俺が攻略対象とかありえねぇ……   作:メガネ愛好者

26 / 46
メガネ愛好者です

今回は千歳さんのデート回になりますが、前半は少し別視点はいります
そして後半なのですが……千歳さん、久しぶりにやりすぎます
正直やりすぎてこの後どうしようかと迷走したりもしています。自業自得か

それでは


第四話 「遊び(暴れ)すぎ? 知ってる」

 

 

 ——とある精霊マンションの一室にて——

 

 「……すぅ……ん……」

 

 「よしよしよしのん……っと」

 

 四糸乃と詠紫音はリビングのソファーで寄り添いながらテレビを見ていた

 しかし、テレビを見ていたことで眠気を誘われたのか、四糸乃は徐々に頭で船を漕ぎ始めていく

 そしてとうとう眠りに落ちてしまった四糸乃はそのまま詠紫音の肩にもたれかかり、そんな四糸乃を起こさないようにとゆっくり自身の膝の上に四糸乃の頭を誘導する詠紫音。所謂膝枕をすることにしたのだった

 詠紫音は四糸乃の眠りを妨げぬ様にテレビを消し、優しく四糸乃の頭を撫でていく。その光景は、さながら妹を寝かしつける姉のようだった

 

 「……十香ちゃん達は、今頃シドー君とデートかぁ……いいなぁ」

 

 そうして四糸乃を膝の上で寝かせていると、不意に詠紫音が言葉を漏らした

 その言葉はこの静まり返る部屋の中では良く響く事だろう。……その僅かながらの嫉妬が含まれた言葉が

 しかし、今この場には詠紫音と四糸乃の二人しかいない。その上四糸乃は眠っている以上……その言葉を耳にする者はいなかったのだった

 

 

 

 

 

 正直に言うと、詠紫音も士道とデートをしたかった

 

 現状、詠紫音の日常は実に穏やかだ

 堕天使としての力を士道の中に置いてきている為、詠紫音から霊力反応が感知されることはない。その為、詠紫音はASTから襲われる事も無い平穏な日々を暮らしていた

 それに不満がある訳ではない。ただ……時折だが、詠紫音は今の現状に”物足りなさ”を感じてしまう事がある

 勿論皆と過ごす毎日は楽しくはある。もしも何かが違えばこのような平穏な日常に身を費やす事にはならなかったのだるから、今の生活は詠紫音にとって十分に満足な物ではあるのだ

 それで”物足りなさ”を感じてしまうという事は……詠紫音が何かを求めていることに他ならないだろう

 では詠紫音が欲しているものは一体何なのか? ——それこそが今詠紫音が抱いた願望だった

 

 詠紫音は単純に士道(想い人)と二人だけでいる時間を欲している

 四糸乃との時間はほぼ丸一日あるものの、士道と二人きりになれる時間は二日に一度の就寝時と起床時ぐらいのものだった。それ以外の時間は大抵他の子が士道の周りにいつもいる為、詠紫音が求める時間を得られるのはその時ぐらいのものだった

 それに不満がある訳ではない。他の子達(十香達)を邪魔に思う訳でもない

 

 

 それでも……それでもなのだ

 

 

 昨日、そして一昨日の間に交わされたデートの約束。その約束が……詠紫音にはとても羨ましいものだった

 彼との時間を——士道と二人きりになれる時間を得る事が出来るそれを、詠紫音の心はこの上なく求めているのを自身でもハッキリと気づいている

 

 ”ボクも皆みたいにデートがしたかった”……その言葉が頭の中で飛び交い、現在デートが決行されているであろう今この時でさえもその想いは消える気配が無い

 

 

 しかし、それでも詠紫音が士道にデートを申し込む事はなかった

 

 

 確かにデートはしたい。士道と二人きりになれる時間が欲しくて堪らない

 もしも詠紫音が士道を誘ったとすれば、もしかしたら皆と同じ様にデートが出来たかもしれない可能性は十分にあったんだ

 

 ……それでも詠紫音は言わなかった。これ以上、士道の負担をかけたくなかったから

 

 今現在、士道は四人の少女とデートをしている。四人一緒のデートではなく、四人それぞれが士道と二人きりのデートを楽しんでいる

 そんな無茶苦茶なデートを〈フラクシナス〉が支援してくれているとはいうものの、士道にかなりの負担がかかっている事には変わりないだろう

 もしもそんな状態で自分も加わってしまえばどうなるか? ……考えずとも予想が出来てしまう

 だからこそ詠紫音は士道をデートに誘うことをしなかった。——出来なかったんだ

 

