流れ医師の流れ星   作:幻想の投影物

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視点を分けて書いたほうがいいのか、それとも一貫して書くのか。
はたまた流れを上手く汲み取ってそれぞれの陣営を描けば良いのか…


寿に訪れた命

「……これで、よいかの」

 

 どこまでもくたびれた様子で老人は呟いた。健康的に膨れていた体は痩せぎすに、いくらか綺麗にまとめられていた髪型は形だけで、毛が跳ねている。ストレスと不安から少しばかり白色が増した髪をガシガシと掻き毟りながら、プルートはプログラムの最後の一文字を打ち終えた。

 薄暗い電灯、最小限の電力。ジュピターが適当に捕まえた野生の電気ポケモンから、無理やり電力をひり出した後、衰弱してくれば外に逃がすの繰り返し。大規模では足がつくからと、ひっそりと一匹ずつが補填されては交換される。どこまで行っても変わらなかった。

 そんな、ポケモンにとっても、プルートにとっても不健康なディストピア。機材と木箱と乱雑な書類が散乱する空間で、彼はのしかかるように椅子へと体重を預けた。痛む目頭と額の奥の痛み。ズキズキと、情報処理に疲弊した老脳が悲鳴を上げる。

 片手で額を抑えながら、プルートは挿入口から飛び出てきた一枚の真っ白なディスクを手にとった。

 

「できたぞジュピター」

「あら、早いわね」

 

 完全に生命力を枯れ果てさせたような老人から、さらに搾取していくのはこの女性。アカギ体制のギンガ団だった頃から変わらない、コスチュームじみた服装と髪型。そこから何一つとして変わっていないように見える。

 女性、ジュピターは長年待ち焦がれた恋人へキスをするように、その手渡されたディスクへ唇を落とした。

 

「安い接吻じゃの」

「所詮は触れるだけ。アタシは大事なものはとっておくタイプよ」

「はっ、アバズレが言いおるわ」

 

 ギッ、と睨みつけるジュピター。

 プルートは一瞬ビクリと肩を震わせるが、すぐさま襲ってきた倦怠感に身を委ねた。

 

「それで成すことがあるのじゃろう。どこへなりともさっさと行け」

「……フン! 老いぼれが随分口達者になったわね。最近、何かあったのかしら? あのマグマ団とかいう奴らがマシだとでも思ってるの? とんだ希望的観測ね」

「アカギに似て最終目的を吹聴するくせ、その過程を省くような奴に言われとう無いの。けなすばかりに口を開かず、たまには具体案や作戦内容を語って見せたらどうじゃ。実際、マグマ団の言葉以外に方法も確立させておらんかったくせにのう」

「私に生かしてもらってるだけの老いぼれめが……ホンット、大きく出るじゃないの。洗脳装置、このディスク……そして最後のアレが完成した暁には解き放ってあげようかしら?」

「ふひゃひゃ! 流石、考えても案すら出なかった女は言うことが違うのう」

「黙りなさい」

 

 目を細めて言うジュピター。

 剣呑な光を携えた視線に、老人は喉から絞り出したように小さい呻きを返すばかりであった。

 

「…ま、いいわ。とりあえず行きましょうかね? ―――コトブキシティに」

 

 階段に足を向けるジュピター。薄汚れたコンクリートを、ヒールの踵が踏み抜く。カァンと打ち鳴らされた音は、何かを知らせるゴングのようにも聞こえた。

 

 

 

 

 乾き始めた地面を蹴って、女があっと指を挿す。

 

「ようやく見えてきたわ。もう、着替えも髪の毛もドロドロ!」

「そんだけ言える元気がありゃぁ十分だろ」

「ホンットあんたって唐変木ね! もう少し女の子に関して調べなさい」

「人体なんかよりポケモンのが先だっつの。まだシンオウの奴らは把握しきったわけじゃねぇからな」

 

 はぁ、とマーズは息を吐く。

 

「そう言う話題でもないでしょっ」

「わかった上で言ってんだよ」

 

 二人はコトブキシティを目前にしていた。

 立ち並ぶビルは、この途中に立ち寄った主要なシンオウの都市群の中でも最も多い。空港なども完備しているため、シンオウ地方の顔役とも言える大都市である。最新の技術や、地方を代表する腕時計型便利ツールの「ポケッチ」の開発も進んでいる。ポケッチカンパニーの前では、雇われのピエロが子どもたち相手に今日も元気に宣伝やサービスを行っていることだろう。

