俺が攻略対象とかありえねぇ……   作:メガネ愛好者

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メガネ愛好者です

またもやサブタイが……しかも詠紫音って誰や

今回も長くなってしまったのですが、区切り所がいまいち掴めなかったためにこのまま投稿
果たして詠紫音とは誰なのか?(予想はつきますよね)

そして千歳さんはどうなるのか?出番はあるのか千歳さん!?

それでは


第七話 【詠紫音ニューステージ】

 

 

 「——ふざけるな」

 

 

 

 

 

 そんな士道の返答に、この場にいる誰もが驚いたことだろう

 まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかったよしのんは、予想外の事に絶句してしまう。二人の会話を静かに聞いていた十香でさえ、今の様子の士道には驚きを隠せないのか目を見開きながら驚愕の表情を浮かべていた

 

 

 何せ、今の士道の顔には——怒りの感情が浮かんでいたのだから

 

 

 「……十香、四糸乃の事頼む」

 

 「む? あ、あぁ……わかった」

 

 士道は横にいる十香に抱きかかえていた四糸乃の事を任せ、よしのんに改めて向き直る

 その顔には未だに怒りが張り付いたまま、士道はよしのんに問いかけるのだった

 

 「さっきから聞いてればなんだ? 四糸乃が無事ならそれでいい? そのためなら人を殺そうが何しようが構わない? ……本気で言ってんのか?」

 

 「あ、当たり前じゃん。よしのんは四糸乃のヒーローだからね、四糸乃の障害になるんだったら処分するのだって躊躇わないよ? 今時のヒーローだったらそんなにおかしくはない行為だしねー」

 

 「……」 

 

 「どーしたのさシドー君? もしかしてぇ、自分の命がかかってるのに抵抗しちゃダメーなんて……そんな綺麗事を言わないよねぇ? 抵抗した結果、相手が”壊れちゃっても”それはしょうがないじゃん? ……それなのに手を出しちゃダメとか、そーんな甘ったるいこと考えてる訳じゃあないよねぇ? それで四糸乃が傷ついちゃダメダメなんだよ。それならボクが――」

 

 長々と語るよしのん。そこにはよしのんなりの正しさがあるのだろう

 現に、世の中はよしのんが言うように綺麗事でお収まることなどそうそうない。もしも収まるのであれば、ASTが精霊と対話することだってありえるかもしれないし、精霊も理不尽な目に合う事が減るだろう。——それがうまくいかないから、現実とはままならないものなのだ

 

 ——しかしながら、そんな現実の仕組みなど、今の士道には関係なかった

 

 「——お前は」

 

 「およ? どったのシドーく――」

 

 「お前は、自分の気持ちを含めてそう言ってるのか?」

 

 「…………」

 

 士道の鬼気迫る表情で放つ言葉に飄々と返すよしのんだったが、最後の言葉を聞いた途端……先程までの勢いが失速する

 何を言っているのかが分からない。自分の気持ち? シドー君は何を言っているんだ? ——そんな疑問がよしのんの頭によぎり、同時に言葉を詰まらせてしまったのだ

 そんなよしのんに目もくれず、士道はよしのんに語り掛ける。——よしのんの核心をつくように

 

 「……よしのんは優しい奴だよ」

 

 「……急にどーしたのさ、シドー君。ボクは——」

 

 「よしのんは優しいよ。……優しすぎて、自分に向ける優しさが足りてない」

 

 「——え?」

 

 そう。これが士道には納得できなかったのだ

 よしのんは自分の事を度外視している。他の者の為——四糸乃の為の優しさしか持ち得ない為に、自身に向ける優しさを無視しているのだ

 

 そして、その優しさは……形は違えど、四糸乃と似た”歪んだ慈悲”によく似ている

 

 士道は知る由もないが、四糸乃に向ける優しさこそがよしのんの”存在理由”である為、よしのんが四糸乃以外に優しさを向けるのは——それこそ、自身に優しさを向けるなど容易な事ではないだろう

 別にそれが悪いこととは言い切れない。大切な人を大事にしているようなものだし、それ自体を士道は否定しない。しかし——

 