 確かに二人きりになれる時間は欲しい。今でもそれは変わらない

 ——でも士道が苦しんでまで求めるのは嫌だった。自分が楽しくても士道が辛い思いをしてしまうぐらいならしない方がいい

 だからこそ今回は誘わなかった。彼女達のデートの事で茶化して自身の心がデートを求めている事を隠し続けた

 結果として詠紫音が士道とデートをする事にはならなかった訳だが……今こうしている間にも士道は彼女達とデートをしている事を考えてしまうと、やっぱりどうしても羨ましく思ってしまう

 

 この想いは今のところ誰にも悟られてはいないだろう。……いや、もしかしたら四糸乃は勘づいているかもしれない。四糸乃は詠紫音の事になると勘が冴える傾向があるし

 まぁ勘付かれたところで詠紫音がする事は変わらない

 今はただ……ただ我慢する事だけだ

 きっとそのうち機会が訪れるだろう。その時に士道との時間を取れるのだと考えれば少しは気持ちも軽くなる

 ……それでも詠紫音の心は彼女達を嫉妬して止まなかった

 

 「……ホント、どうかしちゃってるなぁ……」

 

 自身もデートをしたかった故に羨望してしまう。考えないようにすることなど詠紫音には出来そうになかった

 本当に、元が天使であったとは思えない変貌振りであろう

 

 ……その感情が、詠紫音が抱える悩みを増長させてしまう事になっているのだが……

 

 

 

 

 詠紫音は今二つの選択に頭を悩まされている。……彼女に生まれた感情が、本来行うべき役割の妨げとなっているが故に

 

 彼女は元々天使である。宿主(四糸乃)に仇なす敵を撃ち滅ぼす絶対的な矛であり、それは堕天使と化した今でも変わる事はない

 しかし、今は四糸乃の矛であると同時に彼女——堕天使の母である”あの方”の子でもあるのだ

 この詠紫音と言う人格も言ってしまえば”あの方”が生み出した人格だ。故に”あの方”——千歳が詠紫音の母と言っても過言ではないだろう

 

 

 だからこそ……千歳の守護を放棄してしまった自身が、このままぬるま湯のような日常に浸かっていてもいいのかと考えてしまう

 

 

 自身に与えられた彼女の〈瞳〉。そこにある知識に自身の”行うべき役割”が刻まれていた

 しかし、こうして千歳から離れて自分の()のままに四糸乃や士道達と一緒にいるのはいい事なのか? ……そんな悩みがどうしても頭から離れない

 

 一昨日の夜、パペットから天使へと意識を移してから初めて詠紫音は千歳と邂逅した

 パペットに”よしのん”と言う自我を宿し、堕天使に自我を与えるきっかけを作った少女。彼女がいなければ詠紫音はこの世に生まれなかったかもしれない

 そんな千歳との再会によって、詠紫音は深く考えていなかった己の役割を——〈瞳〉の役割の事を改めて思い出す事となる

 

 

 故に悩んでしまう。四糸乃や士道達と紡ぐ平穏な日常をこのまま続けていいものなのかと……

 

 

 わがままを言うと、〈瞳〉の役割とか関係無しに士道達との日常を謳歌したい。このまま平穏無事に彼等と一緒にいたい……それが詠紫音の願いだ

 それを千歳が聞けば二つ返事で了承することだろう。自身に縛られず自由にしてもいいと、千歳の性格上そう言うに違いない

 だからこそ詠紫音は簡単に答えを出せないでいる。千歳の優しさに甘える事で、千歳に迫る危機に気づけないまま最悪の事態を迎えてしまうかもしれないが故に

 

 本来〈瞳〉の役割は彼女の〈心蝕霊廟(イロウエル)〉に施された封印の監視だ

 だが〈瞳〉の性質によって他の精霊へ譲渡されるケースがあり、今回詠紫音が自我を持つ結果となったのもそのケースに該当する

 そしてそこから様々な要因によって詠紫音は四糸乃から独立し、四糸乃自身の願いによって行動に縛りが無くなってしまったのが今の現状だ

 そんな今、四糸乃から完全に切り離されて独立した存在となったのだから、再び千歳に宿る天使の監視に向かうべきなのではないかと悩んでしまうのだ

 

