俺が攻略対象とかありえねぇ……   作:メガネ愛好者

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どうも、メガネ愛好者です


千歳さんは今回、水着を着ないと言ったな?


アレは嘘だ


第五話 「気を緩めすぎだって? 知ってる」

 

 

 「おおお! 凄いなこれは! 建物の中に湖と山があるぞ!」

 

 「み、水が、いっぱいです……!」

 

 目の前に広がるプールやアトラクションの数々に、十香と四糸乃は目を輝かせている。二人の反応を見るに、こういった施設に来るのは初めてなのかな? 水着を買いに行く時も、十香と四糸乃は水着が何かわからなかったぐらいだし…………まぁいいか。別にそれが悪いって訳じゃないし、俺が気にしてもしょうがない。とりあえず十香達が満足すれば万々歳だ

 

 

 

 ——さてと、やってきましたぜオーシャンパーク。今は屋内のウォーターエリアにて、先日各々が選んだ水着を身に纏ったうえで集まってます

 この場に集まっているのは五河の家の隣のマンションに住んでいる十香達三人と、最早溜まり場と化したあの部屋に居座るくるみん達三人、そして俺を含めた計七人だ。ゲームとかなら二組ぐらいパーティーが出来る人数だな

 まぁせっかく遊ぶんなら人数は多い方がいいだろう。都合の良い事に、今の時季はプールに入りに来る人などそうはいない。周囲を見渡しても然程人はいないのだし、この大所帯で行動しててもそうは迷惑にならないさ

 これなら俺の負担もある程度は軽減されるだろう。人が多ければ多い程、こう言った場所ではトラブルが付き物だから、今の状況は俺にとって好ましいのだ

 よし、これなら少しぐらいだらけても問題はないだろう。最近はどうにものんびりする暇がなかったし、こういった時間を有効に使おうじゃないか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ほらほらお母様、ワタクシ達も十香様達に続くとしましょうか」

 

 「……だるい」

 

 「ほーらっ、せっかく()()()()()()()()()()私達と泳ぎましょ? ねー千歳さん♪」

 

 「……なんでこうなったのかな?」

 

 「あんたの自業自得よ、バカ」

 

 

 ——まぁ、そんな時間なんて俺には与えられてないんですけどね。はははは……

 

 

 この場には、水着を身に纏っている少女が……()()いる

 

 藤色の一般的なタイプのビキニを着た十香

 淡いピンク色のワンピースタイプの水着を着た四糸乃

 白いラインの入った黒のタンキニを着たよしのん

 紐が首の前で交差している白色のビキニを着たくるみん

 月のような淡黄色のバンドゥビキニを着たミク

 橙色を中心とした花柄のフレアビキニを着た七罪

 そして——

 

 

 「とても良くお似合いですわ。流石はお母様です!」

 

 「ですねー。やっぱり千歳さんは普段からオシャレをするべきですよー」

 

 「めんどくさいでござる」

 

 「ホント、不公平な話よね。人が悩んでる事を身嗜みを整えただけでさも当然のように実現させてくれちゃってまぁ……」

 

 「なんかごめんなさい」

 

 

 

 ——藍色のチューブトップを着た千歳()だった

 

 

 

 おかしいなぁ……俺はプールに入る気なんて、ましてや水着を着る気なんてなかったのに……なんで着ちゃってるんだい千歳さん?

