流れ医師の流れ星   作:幻想の投影物

35 / 38
わたしはここに いきています


iは○○だから

「メガシンカ!」

 

 キーストーンから伸びる光が、ガブリアスの持つメガストーンと繋がった。ゆっくりと姿形を変えていくガブリアス。まとった光を弾き飛ばし、よりより攻撃的にフィンが変形した両手を持つメガシンカ形態を露わにする。

 気合十分、脅威十全。放たれるプレッシャーは先程の比ではない。ロトムとマーズは同時に固唾をのみこみ、ただガブリアスの威容に圧倒されかけていた。

 

「本気、とは言ったけど私も慣らしておきたいの。この子がどこまでやれるか…付き合ってもらうわ、マーズさん!」

「ッ、望むところよ!」

「ガブリアス!」

 

 呼びかければ、ガブリアスは地面を蹴った。ウォッシュロトムもその様子を見たままでいるわけではない。ガブリアスの動きを目に捉え、いつでも動き出せるように体制を整えた。

 ガブリアスが地を蹴り、シロナの指示が続く。

 

「ドラゴンクロー!」

「避けなさい!」

 

 振りかぶったドラゴンクローを紙一重で避けるロトム。

 一撃、二撃。そうしてガブリアスの猛攻はなおも続くが、次第にロトムの動きに精細がなくなってきた。空を自在に飛べるアドバンテージはあれど、このまま直撃をもらえばKOもありうる耐久力の低さがネック。だが、マーズはある瞬間を狙っている。彼女が鋭い視線を猛攻の様子に向けているあいだ、シロナもまたトレーナーの動向をも見ている。

 ガブリアスが一歩を踏み込み、避けたロトムの移動地点に淡い光の龍爪を振り下ろす。―――ここ!

 

「後退してガブリアス!」

 

 ロトムが立ち止まった瞬間、シロナの一喝がフィールドに響いた。

 

「あやしいひかり! ……くっ!?」

 

 混乱の状態異常を狙った瞬間、ガブリアスは一気に距離を取る。ロトムの眼前で炸裂した光の玉は、当たること無く虚しく中空に溶けていった。一手を完全に読まれていた。いや、流石にわかり易すぎたのかもしれない。だが挽回はまだまだ可能であると、これまで見てきたガブリアスの動きを考慮した上で、マーズはその結論を出す。

 だが仕切り直しも兼ねて、まずは無防備な現状をどうにかせねば。先程の攻防からほんの1秒にも満たない時間で思考を済ませて、再度動き始める。

 

「距離を取ってロトム!」

 

 嫌な予感を感じたマーズが、続けざまにガブリアスと同じく後退を指示したのだが。襲い掛かってきたのは翡翠の龍を身にまとったガブリアスの突撃。指示よりも早く、再びロトムに接近したガブリアスの一撃がロトムに牙を剥いた。

 バックステップを刻んだ分、余裕はある。だが、現状のウォッシュロトムの体の面積では避けられない。体を伝う嫌な汗が、ドラゴンダイブ以上の危機感を彼女に知らせている。

 

「ハイドロポンプ!」

 

 だからここは、避けることよりも迎撃と防御を選択。ウォッシュロトムの胸部のマドが開き、凝縮された水の力が一直線の奔流になって放たれ、接触寸前だったドラゴンダイブと真正面からぶつかり合う。

 ドラゴンダイブが生み出す推進力と、ハイドロポンプの押し出す力。技同士のぶつかり合いは拮抗しているようにも見えたが、ロトムはハイドロポンプを放出しながら後退しているため技の威力はガブリアスのほうが上。

 このままではジリ貧。ふりを悟ったロトムが退避した瞬間、動きを読み、身を捩ったガブリアスが水流を切り裂き回避方向へと現れた。

 

 勢いを弱めるハイドロポンプがただの水となってフィールドに染み込んでいく。その間にガブリアスはフィンを翻して鋭い一撃をロトムに刻み込む。

 ドラゴンクローだ。その一撃はロトムの同化を解除して余りあるほどの衝撃を持っていたのか。マーズの手元にストラップサイズになった洗濯機が戻ってくると同時、マーズ側のフィールドに吹き飛ばされたロトムが転がってきた。

 

「立っちゃダメ!」

 

 イナズマのような手を使って跳ね起きようとしていたロトムは、咄嗟に力を抜くことで追撃に来ていたドラゴンクローの下をくぐり抜ける。アレが当たっていれば戦闘不能になっていただろう、と。内心ひやりと汗を垂らす。いつもの陽気な笑みの口元も苦笑いに見えるほどだ。

