俺が攻略対象とかありえねぇ……   作:メガネ愛好者

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 どうも、メガネ愛好者です。

 ……一昨日、とても嬉しい事がありました。
 なんと……読者様に千歳さんのイラストを頂いたのです! 感極まるとはこのことかぁ!?


 『ばたけ様』から頂いたイラストです。

 
【挿絵表示】


 魅力的なイラストをありがとうございます!
 これからもこの作品で楽しんで頂けるよう努力いたしますので、ぜひ立ち寄っていってください!

 それでは



第七話 「五河に任せるしかない? 知ってる」

 

 

 「お母様、遅いですわね……」

 

 「何かあったんでしょうか? ちょっぴり不安ですー」

 

 十香達の監督を千歳から一時的に任された駆瑠眠と美九は、言いつけ通りにおとなしく十香達の様子を見守っていた。

 視界の先では十香達三人に加え、四糸乃に誘われたことで一緒に遊ぶことにした七罪がプールの水をかき分けながら遊んでいる。最初は四糸乃の申し出に七罪特有の卑屈な返しで距離を置こうとしていた七罪だったが、四糸乃は諦めずに誘い続けた事でついに根負けした。「……こんな私でいいのなら遊んであげてもいいわよ」と言う上から目線なのか卑屈に出ているのかわかりにくい言葉を口にした七罪。その表情は満更でもない感じだったのが印象に残った二人だった。

 

 「……七罪様も、御変わりになられました」

 

 「それは……くるみんの知る七罪ちゃんじゃない、ってことですか?」

 

 「えぇ。そもそも、本来のこの時期に七罪様はまだワタクシ達の前に姿を現していませんでしたもの。ワタクシ達がそうしたというのもありますが、出会う時期が違うだけでここまでの差が現れるとは思いもしませんでしたわ」

 

 唐突に呟く駆瑠眠の言葉に美九が反応して問いかける。

 彼女の言う通り、駆瑠眠の知る七罪と目の前にいる——誘われた嬉しさで顔がにやけそうになるも、それを必死に隠そうとして逆に何とも言えない微妙な表情になっている——七罪とでは同じ人物だとは思えない程の違いがあった。

 

 

 一言で言えば、駆瑠眠の知る七罪はもっと捻くれていた。

 

 

 例え千歳達が親身に接したとして、駆瑠眠の知る七罪はそう易々と心を開くような人物ではなかった。他人の好意を素直に受け取れないなんてもんじゃない、他人の言葉を一切信じられない程に周囲を拒絶していた。

 結末としては士道と彼を慕い集う精霊達の献身的なまでのアプローチによって何とか心を開いたものの、それまでの道のりは決して楽なものではなかった。苦難に次ぐ苦難を重ねた末に、七罪は士道に心を開いた(攻略された)のだ。

 

 それに対して目の前にいる七罪はどうだろうか?

 確かに卑屈になるところや自分に自信を持つことが出来ないなどの共通点はあった。しかしそれも今では影を薄め、時折思い出したかのように現れる程度にまで収まった。

 そして何より――

 

 「七罪ちゃんも千歳さんから受け取ったんですよね?」

 

 「あれは予想外でした。まさかこんなにも早くに《瞳》が譲渡されるとは……」 

 

 七罪は千歳から《瞳》を譲渡されていた。

 

 七罪が二人に千歳への想いを告白したことが鍵となったのだろう。千歳との合流後、ふとした拍子に七罪が千歳に触れてしまったことで千歳の《調和の瞳紋(アルモニス・プリュネリア)》が一つ、《第七の瞳(ネツァクス・プリュネル)》が七罪に流れ込んでいったのだ。この事で千歳は七罪が信頼してくれていることを知り、感極まって抱き着いてしまったりもしたが、その後に千歳へと悲鳴交じりの張り手が炸裂したのは言うまい。……因みに、その時の七罪の表情は恥ずかしくも何処か嬉しそうだったと記録する。どうやら満更でもなかったようだ。