 ……うん、わかってる。わかってるんだ。こうなったのも全て、俺の自業自得なんだってことは重々わかってるんだよ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——それは数時間前に遡る——

 

 五河に要件を伝えた後、俺はとりあえずそのまま五河家に居座って十香達が来るのを待ってたんだわ。どうせ五河達と目的地は同じなんだし、せっかくだから一緒に行こうかなって思ったのが事の発端だ。後は俺がいる事に驚く十香達の顔が見たかったってのもあるかな? 十香辺りは気持ちの良いリアクションをしてくれるだろうからね。ちょいとばかし悪戯心を刺激されてしまったのだ。仕方ないね

 そんな理由で朝食の準備をしていたところでやってきた十香達は、案の定俺がいる事に驚き半分、嬉しさ半分と言ったようなリアクションを見せてくれた。花開くかのような三人の笑顔はとても微笑ましく眩しかったです。守りたい、この笑顔

 

 あ、因みに朝食の準備は俺も手伝ったよ。ただ待ってるだけってのも暇だったし、俺と話してたせいで時間も結構経ってたからな

 そんな訳で、基本的に俺が五河の指示の元に二人で朝食を作ってたんだが……ここで一つ、驚くべき事実が発覚した

 

 ——五河が俺なんて目じゃねぇ程の家事スキルを持ってやがったんだ

 

 料理に洗濯、掃除も出来ると主婦要らずなスキルの数々を、俺は目にすることとなった

 特に目を惹いたのは料理の腕前だな。五河が手早く作ったオムレツが予想以上に美味かったのが印象的です。最早店に出せるんじゃねーかってレベルについ無言で食べ進めてしまったよ。十香達はあれを毎日食べてるのか……少し羨ましいかも

 

 そんな五河の腕前に、俺はどうやったらここまでの技術を身につけられたのかを何気なしに聞いてみたんだが……そこまで特別な理由は帰ってこなかったわ

 どうやら五河達の両親は、多忙なのか普段から家に帰らないみたいなんだ。それで五河が親御さん達の代わりに家事を肩代わりしていたら、自然とここまでの腕になったのだという

 なんかデジャブ——ていうか前世の俺と似た理由だったわ。俺の方も仕事の都合で両親はほとんど帰ってこず、その間の家事は俺がほとんどこなしていたからね。なんか五河に親近感を覚えてしまった瞬間だった

 因みにだけど、俺が手伝うって言った時、五河は予想外だったのか驚きに声を上げていた。てっきり食べる事しか出来ないと思ってたんだろうね。失礼な奴め

 まぁしょうがないっちゃしょうがないか。俺自身、自覚があるぐらいにはガサツな性格だからな。五河が意外に思っても不思議な事じゃあないだろう

 それに、俺は何処まで行っても「人並み程度には作れる」ってしか答えられないからそこまで言い張れる事でもねーんだわ。元から言い張る気なんてないけど、一応確認の為に言っておく

 ……ただ、やっぱりなんか納得出来ないところはある。俺なんていくら作っても平凡以上の出来にしかならないって言うのに、五河は作るごとに腕を上げていって……不公平じゃね? これも才能の差って奴なのか? なんか悔しい……

 

 ——っと、話がそれたな

 とりあえずだ。俺は五河家で朝食を済ませた後、時間を見て待ち合わせ場所に向かったんだ。勿論五河達も一緒だ

 その道中、十香達とは様々な話を交わした

 俺もそうだが、十香達は十香達で話したいことが山ほどあったらしい。今の生活の事とか学校での事などを中心に、四人で話を盛り上げていった。五河はそんな俺達の会話の邪魔にならないようにと、一歩下がったところで眺めていたみたいだけど……別に邪魔だなんて誰も思わないだろうから、気兼ねなく会話に混ざればよかったのにって思うのは俺だけじゃない筈

 

 そうして俺達が和気藹々と待ち合わせ場所に向かっている最中に——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おがあざまああああああ!! ご無事でずかああああああ!!」

 

 「うわああああん!! 千歳さんっ、よかったですぅぅぅぅぅ!!」

 

 「ちょ——どうしたお前等!? 何なの急に!? なんで二人共俺を見た瞬間大号泣すんの!?」

 

 「私が言えるのは…………全部あんたが悪い」

 

 「なんでぇ!?」

 

