流れ医師の流れ星   作:幻想の投影物

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気分が乗ったし書いたら2時間ででけた
今回も設定がちょっと無理があるかもしれません。


お前が選んだ

「……くそっ」

 

 プルートが奪われた。今しがた一報を聞き、使えない部下を処分してもイライラは収まらない。力いっぱい机を叩きつければ机に大きな亀裂が出来るが、そこから漏れ出るように感情が収まることは無かった。

 それもこれも、犯罪者や密猟者などという金に目が眩んだ愚か者たちばかりを部下として招き入れたからだ。我々の崇高なる目的を全く理解せず、長いものに巻かれるばかりの思考を放棄したゴミ共。正直、あの狂った女(ジュピター)よりも使いみちのない人材ばかりだった。実力も兼ね備えていないバカ者共だ。

 

「貴様が言ったとおりにした途端にコレだ!!」

「ワシのせいじゃなかろう。全ては我らの崇高な目的を理解しないあやつらが悪い」

「所詮はあの伝説を耳にすることもない異国の者。こうなることは目に見えていたはず。案を受け入れた貴公にもその責があると思うがな」

「黙れ、元から喋ることすら放棄していた置物が今更口を開くな」

「なんだと……?」

 

 一触即発になりかけた空気に、パンパンと手が打ち鳴らされる。

 

「内輪もめを起こすよりも先に、あのことを話したほうが実りあると思うんだけど」

「今更話し合うことがあるか? 我々の目的は一致している。そして、あの計画も前段階に過ぎぬとは言え成功は確実だ。街一つが消えるが、まぁそれだけだ」

「失敗のしようがない。話すだけ無駄だと思うぜ。これだから女ってやつは……」

「なんですって…?」

 

 再びその場は剣呑な雰囲気に飲み込まれていく。互いが互いの足を引っ張り、相手を貶していく様は誰が見ても醜いと言わざるを得ない。当然のようにボルテージが上がった全員が腰のボールに手を伸ばし始めたところで、一体のポケモンが彼らが囲う円形テーブルの中央に繰り出された。

 そのポケモンの名はマグガルゴ。出現した途端、文字通りマグマと同等の熱が彼らの顔を灼いていく。身を乗り出していた誰もが顔を歪め、元いた席に座り直せば熱はそこまで届かないよう調整されていたらしい。頭を冷やせ、ということだろうか。

 

「おいおいおい、面白いことやってるじゃん。なに? あんたらそんなことしてるヒマあるわけ? ウケるわッ! あははっ!」

 

 チャラチャラとした態度で階段を降りてくる男。その腕にはかつてのマグマ団を記すマークが刻まれた腕章を付けている。……いや、彼だけではない。その円形に並べられたテーブルで向かい合う数人の男女、その全てが等しくマグマ団の腕章をつけていた。

 その男にキッと睨みつけるのは、先程柏手を打った女性。イライラを隠そうともせずに彼女は口をついて出てきた言葉を男に浴びせた。

 

「今更出てきて……あんたがちゃんと基地に待機していればあいつは!」

「確かあのメガシンカバカはここのチャンピオンに囚われたんだっけ? あ、もうシュクセー済みだから忘れていいよ」

「なっ……!」

 

 場は騒然となる。この男が来たのは外に続く階段から。つまりは、そういうことなのだろう。親しい仲であった女性は項垂れるように自らの席に座り込み、あっけらかんと正真正銘の同士を粛清したチャラ男の態度に、歯を噛みしめるものも居た。

 だが、逆らえない。この中では最も実力が高く、なにより彼との戦いは「戦いですら無い」状態で終わることも知っているからだ。そして何より、この大掛かりな作戦を思いつき、牙の抜けたマツブサでは考えられない所業をしでかした。そんな過激派の……新生マグマ団の頂点に立つニューリーダーなのだから。