 

 千歳から《瞳》が譲渡される条件の一つとして、譲渡側が千歳に心を許していることが求められる。〈ラタトスク〉風に言うのなら、譲渡側が千歳に攻略されていることが条件の一つだ。

 つまり、七罪は既に千歳に対して心を許していることになる。それもこの数日間の合間に七罪は千歳のことを好きだと言えるまでに信用しているのだ。その事に駆瑠眠は目を疑い、同時に——

 

 

 (あの疑心の塊のような方がたった数日でこれですものね。……末恐ろしいですわね、()()()()()使()()()()()()……)

 

 

 ——千歳の力の一端を肌で感じ、改めて戦慄するのだった。

 

 

 

 実のところ千歳の天使——《心蝕霊廟(イロウエル)》の本当の力は、他の精霊の天使と比べて()()()()()()()()()()()

 例えるなら十香の《鏖殺公(サンダルフォン)》や四糸乃の《氷結傀儡(ザドキエル)》、狂三の《刻々帝(ザフキエル)》に琴里の《灼爛殲鬼(カマエル)》のような戦闘面で活躍する力を天使は備えている。美九の《破軍歌姫(ガブリエル)》や七罪の《贋造魔女(ハニエル)》などの戦闘を目的としていない天使でさえ、自衛の為の攻撃手段や防御手段が存在するのが普通だった。

 

 しかし、千歳の《心蝕霊廟(イロウエル)》にはそのどちらも存在しなかった。

 

 《心蝕霊廟(イロウエル)》はただ一つのことに特化した天使だ。故に攻撃手段や防御手段などそもそもありはしなかった。

 確かにその力は強大だ。発動すればこの天宮市()()なら数分と足らずに天使の力が行き渡るだろう。……それを正しく制御出来るかは別として。

 ()()千歳では《心蝕霊廟(イロウエル)》を正しく扱う事は不可能だ。使ったが最後、天使の力に呑まれ————”反転”してしまう。《心蝕霊廟(イロウエル)》とはそう言った力なのだ。

 今は〈瞳〉が抑えている——()()()()()ことによってなんとかその力を限りなく抑えていられる為、自ら望んで使わない限りは暴走する事も無いだろう。

 

 

 そう……《瞳》が《心蝕霊廟(イロウエル)》の封印を強固にするなど、駆瑠眠が千歳にそう思い込ませるために吐いた口実に過ぎなかった。

 

 

 確かに現状《心蝕霊廟(イロウエル)》は封印されている。しかし、そこに《瞳》は全く関与していない。《瞳》はあくまで千歳とその周囲を守る為に、”あの方”が与えた力でしかなかったのだ。封印の監視? そんな力は一切無い。

 

 ならば何故駆瑠眠は千歳を騙してまでそのように仕向けたのか? ……それは、《心蝕霊廟(イロウエル)》の性質上そうさせる方が抑制出来るからだ。

 あの力を抑えるには、下手に意識させるよりも気にさせない方がより効果的だった。例を上げるのなら『プラシーボ効果』がそれに該当するだろう。

 人は思い込みで身体に影響を与えることがある。それは自覚しているよりも、本心から「そうだ」と脳を騙した方が効果が顕著に出やすい。

 つまり駆瑠眠は千歳が自身の力をまだ完全に理解しきっていない内に、千歳が《心蝕霊廟(イロウエル)》を暴走させないよう思い込ませたのだ。

 

 その策が功を奏したのか、これまでの千歳が《心蝕霊廟(イロウエル)》に()()()()気配はなかった。その予想以上の結果に……駆瑠眠は油断していた。

 

 

 (お母様……)

 

 

 あの時、千歳は《心蝕霊廟(イロウエル)》に()()()()()()()()

 

 

 駆瑠眠は先日、あの水着売り場で目撃した光景を忘れることが出来なかった。

 駆瑠眠が目を離した隙に起きた出来事。浮かれていた駆瑠眠の頭に鈍器で殴られたかのような衝撃を与えたあの光景——

 

