の周囲の気温が急激に低下する。同時に辺り一帯に夥しい量の、もはやつららを通り越して槍の如く鋭い凶器と化した氷塊が、海未を中心に広がっていくように次々と形成されていく。

 壁も天井も御構い無しに、あらゆる物を氷が侵食していった。その範囲は怪物にも及んだ。逃げ出す暇もなく、人の手によって作り出されし氷点下の世界が海未の何倍もある怪物の巨体を全て飲み込んだ。

 襲いかかる過大な疲労のために海未が呼吸を乱しながら床に膝を付いた時には、怪物は巨大な氷のオブジェクトさながらに動けない木偶の坊にされてしまった。海未の宣言通り、これではもう身動きは取れないだろう。

 

「よし、行け!タミュラス!!!!」

 

 海未の奮闘を無駄にはさせない。少年も同じく全速力で駆けながらも、己が分身を呼び出した。

 

「砕け散れえええええええ!!!!!!」

 

 静流は海未が作り出した氷が及んでいない部分に狙いを付けて、刀を振るった。幾度も幾度も、原型は一切残させまいとする勢いでひたすらめちゃくちゃに振り回した。

 海未が先程評した通りに、彼の技は所詮は付け焼き刃に近い素人剣術。ただ単に振り回し、日本刀の威力に任せて真っ二つにするだけである。技と呼ぶのも過ぎたものかもしれない。だが、その一撃一撃に込められた力と想いは今までの比ではなかった。氷漬けにされたために動けずにいるのもあって、容易く怪物の巨体を切り裂いていく。

 

「遠慮はいらないっ!持ってけえっ!」

 

 背後に控えていたタミュラスのエレキギターが、腕を失って無防備と化した胴体を見事に捉えた。凶悪な鈍器と化したそれは、遠慮なく本体に叩きつけられた。氷塊を砕き割りつつ、その中に封じられていた黒い肉体も押しつぶされていく。これには流石の怪物もたまったものではないらしく、ピクピクと痙攣を始めている。

 

「まだです!これが私の最後の一撃……」

 

 呼吸を整えて再び立ち上がった海未の背後で、一瞬だけ鈍い光が線を描いた。

 

「斬り裂け!ポリミューニアッ!!!!!!!」

 

 次の瞬間、怪物の肉体に数多の斬撃の跡が走る。静流自身の手で徹底的に切り刻まれ、巨大な鈍器で叩き潰されていた部分すらも一切容赦なく刀傷が与えられていた。怪物の背後に影が差す。そこには刀を抜いた海未の分身がいた。

 

「まだ動ける⁉︎」

 

 怪物は最後の悪あがきか、このポリミューニアと呼ばれた存在を仮面越しに捉える。そして、握りつぶそうと唯一原型を留めていた腕を伸ばす。

 

「往生際が……悪い!」

 

 だが、羽虫を払い除けるかの如く、刀でさっと振り払われる。その指が届く前に手首の部分が真っ二つに切り裂かれるのだった。切断面から溢れ出た、影達の血とも呼べる黒い体液が周辺の床をべっとりと染め上げる。

 

「はあ……はあ……どうかな?流石にもう起き上がらないでくれたら嬉しいんだけど?」

 

「はあ……はあ……お願いします!これで……終わって!」

 

 まるで床全体が汚泥に塗れたかのような、ずいぶんと醜悪な光景だが、生命が掛かっている状況で確実に息の根を止めるためにも気にしてなどいられない。なにせ相手は人知を超えた怪物。むしろ、ここまでやっても復活しないという保証も無いのだ。二人の少年少女は激しく鼓動する自身の心臓の音と共に、張り詰めた空気にひたすら耐え続ける。

 黒い肉片の数々は、望み通りにいつまで経っても動こうとしなかった。

 

「はあ……はあ……や、やった……やりました!」

 

 今度こそ勝利したと確信を得た海未は、強張った表情を解いてペタンと床に座り込んだ。弓も、拳銃もコロコロと床を転がっていく。今まで緊迫した状況が続いていた反動もあったのだろう。おかげで床に散らばった怪物の血が制服についてしまっているが、気にする余裕も無い。肩で息をし、目は何処か虚ろげで、おまけに糸の切れた人形のように手足を震わせていた。

 

「はは……やった……私……穂乃果とことりを守れたんですね……」

 

 感極まったように涙をボロボロと流す。その姿は今の今まで勇ましく戦っていた戦士のものではない。どこにでもいる、ただの少女のそれであった。

 

「……」

 

 一方、静流の表情は浮かないまま。刀を握りしめたまま、肉片と液体の山から一向に視線を逸らそうとしない。そして、突如赤い瞳を大きく見開いた。

 

「まだだよ!避けて!」

 

「え?」

 

 勝利を前に完全に緊張が緩んでしまっていた海未は、静流の叫びに反応出来なかった。気づいた時には、背後から痛烈な殴打を受けていた。

 

「きゃっ!」

 

 完全に油断していた。だから防御する余裕もなかった。海未の華奢な体はボウリングのピンのように軽く弾き飛ばされてしまったのだ。

 

「園田さん!」

 

 当たりどころが悪かった。海未が勢いよく跳ね飛ばされた先には、光すらも届かない奈落の底が待っている。今まで焦りを見せなかった静流は珍しく血相を変えて反射的に手を伸ばしたが、海未との距離は今更走ったとしても間に合わない間隔だった。

 

「ああっ……」

 

 宙を舞い続けている海未の顔からは血の気が去っていた。いくら友のために命を賭ける勇敢な少女であっても、死を間近で突きつけられる絶望には耐えられなかった。脳裏には、これまでの人生が走馬灯のように駆け巡っていた。

 

『おはよう!海未ちゃん!』

 

『でねー雪穂がねー』

 

『もう!海未ちゃんのいじわるっ!』

 

『海未ちゃん……お願い……海未ちゃんも一緒に……』

 

「ああ……」

 

 もはや叶わぬ願いだったが、出来ればもっと幼馴染達と同じ時間を過ごしたかった。穂乃果が目指した未来とその先をこの目で見て見たかった。もっと、穂乃果の話を真剣に聞いてあげれば良かった。海未はそんないくつもの後悔の中で、意識を深淵に飲み込まれようとしていた。

 

「海未ちゃああああああん!!!!!!!」

 


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