流れ医師の流れ星   作:幻想の投影物

6 / 38
誰もが持っている裏表。
世界ですら、その表情があるのです。というオハナシ。


裏表のある世界

 ハマゴたちはとても旅の中とは思えない豪勢な食卓を前にしていた。

 いただきます、と手を合わせる前に彼は言う。

 

「泊めてくれるなんてありがてえ。助かった」

「いえいえ、うちの子が大切にしているスボミーを助けてくださったお礼です。存分にくつろいでいってくださいね、ドクターさん」

「ありがとう、お兄ちゃん!」

 

 スボミーは数日安静にすればすっかり治るだろう、と聞かされて喜ぶ少年の両親。元に戻った時には、前のように「仲睦まじく」過ごす日々が戻ってくるだろうと、少年の母親は言った。

 

「でも、まさかこの辺りでそんな凶悪なポケモンが出るなんて……この子から聞いた時はびっくりしました。でも、ふたりともちゃんと帰ってこられて本当に良かった」

 

 どうやら、この両親の間ではこういうことになっているようだ。表面上は目を細めて笑ってみせるハマゴであったが、いけしゃあしゃあと嘘を信じ込ませている少年のやり方に内心では、腸煮えたぎっている。

 当然、表に出すような真似はしない。あくまでハマゴも真実を隠したまま、にこやかな態度で少年の両親に接して話を進め、食事を楽しむふりを見せていた。

 

 歳相応な少年らしい態度。そしてハマゴの時に見せた癇癪を起こした糞ガキとしての態度。当然、あの両親の話を聞く限りでは前者のほうがただの仮面であるのだろう。

 

「俺らも明日には発つんだが、スボミーはまだ完治していませんから今夜は“つきっきり”で過ごさせてくれねえか。いかんせん、凶悪なポケモンのダメージが深い。最後に一手間加えてぇからな」

「私共から言えることはありません。ぜひ、スボミーを元気にしてあげてください。ね、ユンジ」

 

 母親の言葉に、少年――ユンジは満面の笑みで頷いた。

 

「任しときな」

 

 両親の方もグルなのか、という疑問もあった。だがハマゴもこうした事態の遭遇は職業柄、それなりにある方だ。ここまでのやり取りで大体の事情を察してしまう。どうしてユンジ少年があのようなことをしでかすようになったのか。

 結局のところ、くだらない、「よくあること」だ。地方が違えど人間の営みは何一つとして変わらない。

 

 

 

 その夜も更けた頃。すっかり集落の住人は寝静まっていた。

 ジラーチもボールの中ですっかりと眠っているため、起きているのはハマゴと、助手のキュウコンくらいなものだ。

 

 患者であるスボミーの様子を見ながら、カリカリとバインダーの用紙に経過を書き記すハマゴ。キュウコンはその近くで水を沸かしながら、スボミーのプランターベッドに突き刺さる栄養剤を差し替えている。器用な尻尾使いは普通のキュウコンとまた違った特技なのだろう。

 

「……まぁ、こんなもんか」

 

 一通りの内容を書き終わったのだろう。コト、と彼はペンを置いた。

 その横から、キュウコンの「じんつうりき」で差し出されるコーヒー。まだまだ眠る訳にはいかない。感謝の言葉をキュウコンに告げ、その首をガシガシと撫でてやったハマゴはプランターベッドで眠るスボミーの様子を覗き込んだ。

 

「大体は治ってきたな。蕾の方は……1周間もありゃあ大丈夫だろ」

 

 ピラッと蕾を指で開いて、その隙間から中の様子を見る。当然、スボミーがそれで体調を悪化させるヘマはしない。

 

「そういうことだ。よかったな、サンドバックが“直って”よ」

「……」

「隠れてねえで出てこいや、糞ガキ」

 

 突然、ハマゴは扉の方に声をかける。

 本人としては隠れているつもりだったのだろうが、廊下からもれた月明かりが、隠れている少年の影を映し出している。開けっ放しにしてある扉から見えたその影にハマゴは気づいたというわけだ。

 

