流れ医師の流れ星   作:幻想の投影物

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待つのが面倒 書けたから投稿します

参加型のアンケートを活動報告で進行中です。
というか実際期限は無いのでドシドシアイディアください。
向こうの注意書きの通り、実現されるかどうかは彼らの歩み次第ですが。


旅の第二歩 ドクターとは何か

 マサゴタウンのポケモン研究所。そこをひとまずの目標としたハマゴたちは、最寄りの大きな街を探していた。その理由というのが、ハマゴ自身が持つきのみや医療器具のストックを補填するためである。

 彼のバックパックには多種多様なきのみ、漢方、薬剤といった消費の激しいアイテムが多く詰まっていたのだが、先のポケモンセンター襲撃で傷ついたポケモン達の治療のため、そのストックのほとんどを使いきってしまったのだ。

 

「ん、こんだけ軽いのは久しぶりだな」

 

 大きな分、スペースもあるように思えるが彼が所属していた5~6人の調査団をギリギリで診察出来る程度を想定した内容量だった。それに、ある意味で一人旅だったこともあって初っ端から事件で消費するなんて想定できるわけがない。ある意味仕方ないとも言える。

 

 何にしても、まず彼は彼のベースとして使う「きのみ」を補填するためのルートを通っていた。野生で生えているものは大抵縄張りがあるため、ふと横切っても手を出せない。野生の暮らしに無理な干渉をしないためにも、人間が育てたきのみを購入したほうがいいのだ。

 

「ここから近いのは、ソノオタウンか」

 

 彼が乗る船は、本来ならミオシティ着の予定だったらしいのだが、シロナとの待ち合わせもあるということで港町ミオではなく、あまり名の知られていない港の方へ辿り着いた。その結果がハクタイの森手前の小さな町からの出発である。

 着いてそうそう森を抜けなければならないルートじゃなくてよかった、と見知らぬ土地に安堵を吐きつつ南下する。とはいえ、徒歩ともなればいくつか小さな集落を経由して数日は掛かるだろう。シンオウ地方は離島の大陸とはいえ、それなり以上に広いのだから。

 

「ま、難しいことは後で考えっか」

 

 そんな長い旅路も、ふわふわと浮かぶ新しい旅の仲間が居れば大丈夫だろうとハマゴは思う。悪い予感も何もかも、取っ払ってくれるようなジラーチの笑顔は、複雑な道のりを明るく照らすには余りあるものだ。

 少々人見知りの気があるのだろうか。町中と違い、ハマゴと二人っきりの現在は自分の興味の赴くままフラフラ飛んではハマゴのところに戻ってアレは何だと聞きに行く。モモンの果実が実を結んでいれば、それを手に取ろうとしてハマゴに怒られたりすることもあるが、ジラーチは終始笑顔を浮かべて楽しんでいた。

 

 7日間という縛りがなくなり、普通に睡眠を取って起きる明日があるというのはジラーチにとってよほどのことらしい。最初から最後までハイテンションだった船旅よりは落ち着いてきたが、それでもジラーチ自身の快活に飛び回る姿は変わらない。

 こんな伝説があっていいのかね、と苦笑を浮かべてはジラーチを諌めるのがハマゴの役目とかしてきた日常は、港のポケモンセンター襲撃という暗い事件をひっくり返すには十分な要素だった。

 

「あんまり遠く行きすぎんなよ!」

 

 わかってる、と形だけは手を振って返してみせるジラーチ。それに対し、ハマゴがまったく仕方ないやつめ、と吐いた息は何度目だろうか? なんにしても、楽しい道中であることは確かだろう。

 そうする二人を見かねたか。ごそり、と動いたキュウコンのモンスターボール。ハマゴ自身もはしゃぎすぎていることを諌めるように揺れたそれに、そうだなと湧き上がった心を落ち着かせる。なんせ、ジラーチを狙う輩が消えたわけではないのだから。

 

 

 はしゃぐジラーチにつられて歩調を早めつつも、楽しい時間はすぐさま過ぎ去っていく。彼らが歩みを止める頃にはどっぷりと日が暮れて、ハマゴたちの頭上には満点の夜空が煌めきだした。

 

 