 

 徐々に住宅街から都市部へと移り変わる町中、ハマゴたちはたどり着いたポケモンセンターで荷物をおろして一服ついていた。

 

「さて、と」

 

 時計を取り出したハマゴはまだ正午か、と呟いた。

 マーズはある程度、持っていた「過去の意識」とやらが薄れたのか、本来の自分をさらけ出すようにショッピングに繰り出している。午前の間にでかけて、まだ戻ってきていない辺り溜め込んでいた反動でも来ているのだろうか? ハマゴにそれを知るすべはないが、大方放っておいても問題は無いだろうと息をつく。

 

 それよりも、本格的に起きだしたジラーチの方が問題だ。しばらく大人しくしていたが、ジラーチはこういった環境がガラッと変わったところでは興奮する性質である。森林地帯で興味深いものから開放された後は、見知らぬ人工の都市の細かな意匠、外観をこだわった街路樹、店内に並べられた商品の一つ一つ。

 1千年という長い時を経て、大きく変化しきった人間の営みにも興味津々で顔をのぞかせている。自然豊かなソノオタウンやフエンとは全く違う、都会という場所に興奮は収まらないようだ。こうなってしまえば、暫くはここを離れることに文句を垂れるだろう。

 

「わぁーったよ。しばらくはここで観光させてやる。だから離れんじゃねーぞ」

 

 バックパックは降ろしたため、頭の上を新たな占領地としたジラーチは、ハマゴの言葉にぱぁっと表情をほころばせた。

 不安そうな表情はドコへやら、気の向くままにハマゴの頭を引っ張っては、絡まった髪の毛の痛みを助長させることで、彼をあらゆるところに連れ回そうとする操縦者の完成である。

 

 そんなジラーチ専用の移動マシンと化したハマゴも、最初こそはしゃいでいるのだからしょうがないとしぶしぶ従っていたが、自身の特徴的な青い髪の毛からブチンという音と、ハラハラ飛んでく毛の数本が見えた瞬間に額の井の字もブツリと切れた。

 

「いい加減にしろよ」

 

 最近のキレやすい若者である。ガッチリとアイアンクローではがねタイプのジラーチを掴んだハマゴは、顔を正面に合わせて流れるように言い放つ。

 

「調子に乗り過ぎるとロクな事になんねぇよなぁ? ん?」

 

 さすがの形相に、ジラーチも効果は抜群といったところか。ほのおタイプの怒声に顔を青ざめてコクコクと頷いてみせる。その両目の端から涙が溢れているのは仕方があるまい。例えるなら気弱な生徒が、ヤンキーに絡まれているようなものだ。そして、なにげにハマゴの言ってることは単なる脅しではなく正しいことなのだから反抗も出来ない。

 

「わかりゃよろしい」

 

 そういったハマゴはジラーチの羽衣部分をむんずと掴みあげ、ボストンバッグのように吊るして歩き始めた。両手足をだらりと重力に預けて揺れる珍しいポケモンと、どう見ても悪人面の白衣を纏った人物。通報必須な組み合わせが町中でそんなことをやっているのだから、周囲の視線は自ずと集まってしまう。

 だがハマゴはそんな視線もまともに受け止めず、しかしジラーチに反省させるためバッグポケモンにしたまま街を練り歩き始めた。ヒソヒソという声すら、当然無視である。

 

「あんたら何やってんのよ……」

「よお、買い物終わったのか」

「結構よさ気なアクセあったから、つい買っちゃった」

「程々にしとけよ。路銀がつきちまってもテメェの分は払わねえぞ」

 

 そんな彼らに話しかけたのは、ちょうど買い物袋を両手に吊るしたマーズであった。お気に入りのものはパソコンの無料倉庫にあずけて、各地で引き出しながら使っていくのだと上機嫌に語る。当然、彼女も今の生活になってからは金銭管理もしっかりしているので、ハマゴの心配には大丈夫だと自信満々に答えてみせる。

 白いキャミソールを揺らしながらニシシと笑う彼女に、言っても聞きゃしねぇなと早々に放置を決め込んだハマゴは、ムチを振るようにジラーチを回して放り投げる。突然の出来事に油断していたジラーチはへぷっ、という間抜けた息を吐きながら彼の頭に乗せられた。

 

「今度はそこがお気に入り?」

「まぁ調子乗ってハゲる危険もねぇからな。なぁ、ジラーチ?」

「……程々にしときなさいよね」

 

