ラブライブ! 委員長はアイドル研究部のマネージャー   作:タトバリンクス

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お待たせしました。

星野如月の過去編三話目です。

それではお楽しみください。


六十九話 沙紀ビギニング その三

 8

 

 それから二ヶ月の月日が経ち、最初は十数人いたアイドル候補生たちも日を追うごとに一人また一人と辞めていった。

 

 始めは候補生同士のピリピリとした空気が張り詰めていたレッスン室も人がいなくなるごとに薄れていき、やがて何事もなかったように消えた。

 

 消えたと言うよりもする必要がないと言ったほうが正しいかもしれない。

 

 わたしは元よりピリピリしてまでやるつもりがなかったし、結理も表面上はそんな素振りを見せない。

 

 そんな二人しかアイドル候補生は残らなかったからレッスン室は物静かになっては──

 

「如月って……ときどき――いや結構独り言多いですよね」

 

 いなかった。

 

 結理がこうして突拍子もなく話題を振ってくる。

 

「何よ、休憩始まって突然何を言い出すの」

 

「突然ではないですよ、前々から如月が一人のときの姿を何度か目撃しているのですが、どうも独り言が多い気がしたので」

 

「別に……気のせいよ、仮に独り言が多かったとしても誰だって、ふとした瞬間に口にしていたりするものでしょ」

 

「そうですか? どうも独り言にしては誰かと会話しているような感じがしたんですけど……」

 

 私との会話を見られていたことに内心驚きながらも最もらしいことを口にして誤魔化そうするが、ユーリは納得していない反応。

 

 ちなみに芸名を貰ってから結理はわたしのことを如月って呼ぶようになった。

 

 何でも普段から呼んでおかないと、うっかり本名を口にしてしまいそうだからと。わたしもそれに倣って結理のことをユーリと呼ぶようにしている。ほぼ呼び方変わらないけど。

 

「何か私に隠し事をしてませんか?」

 

「もちろん、なんたって思春期真っ盛りの女子中学生よ、誰にだって隠し事の一つ二つくらいあるわよ」

 

「その言い方だと隠し事があること自体は否定しないんですね」

 

「……」

 

「なら簡単ですね、私の秘密を教えればいいだけの話、なんせ同じ乙女の秘密ですからね」

 

 得意げな顔をしながら自信満々に言い放つ結理にわたしは何とも言えない気持ちになった。

 

「まあでも今はそこまで追求するのは止しときましょう、何事も順序と言うものがありますから」

 

 そう言って彼女はそれ以上は何も言わなかった。

 

 その後もわたしが隠していることに関しては言及せずにユーリはレッスンに打ち込んだ。わたしもレッスンを再開して、レッスン終了後まで二人で練習に明け暮れた。

 

 レッスンが終わると、わたしは一人で家路に就く。基本的にユーリは真拓と一緒に帰宅するので、大抵で一人で帰ることがほとんどだった。

 

「ただいま」

 

「お帰り、沙紀ちゃん!!」

 

 帰宅すると開幕雪音が抱き付こうとしてきたけど、華麗に回避する。

 

「ホワイ!? お母さんの(ハグ)をなぜ避ける!?」

 

「暑苦しいからよ」

 

 それだけ伝えると雪音はショックを受けた顔をしたが、わたしは気にせず私と入れ替わる。

 

「お母さん……ただいま……」

 

「■■ちゃん、お帰り!!」

 

 私と入れ替わった途端、さっき同様私に抱き付く雪音。

 

「沙紀ちゃんってば、お母さんの(ハグ)を嫌がるんだよ……これは照れてるんだよね!!」

 

「う~ん……どうだろう……」

 

 照れてないわよ、面倒くさいだけよ。

 

 もう中学生にもなる娘に対して、毎日毎日帰ってきたら抱き付いてこようするなんて、なんかうざったい。

 

「照れてないって……ただ面倒だって……」

 

「えぇ……そんなぁ~」

 

「私も……そろそろ……着替えて……ご飯の……準備が……したい……」

 

「そうだね!! ■■ちゃんをしっかり堪能できたからよしっ!!」

 