 

 避けられたことで不発に終わったドラゴンクローが地面を砕き、爆炎が舞い上がってポケモンたちの姿を覆い隠していく。その様子を見ながら、マーズは頭の回転を早めていった。

 

 現状マーズ側が不利であるせいか、先程からシロナの指示がほとんど聞き取れないためか、ロクに攻勢に出られていない。メガシンカと本気が組み合わさった瞬間、間違いなくシロナはチャンピオンと呼ばれるだけの実力が在るのだということが分かる。

 

 だからといって、まだまだ互いの時間が浅いマーズとロトムが絶対に負ける、などということは無い。ポケモンバトルとは一進一退の攻防の末、ジャイアントキリングを成し遂げ、勝利し、新たなステージへと立つ事が可能なのだ。

 たとえレベル差があろうが、伝説のポケモン相手にノズパスのとおせんぼが有効であるように、必ず相手に通用する技がある。故に、最後まで諦めない者には必ずや勝利への道筋を作り出すことが出来る。

 

 そのための手段を学び、勝機のために道具を使う。そしてガブリアスはメガストーンという道具に恵まれている。ならばロトムは? そう、彼の恵まれているものと言えば―――

 

「そこよ! ドラゴンダイブ!」

 

 マーズの思考が終点に到達した瞬間、シロナの鋭い声とともに砂煙が切り裂かれた。もともとじめんタイプが混ざっていることもあって、ガブリアスの攻撃は正確にロトムが退避していた方向へと吸い込まれていく。

 

 先程の光景から、ハイドロポンプを撃ってもこのガブリアスには通用しない。故に、一度完全に回避してから反撃に出るかどうかといったところ。少なくとも、シロナはそう考えて次の一手を用意していた。

 それは先程と同じく追撃のドラゴンクローだ。これまで巧みに避けてきてはいたが、そろそろロトムのスタミナも限界に近いはず。何より、ガブリアスの技から技へと繋げる上手さは彼女自身が熟知している。そんなシロナの考えを裏付けるように、一手目であるドラゴンダイブは予想通りに外れた。

 次だ。次の手でよりこのバトルの勝敗は確実なものになるはず。油断も慢心もなく、しかしこれまで多くのバトルで感じてきた確信を持って振り上げられた手は、ガブリアスのフィンと同じ動きでロトムのいるであろう場所に右の切っ先が振り下ろされた。

 

 だが感じたのはロトムを打ち据えたそれではなかった。

 

「凍っている!?」

 

 暴風によってガブリアスの全身が吹き飛ばされた。いや、それだけではない。ガブリアスの右手を起点として体の方にまで、雪のように白くなった氷がへばりついている。水ときて、次は氷。ロトムの形態変化にはまだ他があるのかとシロナが答えにたどり着いた瞬間、完全に砂煙を吹き飛ばしながら、体と一体化した「扉」を開いたロトムが飛び出してきた。

 

「追撃しなさい! ふぶき!!」

 

 一点に力を込められ突破されるなら、その腕だけでは防御仕切れない広い攻撃に移し替えればいい。冷蔵庫と一体化したロトムはギリギリのところで受け渡されたそれにより、ハイドロポンプをふぶきに変えて反撃の一手を打ったのだ。

 しかし相手はチャンピオンとそのポケモン。黙ってやられているはずもなく、張り付いた白い霜を振り払ったガブリアスは、ダメージこそ負っているもののそれを感じさせない素早い動きでその場を離脱する。

 不発に終わった吹雪が地面の一部を雪で白く染め上げた。漂う冷気は、しかしガブリアスを侵すほどではない。キュッと片足を軸に方向転換し、反対の足で地面を蹴ってガブリアスがロトムに迫る。初速から一気に最高速に達したガブリアスの周りには、龍の気がまとわれていく。

 

「ドラゴンダイブ!」

「ふぶき!」

 

 衝突し合う二体の技。霧散した冷気がシロナとマーズの立つフィールド端にまで届き、柔肌にぞわりと寒気を与えていく。

 至近距離による咄嗟の判断だったが、カウンターじみて当てた吹雪は確かに直撃した。ドラゴンクローならともかく、ドラゴンダイブだったのが幸いだろう。だが、マーズはこの時点でバトルの行く末を感じ始めていた。

 

 数秒が立ち、煙が薄くなってきた頃に、ドサっと倒れ込む音が聞こえてくる。

 フィールドで目を回しているのは―――とても小さな影。

 