 ——顔を涙と鼻水でくしゃくしゃにさせながら俺の元に突っ込んでくるくるみんとミク、その後ろから呆れた表情で辛辣な言葉を突き付けてくる七罪と合流するのであった

 

 何故こうなったのかと言うと……七罪の言う通り、俺が原因だったんだ

 昨日、俺達(正確には俺だけ)が鳶一と遭遇した時に、俺はくるみん達をあの場から離脱させた。ミクと七罪が精霊だとバレていないかもしれないのだから、無暗に鳶一と会わせるのは不味いかなって思った故の行動だ

 そこまでは良かったんだ。でも……その後の俺の行動が問題だった

 

 その後、俺は鳶一と言葉を交わし合い、オーシャンパークの下見に行った後は五河家に直行した。——くるみん達へ何の連絡もしないままに、だ

 

 つまり、くるみん達はあの後からずっと俺の帰りを待っていたんだ

 下手に鳶一を刺激しては何があるかわからないと、くるみん達は部屋で待機し、俺の無事を祈りながら待っていたんだ

 しかし、朝になっても俺は帰ってこなかった

 それに流石のくるみん達も不安を覚え、こうして探しに来てくれたのだという

 

 …………うん、本当にすまなかった

 スッカリ頭から抜け落ちていた。あの時はもう鳶一の事で思考のほとんどを持ってかれてたからな。他は五河妹の事だったり明日の事だったりと、目の前の事ばかりに気を取られていた

 別に俺は三人に迷惑をかけようとか、心配をさせようなどとは考えていない。俺の事を慕ってくれる三人を邪険に扱おうだなんて、そんなことは望まない。……ただ、良かれと思ってやっていることが、どうにも裏目に出てしまうのだ

 俺が何かしようとする度に、俺の気づかないところで何かしらの問題が起きてしまう。その結果、思わぬ迷惑をかけてしまうようなんだ

 考えが浅いってことなんだろうけど、俺としては深く考えた上で動いてるつもりなんだけどなぁ…………もしかして、俺は何も考えずに突ッ走った方がいい結果を出せるタイプなのかも。……え? 余計に悪化するって? 知ってる

 

 とにかくだ。くるみん達に迷惑をかけてしまった以上、俺は出来る限りの誠意を彼女達に見せるべきだと思ったんだ。それが筋ってもんだからな

 そんな訳で、俺は三人に深く謝罪した後、今回の事を何かしらの形で償うと約束しました。簡単に言えば、三人のお願いをある程度なら叶えると言うものだ

 今の俺に出せる手札なんてこれぐらいしかなかったからな。何でもとは流石に(何をされるかわかったもんじゃねーから)言えないが、ある程度ならくるみん達の要望を無条件で聞くつもりだ

 一人につき一回。有効期限などはなく、困った事や叶えたい事があった時にいつでも使えると言うこの提案を、三人は渋々と言った感じで了承してくれた。それでも迷惑をかけてしまった頃で、多少物腰が低くなってしまっている千歳さんである

 

 

 ——そんな訳で、俺はこうして水着を着させられているという訳だ

 

 

 ……え? だからなんで水着を着てるのかだって? そんなの今の提案を早速使われたからだよ

 流石に予想外だわ。まさか俺に水着を着させたいが為に使うとは思わなかった。もっと何かマシな願い事は無かったのだろうか……あ、因みに今回の願い事はミクによるものだ。晴れ晴れとしたいい笑顔で言って来たわ

 うーん……気のせいかな。なんかさ、上手い事こうなる様にと誘導されたような感じがするんだよなぁ。だってあんなに泣いてた筈のくるみんとミクが、俺からの提案を聞いた瞬間にすぐさま泣き止んだんだもん。「まぁいいでしょう」とか「仕方ないですねー」とか言って渋ってた割に、二人の様子は生き生きとしてたからな。……まぁ今回は俺に非があるから甘んじて受けるけどさ

 