「なんで、なんで黙ってたんだよ」

「さぁてね、悲劇ヅラしてんじゃねえや」

 

 声をかけるが、ハマゴは相変わらずそちらの方を見ようとはしない。ずっとスボミーの触診を続け、そして何事かを用紙に書き記すばかり。

 だが、彼はその状態を崩さずに言葉だけを続ける。

 

「言っとくが、オマエみたいな糞ガキに傷つけられたポケモン。ソイツらを見るのは初めてじゃねえんだ。最初は戸惑ったさ。んで、次はブチ切れた。それから先は……そういうもんだと思った。4回めからはパターンが有ることを知った」

「……パターン?」

 

 眉をひそめて問う少年ユンジ。

 一定の距離を保つユンジは、どうしていいのかわからず立ち尽くしたままに答えを待った。

 

「オマエ、随分甘やかされて育ったろ。スボミーは両親からの贈り物だ」

「ッ!?」

「そんで、最近は親すらうっとおしく思い始めてる。……違うか?」

 

 ユンジはあからさまに動揺した。

 面識はまるで無いはずだ。それに、両親もこんな相手と出会ったなんて事は聞いた覚えがない。なのに、自分の家庭環境どころか、今ユンジ自身が抱いている感情すらもピタリと当ててみせたのだ。驚かないはずがない。

 

「それは―――」

「言わなくていい。黙って聞け糞ガキ」

 

 反論しようとする彼を押しとどめて、ハマゴは言う。

 少年ユンジは、彼がいつのまにか、手に持っていたバインダーとペンを置いて向き直っている事に気がついた。

 

「よくある話なんだ。子供が可愛くて可愛くてしょうがねえ。だから、子供の外面ばかり見てもっと甘やかそうとする。ソイツが何を考えているのかわからずにな? するとどうだ、子供は親が自分と目を合わせていない事に気がついちまう」

 

 ハッ、と息を呑むユンジ。まさにそれが今の状況だ。先ほどだってそう。ユンジ、と問いかけた母親が見ていたのは目ではなくユンジという全体像に過ぎない。

 

「そしてガキのほうは、愛情らしきものをもらっているが、何かが足りなくてイライラしちまう。どうにも割り出せないイライラの発散に、とにかく目についた物を使う。俺が見てきたのはポケモンにその発散先にされてきたパターンだ。じゃないとドクターがこんなこと知るわけもねえだろ?」

 

 面白そうにニタニタと笑うハマゴ。

 彼の背から照らす電灯が影を作り、覆う影が彼の口元以外を覆い隠す。

 

「ほら、良くある話だ」

 

 な?

 そう問いかけるハマゴ。あくまでこれは特別なことではないのだと、諭すように言い切る彼に、ユンジは手を握りしめる。言いたいことは山ほどある。そして、それら全てが言い返せない罵倒であることも分かる。何より、このハマゴというドクターが恐ろしくて仕方がない。

 だとしても、どうしても言いたいことがあった。

 

「だ、だったら……どうしろって言うんだよ!?」

「知るか」

「はぁ!?」

 

 必死に絞り出した叫びは一蹴される。ユンジにしてみれば信じられない悲鳴が反射的に口から飛び出てきた。

 

 ハマゴはキィ、と椅子を回して視線をそらす。再びスボミーの方に向き直った彼は、バインダーと何かしらの薬を手に持ち直した。真面目な話はこれでおしまい、ということだろうか。

 

「俺はよ、テメェらに関わって一個一個問題を解決するほどお人好しじゃねえ。だが、あえて選択肢を上げるなら、二つだ」

 

 ツヤが戻ってきたな、とスボミーを撫でてつぶやくハマゴ。

 提案はしているものの、彼の意識は完全にユンジから外れている。

 

「スボミーを道具にしたいなら逃がせ。現状を変えたいならオマエが変われ。そんだけだ。難しいことは言わねえ。どう変わるかもオマエ次第。だが、憂さ晴らしにポケモンを巻き込むのだけはやめろ。破滅するなら独りでしろ」

 