 

 己が時代で見た、()()()()()()()()()()()()()()()()を——駆瑠眠は見てしまった。

 

 

 思わず泣き喚きそうになってしまった。その事実を受け入れたくないあまりに、駆瑠眠は何処で間違ったのかと自問自答を繰り返した。

 千歳に”あの表情”をさせてはいけなかった。”あの表情”を浮かべてしまうような感情を千歳が持つ事を阻止するために過去へ来た駆瑠眠にとって、それは最も受け入れる訳には行かないものだった。

 

 だから繰り返した。千歳が”あの表情”にならないようにと、数えるのも億劫になる程に駆瑠眠は過去に遡り、やり直し続けた。

 

 しかし——駄目だった。

 

 過程は変わっても結果は変わらなかった。例えあの場で千歳と士道の邪魔をしても、別の場所で千歳は”あの表情”を顔に浮かべてしまう。それはもう千歳が”あの表情”を浮かべることが決定事項と言わんばかりにだ。

 幾度となく繰り返した歴史改変。これまで順調だと、上手くいくと思っていた計画は……千歳が”あの表情”を浮かべた事で水の泡となったのだった。

 

 

 

 

 

 そして今、駆瑠眠は隣にいる美九に気取られないように考え込んでいる。

 これからどうすればいいのか? どうすれば千歳があの結末を迎えずに済むのか? ……今の駆瑠眠ではその答えを掴むことは出来なかった。

 考えがまとまらない。数えきれないほどの逆行によって、駆瑠眠の精神的疲労は溜まりに溜まっていた。そんな状態ではまともな対処法など思いつくはずもないだろう。

 今の駆瑠眠の状態を知れば、誰もが一度休息を取るべきだと言うだろう。心を張り詰めたままでは思わぬ事態に対処しきれないし、咄嗟の事にすぐさま反応することも出来ない。しかし”アレ”を見てしまった手前、駆瑠眠としてはのんびりしている暇など無かった。例えそれが悪手であっても、押し寄せる不安と恐怖が駆瑠眠を急かし続ける。このままでは千歳よりも先に、駆瑠眠が限界を迎えるかもしれない。

 

 だがそこで、そんな駆瑠眠に救いの手が差し伸べられた。

 

 「——くるみん」

 

 「はい? なんでしょう?」

 

 「……あまり無理をしないでくださいね」

 

 「……え?」

 

 駆瑠眠の隣に寄り添い、彼女を気遣うかの様に声をかける美九に駆瑠眠は呆気に取られて声を漏らしてしまった。

 美九は急にどうしたというのか? 何故美九が急にそのような言葉を駆瑠眠に向けたのかを彼女はすぐに理解出来なかった。

 そんな駆瑠眠の反応に、美九はクスリと微笑みながら言葉を紡ぎ始める。

 

 「今のくるみん……私がアイドルを目指そうとしていた時に、裏でいろいろと頑張ってくれていた時の顔をしていました」

 

 「そ、そうなんですの?」

 

 「えぇ。自分が辛い事も気にせずに、自分一人でぜーんぶ解決しようとしている時の顔です」

 

 「————」

 

 美九の言葉に駆瑠眠は目を見開くようにして声も無く驚いた。

 そんな表情を浮かべていたつもりなど無かった。普段通りにしていたつもりの駆瑠眠にとって、美九の言葉は予想外の何者でもなかった。

 

 「……一人で抱え込まないでください。私が何のためにくるみんに協力しているのか、忘れちゃったんですか?」

 

 「……お母様の為、ですわ」

 

 「そうです。千歳さんの為です。そして今では七罪ちゃんもその一員です。……私達三人で千歳さんを助けるって決めたじゃないですか」

 

 

 そう言って美九は駆瑠眠の手を取り、両手で優しく包み込む。それは駆瑠眠の焦る心を落ち着かせるようにと、美九が彼女を気遣っての行動だった。

 

