流れ医師の流れ星   作:幻想の投影物

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またしばらくほのぼの会
ちょっとずつストーリーを絡めていく感じで


谷底に咲く

 しばらくは街道が続き、半日もしない内に抜けた先は平原が広がっている。広々とした大地に風が吹き込んで、緑の絨毯がやわらかくしなっては太陽光を照り返す。真っ白な線が揺らめいて、通った風の現在地を知らせていた。

 ここまで広い平原ともなると、いくつか乱立する木はあれどハクタイの森と正反対の爽やかさが溢れていた。平穏な時間を提供するような平原だが、旅人たちはこの先にすぐさま壁があることを知っている。そう、テンガン山だ。

 

 ハクタイとカンナギを結ぶ道のど真ん中に、テンガン山という巨大な山がある。シンオウ地方の歴史の深さの原点であり、同時に標高の高さにおいても頂点に位置している。何より、神話の存在が今も息づく現代に続く伝説の地であることは、知る人ぞ知る事実である。

 

「……相っ変わらずデカイわね」

 

 かつてアカギが夢破れた場所であり、かつて己の栄光が沈んだ山だ。感慨深げに霊峰を見上げるマーズの目が細められている。下からでは見えず、上からも視認できない。なのに険しい内部を通れば初めて姿を現す、「やりのはしら」という伝説と触れ合える窓口。

 マーズにとって余りにも因縁がある土地だった。今までは近づこうともしなかったが、いざアカギのことを心から切り捨てた今となっては、浮かんでくる感情も別のものになっている。

 

「引きずってんのか?」

「まさか」

 

 ハマゴの軽い問いかけに鼻で笑ってみせた。

 もう、自分はあの場所で禊を行ったようなものだ。抜け落ちたものは多かったが、それ以上に今手にしているものは多い。狭い閉鎖された感情と知識。アカギにとって使いやすい手駒にするための教育だったのだろう。だが、それを通過したからには、

 

「抱きかかえてるもん、今度こそ落としたくないって思っただけよ」

 

 少しだけ陰がかかった表情で彼女はそう言った。

 ハマゴは吹き出した。

 

「ぶっふぉ! ポ、ポエミーなことで……」

「大事な場面で笑うのやめてくれない? 正直不快なんだけど」

「わざとに決まってんだろ馬鹿女」

「あんたあたしに何の恨みがあんのよ!?」

「いや、別に? なーんもねぇぜ。面白いからやってるだけだ」

 

 悪びれもせずに言い放つハマゴのセリフに、今生何度めかもわからないため息が漏れる。この男と関わってからのため息が何割を占めているか分からないが、数えるだけ碌な結果が出ないだろう。

 

 それからまた、平原の中央で整えられた道を歩いて行けば目の前にあったテンガン山はただの岩山のように彼らの前に立ちふさがった。このあたりの地形はかなり急で、途中から車道と別れた歩道を行った彼らは山の中へ続く横穴の入り口への順路を取っていた。

 いつのまにか草木は控え、ゴツゴツとした赤茶色の岩肌が目立つようになってきた。丸太をつなぎ合わせたものや、ロープなどを用いて作られた頼りない橋がいくつも掛かるほど急な渓谷が、平原の代わりに顔を覗かせている。

 

 下を覗いてみれば、かなり流れの早い川が流れる底が見える。また、階段状になった台地では、何人かのポケモントレーナーがそんな命の危険があるような場所でバトルを繰り広げており、飛び交う岩石と水飛沫が彼らの視界に入った。片方のポケモンは相性も悪く、ジリ貧の様相を呈している。

 

「バトル、か。トレーナーってのはやっぱすげぇな」

 

 ふとハマゴから発せられた言葉は、誰の耳に入るでもなく無音の波に飲み込まれていった。バトルよりはただの喧嘩、喧嘩というよりは命のやり取り。彼にとって生涯で経験したバトルは、そんなシチュエーションばかりだ。

 自分の利益や欲望ばかりを優先するファウンスのポケモンや珍しい植物目当ての密猟者たち、自分を狙うため街まるごと停電状態にしてみせたギンガ団。こうして挙げてみれば、彼の人生がどれだけ波乱万丈であるかが伺える。

 

