流れ医師の流れ星   作:幻想の投影物

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年内投稿は無理だと言ったな

できましたすみません遅れました許してくださいジラーチが何でもします。


水底をたゆたう 後

 深い深いため息が、優美な白毛よりのぞく肉と鋭い歯の隙間から漏れ出ていく。正直な所、キュウコンが教えようとしたのは泳ぎの基礎の基礎。まずは水に浮いてゆったりと動くことだ。そのため、滝壺のある広い場所で石の生け垣を作って流れのない場所を練習場にしたのだが……。

 

 ブイゼルは、なぜだろうか。根源的に水への恐怖心が拭えていない。そしてジラーチは鋼タイプだからだろうか。根本的にカナヅチだった。いや、それにしたってエンペルトという水鋼のポケモンもいる。タイプは泳げないことへの理由にはならないだろう。とりあえず、未だにバシャバシャと泳げない謎に永遠の疑問符を掲げるジラーチはこの際無視することにしよう。

 ふいっ、とブイゼルのほうに顔を向けたキュウコンは、彼の泳ぐ姿をじっくりと観察し始める。すると、水に顔をつけて、自分の体よりも深いところへ潜ろうとした時だ。ブイゼルの顔は急速に強張り、手足や尻尾の動きは鈍っている。

 

「…?」

「ッ!」

 

 過去に何があったのだろうか。前に何かあったのかと、訪ねようとした。しかし、その瞬間ブイゼルはヤケを起こしたように「みずでっぽう」をキュウコンに向かって放ち、苦し紛れのそれを「じんつうりき」でやんわりと捻じ曲げるキュウコン。曲げられた水の本流はジラーチの頭の上で勢いを失い、一休みしていたその頭をびしょ濡れにした。

 冷たいそれを被って飛び跳ねるジラーチを尻目に、とにかくキュウコンは水の底を見つめないよう目をつむって下を向きながら浮かんでみろとブイゼルに促す。しばらくは迷っていたブイゼルだが、せっかく親切に克服を手伝ってくれようとしているキュウコンの、熱心な視線に負けたのか「わかったよ」と言わんばかりの眼差しを送り、渋々従ってみることにした。

 

 ちゃぷん、と波紋を立てる水面。慣れ親しみ、己の中にも流れるその水は、しかしブイゼルの背中をゾクリと凍えさせる。一歩進むごとに全身を包む水の感覚は、確かにみずタイプであるブイゼルにとって心地の良いものであった。だが、その奥深くは。見えているはずの足元は、奈落の穴でもあいたかのように、真っ暗で真っ黒な幻影をブイゼルに見せていた。

 ぎゅっ、と強く目を伏せるブイゼル。底冷えする闇のような幻影に代わって、寝る時にも似た暖かな暗がりと、全身をつつむ水の心地よさだけが広がっていく。

 

 ぎこちないが、ブイゼルはそのまま少しずつ水深を下げていった。前に進もうとするのではなく、深く、深くへと。浮袋はしぼませたまま、少しずつ強くなる水圧によって深さを感じていく。

 

 キュウコンは水面ごしに、たしかに震えること無くしっかりと水底へと向かって泳ぐブイゼルの姿を観察する。そして、ひときわ大きな泡が水の中のオレンジ色のそれからデてきたのを確認した途端、尻尾の先を水の中に突き入れ一気に引き上げた。

 顔を蒼白にしつつも、どこかぼんやりとしたブイゼルが引き上げられる。大丈夫か、鼻先を近づけて目を開けたブイゼルに問いかければ、ブイゼルは行けるかもしれない、と決意に満ちた目でキュウコンを見上げていた。

 

 

 一方、頭から水をかぶったジラーチはブルブルと頭を振って水を払っていた。タオルを持ったミミロルが近づいて、濡れ鼠になったジラーチをゴシゴシと拭いていく。いっつも変な目にあわされるのは何でだろう。ハマゴと旅をしてから、それなりの時間が経っている。暴走仕掛けたエネルギー。それを散らすことで命を助けられ、破顔してみせた彼に気を許したのが始まりだったのだろうか。段々と雑になる扱いと、降りかかる不幸についてウンウンとうなり始めるジラーチ。