 「確かによしのんが四糸乃に向ける優しさ(慈悲)は、四糸乃にとって欠かせないものだと思う。それで四糸乃は救われているんだろうし、否定する気は元から無いさ。……でもな? そこに自分へ向けるべき優しさ(慈悲)が無いと——よしのんが堪えられないだろ!!」

 

 「…………」

 

 よしのんは士道の言っている事がよくわからなかった

 自分への優しさ(慈悲)……なんで”そんなもの”を自身に向けないといけないのかと、疑問に思わずにはいられなかった

 四糸乃に優しさ(慈悲)が向けられていればそれでいいじゃないかという歪な答えが、よしのんに士道の言葉を理解させなかったのだ

 

 

 ——しかし、よしのんはその言葉を言われた時……何故かはわからないけど——胸にチクリとした痛みが走ったような気がした

 

 

 よしのんはその痛みを振り払うかのように、自分がどういった存在なのかを士道に語り始めるのだった。——その痛みを忘れるようにして

 

 「あー……シドー君? 君にはボクがどういった存在なのかを話さないといけないみたいだねぇ」

 

 「何……?」

 

 「ボクはね、人間でも精霊でも無い存在なんだ。精霊の”強い願い”を叶えた結果、その願い(禁忌)叶える(犯す)事で存在を変えた(天から堕ちた)存在——”堕天使”なんだよ」

 

 「堕天、使……?」

 

 「そう。宿主の願いを叶える為に姿を変えた天使……それが堕天使さ。——だから今の四糸乃には天使が使えない。今はボク(堕天使)が宿主である四糸乃から切り離されてる状態だからねー」

 

 

 

 ——堕天使——

 それは天使が精霊の願いを叶える為、自身の存在を最適な構造へと改変する事で精霊の願いを叶えようとした姿だ

 その存在理由として、堕天使は宿主である精霊の願いを第一に考える。宿主の願いの障害となることは徹底的に排除し、宿主の願いを叶える為に”どんな手段でも”行使する。その願いの為ならどんな過程をしようとも——それが宿主の意思に反したことでさえ、願いを叶えることを最優先に活動する存在こそが堕天使なのだ

 

 ——全ては精霊の願望を満たすが為に——

 

 

 

 「四糸乃は願った。強く願った。——”私を一人にしないで”ってさ」

 

 「四糸乃の……願い?」

 

 「そうだよ。天使は精霊の想いが強ければ強い程出力を増すからねー。……そして、”ある方”の助力を得た事で、過剰すぎる願望は——奇跡を呼び起こすんだよ。その奇跡の体現した存在こそが……ボク(堕天使)なんだ」

 

 「それだと、よしのんは……」 

 

 「四糸乃の”一人にしないで”という”強い願い”を叶えるために、天使に人格を宿した存在……ようは、四糸乃が”ボク(よしのん)”を生み出したのさ。それはもう”一個の確立した別人格”としてね? ……あ、ボクは人じゃあないかー、アハハハッ」

 

 つまりだ。彼女は四糸乃の願いによって、本来在り得る筈の無かった人格が天使に宿った存在だと——それこそが”よしのん”だと言っているのだ

 

 「だからね? ”ボク(よしのん)”は四糸乃を一人にさせないために生まれた存在だから、それ以外の事は必要としないのさ。ボク自分への優しさだって? ——”そんなもの”は四糸乃の願いに反映されてませーん♪」

 

 「な——」

 

 「まぁ例外はあるよ? 四糸乃の孤独を和らげるには、別に今まで通りの”パペット”姿でもよかったからね。——でもでも、今回みたいに”反転化”の危機が迫った時なんかは、その願いの範疇を超えた姿に形を変えるんだよ。反転しちゃったら願いも何もないからね~……だから、その時ばかしは願いよりも宿主の反転化を防ぐようにしなきゃいけないのさ。……まぁそれこそが本来の堕天使の役割だし、ぶっちゃけ言えば安全装置? 保険機能? まぁそんな感じの存在がボク(堕天使)の役割なのさ」