 雪音は私から離れると、私は着替え始める。

 

「ところで今日のご飯は何にするの!?」

 

「どうしよう……かな……」

 

 着替え終わると、冷蔵庫の中身を見て今日の夕食メニューを考え始める私。篠原家では基本的に私が夕食を作るのが日常だった。

 

 雪音やわたしも料理は出来ないことはないけど、雪音はノリで料理にアレンジを加える悪い癖があり、わたしも偏食家であるから作るものが偏る。

 

 なので健康面を考えると、レシピ通りきっちり作ってくれて、かつバランス良く料理が作れる私が適任。

 

「決めた……」

 

 メニューが決まったところで私が夕食の準備を始めようしたタイミングで携帯が震える。私はポケットから携帯を取り出す。

 

「もしかして……彼氏からの連絡!?」

 

「ち、違うよ……」

 

 雪音が茶化してくるのに困惑しながら私が画面を見ると、真拓からのメッセージだった。

 

『今日も一日レッスンお疲れ様』

 

『明日は朝7時に迎えに行くのでよろしく』

 

『了解』

 

 真拓から送られてきたメッセージを確認してから私が代わりに返事をする。

 

 そうしてやり取りを終えると、一瞬だけわたしは私と入れ替わる。そして横で抱き付いてきゃっきゃと騒いでる雪音にボディークローで黙らせて、再び私に主導権を返して夕食の準備を任せたのだった。

 

 9

 

 翌朝。目覚まし時計の音で目を覚ましたわたしは布団から起き上がる。

 

「……眠い」

 

 元々朝に弱いためまだ意識が覚醒しきっていない状態で呟く。そのまま立ち上がり洗面台に向かって顔を洗い歯磨きをして髪をセットする。

 

 それから身支度を済ませ雪音が用意した朝食を食べ始める。

 

「いよいよ沙紀ちゃんたちの晴れ舞台!! 愛しい我が娘たちの可憐な姿が有象無象たちに知れ渡る世紀の瞬間!!」

 

 わたしが朝食を食べている目の前でもう既にフル装備で準備万端でしかもテンションが高い雪音。

 

「朝から……テンション高くて……ウザイし……うるさい……」

 

「そんなこと言って沙紀ちゃん本当はお母さんに応援されて嬉しいんでしょ、知ってるんだよ、なんせお母さんだからね!!」

 

「……」

 

「ごめんなさい、無言で返すのだけは止めて、沙紀ちゃんにそんなことされたら心折れて自殺するから」

 

 寝起きでダルくて無視すると、雪音はおもむろに謝る始める。しかも土下座で。

 

「娘に……土下座って……」

 

「娘に嫌われないためなら土下座だって厭わない……それが雪音ちゃんなの、愛娘よ」

 

 そうドヤ顔をしているが絶賛土下座中。全く締まらない。

 

「なら……もうちょっと……母親らしく……振る舞えばいいのよ……」

 

「無理で~す、これが私のスタンスなんで~す、こんなお母さんイヤ?」

 

「……だるい」

 

 そう言ってわたしは身体の主導権を私に一旦渡す。雪音と話すより中で少しでも眠っていたほう有意義だと思ったから。

 

「えぇ……私に……急に……振らないでよ……」

 

 ごめんなさい、マジでダルかったから。

 

 急に身体の主導権を渡されて困惑する私にわたしは謝るだけ謝って眠りにつく。

 

 雪音とそんなやり取りしつつ私が朝食を食べ終わると玄関を出て、真拓が迎えに来るのを待つ。

 

 数分くらい待つと、家の前に車が止まり後部座席のドアが自動で開く。わたしはそれに乗り込むと、真拓は車を発進させる。

 

「おはようございます、如月」

 

「おはよう……ユーリ……」

 

 既に車に乗っていた結理が挨拶してきたからわたしも同じように返す。

 

「あはは、如月眠そうですね」

 

 まだ眠そうなわたしを見てユーリは笑う。

 

「……ユーリは元気ね」

 

「えぇ、いつもこの時間に起きているので」

 

 得意げな顔をしながら自信満々に結理が答えると、前で運転している真拓が苦笑いを浮かべていた。

 