 そして、ミミロルがジラーチを吹き終えて一汗ぬぐったところで、まぁいいやと突然に立ち上がった。ちょうどそこに立っていたミミロルは顎下からの強烈な一撃に悶絶し、ジラーチはバランスを崩して前のめりに倒れ込む。

 そのまま二匹は、目を回したままその場でノックアウトされたのであった。

 

 

 滝壺の大きな水場。少しばかり流れの早い底を、オレンジ色の影が通り抜ける。ひゅっ、と目の前を横切るようなそれではなく、たしかに泳いでいると分かる程度の遅さだ。とてもではないが、水タイプのポケモンにしては失笑ものの速度だろう。

 だが、ブイゼルは自らの尻尾をスクリューのように回し、目をつむったまま、水と感覚を頼りにしっかりと水流の中をまっすぐ泳ぐ事に成功していた。

 上を向き、ぐんぐんと水面を目指して泳いだブイゼルは水しぶきを上げて岸へと着地。全身に含んだ水を滴らせながらも、キラキラとした目でキュウコンを見上げ、深く頭を下げた。

 

 気にするな。ふんっと鼻を鳴らしてキュウコンも、成長した生徒に思うところはあるようだ。口の端を歪めて小さく笑うと、尻尾の一本でブイゼルの小さな頭を優しく撫で回す。吸水性抜群のキューティクルを持つ尻尾が水浸しになるが、そんなことでいちいち嫌悪感を覚えるキュウコンではない。優秀な生徒はしっかりと褒めるのは、痛いのを我慢した幼いポケモンをあやすときの常套手段だ。

 

 このブイゼル、わかりにくいだろうが、キュウコンが幼く見る程度には幼いものだった。卵から孵って間もないのだろう。だからこそ、目覚めている期間があまりにも短いジラーチと同じ程度のレベルの争いを繰り広げていたのだろう。感情の発露の仕方はかなり幼稚なそれであった。

 こうして撫でられている時も、素直に感謝の念を抱きながら嬉しそうにしている。これがもう少し成長した野生ポケモンであれば、悪意がない相手には、撫でられつつも多少の警戒心や心の壁は感じられるはずだ。

 

 なんにせよとキュウコンは、溢れる母性を惜しみなくブイゼルに注ぎ込む。子供は好きだ。それが人間であれ、ポケモンであれ。素直で、憎らしくとも憎みきれない子供は可能性の塊だ。どんなふうに成長するのか、こうして触れ合った子供がどういった道を選ぶのか。ロコンの頃に長く生き、ハマゴと共にキュウコンとして生きた年月は彼女に達観した目線を与えていた。

 ふと思い出す。ハマゴと一緒で、進化したてで駆け出しのサポートポケモンだった頃だ。最初の患者だったコータスとそのトレーナーは、フエンで時折行われる大会でよく名前を見るようになった。ハマゴが一人前になって、ファウンスで初めて出会った死にかけのナックラーは、最後に見た時は立派なビブラーバとなって、ホームセンターのお手伝いをしていた。時折ファウンスのフライゴンに会っている姿もよく見かける。

 

 さて、このブイゼルはどうなるのだろうか。

 楽しみだ、と未来を見るようにブイゼルの頭上から尻尾をどかす。

 

 タイプも形も、そして野生と所有されるポケモンとしての差。色んなものはあるが、泳ぎの技術というよりは、ブイゼルの心の治療がキュウコンにとっての精一杯。目をつむる、つまり不格好なタマゴの中から、次はどうやって殻を破るのか。その瞬間を見られないことに惜しさは感じるが、今はこれで十分だ。

 あとは自分で頑張ってみろ。微笑んでみせたキュウコンの眼差しに、快活に頷くブイゼルは早速水の中へと飛び込んだ。ちょうど目を覚ましたジラーチも、事情は知らないが負けてたまるかとブイゼルの居る方へと飛び込む。せっかく拭いたのに、と肩を落とすミミロルに水飛沫を跳ねさせながら、ジラーチは必死にブイゼルを追いかけた。

 その差はぐんぐんと離れていき、ジラーチが水場の半分より少し前に居る頃には、ブイゼルはすでに反対の縁まで辿り着いている。ここまでおいで、というブイゼルの挑発に、バカにされた事で沸点を切ったジラーチが襲いかかる。

