流れ医師の流れ星   作:幻想の投影物

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本当に遅れました。申し訳ない
11月はいる前にさっさと場を繋いでおきます


彼と彼女の温度差

「孫娘から話は聞いてるよ。今日はうちでゆっくりしていきなさい」

 

 優しげな声色は、これまで張り詰めていた彼らの心を解きほぐした。湯気と共に香り立つ熱い味噌汁をコクコクと飲み込んだ。少しばかり冷えた体を芯から温めて、ほぅ…と息を漏らす。魚を贅沢に使ったそれは、彼らの箸を進ませる。

 ここはカンナギタウンで最も古い作りの家。普段は静かなこの場所も、二人の訪問者によって少しばかり和気藹々とした空気が流れているようだ。

 

 テンガン山の洞窟を抜けてきたハマゴたちを出迎えたのは、すっかり暗くなってしまった夜空。彼らの姿を照らし出したのは、地上から放たれる仄かな文明の光だ。到着と同時、いつも通りに、ポケモンセンターで宿泊の手続きを済ませようとしていた彼らが何故こんな所に居るのだろうか? その答えは単純。シロナの話を聞いていた彼女の家族が、ハマゴたちに声をかけたからである。

 

 ハクタイで話していた内容を覚えていたのか、シロナは近日にハマゴたちが訪れることを家族に知らせていたらしく、ハマゴたちは白衣を着た老婆の案内のままに夕食を振る舞われていた。若者二人の食欲を想定してか、食卓には数多くの食材が並べられる。途中で老婆は研究所からの要請があるからと家から出てしまったが、彼らの夕食は問題なく始められた。

 

 ジラーチも当然のように余すこと無く平らげ、最大限の感謝を述べるハマゴとマーズ。それに手を振り、活気を貰っているのだから気にすることはないとシロナの祖父は笑ってみせた。

 ぽんぽん、と腹をなでて瞳を閉じ始めるジラーチを尻目に、老人の口からゆっくりと言葉が紡ぎ出された。

 

「どうだいあの子は? ここ最近は手紙でしかやり取りしていないからねえ。無理はしてないかい?」

 

 凄そうな掛け軸を背中に、どっしりとあぐらをかいて座るシロナの祖父は心配そうに彼らに訪ねてくる。たった二人の孫娘だ。いくらチャンピオンだ、世界的な考古学者だ、神と交信出来る者だともてはやされたところで、実態は家族を持つ一人の人間でしかない。

 

「今でも危機に立ち向かってる。だから、無理って言やぁ無理だろうな」

「そうか……ずっと、変わらないね。あの子は」

「昔からなのか?」

「ああ。だから、チャンピオンなんてものを続けていられるかもしれないね」

 

 自分を曲げず、相変わらずやっているシロナの姿を想像しているのだろうか。懐かしむように明後日の方向に視線を投げかけて、瞬きとともに彼の瞳は曇ってしまう。それだけの立ち位置だ。巨悪に立ち向かい、最前線で士気を上げることも求められる。人の抱いたあこがれよりも、更に上を行かねばならないシンオウ地方のチャンピオン。

 常人では耐えきれないだろう。味方からも敵からも押しつぶされるようなプレッシャーがかかっている。

 いつまでたっても孫の幻影ばかりを追い続けていては、目の前にいる客人に失礼だろう。上へ向けていた目線を戻した祖父がハマゴたちに向き直る。

 

「そういえば、君はどこから来たんだい?」

「ホウエン地方のファウンス…いや、フエンタウンだ」

 

 そこで爆睡しているジラーチと出会ったファウンスは、あくまで仕事場だ。買えることも少なく、過ごした時間は多いがあくまで生まれはフエンタウン。思い直して告げたその場所に、老人は「ほう」と目を見開いてみせた。

 

「フエン! ホウエン地方とはまた遠いところから来たんだねえ。あそこのフエンせんべいは私も好きだよ。あぁそうだ、漢方薬のおばあさんは元気かい?」

「知り合いか? だったら、何年か前にぽっくり逝っちまったよ。なんかあれば親父に頼んで供えてもいいぜ」

「ああ、そこまで深い知り合いじゃないからね。でも彼女も逝ってしまったか……老いているのがよく分かるよ」

 