「何ですか!? その顔は!!」

 

「いや、別に……」

 

 結理の反応に真拓はまたもや苦笑。何となく今のやり取りで真拓の言いたいことが分かった気がするけど、頭が回らないからそれ以上は考えるのを止めた。

 

「おはよう、如月」

 

「おはよう……真拓……」

 

 横でぶうぶう言う結理を無視して真拓はわたしに挨拶してくる。

 

「如月も合流したので今日の予定を改めて説明させてもらうよ」

 

「ええ……お願い……」

 

「本日は午前9時からリハーサルを、午後2時には本番の予定」

 

「そう……」

 

「それと、先日の打ち合わせ通りステージの袖にはスタッフの方が待機しているから、何かあればすぐに対応してくれるのでそこは安心して」

 

「分かったわ……それで、今から行く場所はどこだっけ?」

 

「これから向かう先は大型のショッピングモール」

 

 真拓曰く今回の会場は、都内にある大型ショッピングモール。そこは多くの専門店が軒を連ねている場所で、イベントやコンサートなどの催し物が行える多目的ホールがあるらしい。

 

 その多目的ホールでわたしたちのデビューライブが行われる。

 

「そう……大体理解したわ……」

 

 今日のライブについてあらかた説明を受けると、朦朧とした意識のなか、外の風景を眺めていた。

 

 移動中、結理はずっと何かを話していたが、正直眠くてほとんど聞いていなかった。

 

 そんなこんなで目的地である大型ショッピングモールへと到着した。

 

 駐車場に車を止めて降りると、真拓はわたしたちを先導するように前に出て歩き始める。

 

 わたしたちもそのあとを追うようにしてついて行く。

 

「まずは会場に」

 

「はい」

 

「……」

 

 わたしはユーリの返事を聞きながら真拓のあとについていく。

 

 そして、わたしたちはリハーサルを行うホールへと向かった。

 

「それではここで待ってて、準備が終わったら呼びに来るから」

 

 そう言って真拓はわたしたちを置いてどこかへ行ってしまった。

 

 わたしは辺りを見渡すと、そこは大勢の人がいて、多くの機材が並べられている。そして、少し離れたところにある舞台の上には照明機器や音響機器などが所狭しと置かれており、これからライブが始まるんだという実感が湧いた。

 

「如月、あれ見てみてください」

 

 そう言ってユーリはある一点を指差す。そこには『新ユニットAstrologyお披露目ライブ』と書かれた看板が設置されていた。

 

「もうすぐ始まるんですね」

 

「ええ……」

 

 わたしは生返事をしながらユーリの言葉に耳を傾ける。

 

「私もまさかここまで早くデビューできるとは思ってませんでしたよ」

 

「そうね……」

 

「ところで如月はAstrologyがどんな意味か知ってますか?」

 

「急に何よ、確か……占星術って意味でしょ?」

 

 一応自分たちのユニット名になるから真拓から聞かされたあとでネットで調べていた。

 

「はい、そうですよ」

 

 ユーリは微笑むと、話を続ける。

 

「星の位置や動きと様々な事象を経験から結びつけて占うそれがAstrology」

 

「星……結び……なるほどね」

 

「あっ、気づいちゃいましたか?」

 

「まあ、なんとなくね……」

 

 わたしが呟くとユーリは嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「本当に真拓ってそういうの好きなのね」

 

「まあ、それだけ真剣に考えているってことですよ」

 

 確かにそうかもしれない。芸名のときもそうだけど、ユニット名もわたしたちの名前から取ってきたもの。

 

「如月はどう思いますか? ここまで期待されて」

 

 唐突にユーリが訊ねてきた。

 

「そうね、悪くはないと思うけど」

 

「けど?」

 

「わたしはただ歌って踊れればそれでいい」

 

 これは本心。今はアイドルとして頂点を目指したいとかも考えてない。

 

 ユーリはどういうスタンスでアイドルをしているか分からない。もしかしたらわたしの発言で気分を悪くするかもしれないけど、自分の感情を偽っても仕方がない。だからわたしは自分の気持ちをそのまま伝えることにした。

 