 

 繰り広げられるのは、ブイゼルが捕まることのないイタチごっこ。追いついたと思ったら、それはブイゼルがジラーチに合わせて遅くするか待っていただけ。次の瞬間には凄まじい速さで差を広げ、負けじと羽衣を波打たせて泳ぐジラーチはただただ疲労していく。

 

 ビショビショの自分の体を吹き終えたミミロルが、疲れたようにキュウコンの隣へ座ってみせる。キュウコンはゆっくりと上体を下ろして、リラックスしたように身を伏せた。

 元気だな、と吐き出された小さな吐息はミミロルから。キュウコンはくっと笑って、霧の向こうの赤くなり始めた空を見上げる。そのまま小さなポケモンを丸呑みにできそうな口を大きく広げて、あくびを一つ。こんな、まったりとした日が続けばいいのにね。欠伸でつられた涙を拭い、キュウコンはゆったりと昼寝を始めるのであった。

 

 

 

 ぴょこんと揺れる黄色い耳が、もふもふの黄色い毛皮と共に上下する。

 

「いいか、この道具はな……」

 

 ジラーチが水辺でブイゼルたちを遊んでいるのを横目に、巨大なバックパックから一つ一つの道具を取り出して説明をするハマゴ。真剣な表情で、ふむふむと頷きながらたどたどしい手つきで道具を手に取り、ミミロルはそれらがどのような使い方をされるのかを学んでいる所だった。

 

「とりあえず、まずオマエに任せられるのはすべての基本になるノーマルタイプのポケモンについてだ。といっても、実際には俺が手を離せねぇ時バックパックから持ってくるだけの雑用だがな。そのために、まず簡単なものの使い方を一通り教えたってわけだ」

 

 目の前にずらりと並ぶ幾つかの器具。数としては少ないが、我々のよく知る「きずぐすり」シリーズに始まり、何に使うか分からない器具や、すり鉢のようなものも並んでいる。

 ここまで理解したことを示すため、ミミロルは一つ頷いてみせる。

 

「よし、そんじゃテメェに任せられんのは簡単なバトルの怪我だな。“きずぐすり”や“すごいきずぐすり”でどうとでもなるやつだ。使い方は習ったとおり、発射はしなくていいから開けるトコまでやってみせろ」

 

 ミミロルはトリガーの近くにあるタブを横に倒し、ノズルを患部と書かれた紙の一点に向ける。片手で支え、少しだけトリガーを押し込むような仕草をしてハマゴを見た。

 ポケモンに道具を持たせても使えないものの理由の一つだ。手や触手があるポケモンならともかく、こうして工程を挟んで使用するようなものをバトル中に使っているヒマなど無い。「だっしゅつボタン」のように押させることで発動させるものはともかく、ポケモンが扱えない道具には幾つかのアクションを挟む必要があるときが多い。

 だが、実際にバトルも関係なく別の行為のためだけならば。ポケモンでも道具を使うことが出来るのはよく知られた事実だ。ホウキを持ったバリヤード、ピンポンをするエテボース。ポケモンレンジャーに付き従うパートナーポケモン。その姿は日常から見ることが出来る。

 

「そうだ、焦らずしっかりとセーフティは切り替えしろよ」

 

 彼は鞄の中が薬液濡れなのは簡便だからな、続けてと座り直す。

 

「んで、問題なのはソレ以上の怪我だ。原理はわからんが、殺すつもりで放った“わざ”ってのは洒落にならねえ傷を残す。そういう怪我の対処の時は、俺の出番だ。オマエにはほんとに簡単な、熱い湯の入ったボウルや調合済みの薬なんぞを持ってきてもらう。タイプ別にマークでラベルが張ってあるが、こいつについてはまた今度にすっぞ。まずはテメェのわざの確認するからな」

 

 そう言って、ポケッチを向けるハマゴ。やがてそこに、ミミロルのパーソナルデータの他、使える技の構成やミミロルの健康状態についてのパロメータやグラフが絶えず変化するデータが浮かんでくる。

 雑多な情報を払い、ハマゴは技の一覧をじらりと見つめる。

 