 つまりは士道(想い人)四糸乃(宿主)との時間を欲っした結果、千歳()の事を切り捨ててしまいかけている。ザックリ言うならそういう事なのだ

 自身の心を優先するか、母の安全を優先するか

 それが今の詠紫音が抱える悩みだった

 

 「……時間はまだある。うん、まだ大丈夫……」

 

 詠紫音は一昨日に千歳と会ってからずっとこの調子だ

 今の捨てがたい日常に出すべき選択を後回しにしてしまい、今はまだぬるま湯に浸かっていたいと突き付けられている選択肢から彼女の心が逃げてしまう

 千歳のおかげでこの世に生まれ出でた事には感謝している。——だからこそ、詠紫音はどうにも危機感の薄い千歳を”視守りたい”と考えてしまうのだ

 しかしそれは、士道や四糸乃との時間を減らしてしまう事を意味している。もしかしたら無くなってしまうかもしれない

 彼女に取って大きな存在である二人との時間が無くなってしまうのを詠紫音が耐えられるだろうか? 否、我慢など出来る筈がない

 でも千歳だって詠紫音にとってはかけがえの無い存在であるのもまた事実。故に詠紫音は選択を保留してしまうのだろう

 

 まだ大丈夫だと、まだ猶予はあるのだと自分の心を納得させ、決断すべき選択を後回しにしてしまう

 ……その考えこそが、二人との時間を——自身の心を優先している事を物語っているのに詠紫音が気づくのはまだ少し先になりそうだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『……あらあら。何が”大丈夫”、なのでしょうか?』

 

 「——っ!」

 

 そんな彼女に忽然と来訪者が現れる

 部屋の隅から響いた言葉に詠紫音は静かに視線を向ける

 詠紫音が向けた先——部屋の片隅に出来た影から這い出るように彼女は現れた

 その影の色とは対照的な白いゴシックドレスを身に纏い、その影の色のような長い黒髪を揺らす少女は口元を愉快そうに歪めながら語り掛けてくる。——まるで詠紫音を嘲笑うかのように微笑みながら

 

 「少し、言葉を交えませんこと? ——()()()

 

 「……()()()

 

 詠紫音はその者の事を知っている。何せ彼女は自身と同類であり、同じイレギュラーな(ありえる筈の無かった)存在なのだから

 

 彼女もまた自我を宿した堕天使であり、千歳()の〈瞳〉を与えられた者

 実際に対面する事はおろか、言葉を交わす事さえ初めてではある

 しかし詠紫音は語り合わずとも彼女がどういった存在なのかを理解する事が出来ていた。——その身に宿した〈瞳〉を介して与えられる情報によって

 

 彼女は千歳から〈第三の瞳(ビナス・プリュネル)〉を与えられた堕天使。時と影を操る天使”〈刻々帝(ザフキエル)〉”が堕天使化したことで生まれた存在

 本来の時間軸から離れ、いずれ訪れるであろう”結末”を変えるべくこの時代に現れた彼女の名を——”駆瑠眠(くるみん)”と詠紫音は呼ぶのだった

 

 「その名はあまり好ましくありませんわ。ワタクシの事は気軽に”くるみん”とお呼びくださいまし」

 

 「ありゃ、そーだったの? オッケーくるみん(マザコン)、ボクの事は”よしのん”って呼んでねー。……その名前は彼にしか許してないからさ?」

 

 「えぇ。存じておりますわよしのん(チョロイン)。確認というものです」

 

 「あっはっは、イイ性格してるねぇ~〈三番(ザフキエル)〉」

 

 「いえいえ、貴方程ではありませんわ〈四番(ザドキエル)〉」

 

 ……今、この場に士道達がいたとしたらすぐさま逃げ出したくなった事だろう

 四糸乃も眠りが深く、未だに眠り続けている事が功を奏している

 それは何故か? 実に簡単だ

 

 

 

 

 

 両者共に笑っているからだ。……それはもう背筋がぞっとするようなくらい、狂気的な笑顔で顔に張り付けて

 どうやら〈瞳〉を与えられた者同士だからと言って、良好な仲を築いている訳ではないようだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ————————————————————

      なう・ろーでぃんぐ

   ————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——そう言えばさ、結構待ち合わせ時間ギリギリだったけど……もしかして何かあったのか?」

 

