ラブライブ! 委員長はアイドル研究部のマネージャー   作:タトバリンクス

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お待たせしました。今年初投稿。

星野如月の過去編二話目です。

それではお楽しみください。


六十八話 沙紀ビギニング そのニ

 4

 

 真拓からスカウトされて数週間が経ち、気付けば春休みになっていた。

 

 その間に真拓から詳しい話を聞き、正式にスカウトを受けて、わたしは事務所──NEGプロのアイドル候補生になった。

 

「ふ~ん、この辺って……事務所の関連の建物ばかりなのね」

 

(そうみたい……ネットで見た通り……やっぱり大きい……事務所なんだ…………)

 

 街中で珍しいものを探すかのように散歩するわたしたち。ちなみに雪音は外せない仕事があると言っていない。

 

(けど……早く……事務所に……行かなくて……いいの?)

 

 今日は事務所でアイドル候補生たちが集まっての顔合わせ兼説明会を行う日。けど、わたしは真っ直ぐ事務所には向かわず、その周辺で風の向くまま気の向くまま探索をしていた。

 

「まだ時間に余裕あるし、この辺り全然来ないから色々と見てみるのも楽しいじゃない、それに何か良いことありそうな気がするのよ」

 

わたし(沙紀)が……そういうなら……いいけど……)

 

 あっさりと引き下がる私。そんな私に少しつまらない気持ちになる。

 

「あれって……」

 

 適当に周囲を見渡すとふと、あるものに気付く。それは周囲の建物よりも一際大きな建物。

 

「事務所のホームページに載ってた劇場じゃない?」

 

(そうかも……)

 

「思ってたよりも大きい……武道館くらい?」

 

(流石に……それよりは……小さいと……思う……けど……)

 

「それでも大きい劇場ね、アイドルになったらここで歌えるかしら」

 

(確か……そうだった……はず……)

 

「そう……なら楽しみね」

 

 それを聞いてわたしは内心ワクワクしてくる。不特定多数の前で今まで歌ったことがないからどんな結果になるか。その未知に対しての高揚感に。

 

「ってよく知ってたわね」

 

(ホームページに……書いて……あったよ……)

 

 そうだっけとわたしは首を傾げる。けど、私が言うのならそうなんだろうと自分の中で結論付けていると──

 

「あの……ちょっといいですか?」

 

 突然、後ろから見知らぬ声が聞こえた。

 

 わたしは声がした方へ振り向くと、そこには綺麗なブロンズヘアをした小さくてお人形みたい可愛い女の子がいた。

 

「何?」

 

「え~と……実は迷ってて……道を聞きたいんですけど……」

 

「ごめんなさい、わたしもこの辺来るの初めてだから、力になれないわ」

 

「そうですか……すいません、時間を取らせて……」

 

 わたしがきっぱりと断ると、迷子らしき女の子を申し訳なさそうに頭を下げた。その女の子の顔はどこか不安そうな顔をしていた。

 

「そんなこと気にしなくていいわよ……それよりもあなた……もしかして急いでる感じかしら?」

 

「まだ……時間的には余裕はあるんですけど、かれこれ一時間以上迷ってて……」

 

「一時間って……」

 

 女の子の話を聞いて、わたしは驚愕する。そんなに複雑な場所なの。

 

(それよりも……こんな……小さい子が……道に迷ってるのが……問題な気がする……)

 

「そうね」

 

「へっ?」

 

 私の正論に思わず小声で肯定してしまい、女の子が勘違いして反応してしまう。

 

「何でもないわ、それよりも近くに家族の誰かいないの?」

 

「実は……私一人で……一応目的地に義兄が……」

 

 直ぐ様わたしは誤魔化すように話題を変えると、女の子はそう答えた。

 

「そうなのね……まあいいわ、一応目的地教えてくれる?」

 

「えっ? でも……この辺知らないじゃあ……」

 

「知らないけど、一緒に探すくらいはできるわよ」

 

「良いんですか?」

 

「別に構わないわ」

 

「ありがとうございます!!」

 

 わたしが目的地を探すのに手伝うと分かると、女の子は笑顔を向けて頭を下げてきた。

 

 わたし的にはそこまで感謝される筋合いはない。ただ放っておいてもし何かあったら目覚めが悪いってものあっただけ。

 

「それで目的地は?」

 