 その問いに、ジラーチは全力で首を縦に振った。

 表情が真っ青なジラーチの様子に全てを察したマーズだったが、最初こそ「こんなかわいいポケモンになんて仕打ちを!」と怒ってはいたものの、今となっては日常茶飯事と知っている。元悪の幹部だったという冷酷さながらにジラーチを切り捨てた。

 

 さて、マーズとの合流。オコリザルの鼻の上もかくやという場所に乗っかり、カチンコチンでコミカルになったジラーチを乗せつつ一日は終わらない。マーズはまだ行ってみたいところがあると、彼らの手を引くように先導しはじめた。

 

「ドコ向かってんだ?」

「行けばわかるわよっ」

 

 何やら上機嫌である。それほど彼女の興味を引くものがあったのだろうか、と彼が頭をひねった矢先、さほど時間もかからず彼女の目的地にたどり着いた。

 

「ポケッチカンパニー……?」

「あれ、ポケッチ知らないの?」

「知識としては知ってんだがな。俺はポケナビがありゃぁ十分だしよ」

「ええー?」

 

 そう言ってハマゴが取り出したポケナビに、マーズは信じられないと声を上げる。

 ハマゴのそれは、四角いコンパクトなORASタイプではない。一世代昔のタマゴの半分のような形をしたタイプだった。太さは手頃なコップ程度。ポケットに入れるにしても不格好であり、ズボンのポケットやベルトに引っ掛ければ多少は取り扱いやすいだろうが……とにかく、マーズにしてみれば我々で言う「ガラパゴス携帯電話」的な見解であった。

 

「そんなのよりポケッチのが機能的だしかわいいってば! ギンガ団のときは何気に使えなかったし、結構あたしも憧れてたんだから」

「まぁ使いやすいツールがあるならそれに越した(こた)ぁねえがよ」

「よし決まり! それじゃあ早速買いに行きましょ!」

「強引だなぁ、オイ」

 

 買い物袋を左手に集中させ、空いた右手でハマゴを引っ張るマーズ。故郷のフエンタウンジムリーダー・アスナや此処で知り合ったシロナ。それらを含め、自分の知る女性はアクティブな奴ばっかりだなと、半ばため息を押し殺しつつも、彼は本社直営店の中に飲み込まれた。

 途端に広がるのは、色とりどりなカラーバリエーションモデルが並んだポケッチの棚。他にも、高機能モデルや機能と搭載アプリが削られた簡易モデル。冒険のお供に、という一番人気の、アプリ追加容量と耐水などが豊富な最新鋭モデル。そうした形も中身も様々なポケッチがハマゴを出迎えた。

 

「ふぅ~ん、これなんかかわいい! あ、これもかわいいわ!」

 

 かわいい、かわいいと連呼するマーズ。こうした人種をよく知るハマゴにしてみれば、その言葉全て「かわいい=○○がある」と変換される。結局こいつの場合は長くなりそうだな、と朝方のようにマーズから視線を外したハマゴは、しょうがなしに近くの棚から冊子を手に取り始めた。かくいうハマゴも見た目ではなく性能や中身から知って存分に選ぶタイプである。

 

「ん、オマエもしばらく自由にしてな。店は出んなよ」

 

 むんずと首根っこをひっつかまれたジラーチも地面に降ろされ、恐怖の根源から逃げるようにマーズの方に擦り寄っていった。向こうの方では「あいつ怖かったよねー、頑張ったわあんた」何て聞こえてくるが、それに激昂することなくハマゴは無視を決め込んだ。

 

 そうして一人でこれか、これかと2種類まで絞った彼が悩んでいる時、その肩がとんとんと叩かれた。

 

「ん?」

「失礼しましたお客様、なにかお悩みでしょうか?」

 

 ここの店員だったようだ。随分と集中していた棒立ちしていたらしく、此処に来てから数十分は既に経過していた。あれだけ思っていながら、マーズの方が先に選んでしまっているのではないかと見渡したが、うんざりとしたように付き合わされているジラーチを引き連れ、彼女の方もまだまだ悩んでいるようである。

 一瞬目があって助けを求められたが、ジラーチの視線を切り捨てたハマゴは店員の方に向き直った。

 

「これに……追加でバイタル測れるような機能は無いのか?」

「そこまでとなると市販のものでは……ああ、ドクターの方でしたか!」

 