 「ん? ……あぁ、別に大した理由じゃないさ。さっき言ってた知り合いに捕まってたってだけの話。その時にこの服を勧められたんだよ」

 

 「知り合い、か……」

 

 「……なんだその反応。俺に知り合いがいた事がそんなに意外か?」

 

 「へっ!? い、いやそうじゃなくてだな!?」

 

 「……その反応でまる分かりだ馬鹿野郎」

 

 「う、すまん……ちょっと意外だった」

 

 「わざわざ言わんでいいから。地味に凹む」

 

 目的地に着く道中、士道と千歳は他愛の無い話を交わしていると、不意に士道は千歳が遅れかけた理由に疑問を持つのだった。士道から見た千歳の印象に、彼女が時間ギリギリに来るような性格じゃなさそうだと感じたからだ

 そして士道はその理由を千歳に問いてみたところ、やはり遅れかけたのにも理由があったようだ

 

 本来だったら30分前ぐらいに待ち合わせの場所に着く筈だったのだが、そこに向かう道中で知り合いである藤袴を初めとした仲良し三人組に遭遇してしまったのだ

 久方ぶりとなる再会。以前の空間震を境に銭湯からその姿を消した千歳を三人は少なからず心配していた。故に藤袴達は千歳を視界に捉えるなりすぐさま接触したのだった

 今まで何処で何をやっていたのか? それらの疑問を三人から問い詰められることとなった千歳はとりあえず事情を(勿論精霊関係の事を省いて)説明する事にする。嘘を吐くようなことはしたくない為、ある程度の真実を含めながら……

 

 

 その時に交わした会話の一部始終を少し記載しておこう

 

 

 「あー……その、だな…………実をいうと、家出してたんだよ(そもそも自宅なんて無いけどさ)」

 

 「え? そうだったんですか?」

 

 「あぁ。そんでこの前の空間震の時に見つかってなぁ……家の奴に連れ戻されてたんだわ(正確には拉致られてたんだけどさ)」

 

 (もしかして……千歳さんって実はお嬢様だったり……?)

 

 (かもしれないね。家の空気に馴染めなかったから家出したって感じがする)

 

 (自由を欲する千歳さんには不自由で仕方が無い事は確定的明らか)

 

 「んで、ちょっくら隙を見つけてまた抜け出してきたんだけどよ、銭湯にいた事はもう特定されちってたから戻るに戻れないんだよな。だから銭湯に出向くことが出来なかったんだよ」

 

 「そうだったんですか……」

 

 「……あれ? それなら今は何処に住んでるんですか?」

 

 「ん? あー……今は信頼出来る奴(くるみん)のところに世話になってるよ。場所は言えないけどさ」

 

 (((……まさか、あの噂の彼氏のところかっ!?)))

 

 「ね、ねぇ千歳さん? もしかして今はソイ——その人と二人きりで生活してたりして……」

 

 「そうだな。今はそいつ(くるみん)と同居中……って事になるのか? ホント、アイツには頭が上がらないよ……」

 

 「えっと……何か変な事されたり、してませんよね……?」

 

 「変な事? いや別にそんなことは…………あ」

 ※強力な催眠らしきものをされたことを思い出し、思わず言葉が漏れてしまう千歳

 

 「その反応……もしかして……!」

 

 「あ、いや、別に何かされた訳じゃないからな? ただ……まぁ、もう過ぎた事だし、お前等が気に掛ける必要もない事だから変に勘繰らなくていいからな?」

 

 「むむぅ……千歳さんがそういうなら」

 

 (どう思う?)

 

 (無理に取り繕ってる可能性あり)

 

 (相手があのデリカシー皆無野郎だからね)

 

 「……? どうしたんだお前等?」 

 

 

 ——こんな感じである

 

 

 それから三人は何かを相談しながら一先ずは納得する

 説明も終わった事なので、連絡先だけ交換してから立ち去ろうと考えた千歳は三人に自身のアドレスを渡してからこの場を立ち去ろうとしたのだった

 

 そんな千歳の様子に何かを感じ取ったのか、三人組は千歳にどこに向かっているのかを訊ねてくる。そんな三人組の問いに、別に隠す必要もないかと考えた千歳は知り合い(士道)と待ち合わせをしていて今から会いに行くことだけを伝えた

 そして、そんな千歳の言葉と雰囲気から三人組は、今の千歳の服装——普段千歳がいつも身に着けている身の丈以上のパーカーとズボンを見て「それでは駄目だ」と最寄りの服屋に千歳を連れ込むのだった