 因みに、俺が今着てる水着は先日ミクが最終的に選んだ水着のようだ。思ってたよりもデザインはシンプルな感じで、下はショートパンツタイプだったから抵抗感も然程ない。だからまぁ……別にいいかって思っちゃったんだよ

 勿論俺は、水着を着るだけで留めておくつもりだったよ? 皆を見守りつつのんびりしてようとは思ってたけど、遊ぶつもりなんてなかったさ

 でもな? そんな俺の考えを読んでいたと言わんばかりに、今度はくるみんが願い事を伝えてきたんだよ

 

 「先日ワタクシ達をほったらかしにしていた分、今日は目一杯構ってくださいまし。つまりはお母様もプールに入りましょう」

 

 「え……でも今日俺は——」

 

 「お・ね・が・い、ですわ♪」

 

 「でもなぁ……」

 

 「別に入るなとは言われていないのでしょう? ワタクシやミクちゃんもフォローいたしますので、どうかお母様も今日と言う日を満喫してくださいまし」

 

 「……わかった」

 

 ここまで言われたら……ね。断りにくいじゃん

 本心を言えば、俺だって皆とワイワイ遊びたかったさ。でも五河達の事を考えると、俺だけいい思いするのも気が引けたんだよ。それに、いつ何時トラブルが起きるとも限らない。遊んでたらそれに気づくのが遅れちまうだろ? つまり、俺は”遊ばない”じゃなくて”遊べない”んだ

 

 だから俺は——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぃ~……あー……いいわコレ、すげーきもちぃ……」

 

 「あ、あの……お母様? その、申し上げにくいのですが……些か親父臭いですわよ?」

 

 「あー? いいだろ別によ~。プールには入ってるんだし、満喫もしてるんだから文句なんて言わせんぞー」

 

 「……なんだか納得いきませんわ」

 

 

 ——ジャグジープールにてのんびりする事にしたのでした

 

 

 プール内の側面から吹き出る気泡が俺の体を包み込み、何とも言えない心地良さを俺に与え続けてくる

 それはまさに極楽浄土。浸かれば浸かる程に体が引き込まれていくようなその感覚は、いわば無限の蟻地獄

 

 ハッキリ言おう。——もうなんかいろいろと、どうでも良くなってきたわ

 

 ずっとこのまま浸かっていたい。周囲のしがらみや悩みなんか忘れて、このままグータラしていたい。……あー駄目だ、このままだと駄目人間になりそうでヤバい

 ……え? 元から駄目人間だって? 知ってる

 

 「はふぅ……やっぱりお風呂って最高だわぁ…………あ、お風呂じゃなくてプールかコレ。……まぁどっちでもいいかぁ」

 

 (あ、でもこれはこれで……クフフッ、役得ですわねぇ。まさか、思わぬところでお母様の蕩け顔を拝顔する事になろうとは……)

 

 とりあえずはここでのんびりしつつ、十香達の様子を見ていよう。運が良い事に、ここはウォーターエリアの隣にある温泉エリアだ。精霊になってからは視力も高まってる為、見えてさえいれば【(ビナス)】ですぐに駆けつける事が可能だ。マジで【(ビナス)】便利すぎてもうこの能力さえあれば十分じゃね? って思えてくるよ。なんやかんやで他の力はあんまり使わんしな

 

 ……〈瞳〉、か

 他の精霊にはない俺だけの能力

 他の精霊にも影響を与える謎の能力

 おそらくは神様が与えてくれたもんなんだろうけど……最近、少し疑問に残る事があるんだよなぁ

 

 

 ()()()()使()()()()()()()()()

 

 

 別に天使と〈瞳〉で分ける必要は無かったんじゃないのかって思うんだよ。明らかに〈瞳〉ってこの世界にとって異質な力だし、俺以外の精霊は俺から〈瞳〉が譲渡されない限り使えない筈だ

 そもそもな話、封印されなきゃいけない程に危険な天使を何故神様は与えたし。意味がわからん 

 