 「三人いるんです。三人もいれば、一人で出来ない事だって難なく出来ちゃいます。だから……もっと頼ってください。ね?」

 

 「——っ、……はい、申し訳ありません……」

 

 「むぅ、そこは謝るとこじゃないですよー? 私はそれよりも言ってほしい言葉があるんですー」

 

 「……うん。ありがとう、ミクちゃん」

 

 「——はいっ、どういたしまして♪」

 

 美九が謝罪を拒んで要求したものを察し、駆瑠眠はそれに応じた。

 その時に口にした言葉、そして雰囲気は……いつもの凛々しい彼女からは到底見ることの出来ないものだった。

 それは美九を信頼してこそ見せる駆瑠眠の素顔。嘘偽りのない——『駆瑠眠』という名の少女の素顔だった。

 

 「——さてと。それじゃあくるみん、私たちも遊びましょー?」

 

 「え……で、ですが、今はお母様に十香様達の監督を任されて——」

 

 「だからと言って遊ぶなとは言われてませんよー? なので、例え私たちが遊んでても問題はないんです! 十香さーん! 私たちも混ぜてくださーい!」

 

 「あ、ちょっとミクちゃん!? 急に手を引っ張らないでくださいまし!」

 

 駆瑠眠の手を握り締めた美九は、目先のプールで楽しそうに水をかけあっている十香達の元へと受かっていく。それに駆瑠眠は半場強制に連れていかれるのだった。

 

 ——そんな二人の様子からは、似た容姿でもないというのに何処か姉妹に見えるものだった……

 

 

 

 

 

 

 

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 「…………」

 

 鳶一が立ち去った後、俺はくるみん達の元に戻らずに別の場所へとやってきていた。

 水着から普段着へと着替えを済ませ、向かった先はアミューズエリア。そして、俺はそのアミューズエリア全体を見渡せる場所——巨大観覧車の頂上部にある骨組みに腰を下ろしている。

 そんな場所にいれば普通は騒ぎになるものだが、今の俺は『(ケテルス)』を使っている。つまり誰の視界にも映っていない状態なので、下手に騒がれるような事も無いのだ。

 

 ……え? そもそもなんでそんな場所にいるのかだって? それは……まぁ、少し一人になりたかったからかな。それと同時に五河達の場所を把握する為ってのもある。

 鳶一がどのタイミングで五河達に接触するかがわからねーからな。正直な話、鳶一がやりすぎてしまいそうで気が気じゃねーんだ。もしも五河達に何かあれば十香達に合わす顔がない。……まぁ俺が原因ではあるんだけどよ。

 

 とりあえず五河達は確認した。どうやらウォーターエリアを早々に切り上げ、このアミューズエリアでデートをしていたようだ。十香達に気が行ってデートに集中出来なかったってところかな? やっぱり同じ場所で対処するのは無理があったんだよ令音さん。

 そして——

 

 「……すげーな、全く気付かれる様子がねぇ…………鳶一の奴、どこであんな尾行術を身につけたんだ?」

 

 五河達に気づかれないよう細心の注意を払った鳶一が、一定の距離から五河達をスト…………尾行していた。その手馴れた様子からはどこか執念染みたものを感じるのは俺だけだろうか? てか周りにいる客にさえ気づかれてる様子がないってどんだけだよ。

 

 「ハァ……このまま鳶一が穏便に目的を果たしてくれると助かるんだけどなぁ……そうもいかなさそうだ。そもそも鳶一の復讐に五河妹は納得しないだろうし…………ある程度の衝突は覚悟すべきか」

 

 そう呟きながら俺は項垂れる。身から出た錆ってやつだが、予想外の事が立て続けに起きれば気が参るのも仕方がねーだろ?