 

 結果、普段とは対照的なスッキリとした服装に変えられることになったのだ

 その服に決まるまでの間、いいように着せ替え人形のような扱いをされたことで待ち合わせギリギリの時間になってしまったのが一番の要因だろう

 

 (「これで相手の見る目も変わるだろう」って言ってたけど……まぁ深く気にしてもしょうがないか。別に動きにくい格好って訳でもねーし、せっかく選んでくれたんだからこのまま普段着にしてもいいかな。……少し窮屈だけど)

 

 改めて自身の服装を確認する千歳は、着慣れない服の感触を再確認しながら士道と共に目的の場所まで向かうのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さぁ……今宵の獲物(施設)我が欲望(俺のストレス発散)()満たす(耐える)事が出来ようか……クククッ」

 

 「何する気!? 何か不穏な予感がするんだけど!?」

 

 それから然程時間もかからずに士道と千歳は目的の場所まで到達する

 

 

 アミューズメント・テーマパーク”ラウンドテン”

 

 

 「これでもかぁあああ!! まだ足りないかぁあああ!? ならもっとだぁあああ!!!」——と、ありとあらゆる娯楽を詰め込むことで生まれた遊戯施設がこのラウンドテンだ。……オーナーは少し頭の螺子が外れているのだろう

 様々な遊戯を詰め込んだことによりかなりの規模の施設となっているこの場所だが、あまりにも詰め込みすぎて施設内が最早迷宮と化していた。そのせいで施設内では地図がなければ確実に迷うような内部構造になっていたりするのだが……実はこれも「よし、迷路入れよう迷路!」——と宣ったオーナーの企みのせいだったりする。子供同伴の親にとっては迷惑極まりない

 

 ——まぁ士道達からすれば好都合ではあるのだが

 何せこうも入り組んだ構造であれば、もしこの場に他の娘達が来るとしてもそうそう出くわす事も無いからだ

 それに、ここでならそこまで移動せずに遊び回る事も出来る。下手に移動してエンカウントする事に比べれば融通が利く為、ある意味今回のデートにはうってつけの場所なのではないだろうか? 千歳のやりたい事も中心的に集まっているようだし

 

 

 だからこそ……士道達は油断していたのだ——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——千歳がそもそもの問題児であるという事を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ————————————————————

      なう・ろーでぃんぐ

   ————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 「ち、千歳……?」

 

 「……く、くく……くはははっ……! 言い度胸じゃねぇかよオイコラァ……」

 

 今、俺は目の前の奴に翻弄され続けていた。……誰から見ても機嫌を損ねている——いや、苛ついている雰囲気を出しながら

 そんな俺の心を逆撫でした奴を俺は今までにないぐらいの激情を込めながら睨めつける。目の前にいる——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ガコンッ! ——スカッ

 

 「はっはっは、まーた空振ったよオイ……なんで当たらねーかなぁクソッたれが」

 

 「あ、あのー……流石に相手が悪すぎるのではないかと……」

 

 「あ゛ぁ゛?」

 

 「ナンデモアリマセン」

 

 

 ——ピッチングマシンに

 

 

 今俺はバッティングセンターでバットを強く握り締めている。……奥に控えるピッチマ(ピッチングマシンの略称)を親の仇でも見るかのように凝視しながら

 強く握りしめているせいでバットの持ち手部分が悲鳴を上げているが、今の俺にはそんな些細な事を気にする余裕は一切無い。それ程までに感情が昂ぶっていた

 

 いやな? 見えてはいるんだよ? ただどうにもタイミングが掴めないせいでバットにボールが当たらないんだ。完全に反応が遅れちまってるんだわ

 もう何回空振ったかな? 機械に消えていった小銭の枚数は軽く10は越したね、うん

 

 

 ふぅ……………………腹立つ

 

 

 先程から繰り返す空振りが無性に腹立つ。ただの機械なのに俺を嘲笑っているように見えて余計腹立つ。そもそもストレス発散の為に来たのに余計ストレス溜まってるじゃねーかよコンチクショーがぁ……

 

 

  ガコンッ!

