俺が攻略対象とかありえねぇ……   作:メガネ愛好者

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メガネ愛好者です

あー……最初に言っておきます
今回からオリジナル展開、オリジナル設定が盛りだくさんとなっていくかもです。原作重視の方は注意です
それでも基本は原作沿いにしていこうとは思っています。あくまで内容が変わった感じですかね?

そして何より、書き慣れない文法のため違和感満載かも……なんか一人称や三人称が混じっておかしくなったような感じに……くそぅ、シリアスが書けねぇ……これが私の限界だぁ……

……コホン。さて、サブタイのヒーローですが……大体の人は予想がつきましたかね? 四糸乃のヒーローといえば……私は断然あの子だと思うのですよ

それでは


第四話 「彼女こそがヒーロー? 知ってる」

 

 

 どうも、千歳さんだ

 一日かけてようやく操作法を熟知した俺は、早速携帯の機能を生かしてアルバムの整理を行っていた

 いやー今まではアルバムで写真やら記事やらを保管していたが、携帯があれば全てカメラに収めて保存しておけるよ。アルバムと比べて持ち運びが利くし、何より小分けできるからジャンル事に分けて保存することが可能だ。そのおかげで見たい写真をすぐに表示することが出来るんで、【(ゲブラス)】のストックにある”カメラ”と”アルバム”を記憶して置く必要が無くなった訳だ。だってその二つ、携帯で保存しておくことが出来るから覚えておくことないし

 その代わりに携帯をキープして置けば、【(ゲブラス)】で覚えて置ける容量に空きが一つできる——ストックに一つ余裕が出来るって訳だ! 流石携帯! やっぱりお前は最高のだぜ!!

 まぁ念のためにアルバムはとっておくけどな。もし携帯が壊れでもしたら面倒なことになるし

 

 そうこうして携帯を弄っていると……

 

 

  ウゥゥゥゥゥゥゥゥ——————

 

 

 「……久しぶりに聞いたけど、相変わらずうるせーわな」

 

 

 何の前触れもなく、空間震警報が街中に鳴り響くのだった

 

 この警報が意味するのは……精霊の現界

 つまり四糸乃や十香、ミクなどの精霊達が”こちら側”に来る知らせみたいなもんだ。まぁ歓迎とは名ばかりの”おもてなし”が待ち受けてるだろうけどさ

 

 ……先日、令音さんは言っていた。十香は主人公クンと学校に行っていると

 つまりそれは……憶測だが、もう空間震を起こす事がなくなったんじゃなかろうか? 主人公クンの家に住んでいるってことは隣界に戻っていないってわけだし、戻らなければ呼ばれることもないだろうから……この空間震は、十香のものじゃあないと思う

 

 ——つまり、この空間震は十香以外の精霊だということだ

 

 十香以外の精霊……つまりは、そういうことなんだろう

 

 「……行くしかない、か」

 

 おじちゃん家の自室で横になりながら携帯をいじっていた俺は、その携帯を服のポケットにしまいつつ窓の先——家の外へと視線を送る

 

 

 おそらくだが……今の空間震で現れたのは——多分、四糸乃だと思う

 

 

 十香はさっき言った通りだから可能性は薄いし、ミクはそもそも可能性に入らない……筈だ

 何——ミクは空間震を()()()()()()起こす事が出来るみたいだからな

 

 

 

 ミクと精霊やら天使やらの話をしていた時、ミクはついでと言わんばかりに空間震の事も教えてくれた。……とは言っても、ミクだって精霊になって日が浅い方だから詳しい事を知っている訳ではない。独学故に確証も薄いという

 

 そんなミクが、確証がなくとも自信を持って言える事が——”自分の意思で空間震を起こす事”、そして——”人から精霊になった者は臨界しない事”だった

 

 現にミクは一度、空間震を(一応周りに人がいないか確認した上で)自身の意思で落とせるか試したみたいだし、精霊になってから今日まで臨界した例が無いらしい。これから先ずっと臨界しないとは言い切れないものの……少なくとも今は、臨界しそうな兆候は一切みられないらしいんだ