 もちろん、健全で公式的なポケモンバトルを何度も見ているのでそれが全てというわけではない。それでもバトルを見るたびに彼は思うのだ。ポケモンとトレーナーの間で深まる絆、成長していく強さ。自分とは別のベクトルではあるが、自分の界隈と違ってなんとも健康的なものだと。

 別段今の仕事が嫌なわけではないが、別の道を歩んだ身としては思うところが無いわけではないのだ。一種のあこがれのような感情を抱いたことすらある。ある意味でポケモンの本能そのままに生きさせてやれる生き方だ。ポケモンの命を預かり、意思を尊重する立場としてトレーナーという存在は何かと眩しいのだ。

 

(ま、それでもついてきてくれたコイツにはいくら感謝しても足りねぇがな)

 

 すっ、とキュウコンの入ったボールを撫でる。バトルにおいての潜在能力はあっただろう。だが、それでも彼女は数多のポケモンの命を救い、患者が己の体と戦う中で外から支える側の存在になった。そのために普通のポケモンでは出来ない器用な技の使い方や、野生とは程遠い知識を第一とした生き方を学んだ。

 

「今度はあんたが考え込んでんの?」

「まぁなあ、釣られちまったって言えばそれまでだ」

 

 ニッと口元を緩めてボールの頭を叩いた。これからも頼むといった合図だが、相棒には伝わっただろうか、いや、いつものことだ。伝わっているに違いない。

 らしくない感傷に浸って、かぶりを振ったハマゴの目には薄暗くなってきた空の色が入り込んできた。ここに到着したときには夕暮れになっていたが、高い岩が囲む渓谷だ。日の光は遮られ、すっかり足元も危険な山道に変わっている。

 

「暗くなっちまってたか。ここらで一休みすっか」

「ハクタイからそれなりに歩いたしね。どこにキャンプ貼るの?」

「ん、ちょいと待ってくれ」

 

 操作したポケッチの画面。一本の花の画像が表示されて、隣の文章を読み込んだハマゴ。この時点でまたか、と頭を抱えるマーズ。サイホーンのときもそうだったが、薬になりそうな植物があるところへ寄っていくのはもはや恒例行事である。

 

「ここの谷底、時間で水位上がるとかはねぇか?」

「だろうと思った。心配しなくてもまったくないから安心なさい」

「んじゃそこだ。朝イチで採取に行くからよ、明日は朝飯から昼まで自由行動っつうことで」

「りょーかい。そんじゃクロバット、ちょっと近道するわよ」

 

 マーズのモンスターボールから繰り出されたクロバット。いつぞやのコトブキシティのように、足の片方ずつにつかまった二人はあっさりと谷底の平らな場所に辿り着いて、ハマゴの荷物からテントを展開し始めた。

 

 カン、カン、カン、と打ち鳴らされる杭の音を背景にして、マーズがドータクンと共に夕食のシチューを作り始める。キュウコンはいつも通り神通力を用い、ハマゴの荷物からポケモンフーズを取り出して、ポケモンの数だけ皿と盛り付けをしていた。

 カンッとひときわ高い音が響いた。固定のため、最後の一本を打ち終えたハマゴはハンマーを片手に火の元へ近づいていく。小さな折りたたみの椅子に腰を下ろした彼は、ハンマーを片付けハンドソープを手に取った。すぐ隣を流れる川の水を桶に掬い入れ、キュウコンへ合図を送れば、尻尾だけで彼女が返事をする。

 

 ふわっ、と青白い鬼火が彼女の尻尾から一つ離れ、ハマゴの持つ水の中へ溶けていく。それから数秒後、すっかり熱くなったお湯に手を付けながら、ハマゴはしっかりと手洗いを済ませて食卓に向き直った。

 目の前には湯気を立ち上らせる皿が差し出される。

 

「はい、あんたの」

「サンキュ」

 

 炊き上がった白米と、簡素なシチュー。屋内での食事を経験した後だからか、こうした谷底の川の側というシチュエーションで差し出された料理は、美味しさも何割増しかに見える。鼻をくすぐった香りにゴクリと鳴らされるハマゴの喉。グルル、と猛獣のような腹の音も相まって、彼はもはや腹をすかしたケダモノだ。

 