 それから少しばかり雑談が続いて、口調は荒くとも話し上手なハマゴと、老年ゆえの経験豊富なシロナの祖父と。彼らの口からは次から次へと話題が投げ出される。その中であまり会話に参加しなかったのはマーズ。気まずげに視線をそらして、ハマゴからわざと話題を振られた際には焦ったように答えを返すことの繰り返しであった。

 

 それもそのはず。このカンナギに祀られている遺跡の伝承を探るため、アカギが直々に来たこともある上、孫を介しているとはいえかつて明確な敵対関係にあった人物の祖父だ。シロナ自身に対する確執はあまりないが、周囲との関係については未知数のところが多い。

 現状、ギンガ団が普通のエネルギー開発企業として活動しているその様子を、危険な犯罪集団が野放しにされていると意見する声も無いわけではない。

 

「……ん?」

 

 いたたまれない様子のマーズに気がついたシロナの祖父は、ふっと笑う。マーズのことは彼も知っていた。かつてこの場所に訪れた、あの悪の組織の首領が部下にしていた者だということを。だが、彼の長年の勘が告げている。もう害ある存在ではなくなっているようだと。

 気まずい雰囲気になるのも無理はないだろう、と。老人は腰を上げた。

 まだまだ話したいことは山積みだが、一人の女声を蔑ろにしてまで続けるものではない。ハマゴも無言でうなずき、座布団から立ち上がった。

 

「そろそろ時間も遅い。君たちが寝る部屋に案内するよ」

「そうだな。夜更かしは誰にとっても健康に悪ぃ。ほら行くぞマーズ」

「あ、わ、わかったわよ」

 

 ジラーチの羽衣を二本ともひっつかみ、背中に回して吊り下げる。相変わらず扱いに慣れたせいで起きる気配の無いそれを乱雑に揺らしながら、ギィギィと古い床を軋ませながら彼らは部屋に通された。

 

 冷たく、ほのかな明かりだけが頼りの廊下。

 先導する老人がおもむろに口を開く。

 

「あの子のおかげでね、ワシらの家も広くなったもんだ。だけど、やっぱり3人だけじゃあ広すぎるもんでね、部屋は結構余ってるよ。だからこうして旅人さんを止めるのも、初めてじゃあない」

 

 障子で遮られた部屋は多く、シロナの祖父と祖母、そして妹が暮らすにしてはあまりに大きな日本家屋。雄大で特徴的な屋根が広げられたこの家は、シロナの収入や彼女の周りの人間が実家であるから、と言った理由でいつの間にか広くなっていたそうだ。

 

「そりゃあ、最初は騒がしかったもんさ。チャンピオンの実家だ、立派な家だ、歴史の続く素晴らしい場所だ、なんてね。でもそれも最初の1年ほどしか続かなかったよ。あとに残ったのは、ただの老人と、村長の老婆と、普通の孫娘。次第にあの子がチャンピオンであることが当たり前になって……」

 

 懐かしいね、と。その寂しさを感じられる声色であるのに、何一つとして不満もなさそうに老人は語る。彼女の祖母であるカラシナ博士と違って、彼は村長でもなく、研究員でもなく、凄腕のトレーナーというわけでもない。ただ単に暮らすだけの一般人。

 だからこそ、孫娘を何の色眼鏡もなく見て、シロナの妹を何のしがらみもなく素直に育てることが出来る人物だった。積み重ねてきた年の数だけ、その能力をきちんと発揮する。回りが優れているからこそ、彼自身もそうした持ち味を持つに至ったのだろうか。

 

「マーズさん」

「は、はい」

「何も肩肘貼る必要なんてないんだよ。ワシらは何の恨みも抱いちゃいない。それどころか、アンタに恨みを持ってる人も、どうせ表じゃ口にも出せない臆病者さ」

 

 考えていることが見透かされているかのような言葉に、マーズは足を止めて聞き入ってしまう。

 

「だからその若い力を余すこと無く、自分のために使いなさい。周りの視線なんて気にする必要はないんだ。ワシのように昔を知る人がいても、気にすることなんて無い」

「自由にって……」

「そう思ったことくらい、あるだろう?」

 

 かつて多くの立ち止まる若者を見てきた。

 シロナがチャンピオンになって最初の一年で、挫折しかける若者が何人も訪ねてきた。きっと、彼女の家族であるなら成長できるはずなんだと期待して。だけどあのときは答えられなかった。この老人は何の力もない一般人だったのだから。