 今のところ、彼はその態度に反してしっかりとした実績を残してきていた。今回の粛清も、実を言うと捕らえられたメンバーがついに情報を漏らして楽になろうとしていたのを察知……いや、監視していた際に知ってしまったからである。善とは言わずとも、この地方を混乱に陥れる片棒を降ろそうとした勇気ある捕虜は、物言わぬ躯となって刑務所のカメラ外に転がされていた。

 

「さぁて、じゃあ第一次ドッカンドッカン大作戦、その準備といこうじゃないの?」

 

 考え方も、強さも狂っている。

 だが、それ故に彼のもとでこそ彼ら過激派の大地を広げるという思想が実現されると信じるしか無い。明日は我が身かもしれないと恐怖を押し殺しつつ、垣間見えた夢の切符を胸に抱く新生マグマ団たちはゴクリと生唾を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 ねちゃりと絡みつく唾液。運動したとき特有の嫌な感触を、ペットボトルの水で押し流しながら草木をかき分けていく。密集する木々をかき分け、草木を飛び越え。道なき道を行く二人の男女がそこにいた。

 

「もうすぐよ」

「あいよ」

「……えっとね、それ重くないの?」

「命よりは軽いもんだ」

 

 男――ハマゴの軽口に問題なさそうだと感じたナタネは、ここまで息をほぼ切らさずについてきているハマゴに感心していた。元々ファウンスという、保護区に指定されるほどの自然が豊かな土地の調査団に属していた事は聞いている。だがその本分はあくまで医師であると思っていただけに、ハマゴの屈強な体や体力に関しては予想外だと感じていたのだ。

 彼がこうまで屈強であることに、実は薄々気がついていた。あのシロナが関係があるからと言って、一介の医者でしかないハマゴを極秘の任務に同行させたことがきっかけだ。しかし、心の何処かではやはり疑っていたのだろう。驚愕という感情がナタネの心境を大きく占めている。

 

 二人は軽い足取りで、道を行くには険しいはずの環境を踏破していた。人間というのは、服であったり荷物であったり、とにかく余分なものが多い生き物だ。こうした何かと引っかかりやすい場所では真っ先に足が遅くなりそうなものだが、そうでもないのが彼らが特別である証だろう。

 

「さぁ、見えてきたわ。あの大樹の根本にいるはずよ」

 

 指を指したナタネ。指の先を見上げてみれば、木々の隙間からでもよく見えるほど、大きく立派に育った一本の大樹の焦げ茶色の幹が見えた。それから幾ばくもしない内に草木や木々の密集地帯を抜けて、広場に出る。これだけの大樹だ。太陽がどこに行っても影になっている所では、日光を受けられず木々も育たないのだろう。自然と出来た広場は、なるほど、ポケモンたちにとって憩いの場としてちょうどいいかもしれない。

 

「あいつらか」

 

 とは言え今回の目的は上ではない。その根本に倒れている草ポケモンたちだ。ナタネを押しのけるようにしてそのポケモン達の元にたどり着いたハマゴは、ボールからキュウコンとジラーチを出して背中の荷物をドンッと地面に置いた。

 

「どう? 治りそう?」

「今から診断だ! まずは黙ってろ!!」

「は、はぃ……」

 

 一括してナタネを黙らせたハマゴは、どこか余裕がない。先程までは普通の態度だったのだが、ここで倒れているポケモンたちを見たその瞬間から彼の目つきは医者として、他の勘定も混ざった複雑なものへと変化していた。

 胸元から普段使っている聴診器を当て、ポケッチを取り出し最初の仕事を始めさせる。バイタルや彼にしかわからない情報がポケッチによって空間投影されていき、それらをほぼ並列して見た彼は診断を終える。聴診器を取り外し、冷や汗を垂らしながらに彼は言う。

 

「何がどうってわけでもねぇ。こいつぁ、やっぱ痛めつけられてるだけだ」

「痛めつけるって……でも、ここは協力した森のポケモンたちが決して悪意ある人間を近づかせない聖域みたいなものよ!?」

「ポケモンたちにもルールがあるってことだ」

「ッ? それって、どういう」

 