 

 「……俺に二人の衝突を止めることは出来ねぇ。止められんのは……お前だけだ、五河」

 

 眼下に見える五河達の姿を視界に収めつつ、その中に一人に俺は視線を向ける。

 二人の衝突を止められるとしたら、それは五河だけだった。俺に出来るのは武力を持って無理矢理止めることだけだが、それでは意味がない。それでは二人の衝突を本当の意味で止めることは出来ないだろう。だからこそ……五河妹と鳶一から最も慕われているお前の言葉じゃないと駄目なんだ。

 

 「……俺の言葉じゃ、駄目だからな」

 

 そう呟いた俺は、一旦五河達から視線を逸らして空を見上げた。

 澄み切っていた青空も気づけば夕焼けに染まっている。客足も徐々に減っていき、次第に夜が訪れるだろう。

 そして、それまでに五河は五河妹を攻略しなければならない。例えその先に鳶一が立ちはだかろうともだ。

 

 「……がんばれ」

 

 きっと五河には聞こえないだろうし、届きもしないだろう。俺みたいなろくでなしの言葉なんて聞くに値しないだろう。

 

 それでも俺は……そう言わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 ——そして、とうとうその時が訪れた——

 

 

 

 

 

 

 

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 「いやーすげぇわ。遊園地も結構楽しめるもんだな」

 

 「なに年甲斐にも無くはしゃいでんのよ。一緒にいるこっちが恥ずかしいぐらいだわ」

 

 「そうだなー。年相応に楽しんでたお前に言われると耳が痛いぜ」

 

 「なっ——誰がちんちくりんですって!?」

 

 「別に俺はちんちくりんだなんて言ってないだろ。なんだ? 心当たりでもあんのか?」

 

 「……へぇ、そう。士道が普段から私の事をどう思っているのかよぉぉぉぉぉくわかったわ……」

 

 (あ……やべ、からかいすぎたかコレ?)

 

 二人並んでベンチに腰を下ろす士道と琴里はお互いに冗談を言い合っていた。

 売り言葉に買い言葉。お互いに遠慮せずに言い合う二人ではあるものの、それをきっかけに険悪なムードになることは決してなかった。何せこれは兄妹のじゃれ合いと言うもの。気を許した同士の他愛ない日常会話に過ぎないのだから。

 

 「……楽しかったよ。琴里はどうだった?」

 

 「……ふん。まぁ及第点と言ったところかしら。悪くはない、と言ったところね」

 

 「ははっ、そりゃ手厳しい事で……」

 

 そうして暫く冗談を言い合った後、士道は琴里の反応を伺った。それに対して琴里から辛口の評価を投げつけられるも、どことなく満たされたかの様な表情を浮かべた琴里を見た士道は、苦笑しながらも安堵する。というのも、自身の対応が間違いではなかったのだと実感したからだ。

 

 

 

 

 

 つい先ほど、まだ士道達がウォーターエリアにいたときのことだ。

 プールで遊んでいる最中に、琴里は士道の前から一度離れて行った。唐突な事に何処に行くのかと士道が問うも、琴里は手厳しい返答で突っぱねた。その後に琴里が向かう方向にトイレがある事を確認した士道は己のデリカシーの無さに多少嘆いたという。

 そして士道も今の内に済ませておいた方がいいと判断し、自身もトイレに向かったのだが——

 

 

 ——そこで士道は事の深刻さを改めて理解した。

 

 

 琴里はもう限界だった。

 通常の何十倍とも言える量の薬物によって、琴里は破壊衝動を何とか抑えていられるような状態だった。下手をすれば死んでしまうかもしれない量の薬物を投与し、それでも琴里の内で荒れ狂う衝動は今にもはちきれんばかりに昂っていた。

 想像絶する苦しみが今、琴里の体を、心を蝕んでいる。それに耐えてまで琴里は兄とのデートを望み、兄に全てを委ねていたのだ。

 

 盗み聞きする気はなかった。しかし、聞いておいてよかったと同時に——士道は激しく後悔した。

 自分の甘さに怒りが沸いた。自分はなんだ? 琴里の兄だろう? 妹が苦しんでいるのを見抜けずに、安直な考えで「きっと大丈夫だ」と、「きっと上手くいく」などと考えていた自分自身が憎らしかった。また、情けなさすぎて深く後悔した。

