流れ医師の流れ星   作:幻想の投影物

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嵐のような

 あの後、我に返ったハマゴから謝ったことで一悶着は収まった。それから一晩という時間が過ぎて、花畑の管理人に見送られながらも、この二人はソノオタウンに通じる一本道を歩いているところだった。並んで山のような荷物を背負うハマゴ。その横、荷造りを終えたマーズの肩には、白地に赤いラインの入ったかばんが掛けられていた。

 

「んで、マジでついてくんのかよ」

「あったりまえよ! 何のために準備したと思ってんの」

 

 ぎっぎっ、と交差した腕を伸ばしながら歩くマーズ。彼女の後ろからはトコトコとブニャットがついてきており、呑気にあくびなんかをしている。先日の騒動の発端だったことはもう忘れたのか、それとも忘れないのか。あからさまな態度のブニャットを露骨に無視しながらマーズはハマゴの隣を歩いていた。

 

 やる気十分な彼女には悪いが、実際のところハマゴにとっては嬉しくない提案である。彼は自由気ままな一人旅に、自分だけの時間を費やして新薬の研究や土地病の調査などでドクターとしての腕を上げる予定だった。だが、あからさまに厄介事の種となる人物がついてくればそれらの時間が削られるどころか、過激派ギンガ団の騒動に巻き込まれることはほぼ確定するだろう。

 何度も言うようだが、ハマゴのバトルの腕はからっきしだ。ここぞ、というタイミングで出すべき指示はわからないし、キュウコンも戦闘用の技は攻撃に使えるほどの出力を出せない。むしろ水を温めてお湯にする、瓦礫をどかすなど、器用な部分と大雑把な部分が明らかにバトルとは別ベクトルで存在している。

 

 過去の事件からお墨付きの強いトレーナーがそばにいる、と思えばギンガ団以外の厄介事の際に頼れる存在かも知れないが、ハマゴはそもそもそういったトラブルを生み出さないように心がけた人物対処を行う。

 そういう意味では、完全にマーズという存在はハマゴ一行の中では浮いた立ち位置になるだろう。

 

「で、あんたはどこ向かってんの?」

「……マサゴタウンだよ。ナナカマド博士んとこ尋ねるつもりだ」

「そ。じゃあ行きましょ」

「はぁ……ったく」

 

 そんな中でこの物言いである。完全にアウェーとして扱おうにも、話の主導権を握るのは常にマーズが先んじるだろう。強引な同行者にがっくりと肩を落としながらも、ハマゴはしゃーねぇか、とつぶやかざるをえない。

 

 話は変わるが、それに対して嬉しいこともある。おおよそ一晩粘った結果、実験・料理などにふんだんに使用できる量のあまいミツが元来の価格の4割引きで入手することが出来たのである。

 今後の研究次第では大量購入することを検討した上での初期価格といったところだ。管理人の方も元手がほぼタダであることなどから商売をする気はなかったようで、むしろどんどん食えと言わんばかりに寄越してきた。一晩に渡る交渉は、ハマゴから「もっと高く売れ」と、見ている方が心配になりそうなほど利益を求めない管理人に値上げを薦めるためのものであった……というのは余談だろう。

 

 ともかく、そんな調子で始まったギスギスな二人の旅路は、ソノオタウンから離れることで第一歩が踏み出された。

 

 ナナカマド博士の研究所があるマサゴタウンまではまだ遠く、間にシンオウの大都市コトブキシティと、幾つかの街を経由する必要がある。ハクタイの大森林程でもないが、小さな森や丘が数多く点在する厳しい道のりだ。

 

「さって、遅れないでよねブニャット」

 

 気分もノリノリなマーズを一瞥して、地図を眺めたハマゴは、とりあえずは無料で宿泊することが可能なポケモンセンターをなるべく多めに経由するルートを探し始める。ハマゴとしては野宿を多用する最短ルートでも全く構わないが、同行することになったマーズは「それらしい」女性である。そういった所で悟らせない配慮をしていく辺り、こうした相手の扱いにも慣れているのだろう。ドクターというのは本当に様々な人種、ポケモンと出会う仕事なのだから。