 見る場所が違っても、夜空は変わらない。ホウエン地方に残してきた様々なものが頭のなかをよぎらせながらも、ハマゴは湯気が立ち上る鍋が炎にあぶられる姿を見つめていた。

 この炎を吐いたキュウコン自身は、ハマゴが飯の支度をしている間に着々とサイコパワーや尻尾を器用に使ってテントを貼っていく。調査団にいた時と変わらない、テキパキとした野宿の準備が終わった頃。鍋から湯気と一緒に香ばしい匂いが溢れてきた。

 ハマゴは鍋から掬ったスープを小皿に垂らすと、自分で味見したあとジラーチの方にも差し出した。

 

「ほらよ」

 

 ポケモンフーズも持ち合わせていないため、これから暫くは人間の食事をともにする事になるだろう。ある意味で千年前と同じく食卓を囲むわけだが、ジラーチとしては気に入ったばかりのフーズの代わりに差し出されたスープだ。

 見たことのない赤色のそれを警戒するように舐めて、そのピリッと来た刺激に飛び上がって味を表現してみせた。どうやら、意図的に「辛くしたもの」を食べるのは初めてだったらしい。

 

「ハッハッハ! いやぁ、面白いもんが見れた。こりゃぁ永久保存だな」

 

 赤いスープは、マトマの実をベースにしたリゾットの材料だ。シンオウ地方はホウエンよりもずっと北に位置しているため、夜は冷えるだろうと見越してのレシピである。実際のところはハマゴが想ったよりも寒さは無かったのだが、せっかく用意したのだから造らないわけにもいくまい。

 とろり、と米に垂らしてリゾットを完成させたハマゴの側に、テントを貼り終えたキュウコンが戻ってくる。腕のレーダーを見て「良し」と言葉を発したハマゴは、キュウコンの方にも皿を渡して置いた。

 

「いただきます、っと」

 

 最初のほうこそ警戒していたジラーチだったが、ほかほかとした暖かそうな外見と空腹を訴える腹には勝てなかったようで、しぶしぶといったように一口目を口に放り入れていた。

 しかし、結局のところジラーチもまたメシの顔を晒す事になる。簡素な材料ではあったが、しっかりと手間を賭けたマトマスープは他の具材と相まった美味しさを演出。たちまちにジラーチを味の虜にしてしまったのだ。

 

「ほら、まだまだあるからな」

 

 ほくほくとした表情でほうばって、おかわりと皿を差し出した食欲ポケモンに気をよくしたハマゴはおかわりを注いで差し出した。すると、最初よりも勢いは落ちたが、今度は味わいながら食べるジラーチ。二杯目ということでお腹もそれなりに膨れているのだが、それよりも名残惜しさがあるのだろうか。

 キュウコンの方はこのくらいいつもの事だと言わんばかりにノーリアクションで食べている……ようにも見える。だが実際のところはその多くの尾をゆさゆさ揺らしたご機嫌アピールが出てしまっているのだからご愛嬌である。

 ハマゴとしてはそれを指摘し、ウェルダンに成りかけた過去をもつためあえてスルー。それでも、自分のポケモンが喜んでくれているというのはハマゴ自身の喜びでもある。

 

 だからこそ―――ぶち壊したくなるのだ。

 

「さて、食生活はバランスだ。こっちも食いやがれ」

 

 ドン、とジラーチの前に積み上げられたのは野菜だった。

 実はこのねがいごとポケモン、大の野菜嫌いであることがシンオウまでの船旅で判明している。だからこそ栄養が一緒に取れるお菓子感覚のポケモンフーズに逃げたわけだが、生憎とその逃げ道は今此処にはない。

 水で綺麗に洗った生野菜が徐々に迫りつつある中、笑顔のジラーチに冷や汗が流れ始め、ついには笑顔を解いて逃げ出そうとしたのだが―――

 

「おおっと、知ってるか?」

 

 ハマゴに、はごろもをムンズと掴まれ逃走を阻止される。

 もうお腹いっぱい。だから食べなくていいよね? と懇願するジラーチであるが、そんなものに聞く耳もたないハマゴは言い放つのだ。「ほろびのねがい」よりもジラーチにふさわしい破滅を。