「そっか、如月には如月の考えがありますもんね」

 

「あなたはどう──」

 

「お待たせ」

 

 ユーリにも同じことを聞こうとするが、タイミング悪く真拓が戻ってくる。

 

「それじゃあ、リハーサルを始めようか」

 

 わたしたちはその言葉を聞いて、リハーサルを開始した。

 

 10

 

 リハーサルを終えた後、わたしたちは控え室に戻り休憩していた。

 

「お疲れ様です、如月」

 

「ありがとう、ユーリもお疲れさま」

 

 結理に労いの言葉をもらってから、わたしは近くの椅子に腰掛ける。すると、ドアをノックする音が聞こえた。

 

「失礼します」

 

 わたしたちがドアの方を見ると、真拓は部屋に入ってくる。

 

「飲み物買ってきてくれたのね」

 

「二人とも喉乾いているかなって」

 

 真拓の手にはペットボトルのお茶が何本か握られていた。

 

 それをわたしたちに渡してから、真拓は部屋の端に置いてあるパイプイスに座った。

 

「どう? もうすぐ初めてのライブが始まるけど」

 

 真拓はわたしたちに向かって訊ねる。

 

「そうですね……緊張はしてますけど、なるようになれです」

 

「なるほどね、如月は?」

 

「いつも通りよ」

 

「さすがは如月、頼もしいな」

 

 わたしたちの感想に真拓は苦笑しながら言う。

 

「それで、この後は?」

 

「うん、本番まで時間があるからそれまで自由行動だよ」

 

「そう……なら、少し休ませてもらうわ」

 

「了解、本番になったら呼びに来るから」

 

「ええ……」

 

 わたしが答えると、真拓は立ち上がり部屋から出て行った。

 

 そして、わたしと結理の二人は無言のまま、時間が過ぎていく。

 

 それからしばらくすると結理が口を開いた。

 

「いよいよ、本番ですね」

 

「そうね……」

 

「大丈夫ですか?」

 

「心配してくれるの?」

 

「そりゃもちろんですよ」

 

「ありがと……」

 

 わたしは素直にお礼を言う。

 

「でも、わたしは平気よ、むしろ、あなたのほうがミスしないか不安なんだけど」

 

「それはひどいですよ、如月」

 

「冗談よ」

 

 わたしがそう言うと、結理は頬を膨らませる。

 

「それじゃあ、お互い頑張りましょう」

 

「はい……」

 

 こんな風に雑談しているが、明らかにユーリの口数が少ない。いつもならうるさいくらい話を振ってくるのに、流石に本番が近くて緊張しているかもしれない。

 

(むしろ……この状況で……緊張しない……わたし(沙紀)……のが……すごいよ……、そういう……ところ……やっぱり……お母さんに……そっくり……)

 

「はぁ?」

 

 そんなことを頭の片隅で考えてると、私が呆れた声で聞き捨てならないこと言って、思わず声に出してしまう。

 

「どうかしましたか、如月?」

 

 急にわたしが声を出したから驚いた顔をする結理に何でもないと伝えて、一旦部屋から出る。

 

 流石に不振がっている結理の前で私と会話しているところを見られるわけにはいかない。

 

「私が変なこと言うせいで、思わず声が出たじゃない」

 

 周囲に誰もいないことを確認してから小声で私に話しかける。

 

(うぅ……ごめんなさい、わたし(沙紀)……)

 

「それよりも聞き捨てならないこと言ってなかったかしら、わたしと雪音がそっくりだって」

 

(そ、それは……)

 

「わたしが頭のネジが飛んでるあれと一緒だなんて思われたくないわ」

 

「大体朝はテンションが高くてうるさいし、大抵のことはできるくせに負けず嫌いだし、何言われても気にしないし、むしろ、うざがらみするし、何かムカつくわ」

 

(それ……わたし(沙紀)にも……大体──)

 

「なに」

 

(何でも……ない……)

 

「あぁ、ムシャムシャしてきたわ、顔には出ないけど」

 

 そう言ってわたしは携帯を取り出し八つ当たりで雪音に『ウザイ』ってメッセージを送る。

 