 だけど今は違う。掛けられる言葉はありきたりでも、こうして過ごしてきた中で得た一つの答えを言っても良いじゃないか。

 

 マーズはふと気がついた。スモモやスズナと出会った時。あのときは何も考えず、一人のトレーナーとして興奮していたな、と。他の何も考えられないくらい、バトルに魅せられていた。

 思い出した熱い思いは、固まっていた体を溶きほぐしていく。

 

「うちの孫娘はどちらも、自由に育ってる。そんな彼女らの祖父であるワシが言うんだ。きっと間違いじゃないと思うよ」

「ありがとう、ございます」

 

 気づけば自然と頭を下げていた。

 こんな感情に何度も振り回されるほど、自分は未熟だ。

 ハマゴと違って、まだ確固たる思いというのは強く定まっては居ない。投げかけられた言葉に平然と返せる度胸は持ち合わせていない。でも、ジュピターをこの手で止めたい。ポケモントレーナーとして遥かな高みへ上り詰めたい。この2つの思いは本物であるはずだ。

 

「さ、話し込んでしまったね……着いたよ」

「おぉ、広い広い」

「君はなんというか、軽いね。悩みがなさそうだ」

「んなこたぁ無ぇさ。俺だってこのバカ伝説について悩んだりしてるっつの」

 

 肩に背負っていたジラーチをアンダースローで整えられた布団にシュートし、ハマゴは押し入れの近くに荷物を降ろした。バックパックから幾つかの道理を取り出し、ある程度整えると着替えを取り出す。

 

「お風呂はどうするんだい?」

「お、そんじゃシャワーだけでも貰うわ。マーズはどうだ」

「あー…先に入っても良い?」

「あいよ。んじゃ爺さん、先に連れてってくれ。俺はちょいとやることがな」

「はい、はい。マーズさん、それじゃあこっちに」

 

 老人がマーズを連れて部屋を出たのを確認して、ハマゴは深い蒼色の単発をガシガシと掻いた。ふわっ、と大口から出てきた欠伸を噛んで、開いた障子から覗く月の光に誘われる。縁側へ作業道具と共に座った彼は、幾つかの木の実を取り出してすりつぶし始めた。

 

「なんつーか、重いよな。アイツも」

 

 本人が聞けば二重の意味で怒りそうな事を呟いて、乾燥させたモモンとクラボを粉々にする。ホウエン地方特有のお菓子、ポロックの製法を取り入れたものだ。ただ、効果は単なるお菓子ではない。麻痺と毒を中和する即席の飲み薬である。

 非戦闘時にしか使えないが、別に戦場医師というわけでもない。しっかりと治療に専念できる場所こそが彼の本領が発揮される場所だ。今まで様々な陰謀や、大騒動に巻き込まれては暴力沙汰で解決していたが、彼はれっきとしたポケモンドクターである。

 

 そう、ドクターであるはずだ。

 

「……怪我人ばっか増やしてんなぁ」

 

 そうは言いつつも、今度は「戦闘用」の薬を作り始めた。

 リュガ(渋さと苦さが強い)とジャポ(恐ろしく苦い)の実を取り出すと、慎重に試験官の中へと2つの果汁を落とし、より濃度の高いブレンドジュースを作り出した。そしてジャポの実の殻を僅かに落とすと、それを幾つかの小さな瓶に詰める。

 

 完成したのは果汁手袋の弾薬だ。ジャポの実の乱雑に扱われるとはじけ飛ぶ特性を活かし、的確にこのブレンドを相手の口の中に投擲することで、その場で悶絶することが免れない苦味、エグみをプレゼントすることが出来る。その上、ノドの中に入れば勝手に弾けて食道まで飛んでいく特殊効果つきだ。前にサイホーンを盗んでいた密猟者の激辛粘液攻撃とはまた違った悪意の一品である。

 

「はぁ」

 

 心底気だるそうに人を傷つけるための薬を作った彼は、指に残った果汁をチロリとなめて、顔を青ざめさせた。この時点で相当なキツさが彼の舌を襲っている。ただの果汁でこれなのだから、今作ったのが実際に使われた時の相手は……そこまで想像して、ハマゴは思考を放棄した。

 