 

 ——だから、今回の空間震で現れた精霊はミクじゃないと思う

 断言する事は出来ないけど、可能性は限りなく薄い筈だ。寧ろ今になって臨界するなんて事があるのだろうか? 正直な話、考えにくい事だと思うんだよね。——だから俺は、今回現れた精霊が四糸乃なんじゃないかと予想したんだ

 まぁ、もしかしたら他の精霊かもしれないけどさ。俺の知らない精霊だっているんだろうし、確証が無い以上、四糸乃だと断言することなんか出来やしないし……

 

 

 ——だからと言って、見て見ぬ振りするのは性に合わんのだわ

 

 

 「【(ビナス)】——っと、あぶねっ」

 

 その言葉と共に、俺は部屋からを近くの家の屋根へと転移する。その際、最近雨が降っていたせいで濡れていた屋根に足を滑らせてしまうが、そこはなんとか転ばずに態勢を保ったのは言うまでもない

 

 「四糸乃ではなかったってオチだったらいいんだけどね。……どっちにしろ行くことには変わらんが」

 

 先程まで横になっていたことで多少固まった体を軽く慣らしながら、俺は民家の屋根の陰に隠れつつ周囲の状況を観察する

 先程まで平穏だった日常の中にいた人々。その誰もが慌ただしく動き出し、近くの避難所まで駆け足だって向かって行く。周囲の重要な交通機関も、十香が空間震と共に現れた日と同じく収納されていき……暫くすれば、街には警報音のみが鳴り響く

 こうしてみるとまるでゴーストタウンみたいだなぁ……なんて、客観的に周囲の状況を眺めつつ——俺は待つ

 

 果たして空間震と共に現れるのは四糸乃なのか、それとも……俺の知らない精霊なのか。……まぁ四糸乃じゃなかったからといって、その見知らぬ精霊を見捨てようなんては考えてないけどさ?

 例え俺に助ける義理が無かろうとも、例え精霊が助けを求めてなかったとしても……俺はやりたいようにやる、それだけのことだ

 とにかく今は、もうすぐ現界するであろう精霊が現れるまではその場待機だ。下手に探しに行った先の逆側に来られるのも面倒だしね

 

 そうして周囲が警報が木霊する中、俺は民家の家の屋根の上にてその時を待ち続ける。空間震が落ちるその時まで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——ごきげんよう。少々……よろしくて?」

 

 「……あんた、誰だ?」

 

 ——そんな待機中の俺の前に、これからの行動を邪魔するかの如く現れた謎の少女

 その思わぬ来訪者が俺の未来を左右する存在だってことを……この時の俺は、まだ知らない——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ————————————————————

      なう・ろーでぃんぐ

   ————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——目標を確認。総員。攻撃開始」

 

 曇天の下、降り注ぐ雨の中を——四糸乃は逃げ惑う

 後方から襲い掛かるのは、彼女にとって恐怖の元凶と言っても過言ではない存在、AST

 彼女達は一切の躊躇も無く、その銃口を彼女へと向ける。……世界を壊す災厄を殲滅するために

 その銃口から放たれる銃撃を掻い潜り、四糸乃は必死に逃げ惑うのだった

 

 ……だが

 

 「きゃ……っ!」

 

 一発の弾丸が四糸乃の背中に命中する

 霊装があるから一発ぐらいなら十分耐えられるが、それでも背中に与えられた重い衝撃は十分に四糸乃のバランスを崩すのには十分で、その勢いのまま地面に落とされてしまった

 

 

 

 

 

 彼女は今、一人だ

 前までは彼女を支えてくれた友だちがいた

 前までは彼女を救ってくれるヒーローがいた

 

 しかし、今の彼女のそこに(左手に)は友だち……よしのんはいない

 

 それがとても、心苦しい

 怖い。寂しい。つらい。悲しい

 様々な感情がひしめく中、彼女に止めどなく降り注ぐ雨はいつにも増して冷たく感じる

 気持ち悪い。頭が揺れる。もう何が何だかわからない

 彼女に襲い掛かる恐怖はどんどん膨れ上がる。最早正気でいられない

 