「え~と、NEGプロダクションっていうこの辺にある大きな事務所なんですけど……」

 

「……」

 

(……)

 

 女の子から目的地を聞いてわたしたちは思わず固まってしまった。

 

「ど、どうしました? もしかして、知っている場所でした?」

 

「知ってるも何もわたしも今日そこに用事があるのよ」

 

「そうなんですか!? もしかして、同じアイドル候補生だったりします!?」

 

 驚いた顔をしながら女の子は食い入るように質問すると、わたしは頷いた。

 

「まさか、道に迷った末に、偶々声をかけた人が同じアイドル候補生なんて、こんな好運もとい刺激的な偶然あります!?」

 

「現に起きているわね」

 

 かなり興奮気味なっている女の子に対して、冷静に答えるわたし。しかし、内心では何と言うかマンガ的な展開でテンションが上がっている。

 

「となると、お互い同じアイドル候補生ならば、今後も接する機会も多いでしょうから一先ず自己紹介を」

 

「そうね」

 

「では私から古き道を結ぶ理と書いて、古道結理って言います、気軽に結理と呼んでください」

 

「わたしは篠原沙紀、わたしも沙紀でいいわ、よろしく、結理」

 

「こちらこそよろしくです、沙紀」

 

 これがわたしと古道結理の出会いだった。こんな偶然の出会った二人が、後に自分たちがユニット組んでデビューするなどとは露も知らずに。

 

 5

 

 わたしたちは結理と一緒に他愛ない会話をしながら事務所へと向かっていた。

 

「なるほど沙紀もスカウトされて、アイドルに」

 

「もって……あなたもそうなの?」

 

「そうなんですよ、私をスカウトした人は沙紀とは違いますけど」

 

「そうなの、そういえばわたしをスカウトした人の名字と結理の名字が同じだった気がするわ」

 

「多分、それ私の義兄ですね」

 

 なんて雑談をしていると、気付けば事務所があるビルの前までに辿り着いていた。

 

「良かった~、辿り着けないんじゃないかと思いました」

 

 着いて早々結理は安堵の息を付く。わたしはそんな彼女を横目で見ながら一緒にビルの中に入っていく。

 

 中に入ると、如何にも綺麗な内装したオフィスという感じ。少し先に受付らしき場所が見えたので、真っ直ぐそっちに向かう。

 

 そこで用件を伝えると、ゲスト用のカード受け取り、集合場所の部屋名と階数を教えてくれたので、エレベーターを使いそこへ移動する。

 

 移動する際に何人かアイドルらしき人とすれ違ったけど、その多くの人は煌びやかオーラを放っていた。

 

(ホントにここアイドルの事務所なんだ)

 

 私はすれ違った人たちを見て、実感しつつ感想を漏らす。

 

 そうして教えられた部屋に着くと、既に十数名の女の子たちが用意された椅子に座りながら待っていた。しかもなんか空気が微妙にピリピリしている気がする。

 

 そんな中を潜り抜けてわたしたちは適当に空いている椅子に座る。そして先に来ていた女の子たちの方へ視線を向けた。

 

「結構歳とかバラバラみたいね」

 

 パッと見大体中学生くらいから大学生っぽい見た目の人がいるけど、その中でも何となく大学生くらいが多いかなって印象。

 

「なんか今回は二十歳までで募集していたらしいですよ」

 

「詳しいわね」

 

「真拓から聞いたので」

 

「なるほどね」

 

「ちなみに私たち以外はみんなオーディションで選ばれた人ばかりだと、中にはそれなり人気だったスクールアイドルもいるらしいみたいですよ」

 

「へぇ~」

 

 厳選して選ばれたメンバーが集まっているのね。どおりで中の空気がピリピリしている理由が分かった気がするわ。

 

「ん? さっきスクールアイドルって言ってたけどなに?」

 

「簡単言うと、部活とかでアイドルみたいなことをやっている学生ですね」

 

 聞きなれない単語に思わずわたしは結理に聞いてみると、すごくざっくりとした説明をしてくれた。

 

 当時のわたしはスクールアイドルのことを一切知らなかったから、少なくてもただの素人ではないと理解した。

 

 ここに集まっているということはオーディションに合格し、何かしらの才能があると見いだされた人たち。

 

 そんな人たちなら、もしかしたらこの中に運命的な出会いがあるかもしれないと、わたしは心が踊った。

 