 

「お残しはゆるしまへんでぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 ポケモンドクターハマゴ。

 彼の幼いころの聖典(バイブル)は忍者のタマゴアニメであった。

 

 

 

 

 

 天から落ちる野菜の大群が目の前に降り立った。

 スタッ、と華麗な五体投地を決めたそれらは、自分の周りを取り囲む。そして側面から細長い手足を生やして包囲網を敷いたのだ。このままでは逃げられない。そうしてジラーチは目に涙を貯める。

 だが無情かな。ジラーチのねがいごとは自分には届かない。天ノ川も聞き入れることはしなかったようで、徐々にその野菜たちに追いつめられてしまう。

 

「おい」

 

 緑黄色野菜の苦さ代表の野菜が言った。

 その腕には苦い野菜の大量に詰まったバスケットが掛けられている。

 掴みとった棒状の野菜が、ジラーチの口に無理やり詰め込まれる。

 ほみょ、ふみゃ、と鳴き声にならない声が漏れ出るが、しっかり噛み締めろと言わんばかりに押し込まれた野菜が邪魔をする。今度こそ、鳴き始めたジラーチであったが野菜たちは無慈悲であった。

 

「お野菜食べろッッッッ!!」

 

 熱血の赤い鉢巻が見えたような気がして、ジラーチはほみゃあああと声にならない悲鳴をあげた。

 

 ――――夢のなかで。

 

「……なんでコイツうなされてんだ?」

 

 時は早朝。ねぼすけジラーチがむにゃむにゃと悪夢にうなされる中、頭上に疑問符を掲げたハマゴが唸る。すっかり野宿セットを片付けたキュウコンに礼を言うと、彼女をボールに戻した後、悪夢の中で艶めかしい声を上げるジラーチを俵担ぎで拾い上げた。

 羽衣のような部分を体に巻き付け、セルフ寝袋状態のジラーチは持ち運びやすいことこの上ないとはいえ、ポケモンに対してあんまりではないだろうか。この辺り、とても医者とは思えないのがハマゴがハマゴたる所以ではあるのだが。

 

「お」

 

 外的な衝撃でようやく目を覚ましたのか、ハマゴがそれなりの距離を歩いて辺りでジラーチの目は覚めた。――途端、ハマゴの腕から逃れ、戦闘態勢に入るがジラーチの夢にでた手足のついた野菜はいないし、混乱を極める中で更にハマゴからのチョップがジラーチの頭部に突き刺さる。

 夢は覚めたかと、エネコの首根っこを持つように諭されたジラーチは放り投げられ、この旅の始まりからすっかり定位置になったバックパックの頭頂部でキャッチされた。

 

 ちょっと、聞いてよ! と言わんばかりに頭をべしべし叩いてくるジラーチに、ハマゴの反応といえばくたびれきったオヤジのように「へいへい」と聞き流すばかり。どうせくだらない夢でも見たんだろう、と彼が言って見せれば、グッと言葉に詰まったジラーチが固まった。

 

 なんともくだらない光景である。だが、ジラーチ自身にしてみれば野菜トラウマ事件の第一歩どころか全力疾走中だ。尤も、夢の内容を知らないハマゴにしてみれば、これからも野菜……とくにこちらの世界でいう茄子のような物を積極的に食わせていこう! と目論んでいるわけだが。

 

「……ん?」

―――……だ! れ……よ!

 

 ふと、ハマゴは気がついた。街道の向こうから、何やら喧騒が聞こえてくる。

 そんな疑問の種も、少し歩けば見えてきた。

 

「だから、もういいって言ってるだろ!?」

 

 足にすがりつくポケモンと、怒ったように怒鳴り散らす人間の組み合わせだ。正直な所、ハマゴ自身見たことがないといえば嘘になる、見たくもない光景だった。

 

「オマエはもう、いらないんだよっ!!」

 

 少年が足を振り上げて、すがりついたポケモン――スボミーを振り払った。

 その勢いのまま、近くの茂みに頭から突っ込んだポケモン。悲しそうな声を隠そうともせずに反論をするが、言葉ではなく鳴き声である以上真意は伝わらない。

 ポケモンと人間のコミュニケーションは難しいものだ。何度か蹴り飛ばされたこともあったのか、生傷が見られるスボミーと、無傷で上から物を言う少年を見ながらにハマゴは思う。