 激しい自己嫌悪に士道のその場に立ち尽くした。動けなかったのだ。あまりの醜態に、琴里を救う資格が自分にあるのか分からなくなってしまった。

 

 そんな士道を立ち直らせたのは、琴里を支えていた女性——村雨令音だった。

 

 

 「……資格どうこうの話じゃない。シン、君は琴里を救いたいのかい? それとも……見殺しにしたいのかい?」

 

 

 その言葉に士道はすぐさま救いたいと答えた。それに対し、令音は「……なら、救えばいい」とだけ残し、士道をその場から遠ざけた。琴里の現状を士道が知った事を琴里に気づかれないようにするためだ。

 憐憫に接して欲しくなどなかった。ただ一人の義妹として、士道とデートしたかった琴里は最後まで士道に黙っていたのだ。それが知られたとなれば、それこそ精神が不安定になりかねない。

 だから士道は聞かなかったことにした。目の前にいるのは一人の妹。変に気負わず、兄として妹をリードする……それが士道の答えだった。

 

 

 

 

 

 そうして行われたデートは先程までとは一変変わったものだった。

 恋人同士の初々しさなど無く、気を許し合った家族と二人で遊ぶかのような対応を取った。琴里にとってはその方がよかったのだろう、先程までの彼女と今の彼女を比べれば一目瞭然だった。何せ今の琴里の表情から機嫌が良い事を伺えたのだから。

 

 「そういえば、遊園地で遊んだのなんていつぶりだっけか。暫くは来てなかった気はするけど……」

 

 「……五年前よ」

 

 「え?」

 

 「五年前、家族みんなで遊園地に来て以来、一度も来てはなかった筈よ」

 

 「……よく覚えてたな」

 

 「あ……た、たまたまよ! 遊園地で遊んでるときに、ふと思い出しただけなんだから!」

 

 「そうか……」

 

 「……士道?」

 

 何気ない一言によって、士道は思わぬ言葉を耳にする。

 ”五年前”。それには様々な意味が詰め込まれている。

 琴里が精霊になったのが五年前。また、琴里の霊力を封印したのも五年前。

 そして——

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――

 

 

 「「えっ!?」」

 

 それは突如として周囲に鳴り響いた。

 あまりのけたたましい音に周囲にいた人々が騒めき始め、その音の意味を理解した者達から次々にどこかへと走り去っていく。

 そして士道達も、即座にこの”警報音”が何なのかを理解した。

 

 「空間震警報!? なんでこんな時に——っ!」

 

 ベンチから慌てて立ち上がった士道は、この時に痛恨のミスを犯したことを思い出す。

 

 (しまった、インカムを……)

 

 〈フラクシナス〉との通信を取っていたインカムを、今の士道は持っていなかった。

 琴里の事情を聞いてしまった後、士道は〈フラクシナス〉のバックアップ無しにデートをすることにした。それは琴里に”指示の元で動いている”のではなく、”自分の意思で動いている”ことを琴里に知らしめるためだ。そうする為に、士道はインカムを投げ捨てていた。

 それがアダとなってしまい、士道は現状〈フラクシナス〉と連絡する手段を失っていた。琴里も今回はインカムを持ち合わせていない為、完全に〈フラクシナス〉と連絡を取り合うことが出来なくなってしまっている

 

 

 つまり、空間震が何処に落ちるのかを予測出来ない状況下にいるのだ。

 

 

 それならば〈フラクシナス〉に回収してもらえればと思うだろうが、それは出来なかった。

 忘れてはならない。今の琴里がどういった状態なのかを……

 最早琴里のタイムリミットは目前だ。いつ破壊衝動に吞み込まれるかわかったものでは無いのだ。そんな状態で〈フラクシナス〉に回収し、もしもそこで衝動を抑えきれなかった場合——〈フラクシナス〉は琴里の手によって墜落することになるだろう。そうなってしまえば、〈フラクシナス〉のクルーに留まらず、落下によって天宮市に住む者達にまで被害が届くかもしれない。