 「……今考えてもしょうがない、か」

 

 一旦考える事をやめた俺は、顔を上に向けて天井に取り付けてある照明を何となしに見つめる

 別にこれと言った理由はない。ただ何となしに見つめているだけだ。……それなのに、何故か俺は呆然と見続けてしまう

 

 なんでだろうか……それがどうにも落ち着いてしまう

 何もせずただボーっとしている事が……酷く心を落ち着かせる

 お風呂に入る時や、昼寝をする時などの心地良さじゃない

 これはきっと——

 

 

 

 

 

 「……お母様、流石に気を緩め過ぎかと」

 

 「うん? ……っと、そうだな。流石にだらけすぎか」

 

 いかんいかん、あまりにも気持ち良すぎて緊張感が抜け落ちてたわ。これだと咄嗟の判断に支障をきたすな

 今日は何が起こるかわからない以上、あまり気を抜いてはいられない。特に鳶一に関しては尚更油断が出来ねーからな。もしもな事態になりかけた際、俺も介入せにゃならん

 さてと、んじゃ本来の役割を全うするとしますか

 

 「とはいうものの、ジャグジーに入り浸る事には変わりませんのね」

 

 隣からもの言いたげな目を向けてくるくるみんを無視しつつ、俺は再び十香達の様子を伺うのだった

 ……え? 真剣みがないって? 知ってる

 

 

 

 

 

 

 

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 ジャグジープールにて脱力しきった千歳のすぐ近く、フードコートにて早めの昼食を取るものがいた。七罪と美九だ

 彼女達は精霊である為、別に食事をとる必要は無いのだが……こういうのは気分の問題なのだろう。ミクなどは元が人間であると明確に自覚している為、必要がないからと言って食事を抜くことに抵抗がある様にも感じられる

 そんな彼女達二人は、ある一点に視線を送りながら用意されたサンドイッチを口に運んでいたのだった

 そして、その視線の先にあるものと言うのが——千歳だ

 

 「だらけきってるわね、あのバカ。きっと周りの視線に気づいてないわよ?」

 

 「そうですねー。ご自身がどんな表情をしているのか、全然気にしないところとか、まさに千歳さんって感じです」

 

 おそらく千歳は気づいていないのであろうが、彼女の周りにいる人間……異性同性問わず、通り過ぎる者達の視線は千歳に向けられていた

 言い過ぎではない。千歳の顔を知るものならわかるが、彼女は自身が思っている以上に整った顔立ちをしているのだ。それに千歳は気づいて——いや、自覚していない

 キリッとした目つきに形の良い鼻や口、各部のバランスも申し分は無く、それはまさに美少女と言える風貌であった

 普段の第一印象としては、凛々しくも可愛げのある雰囲気であり、言ってしまえば中世的な顔つきだ。男らしくもあり、女らしくもあるような特徴を持っている。故に千歳の顔つきと言うものは、異性は勿論、同性受けもするのだ

 

 そんな美少女が、無防備にも蕩けた表情を見せていればどうなるか? つまりはそういう事である

 

 「あんなんじゃそのうち襲われるわよ? あいつ」

 

 「千歳さんなら返り討ちでしょうけどねー。……まぁそれでも? 私としては、あんまり千歳さんの素敵なお顔を……そこらの有象無象に見せたくはないんですけどねー」

 

 「……あっそ」

 

 美九の言葉に、七罪はまるで興味が無いかのように相槌するが……その表情は、美九の言葉に反応してか、何処か険しかった

 

 

 その理由と言うのも——目の前でこちらに見向きもせず、恍惚な表情で千歳を見つめている美九にあった

 

 

 美九は不意に、あからさまな嫌悪感を、千歳に視線を向ける者達へと吐いていた。その瞳には千歳以外を映しておらず、その周囲にいる者など端から眼中に存在していないかのように映していない