 ナタネが言うが早いか、ハマゴはバッグの中に両腕を突っ込んだ。

 

「キノココ、ポポッコが2体、マダツボミにナゾノクサ、スボミーが2体……間に合うか」

「あなた、それ―――」

 

 彼は両腕に、7個のモンスターボールを抱えていた。

 

「やれ、モンスターボール」

 

 ナタネが静止に入る前に、彼が落としたボールは7体のポケモンたち全てにヒットすると、ポケモンをボールの中に閉じ込めてしまった。元々瀕死寸前まで追い込まれ、傷つけられているポケモンたちだ。当然抵抗する力が残っているわけもなく、大きく3回揺れた後にボールは赤い光とともにポケモンたちを収容してしまった。

 

「アンタッッ!!!」

 

 当然、ナタネはハマゴの胸元に掴みかかった。

 鬼のような剣幕でまくし立て、彼女の言葉が吐き出される。

 

「騙してたのね! 全部この子達を捕まえようっていう魂胆だったわけ!? シロナさんを上手く騙し通したようだけど、絶対に許さないッ!!!」

「落ち着けよ、アバズレが」

「黙れ! ロズレイド、エナジー……」

「かなしばりだ、キュウコン」

 

 先に技を放とうとしたロズレイドを、キュウコンの金縛りが封じ込める。初手を潰されたことに息をつまらせたナタネだったが、すぐさま次の指示を出そうと身を乗り出したところで―――突如突撃した、ハマゴの肩に抱え上げられた。

 態勢が変えられたことと、自分が大の男に捕まったことを理解したナタネはハマゴに抵抗しようと試みるが、彼はガッチリと関節や要所を押さえ込んでいるので上手く力が入らない。

 

「今度は人さらいってわけ!? ギンガ団の手先だったのね!?」

「だぁまってろ!!!!」

「ッ!?」

 

 ハンマーで殴りつけられるような大声に、ナタネはビクリと震えて抵抗を止める。上手くそのタイミングで立ち上がったハマゴは、器用に足でバッグの中に草ポケモンたちを入れたモンスターボールを詰め込んだあと、ポケモンたちに指示を出し始めた。

 

「ジラーチ、そいつ担いでキュウコンに乗れ! キュウコン、ロズレイドを拘束したまま後ろからついてこい! ジラーチは俺とキュウコンの間だ……チクショウが、間に合えばいいがな……」

 

 ナタネの耳元でボソリと呟かれた不穏な言葉に、今度こそナタネは身震いした。もはや主力を封じられ、抵抗すら出来ない状態では何をすることも出来ない。何よりシロナを騙しきった悪漢に捕まえられ、自分の立場が最も危うい位置になったことを認識したからである。

 焦るように森の中へ再度突撃した彼に担がれるなか、せめて一言いってやろうと思ったその瞬間だった。

 

「……きやがった! かえんほうしゃで迎え撃て!」

 

 突如、森の闇の中から毒の液体がハマゴたち目掛けて吹きかけられたのだ。その技の名は「ヘドロばくだん」。相手を毒状態に陥れることもあるが、恐るべきはその威力。相手を殺す気で放たれたのか、火炎放射で蒸発しきらなかったものがへばり付いた草木は、瞬く間に溶けてドロドロになっていった。

 

「森のポケモンたち……! あたしたちはここよ!」

「馬鹿野郎! なんで知らせやがった!?」

「当たり前じゃないの!? あんたこそ」

 

 その続きを言おうとした瞬間、ナタネは地面に投げ出された。ハマゴが突如として生えてきた蔦に足を取られ転んでしまったからだ。投げ出された体と、必死に取った受け身のお陰で傷は少ない。だが、手のひらは擦り剥けて流血とともに痛みを訴えていた。