 すると、一分足らずでメッセージが帰ってくる。

 

『私は愛してるよ!!!!!!!!』

 

「強メンタルはこういうのを言うのよ」

 

(どっちも……どっち……だと思うな……)

 

 そんなやり取りを私をしてからなんやかんや時間が時間が経ち、ついにライブ本番の時が来た。

 

 ステージの袖で待機しているわたしたちは、今か今かと始まるその時をを待つ。

 

 やがて、開演を知らせるアナウンスが流れて、会場中から拍手が上がる。

 

 その音と共にわたしたちはステージの中央に移動する。

 

 ステージから観客のほうに視線を移すと、観客の数は二、三十人ほどでそこそこいた。あとは普通の買い物客であろう人たちがチラッとこちらを見て素通りする程度。

 

 そんなそこそこの観客の中で一際目立つ存在がいた。

 

「きゃぁ~~~~如月ちゃん可愛いよぉぉぉ」

 

 恥ずかしげもなくフル装備でわたしの名前を呼ぶ雪音の姿。

 

 わたしがあれと一緒だと思う。

 

(ごめんなさい……訂正……する……)

 

 心内で私と会話しながら雪音を視界に入れないように無視をする。

 

『皆さん初めまして、Astrologyです』

 

 わたしたちの声が会場中に響き渡る。

 

「今日は私たちの初ライブに来てくれてありがとうございます」

 

 わたしはそう挨拶をして、結理もそれに続く。

 

「この日のために一生懸命練習してきました」

 

「だから、最後まで楽しんでいってください」

 

 わたしとユーリが言うと、再び歓声が上がった。

 

「それでは聞いてください」

 

 曲が始まると同時に、わたしはマイクを握りしめながら歌い始める。

 

 この曲は、星や星座などをテーマに歌詞が作られていて、曲調もアップテンポなもの。

 

 そのため、歌うのはかなり難しいけど、歌っていて気持ちいい曲。わたしは難なくそれを歌っていき、結理もそれに続いていく。

 

 そして、サビに入ると同時の盛り上がりのところで、少しずつ素通りしていた普通の買い物客が一人また一人と足を止めるようになってきた。

 

 そうして、気づけば、立ち止まっていた人たちは全員わたしたちに注目していた。

 

 わたしはふとユーリに目を向ける。

 

 彼女の表情はどこか動揺しているかのように見えた。しかし、それも一瞬のことですぐに平常に戻る。わたしはそれに少し違和感を覚えながらも、そのまま最後のフレーズまで歌い終える。すると、大きな拍手が聞こえてくる。

 

 わたしはお辞儀をしてから、結理と一緒に退場していく。

 

 そうしてわたしたちの初ライブは無事に終わるのだった。

 

 11

 

 ライブ終了後、わたしたちは楽屋に戻って休憩していた。

 

「お疲れ様でした、如月」

 

「あなたもね、ユーリ」

 

 わたしたちがお互いに労いの言葉を掛け合っていると、ドアをノックする音が聞こえてくる。

 

 

「はい」

 

 結理が返事をすると、真拓が部屋に入ってきた。

 

「おつかれさま、二人とも」

 

 真拓はそう言ってリハーサルのときと同様にペットボトルに入った飲み物をわたしたちに渡す。わたしはそれを受け取ると、蓋を開けて喉に流し込む。結理も同じことをして水分補給をした。

 

 それから、しばらくすると、結理が口を開く。

 

「どうでした? 私と如月のライブは」

 

「うん、とても良かったと思うよ。正直、僕が思っていた以上に客足も良かったし、初ライブでこれなら今後も期待できそうだね」

 

 結理が聞くと、真拓は率直な感想を述べた。

 

「そうですか……」

 

「何か気になることでもあった?」

 

「いえ……」

 

「まぁ、まだ始まったばかりだし、これからだよ」

 

「はい、分かっています」

 

 わたしには二人の会話の意味がよく分からなかった。

 

 その後、着替えを終えてからわたしたちは解散することになった。

 

 わたしとユーリが帰る準備をしていると、ユーリが話しかけてきた。

 

「ねぇ、如月、この後予定ありますか?」

 