 ——だが、彼女は堪え続ける

 

 友だちがおらず、今にも限界が訪れそうな彼女が何故堪えられるのか? 何故気を保っていられるのか? その理由は……残されているからだ

 彼女の支えとなる物が一つ、まだ残されているから——彼女はまだ堪えられる

 

 「——〈氷結傀儡(ザドキエル)〉ッ!!」

 

 叫びと共に、彼女は天使を顕現させる。——()()()()()()()()

 

 地面に落とされながらも彼女は諦めず、逃げる事だけを考え天使を顕現させる。その想いは天使に伝わり、ASTには目もくれずに冷気を放ちながら逃走を始めた

 ASTは天使の顕現に一度は警戒して動きを止めるも、目標が再び逃走を謀るのを視認するなり、再び先程までと同様に追撃を再開したのだった

 ……だが、その追撃は天使の力によって阻まれることとなる

 ASTから放たれる銃弾は降り注ぐ雨によって凍らされ地に落ちる。更には行く手を阻むかのように、ASTの前に氷の柱や壁が次々と現れ始めた。攻撃の概念こそそれらには無いが、四糸乃にとってはそれでいい。他人を傷つける気の無い彼女にとっては攻撃するよりも逃げる為に全力を出せばよいのだから

 だからこそ、四糸乃はただAST達の追撃を妨害するだけで一切攻撃を与えずに逃げ続けた

 

 彼女は未だに自身の心を保ち続け、その信念を曲げなかった。人を傷つけたくないという歪んだ慈悲を……傷ついた心に秘めつつも、その心は変えなかった

 

 前回はよしのんのおかげか、いつにも増して堪えられていた。今までとは違う。自分は一人じゃないと、そう感じた四糸乃の心の重りはいつもよりも軽かっただろう。これなら次に現界しても、よしのんがいるから大丈夫……例え怖い人達が襲ってきても、よしのんが私を支えてくれる。——そう、思っていた

 

 しかし……今回は今までとは誓う感情に満たされていた

 自身の左手にはよしのんがいない。それはまるでよしのんと出会う以前に戻ったかのように、彼女は再び恐怖に怯え、焦燥し始めた

 

 そして何より——心細かった

 

 

 

 よしのんと出会う前はいつもギリギリだった。空間震で現界する度に降りかかる恐怖は四糸乃の心を擦り減らし、恐怖で混乱した彼女は天使を顕現させて逃げ続けた

 襲われる度に不安に苛まれる。いつ自分が人を傷つけてしまうのかという不安が押し寄せてくる

 

 それでも苦痛や恐怖が嫌いな彼女は、人を傷つけたくないという感情を周囲の人に与えたくないが為に堪え忍ぶ。例えそれが自分を傷つける結果となったとしても……彼女の心は変わらない

 

 

 それこそが、彼女の歪んだ慈悲の形なのだから……

 

 

 そんな四糸乃が恐怖で心を擦り減らしていた時——転機が訪れる。千歳とよしのんとの出会いだ

 

 最初は怖かった。また自分を襲う人達なんじゃないかと……相手を衝動的に傷つけてしまうかもしれないと

 ——しかし、何故か千歳を見ていると、不思議と心が和らいでいった

 それはまるで柔らかいものに包まれているかのようなで……何処か温かく、心地良い安らぎを四糸乃は千歳から感じたのだ。それこそ四糸乃が千歳に言ったように、まるで母といるような安心感があったのだ

 そんな千歳と一緒にお風呂に入って、けん玉で遊んで、そして……かけがえのない友だちと巡り会わせてもらった

 隣界する時も、せっかく出会えた千歳と離れるのが……正直怖かった

 

 それでも気を強く持てたのは……千歳がくれた”よしのん”のおかげだ

 

 よしのんがいてくれるのなら何とかなる気がした。頑張れる気がした。だってよしのんは……四糸乃にとって理想の姿だったのだから

 自分とは比べ物にならない程に、明るくて、元気で、強くて、カッコイイ。まさに四糸乃の理想のヒーローみたいで……そんなよしのんの存在が、四糸乃の孤独を癒していった

 