 

 同時に、額に浮かんだ「井」の形をした青筋をブッチ切りながら、ハマゴはその組み合わせに近づいていった。それはもう、ゆっくりとした歩みで。

 

「よぉ坊主、こんな人気のない場所でなにしてやがんだ?」

「んだよ!? ―――ひぃっ」

 

 正直、白衣がなければインテリ系ヤクザと見まごうばかりの外見がハマゴだ。ただの一般的な少年にしてみれば、このハマゴの怒り狂う姿には恐怖しか覚えないだろう。

 

「見たところそのスボミー、捨てたようだが」

「あ、ああ……うわあああああああああ!? なんだっていいだろ!? 俺に構うなよっ! ソイツが欲しいなら持って行けよおおおお!!!」

「あ、おい待て糞ガキ!」

 

 とっさに手を伸ばすが、逃げ出した名も知らぬ少年の姿は既にない。今ここに居るのはハマゴ一行と、取り残されたことでしょんぼりと途方にくれているスボミーだけであった。

 

「……はぁ。ちょっと話聞いてやろうと思っただけなのによお? なんで逃げるんだろうな、わっかんねえよなあ? ジラーチよお」

 

 まだまだ修羅の表情が落ち着いていない中での問いかけに、ジラーチはビクビクと怯えて全力で首を縦に振った。直後、バックパックの中にシュバッと隠れてしまったが。

 

 とにかく、近くに小さな集落があることは確認済みだ。あの少年も、ちょうど今日の夜を過ごそうと思っていた所の住人だろうとハマゴは当たりをつける。

 

「まずは手当か。おいそこの弱虫、いつまでも茂みに埋まってないでこっち来い」

 

 あまりひどくはないとはいえ、スボミーの手当もしておいたほうがいいだろう。ポケモンがいかに頑丈な生き物といえども、心身ともに未熟なポケモンは非常に傷つきやすい。その裏にちゃんとした愛情があれば、苦境とて乗り越えて成長できるのだが……

 軽い診察をしたハマゴは首を横に振って言う。

 

「こりゃひでえ。蕾の中が傷だらけじゃねえか」

 

 ハマゴの第一声がこれである。結局、診察の際は茂みから身動きが取れなかったスボミーを自分で引き寄せたのだが、彼の想像以上に残酷な仕打ちを受けている。眉間にシワを寄せ、怒りを露わにするには十分過ぎるほどボロボロな姿だった。

 

 未熟なトレーナーが、苛立ちなんかのはけ口に使っている手段の中でも最悪の部類だ。ポケモンを傷つけていく中、どうしてもポケモンがかばう「ダメ」な場所というのがある。進化のために必要だったり、それがなければ生きられなかったり。パラセクトの背中のキノコや、フシギダネ系統の背中の植物だ。

 そういった場所を傷つけると、大概のポケモンは絶叫とともに悲痛な叫びを上げる。その声を聞いて嗜虐心を満たし、それが常套化してしまう。それが原因でポケモンが死ぬこともあるというのに。

 

「……手持ちの分じゃ治療は無理だな」

 

 バックパックの中身を思い出しながら、彼は立ち上がった。

 まだ取り返しはつく。ひとまずは全身の生傷の治療からだろう。先程からぐったりし始めていることもあり、トレーナーだった少年がいなくなったことで気力すら尽き始めたのだろうか。ジラーチに引き続き、また死にかけのポケモンばかり診察するハメになるとは。

 ジラーチの時のように、ある程度の薬液を塗ったスボミーに植物由来の緑色の包帯モドキを巻く。抱え上げると、彼は右手を腰のベルトに伸ばしてあるものを掴んだ。

 

「キュウコン、頼む!」

 

 長旅は、自分の足で、歩いてこそ。(字余り)というのが彼の信条だ。故に急ぐ旅でもなかったが、このような急患は別。すぐさまドクターとしての意識に切り替える。あの少年に対する怒りよりも優先するべき命だ。