 有象無象、まさにその通り。美九にとって、千歳と彼女が慕う者以外は全てが塵に等しかった

 

 

 ——だから美九は、幼い頃からの夢だったアイドルをやめたのだ

 

 

 千歳が傍にいない。千歳が聞いていない。自分にとって、最も大切な彼女がいないライブなど――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 美九にとって、最早千歳は無くてはならない存在だった

 彼女が欠けた時間など考えられない。彼女がいない事が堪えられない

 盲目的に、妄執的に、美九は千歳を想っている

 

 

 故に——誘宵美九は、”歪んでしまった”

 

 

 美九が千歳に向けるそれは、最早親愛の域を超えている

 普段は抑えているものの、それはまさに——”依存”であった

 今も尚、千歳が気づかぬところで美九は向ける。狂い歪んだ愛憎の想いを、千歳に悟られぬように向けている

 そう、”愛憎の想い”を……

 

 

 そして、そんな美九と同じ席に着く七罪もまた……歪み始めていた

 

 

 (……なるほどね。確かにこれは……下手に使われる訳にはいかないわね)

 

 美九の様子を見た七罪は、昨晩の事を思い出す

 駆瑠眠と美九に告げられた————千歳の()()()真実を

 

 

 

 

 

 ————————————

 

 

 

 

 

 それは昨晩の事だった

 千歳が一人で単独行動に出ている際、三人は今日の事で話し合っていたのだ

 その話題と言うのが——

 

 「……ねぇ」

 

 「なんでしょうか? 七罪様」

 

 「……”アレ”は何?」

 

 七罪は駆瑠眠に問いかける。数刻前に千歳の身に起きた——()()の事を

 その問いかけを耳にした駆瑠眠と美九。その時の彼女達の反応は——普段見せるものとは決して異なるものだった

 

 「——っ」

 

 その二人の様子に、思わず息を呑んでしまう七罪

 それは今までに見た事が無く、普段からは想像もつかない変貌ぶり。そう思うのも無理はない

 

 

 二人の表情から、感情と言う感情が全て抜け落ちてしまったのだから

 

 

 それは人に向けていいものではなかった。人を人として見ていないその表情は、この数日の間で距離が縮まっていたと思っていた七罪の心を簡単に突き放そうとしていた

 そんな折に告げられた言葉。美九は黙り、駆瑠眠が紡ぐその言葉によって、七罪の離れ掛けた心は一時的に踏みとどまる事になる

 

 「……七罪様。一つお伺いしたい事があります」

 

 「な、何よ……」

 

 「七罪様は……お母様が好きですか」

 

 「…………ぅえっ!?」

 

 予想と反したその回答に、思わず七罪は変な声を上げてしまう

 きっと雰囲気からして「出て行け」などと言われるのだと思っていた七罪にとって、予想もしない不意打ち気味な言葉に慌てふためいてしまう。……それでも七罪は、言われた内容をしっかりと脳内に留めていた

 

 千歳が好きか、嫌いかの二択

 その答えは既に決まっている。しかし、それを言う気恥ずかしさに七罪は口籠ってしまうのだった

 今まで自分の感情を誰かにぶつけた事なんて滅多になかった七罪にとって、その回答を口にするのはハードルが高すぎたのだ。本人がいないとしても、恥ずかしい事には変わりない。故に七罪は躊躇ってしまうのだが……

 

 「「…………」」

 

 七罪を見つめるは二つの視線

 数刻前まで向けられていた温かい眼差しとは違い、無機質に物を見るようなその視線に、七罪は焦燥感を覚えてしまう

 このままでは駄目だ。このまま黙っていたら、この数日間に得たものを全て失ってしまう。……そんな強迫概念染みた眼差しを、二人は七罪に向けていたのだ

 

 意を決する。もう後戻りは出来ない

 こうなれば思うがままに、自分の心に素直になってやろう。そう言った開き直りによって、七罪は数秒の間を置いた後に二人へと自身の想いを告げたのだった

 