 

 そんな、自分にとって替えのきかない大事な友だちが……今は傍にいない

 

 

 それは、一度味わった幸福が忘れられないのと同じように——よしのんの存在は四糸乃を依存させた

 ”よしのんがいれば”という安堵。それを失ったが為にくる不安。それは今までにない感情だった

 だからこそ、四糸乃にはその感情を払う事が出来なかった。払う手段を知らなかった

 その手段を知らない以上、彼女の心細さはなくならないだろう

 

 そうして四糸乃は一人になってしまった。今までに感じたことの無い不安と共に

 頼れる者が傍にいない、それがとても心細かった。その事実が左手を確認する度に突き刺さり、今にも頭が真っ白になりそうになる

 気を抜けば人に攻撃してしまうかもしれない。何をするかわからない。もう今すぐにでも感情が爆発しそうで……それが何より怖かった

 しかし、ここまで追い込まれて尚、四糸乃は堪え続けている。人を傷つけたくないと自分の頭に言い聞かせながら、押し寄せる不安を頭の隅へと追いやる様に

 体は震え、瞳からは止めどなく涙が流れ続ける。後ろから聞こえる銃撃の音に、今にも失神しそうになってしまう。……それでも四糸乃は堪え、逃げ続けた

 

 

 

 片手に握り締めるけん玉(千歳との思い出)を、胸に大事そうに抱きかかえて……

 

 

 

 「よし、のん……! 士道さ、……! ……千歳、さんっ!」

 

 彼女は自身に優しくしてくれた者達の名を呼びながら疾走する。その者達に届くよう……助けてほしいと想いを乗せて

 彼女は必死だった。必死に視界でその想い人達を探し続けた

 

 

 ——そして、想い人の一人と再会する

 

 

 「——四糸乃ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 「…………!」

 

 その時の彼女の心は、例えるなら暗い部屋の中に一筋の光が差しこむような心境だっただろう

 

 近くのビルから聞こえたその声は、昨日よしのんを探してくれると言ってくれた、自分に優しく接してくれた少年——五河士道のものだった

 初めて会った時から自分に優しくしてくれた。こんな弱虫で、怖がりで、うじうじしてる私を……今のままの私を”好き”だと言ってくれた

 そして私の……ヒーローになってくれるって言ってくれた、初めて知り合う男の人

 勿論、最初は怖かった。千歳のように安心感があった訳でもない彼に、近づくだけでも身が竦んだ

 それでも……彼には何か、引きつけられるものがあったのだ

 千歳とはまた違う何か。千歳から感じた安ど感とはまた違う感情……しかしそれは、決して嫌な感情ではなかった

 そんな彼が来てくれた。もしかしたらよしのんを見つけてくれたのかもしれないという淡い希望が、四糸乃の心を照らし始める

 

 

 ——もしそれが、もっと早くに会えたならば……彼女の心は救われていたのだろう

 

 

 士道の存在に足を止めた四糸乃に、ASTからの攻撃が降り注ぐ。——多少の変化をもたらして

 銃弾は雨のせいで効果が無い。ならば魔力による光線ならばと巨大な砲門を四糸乃に向け放ったのだ

 結果は四糸乃の頬の辺りを掠めるだけに終わってしまったが……届いてしまった。四糸乃の元に、その脅威が 

 

 「ぁ……ッ、ぁぁぁあああああッ————!?」

 

 「——ッ、四糸乃ッ!!」

 

 その脅威によって、四糸乃の心に再び影が差す。押し留めていた恐怖が再び四糸乃の心を蝕み始め……逃走を再開した

 

 あの場にASTがいなければ結果は変わっていただろう。しかし、皮肉なことにこれが現実だ

 

 

 

 迫り来る恐怖を肌で感じながら、逃走を再開した四糸乃は走りながらまとまらない思考を無理矢理まとめて考える。——とにかく今は逃げ続けよう、と

 隣界に戻ることが出来れば、再び静粛現界によってひっそりと現界できる。その時に士道からよしのんを渡してもらえるかもしれない。もしまだ見つかってなくても、一緒に探してくれるかもしれない。運が良ければ、今度は千歳も手伝ってくれるかもしれない。もしかしたら千歳が見つけているかもしれない——そんな希望を支えに、四糸乃は逃げることだけを考える