「戦闘不能……あたしの負け、ね」

 

 悠々と聳え立つ壁のようだ。

 未だ健在のガブリアスを見て、心からそう感じる。

 登りきるのか、それとも壊してしまうのか。いまいち雑念が振り切れなかった結果の敗北であるというのは、マーズ自身にもよく分かっていた。

 

「けど、少し吹っ切れた。ありがとチャンピオン」

 

 ロトムにボールの光線を当てながらに言う。バトル前の、迷っているような空気を少しだけ払うことが出来ているような微笑。悩みの全てが吹き飛んだなんてことはないのだろう。けれど、今この時点では前に歩く踏ん切りがついた。そんな雰囲気がマーズから感じられる。

 シロナもまたガブリアスを労り、モンスターボールに戻してマーズの方へと歩みよる。そのまま無言で差し出された右手を、マーズは少し驚いたような表情で見つめた後、しっかりと握り返した。

 

「あなた達、中々いいパートナーになれるわ」

「ありがと。チャンピオンのお墨付きなら安心ね」

「さっきから買い被りすぎよマーズさん。私もひとりのポケモントレーナーに過ぎないんですからね」

 

 そんなシロナの言葉に苦笑する。

 あんたがタダのトレーナーなら、そこらにいるトレーナーはどうなんだと。

 

「うん、実力も確認したことだから、ダークさんが復帰するまで、特訓と行きましょうか」

「いくらでも! あたしたち、強くなるって決めたからね。いずれはその足元掬ってひっくり返してやるから、覚悟しときなさい」

 

 そしていずれは、あの「英雄」も超えてやる。なんて事も心のなかで付け足しながら、はるか高みを目指して、在るき続ける意志を抱いたマーズ。そんな二人の影はポケモンセンターの中に消えていった。

 それから数日間、ズイのポケモンセンター横にあるバトルフィールドは、大いに盛り上がりを見せるのであった。なんせ、かのチャンピオンとそれに食らいつく凄腕トレーナーがいたのだから。

 

 

 

 白熱したバトルが始まろうとする同時刻、マーズたちと別れたハマゴはズイの牧場の方へと足を運び、牧場主の許可をもらって広大な野原をアチラコチラへと歩き回っていた。

 自分の興味も当然あるが、彼は腐ってもポケモンドクター。そうした情報への取引材料として、自分のドクターとしての腕を提示したというわけである。そうして数多のポケモンの診察と、同時にデータの収集。久々に緊張もなく、のどかに本職としての仕事に充実した時間を送ることができていた。

 

「特に病気もねえし、元気そのものだぜ」

 

 カルテを片手にメガネの位置を治した彼は、握っていたペンにキャップをかぶせた。

 場所は牧場主の住む家のリビング。温かい搾りたてのモーモーミルクが目の前に差し出され、一言感謝を返してハマゴはコップを口に運ぶ。

 

「ありがとうなあ。でもほら、最近物騒じゃあないかい。うちの子も攫われないか心配だよ」

「マグマ団、って奴らだな。一つ言えるのは、あいつら馬鹿馬鹿しいほど狂ってるってことだけだ。過剰だと思っちまうくらいに備えたほうがいいぜ。……なんせ、ニュースの通りだからな」

 

 ちらりと近くの新聞に目をやれば、たたまれた新聞の一面には「一家失踪、マグマ団の影あり!?」というテロップがでかでかと書かれている。読み込んでみれば、彼らの手口がいかなるものかを綿密に聞き取った上で対策を呼びかけているような文面だ。もはや、新聞の一面記事として見るには別物だろう。

 ポケモン協会としても、彼らの存在を隠す方が混乱を招く事態になったと観念したらしい。ここ最近では、メディアなどをフル活用しマグマ団残党を明確な悪に、敵に仕立て上げようとする動きが盛んになっている。注意にはとどまらず、各地のジムリーダーも率先して街を守る、もしくは街のトレーナーを強くする取り組みも始まっているらしい。

 記事から目を離したハマゴは、鋭い目を更に細くして額にシワを寄せる。

 

 もしかしなくとも、ここまで話を大きくしたのは自分が原因ではないだろうかと。普段はまず考えないであろう弱気な言葉が、彼の頭に浮かび上がってきていた。

 