 

「“くさむすび”かよ……」

 

 悪態をついて立ち上がるハマゴだが、彼からすぐさま離脱する者がいる。

 

「今のうちに!」

「おい、馬鹿かお前は!? 戻れバカ女!」

 

 ハマゴの必死の呼びかけにも応じず、キュウコンの横っ面を蹴りつけたナタネはロズレイドの救出に成功してしまう。そして彼らに追いついたのは森の虫ポケモンたち。皆が皆殺気立っており、普段穏やかに暮らしている顔とは正反対の表情を見せている。

 それもこれも、ハマゴが草ポケモンたちを捕らえてしまったからだろう。そう考えたナタネは、彼ら虫ポケモンたちに自分は敵ではないとアピールし始めた。

 

「あたしはナタネ! このハクタイのジムリーダーよ。おねがい、あいつから草ポケモンを取り戻したから、残った子たちを奪還するのに力を貸して!」

 

 ハマゴから逃れた直後、いつのまにか一つだけモンスターボールを持っていったのだろう。捕らえられた草ポケモンが入ったボールを掲げながら必死に説得するナタネに対し、虫ポケモンは互いに頷きあうような仕草をしていた。

 そして算段がついたのか、メガヤンマがナタネの元に近づいてきた。喜びに頬を緩ませた彼女はホッと安心したように胸をなでおろして―――

 

「しゃがめ!!!」

 

 聞こえた声に思わず従ってしまう。

 直後、メガヤンマのソニックブームが彼女の首があった場所を通過していった。

 

「……え?」

「あいつらの狙いは俺ら、いや草ポケモンだ! 急いで逃げろ馬鹿野郎!!」

 

 態勢を立て直したハマゴとキュウコン。キュウコンは直後、メガヤンマに飛びかかった。その隙にナタネを連れ出したハマゴは、彼女が手に握っている要治療の草ポケモンが入ったボールを取り上げ、バッグの中に詰め直す。そして呆然としている彼女の手を取ると、強引にだが走り出した。

 

 背後では吹き飛ばされたキュウコンがなんとか持ち直して逃走するハマゴたちの後ろにつく。ナタネという荷物をなくし、バッグを背負い直したハマゴはジラーチに隣を並走するように言い放った。

 

「どうして、なんであの子達は攻撃してくるの!?」

「そんなもん、森の裏切り者を俺たちが連れているからだ! ッ、ジラーチ!」

 

 横っ面から飛び込んできたのは、こちらを追いかけるガーメイルが放ったシャドーボール。これまで戦闘の指示を出したことがないジラーチに、しかしハマゴは一切の迷いなく指示を下した。

 

「サイコキネシスで捻じ曲げろ!」

 

 指示を受け取ったジラーチの短冊が浮かぶように揺れ、腹の閉じた瞳が僅かばかりに薄めを開ける。その瞬間、シャドーボールは内側から崩壊するように弾け飛んでしまった。破片が僅かばかりにハマゴの頬を焼いていったが僅かな傷だ。手袋を握り込み、オレンの治癒効用のみを抽出した液体をなすりつけた彼はガーメイルに向かって火炎放射の指示をキュウコンに下す。

 炎に巻かれて墜落したガーメイルは、しかしキュウコンの出力不足も相まってすぐに傷一つ無く復活するだろう。だが今は一度退けることが出来ればそれで十分だ。追撃が無いうちに、ハマゴたちは再び走り出した。

 

 その後ろを驚異的な速さで追いかけるメガヤンマが、あっという間に彼らの前に先回りする。メガヤンマの頭上で七色に輝く不可思議な岩の形をしたエネルギーが渦巻き、「げんしのちから」という技へ成った瞬間にハマゴという人間へ放たれた。

 肋の一本は覚悟するか。ぞわりと腹の中に駆け巡る抉れたような嫌な感覚とともに気を引き締めた彼に、しかし衝撃はやってこない。

 