 

 だから今は耐えよう。まだ、耐えられるから……

 

 明日への希望を胸に、彼女は再び握りしめる。その片手に持つけん玉を

 今やそのけん玉が彼女の心の支えと言っても過言ではなかった。よしのんがいない、士道がいない、千歳がいない状況で、彼女が縋れるのは……千歳との思い出だけだったから

 その支えがあるからこそ、彼女はなんとか自身の心を保つことができていた。逃げ続けることができていた

 

 

 

 ——その支えが無くなるまでは——

 

 

 

 「——っ!?」

 

 必死に逃げていたから気づかなかったそれは、四糸乃が気づいた時には既に手遅れだった

 突如として視界に現れた網目状の魔力の光が、四糸乃の〈氷結傀儡(ザドキエル)〉に絡みつく。どうやらASTが罠を仕掛けて待ち伏せていたらしい

 

 巨大なウサギの人形を模した天使、〈氷結傀儡(ザドキエル)〉は小回りが利かない

 確かに素早いフットワークを生かした逃走は、ヘマをしなければ誰にも追いつかれる事はない——そう言えるだけの速さを持っていた

 しかしその分、急な方向転換には対応することが出来ないのだ。故に誘い込まれ、罠を仕掛けでもされれば回避する事は難しい

 ASTも馬鹿ではないという事だった。この短時間で逃げる四糸乃の行動を予測し、取り囲むよう誘いこんでいた

 四糸乃が気付いた時には周りをASTに囲まれ、ASTは身動きのできない四糸乃に各々が持つレイザーブレイドを引き抜き襲い掛かる。その凶刃を四糸乃へと突き立てる為に

 

 しかし、四糸乃だってこんなところでやられるわけにはいかないのだ。会いたい人達がいるのだから

 四糸乃は〈氷結傀儡(ザドキエル)〉に力を込め、絡みついた網状の魔力糸を強引に振りほどいて脱出する。いくらASTの隊員達が魔力をつぎ込もうが、役不足と言わんばかりにその拘束は天使の前には通用しなかった

 身動きがとれるようになった四糸乃を見て接近していたAST達は急停止、一旦攻撃のタイミングをを見計らうために後退する

 

 

 ——そこで、アクシデントが起こった

 

 

 「——ぁ」

 

 四糸乃は〈氷結傀儡(ザドキエル)〉を無理やり動かして振り解いたせいで——その手に握り締めていたけん玉を落としてしまったのだ

 

 片手で操っていたのも原因の一つだろう。無理矢理動かしたときの揺れでバランスを崩してしまったのも不味かった。反射的に〈氷結傀儡(ザドキエル)〉の背中を掴んでいた方の手に力を込めたことで、四糸乃自身が〈氷結傀儡(ザドキエル)〉から振り落とされることは免れたが……その時、反対のけん玉を握っていた方の手から力を抜いてしまったのだ。——結果、その手からけん玉を滑り落とす事になってしまう

 

 ——今いる場所はビルよりも高い空の上。そんなところから……何の変哲も無いけん玉が、地面に落ちてしまえばどうなるか——

 

 「——ッ!!」

 

 四糸乃がその答えに至った瞬間、〈氷結傀儡(ザドキエル)〉から手を引き抜き、その巨体を踏み台にして真下へと跳躍する。そして四糸乃は今も尚、降下し続けるけん玉に向かって手を伸ばすのだった

 

 

 ——あれだけは……あれだけは……ッ!!——

 

 

 今、四糸乃に縋る物はそれしかない

 天使から離れた四糸乃を見て、チャンスと思ったASTが銃口を四糸乃に向け放ってくるも、四糸乃はそれを気にしなかった。……いや、気にしていられなかった

 高所から落下する恐怖さえ今の彼女の目には映らない。降り注ぐ銃撃が自身の体を掠めようとも気にする余裕なんてありはしない

 