「“ほのおのパンチ”、“れいとうパンチ”か」

 

 ノーマルタイプの特権のようなものだが、何かと物理・特殊には別れるものの、ノーマルは使える技の種類が豊富なことに定評がある。中でも炎、水、電気タイプの技は覚えられやすく、多くのノーマルタイプのポケモンが冷凍ビームやほのおのパンチと言った技を覚えている事がある。

 このミミロルも例に漏れず、その身に秘めるものを持っていたようだ。

 

「軽くでいい。れいとうパンチを繰り出さずにここで出せるか?」

 

 炎に関しては後でいい。まずはミミロルに「自分だけ」の役割を作ってもらうよう、ハマゴはキュウコンに出来ない氷の技について訪ねた。

 一瞬迷ったようだが、ミミロルは右拳をブルリと震わせる。やがて漂ってきた、外の霧ともまた違う背筋を震わせるような冷気がミミロルの拳にまとわり付き、周囲の空気を凍らせ、それを明かりが照らすことでキラキラとした氷の力を宿した拳が浮かび上がった。

 

「……強すぎるか? とりあえず、こいつにれいとうパンチを打ってみろ」

 

 ジラーチたちがいる滝壺あたりから掬ってきた水を入れた水桶。とぷんと揺れる水面に向かって、ハマゴが求めているであろう現象に当たりをつけたミミロルは不安げに、しかし手を突き入れる。

 結果は案の定である。桶の中の水は完全に凍りつき、ミミロルが拳を突き入れた衝撃で飛び跳ねた形のままに氷結してしまっていた。

 

「そうだな、キュウコンを見てりゃわかると思うが、とにかく技の威力ってのは抑えつつ器用に使ってもらわねえとだな。理想はほのおのパンチで体温を温めるためだけに留める、とかよ」

 

 極寒の地で風邪を引いてしまったポケモン、しかし場所は洞窟で、不幸にも焚き火くらいしか使える熱源が無い。そんなときこそ、ミミロルのような役目を持つポケモンが寄り添って温めることが求められる事もある。

 もちろんそんな状況にならないのが一番だが、何があるのかわからないのがこの世界の常だ。ソレ以外にも、医療中の様々な用途に使える以上、ミミロルには器用さを身に着けてもらわねばならない。

 

「当面はわざの威力調整、んで道具の名前と用途を覚えるトコからだな」

「……」

 

 のっけから上手くいくはずがないと分かっていても、せっかくのアイデンティティが得られるチャンスの第一回目だ。これまでソレに飢えていたミミロルとしては、肩を落とす他に感情の表現が出来なかった。

 しかし、ハマゴは項垂れるミミロルを笑い飛ばし、言ってみせる。

 

「懐かしいぜ、キュウコンも最初は俺を黒焦げにしてきやがったんだ。それに比べりゃ、下手に強すぎるよりはオマエみたいなのがちょうどいいんだよ。ゆっくり伸ばしていきな。どうせ、ジラーチを預けるなんて目標も無くなっちまった以上、俺の旅路は長いんだ。それまでに教えられる時間もたっぷりある。それに、俺もまだまだ勉強中だ。お互い様っつうやつだな」

 

 いつもより、圧倒的に饒舌に。しかし教える立場の者として、ハマゴは語る。偉そうに語っているのも今だけで、殆どは教わったことをそのまま受け売りで話しているに過ぎないが、と。

 スタートが遅れている以上、すでに遠い場所に立っているのだから、このような言葉を言ったところで下のものが満足することは少ないだろう。だが、それでもほんのちょっぴりでも伝わることがあるのなら、こうして言葉に乗せるだけで良い。知識とはそうやって伝わっていくものだ。

 

「かったりぃ話はここまでだ。遊んできな、あの馬鹿(ジラーチ)も待ってるぜ」

「……」

「遠慮すんな。良く食べ、よく遊び、よく学ぶ。どこぞの漫画にあった言葉だが、全部楽しんでこそ身につくもんだ」

 

 ハマゴはどっこらせと、辺りに並べた道具をバックパックの中に仕舞い込んでいく。本当に今日の授業はこれでおしまいのようだ。ぼうっと見上げるミミロルに、小さく口元を釣り上げて、仕方無さそうにハマゴが息を吐く。