 救いの手の後には、容赦のない暴言が突き刺さる。

 ボロボロと心が痛み、ユンジの目からは涙がこぼれ落ちる。

 

「ぐ、う、うぅぅううぅ……」

「そんで泣きたいならおもいっきり喚け。鬱々と貯めこむよりはマシだ」

「う……」

「お?」

 

 何もかもがハマゴの言うとおりだった。

 だからこそ、ユンジは大人に「反抗」してやろうと思って泣く声を飲み込んだ。無理に我慢したせいで、流れ出る涙も、暑くなって垂れ落ちる鼻水も勢いを増してくる。それでも、声を上げて泣きわめくような真似をしたくは無かった。

 

「……ま、いい子であろうとするんなら、さっさと寝ろ」

 

 シッシッ、と手を振り払うハマゴはどこまでも冷たかった。

 のっそりと、背景の一部のように固まっていたキュウコンが動き出してユンジに詰め寄って来た。上から見下ろすキュウコンは、少年の体液が掛からないよう首根っこの服をつまみ上げると、部屋の外まで放り投げる。

 

「これ以上は診療の邪魔だ。ポケモンに関しては一週間後までに決めろ、糞ガキ」

 

 バタン、と閉まった扉。

 完全に閉めだされたユンジは服の裾で顔を拭う。ひとしきり、ハマゴがいるであろう方向を睨みつけた少年は逃げ出すようにして自分の部屋に走っていった。

 

 バタバタ、と近所迷惑な足音が遠ざかる様子を聞き届けたキュウコン。彼女はハマゴの方に不安そうな顔を向ける。ハマゴと二人っきりの状況で、彼女はこうして感情を露わにすることもあった。

 

「相変わらず妙なところで発揮するな、オマエの面倒見の良さ」

 

 こういった案件に最も関わってきたハマゴ。その隣にいたのはキュウコンだ。

 看護師としての役割を果たしてきたキュウコンは、自然とその患者たちとの関わりも多い。悪人面のハマゴではないからこそ、黙って聞いてくれるキュウコンに弱みを打ち明ける患者も少なくはなかった。

 ポケモンからも、トレーナーからも。その不安を聴き続けたキュウコンは不動とクールな外見とは裏腹に、その内側には慈愛と奉仕の心が渦巻いている。ドクターの助手として、これほどふさわしいポケモンもいないだろう。

 

「俺は生憎、きつくしか当たれねえからな。その辺はこれからも任せるぜ、相棒よお」

 

 故に、ハマゴもキュウコンが相棒であることを誇らしく思う。

 ポンポン、と身内以外には中々見せない笑みを向けたハマゴ。彼は手に持ったバインダーから紙を抜き取った。ここまでの観察結果だ。最後に、別の白紙の方になにやら手順を書き記すと、ボールペンの尻の部分がカチリと鳴らされる。

 彼はそのまま、バインダーと一式のペンをバックパックに戻して、小型のジョウロから水をふりかけ始めた。ちょぼちょぼと降りしきる水の音が、夜のさらなる寒さを演出する。

 

「頻度もまぁまぁ低くなってる。最初に思った以上にコイツは早く治りそうだ。……さ、テメェもお休みの時間だ。戻りなキュウコン」

 

 モンスターボールから光を伸ばして、キュウコンをボールに戻す。

 あと一通り水と栄養剤を取り替えれば、この夜は十分だろう。蕾部分の完治は時間がかかるが、スボミー自身がひとしきり動けるようになるには1日あれば十分だ。もっとも、その後はしっかりと蕾部分の修復にあたってもらいたいが。

 

 それから、予備の栄養剤を挿し直した彼は、最後に幾つかの栄養剤を煎じた後、自身も眠りにつく準備を整える。メガネを外し、ベッドに潜り込んだ彼はぼうっと天井を見上げて目を瞑る。

 すぅ、と呼吸を整えて数分後。彼も疲れていたのだろう。すんなりと夢の世界に入り込んだ。

 

 