 ハマゴの白衣を見てピンと来たように頷く店員。そちらの方はオーダーメイドでの依頼になると言ったので、だったら仕方ないとハマゴは持っていた冊子を閉じて、元の場所に戻す。

 一方、マーズもついに自分の買いたいものを見つけたようでスタッフと対面しながらプランについて話を広げていた。ポケッチに関しては、ひとまず落ち着いたと言ってもいいだろう。

 

「ああ、お待ち下さい」

 

 そのままマーズの方に向かおうとしたハマゴを、店員が引き止める。

 

「実は、開発の方でお客様のような特殊な職業専用のものを開発しているのです。こちらの方に応募してみませんか? もちろん、試作品ですし定期報告やデータの収拾が必要になりますが料金は入りません。試作品の方もそのまま進呈致します」

「タダなら是非って言いてぇが、現場に不確定なモン持ち込むのもなぁ……」

 

 信頼できる道具を使い、信頼できるようになってから薬を本格的に使っていく。頭が硬いといえばそれまでだが、こうした風に使ってきた道具たちで十分事足りていることもあってハマゴはおいそれと飛びつく姿勢ではなかった。

 しかし、こうした要素を入れていけば格段に時間の短縮・医療への貢献の可能性も大いにある。そこまで、ぼんやりとしたヴィジョンを立ち上げたハマゴは結局のところ頷いてみせた。

 

「だったら応募してみるか」

「ありがとうございます。ちょうど、結果は明日ですのでお待ち下さい」

「ちなみに当選人数は?」

「テストケースですが、慎重なタイプということもあって5件ですね」

 

 当たればラッキーだろう、と彼が思ったところで店員の言葉が続けられる。

 

「ちなみに、応募した方も五名です」

「ぶっ」

 

 当選確実ではないか。不意打ちにむせた彼は、ゴホゴホ咳き込みながら頬を引きつらせる。そんな、多少おちゃめな店員に礼を述べながらも、ハマゴは契約が終わったマーズが地dかづいてきたのを見て頷いた。そして早々にぐったりと使いふるした抱きまくらのようになったジラーチをボールに戻すと、ポケッチの店を後にするのであった。

 

「そっちは買ったの?」

「買ったといえば買ったのか……数奇なモンたぁ思うがよ」

「?」

 

 疑問符を浮かべるマーズは、しかしそわそわと落ち着かない様子だ。

 よほど買ったばかりのそれを見せびらかしたいのか、ハマゴが二の句を告げる前に、じゃじゃーんという擬音が付きそうな勢いで、彼女の購入したポケッチがハマゴの眼前に現れた。

 

「見てこれ。型は一つ落ちるけど、このあたしにぴったりなデザインじゃない!?」

「あー……そのまんまだな」

「あんたは文句しか言えないの!?」

 

 そういったマーズの左手首に付けられていたのは、火星と思わしき赤い天体が画面のフレームになったポケッチである。そこから流星をイメージしたような細いベルトが伸びている。

 

「しかも、今年から追加されてるのが…これ!」

 

 Pi、とマーズが画面に指で触れると、ポケッチのいかにも操作しにくそうな小さい画面から、立体映像が飛び出してきた。映像は四角形の枠で収まっており、マーズが枠の端に指を置いて広げれば、その大きさも広がる。

 自分の持っているポケナビとは大違いのびっくり機能だが、旅立つ少し前、確かホウエンのラルースの方でもそういった機能が一般にも広げられそうだとか言うニュースがあったことを思い出す。

 ホウエンに比べ、そのあたりはシンオウの方が進んでいるようだ。完全に時代に取り残されたような妙な寂しさを背負いつつ、ハマゴはこりゃすげぇと驚いてみせる。

 

「前に雑誌で見た時からほしいって思ってたのよ。ふふーん、どう?」

「んじゃ、旅路の地形だとかルートだとかは任せるぜ」

「うげ、仕事増えた……」

「俺にそんなこと期待するほうが悪い。いい加減覚えろってんだ」

 

 ハッ、と鼻で笑ったハマゴはそのままビシリとマーズにデコピンをかます。

 

「おっと、ジラーチの容量でやっちまった。わりぃわりぃ」

「……あたしの方が年上なのに、何だろこの敗北感」

「悪の女幹部カッコワライなんてやってる奴よか充実した毎日過ごしてたからじゃねーの? よく知らねえがな」

「キィー! すぐそういうこと言う! あんたホントに医者っぽく無いわね!」

「バッキャロ、面接や試験の時にエネコの皮かぶんのは当たり前だろ」

「認めた! 認めたわよこいつ!」

 