 

 

 「うらぁ!!」

 

 

  ——スカッ

 

 

 気合を入れた一声と共に、俺は迫りくるボールを視界に捉えながら思いっきりスイングする

 だがそれもボールを捉えることなく空を切るだけに終えてしまう

 ……前世ではそこまで運動神経がいい訳ではなかったけどさ、ここまで掠りもしないってのはどうにも納得出来ねぇんだよな

 見えてるんだけど当たらねぇ。ここまでノーコンだと最早笑えてくるわ

 

 

 ——球速300㎞/h越えなのが悪いのか? コレ

 

 

 何なのこのモンスターマシン? 確か世界最速のピッチマって230㎞/hぐらいじゃなかったっけ? そこまで詳しい訳じゃないけど確かそのぐらいだった筈だよな?

 それならこの目の前にあるピッチマはなんなん? どうやって作ったんだよオイ。精霊スペック使ってんのに反応出来ないって……もうこれ固定砲台として使えるんじゃね?

 これもう常人が打てるような気がしないのは俺だけじゃないと思うんだ。空振った後のボールが後ろの壁に当たる音が「——ズッバァンッ!!」って感じに鳴り響くんだよ。最早凶器じゃねコレ? 後ろで見てる五河の顔が引きつってるもん

 

 まぁ腹を立ててるのはそれとまた別な事が原因なんだけどな

 

 そのピッチマの前に置かれている、投手が描かれたボードが一番腹立つ

 そのボードには、紅白帽のつばを上に向けて紅白が左右半分半分になるようかぶり、鼻から鼻水を垂れ流しているナマケモノっぽいキャラが気怠げにボールを投げる姿が描かれている

 その横にある「へっぽこすとれ~と~」って台詞がこれまた腹立つ

 

 

  ガコンッ!

 

 

 「……ふんッ!」

 

 

  ——スカッ

 

 

 再び迫りくる剛球を再び空振る千歳さん。着々と怒りゲージが上昇中

 ……もうツッコム気もなくなったよ

 

 「……」

 

 「な、なぁ千歳? 少し球速が遅い所からやっていけばいいんじゃ——」

 

 「ごめん、ちょっと黙ってて」

 

 「うっす」

 

 ちっ……全く、五河も見てるってのにカッコ悪いところを晒しちゃって……その上八つ当たり気味に言葉を投げた自分自身に自己嫌悪だよコラぁ

 それでも、俺はコイツに背を見せる気はなかった

 だってここで諦めたら、なんか負けな気がするんだもん。あのナマケモノに背を向けた瞬間、馬鹿にされる様な気がしてならないんだすよ

 それでも現状当たる気配が無いんだけどな? ハハハ、笑うしかねー

 

 …………ホント——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……気にいらねぇ」

 

 ピッチマはすげー腹立つし、五河に醜態を晒すしで……マジで腹が立ってしょうがない

 

 いいぜ……そっちがその気(どの気?)ならこっちだってもう容赦はしねーからな? 覚悟しろよこのクソマシンが

 

 

 「——【(ホドス)】」

 

 

 そんな俺は、こんなところで初登場となる力を発動させる

 さぁ、八番目の能力を初公開だぜ

 

 

 

 【(ホドス)

 簡単に言ってしまえば、動体視力を底上げする能力だ

 視界から入る情報の処理を高速化し、得た情報を素早く脳で理解する。それによって視界で捉える景色がスローモーションみたいに低速化し、相手の挙動やら状況の把握やらを瞬時に予測、理解することが出来るようになるのだ

 例えるなら小動物達が見る景色と同一なものになるようなものだろう。確か小動物達の見る世界はスローに見えていた筈だし

 

 言っておくけど、スローに見えるだけであって動きが速くなる訳じゃないので注意

 もっと言うならどこぞのバスケ漫画の赤い髪の人みたいなチート能力が宿った眼でもないです。あくまでスローに見えるってだけで、あんな高性能じゃないのであしからず

 ……まぁ〈第八の瞳(ホドス・プリュネル)〉の本来の力はそれだったりするかもしれないけどな。〈瞳〉に対応する精霊が魔強化されるね!