「マグマ団はマークのついた腕章があるからな、新聞のあれを牧場のポケモンに覚えさせて、見つけ次第攻撃したほうが手っ取り早いかもしれねぇな」

「物騒だねえ。でもまぁ、そうするしか無いのかねえ。…ともかく、ありがとうね。お医者さんの言ってみたとおりにしてみるよ。育て屋さんもほとんどのポケモンが引き取られてるって言うし、うちも協力しておこうかね」

「育て屋か……そうだな、物騒な時期だ。孤立すると危ねえのは確かだ」

 

 ギンガ団の残党が居たときからの話だが、マグマ団の凶行が進むにつれてここ、ズイの「育て屋」の活気は日ごとに静かになってきているらしい。ポケモンが囚われ、道具のように使われる。そんな団体が居る以上、自分の手の届かない場所にポケモンを置いておくわけには行かないという精神だろうか。

 他にも、急速に活気を削がれていった施設や企業は多い。このシンオウ全体に悪影響を及ぼしているマグマ団には、その分さらにヘイトが向けられるようになっている。

 

 彼らが出現してから随分と時間も経った。怯えるばかりではなく、殺気立つ人も増えてきている。更にはトバリシティの事変だ。あれからズイに避難した人の中でも、マグマ団を見つけ次第殴りかかりそうなほど気が立っているというのも少なくない。

 だが安易な考えで手を出そうものなら、相手は立派な力を持った組織だ。トバリも然り、街ひとつ簡単に壊滅させる暴力の一旦は、民間人に向けられるには過ぎたもの。

 

「考え過ぎか。ったく、わかんなくなってきた」

 

 重苦しい考えを振り払うように、検診を終えたハマゴは道具を引き上げて牧場を後にすることにした。

 

 

 

「ここが、アンノーンの遺跡か」

 

 牧場から離れる途中、ズイの遺跡のことを思い出した彼は気のおもむくままにアンノーンたちが静かに眠る遺跡の方へと足を向けていた。道中、ダークトリニティの一人が木に背中を預けて此方の視界に入るよう立っていたため、一人で活動する危険性については現状、問題ないといえるだろう。

 

 それはともかく、遺跡である。気分転換も兼ね、観光でもして心を落ち着けようと入り口を抜けたハマゴを待っていたのは、背筋を凍えさせるような薄ら寒さと、どこまでも静かな薄暗い空間。

 上を見てみれば、音もなくサイコパワーで飛び回るアンノーンが黒色の体を闇に溶け込ませて宛もなく飛び回っている。僅かに光が反射して見える、大きな一つ目だけが浮かび上がる様はいっそホラーにも近しい感覚だろうか。

 

「ありとあらゆる地方に存在するアンノーン、不思議なもんだな」

 

 ジョウトの石版がとある旅のトレーナーに動かされてからというもの。各地方に存在するアンノーンの遺跡が次々と見つかった。カントーはナナシマに、ここシンオウはズイに、そしてホウエンはマボロシじまと同じように消えたり現れたりする洞窟に。

 アンノーンの体は文字にもなるようで、それぞれが象る姿に対応して26文字と、自分たちもよく使う「!・?」を含めて28文字。組み合わせで自分たちの言語に対応させることも出来るし、この文字は実際に各地の遺跡の壁や地面に描かれている。

 古代文明の人間は、アンノーンから文字を見出したのか、それともその文明で使われていた共通の文字があったから、各地のアンノーンも同じ姿をしているのか。はたまた、文字が同じという事は遥か昔はこの広大な世界を一つの部族が治めていたのか……。

 

 ポケモンとしての性質は変わらないが、形ひとつとっても延々と研究が続けられる不可思議なポケモン。そして、実際にパートナーにしているトレーナーは皆無といっていい。そんな不思議なポケモンが昔と変わらぬ姿で悠々と、天井近くを浮遊している。

 

「……考え過ぎだな」

 

 無心で治療し、無我夢中で助けられる人を、ポケモンを助ける。

 シンオウに始めてきた頃は、そんな今まで通りの気ままな旅を続けられていた。自分の手は狭くない。だけど、目に見えた範囲は必ず救ってみせる。自分勝手ながらも、芯の通った決意はたしかにあったはずだった。

 

 今となってはどうだろうか。なりゆきで、しかしドクターとして傷つくものたちが増えるのが許せず、この大きな事件に協力を申し出た。ジラーチが全ての始まりとは言え、いてもいなくても、前までの生き方を出来ていた瞬間は確かにあった。

 戦う事が増えた。襲われることが増えた。……自ら、傷つける相手が増えた。

 

 これでいいのだろうか?