 そんなことを考えながら結理とお喋りをしていると、いつの間にか集合時間となり、部屋の中に真拓が入ってきた。

 

 そして彼から今後の予定を聞いたり、候補生たちよる自己紹介をして、その後、事務所内の見学をして今回の説明会は終了した。

 

 そして帰りの際に候補生たちは真拓からあるディスクを受け取るのだった。

 

 6

 

 説明会からまた数週間が経ち、わたしたちは中学に入学したそんなある日。

 

 わたしたち候補生は再び事務所に集まり、広いレッスン室のなかで各自ストレッチなり、曲を聴いたりと時間まで自由にしていた。

 

「うぅ~沙紀~」

 

「なに情けない声出してるのよ」

 

「だって~沙紀は緊張しないんですか?」

 

「一応しているわよ」

 

「ウソですよ、顔がいつもと変わらないじゃないですか~」

 

「顔が変わらないのはいつものことよ」

 

 なんて会話しながら結理と一緒に二人でストレッチをしている。

 

「それよりもあれから何度も事あるごとにメッセージ飛ばすんじゃないわよ」

 

 この前の説明会の帰りにわたしたちはお互いの連絡先を交換していた。

 

 それから今日まで結理とはメッセージでやり取りして、それなりに仲良くなったけど、ただメッセージの頻度がやたらと多い。

 

 曲覚えたとか、もう寝てるとか、振り付け覚えたとか、ご飯なに食べたとか、些細なことを毎日メッセージで送ってくる。

 

「でもそう言いつつも必ず返事くれるじゃないですか、そんなに面倒なら無視すればいいのに」

 

「せっかくメッセージ送ってくれたのに無視するなんて失礼じゃない」

 

「……沙紀って……変なところで律儀ですよね」

 

「そう?」

 

 結理がそう言うが自分ではよく分からない。そもそも他人にそんなことを言われるのは初めて。

 

「私が迷子になっていたときも一緒に目的地を探そうとしてくれたじゃないですか」

 

「それは小さい女の子が一人で迷子になってて、放っておくのは、なんか違うじゃない?」

 

「ちなみに小さい女の子って言ってますけど、私の歳……十三歳ですよ」

 

「えっ」

 

(えっ?)

 

 あまりの衝撃的な事実にわたしどころか心の奥底で静かに会話を聞いていた私まで驚く。

 

 それってつまり……。と頭の中で整理していると、更に結理は追い討ちをかけてくる。

 

「もっと言いますと、中学二年生ですよ」

 

「あなたってわたしより歳上で先輩だったの?」

 

 ストレッチを止めてまじまじと結理の身体を端から端まで見回すけど、とても信じられなかった。

 

 わたしよりも頭二個分小さい身長(ちなみに当時のわたしの身長は百五十五センチくらい)。端から見れば小学生くらいにしか見えない彼女がわたしよりも歳上。

 

「……ちゃんと敬語使ったほうがいいかしら」

 

「別に気にする必要はないですよ、私たちはどっちもアイドルとしては新人なんですから、今までどおりで良いですよ」

 

「そう……あなたがそう言うならそうするけど……」

 

「やっぱり沙紀って律儀ですね」

 

 わたしの反応を見てくすっと笑う結理。からかっているように見えるけど、ただそう言われてもやっぱり自分ではピンと来ない。

 

「それはさておき、実際のところどうですか? ちなみに私は刺激的にダメです!!」

 

「諦めるの早すぎよ……わたしはそうね、そこそこね」

 

「ダウト、そこそこって言っている人のそこそこは十中八九ちゃんとやってます、それに何度騙されたことか」

 

「なによ、それ」

 

「惚けてもムダですからね、あとでハッキリと分かることなんですから!!」

 

 結理はちょっと怒り気味な顔で言ってくると、直ぐ様溜め息を吐いた。さっきから感情がコロコロ変わって大忙しね。わたしとは大違い。

 

「さて、そろそろ時間ですし、覚悟決めないと」

 

 ストレッチを切り上げ、最後に心を落ち着かせるために深呼吸を始める結理。

 

 わたしはそんな彼女を見ながら時間になるのを待っていると、真拓が部屋に入り候補生たちの前に立った。

 

「それではこれより前回お知らせした現在の皆さんのパフォーマンスを見せていただきます」

 