 故に、現状で〈フラクシナス〉が士道達に出来ることはなかったのだった。

 

 「落ち着きなさい士道。いざとなれば私が——」

 

 「駄目だ! 何があるかわからないのに、琴里を危険な場所に送れるか!!」

 

 「士道……でもっ……!」

 

 琴里が何をするのかはわからない。しかし、今の琴里が精霊の力を使って何かしようというのは察する事が出来た士道は、すぐさま琴里の案を否定した。

 例え何が起きようとも、例え空間震がこの場に落ちてきたとしても——士道はそれによって琴里を犠牲にすることを良しとしない。それでは元も子もないのだ。

 しかしこのままでは埒が明かない。どうにかして対処しようと思考を巡らす士道は——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——イフリート」

 

 現状で、最も出会いたくない少女の声を耳にした。

 

 息が詰まる。体が硬直する。更には手足が震えてきた。

 背後から聞こえた聞き覚えのある声。琴里からはおそらく見えているのだろう、その人物を確認すると、先程までの表情から一気に険しい表情へと変わり、同時に警戒を強めた。

 どうやら琴里も”彼女”が何故ここにいるのかがわからないのだろう。俺の背後にいるであろう”彼女”に対して不信感を抱き始めている。……そしてそれは俺も同じだった。

 ゆっくりと振り返る。今からでもいい、どうか”彼女”でない事を願った。——しかしてその願いは叶わなかった。

 

 それは……見覚えのある少女だった。

 今では毎日のように顔を合わせ、いつも十香と張り合っている少女。

 才色兼備と名高いものの、何処か常識人離れした思考を持つ少女。

 精霊から人々を守るために、武力によって精霊を殲滅せんする少女。

 そして——

 

 

 「……折、紙」

 

 「士道……」

 

 

 ——炎の精霊〈イフリート〉のせいで、両親が死んでしまったと語った少女、鳶一折紙が離れた場所に立っていた。

 

 

 「何しに……いえ、何故ここにいるのかしら?」

 

 「…………」

 

 俺が折紙の登場に身を強張らせていると、俺の隣に立った琴里が折紙に向けて疑問を投げ掛けた。それに対し、折紙は琴里を無言で見つめ返す。

 それは俺も気になったことだった。なんで折紙がここにいるんだ?

 空間震警報が鳴り、精霊がこの場に現れたのなら納得もいくが……それにしては折紙がこれから精霊と戦うようには思えなかった。

 まず警報が鳴っているのにASTの元へと向かおうとしない。服装も私服のままで、今から精霊を殲滅しに行く姿とは到底思えないものだった。あれでは精霊と戦うなど出来る筈がない。

 

 何か違和感を感じる。目の前の少女は本当に折紙なのか? そう思えるような……何かを折紙から感じた。

 

 「……五河琴里」

 

 琴里を見つめ続けていた折紙が、おもむろに琴里の名前を口にした。

 それに対して琴里は不審に思いつつも、何が目的なのかを聞くために折紙へ言葉を返そうとする。

 

 ——しかし、その返答は折紙の次の言葉によって紡がれることはなかった。

 

 

 

 「私は……私の両親は、五年前に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 「————ぇ」 

 

 

 

 琴里にとって、その事実は目の前を真っ暗にするには十分だった。

 

 折紙の両親は五年前、大火災によって命を落とした。

 その原因は——()()。燃え盛る自宅の中で、逃げ遅れた折紙の両親は命を落としたのだという。

 折紙もその時一緒にいたのだが、その場に居合わせた者によって何とか折紙だけは助かったらしい。それが誰なのか、折紙は語らなかった。

 

 「う、そ…………わた、し……が?」

 