 とにかく四糸乃は……失いたくなかった

 

 温かく、心地よい、千歳との大切な思い出を壊したくなかった

 

 

 

 壊したく……なかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ザァァァァァ——————

 

 

 

 「……」

 

 曇天の下、降り注ぐ雨は今の彼女の心を示しているのだろう

 雨の中佇む少女の姿は、見るも無残な姿をしている

 特徴的なウサギの耳飾りがあるフード付きのレインコートはボロボロに破け、その破れた箇所からは徐々に赤く染まっていく

 少女から少し離れた位置には、糸が切れたかのように横たえる天使が少女の方に顔を向けた状態で事切れていた

 そんな少女の周囲には、彼女を殲滅するために武装した集団が取り囲んでいる。しかし、何の反応も示さなくなった少女に……彼女達は何処か不気味さと、言い表せない胸騒ぎを感じていた

 

 そこに佇む少女から……何かを感じるのだ

 

 

 まるで——開けてはならない扉を無理矢理こじ開けたせいで、扉の留め具を壊してしまったかのような……取り返しのつかない事態を

 

 

 後戻りが出来ない何かを少女を取り囲む集団——ASTは、その肌で感じ取っていた。故に警戒を緩める事が出来ないし、下手に攻撃するのも危ぶまれる

 

 少女も天使もASTも、誰も動きを見せずに佇む

 大地に降り注ぐ冷たい雨の音だけが、唯一この場に鳴り響く

 その降り注ぐ雨音が——悲しみに泣く子供の心を感じさせた……

 

 

 

 

 

 「……」

 

 やがて、その身に纏う霊装をところどころ血に染めた少女に動きが現れる

 傷だらけの体なのにも関わらず、少女はその痛みに反応を示さなかった。——示す程、心にゆとりが無かった

 そんな少女の動きに反応したASTが、何かアクションを起こす前に少女を殺そうと銃口を向ける

 

 

 ——ことが出来なかった

 

 

 今更ながらに彼女達全員が異変に気づく

 

 自身の体が——動かないことに

 

 プレッシャーで体が動かないのではない。()()()()()()()()()()()()かのように微動だにしないのだ

 困惑するASTの隊員達、だが声を発することもままならない。視線を動かすことも出来やしない。AST隊員全員が、少女から目を離せないまま金縛りにあっていた

 そんな彼女達は、徐々にある感情を抱き始めていく

 

 

 それは——冷たさだった

 

 

 背筋が凍るかのような冷たさ、肝が冷えるような冷たさ、頭が鮮明に冴えるような冷たさ

 

 

 それはまるで——心の底から氷漬けにされていくような錯覚

 

 そしてそれが、今自身達の身に起こっている現象——()()()()()()()()()()()かのような膠着状態の原因にも感じたのだった

 

 

 そんなASTに目もくれず、少女はその場にしゃがみ込む。目の前に映るその光景を、視界に入れて

 

 

 

 「……や、だ」

 

 

 

 掠れた声が静まり返った場に響く。その悲鳴にも似た掠れた声は、雨が降り注ぐこの場の者達によく聞こえたことだろう

 

 それは少女——四糸乃が漏らした悲痛な呟き

 

 その呟きを漏らした少女の姿は……もう見ていられない程に、痛ましい

 

 

 「……や、だ……やだっ……やだ、やだやだ、やだやだやだやだやだあああああ——ッ!!」

 

 

 雨が降り注ぐ中に響く慟哭は、その場にいる者全ての耳に届いたであろう

 砕けた”ソレ”を手に握り締め、繰り返し否定の言葉を吐き出し続ける

 その顔は受け入れられない現実を、必死に否定しようと涙を堪えていた

 

 今泣いてしまったら……わかってしまう。それだけは……理解、したくない……ッ!