 真拓がそう口にすると、候補生たちの空気が変わった。

 

 今回わたしたちが集められたのは、言ってしまえば実力を図るテストのため。

 

 前回の説明会の終わり際に渡されたディスクには、今回のテストの課題曲とダンスの振り付けの見本が入っていた。

 

 前回の説明会から今日までに課題曲の歌詞とダンスを覚えて、それを何人かの前で披露する。それが今回のテスト。

 

「順番に関してましてはこれよりくじ引きで決めますので、皆さんこの箱から一枚紙を引いてください」

 

 真拓はくじの入った箱をわたしたちの前に掲げる。候補生たちは真拓の前に並び順番にくじを引き始める。

 

「私たちはくじ引けるの最後の方ですね」

 

「いいんじゃない、余り物には福があるっていうし」

 

 そんなことを言いながら待っていると、わたしの番が来て、箱に手を入れて中から紙を一枚取り、直ぐ様列から捌ける。

 

「ゲッ!? ウソ!!」

 

 わたしの後でくじを引いた結理が大声を上げてたけど、わたしは気にせず、くじに書かれた番号を確認する。

 

「沙紀~聞いてくださいよ~……って……うぇ!? 一番じゃないですか!!」

 

「一番ね」

 

 泣きつくように寄ってきた結理がわたしのくじを見て驚いた顔をするけど、わたしは気にせずくじをポケットに入れた。

 

「何でそんなに冷静なんですか!? 一番ですよ、つまりトップバッター、出だしですよ」

 

「そんな色んな言い回ししなくても分かっているわよ」

 

 結理が騒ぐせいで周りからの注目がすごい。それほど気にすることじゃないからスルーするけど。

 

「別にいいじゃない、トップバッター、どうせ、順番が回ってきたらみんなやるんだから早いほうが気が楽じゃない」

 

「確かにそうですけど……その考え方だと……私は……」

 

 何か煮え切らない感じで答える結理。気になって彼女が手に持っているくじをこっそり見てみると、書かれていた番号はかなり後ろのほうだった。

 

「そうね……気を強く持ちなさい」

 

「持てませんよ!! 最後ですよ、大取りですよ!!」

 

 励ます言葉を掛けるけど、逆にキレられた。というよりも今ので最後だったのを知った。

 

「マジかよ……こちとらまだ全然準備できてねぇよ……いや、むしろありか……」

 

 頭を抱えるながらぶつぶつと小声で独り言を呟き始める結理。

 

「結理?」

 

「はぁ!! ホント、何で私こんなに運ないんですか~!?」

 

 わたしが声を掛けると、我に返ったかのような反応をして、すぐにあわてふためく素振りをし始めた。

 

「そろそろいいかな? 説明続けても……」

 

「ごめんなさい、どうぞどうぞ続けてください」

 

 困った顔で声かけてくる真拓に先ほど打って変わって笑顔で謝る結理。周りを見てみると、他の候補生たちは既にくじを引き終わっていた。

 

 どうやらというよりも明らかに周りを待たせてしまっていたみたい。

 

「みなさん引き終わりましたので、これより番号順に五名ずつ別室に移動していただきます、それ以外のかたはこちらで待機をお願いします、なお、別室の様子はこちらのモニターに映ります」

 

 真拓がそう口にすると壁からモニターが現れた。その様子を見て、なんか秘密基地っぽくて内心ちょっとテンションが上がる。

 

「それでは一番から五番のかた、こちらに付いてきてください、別室へご案内します」

 

 真拓に自分の番号が呼ばれたので、わたしは彼に付いていこうとすると──

 

「頑張ってくださいね」

 

 そう結理に声を掛けられたので、わたしはありがとうとそれだけ言って、真拓のすぐ側まで歩く。

 

 そしてそのままわたしを含めて五人の候補生が真拓の後に付いていき、別室へと案内される。

 

 彼の後ろに付いて歩いていると、さっきまでいた部屋から一つ上の階の一室の前までやってきた。ここが目的の部屋みたい。

 

 真拓が部屋の中に入ると、わたしたちも続けて部屋の中に入る。

 

 中に入ると、四名の大人が既に机の上に資料を広げながら座って待っていた。

 

 その大人たちの前にはカメラとスピーカーが置いてある。多分、カメラはさっきまでいた部屋のモニターに映すためものだと思う。

 

 すぐ近くに並んで用意されていた椅子あり、そこに座るように真拓に指示されて、わたしたちは座る。

 

 それから少し待たされているけど、部屋の中には張り詰めた空気が充満していた。わたしの隣に座っている子をチラッと見ると、緊張で手が震えている。

 

 彼女だけじゃない。他の三人も顔が少し強張ったり少し息が乱れたりと緊張しているのが分かる。

 

 何かわたしだけ場違いな気がしてきたわね。

 

(そう……かな……?)