 ハマゴは眉間に寄せるシワを強くしながら、ズカズカとマーズの前を行く。こういう時は自分が率先することで、ついてくるであろうことはわかっているからだ。

 

 マーズはそれに乗せられつつ、歩調を早めながらもハマゴの後を追う形になった。後方では、ソノオが遠く、木々の景色の中に埋もれていく。はたと足を止めて、一度だけそちらを振り向いたマーズ。

 

「……」

「何してやがる。置いてくぞアホ女」

「誰がアホですってぇ!?」

 

 せっかくの感傷にひたる時間も、ハマゴにとっては知らぬ事情。マーズに暴言を吐きながら、後ろ髪を惹かれる癖がある彼女を導こうとハマゴは歩く。無理矢理感はあるだろうが、一度長い付き合いになる事が確定した相手だ。

 面倒で重い事情だ。本当に、嫌になる。だが、まずは忘れさせようと彼は思う。このめんどくささも忘れて、ついでにマーズのアカギに対する思いも忘れさせる。寄せたシワの数だけ、しかし彼は考えるのだ。

 盛大な溜息とともに、厄介事の種を二つも抱えながら。

 

 

 

 

 とある森林地帯を歩く中、ハマゴは早める足を一旦止めて手のひらを上に向ける。

 すると、降ってきた一粒の雫が彼の手を濡らす。

 

「……降ってきたか。こりゃすぐに土砂降りになるな」

「はぁ!? ちょっと、雨宿り場所探さないと! ポケモンセンターはまだなの?」

「あと3キロ先だ。んで、雨は……嗚呼、もう降ってきやがったな」

 

 ポツ、ポツ、ポツ。最初はそれだけしかなかったのに、葉に掛かる雨粒は彼らが話している間にも激しくなった。数秒後にはザァァァァァ、と降りしきる豪雨になってハマゴたちを襲う自然の脅威。上を見上げれば、随分と分厚い雲が空を覆っている。上空は風が強いのだろう。ハマゴたちが気づかない間に雲の移動もずいぶん早い。

 数秒も見上げて立ち止まれば、たったそれだけで服の内側まで雨が染みこんできた。生暖かい独特の感触と、どこか鼻につく雨の匂いに包まれる。懐かしい感触に、ハマゴは口角を釣り上げて嗤ってみせた。

 

「はっはー、びしょ濡れだな」

 

 片手を伸ばし、天に向かって手のひらを広げる彼。

 そんなハマゴにマーズの突っ込みが入る。

 

「言ってる場合じゃないでしょ!」

「そう焦んなよ。今更だろ?」

 

 あくまでもマイペースに彼は言う。ホウエン地方の人間御用達のポケナビを取り出すと、ナビの記録容量にぶち込んだシンオウ地方のマップを見ながら、水滴で滲んだ画面を覗き込んだ。トントン、と二回ほどタッチすれば、拡大された現在地の地形が表記される。

 ふむ、とポケナビを持っていない方の手で彼は顎に手をやった。

 

「近くに崖の横穴があるみてえだな。方向は……あっちだ」

 

 指をさす。そんな彼は、既に頭から足の先まで、ぐじゅぐじゅと音を立てる程の濡れネズミ。来いよ、とあまり焦ること無く歩くハマゴにつられたのか、多少の寒さに全身を震わせながらもマーズは彼の歩調に合わせることにしたようだ。

 

 雨雲がやってきた方向が上流だったのか、隣の川を見てみれば、溢れ出さんばかりの茶色い濁流の様相だ。巻き込まれればただでは済まない。そのイメージを抱いてしまったために、ぞっとして顔を青くするマーズ。氾濫する水量と共に流木も流れている。想像通り、川に落ちてしまえば命の保証はない。