 そんな時だ。作っているのはバイオ兵器でも、匂いは甘く、美味しそうな木の実が材料だからだろう。匂いにつられてガサガサと、シロナの実家の敷地内へ侵入する不届き者がその存在を知らせる。

 

「―――ハハァッ…!」

 

 ひたすら凶悪な笑みは、まさに悪鬼羅刹そのもの。

 先程まで相手を傷つけることを心底嫌っていそうな態度とは反対の、あまりの豹変である。ただのチンピラから人を殺して回るギャングのような表情になった彼に怯え、ガサっと音を立ててしまった侵入者。

 急いでその場から逃げようとするが、その前にハマゴはモンスターボールを鋭く投げ込んでいた。

 

「おにびだ」

 

 出てきたキュウコンは彼の表情を一瞥して、また悪い癖が出たかとため息を吐く。そのため息は青く揺らめく炎となって、彼が示した方向をゆらりゆらりと取り囲んでいく。およそ神秘的だが、触れれば立ちどころに大やけどを負う代償を持った攻撃が侵入者をいとも容易く囲い込んでしまった。

 

 出来たばかりの薬と、前からあった瓶をセットして、ギュッと手袋をはめ直すハマゴ。「手術(オペ)の時間だ」などと呟いて迫る姿はただの狂人にしか見えない。およそ善とは程遠い容貌で鬼火の示す茂みを覗き込んだ彼は、鬼畜外道を思わせる表情をスッと引っ込めるに至った。

 

 うん? という疑問の後、一度顔を話して考え込むハマゴ。

 もう一度覗き込んでみれば、何故だという疑問符が見えるほどにゆたかな表情を作ってみせた。だが、見間違えであるはずもない。自分の目は、腐り落ちたベリーではないのだ。

 

「ミミロル……?」

 

 森からのストーカーが、ついに尻尾を掴まれた瞬間である。

 

 

 

 

 金沙の髪を靡かせて、夜の黒に紛れる女性が独り。

 片手のポケッチが映し出した独りの老婆と、なにやら会話しているようだ。

 

「そう、彼は今うちに居るのね。……分かった、できればそのまま留めておいてくれると助かるわ」

『あんたもあんたで随分な事に首を突っ込んでるそうじゃないか。ねぇシロナ』

 

 彼女の祖母が言う名前。

 当然だが、この女性はシロナであった。

 マグマ団の作戦を潰すための最大戦力としてこの場で待機していたのだ。

 

「いつものことよ。ねぇ、それより本当に良かったの? 彼らにあの玉を渡しても」

『英雄さんが持ってるような純正じゃないんだ。神を呼び出すような程のものでもない。まぁ、神の力の補助くらいにはなるだろうけどね。でもそれだけだよ。あんたが危惧するような事は起きやしないさ』

「ならいいけど……あ、おばあちゃん。もう切るね」

 

 眠りを感じさせない明るい街。街の全面にソーラー発電工事が成されたナギサシティともまた違う、まさに都会といった様相を見せる街。かつてのギンガ団の本部があり、現在の穏健派……ただの新エネルギー開発産業の本拠が在る場所。

 

「ジムリーダーが居ないからってのは分かるけど、こんなとこで一体何をするつもりなのかしら」

 

 実行部隊の者たちが言っていたという日付まで、あと数時間を切った。本来ならコンディションを整えるため眠っておくのも良いのかもしれないが、何時から始まるというのは未だに分かっていない。……尤も、かつての三大湖爆破事件に比べれば場所と日付がしれただけでも御の字なのだが。

 

 ポケモン協会から借りた拠点の屋上から、今はまだ平和で静かな街の様子を眺める。だがすぐにでも混乱が訪れるだろう。そう思い、町の住人は既にできるだけ避難させてある。代わりにダミーとして協会の人間が一般人を装って生活するフリをしているのが現状だ。

 ちなみに全員が戦闘員。その生命を投げ出すかもしれない役割に、覚悟を以って志願してくれたものたちだ。

 

 責任重大。チャンピオンとなって以来、ほとんど遭遇することのない巨大な危機を引き起こすマグマ団を思い、知らず拳に力が入る。自分が暮らした大地ではないからこそ、このように非道な所業が行えるのだろうか。だとしても、自ら道を踏み外した外道どもは皆仲良く縄で縛りつなげてやろうという気持ちがシロナの中を駆け巡る。