 彼は、夢を見た。幼いころの夢だ。ホウエンが未曾有の危機に襲われ、照らされる太陽と降りしきる豪雨がせめぎあったあの一日。手違いで迷い込んだ施設。囚われたロコン。光る実験施設。晴れ渡る青空。若き英雄の報道。幼心の決心。

 

 断片的な情報が、彼の夢という形で流れていく。ああ、きっとこれは感傷だ。何も知らない幼子をみて思い出された、自分の原点(オリジン)なのだろう。だからこそ、ハマゴは夢見心地に誓い直すのだ。

 ―――夢は夢のままに終わらせないのだと。

 

 そして、朝日はまた昇る。

 

 

 

 

 

 

「さぁて、これで処置は終わりだ。あとは栄養剤を差し替えて、ある程度水をやれば問題ない。無理にポケモンフーズ食わせようとはすんなよ。まだ中身は完全に治ったわけじゃねえからな」

 

 翌日、プランターベッドに眠るスボミーを受け渡すハマゴの姿があった。

 両親の方は畑仕事と、本来の仕事に向かっているためユンジ少年一人での対面になった。昨夜、ボロクソに言われたハマゴとの対面に怯えないはずもなく、強がってはいるものの、ユンジの足は震えている。

 

「………」

「それから、結果は一週間後に決めろっつったな」

「なんだよ」

 

 ぶっきらぼうに答えたユンジに、ハマゴは視線を合わせた。足を曲げて腰を折り、わざわざ同じ視線で相手をする。

 見下される恐怖がいくらか和らいだユンジに、ハマゴの口撃が投下された。

 

「その一週間、イライラだとか抜きにしてコイツと向き合え。んで、コイツが応えられる範囲でしっかり話し合え。その結果、コイツがまた傷ついて死ぬハメになったら俺の見る目が無かったってことだ」

「見る目…?」

「言ったろ。こんなもんはありふれてるってな。つまりだ」

 

 おかしいのだと言わんばかりにハマゴは笑って、立ち上がった。

 

「そっから有名なトレーナーになったやつだっているんだぜ」

「…!」

 

 目を見開いて驚くユンジに、ハマゴは引き絞ったデコピンをかました。

 身を乗り出す彼の額から、バチンと指があたる。あとは残らない。ただの痛いだけのデコピン。それに続いて、戒めるようにハマゴは言った。

 

「じゃなきゃ犯罪者だ。それは嫌だろ?」

 

 このご時世、まっとうな職に就くには下手な汚点があるだけで将来に関わる。ましてや、ポケモンを自分の嫌がらせで殺してしまったともなれば尚更だ。

 

「しっかり覚えやがれ、な?」

「…うん」

 

 子供は現実味のないことを言っても聞かない。空返事で終わって繰り返すだけ。だから、やらせて現実を覚えさせてやる。それがハマゴなりの子どもとの接し方だ。あえて恐ろしい態度を見せるのも、脅すように言葉で責めるのも、叱る事のできる人間として立ち続けようとしているからだ。

 それでも変わらないなら、そこから先は自分の役割ではない。赤の他人が出来るのはそこまでが限界だ。心の侵略者になれるのは、長らく連れ添った時間を持つ者だけ。

 

 こうしてハマゴが幾つかの道を示した上で、そのどれ選ぶのかはユンジが決めること。またぶり返してきた涙と、熱い感情がユンジの中から溢れ出そうとしている。何度も何度も泣かせるほど、それだけ強く記憶に根付く。しっかり泣いたユンジを見届けて、彼はわっしわっしと頭をひっつかんだ。

 

「決まったようで何より。んじゃ、俺は行く。スボミー(こいつ)のことは任せたぞ、糞ガキ」

「ガキじゃない……!」

(だぁ)ってろ。俺が言うからにはまだまだガキだ」

 

 それっきり、背を向けたハマゴは片手を上げて去っていった。何も言わず、大股で歩く彼の背中はほんの短時間で消え去ってしまう。取り残された少年は、大事に治療されているポケモンを見つめて佇んだ。

 こぼれ落ちた涙がスボミーに落ちる。

 まだ、スボミーは目を覚まさない。

 