 

 最悪の想像で顔をひきつらせる彼女に、しゃぁねえなと感じたハマゴは、少しばかり歩調を早めることにする。すると、ぬかるんだ泥だらけの地面が、少し早まった歩調とともにぴょんぴょんと、草の根をかき分けて飛び跳ねては靴下や裾を汚していった。

 そんな調子で辿り着いた横穴は、かなり頑丈な作り。土砂降りがひどくなったところで、崩落の危険も無いだろう。キョロキョロと向こう側を覗き込みながら入り込んだ彼らは、一緒に入ってきた出迎えの横風に体をブルリと震わせた。

 

「うぇー…ベチョベチョじゃない……」

「出てこいキュウコン!」

 

 一人嘆くマーズを尻目に、ハマゴは当然だと言わんばかりにキュウコンを繰り出した。

 出てきてすぐ、キュウコンは何も言わずに炎を口にたくわえる。ボウッと燃え上がる彼女の炎に、いち早くマーズが駆け寄って体を温めようとしていた。

 

「こっちは火種、分けとくか」

 

 隣で濡れた胸元などを隠して恥じらう女がいたが、まるで興味が無いかのように相手にしないハマゴ。彼は構わず、「しんぴのまもり」の効果を染み込ませた、特性の防水バックパックをいじり始める。ゴソゴソと松明一式を取り出して、洞穴内の壁と、中央部に設置する。パチパチ弾けた火の粉が飛ぶが、それを受けてキュウコンは気持ちよさ気に嘶いた。

 照らしだされた洞穴に、暖かさと明かりが息づき始める。ほう、と無意識にはかれたマーズの息がこの場の安全さを表していた。

 

「ほらよ」

「え?」

 

 そんな中、唐突にマーズへ手渡されたのは3つ目の火種。

 一本の松明だった。

 

「着替えんだろ。ほら、そっちの岩陰行って来い」

「……気が効くんだか朴念仁なんだかわからないわね、あんた」

「医者がイチイチ女体で興奮するかっての。人間も診るんだよ」

「あーもう、良いわよめんどくさい。そのまま持ってて」

 

 マーズの方も彼の無頓着さに負けたのだろう。その場で脱ぎ始めると、下着だけの姿となった。ただし、その頬は炎で温まったものとは別の赤らみを見せていたが。

 ハマゴも別にいいかと遠慮の欠片も見出さず、トランクス一丁になって白衣を含めた上着の全てを脱ぎ捨て、バックパックに詰まっていた短い棒をカシャカシャと組み立てる。

 

「はい、これ干しといて」

「わぁーったよお姫様。あとタオルもってけ」

「ん、ありがと」

 

 そうして出来上がった即席の物干し竿に服を掛けて、二人の服が焚き火の周りを囲った。流石に下着まではその場で脱ぐのはためらわれたのか、上着を預けたマーズが岩陰に隠れて、ゴソゴソ体を拭いたり着替えたりと、十数秒後に戻ってくる。先程より少し顔を赤らめつつ、手に持つ下着は隠しながらだったが。

 彼女は着替えた下着を自分の荷物に戻し、手に取った。

 

「ほんと災難ったらありゃしないわ! あんた雨男だったりする?」

 

 ブラとパンティ一丁から、替えのボトムを履きながらに彼女は言う。

 対して、彼は興味もなさ気にあくび混じりにこう返した。

 

「さあなぁ。厄介事は俺の人生のパートナーだと思うが」

 

 少し遅れて、ボウ、とキュウコンの吹いた炎が燃え上がる。二人が話している間に、キュウコンは洞穴内に落ちていた枯れ木などを拾って火種を多めに作っていたらしい。流石と言おうか、本当に気が利くポケモンである。しかし、そんな彼女のおせっかいに、ハマゴは手で制して待ったをかけた。

 

「おっといけねえ、遅かったか」

「わっ!?」

 