 

 「そんな……」

 

 精霊が絶望によって反転しそうになった時、その一線を踏み越えないよう天使が姿形を変えることこそが堕天使の”本質”であった

 精霊の願いを叶える()()()()()事前に反転化を阻止するのが堕天使の”反堕天状態”だ

 そして、反転しそうになった時に()()()()()()宿主の願いを叶える為、より確固たる姿へとその姿を変貌させることこそが——”堕天使化”である

 

 つまり、パペットだった時のよしのんが”反堕天状態”であり、四糸乃から切り離されて独立した姿——今の四糸乃に似た姿のよしのんが”堕天使化”した姿ということだ

 

 「——だから今の状態の四糸乃は危ないんだよね。ボク(堕天使)四糸乃(宿主)から切り離されたってことは、ざっくり言えば()()()()()使()()()()()()()()()ようなもんだからさー。……だから、天使が使えない分はボクが頑張らないと」

 

 「よしのん……」

 

 「……まっ、本来だったら堕天使になったからといて、宿主から切り離されるようなことは滅多にない筈なんだけどねぇ~」

 

 「え、どういうことだ?」

 

 「いくら願いを叶えるからと言っても”人格を生み出す”なんてことはそうそう無い筈なんだよー。だって、”自我”があっても——堕天使に”心”があっても、宿主(精霊)の願いを叶えるのに()()()()()()()()?」

 

 「なっ、そんなこと——!!」

 

 「邪魔だよ。だって”自我”や”心”があったせいで、願いを叶える過程で支障が出るかも知れないじゃん?」

 

 「そ、れは……」

 

 士道は否定することが出来なかった

 自我があるということは、同時に心があるということだ。それはつまり——願いを叶える過程で感情に左右されてしまい、願いを叶えることが出来なくなってしまうからだ

 それでは本末転倒だ。願いを叶える為に生まれた存在が、願いを叶える事を躊躇うなど愚の骨頂。……自身の存在を否定しているようなものなのだ

 

 故に、特殊な例が無い限りは堕天使に人格が宿ることなどありえない。あってはならないのだ

 そして、願いを叶える為とはいえ”人格を宿した上で独立する”など——そんな精霊が身を守る術を失う危険性を伴った状態になるなど、本来ありえてはならない事だった

 

 「”自我”を持ち、”心”を持ったせいで宿主から独立してしまうなんてあってはならない。だって、もしも堕天使が宿主と対立でもしてしまえば……反転化を阻止することが出来なくなるでしょ? だから基本は独立しない。”自我”や”心”を持つなんて……本来あってはならなかったんだよ。——まぁでもでもぉ? ボクは四糸乃を嫌う事なんてありえないからね~、四糸乃の元から去るような真似はぜぇ~ったいにしないよー」

 

 「…………」

 

 よしのんが四糸乃の元から離れることは無いという言葉は本当のことだろう。現に、よしのんは四糸乃の為にと自身の身を削って行動している。それは……今からやろうとしていることを含めてだ

 

 「——おっと、変に時間を取っちゃったね~。まぁそういうことだからさ? ハッキリ言って、ボクには”心”なんてモノは元から不要なモノなんだよ。——だから、四糸乃の願いを叶えるだけのボクに優しさ(慈悲)なんて必要ないのさ」

 

 よしのんにとって、感情や自我——心は不要なモノだった

 それによって行動を左右されては自身の存在意義を果たせないから。それによって宿主の反感を買い、挙句の果てに対立する事が起きてしまった場合——自身の存在意義を否定するようなものだったから

 

 ——だから、正直に言えば……よしのんは人格を持った自身(堕天使)の存在に納得していなかったりする

 

 それでもよしのんは、例え人格があろうとも……自身の存在意義を見失うことは無かった

 人格があろうがなかろうが、四糸乃の願いを叶える事には変わりない

 

 例え——胸の辺りに感じる不可解な痛みに悩まされようとも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——だから士道はよしのんに納得できなかった

 

 「……必要だろうが」

 

 「——え?」

 