 熱い鼓動は、確かに一度響いたが。

 

 

 

 

 

 ポンポン、と二度叩く。凶悪なツラのポケモンドクターは満足気に呟いた。

 

「これこれ、この重みだ」

 

 先日の行商人から、ありったけの材料を買い漁ったハマゴはずっしりと重みを増したバックパックを満足気に撫でていた。彼の頭からは、既にあの少年のことは抜け落ちている。確かにムカつきはしたが、それは一時的な感情にすぎないからだ。

 彼ら自身が選んだ結果に、ズルズルと関わるのは良くない。いざというとき、誰かがなんとかしてくれる何て覚えてしまうのは、少年自身の成長にも悪いのだから。

 

 そんなことを思っていると、腰のモンスターボールがポンッと鳴った。出てきたのは、ふぁぁぁ、と間の抜けたあくびをするジラーチ。昨日の夜から眠りっぱなしのねぼすけは、初の肉体労働にエネルギーを費やしたのだろうか。

 

「やっと起きたかドアホウ」

 

 なぁに? と寝ぼけた頭で目をこするジラーチ。

 重苦しい話題に何一つ関わらなかったねがいごとポケモン。どこまでも脳天気でマイペースな性格に、すこしばかり張り詰めていたハマゴもクハッと息を吐く。余分に膨らんだ空気が抜けるように、ハマゴの歩調は早まった。

 

「オチ担当かよ。いいから起きろ」

 

 無理やりに定位置(バックパックの上)に放り投げられ、ジラーチは眠気も覚めて慌てたようにしがみつく。そして文句の代わりにハマゴの頭をバシバシと叩き始めるのだが―――

 

「あ”?」

 

 世にも恐ろしい地獄の悪鬼のような声。眉間にシワを寄せ、片目を吊り上げた鬼も逃げ出す凶悪フェイスにピタリとその手を止める。当然、恐怖に固まるジラーチ。それに対して、また新たなからかいネタができたと内心思いつつ、笑ってごまかすポケモンドクター。

 中々に奇妙な組み合わせは、これからも面白おかしい珍道中を歩くことになるのだろう。

 

 彼らの運命が、新たなる交差点に差し掛かるのは……ほんの少しだけ、先の話だ。

 

 

 

 

 

「…そう、わかったわ。ありがとうバトラーさん」

≪いや、正直な所、こちらもお手上げだ。だけど、かの神話の存在とつながりを持つチャンピオンと話を出来て光栄に思うよ≫

「もう、お世辞が上手いんだから。恋人さんが怒る前にしっかりね」

 

 ピッ、とポケギアの通話終了ボタンを押す。

 御存知の通り、彼女はシロナ。シンオウ地方の無敗を誇るポケモンチャンピオンであり、高名な考古学者である。

 ハマゴと別れたシロナは、今現在ついている本来の仕事を遂行している。ギンガ団残党の後を追って、彼女自身が独立した権限を持ったうえでの調査と追跡をしているのだ。

 もちろん、彼女の職業としての本分を忘れたわけではない。だが、四天王をくぐり抜ける猛者は此処最近現れていないこと。そして先程のバトラーが言ったように、シロナ自身が「伝説・神話の存在」とコネクションがあること。この二点から、考古学者としても、チャンピオンとしても彼女は現在落ち着いた段階にあるのだ。

 

「さて、報告にあった基地に来てみたけど……空っぽね」

 

 彼女がいる薄暗い部屋には、木箱と機械の何かしらの部品。ドーミラーのものと思われるフチの破片ぐらいしか落ちていない。がらんどうのもぬけの殻だ。

 

 これまで彼女は、何度かギンガ団が拠点としていた場所を見つけ出すことに成功している。だがその度にギンガ団のほうがいち早く察知して、拠点のすべての荷物とともに移動してしまっているのだ。

 もちろん、見つけた場所が潜伏場所のホームだとは思っていない。シロナはまず、ハクタイビルのように過激派ギンガ団の支部から襲撃し、断片的ながらも情報を集めていくつもりだった。