 投げたボールから出てきたキュウコンの背にまたがり、ハマゴは少年がいるであろう集落の方へと歩を早めるのであった。

 

 

 

 

「おっさん、ツリはいらねえ!」

「おいおい! お医者さん!?」

 

 最寄りの集落にたどり着いたハマゴは、すぐさま幾つかのアクションを起こした後、行商人の元を訪れて幾つかの材料や木材、薬の元を購入した。驚いたように引き止める行商人の言葉から逃げ出すように走り、スボミーを寝かせてある、間借りした畑の一部に到着した。

 

 スボミーは草タイプの中でも植物がモチーフのポケモン。こうした栄養の行き届いた地面で足を埋め、ある程度自己再生させるのが一番である。もっとも、あの少年はそれすらもさせていなかったのか、スボミーの体表に見られるはずの若々しいツヤは、見る影も無いほどガサガサになっていたが。

 

 ハマゴは土で汚れることも気にせず、その場にドッカと座ってバックパックを開いた。中に入っていたジラーチを放り投げると、バックパックの奥底にある煎薬の道具一式を取り出して組み立てる。

 そして先ほど行商人から購入した薬剤の元をすり鉢に入れて、ゴリゴリと回し始めた。

 

「ん、気になるか?」

 

 バックパックから放り出されたジラーチも、修羅の顔から一転していつものハマゴに戻っていたことから、今度は何をしているんだと首を傾げてその様子を覗きこむ。作業のジャマにならないよう、ふわふわと自分で浮いているあたり、モラルはあるようだ。

 

「“ちからのこな”って知ってるか?」

「?」

 

 疑問符を掲げるジラーチに、そうだよなとハマゴは笑い返す。

 

「まぁ、と~んでもなく(にげ)ぇ薬だ。漢方薬の一つなんだがな、人間にも効くし、ポケモンにはその効果が即時に現れるっつう薬だ。積み重なった人間の技術が産んだ秘宝の一つだな……そら、できたぜ」

 

 幾つかの植物や怪しい根っこがすり潰され、まとめて粉塵となったそれを、水の入ったボトルに流しこむハマゴ。どちらかと言うと病院の医者というより、薬剤師の仕事だろう。だが、ポケモンドクターは多くを求められる職なのだ。

 

「これが本家本元のばっちゃんが作った“ちからのこな”なら飲み薬にして使うんだが…俺が煎じたこいつの場合は一味違うってもんだ」

 

 サラサラと注ぎ込まれる「ちからのこな」は、水と混ざり合うが溶けることはない。だがハマゴはボトルの口から、さらに緑色の溶液を加えると、沈殿していた漢方薬はすっかり水に溶けて、緑色の薬液に変化した。

 最後に、キャップの代わりに注射針の先のような物体をつけると、それをくるくる回してボトルの口に固定させた。

 もうおわかりだろう。彼が作った「薬」は、よくプランターの土なんかに刺さっている栄養剤である。

 

「こいつを組み合わせるんだ……っと」

 

 説明混じりに手を進めていれば、ジラーチが口元に指を加えながらそわそわとしている様子が見える。まったく、とハマゴは息を吐きながら笑ってみせる。

 

「手伝えや、ジラーチ。この辺の土集めときな」

 

 パッと顔を輝かせて、ひとしきり頷いたジラーチは畑の土を自らの手で運び始めた。サイコパワーを使わないため、その小さな体格が集められる量には限りがあるが、ジラーチとしてはそんなことはどうでもいいのだろう。

 ずっとスボミーの看病をしていたキュウコンも、やれやれと言わんばかりに口元を歪ませている。初めて出来た後輩に対して、思うところが無いわけでもないらしい。

 

「こいつは、新しい助手の誕生かもな」

 

 伝説のネームバリューがつく盛大な病院でも作ってやろうか。ナース服を来たジラーチと、ナース帽を被って赤十字模様のスカーフを巻いたキュウコンのいる病院。そんな他愛の無いことを考えながらも、ハマゴは先ほど購入した木材を箱型に組み合わせ、スボミーだけの「ベッド」を作成する。

 白衣の男がカンカンカン、とトンカチを振るう。凹凸が嵌めこまれた、鉄を一切使わない「ベッド」が完成した。

 