 ゴツゴツとした岩肌を照らし尽くし、一層明るくなった洞穴の天井には、ズバットやゴルバットといったポケモンが逆さになって吊り下がっていたのである。炎で照らされたことで不愉快になったのか、顔をしかめたゴルバット達に短めの謝罪をしたハマゴは、キュウコンにすぐさま炎を収めるように言った。

 炎は少しずつ縮み、彼らの体を温める程度で十分な熱量になる。同時に、減った光量はゴルバットたちがいる天井に届くよりも少し弱い程度で収まった。

 

「こんだけ大きめの横穴だ。いてもおかしくねえか」

「びっくりしたわよ、もう……」

 

 はぁと胸元に手を当てて安堵の息を吐くマーズ。テンガン山での作戦時にも、ああして大量に吊り下がったゴルバット達がいた。あの時はアカギの命令で邪魔なポケモン全てを蹴散らしていたが、逆襲にあった時の部下は何人かが再起不能にされている。今ではそれほどの手数で攻める事が出来ないため、下手に刺激すれば無事では済まなかっただろう。

 

 しかし、マーズが思い出している間にも百面相が繰り広げられていたのか、ハマゴはジト目で彼女の様子を観察していた。こんな些細な要素でも、過去にまた引きずられそうになっている面倒な女だ、という思いを抱くのも無理は無いだろう。

 彼は立ち上がって、トランクスの上に替えの上着などで身を固めると、白衣は着ずにザリザリと洞穴の中を移動した。

 

「よ、と」

 

 燃やさなかった小枝を一掴み手にとって、ハマゴは中央の焚き火に投げ入れる。

 パチンとまた火の粉が弾けた。

 彼はごうごうと燃え盛る炎を瞳に映し出しながら、ふっと息をついてみせる。

 

「さぁて、こっから忙しくなるかもなあ」

「どういう意味よ?」

 

 不意に彼が呟いた言葉に首を傾げたマーズ。

 

「もう少しすりゃ分かる……ほら、来やがった」

 

 さぁて、と腕をまくり上げる彼は洞穴の入り口から集う多くの影に向き直った。

 当然ながら、それらの正体はポケモンだ。しかも、おそらくはこの洞穴の主とその仲間たちといったところだろうか。しばらくは何故か明るい洞穴内を警戒するように足を進めていたが、ハマゴたちの姿を確認するや否や、縄張りへ勝手に入ったよそ者への威嚇を始める。

 

「ガバイト、ビーダル、キルリアか。ボスはあのキルリアかね」

 

 言われた中でも、唯一攻撃態勢に入っていないのはキルリアだ。しかし、キルリアは守られる立場にしては少々顔つきが鋭い。おそらく指示を出せるようなポケモンサークルのお姫様、しかし前線のリーダーでもあるといったところだろうか。見た目と中身が吊上あわないのはどこも一緒である。

 

「ちょっと、どうするつもり? ていうかキルリアって……」

 

 小声で話しかけてきた彼女に、心配はいらねえよと彼は笑った。

 焚き火の側から移動した彼はキルリアの前に歩き始めると、一度頭を下げた。

 

「悪かった、ここは譲る。だが、端っこくらいは使わせてくれや。なんもしねぇさ」

 

 両手を広げて武器も害意も無いことをアピールしたハマゴ。ガバイトはキルリアの方を見て指示を仰いだが、キルリアは首を振って否定。すると、ガバイトの光って技の態勢を整えていた腕ヒレが元に戻り、ビーダルの方も鋭く尖らせていた目つきをゆるめていた。

 

 次に、彼はキュウコンに指示を出して新しい火種を持つ。すると、マーズを連れたって服を掛けた物干し竿やらを回収して洞穴の隅の方へと移動した。そこでもう一つの焚き火を燃え上がらせた彼は、襲ってこない野生のポケモンたち悪かったなと呼びかける。キルリアは問題ない、と言わんばかりに片手を上げるだけで彼への返答とした。