 

 その時だった。

 

 

 重く、それでいて耳をつんざくような破壊音が鳴り響く。

 

「後ろ!?」

 

 破壊されたのはポケモン協会から貸し出された仮基地。

 その爆炎を突き破って飛んできたのは、一匹のポケモン――グラエナだ。

 

「ミロカロス! アクアテール!」

 

 喉笛を噛みちぎらんと、目を赤く光らせ正気を感じさせない目で飛びかかるグラエナ。だがそれよりも早く、的確に繰り出されたミロカロスがアクアテールでグラエナの横っ腹を叩き、建物の壁にめり込ませる。誰がどう見ても綺麗に入った一撃でグラエナの意識は落とされた。

 

「ニューリーダーの言ったとおりだ。まずは頭を潰す」

「あなた、マグマ団の幹部ね…!」

「如何にも。やはり情報が漏れていたようだな」

 

 ドンメルとエアームドを引き連れて、実行部隊の幹部の男がシロナの目の前に躍り出た。

 

「ミロカロス!」

「おっと、待ってもらいたい」

 

 ハイドロポンプで一掃しようとした瞬間、シロナの目には信じがたいものが映る。それは、ユレイドルの触手で囚われたポケモン協会の職員たち。首には触手が絡まり、それを外そうともがいているがポケモンの力に人間が叶うはずもない。

 今のところは締め上げられることはないようだが、それもこの男の指示次第だろう。

 

「見ての通りだ。君が動けば彼らは死ぬ。一人ずつな」

「なっ……あなたそれでもトレーナー!?」

「犯罪者だ。客観的にも、主観的にも。だからこそ使える手は使おう。我らの悲願、正義の前に、数多の命が失われようと必要な犠牲に過ぎない。その犠牲が増えるというのは、貴様とて好まんだろう?」

「この……」

 

 怒気を孕んだ視線を投げかけるが、ピクリと動いたシロナに反応してユレイドルが職員の一人をきつく締め上げる。蒼白な表情になり、抵抗する手も空を切って意味なく指を動かすことしか出来ない。

 シロナが動きを止めれば、呼吸を確保できたのか酷く咳き込みながらぐったりと身を倒した。動くことすら、許されていないのだ。

 

「ふ、そ、そうだな……は、はは」

 

 幹部の男はこらえきれないように、先程までの無感情な言葉の代わりに笑みを浮かべる。しかし―――それだけではなかったのだ。この男の、本性は。

 

「ひ、はははははははっ!!! 見たか! ああ、素晴らしい! 素晴らしいぞニューリーダー! やはり貴方は分かっている! 私の望みを存分に叶えてくれる! 強いと思っているやつを踏みにじらせてくれる! 素晴らしい逝ってしまいそうだァ!!」

 

 仮面だったのだろう。先程までの無感情に相手を制してみせた姿は。

 これがこの男の下衆な本性。自分よりも強いもの、偉いものを地べたに這いつくばらせることに快感を覚え、自らより弱いものを甚振ることに快楽を感じる。漏れ出た声にならない嘲笑は、過呼吸を思わせる見苦しい感情に成り果てていた。

 

「さ、さぁ…おまえも! おまえも! やれ! やるんだ! 食い尽してやる!!」

 

 見るからに狂っている。そんな男に反応して、ビクリと体を震わせた無表情の部下たちはポチエナやドーミラー、他にも近くで見るようなありふれたポケモンを繰り出してきた。だが、その顔のいくつか……いや、全てにシロナは見覚えがある。

 あれは自分の知り合いだ。感情の抜け落ちた表情で、生気を感じさせない目をしているが、知り合いが何人か紛れ込んでいるのは確かだった。近頃ギンガ団の過激派と手を組んだということもあり、そこから考えられるのは一つ。

 

 一般人を洗脳して、手駒にしている。

 しかもご丁寧に、こちらの感情を揺さぶるような人物ばかりを取り揃えてと来た。

 

「あんた……絶対に許さないわ!」

「喚け喚け! どうせ貴様には指一本動かす権利など無いぃぃぃぃ!!」

 

 常人が受ければ怯むような気迫にも、狂人には何一つ通じない。完全に自分の喜色に呑み込まれた幹部の男が指示したとおり、動けないシロナへポケモンたちの技が殺到する。このままでは文字通りひき肉になってしまうだろう。