「別にないけど、真拓と一緒に帰らなくてもいいの?」

 

「えぇ、大丈夫ですよ、まだ時間が掛かるみたいなので」

 

「そう、じゃあちょっと待ってて」

 

 わたしはそう言って荷物をまとめると、ユーリのもとへ向かう。すると、ユーリもちょうど支度が終わったところらしく、こちらに歩いてきた。

 

「お待たせ、それじゃ行きましょう」

 

「はい」

 

 わたしたちは一緒に部屋を出てから廊下を歩く。

 

「それでこれからどこに行くの?」

 

「そうですね……実は私、このショッピングモールに来たのは初めてなので如月と一緒にいろいろ見て回りたくなったんです」

 

「そういえば一緒に出掛けたことなかったわね」

 

 いつもはレッスンが終わったあとは真っ直ぐ帰宅していたから、二人で出掛けた記憶がない。

 

 そんな話をしながら歩いていると、いつの間にか外に出ており、わたしたちはショッピングモールの中を歩き回ることにした。

 

 最初に入ったのは、雑貨屋。ここは女の子向けの小物やアクセサリー類が売っている。店内にはたくさんの商品があり、見ているだけでも楽しめる。

 

 次に立ち寄ったのは、洋服店。ここには可愛らしい服がたくさんあり、どれもこれも可愛い。

 

 他にも靴や帽子などのファッション用品が売られていたり、ぬいぐるみが置いてあったりと、見ていて飽きることはない。

 

 そんな風にショピングモールを見て回っていると、突然後ろから声を掛けられた。

 

「あの……もしかして……さっきホールでライブをやってた人たち……ですか……?」

 

 その声にわたしとユーリは振り返ると、そこにはわたしたちと同じくらいの年齢の綺麗な白髪の少女がいた。その少女は、わたしと目が合うと、頬を赤らめながら言った。

 

「その……私……偶然、お二人のライブを見て感動しました……その……これからも頑張ってください!!」

 

「ありがとうございます、これから応援してくれると嬉しいです」

 

 ユーリが少女にお礼を言っている横でわたしは少女のじっと見つめていた。すると、わたしに見られていることに気づいたのか、少女は慌てふためく。

 

「あっ、ごめんなさい!! 急に話し掛けちゃって……」

 

「気にしなくていいわ、こちらこそごめんなさい、つい綺麗な白髪で見惚れてたわ」

 

「そう……ですか……」

 

 わたしが思ったままのことを口にすると、少女はさらに顔を赤くして俯いてしまった。

 

 それからせっかくだからサインを少女にプレゼントしてあげた。すると、彼女は嬉しそうな表情をして帰っていった。

 

 そんなこんなで一通り見た後、わたしとユーリは二階にあるカフェで一休みすることにした。

 

「如月ってこういうところにはよく来るんですか?」

 

「そうね、あまり来ないかしら……ここ最近はレッスンばかりだったから……でも、たまに来ると楽しいものね、ユーリは?」

 

「そうですね……私も久々に来ました」

 

 そんな話をしているうちに、注文していたドリンクが届く。わたしはコーヒー、ユーリはアイスティーをそれぞれ頼んでいた。

 

 わたしはそれを飲んでから、カップを置いてユーリを見る。

 

「そういえば、ライブのとき少し様子がおかしかったけど、どうかしたの?」

 

 わたしがそう言うと、ユーリは目を丸くする。

 

「どうしてそう思うのですか?」

 

「一瞬だけあなたの顔を見たとき、動揺してるように見えて……」

 

「……」

 

 わたしが言うと、ユーリは何も言わずに黙ってしまった。

 

 しばらくして、ユーリはゆっくりと口を開いた。

 

「如月は今日のライブ成功だと思いますか?」

 

「そうね……成功だとは思うわ」

 

 最初は二、三十人程度の観客だったけど、曲が流れ始めると、次第に客足も増えて、最終的には倍くらいには観客が増えていた。

 

 新人アイドルの初ライブなら充分な成果だと言えると思う。実際に真拓も良かったと言っている。

 

「そうですね、その成果として店内を回っているときもライブを見てくれた人がわざわざ声を掛けてくれましたから」

 