 「こ、琴里!?」

 

 突如として落とされた爆弾発言に、琴里はその場に座り込んでしまった。

 折紙に言われたことが信じられない、信じたくないのだろう。しかし、折紙が琴里に向ける感情が、それが真実であることを物語っていた。

 

 「五河琴里……私は、貴方に復讐する。その為だけに……今日まで生きてきた」

 

 「——っ、やめろ折紙! それ以上は駄目だ!!」

 

 感情の波が溢れるかのように、折紙の口からは憎悪に満ちた言葉が溢れ出た。その全ては琴里へと向かって行く。

 琴里は折紙の言葉によって、既に心ここに在らずといった状態になっていた。体は震え、瞳が揺れ、言葉にならない声を漏らす。今は司令官モードであるはずが、既にその姿は憎悪に怯える少女の姿だった。

 俺は必死になって叫んだ。このままでは琴里の心が押し潰されてしまう。そうなった場合、何が起きるかはわからないが……俺の知ってる”五河琴里”が何処かに行って(消えて)しまうような気がしてならなかった。

 

 「頼む折紙! お願いだからもうやめてくれ! このままじゃ琴里が——」

 

 「知った事ではない。この五年間、ずっと私は両親の死に苦しんできた。たった数分の苦しみと同等になる訳がない。……私は復讐する。イフリートに、五河琴里に、私から両親を奪った精霊に……っ!」

 

 「折紙……っ」

 

 折紙の憎悪は深く、俺の言葉程度ではどうすることも出来なかった。

 それもそのはずだ。例え好意を持たれていようとも、たかが数か月程度の付き合いである俺の言葉では、五年間を復讐する事に費やしてきた折紙を今すぐどうこう出来る訳がなかったのだ。

 ——しかし、それで諦めてなるものか。このままでは琴里の心が耐え切れない。そして、復讐を成したとして、折紙はその後どうするというんだ? 生きる目的と言っても過言では無い復讐が消えてしまえば、折紙には何も残らない。生きる糧を失ってしまうのだ。それでは折紙が生きようとすることを放棄するかもしれない。

 

 駄目だ……駄目だ駄目だ駄目だ!!

 どっちも駄目だ! 琴里か折紙のどちらかがいなくなるなんて駄目だ!

 

 どうにかして二人が無事にする方法を探さなければいけない。そうしなければ、二人のどちらかが……下手をすれば二人とも無事では済まない。そんなものは認めない。そんな現実、俺は否定する!

 

 

 しかし、そんな俺の決意を砕くかのように——それは行われた

 

 

 「——だから、私も同じことをする」

 

 

 

 

 

 ——〈神威霊装・一番(エヘイエ—)〉——

 

 

 

 

 

 「——え?」

 

 それは唐突に起こった。

 折紙が何かを呟くと、彼女を中心に眩い光が生まれ、一瞬の内に体が包まれた。

 純白の光に包まれた折紙。そしてその光が止んだ後——彼女は姿を変えていた。

 

 「なん、で……」

 

 理解し難い事が起き、とうとう俺の思考が追い付かなくなった。

 

 

 折紙が宙に浮いている。純白のドレスを身に纏って——

 

 

 「貴方は私から両親を奪った。……その苦しみを、お前も味わえ」

 

 

 まるで花嫁衣裳のようなその姿は、その美しさに見る者の視線を釘付けにさせ、引き込んでいく。そんな錯覚を覚えさえする程に、今の折紙は()()()()()()に生まれ変わっていた。

 これではまるで——

 

 

 「五河琴里。私は貴方から——()()()()()()()()()。それが私の復讐だ」

 

 

 ——精霊、じゃないか……

 

 





 とうとう発覚。実は折紙さんは精霊だったのだー(棒読み)

 はい、という訳で次回は折紙さんVS琴里(狂)ちゃんだよ! お楽しみに!



 あ、今更ですが、挿絵タグつけておいた方がいいですかね? ……いいですよね。つけときます。

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