 

 先程までハマゴたちが使っていた焚き火の前に移動した三体のポケモン。キルリアを中心に、ガバイトとビーダルは炎に当たりながら何やら楽しそうに話し始めていた。残念ながら鳴き声を変換して人間の言葉にすることは出来ないので、その内容はうかがい知れなかったが。

 どちらにせよ、衝突を避けたハマゴの手慣れた様子にマーズとしては感嘆の様相を見せるばかりである。野生ポケモンとのやり取りをほとんどしたことがない彼女としても、物珍しい光景だったのだろう。

 

「上手く行っちゃった」

「余計な刺激はしねえ方がいい。ソイツらの事情に首突っ込むならまだしも、不干渉だとわかりゃ過激なやつ以外、人間よかよっぽど心が広いもんだよ、ポケモンってやつはな」

 

 ファウンスの調査団として活動していたからこその言葉だ。こちらが礼儀を見せて、しっかりと彼らのためになることをしてやれば、その地を荒らしたり、ポケモンを傷つけたりと非道な真似をしないかぎり黙認してくれる。

 

 誰もがわかっているだろうが、ただの野生動物ではないのだ。ポケモンは、その全てが人のように喜怒哀楽を持ち、人を超えた身体能力を持ち、人に寄り添える心を持つ。そのことをしっかりわかって、同等以上のものとして接してくる相手を無碍にするのは、外道な奴しかいない。人間と変わらない。

 

 様々な思いを抱えながらも、時間だけは同じように過ぎていく。

 その後はすっかり乾いた服をひとまずの形で畳み、それぞれの荷物に戻す二人。しかし雲の動きも早いが、かなり多く連なっているのか中々雨が止むことはない。

 

「ふ、ぁぁぁ……はふっ……」

 

 そのうちに、マーズはうつらうつらと船を漕ぎ始めて、フラッと横に倒れこむ。しかし、ボールから出てきたブニャットが彼女の頭を受け止め、ハマゴはそんな彼女らに枕の一つを投げ渡した。

 

 静かな時間だけが過ぎていく中、くぁぁっ、と大口を開けたキュウコンのあくびの音が洞穴の中に響く。キュウコンも眠くなってきたのだろう。そろそろ焚き火のための枯れ枝も無くなってきたため、ハマゴはすっと立ち上がった。

 

「……はぁ」

 

 外の雨はまだ止まず。

 多少高く傾いている作りのおかげで、外から泥水が流れてくることこそ無かったが、その勢いはとどまるところを知らない。ざんざんぶりの外の雨音が洞穴の中に響き続けているのは、なんとも眠さを助長した。

 確かに眠い。それでもやらなければならないことが出来た、と。彼は降りしきる雨と洞穴のちょうど境目の辺りにまで歩み寄った。

 風が吹き、まるで波打つように雨には白いグラデーションが描かれている。雷こそ鳴り響いてはいないが、ハマゴは視界も悪くなった雨粒の向こう側に、真っ黒に染まった雷雲が近づいてきている様子を見た。あと1時間もしないうちに、この辺りには稲光が落ち始めるだろう。

 

 彼はあちこち見て回るが、今のような情報を得るためではない。時折風に吹かれて跳ねた水を多少顔にかぶりながらも、辺りをくまなく睨みつけるようにして見張っていた。

 

「……チッ、精神擦り減っちまうな」

 

 ジラーチがボールの中ですやすやと眠っていることを確認して、彼はそんなことを呟いた。マグマ団残党。ジラーチを探しまわっていたあの連中は現れなかったが、あれほどの人数を含めたうえでの探索をしていたのだ。決して、些細な目的程度ではない。

 それどころか、奴らが活動するための一つの指針である可能性も捨てきれない。その証明は、バトラーが召喚したグラードンモドキのことである。真実を聞かされているハマゴとしては、マグマ団の中でも狂信的な奴らは普通にやりかねないと考えている。出航の時こそ、その姿を表すこともしなかった。だが、それ以降、時期をずらして地方を渡ってこないとは限らない。