 堕天使という存在をよしのんから明かされた士道は、その存在意義に納得できなかった

 

 四糸乃の願いを叶えた存在こそがよしのんだというのなら、四糸乃の願いを叶えるためには——やはり、よしのんにも優しさ(慈悲)が必要だからだ

 

 そんな士道の考えも知らず、よしのんは呆れたように士道の言葉を否定する

 

 「なんでわからないかなぁシドー君は……意外と頭硬い? さっきの説明がわからなかった? なら簡潔に言うからよく聞いてねー。……ボクには優しさ(慈悲)なんてものは必要ないの」

 

 「必要ない訳がないだろ!? そんなんじゃ四糸乃と同じだ!! 四糸乃は周りを傷つけたくないから、例え自分を傷つける相手だとしても攻撃をしないんだろ!?」

 

 「そうだよ。四糸乃は優しいからね~、自分が嫌な事は相手にも感じてほしくないのさ。……それが一体何? てかさ、ボクが四糸乃と同じってどーいうことなのかな? 何を基準にそんなことを言っちゃってるのん?」

 

 「よしのんは四糸乃と同じだ。その優しさ(慈悲)の向け方が同じで、だからこそ自分にも優しさ(慈悲)を向けるべきなんだ」

 

 「……どーいうことさ?」

 

 先程から士道の言っている事に容量が得られないよしのんは、士道に対して苛立ちを覚え始めていた。時間も限られている中、士道が理解出来るようにと丁寧に説明した筈なのに、わかってくれない士道に苛立ちを覚えても仕方がないだろう

 しかし、士道はそんなよしのんの苛立ちも知らずに言葉を突き付けたのだった

 

 ——よしのん自身が気づいていない矛盾を

 

 

 

 「四糸乃は誰にも傷ついてほしくないはずだ! それなのにお前が……よしのんが四糸乃の為にと優しさ(慈悲)を向ける一方で、()()()()()()()()()()()四糸乃が悲しむだろうが!!」

 

 「————」

 

 

 

 士道の言葉に息を飲むよしのん。その言葉は、よしのんが無自覚に考えないようにしていたことだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よしのんは……四糸乃の願いの為に行動しようという使命感に——不要な筈の”心”を痛めていた

 

 四糸乃が辛い時、四糸乃が悲しい時、四糸乃が寂しい時、四糸乃が苦しい時——そんな時に四糸乃の傍にいて上げる。四糸乃を支えて上げる存在であろうと、自分の気持ちに見向きもしない——いや、()()()()()()()()()四糸乃の為にと寄り添ってきた

 自分が四糸乃の傍にいてあげれば、四糸乃は孤独を和らげられる。それは四糸乃の願いを叶える事と同意義だった。その上、四糸乃に降りかかる脅威からも守れる——四糸乃が絶望する事を阻止できるという、堕天使本来の存在意義をも果たせることが出来ていた

 

 だからこそ、自分が何とかしなければいけないと——”四糸乃の為なら大丈夫”と、自分の心を偽り続け、言い聞かせていたのだ

 

 四糸乃の代わりに怖い思いをしてもへっちゃらだ

 四糸乃の代わりに痛い思いをしてもへっちゃらだ

 四糸乃の代わりに……”心”を擦り減らしてもへっちゃらだ。——そう言い聞かせ続け、”自身に生まれた心”を封じ込めた

 そうするうちに、いつしか自分に対して自己暗示するまでに至ってしまう。自身に不要な”心”を捨てるために——いや、封じ込めるために

 

 そして、その自己暗示をの効力を強めるワードこそが――

 

 

 

 ”よしのんは四糸乃のヒーローだからね”

 

 

 

 ——四糸乃のヒーローであり続けるという、強迫概念染みた”誓い”だった

 

 今やそれは、よしのんにとって呪いの言葉となっている

 この言葉を口にする度に、よしのんが自身で施した自己暗示は効力を強める。自分は四糸乃のヒーローなんだ、そうでなければいけないんだと自身の”心”を封じ込め、頭で”心”を否定するよう思わせ、四糸乃が理想とする憧れのヒーローであり続けようとした