 最初に声を掛けてくれた白髪の少女以外にもその後で何人か声を掛けてくれた。

 

「そうね、意外と顔を覚えててくれてビックリしたわ」

 

 たった一回で顔を覚えられるなんて微塵も思ってなかったからアイドルってすごいなと感心していた。

 

「けど、そのほとんどが如月の顔を見て声を掛けていたんですよ、気づいていましたか?」

 

「そうなの?」

 

 わたしが首を傾げると、ユーリは呆れたように溜息をつく。

 

「やっぱり気付いていなかったのですね……まぁ、仕方ないかもしれませんけど……とにかく、みんながあなたのことを見ていたのですよ」

 

 確かにわたしのことを見ながら話す人が多かったような気がしないでもない。

 

「話を戻します、ライブは成功です、ただしAstrologyではなく星野如月個人での成功と言えますが」

 

「それはどういう意味?」

 

「言葉通りの意味ですよ、あそこにいた観客全員があなたのパフォーマンスに魅了されていた」

 

「わたしの……?」

 

「そうです、如月の歌声に誰もが聞き惚れた、そしてその姿に見惚れた、一緒に歌っていたはずの私の存在が霞むほどに」

 

「……」

 

「初めて如月のパフォーマンスを見たときから薄々感じてましたが、今日改めて思い知らされました、如月は天才だと」

 

「そんなことないわよ」

 

「いいえ、そんなことあります」

 

 わたしの言葉を遮るようにユーリは強い口調で言う。

 

 ユーリは真剣な眼差しでわたしを見ると話を続ける。

 

「如月はファンの人にライブを褒められてどう思いましたか?」

 

「そうね……悪い気分はしなかったわ、それだけね」

 

 正直なところ、そこまで嬉しいとは思わなかった。別に自分が評価されたことに喜びを感じなかったわけじゃない。

 

「如月にとってどんな物事もできて当然」

 

 その通り。わたしにとって、歌やダンスは当たり前のようにできるものだと思っている。

 

 だから、そのことで他人に褒められたところで特に何も感じないし、逆にできないと言われても困るだけ。

 

 わたしにとってはそれが普通なのだから。

 

「だからこそ一切緊張せず、純粋に歌とダンスを披露できる、それこそが如月の強みであり、魅力です」

 

 わたしはただ自分のできることをしているだけなのに、そんな風に思われていたなんて……だけど、同時に納得もした。

 

 わたしがいつも通りに歌って踊っただけであんなにも歓声が上がったのは、そういうことだったんだと。

 

「対して私は緊張もしていましたし、内心では自分のパフォーマンスに自信がありませんでした、その弱さが今回のライブで私と如月で決定的な差を生み出した」

 

 ユーリはそこで一度言葉を区切ると、わたしの目を見る。

 

 その目はどこか悔しさを感じさせるものだった。

 

「はぁ~早々にデビューできたのは良いけど、刺激的に付いてない、こんな刺激的な化け物と一緒にデビューだなんて」

 

「化け物とは酷くないかしら」

 

「自分の特異性に気づいてない人は総じて化け物って呼ばれても文句は言えねぇんですよ」

 

「そんなものかしら?」

 

「そんなもん」

 

「というかさっきからちょっと口悪くなってない」

 

「だって、如月相手に猫被るのも理由もなくなったし」

 

「なにそれ」

 

「まあ、ぶっちゃけ手っ取り早くデビューするため、如月に付きまとっていただけだし」

 

「ぶっちゃけるわね、それよりも良いの? これから一緒にユニット組む相手にそんなこと言って」

 

 わたしがそう言うと、ユーリは笑みを浮かべて言う

 

「良いの良いの、これは楽して目的を達成しようとした私へ戒め、そ・れ・に」

 

 ユーリは悪戯っ子のような表情をしてわたしの顔を見る。

 

「むしろ、如月こういう私のほうが刺激的に好みでしょ?」

 

「そうね、どちらかと言えば嫌いではないわ」

 

 わたしがそう答えると、ユーリは満足げに微笑んでアイスティーを飲む。

 