 

 その全てが杞憂であればいい。だが、ハマゴは自分の被害妄想にすぎないにしても、このジラーチが起きている限りの平穏は守りたいとも思っていた。この大雨で拠点を失って気が立ったポケモンが襲ってこないとも限らない。こんな豪雨の中、混乱に乗じて犯罪者が馬鹿をやらかさないとも限らない。確率が限りなく薄いとしても、可能性という点でいばありえないとは言い切れない。

 

 片手で頭を抱えて、ヤキが回ったなと彼は自嘲する。

 乱暴に髪を掻きむしるように手を降ろした彼は、ひとまずは何もおきないだろうと、今度こそ安堵してみせた。家や施設といった場所に止まらないかぎり、何度も繰り返したこの最終確認。これで何かしらが引っかからないよう、何度も何度も祈りながら。

 

「キュウコンも寝ちまったか」

 

 焚き火の前に戻った彼は、小さくなった火の中に乾かした樹の枝を幾つかくべる。場所を譲った洞穴中央のポケモン一行も、ビーダルとガバイトが交互に寝てキルリアを守っているようだ。ここで無遠慮に話しかけて、ささくれだった心を癒やすための話し相手にするのも一興だが、ハマゴはあえて心のなかに蓋をした。

 洞穴の壁に背中を預けて座り込む。ひときわ大きなあくびとともに、目をつむったハマゴは懐かしい景色を思い浮かべる。緑と石塔に包まれた太古の意志が息づくファウンスを。父親とともに初めて駆け巡った時の景色を。

 ゆっくりと、彼の意識は黒に染められていく。やがて、その洞穴の中には規則正しい寝息の音が加えられた。

 

 

 

 

 翌日、雨がウソのように晴れ渡り、さんさんとした日光が大地を照らし出していた。残った水滴は重力に惹かれて落ちていき、葉の一枚を伝うころには大きな一滴となって地面に落ちる。土に染み込んだ水は、やがてその木の根から吸い込まれて新たな循環の一つとなるだろう。

 

「ん~、いい気持ち」

「あんま走んなよ。泥が跳ねるぞ」

「わかってるわよ」

 

 怒られながらも、雨で少しばかり鬱々としていたのかもしれない。マーズは気分を紛らわせるように、水が反射する光とが作る自然の風景を堪能していた。

 まだぐじゅりと湿った音を立てる土を踏みしめながら、ハマゴたちはキルリアたちが起きるよりも早く洞穴を出ているらしい。結局皆寝てしまったガバイトたち、その隣に置き土産と言わんばかりに、モモンを初めとした食用にもなる木の実を置いていったのは、宿泊代金の代わりだろう。

 

「それにしても、お腹すいたあ」

「昼間で待ってろ。どのみちこの辺じゃあグシャグシャで飯の用意もやりづれぇ」

「今すぐ食べられるもん無いの?」

「暴君かよ。話し聞いてたか?」

「そんなことよりお腹すいたの」

 

 額に井を浮かべながら、彼はつぶやく。

 

「クソッタレ女め」

「なーんか言ったぁ? っとと」

 

 彼女は突然投げられた「ナナの実」を受け止めつつも、まぁこれでいいかとかぶりつく。甘さが目立つが、しっかりと舌に残る苦さも相まって単調に過ぎない味の変化が舌を刺激する。

 食べ終わったタイミングでもう一個を投げ渡されたマーズは、何か言いたげにひと睨み効かせるが、そもそもそちらを見ていないハマゴはどこ吹く風と言った態度である。今度は、マーズのほうが苛立ち混じりになってムシャリと木の実をついばんだ。

 




マーズはしばらくリアクション役。

当然ポケモンは頭がイイですよね。
つまり、悪意を持ったポケモンもまた……

いやぁ怖い世界ですねえ

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