 生物誰しも欲求には逆らえない。微笑ましいものを見るように小さく笑ったマーズも席につき、パンと両手を重ね合わせた。ドータクン、クロバット、ブニャット、キュウコン、ジラーチ、ロトム。彼らの持つ全てのポケモンもポケモンフーズが盛られた皿の前に揃い踏みである。

 

「「いただきます」」

 

 ポケモンたちの鳴き声も重なって、騒がしい食事は幕を開けた。

 彼らの胃に美味い美味いとかき込まれていくシチュー。時折近づいてくる最愛のポケモンたちに、その一部をおすそ分けしながらも、暖かな食卓は、炎の揺らめきとともに明るく照らし出されていった。

 

 そんな時だった。パラパラ、と彼らの食事処から少し離れた岩壁が音を立てる。落ちてきたのは少量の小石と砂。幸い風の吹かない地帯だったため食事は台無しにならなかったが、いち早く反応したハマゴが音の発生源に目を向ける。しかし、既にそこに音の主はいなかった。

 

「……このあたりのポケモンか?」

「かもね。大方お腹すかせてたってトコじゃないの?」

 

 言いつつ、スプーンを口に運ぶマーズ。彼女にとって戦闘態勢に入るのには1秒もいらない。それ故の余裕の態度である。もっとも、現状彼らにはギンガ団……もといマグマ団がいつ接触してきてもおかしくはない。今のは姿が見えない限り、ポケモンではなくそうした輩である可能性も捨てきれない。

 彼らは最大限の警戒心を持ちつつも―――まったく食事の手を止めることはしなかった。

 

「なんかあったら対処頼むわ」

「はいはい。ブニャットちゃん、多少は足温めといてね」

 

 に”ゃ、と鳴いたブニャットは残りのご飯を全て平らげて、ぐっぐっとその場でストレッチを始める。どちらにせよ体がなまってきたところだ。訓練がてらちょうどいいだろうと体を伸ばしたところで、今度はハマゴが疑問符を掲げる。

 

「ん?」

「どしたの」

「いや、そういや影っぽいのがあったなと。なんか長ぇ、細いのが見えたような」

「このあたりのポケモンだったらリーシャンかしらねえ。ま、ギンガ団連中じゃないならいいわ。レーダーの方は何かある?」

「いんや、野生ポケモンの域を出ない波長ばっかりだ」

「なら気にしなくても良いんじゃない?」

「それもそうだな」

 

 呑気な会話を繰り広げる二人に、ブニャットはもうちょい危機感を持てとずっこけた。だがキュウコンの方はいつもの事だと、首を振ってポケモンフーズをまた一つ喋んだ。いざという時は完全に寝た状態から跳ね起きることが出来る主だ。心配事なんて有りはしないと軽くブニャットに言うが、未だにハマゴについて疑問が解消しきれてないマーズの手持ちにとっては首を傾げるばかりだ。

 新参のロトムは楽しければそれでいいやと言った様子で近くの手持ちたちに話しかけており、ジラーチに至っては最重要であるのにポケッとした様子で会話の中身そのものに疑問を掲げている。まさに「ポケッとモンスター」だろうか、座布団が全部持ってかれるような低俗なシャレを、ポケモンたちの様子を見つめながらに思いついたハマゴはアホらしと呟いた。

 

 そんな彼らの視界に入らないよう、スニーキングしている者もいる。それは、先程の小石を落としてしまった張本人。長い耳をピンを張って、辺りをしっかりと警戒しながら覗き見する姿はプロの諜報員も顔負けだが、欠点もある。いざ攻撃的な存在に出逢えばあっという間にやられるということだ。

 隠れているポケモンの名はミミロル。ハクタイの森からついてきていたミミロルは、未だに彼らの前に現れるタイミングを逃し続けていたのであった。

 

 

 

 

 まだまだ誰もが寝息を立てている早朝の出来事だ。張ったテントにパチッと明かりがつき、むくりと人影が起き上がる。やがてテントの入り口を捲り上げ、月明かりに青髪を揺らしながら現れたのはハマゴであった。

 パチャパチャとゆったり流れる川の音に耳を傾けながら、少しばかり歩いた彼は河岸に設置した椅子に座って空を見上げる。そして一息ついた後、ポケッチをカチリと押してとある場所へとコールを掛けた。