「まあ、表面上はこれまで通りの話し方をしますけど」

 

 ユーリがそう付け足すと、わたしもコーヒーを一口飲む。

 

 そういえば、とふと思い出す。

 

「これがユーリの乙女の秘密ってやつかしら」

 

「そんな話してましたね、そうですね、私の乙女の秘密になりますね」

 

 思い出したかのようにユーリはそう言った。

 

 一応そうなると──

 

「ああ、いいですよ、如月が自分の秘密を話そうとしなくて」

 

 わたしの考えを察したようにユーリはそう言って手をひらひらさせる。

 

 わたしはその言葉に甘えることにした。

 

 正直、わたしは話しても良いけど、私のことを考えるなら気持ちの整理がついてから話すべきだと、なんとなく思った。

 

 それからしばらく二人で他愛のない話をして、店を後にする。

 

 時刻はすでに夕方に差し掛かっており、空が赤く染まっていた。

 

 ユーリは携帯を取り出すと時間を確認する。

 

「そろそろ真拓の仕事も終わりそうな時間ので、私はこの辺で」

 

「分かったわ、今日はありがとう、楽しかったわ」

 

「私こそ、久々に刺激的に楽しく過ごせました」

 

「またこうして遊びましょう」

 

「はい、それじゃあ、お疲れ様でした」

 

「うん、お疲れ」

 

 そう言い合って別れようとした時だった。

 

「如月!!」

 

 突然、ユーリが呼び止めてきた。

 

「今回は惨敗でしたけど、次は負けませんから!!」

 

「……そう」

 

 その言葉に、わたしは短くそう答えた。

 

 ユーリはそんなわたしの反応を見ると、振り返り歩き始めた。

 

 わたしはユーリの姿を見えなくるまで見送ってると──

 

「へぇ~あれが噂のユーリちゃんね」

 

 いつの間にか雪音がわたしの横に立っており、そんなことを言ってきた。

 

「……」

 

 わたしは雪音を無視して歩き始める。

 

「ちょっと、無視しないで~」

 

「なんでいるのよ」

 

「それはもちろん、沙紀ちゃんたちを迎えに」

 

「そうじゃなくて、なんでライブに来てるのよ」

 

「来るに決まってるじゃない、なんせ、愛おしい娘たちの晴れ舞台なんだから」

 

 相変わらずの親バカっぷり。わたしは呆れたような視線を向けると、そのまま歩く。

 

「今、明らかに嫌な顔してたでしょ、顔を出てなくても雰囲気で伝わったよ」

 

「正直、フル装備で娘のライブを応援する母親の姿なんて見たくなかったわ」

 

「それは仕方ないじゃない、だってお母さんだもの」

 

「そういうところがウザイ」

 

 バッサリと言い捨てると、雪音はショックを受けた顔しながらもわたしの横を歩いてくる。すると、もう立ち直ったのか、別の話題を雪音のほうから話しかけてくる。

 

「そういえばユーリちゃんあんなこと言ってたけど、どう?」

 

 その問いにわたしは迷わすこう答えた。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいわ、ただ」

 

「ただ?」

 

「今まで同じことを言ってくれた子はみんなわたしの前からいなくなったわ」

 

 アイドルを始める前、わたしは色んなスポーツや習い事をしていた。

 

 大抵、嫉妬されることが大半だったけど、まれにユーリみたいなことを言ってくれる子がいなくもなかった。ただ、その子たちも例外なく辞めてわたしの前からいなくなった。

 

 わたしは別に気にしなかったし、むしろ、そういうものだと思っていた。

 

 だからわたしはユーリの言葉に一切期待なんてしてなかった。

 

「そう、今回はずっと良い関係でいられたら良いね」

 

 雪音は優しい声でそれだけ口にするとそれ以上は何も言わなかった。わたしも何も返さず、ただ黙々と歩いた。

 

 こうしてわたしたちのデビューライブは終わるのだった。

 




如何だったでしょうか。

二人の最初のライブを経て、少しずつ物語は現代へと戻っていきます。

気軽に感想や評価など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。

誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回をお楽しみに。できれば早めに投稿できたら良いなと思っています。

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