 

「ったくよ、貪欲なのはいいが、詰め込みすぎちまえば覚えきれねえこともあるだろ。ほら、いっちま――えッ、とぉ!」

 

 ミミロルを抱え上げ、ジラーチがいる方向へとぶん投げるハマゴ。突然の事に目を白黒させるミミロルは、そのまま放物線を描いてジラーチたちが居る水場へと着水。小さくはない水柱を立てて川の中に沈んでいった。

 かと思いきや、再び水飛沫がジラーチとブイゼルの顔を濡らす。自慢の毛並みもぐしょぐしょになったミミロルを見て、突然笑い始めた両者にミミロルはほのおのパンチとれいとうパンチを同時に繰り出し、呑気なお調子者共に制裁を加えてみせた。

 

「おーおー、器用なことできるじゃねえか。十分によ」

「相変わらず扱い雑ねえ。はい、あとはあそこの馬鹿三匹よ。夕飯前にはさっさと呼びなさい」

「あいよ」

 

 片手を額のあたりに垂直に当て、遠くを見通すハマゴ。ワックスや櫛を手に、ポケモンたちのコンディションを整えていたマーズへ軽く左手を上げて返事を示す。だが、来いといって、すぐに戻ってくるような輩でもないだろう、とマーズは当たりを付けていた。

 実際に呼びかけては見たが、ゲームをやめられない子供のようにあとちょっと、と言わんばかりに鳴き声を上げて遊びに戻る始末。はしゃぐのもいいが、夕飯その他の予定がある以上は生活リズムにちゃんと従って欲しいものである。

 

「ダメだわこれ」

「ま、人間サマのご都合なんざ知ったこっちゃねえのがポケモンだ」

 

 バックパックに道具を詰め直し、自由気ままな姿こそが真実だと言い放つ。手際よく元あった位置に説明用の器具と、絵を書いた紙を分別しながらゴミ籠へ入れる。こんなもんか、そう呟いた眼前の景色は、何も置かれていないテントの床が広がっていた。

 

「さって、過激にバトル始めたな」

 

 いつしか水遊びは、水のフィールドを利用したバトルフィールドになっていた。ジラーチがサイコキネシスで水流弾をぶつけ、それをアクアテールで切り裂きながらアクアジェットで突っ込むのは水底への恐怖を克服したブイゼル。最初の剣幕で優位に立てていたミミロルだったが、次第に激化する両者のバトルに巻き込まれて半べそを書きながら逃げ帰ってきていた。

 マーズの胸に飛び込んでおいおいと泣くミミロルをからかって、ボールから抜け出したロトムがウケケケ、と笑い飛ばす。

 

「平和なもんだな。続きゃいいが」

 

 そう長くないことを知っているからこそ、ハマゴは自分で吐いた言葉に重みを感じる。ジラーチが起きていられるのは後どれ位先なのだろうか。願いの力だったとしても、ポケモンの持つ習性がそう簡単に変わるとも思えない。ましてや伝説のポケモン。生きたデータは日々集まっていても、わからないことのほうが多い。

 

 不意にポケッチの、ジラーチについて収集したデータにちらりと目を通す。最初になんとかせき止めた莫大なエネルギーは、安定させただけで未だに中で燻り続けている。おかげで眼前の喧嘩のなんとダイナミックなことか。通常ではありえない出力のサイコキネシス。半減どころか、ほぼ攻撃をシャットダウンするリフレクター。深い毒を受けたポケモンを復帰させるリフレッシュ。ここ最近、それが顕著になって来た気がする。

 

「マーズ」

「あによ?」

「今度、アイツとバトルしてやってくれ。文字通りガス抜きしなけりゃ危ねえかもな」

「……はぁ、突然シリアスするのやめてくんない? せっかく献立考えてたってのに、頭のなかで作ってた雰囲気台無しよ。慰謝料よこせ」

「はいはい、わぁーったわぁーった」

 

 間延びしたように応えて、腰を上げる。そのまま袖を捲くったハマゴは、調理台へと歩いていく。彼らを包む濃い霧の向こう、燦然とした星々が、澄んだ空に輝き始めようとした頃のことであった。