 

 山や洞窟でも、深奥まで行かない限りこの世界の通信機器は十全に機能している。それが谷底であろうと変わりはない。コールが5回ほど鳴った後、向こう側の受話が完了した電子音が聞こえてすぐに彼は口を開いた。

 

「ようバトラー。研究職にしちゃあ、早い回復だな」

≪ジラーチのことが気がかりで夜も眠れないのさ。それより、掛けてきたってことはメールは見てくれたようだね……早速だが、本題に入ろうか≫

 

 昼の間に彼のポケッチへ届いていた一通のメール。ポケナビから番号を引き継いでいる以上、ハマゴ宛のメッセージが届かない道理もない。早速時間を作った彼は、メールの通り都合のいい時間を選んで連絡を取ったというわけである。

 病院のベッドの上で眠らずに待っていたバトラーも、今か今かと心待ちにしていたことだろう。

 

≪まず、私の研究所はこちらに残ったマグマ団の残党が襲撃してきた≫

「やっぱりか……こっちもギンガ団残党がマグマ団に吸収されちまってる。奴ら、行動力だけは見習いたいもんだ」

≪はは、……話を戻そう。私が研究していたのはジラーチのデータ。短冊に描かれた文字を我々の知る既存の言葉にしようというのと…過去、取っておいたジラーチの願いの力を膨大なエネルギーへ変換する研究成果だ。君も知っての通り、ファウンスを一時死の森に変えたものさ≫

 

 言葉を区切るバトラー。

 ハマゴが話についていく時間を取って、彼はまた続ける。

 

≪そこでデータにコピーの後があったのは、後者の方だった。本来なら私の生体認証なしに持っていけないんだが、結果は知っての通りだ。そしてマグマ団は間違いなく、君のジラーチを使って再びグラードンを揺り起こそうとしているに違いない……≫

 

 ただ、とバトラーは不思議そうに言った。

 

≪疑問なのは私のこの研究では、絶対にグラードンそのものを作り出すことは出来ないことだ。マグマ団が掲げていた“大地を増やす”なんて目的も以ての外、あれは周囲にある生命力を全て吸収し、ゆっくりと肥大化することしか出来ない上、ジラーチが受け取った彗星の力が尽きればエネルギーを撒き散らして破裂するだけの不完全な存在だ≫

 

 かつて勇気とポケモンへの愛に溢れた少年たちの活躍によって、その最悪な事態が発生する前に食い止められたが、メタ・グラードンは所詮欠片を元にして大地にエネルギーを満たし、姿形だけを真似た不全なものでしか無い。あの装置に残っていた観測結果から割り出された結果からも、破滅と悲劇しか産まず、コントロールも不可能。だというのに、ジラーチを使ってそれを繰り返そうとしている事にバトラーは疑問を抱かずにはいられなかった。

 

≪だが、技術はあの時よりも進んでいる。悪意もそれだけ高まっているはずだ。私のデータを元にして、何か別の方法でマグマ団の残党は厄介なことをやらかすに違いない≫

「それに関しちゃ言いたいことがある。近々、シンオウで奴らはデカイ事をやらかすつもりらしいぜ。流石に計画があったとしても前段階だろうが、碌な事じゃねぇのは確かだ」

≪そうか……こちらも、私が居た頃より、マグマ団に関してはあまりにも無知にすぎる。だからオダマキ博士に頼んで、かつての団長マツブサに連絡をつけるつもりだよ。流石に組織の元長なら残党の思想や意見くらいは知っているかもしれないからね≫

「今んとこはどっちも情報待ちか……とりあえずその情報、チャンピオンのシロナに渡しとくぜ。そっちは逆に知りたい事とかねぇか?」

≪ああ、とりあえずマグマ団はグラードンを使ったことからも分かるように、伝説を利用する気だということだ。シンオウについてはかの新チャンピオンでもあった“英雄”が脅威を祓ったと知っているが、かなり離れた土地ということもあって詳しいことはさっぱりだ。それらに関係する資料があれば送ってもらいたい≫