 だが、こうも見事に逃げられては敵わない。これまで幾つか置き去りにされた痕跡は見つけることが出来たが、それが重要な情報に関わっていた事は一度もなかった。下っ端団員の一人ですら、見つからない。

 

「あの組織、アカギの頃よりも徹底してるわね……」

 

 アカギのいた頃は、過激派が主導権を握ってはいたものの、その計画のおかげで人目に触れる場所に幹部や組織の一部が直々に出張っていたため追い詰めやすかった。だが、今回は違う。

 どこまでも徹底された隠蔽と、センサーに引っかかることすら無いステルスフィッシュ。もしかしたら、自分が今釣り上げようとしているのは川底に引っかかった苔でしか無いのではないか。そんなイメージすら抱かせる。

 

「サターンさんは仕事で忙しいし、マーズさんはもう一般人……せめて、アカギを先に確保すればジュピターをおびき出せるのだけど、無理ね」

 

 シロナは、あの「英雄」と共に居たから知っている。

 「破れた世界」。あの上下も左右も環境も法則も、全てが集められて積み重なり、しかしあまりにも自然に存在できる世界。あの場所にいたアカギは、世界の深くへと消えてしまっている。

 あの世界の主は未だに「破れた世界」を泳ぎまわっているのだろう。呼び出し、頼むことができればこの事件は簡単にカタがつく。だが、彼女が交流を持つ「神話の存在」は、そんな簡単に人間の雑事に関わってくれるわけもない。

 そもそも交流を持てた事自体が奇跡的なのだ。そして、最初に取り決めた規定を外れる真似をシロナがしてしまえば……それはシロナを通して「人間」を見るかの存在が怒りを見せないはずがない。シンオウ、世界の人間は今度こそ破滅に陥る。

 

 故に、シロナはアカギの捜索は無理だと断じた。

 逆に言えば、ジュピターがどうやってアカギを取り戻そうとしているのか。それが問題だ。狙いはわかっているが、方法がわからない。もしかしたら、あちらもまだわかっていないのかもしれない。

 

 堂々巡りの考えは、シロナの握る拳の力を強めていく。

 張り詰めっぱなしの考えは、しかし深みにハマるほど無駄でしか無いだろうと、彼女は深い深いため息を吐き出した。

 

「申し訳ありません。また、逃げられていたようです……はい…はい。……そうです、またよろしくお願いします」

 

 つなげた通信は、彼女に協力してくれているギンガ団のアジトを突き止めた三人衆。だが、情報収集と隠密に特化した彼らは、あまりバトルの腕は良くはない。バトルの腕を引き換えに、その驚異的なまでの諜報能力があるとも言えるが。

 

 ちなみに、彼ら三人衆はシロナが個人的に雇った取引相手だ。交換条件として、このシンオウ地方の地下で取れる宝石、しかも上質なものを要求されたが、何度か地下に自らもぐって掘り出す彼女にとって、タダ同然のものだった。

 「しらたま・こんごうだま・はっきんだま」。あのやぶれた世界が現出したのが原因だろうか。地下からは「はっきんだま」も採れるようになってきている。だから、本当にシロナにとってデメリットらしいデメリットも無かったのだ。

 

 それがシロナには不気味に感じられる。

 だが、その家業の人間の中でも更に大当たりの人種だろう。

 三人衆の名を、彼女はポツリと呟いた。

 

「ダークトリニティ、か」

 

 その名前は、薄暗い空き部屋の闇に溶けこんでいく。

 




まぁ、ある意味打倒かなと思ってます。
登場人物は出揃い始めました。ハマゴたちの冒険は始まったばかりです。


そしてあえていいましょう。

ハマゴが一人旅だと誰が言った?


※申し訳ありません。最後のダークトリニティは原作との相違点です。
しらたま~はっきんだまは、ゲーチスが独自のルートで仕入れていたようです。
ダークトリニティはこれドコで手に入れてたか知らないって原作BW2で言ってました。
このオハナシではとりあえずこういう感じってことで。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。