 

 結果として、今の様な”明るく、元気で、強くて、カッコイイヒーロー”という四糸乃の理想を演じ続け、四糸乃の心の支えとなっていた

 

 

 

 それはまるで、傀儡使い(四糸乃)の意のままに動く傀儡(よしのん)のように……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お前がどういう存在なのかなんて関係ないんだ」

 

 「——は?」

 

 「こうしてよしのんと話しあって、よーくわかったことがある。——お前は四糸乃と変わらねえ! 人の為に自分を蔑ろにする程の優しいお人好しなんだ! ——だけど! それだけじゃダメなんだよ! 優しいだけじゃ駄目なんだよ! それじゃあお前達自身が——救われないじゃないか!!」

 

 「な、何を知った風に言っちゃってるのかなぁ? 四糸乃はともかく、ボクに優しさや救いなんて必要無——」

 

 「ならなんでそんな()()()()()を——()()()()()()()()()をすんだよッ!!」

 

 「……え?」

 

 士道が言った言葉が理解出来なかったのは何度目だろうか?

 士道の言葉は全部唐突で、確証なんてない士道が感じただけの意見だ。それを理解しろと言われても、よしのんが同じく理解することなど出来なかった

 だって、士道とよしのんは根本的に違うから。——人と堕天使という異なる存在だから

 

 そんな士道の言葉だが……今回の士道の言葉は先程以上に理解できなかった

 

 

 ——ボクが辛そうな顔をしている? 今にも泣きそうな顔をしているだって?——

 

 

 未だに自己暗示で自身の心を封じ込めたよしのんは、士道が言った自分の変化が認められなかった

 だってそれは、そんな表情は——よしのんが作る表情にはないものだったから。四糸乃の願いを叶えるのに必要な表情ではなかったから

 だからよしのんは信じられなかったのだ。そんな——自分の”心”の表れとでもいえるような表情を、認められなかった

 

 「ッ、してない! ボクは全然辛くないし、泣きそうになんてなってないよ!! だって……だって! よしのんは四糸乃のヒーローだか――」

 

 「そんなボロボロのヒーローが一体何を守るって言うんだ!! そんな姿は四糸乃も望んじゃいねえ! お前が見せたいのは心を擦り減らして今にも泣き崩れそうなヒーローなのか!? そんな姿を四糸乃に見せたいのか!?」

 

 「ち、ちが……よしのんは、四糸乃のヒーローで、だからどんなことでもへっちゃらで……」

 

 「よしのん!! 例えお前が四糸乃の願いの為に動くだけの存在(人形)だったらそんな顔はしないはずだ!! 自我や心が不要だって? そんな筈がないだろう! もうお前は一人の人間と何ら変わらないんだ!! だってそうだろ!? お前にはちゃんと”心”があるんだから!!」

 

 「そん、な……っ、そんなことないよ!! ボクは堕天使だ!! 人間じゃない!! 人間とは違うんだ!!」

 

 「違わない!! お前はもう人と変わらない”心”を持ってる。それはもうよしのんにも否定は出来ない程に”自我”が出来上がってるんだよ!!」

 

 「なんでそんなことが言えるのさ!? ボクは人を消そうが一切躊躇ったりなんてしない!! 普通だったら躊躇うでしょ!? その普通がボクには存在しな——」

 

 「それなら泣きそうな顔をしないはずだ!! 人を殺す事を意識した時、嫌そうで辛そうな表情を見せない筈だろ!? それにお前は——一度たりとも()()()()()()()()()()()! 言えてないじゃないか!!」

 

 「ッ……そ、そんなの関係無い! 言わないだけでやらない訳じゃ——」

 

 「いや、お前は人を殺したくないはずだ。例え殺そうと考えていても、殺そうという現実を考えないために「殺す」という言葉を口にしていない!」

 

 先程までの余裕は何処に行ったのか、よしのんは士道から次々と投げかけられる言葉に動揺を隠せないでいた

 