 指差して非難してくるマーズを見て反応を楽しむ外道男。ハマゴは早くも、マーズがいることで自分の減らず口を容赦なくたたきつけられる相手が増えたことに悪く無いと思い始めていた。

 確かに目的も大事だが、その過程で鬱憤やイライラが募って失敗しては目も当てられない。そのためにも、マーズという緩衝材がいることで心に余裕が生まれたと言っても良い。何より会話は人類の華だ。常に集団に囲まれて生きてきたハマゴにとって、話しかけても帰ってこなかったジラーチ・キュウコンとだけいた最初の頃は、少しイライラしやすかった環境とも言える。

 

 何より、そんな楽しそうなハマゴの様子を聞いて、くふふとボールの中で笑うキュウコンがいる。常に隣りにいながら、客観的にハマゴを見ていたポケモンが快く思っているのだ。マーズという旅の同行者は、決して悪いものではないだろう。

 

「へいへい、とりあえずセンターで荷物降ろせよ。ショッピングが終わればしばらく観光と洒落こむぞ」

「ん? ……あっ、ジラーチね」

「察しのいいことで」

 

 ポン、と手を打ったマーズも、このハマゴたちについてはそれなりに分かってきているのだろう。口先ではぶつかりつつも、すぐさまこうした空気が戻ってくるのは良い関係を構築できている証拠だ。

 まだまだ太陽も高い。ジラーチのため、とは言いつつも、彼らはコトブキシティで歳相応にはしゃぎ回っていた。過去のしがらみも、熟成した性格も吹き飛ばすような悪ふざけのしあいは、マーズとハマゴの心の溝もいくらか埋まったことだろう。

 

 そして――――コトブキの夜が訪れた。

 

 

 

「……いいわ、A班は待機。B班は扮したままエリア3を歩きまわって」

 

 コトブキ発展の裏、開発途中で廃棄されたビル。

 そんな薄暗い空間のなか、未だアカギの執着が薄れるどころか、カカオ豆にコールタールを突っ込んだように深みにハマる女はついにコトブキでの作戦実行のための手続きを進めていた。

 ほぼ無表情の、過激派ギンガ団たちは私語の一つも文句の一つもこぼすこと無く、ジュピターの言われるがままに動く人形。ジュピターの前で跪きながら、カタカタとPCを弄る人物もその一人。モニター光が顔を青白く染め上げている。

 やがて、そのPCから件のディスクを取り出した団員はジュピターに手渡した。

 

「やっと出来たの? 私が言う前に作業くらい進めときなさいよね」

 

 無茶を言う。ジュピターに命令されなければ絶対に何も動かない人形と化しているのに、指示無くして率先して動くことなど出来はしない。そんな部下の一人をいたわる事無く、代わりに蹴りあげたジュピターはその部屋を後にした。当然、倒れたまま「ついてこい」と命令がされていないため、起き上がることすらしていないギンガ団員を置いてけぼりにしたままだ。

 

「さぁってと? 今日は懐かしい顔があったわねえ……それも二つも」

 

 言うまでもなく、彼女が言う懐かしい顔とはハマゴとマーズのことである。コトブキシティの防犯カメラを、そのジュピターが手に持つディスクの力で乗っ取っていた時、そのポケモンセンターのカメラの一部に二人の姿が映されていたのだ。

 

 当然、ジュピターは感情を昂ぶらせた。

 これまた当然ながら、マーズが幸せそうで良かった、などではない。アカギという人物を共に仰いだものでありながら、もはやギンガ団を抜けた直後のように彼を探していないマヌケな姿を晒していた事に怒りを抱いたのだ。

 ジュピターとマーズ。最初こそ手を組んでいたが、そのうち互いの性格の違いから別行動を取るようになり、最終的には共に行方を知らないようになっていたアカギ捜索の元仲間。そのはずだったのに。のうのうとアカギを忘れたように、ギンガ団のコスチュームすら着用せずに暮らしている姿はジュピターの琴線をナイフで掻き鳴らす程の衝撃を与えた。

 

 そしてもう片方は、マグマ団からもたらされた情報によるターゲットのポケモンを持っている人物。そして自分もよく知るトレーナーとしての腕は三流以下で、お涙頂戴な医者なんて役に立たない仕事をしているハマゴ。