 

 襲ってくる輩には容赦をするつもりはない。それはファウンスの密猟者にもそうであったし、厳しい大自然の中で身につけた考えだ。

 人と触れ合うことは多くとも、社会に触れて生きてきたわけではないのが仇になったのだろうか。ドクターという身分ながらも、コネや人づては多くとも、基本はソロ活動がこれまでの歩み方だ。

 今回はほぼ全てがシロナを通じてとはいえ、組織ぐるみの問題解決に取り組むような身の上になった。ダークトリニティのように、知らなくても良い情報を握りつぶさなければならない場面も出てきた。

 

 歩く方向は間違って居ないのだろうか…?

 

 これまではマーズのことも含め、歩き続けていたから気にならなかった考えが、回りに回って頭の中を埋め尽くしていく。ズイというのどかな街とは裏腹に、ズイを含むシンオウ全体を覆い尽くす嫌な空気が邪魔してきているのがわかる。

 所詮、自分は成人もしていない18歳のガキに過ぎない。ドクターという身分があろうと、まだまだ人生経験が足りていないのは確かだ。

 

「ああ、くっそ」

 

 ガシガシと頭をかきむしるハマゴ。

 その様子をアンノーンが一瞥して、しかし何をするでもなく去っていく。

 

 今更ながら、その重さというものを認識してしまったのだろうか。普段は絶対に見せない弱々しい姿だ。他人にこんな姿を見せず、気丈に振る舞い、その中で少しずつ溜め込んでいき……最後は倒れてしまいそうな。

 完璧な隠形で微塵も気配が察知できていないからだろう。ダークトリニティが監視しているだろうという考えも抜け落ちているようだ。もちろん、彼らも悩む若者に手を差し伸ばすような感情はない。だから、今ハマゴは誰からも離れた場所だからこそ、ようやく覆い尽くしていた見栄を剥がしたのだろう。

 

 あれだこれだ、だからこうだ、そんなとりとめもなく浮かび上がってくる頭の中の考えを振り払うように、ハマゴの足は遺跡の奥へと向かっていった。

 

 そして、何故か、彼のあとを追うようにアンノーンの群れが音もなく暗闇の天井を通り抜けていく。

 右上、左下、右上、左上、左上、左下、壁面の言葉を読んでいないにも関わらず、フラフラと彼の足はズイの遺跡の最奥を目指して進まされていく。

 最後の階段を下り終えた先には、数人が入ればもう一杯になりそうなほど、小さな小さな部屋。整備された階段も途中で途切れ、岩の坂を無理やり降りていった彼は、目の前に見えた行き止まりの壁を見て、ようやく自分の意識を取り戻す。

 

 しばらくはここで頭を休ませよう。壁にもたれかかり、右腕で顔を覆った彼は上を見上げながら、ずるずると背中を擦って地面に座り込んだ。

 

 ひんやりと冷え切った岸壁の冷たさが、徐々に白衣を通してシャツをつたい、背中に押し付けられてくる。知らず上がっていた息は深呼吸とともに吸い込まれた冷たい空気と共に、ゆっくりとした息遣いに戻っていった。

 まどろむ意識が落ちきる前に、ポケッチのアンテナが1本だけ立っているのを見たハマゴは、夜まで戻らない旨を書いたメールをマーズに送る。

 今日はここで、何もかも忘れて眠ってしまっても良いかもしれない。落ち着いた意識がダークトリニティに守られている事を思い出させて、彼の思考はそんなふうに落ち着いていた。

 

「……アンノーン文字の文章」

 

 ちょっとした縁から、アンノーン文字を使った文章の解読方法を知っているハマゴは、まどろみつつある意識の中で、遺跡最奥部の壁に書かれた短い文面を視界に収めた。

 

 無意識が知識を活用して、彼の唇から解読されたその分を読み上げる声が溢れる。

 

「すべての、いのちは、べつの、いのちとであい、なにかをうみだす」

 

 それは子だろうか。知識だろうか。差異だろうか。

 

 

 

 自分、だろうか。

 

 

 

 考えを最後に、彼の意識はぷつりと切れた。

 

 

 

 

 彼の姿は、遺跡から消えた。

 




















お久しぶりです
ダディバナさん並みにボドボドですが生きています。
今回はリアル事情も相まって、かなり意味不明な展開になってます。

今回はギュウギュウ詰めの文章と、
大きく改稿使って雰囲気出してみる実験です。


状況整理も兼ねて過去編入ります 不定期更新です

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。