 否定したいのに上手く言葉を返せない、上手い言葉が見つからない

 何故上手く言い返せないのかが理解出来ず、理解しようとしても士道がそんな暇を与えない

 結果、よしのんは士道の言葉を否定できず……それでも”否定しなければいけない”という強迫概念染みた想いの元、意味もなさない否定を漏らすのだった

 

 「もう……いい、やめてよ」

 

 「それだけじゃない。お前は言った、四糸乃を傷つけた奴を許せないって。それは相手に怒りを覚える感情を持ってることに他ならない」

 

 「やめて……」

 

 「今だって俺に対して感情を露わにして反論してる。その上——」

 

 「やめてって言って——ッ」

 

 「——泣いてるじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………………ぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激しい口論する二人。どちらとも自身の言い分を譲ろうとせず、二人の叫びは周囲に響く

 そして、口論の末——士道の言葉が徐々に否定する言葉が浮かばなくなってきたよしのんは……士道の指摘で気づいてしまう。——その、自身の頬に伝う雫の存在に

 

 

 それが——答えだった

 

 

 自分が泣いていることに気づいてしまったよしのんの中で、彼女が封じ込めていたモノが……その呪縛の瓦解と共に露わとなる

 それは今まで自分の心を押し殺し、代わりになる四糸乃の為の”よしのん(ヒーロー)”という仮面が剥がす結果となった。そうなれば、仮面の内側にある本来のよしのん(ボク)が現れる結果となるのも当然の事だろう

 

 実際のところ、彼女の仮面が剥がれ落ちる兆候は既に表れていた

 彼女が完全に四糸乃から独立し、堕天使として顕現した時から——”よしのん”は”ボク”へと変わっていたのだから

 

 ”よしのん”と”ボク”

 

 それは自己暗示した自分と本来の自分を区別する言葉

 

 外界に顕現した彼女は、既に自己暗示が途切れかけていた。四糸乃を傷つけられ、反転しそうになった原因達に”怒りの感情”を抱いてしまったが為に

 ”強い感情”……それは自我も同然だ。だからこそ、彼女は自身を「ボク」と呼んでいた。それはもう無自覚に

 

 その”強い感情”が、自らにかけていた自己暗示という名の仮面を、内側から罅を入れていたのだ

 ”強い感情”を抱く度にその罅はどんどん大きくなり、その度に彼女は——完全に剥がれぬ様、自己暗示をかけ直す。そう繰り返してきた

 

 

 しかし、それが今——完全に剥がれてしまった

 

 

 

 「………………」

 

 

 

 顔を俯かせて黙々と佇むその姿からは、先程の活発な雰囲気が感じられない。動く気配も見せず、ただただ……涙を流し続けた

 

 「……もっと素直になれよ。自分の”心”に正直になれよ。その方が四糸乃もきっと、喜ぶから」

 

 「………………」

 

 彼女からは返事がない。涙を流し続けるだけで一切の反応を見せやしない

 何故彼女は何も言わないのか? 何故彼女はただ立ち尽くしているのか?

 

 

 それは——自分に合った”心”というものに戸惑いを感じているからだ

 

 

 士道は確かによしのんの”心”を解き放ったと言ってもいいだろう。しかし、その心によしのんの頭が追い付いていないのだ

 自分に”心”があることは自覚した。自覚させられた

 時折感じた胸の痛みも、封じ込めて尚、自身の心が悲しんでいることが原因だったと理解させられる

 

 そんな感情を、よしのんはどうすればいいのかがわからないのだ

 

 露わになった”心”は、間違いなくよしのんのやるべきことに支障をきたすだろう。四糸乃の願いを叶えるという役割を

 実際に、心が剥き出しになってしまったせいでAST達を殺めることに抵抗感を抱いてしまった。これではもう……殺せない

 しかしそれでは、再び四糸乃が襲われてしまうだろう。そう分かっている筈なのに……殺すべきなのに……”心”はそれを拒絶してしまう

 

 どうすればいいのか分からなくなってしまった

 よしのんは……自身の存在意義に、支障をきたしてしまったのだ。これでは……四糸乃の願いを叶え続けるという役目を果たせない

 