 だが、それでもシロナは動くことは許されない。

 

 そう、シロナは。

 

 ポケモンの技が命中し、シロナのいる場所には爆炎が巻き起こった。

 

「ひぃははは!! ザマァミロ! 何がチャンピオンだ! 偉ぶりやがってドぐされの売女がァ!! これで俺がこの地方でさいきょ」

 

 言い終わる前に、彼の言葉が中断させられた。

 代わりになったのは酷く鈍い打撃音。先程まで彼が居た場所の真後ろに、一人の人間が拳を振り抜いた形で立っていたのだ。

 

「……まもる」

 

 シロナの居た場所も、影が2つ増えている。

 そして緑色の絶対防御を誇るエネルギーが彼女の周りを覆っていた。

 

「救出完了」

 

 その言葉とともに、洗脳されていた人間が全て同時に倒れ伏した。何かを振り抜いたようなポーズのキリキザンが血糊を祓う仕草をすれば、ユレイドルもまた力を失ったように戦闘不能にさせられている。

 

「助かったわ、ダークトリニティ」

「契約者の守護も我らが務め……」

「次なる指示を……」

 

 ダークトリニティ。3つの影。現状はシロナに忠実な、恐ろしさを感じるほど優秀な人材である。その直後、街の方でも大きな爆発音が聞こえたがシロナを除いて三人は動じる様子を何ひとつ見せては居なかった。

 

「油断したわ…こっちは捨て駒ね。一人は被害者達を安全な場所へ、一人は街に向かって暴れてるマグマ団を制圧してちょうだい。そして一人はマグマ団のなかにいるニューリーダーとやらを見つけたら私を案内して。それまではとにかく幹部級の相手をしているから」

「御意に……」

 

 瞬間、キリキザンを含めた6つの影が四方八方へと飛び散った。一つの影は驚異的なスピードで被害者を確認すると、予め手配してあったより安全な場所へ向かって救援を要請しに向かっている。

 

「ふぅ……」

 

 プルートの確保から始まった、マグマ団との全面戦争。ここのところロクに休みを取れていない以上、コンディションは最悪の一言だろう。だが、自分はチャンピオンであり、シンオウ地方のガーディアンだ。人に味方してくれる、心強い神たちもバックについている。

 だからこそ、最大限まで人の手で人の争いを収めなければならない。義務感と正義感、あとはよくわからない何かに後押しされて、シロナもまた騒乱の火種がちらつき始めた街へと向かう。

 

 ここに、第一の戦いの火蓋が切って落とされた。

 




タイトル通りでした

幹部の男
・実行部隊とか言いつつ第一の捨て駒。
 見ての通り大変な変態。
 でも人質作戦ってこの世界の正義の人たちに効くよね。
 見せ場も特に無く終了。
 犠牲になったのだ…ダクトリ見せ場の犠牲にな…

シロナ
・チャンピオンという肩書がここに来て重圧感。
 心底狂った奴らが荒らし回ってるから気が気じゃない。
 ジラーチ含めて色んなとこに目を向けてるから、内面結構アレ。
 でも外面は美しいガラス細工のように整っている。

ダークトリニティ
・とにかく有能。この小説では有能の塊。
 というか私が好きだから贔屓してる。
 そのうち伝説の超短い案内ルートの描写書きたい

ハマゴ
・不審者かと思ったらあのミミロルじゃん。
 ミミロルのこと覚えてる。気がある(意味深
 むしろ不審者もとい悪人こいつでFA
 あそこまでひどい顔じゃないけどエンジェル伝説みたいなもん。

マーズ
・作中もっとも心が不安定なキャラ。
 高飛車で、臆病で、怖がりで、チャレンジャー。
 なによりもポケモンを愛して、責任感もある。
 ……あれ? 主人公……あれ?

シロナの祖父
・祖母が村長かつ研究者、上の孫娘がチャンピオン。
 そんな中であんないい子(妹)を育て上げた人が凄くないわけがない。
 んで最近のソシャゲを例にシロナがチャンピオンなりたて頃を捏造
 私自身経験とは程遠い人間だからめっちゃ書きにくかった。
 でもこういう人物大好き。年齢と経歴と実力が一致した人になりたい

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