「ジラーチ、集まったか?」

 

 振り向いたハマゴは、こんもりと丁度いいぐらいの量の土の上で、泥だらけになったジラーチの姿を確認する。彼の視線に気づいたジラーチも、指を立ててバッチリと反応を返してみせた。

 

 ハマゴは、土を両手で掬うと「ベッド」の中に土を入れていく。そしてスボミーの方をチラチラと見ながら作業は進み、真ん中に縦長の凹みがついたプランターベッドが完成する。

 

「んで、さっきのコイツだ」

 

 ブスッ、と不釣り合いなボトルの先が地面に突き刺さり、コプンと気泡が立ち上っていった。ハマゴが何も言わないうちに、ずっとスボミーを見守っていたキュウコンが近づいてきて、その口に咥えたスボミーを優しく「ベッド」に寝かせる。

 ハマゴはすっぽりと凹みに収まったスボミーの、小さな小さな足に土をかぶせていく。

 

「……ふぅ、やっぱこりゃ家庭菜園だろ」

 

 常々思っていることを口に出すハマゴ。当然のように進められた手順だが、傍目ドクターとは程遠い光景である。

 なんにしても、と息をつく。

 

 すやすやと眠るスボミー自身。その体が癒えることを望んでいるのだろう。まるで「ねをはる」技が繰り出された時のように、急速に土の一部が乾いていくのが分かる。同時に、ボトルいっぱいに満たされた「薬」がごぽ…ごぽ…、と気泡を立てて量を減らす。

 

「こんだけお膳立てしてやれば、あとはコイツの意志で回復できるだろうよ。あとはあの糞ガキとの話し合いだな……おっと、先に余分なもの取っとくか」

 

 確かに蕾の中はボロボロになっていたが、同時にあの部分は大事な場所だからこそ再生が早い。十分な栄養と、ポケモンの体力を全快にさせる薬。そしてスボミーたちポケモンそのものが持つ驚異的な生命力。これらが組み合わされば、よほどの外傷以外はキチンと治ってくれる。

 ドクターの役割は、ポケモンを治し、ポケモン自身に治させるお膳立てをすること。ジラーチの時と何も変わらない。その手順が違うだけで、最後の「治療」は全てが一緒だ。

 

 ぺりぺりと、植物由来の包帯モドキを剥がし終わって、力仕事で掻いた汗をタオルで拭う。この畑の一部を借りた時、一緒に借りたジョウロに水を満たすためにハマゴは立ち上がった。

 しかし、ぺしぺしと足を叩く感触が彼を引き止める。

 

「ん、やってくれんのか?」

 

 むしろやらせて、と両手を突き出す泥だらけのジラーチだ。

 本格的に、ドクターの助手として勉強でもさせてやろうかと考え始めたハマゴは、白衣が汚れることも厭わず、また土の上に腰を落ち着けた。

 ほんのり湿った土の感触が布越しに染みこんでくるが、The清潔と言う言葉とは無縁の、フィールドワークが主な調査団に所属していたハマゴだ。どこにいっても変わらないな、と土をひとつまみしながら彼は笑ってみせる。

 

「おお…流石に難儀してやがんな」

 

 コダックじょうろを両手で必死に抱えて、スボミーの収められた「ベッド」に水をやりすぎず、しかし少なすぎずの塩梅で掛けようと四苦八苦。ふんぬぬぬ、と人間なら踏ん張っている言葉が聞こえてきそうなジラーチの姿に、ついにキュウコンの方は決壊したらしい。

 

「なっ、キュウコ……おまっ! クッ、ハーハハハハッ!」

 

 鼻から漏れた空気が下品に音を立てるが、もう遅いというのに背中を震わせ必死に笑いをこらえている。クッフォ、クッフォ、と普段なら聞けないようなキュウコンの間抜けな姿にハマゴのダムも決壊する。

 

 そんな面白おかしい彼らの様子を、困ったように見つめる畑の持ち主。

 その隣には―――鋭い視線の少年がいた。

 




あ、いまさらながらこの作品、8000時前後で進行します。
それと、今回のようにポケモンドクターに関してすさまじいオリジナル設定なのでイマサラナガラお気をつけください。

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