 

 

 ——だが、それもやがて、嫌でも直視させられる

 

 

 「——っ……ぁ……あ、れ……?」

 

 

 ——痛みを感じた

 

 

 痛みから来る本能によって、四糸乃は握りしめていたモノを手放してしまう。——全体的に砕け、一部を血に染めた”ソレ”を

 四糸乃は強く握りしめたせいで、その砕けた破片によって手のひらを切ってしまったのだろう。——その傷から四糸乃の手のひらと、砕けた”ソレ”に血が滲んでしまった

 

 ”ソレ”によって傷つけられ、手のひらから徐々に流れる”まっかなえきたい”

 

 ASTによって傷つけられた自身の体から滴り落ちてきた”まっかなえきたい”

 

 

 その二つに染められた……四糸乃の大切な”宝物”

 

 

 四糸乃は恐る恐る見つめたその先で……今しがた自分が手放した”ソレ”を視界に移す

 

 

 

 

 

 痛みによって、手のひらから手放してしまった”宝物(ソレ)”……最早修復不可能な程に砕け散り、自分の流した血(まっかなえきたい)によって染められた(汚された)——けん玉(千歳との思い出)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——今頃、この映像を見ている〈フラクシナス〉のクルー達は慌てている事だろう

 精霊である四糸乃の感情値がどんどん降下していっている。——それこそ、四糸乃の霊力値がマイナスに行かんとばかりに下がっているのだから

 

 

 

 

 

 霊力値が下回る——マイナス値に下がるということは、ある事象を意味する

 

 

 ——霊結晶(セフィラ)の反転——

 

 

 それは精霊が深い”絶望”の底に叩き落とされたときに起こる現象

 精霊本来の人格を閉じ込め、天使とは比べ物にならない程の力を持つ破壊の象徴、魔王を顕現させる

 

 そうなれば後は……滅ぼすのみ

 

 周囲を滅ぼし世界を壊す。精霊が災厄たる力を無差別に行使し始める

 

 それを止めるべく、通信を受けた少年(士道)は自身の手で助けられた——救うことが出来た元精霊の少女(十香)と危険を顧みず向かっている。琴里の制止にも耳を貸さず、四糸乃の元へと一分一秒でも早く辿り着く為に、少女が操る天使はその速度を増していく

 しかしながら、辿り着くにはまだ遠い。それは予想以上に速度を出していた四糸乃の〈氷結傀儡(ザドキエル)〉によって、その距離を離していたが故に

 

 ——だからこそ間に合わない。既に四糸乃の霊力値はほとんど底まで降下し、もうすぐ彼女は——魔王へと変貌するだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『……あー……おねーさん達?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——だがそれは、彼女だけのヒーローによって阻止された

 

 急に聞こえた妙に甲高い声。それは今も尚、糸が切れたかのように横たえる()使()()()鳴り響く

 その声に——今や聞き慣れたその声に、今にも”壊れそう”だった四糸乃の心に再び光が照らし始めた

 

 それは先程の様な一筋の光ではない。不確実な淡い希望でもない

 

 暗い部屋全体に行き届く程の光輝く極光が——確信に満ちた眩しい希望が部屋()の中に満ちていく

 

 

 四糸乃はその声だけで、堕ちかけていた心を引き上げたのだ

 

 

 四糸乃は顔をあげ、自身が待ち望んで止まなかったその声が聞こえた先——”自身の天使”に視線を向ける

 周囲にいるASTも、急な言葉に驚きを隠せない表情でそちらを向こうとするも、顔も向けられず表情も変えられない。未だその強力な金縛りは続いていた

 

 

 だからこそ、四糸乃にだけがその変化を間近で一から見ることが出来たのだ

 ASTも、〈ラタトスク〉も……()()()()()知らない未知の力を

 

 

 『ちょぉーっと、おいたがすぎたぁねぇ?』

 

 そんな、甲高い声が響く天使に……徐々に変化が現れ始める

 

 『まったくさぁ……度し難いって言うのかな? こういうの』

 

 天使が徐々に、黒く染まっていく

 

 『()()としてはさぁ、四糸乃の為にもあんまり干渉しないつもりだったんだけどねん?』

 

 黒く染まりきった天使が、収縮を始める

 

 『——でぇも、こうも四糸乃の心を傷つけたとあっちゃぁ……見過ごせないってな要件なのさ』

 