「了解だ。シロナも何かとツテがあるらしいからな。あと同行者も元ギンガ団幹部とかいう実績持ちだ。分かり次第連絡する」

≪ああ……それとだ、一つ言い忘れていたことがあった≫

「なんだ?」

 

 既に通話終了のボタンを押そうとしていた手が止まる。

 その間に、バトラーはあることについて話し始めた。

 

≪君のジラーチの短冊にびっしりと書かれた文字。それの解読は一通り出来たよ。やはり、それには願いの内容が描かれていたんだ≫

「あいつが起き続けていられる理由、ってことか」

≪中途半端なのは許してくれよ? まず一つは、ジラーチに最高の出会いが訪れ……そこから先はまだ謎だ≫

「最高の出会い、ね」

 

 ふとハマゴは考え込んだ。出会った状況としては最悪だったが、果たしてジラーチにとって最高の相手といえるのだろうか。いつもは幻のポケモン相手ということすら忘れるようなぞんざいな扱いばかりをしているが、ジラーチ自身も完全に嫌がっては居らず、むしろ楽しめるようにしているつもりだ。

 自分といる日々が、本当に楽しいものならば。医者としてではない。ただ一人の人間として、思うところがある願いの内容だった。

 

≪2つめは、ジラーチが永い眠りにつかず、十分に生きられるように。この願いから分かる通り、きっとあの子にとってこの目覚めが最後の生涯になるだろう。ちゃんとよくしてやってくれよ?≫

「……わーってる。で、3つ目は何だ」

≪言いにくいが、最後はまだほとんど解読出来ていないんだ。ただ今のところ分かっているのは、前2つと違ってかなり難しい言語が使われている。だけど一言だけ、“幸せと”というキーワードは分かった≫

「幸せと……? まさか、最後の願いは2つ目までとは別の人間が願ったのかよ?」

≪そこまでは分からない。なんせ、あの短冊の文章は文献にすら残っていないほど古い文字だ。ルーン文字とも違うし、解読が困難でね……とりあえず、こっちの方は優秀なスタッフに任せてある≫

 

 これから忙しくなるからね、とバトラーは回線の向こう側で笑ったようだ。つられてハマゴも、悪どい笑みを浮かべてしまう。

 

「とりあえずはだ、ありがとよ。まぁ、あの寝坊助が起きていられる理由なんざ、ある意味想像の範囲内ではあったがな」

≪考えてみればあり得ないわけじゃないからね。どんな人間が願ったのかは分からないが、千年経ったところで願ったのは人間という種だよ≫

「とりあえず、切るぜ。俺はこれから薬草採取の時間だ」

≪ドクターの本分お疲れ様。私もそろそろダイアンが迎えに来る頃だから切らせてもらうよ……話してみてわかったけど、君とは改めて会ってみたいものだね≫

「そうだな。旅が終わったら適当な飯屋にでも行こうぜ」

≪楽しみにしてるよ。それじゃ≫

 

 通話が切れ、ハマゴはポケッチの仮電源を切る。その場から立ち上がって手や足の柔軟を始めた彼は、岩肌で揺れる草花を視界に収めた。時間だと言ったのはこの花が咲く時間帯にもあったのだ。

 長く伸びた茎の先には、小さくてこじんまりした黄色い花がついていた。だがその周囲には似たような形をして茎の先が蕾のように膨らんだ植物が多く、花が咲くまで判別は難しいであろう形状をしている。この険しい崖を登ってまで、危険な場所へ取りに行くのは無駄な苦労をするだけだ。

 

「ツカメソウ、か。シャレの効いたネーミングだな」

 

 割とこの世界に溢れているネーミングに苦笑を漏らすと、彼は手袋と靴を履き替え暗い谷の影の中へと消えていった。上流に行くほど花は多いというナナカマド博士の研究所からコピーした資料を参考にしての行動だ。

 テントに残されているマーズたちも、そのうち起き上がって残った夕飯のシチューを食べ始めるだろう。やることは増えたが、今日もまた普通の一日が始まりそうだという予感が彼の頭によぎる。

 

 

 静かになったテントの側。小川のせせらぎばかりが聞こえる場所。だが、彼が言ったことを確認したからなのだろうか。ブクブクと泡立つ謎の影が、水底より浮き上がってきていた。

 




というわけで繋回1でした
次は繋回2です。

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