 

 

 

 ——そんな能力を発動しました

 え? セコイ? 知ってる

 だがそれがどうした? 自分の全力全開を出して何が悪いってんだ。何も悪かねーだろうがよぉ……

 

 もう容赦せん。今まで抑えてたがもう構いやしない。後ろで五河が何か言ってるがこの際気にしない

 精霊の力? 天使の力? 〈瞳〉の力? ——全部使ってやろうじゃねーか

 

 

 全力で叩きのめす。テメーは俺を怒らせた

 

 

 「——【(ティファレス)】」

 

 

 俺はさらに能力を発動する

 【(ティファレス)】によるピッチマの情報の公開。今いる情報——予測起動と接触タイミングのカウントを開示する

 来るところが分かればそこを思いっきり振り抜けばいいだけだ。タイミングも【(ティファレス)】のモニターがカウントしてくれている

 その上で【(ホドス)】による視覚のスローモーション化。今の俺に不覚は無い

 

 さぁ……準備は整った

 

 奴から放たれる剛球も最早言葉通りのへっぽこボール

 

 視界に映る【(ティファレス)】のモニターがカウントを刻む

 

 起動も予測通り。タイミングもバッチリ

 

 

 

 それらの条件を得た俺は——今日初となるヒットを天高く打ち上げるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ピッチマの奥の壁を粉砕する形で

 

 「うおっしゃあああ! 見たかワレェエエエ!!」

 

 「おいぃいいい!? 何やってんのおおお!?」

 

 剛球を打ち返すのにもそれなりに力が必要だったんだよね。だから精霊スペック全力全開のフルスイングをお見舞いした訳なんだわ

 放たれる300㎞/hの剛球、規格外な腕力によるスイング、バットの中心をジャストミート等の様々な要因が重なった結果、その打たれたボールはさながら大砲の如く威力を秘め、奥の壁をえぐりとったのだった

 

 「うははー、すげー穴。でも清々しい気分だから気にしない♪」

 

 「いや気にして!? 周りに目立っちゃってるから!? ありえない施設崩壊が起きて目が点になってるから!?」

 

 「お、また来た。今度はその憎たらしい顔面を粉々にしてやらぁこの間抜け面があああああ!!!」

 

 「もうやめたげてえええ! そのボードのナマケモノが白目向いてるように見えて哀れすぎるからもうやめたげてよおおおおお!!!」

 

 そんな五河の悲鳴も空しく、次の瞬間にはそのボードの上半分が木っ端微塵になるのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからはもうやりたい放題だった

 箍が外れた千歳の蹂躙劇はどんどん加速させていき、どのアトラクションでも何らかの被害がその場に刻み付けられる事になる

 

 

 ボウリング――ボールがレーンを抉りながらピンを粉砕。一投で機能停止まで追い込んだ

 

 

 パターゴルフ――パターなのにフルスイング。鋭い弾丸と化した弾が天井を突き破る

 

 

 ビリヤード――キューがボールを貫通。面白がって16個のボールをキューに刺し飾った

 

 

 アーチェリー――どこぞの狩りゲーを再現。連射、貫通、拡散、剛射のオンパレード

 

 

 テニス——燃えるぜ! バーニング!! ……相手をした士道は死を覚悟したという

 

 

 他にも様々な問題行動を起こしながら遊び尽くす千歳に躊躇は無く、加減を忘れて遊ぶ(暴れる)その姿は悪鬼羅刹が如く

 時折士道が席を外す間もその傍若無人っぷりを発揮し続け、千歳は文字通りにストレス発散をするのだった

 そんな千歳を注意する店員は誰一人いない。近づけば巻き込まれるだろうし、それを見たオーナーが「面白いから続けさせて」と言って大笑いして眺めているが故に

 因みにだが、店員達の誘導により訪れていた一般市民は避難されたようだ。その後に臨時休業となったのは言うまでもない

 この惨事が明日のニュースに載る事になるのはまた別の話だ。……まぁ千歳がお茶の間に映し出されることは無かったのだが

 ”暴徒が遊戯施設に現れるもその正体わからず”と報道される事になった辺り〈ラタトスク〉が手を回したのだろう

 そんな〈ラタトスク〉、主に〈フラクシナス〉のクルー達がそれぞれ現実逃避したり悲鳴染みた奇声を上げていたことを知る者は数少ない。睡眠導入剤と共に胃薬を服用する解析官が一番精神的に危なかったとだけ追記して置こう

 

 




詠紫音は密かに嫉妬する
そこにすかさずくるみん参上! どうやら本名はお嫌いみたいです

さて、あまりイチャイチャする事も無くハッチャけて終わってしまった今回ですが、一応次回もデート編ではあります
イチャイチャさせたい。でもどう切り出すかが難しいところ
そもそもまだ好感度が全然足りないよぅ……

次回
 「お腹空いた、飯にしよう」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。