 収縮していった天使は直径二m程の球体へと変化し、四糸乃のすぐ正面まで漂い、近づいていく

 

 『四糸乃の優しさ(慈悲)がおねーさん達を生かしていたよーなもんだったんだけどぉ……もう、手遅れだよ?』

 

 その球体にまた、変化が訪れる

 

 『何せボクの堪忍袋の緒がプッツンしちゃったもんねー! ……許さないよ?』

 

 その変化は劇的で、最早〈氷結傀儡(ザドキエル)〉の原形を留めていなかい

 

 『いやー、それにしても千歳ちゃんには感謝感謝だ! こーしてボクが()()()()()()()()()()()をくれたんだからねー」

 

 変化は終わり、そこに佇む天使だったものは——()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()

 

 

 

 「さーてッ、いーらなーいモーノはー……ゴミ箱にポイッ! てね?」

 

 

 

 ウサギを模しているその左耳が、途中で引き千切れた耳飾りをフードから垂らしていた

 右目には黒いボタンの様な形をした眼帯を付けている

 少女の髪は、四糸乃と同じ髪型なのだが……その髪の色は白髪を基準にちらほら黒髪が混じっている。それはまるで……白き世界を染め行く黒き浸蝕とでも呼ぶべきか

 主に可愛らしさが目立つ四糸乃の霊装と比べ、全体的に黒を基準に白の装飾を施されたフード付きコートは、四糸乃の可愛らしさとは正反対の格好良さを目立たせていた

 

 そんな少女の右手には、先程まで形を留めていた四糸乃の大切な宝物(けん玉)の持ち手を模した、身の丈以上の大槌を担ぐように持ち上げている。更にはその大槌の先端から伸びる霊力によって作られた糸が、紫色の氷で作られた球体に繋がり、球体自体は頭上に浮かぶように漂っていた

 

 

 そして、そんな彼女——四糸乃と同じ顔をした少女が——よしのんが告げる。……その口を三日月形に歪めながら

 

 

 

 

 

 「はいはーいッ! でぇは、これから四糸乃の為に送る()()()()のヒーローショーを行おうとしよーじゃないか!! 四糸乃を傷つけた分、最後まぁで……狂死(くるし)んでいってね?」

 

 

 

 

 

 かくして、一人の少女だけのヒーロー(よしのん)が、ヒロイン(四糸乃)を守る為に立ちあがる

 ——その左目に宿る【()()()】で、己が対峙する敵役(AST)を見据えながら……

 

 

 

 

 

 今日この日、天使でもなく魔王でもない災厄————”堕天使”が顕現した

 

 




はい! そんな訳で四糸乃(の天使)覚醒回でした! ……どちらかといえばよしのん覚醒回でしょうか?
……あれ? 覚醒よしのんの姿、どこかで見たことがあるような……気のせいかな?

白黒兎「……」

——さ、さて! いろいろ詰め込み過ぎたせいで自分自身も把握しきれていないかもしれないという作者殺しが発動しました! ……詰め込み過ぎだよ私
では、少しずつちょっとした解説を……
まず一つ目、多分一番気になる堕天使ですが……原因は千歳さんです
二つ目によしのんが見せた【心蝕瞳】ですが……原因は千歳さんです
三つ目にAST隊員が受けていた金縛りですが……原因は千歳さんです
そして四糸乃が反転しそうになった件ですが……原因は千歳さんです

……あれ? 全部の原因、千歳さんじゃね?

主人公クンは十香の玉座型スラスター(?)で四糸乃の元に疾走中ですね。ガンバレ主人公クン! 千歳さんが来る前に封印しないとかなり厳しくなるぞ!
……あれ? もしかしたらよしのんも大きな障害に?
霊力封印=よしのんも封印される、かも……?
……あれ? 四糸乃反転待った無し? これヤバくね?

因みに今回、一番つらかったのは四糸乃に酷い仕打ちをさせてしまったことです。心が痛い

そんな次回……一体どうなるんだ!? 私にもわからないです!(オイ)

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