「……メガドレインよ」

 

 ナタネのロズレイドだ。げんしのちからのパワーのみを吸い上げ、完全に攻撃そのものを無効化する。ジムリーダーらしい、普通の発想と実力ではなし得ない減少に困惑したのはメガヤンマ。畳み掛けるように近づいたロズレイドの華麗な蹴りの一閃が、メガヤンマの顎に当たる部分にクリーンヒット。意識を失ったメガヤンマは力なくその場で墜落した。

 

「説明、後でちゃんとしてもらうから」

「わぁーってる。だが、恨むなら自分を恨めよ」

「…え?」

「走るぞ!」

 

 今度は手を引かない。自分の意志でこの森のポケモンたちから逃げることを優先したナタネは強かった。タイプ相性でいえば圧倒的に不利なはずの虫タイプ・飛行タイプを併せ持つ野生たちに、相性を覆す圧倒的な実力でもって迎え撃ち、しかし余計な傷をつけること無く確実に無力化させていく。

 必死の逃走劇の間、キュウコンやジラーチはもう必要ないなと感じたハマゴは、最後のひと押しをロズレイドが放った瞬間、ナタネの体を引っ張り、キュウコンの背中に自分共々相乗りになった。

 意図を理解した彼女がリーフストームを命じると、ジム戦では中々見せない正真正銘本気の一撃が、木々をなぎ倒しながら森のポケモンたちを壊滅させる。出していたポケモンを全てボールに戻したナタネは、前にいるハマゴの腰に両手を回して捉まった。

 

「とばすぞ!」

 

 グンッ、と腹の奥に来るような重めの衝撃。一気に加速したキュウコンは地面ではなく、余計なものが殆ど無い木々をジグザグに蹴りながら恐るべき機動力で森を抜けていく。やがて見えてきた出口の光を目指し、彼女の純白の体は光の中に飲み込まれて―――

 

 

 

 

「葉っぱの欠けたとこなんざツバ付けときゃ治る。そう落ち込むなマダツボミ」

 

 ポンポン、と最後に診たマダツボミの頭を撫でたハマゴが白衣をはためかせて戻ってくる。扉をくぐった彼を待っていたのは、今回の騒動に巻き込んだ張本人だった。

 

「あの子達は?」

「無事だ。ボールの中で傷も生命力も維持させたおかげで多少時間は掛かるが元通りになる。あとは栄養つけて、食って、動いて、寝れば万事解決だ」

 

 手のひらに付いたガーゼを弄りながらハマゴが答える。見た目危なかったようにも見えたが、今後難の後遺症もなくこれまで通りに暮らせることが分かるとなると、草ポケモンたちを心配していたナタネはどっと疲れたようにその場にへたり込んだ。

 その隣に遠慮もなく座るハマゴ。まだ中では細かな治療が続いているが、これ以上は自分が手を出すことも、手伝うことも必要ない。回復マシンと自分と同じプロであるジョーイの手に任せれば事足りるのだから。

 

「ねぇ、なんで森のポケモンたちはあの子達を狙ったの?」

 

 最初こそハマゴの紛らわしい言動に勘違いしていたが、襲われたポケモンたちから明確な敵意と殺意を向けられてしまっている以上、その理由の程を聞きたいとナタネが申し出る。不可解だったのだ。自分は、森の不利益になるようなことをした覚えはない。草ポケモンたちと触れ合い、時には共に食事をし、ただただ楽しく遊んでいただけだったのに、と。

 

「それこそが、テメェが自ら選んだ間違いだ」

 

 ハマゴはそんな彼女の思いを真正面から否定した。

 少なからず衝撃的な理由があると思っていたが、この切り返しは予想外でしかない。驚愕に目を見開いたナタネに、ハマゴが遠い昔を見つめながらポツリポツリと語り始める。

 