 「……最初は、図々しい奴だと思った」

 

 「……?」

 

 「ううん、今でも十分に図々しい奴だと思ってる。無遠慮に人のデリケートなところに踏み込んでくるわ、こっちの意思を無視して振り回すわ、挙句の果てにはあんな一方的な約束まで交わされることになって……ホント、自分中心で考えるの、迷惑だからやめてほしいわ」

 

 好きか嫌いかの二択を言うだけの事だった

 しかし気づけば……七罪は、二人に自分の胸の内を明かしていたのだった

 

 それは紛れもない、七罪の想い

 七罪が千歳に向ける、嘘偽りのない想い

 

 「……でも、ね。嬉しかったの。今までこんなに構ってくれる奴なんていなかった。会う奴はどいつもこいつも見た目ばかりで判断して、本当の私を相手にする奴なんていなかったけど……あいつや、あんた達は私のこの姿を知っても変わらずに相手をしてくれた。それが凄く……嬉しかった」

 

 千歳だけではない。駆瑠眠も、美九も、七罪にとって彼女達は——

 

 

 「——好きよ。好きなのよ。馬鹿で阿呆で能天気だけど、そんなあいつが……千歳が好き。好きなの。好きになっちゃったのよ……」

 

 

 ——愛すべき”家族”になっていた

 

 

 胸の内を全て曝け出した七罪。その言葉に誤りはなく、七罪は心の底から三人の事を好きになっていた

 出会いは最悪、その後の対応もお世辞に良いとは言えなかった

 しかし、そんな彼女達と過ごすうちに……七罪は心を満たしていった

 

 今の姿では誰にも相手にしてくれなかったが故の孤独。天使の力で姿を変えたところで、その孤独は無くならなかった。寧ろ虚しさばかりが心に溜まっていく

 それも当然だった。例え姿を変えたところで、それは偽りの自分だ。そんな自分に好意を寄せられたところで、本当の意味で心が満たされる訳もない

 だからこそ、七罪にとって千歳達は初めての”繋がり”だったのだ。それを失うなど……今の七罪にはもう無理だ

 

 「……七罪様、申し訳ありませんでした」

 

 「……ぇ?」

 

 「私も言わせてください。ごめんなさい、七罪ちゃん」

 

 「え、え? な、なんであんた達が謝るのよ……?」

 

 そんな七罪の想いを一身に受けた駆瑠眠と美九は、深々と七罪に頭を下げた

 突然の行動に七罪は困惑する。何故好きだと言って謝られるのかがわからなかったからだ

 

 「七罪様を試すような真似をした事への謝罪です。どうかお許しくださいませ」

 

 駆瑠眠が何故謝罪してきたのかを述べたところで、七罪は気づいた

 二人の表情に……感情が戻っている

 

 「……どういうことなの?」

 

 「……お母様の”アレ”を、無暗矢鱈に情報を広める訳にはいかないのです。例えお母様が慕う者とて、それに例外はありません」

 

 「ですから、この事を知ってもいいかどうかを試したんです。千歳さんに不貞を働く輩かどうかを判断する為に……」

 

 つまり、先程の二人の対応は七罪が千歳の事を知って良いかどうかを判断するものだったようだ

 もしもあの場で軽く返答を返そうものなら、二人は七罪に千歳の秘密を話す気など無かった。寧ろ本当に追い出すつもりでいた

 それを知った七罪は安堵と同時に、もしも適当に返してたらどうなっていたのかと、人知れず二人に恐怖を抱いたのだった

 

 「それでは語りましょう。いいですか? これから言う事は他言無用……それは()()()()()()()()ですわ」

 

 「あいつにも?」

 

 「えぇ。だって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——()()()()()()()()()()()()()()——

 

 




千歳さんの真実とはいかに?
詳しくは次回にて

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