 つまりそれは……よしのんが存在意義を見失ったことに他ならなかったのであった

 

 だからよしのんは、何をするでもなく佇んでいる

 

 ”ボク”はどうすればいいのかと……”ボク”は一体何なのか、と……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——そんなよしのんは、ある一人の少女によって——彼女の守るべき少女の言葉によって、再び自分を取り戻すことが出来たのだった

 

 

 「……ごめんね、よしのん」

 

 「っ——」

 

 「……四糸乃? 起きて……」

 

 突如としてその場に響いた小さな呟き。その発生源は——十香の傍にいる四糸乃からだった

 よしのんはその言葉で我に帰り、涙を流し続ける顔で四糸乃の方を向いてしまう。——そのヒーローには到底見えない、頼りない表情で

 

 実は四糸乃、彼女は少し前から起きていた

 よしのんが自分の事を士道に話していた時、不意に目が覚めたのだ。十香は気づいていたが、四糸乃からの制止もあって黙っている事になる

 

 

 そして四糸乃は真実を……よしのんの事を知ってしまう

 

 

 今まで自分を支えて来てくれた彼女が、その裏で苦しんでいたことを……それが自分の為に行ってきたことが原因だったことを、聞いてしまった

 そして四糸乃は、自分のせいで大切な友だちを苦しめていたことが辛くて……そんな自分が情けなかった

 

 

 ——私はよしのんに助けてもらってた。でも……私は?

 

 

 彼女は後悔する。何故今まで気づかなかったのか、何故今まで考えもしなかったのか

 そんな無責任で、人任せで、自分の事を優先していた自分が恥ずかしくて、情けなくて、嫌だった

 

 

 だからこそ——彼女は一歩、前に進もうと歩み始めたのだ

 

 

 「ごめん、ね……よしのん。これから、わた、しも……頑張る、から。だから、だ、から……一人で、抱え込まないで」

 

 「……四糸、乃? ——っ! だ、駄目だよ! これはボクの問題で——」

 

 「わ、たし、は……よしのんが傷つくの……やだよ」

 

 「っ……ボクの事なんて気にしなくていい。だから四糸乃は今まで通りに——」

 

 「……よしのん」

 

 四糸乃はよしのんの言葉を遮り、彼女に向かって……願う

 それは、願いによって生まれた堕天使に、自身の思いを告げるために

 

 「よしのん……もう、無理しないで。私……よしのんが私の為に、無理するのは……いや、

だから」

 

 

 

 ——だから——

 

 

 

 「私に……縛られないで。よしのんは……よしのん、も……自由に、生きて」

 

 

 

 ——ね? よしのん——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……その言葉によって、よしのんは本当の意味でこの世の大地に立ったのだった

 

 今まではただ四糸乃を守る為だけの存在だった。四糸乃の願いを叶える為の、いわば願望鬼であった詠紫音

 

 しかしそれも、願望者である四糸乃の願いによって……変化する

 

 周囲から〈ハーミット(弱虫)〉と呼ばれていた四糸乃。そんな彼女が精一杯に振り絞った勇気が……”よしのん(堕天使)”だった彼女を”よしのん(一人の少女)”へと変えたのだ

 

 

 ——これが……少女の願いに捕らわれない、彼女個人としての自由を得た瞬間だった——

 

 

 




千歳「……」

ま、まぁ次はきっと出番ありますよ!……詠紫音が出てこなければ

千歳「……もう俺いらないだろ」

それを言ってはいけない。あなたが必要です!(ラスボスとして)

千歳「聞こえてるぞ?」

マジか



はい、そんな訳で、よしのん改め詠紫音さんの回でした
いやですね?流石にパペット混同するのは混乱しそうだったので……はい、もはやオリキャラですね
いえ、オリヒロインですね

そんな詠紫音さんのおかげで四糸乃のファーストキスは守られたのでした。ヒーローはヒロインを守るもの!それが身を挺した結果になろうとも……

まぁ封印できた時点で詠紫音さんは主人公クンにホの字なんでしょうけども

次回は……うん、間章ですね。まだよく決まっていません

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