「ポケモンってのは生きもんだ。野生には野生のルールがあり、それを破った奴らには容赦の一欠片もねえ。それこそ、俺達みてぇに死に物狂いで逃げて縄張りから出るしか無い」

 

 直後、何かを話そうとしたナタネを、手で制するハマゴ。

 まだいいたいことを言い終えていないのだ。

 

「まさかジムリーダーともあろうものがこうなるとは思っていなかったが……まずはナタネ、テメェがやっていた特定のポケモンと野生の中で何度も何度も遊ぶってのはな、特にわかりやすいアイツラのルールに触れちまったんだ」

 

 ファウンスでは、ソレを語れるだけの多くの経験をしてきた。

 

「今回連れてきた草ポケモン共、ありゃあかなりの弱小で厳しいルールの中じゃすぐさま淘汰されちまう側の連中だ。食い物にありつけず、ただひたすら弱った上でひっそりと死んでいくタイプだな」

「そう、そうだよ。だからあたしも、あの子達の助けになりたくて」

「そこで手を出しちまったのが、更なる疎遠の理由だ」

「―――!」

 

 彼は語った。

 

「話を最初に聞いたときから思ってた。んで、予想通り、あの地域のルールはかなり厳しいもんだ。だが、アンタという施しで弱小共が食い物にありつけ、あまつさえは我が物顔で縄張りの森の中を駆け回ったときた。するとどうだ、虫ポケモン……てめぇがかなり強いと言っていたアイツラにとっちゃ面白くねぇ話になる」

 

 実際、しつこく攻撃してきたメガヤンマはかなり怒り狂っていた。メガヤンマにも自分なりのこだわりやプライドがあった。だから、その場のルールを侵した人間と弱小ポケモンたちが許せなかったのだろう。

 

「どこもかしこも手を取り合って生きてるわけじゃねぇんだ。そしてブチ切れた集団は必ず禍根を傷とともに残していっちまう。……ま、今回は幸いにも命もなんも失われなかったんだ。リーフストームの威力で頭も冷えたろうし、自分より強いやつがいるこの街に報復に来たりもしねぇだろうよ。安心して過ごすこった」

「……あたしが、悪かったんだ」

「仕方ねぇよ。どこにでもある話だ」

 

 ユンジのスボミーと同じだ。どこにでもありふれた悲劇だ。

 優しさは時に、誰かの怒りのトリガーになり、悲劇の幕開けという仕掛けを動かす。今回はナタネの優しさが、メガヤンマたちのプライドを傷つけ発展しただけのことだ。その場に居合わせないだけで、こんな些細ごとで失われる命や、悲劇が繰り返されているものだ。

 見るからに肩を落とす彼女に、ハッと笑ったハマゴは言い放つ。

 

「しゃーねえしゃーねえ、あんたはこれまでずっと忙しかった上、長く見ず知らずのポケモンを施せる立場にいるせいで余計話がこじれちまったんだろうよ。ま、次がねぇようにするこったな」

「……ありがとう、そしてごめんなさい」

「気にしねぇよ。外面や言動のせいで厄介事なんて日常茶飯事だ。んなことより首がちゃんと肩の上に乗ってることに喜んどけ。あの時避けなけりゃ俺は死体を持ち帰るハメになってたからな」

 

 あっけらかんに笑った彼の言葉に、ナタネは思わず首をさすった。

 メガヤンマのソニックブームは、ナタネの頭上を飛び越えた直後に他の木へ直撃し、きれいな断面を作っていたのだ。人間などという柔らかな素材に当たったとき、どんな悲劇が起きていたか。想像するだけでも恐ろしい。

 

「俺から言える問題はまぁ、残りは一つだ」

「あの子達のこと、だよね」

「ご名答。ま、幸いにもジムトレーナーで育てるやらジムで放し飼いにするやら方法はいくつでもあんだろ。一番気をつけなきゃならねぇのはあの森に近づけるなってことだな。ほとぼりが冷めようと、ルール違反の裏切り者だ。生かして縄張りに踏み入れることを許すほど、野生は甘かねぇ」