 少なくとも、回復マシンであらかた治るというのに、今更アナログな方法で直接あれこれとポケモンを医療するハマゴたちポケモンドクターは、ジュピターにとって無駄の極みだと思われていた。

 

 そんな二つの思いをまぜこぜにした結果、ジュピターの手は強く握りしめられ、嗜虐的な感情を隠そうともしない表情が形成されることになった。

 半分は、「裏切り者」のマーズへの粛清ができる機会だということ。もう半分は、いとも簡単にジラーチを手にする機会が重なったこと。後もう少しでアカギに会える。いや、もはや会っているようなものだと確信した彼女は、腰の辺りにつけた無線機に叩きつけるように叫んだ。

 

「A班、ポケモンセンターを襲いなさい!」

 

 耳が割れるような音量のそれを聞き、ポケモンセンターの周囲に潜んでいた無表情の人間たちがあらゆるところから現れていく。ある者はゴミ箱の中から、ある者はマンホールの下から、ある者はセンターの天井から。ある者は近くの住宅の中から。一斉に、20人はくだらない人間が、皆一様な表情で、皆一様な姿で、皆一様に声を合わせて、皆一様にモンスターボールに手を掛けた。

 

『ドーミラー』

『ズバット』

『スカンク』

 

 そこらで手に入るポケモン。攻撃は低いが、毒を持つポケモン。人間の力ではまったく傷つかず、その精神を傷めつけるポケモン。一斉に繰り出されて、それがポケモンバトルに使われるならまだいい。だが、人間に向ければ牙程度の威力では済まない危険な攻撃を多種多様に揃えたポケモン達。

 

 突如、コトブキシティの全ての電子機器はダウンする。

 

 同時に動き出すのは、ジュピターの配下たる者共。

 狂宴の序章は、あまりにも唐突に流れ始めるのであった。

 




※このあとがき長いからいらないなら飛ばしてどうぞ(1000字)

ということで、グダグダした日常回よりも皆が好きそうな波乱回の序章です。
結構この物語はペース早めで進行すると思います。私自身結構せっかちなんで。

では、一応下の方で解説。 解説いらないなら次回以降つけません。

・タイトル
最初の文字と最後の文字をくっつけると寿命。
コトブキシティでの波乱だからカッコつけたかった


・変なディスク
ジュピターがプルートに作らせていた万能ハッキング&クラッキングディスク。主に電力系に異常を発生させ、かつシステムの方を自閉させるようにしているため非常電力も復旧しないようにしている。
加えて、侵入したシステム内には根強い種子を残すため、そこから再アプローチもかけやすいし、根付くため中々排除出来ない迷惑もの。当然足がつくが、ジュピターにしてみれば一回限りの使い捨てなので後がどうなろうと知ったこっちゃない。
一回こっきりという面で見れば対策も練りにくいし、何よりプログラムはいたずら小僧のように動きまわるためその一回の対処すら困難。
まるで電化製品に取り付くあの電気幽霊のような意志みたいなものを持ってる。
プルート製(大事なので二回ry

・ドーミラーたちの採用率が高い理由
はがねタイプで、しかも神話の古いシンオウでは幾つもの未発掘遺跡や墳墓の銅鏡からドーミラーが発生する。
鋼タイプはタダの人間では太刀打ち出来ないほど硬いし、ポケモンにしてみても、集団で攻められた場合はタワーシールドの兵士の壁みたいなもの。
スカンクとかズバットは前述と同じく、とにかく数がいることと、毒タイプってことで目的を行動不能にしやすい。

・ジュピターとマーズの関係
同じにしても、ポケモンを大事にしてるようなマーズと、アニメ版から採用した狂気的なアカギ信仰。何より持っている新年の違いから、共に行動したとしてもいつかは崩れる水と油だと思ってる。それに、執着してる人って何かと勝手に裏切られただとかいうキャラ多いし、キャスト的に使いやすい。
個性薄くても、こうして色々まぜこぜにすると違いが出てきて良いよね!

・ギンガ団(過激派)の下っ端人形化
ポケスペから採用。しかも設定何か細かくないからやりやすい。
今回は群像劇苦手なのと、後はどこの組織もだいたいアニメで作ってる洗脳装置(特にDPtは赤い鎖もあるし)で、穏健派との差別化も図った。ついでに、洗脳されてるってことで悲劇もマシマシ。中身は元ギンガ団だったりそこらの一般人だったり。ガッシュの千年前の魔物編で出てきた、パティの強襲隊の本の持ち主をイメージするとわかりやすいかも。

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