 

 

 

 霧を突き抜けたまばゆい日光が、バシャッと弾ける水滴を煌めかせている。尻尾を勢い良く回し、止まる時はキュウコンがやっていたように体全体でブレーキを掛け―――加速のし過ぎで止まりきれず、その体は岸へと放り出された。

 

「……」

 

 やれやれ、調子に乗りすぎだと目を伏せ首を振るのはキュウコン。一方打ち上げられたブイゼルは、嬉しそうに笑って手を振り、キュウコンへとアピールを欠かさない。完全に親のように思われているが、こんな事も前には何度もあったなと。キュウコンは口の端から歯茎を見せてにやりと笑う。

 またあえる日まで。一期一会に終わったとしても、この大切な時間を忘れずに。のっそりと歩いてきたキュウコンは、周囲に放っていた「じんつうりき」の波動を打ち消した。途端、周囲から真っ白な霧が迫ってきて、ハマゴらが拠点にしていた場所へとなだれ込む。

 

「もういいのか」

「……クッ」

 

 キュウコンへ問いかけるハマゴ。しかし、彼女は笑って後ろを顎で示した。すでにブイゼルの姿はない。別れたとしても大丈夫だと分かっていたのだろうか、どちらにせよ、いつまでも足を止めている必要もない。

 またあった時には立派なフローゼルになっているかもしれない。いざ本気を出してみれば、ジラーチを張り合えるほど積極的なブイゼルだった。だとしたら、その時にまた成長した姿を見せてくれれば、キュウコンにとって十分なのである。

 

「わかったよ、なら行くぞ」

 

 キュウコンをボールに戻し、バックパックを背負い直すハマゴ。ジラーチの「しんぴのまもり」で体を薄く多い、霧の湿気を完全に克服した彼らは己の旅路の歩みを再開する。宛もなく彷徨うが、ひとまずの目標は今朝あったシロナからの言葉に従うことだろうか。

 

 マーズは神妙な表情で、ポケッチが受信したニュース画面を眺めていた。

 

「トバリ襲撃。この地方を脅かす新たな組織、その名は“マグマ団”。行方不明者増加の一方、各地のジムリーダーやポケモン協会は……物騒な記事が出てきたわね」

 

 今朝、シロナから連絡があった通りだ。

 トバリシティを襲ったマグマ団がシンオウを揺るがす大事件として表に出た。だが、その巨悪も、シロナの言葉を信じるなら糸口は見えるはずだ。

 

「こうなっちまった以上、隠し通せるようなもんでもねえだろ。未だに洗脳された使い捨ての戦闘員もいるだろうしな。ったく、俺もなんでこんな事件に手を貸しちまったんだろうな。こちとら密猟者の一個師団がせいぜいだってのに」

「それも大概だと思うわよー? それより、すぐにズイタウンに向かいましょ」

 

 足のストレッチをして、彼女は言う。

 

「プルートのじいさんが運び込まれたんだっていうんだから、あんたの面倒も終わりの手がかりが見つかるかもよ?」

 

 ロトムについて聞きたいこともあるし。と続けようとして、彼女は言葉を断ち切った。こっちに関しては個人的な事情だ。

 

「厄介ごとの切符を買いに行く、の間違いだろ」

 

 いつの間にか流れ、流れて行き着いたポジション。そんな経緯はあるにせよ、ハマゴもマグマ団やギンガ団の野望を阻止する第一線の人物として数えられているのは間違えようのない事実である。どちらにせよ、早期に解決せねば傷つくポケモンが増えることも確かだ。

 

「とりあえずは目指せズイタウンだ。トバリのときに怪我した奴らも運び込まれたみてぇだし、今回ばかりは急ぐぞ」

「そうね……」

 

 砂利が靴裏に挟まれ音を立て、蹴り飛ばされた。

 

 彼らが目指すはズイタウン。

 放牧と遺跡が名所の、ゆるやかな空気の町。

 




輝夜€さんリクエストありがとうございました。
私の考えた話なので、要望とは違ったでしょうが楽しんでいただければ幸いです。

ハマゴたちの旅もそろそろ目標が見え始めた頃。
この後も是非、おつきあいください。

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