「もちろんあたしが引き取るわよ。こうなった責任はジムリーダーとして……深く考えずに行動したあたしが、責任をとる」

 

 強い意志とともに宣言された言葉に、そうかいと軽く返したハマゴ。

 もうここから先は自分の領分ではない。ナタネがそう決めたのならそれでいい。くさポケモンたちの命を助けて、回復するのが目に見ている。なら、ポケモンドクターとしてこれ以上は何もする必要はない。

 

 彼は足音を響かせながら、ナタネの元から歩き去る。

 未だに俯いて、軽率だった己を恥じる女性をゆっくりと一人で見つめ直させるために。

 

 

 

 

「アンタもういいの? 挨拶の一つもしないなんて」

「んなこと言われてもな、観光も終わった、用事も無し。ついでに医療知識も収穫は無し。だったらもうオサラバで良いはずだぜ」

「ふぅーん、なんというか、考え方が複雑よね。未だにわっかんないわ」

「分かられてもこっちが困るだけだっつの」

 

 ハクタイシティを背中に、合流したマーズと共にハマゴは街道を歩いていた。ナタネに関してはすぐさま立ち直るだろうし、何の心配もしていない。文字通り一つの心残りなく旅の準備を整えた彼らは、また新たな街を目指して歩を進めている。旅路の再会といったところだろう。

 

「そんで? 外に出しとくのが気に入ったのか?」

「どっちかって言うと狭いとこ嫌いらしくってね。まぁジラーチの遊び相手が増えたから良いんじゃない?」

 

 そう言ったマーズの隣には、元気そうに飛び回るロトムの姿がある。ジラーチも新たにできた仲間に興味津々なのか、ここぞとばかりに話しかけようと試みるがロトムはけけけけっとけたたましい笑い声と一緒にジラーチを見つめるばかり。

 そのうちムッとしたジラーチがロトムに飛びかかるが、生憎ロトムのタイプはゴースト混じり。空中でみごとに実態を掴みきれなかったジラーチは、ロトムに流れる電流にダメージを受けた後、受け身もロクに取れず地面に頭から突っ込んだ。

 

「手間が掛かるやつだ」

 

 その羽衣を引っ掴んで肩に引っ掛けたハマゴは、ジラーチが完全に気絶してしまっていることに盛大なため息をついた。いざってとき以外はやっぱポンコツだよなぁと言う呟きには、なんとも言えぬ感情が込められている。

 幻のポケモンという幻想を崩す音が今にも聞こえてきそうである。実際にハマゴの中では石の彫像が音を立てて崩れ落ちるイメージが渦巻いていた。

 

「まぁ厄介事も過ぎ去ったんだ。次の目的地を目指そうぜ」

「それフラグだと思うけどね。えーっと、このまま東に向かうと……?」

 

 マーズが確かめる地図には、テンガン山の洞窟を通ってカンナギタウンがあると記されている。昔を伝える街であり、シロナの生まれ故郷。別段そういった意図を持って目指していたわけではないが、森から抜けたのだからまっすぐ行こうといった単純な発想である。

 

「その前にはデカイ谷があるな。……谷、か。確か手足の痺れに効果のある薬草があったっけか」

「また寄り道? ま、いいけど」

 

 まるでコウモリのように腕にぶら下がるロトムで遊びながら、マーズが微笑みそう言った。

 

 彼らの旅は、まだまだ続く……

 





ということで、ハマゴ君が経験豊富な回でした。
そろそろトンデモポケモン医療知識を使った治療シーン入れたいですね。
前半は陰謀というか残党の組織なんてこんなもんよねという暗いシーンがありましたが、しばらくはまったりとした雰囲気の話を挟みます。

次回更新は来週中……と言いたいところですが、リアルで予定入ったので10月なってからです。申し訳ありません。

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