 

 心の中で思っていることに対して、私が反応してきた。

 

 わたしと結理はたまたまスカウトされてここにいるけど、他の子たちは一応オーディション合格してここにいるわけだし。

 

(そうだね……みんな努力して……ここにいるわけ……何だよね……けど……わたし……だって……)

 

 一応振り付けとか歌詞とかちゃんと覚えてきたけど、もうなるようになれよ。

 

(そんな……あっさり……)

 

 ぐだぐだ悩んでも仕方ないわ。だったらやれることをやりたいようにやる。ただそれだけよ。

 

わたし(沙紀)が……それで……いいなら……それで……いいけど……)

 

「それでは一番の方、カメラの前にお願いします」

 

 私と心の中で会話していると、気付けば自分の番号が呼ばれた。

 

「はい」

 

 わたしは返事をしてから立ち上がり、そのまま真っ直ぐカメラの前に向かう。ただその足取りは重くなかった。

 

 おそらく私と会話していたお陰なのか緊張は解れたみたい。元々そこまで緊張はしてなかったけど。

 

「まずはお名前を」

 

「篠原沙紀です」

 

 多分、偉い人らしき初老の男性に言われた通り、自分の名前を口にすると──

 

「篠原……あぁ……例の特別枠の一人か……」

 

「なるほどな……」

 

 前からボソッとそんな声が聞こえた。その声と同時に偉い人たちも微妙な顔をしているのが分かる。

 

 どうやらあまり期待はされてないみたい。何も実績のない素人が来たら当然と言えば当然ね。心の中で目の前の大人たちの反応に納得する。

 

「それでは準備はよろしいですか?」

 

「はい」

 

 初老の男性に対して返事をすると、数秒後にスピーカーから曲が流れ始める。

 

 曲が聞こえると、わたしは考えるのを止めて、周り視線すらも気にしなかった。

 

 思いっきり歌とダンスに今の気持ちや感情を込めて、ただ夢中に、ただ無邪気に、ただ思うがままに歌い踊った。

 

 途中、何となく思い付きで振り付けとか音程とか変えたりもした。直感でそうしたほうが良い気がしたから。

 

 そんな風に歌って踊っていると、気付けばあっという間に曲が終わっていた。

 

 流石に初めてちゃんと一通り歌い踊ったからか息が乱れる。少し息を整えて落ち付くと、周囲の空気が張り詰めていたものから違うことに気付く。

 

 理由を理解できないまま、視線を動かすと、偉い人も他の候補生たちもまるで鳩が豆鉄砲を食らったかのような驚愕した表情をしていた。

 

 周囲の反応に取り敢えず困ったわたしは一礼して自分の席に戻るのだった。

 

 7

 

 テストが終わったわたしは他の候補生が待機している部屋に戻った。

 

 部屋に戻ると、何故か他の候補生たちからの視線をガンガンに感じていた。

 

(すごい……見られてるね……)

 

 私は周りの視線を気にしているけど、わたしは特に気にせず自分の荷物の近くに座って落ち着く。

 

 鞄から飲み物を取り出して、水分補給をしていると、結理が無言で近づいてきて目の前に座る。

 

「なに?」

 

「し……」

 

「し?」

 

「刺激的にパフォーマンス上手いじゃないですか!!」

 

 目を輝かせながらわたしの手を握る結理。

 

「というかやっぱりそこそこはウソだったじゃないですか!!」

 

「近くでそんな大声を出さなくても聞こえるわよ」

 

「あっ……ごめんなさい、興奮のあまりつい……」

 

 わたしに指摘されてハッと気付いたのか結理は手を離して謝る。

 

「しかし、まさかあれほどまで歌もダンスも上手いとは思ってませんでしたよ」

 

「そう? 自分じゃあよく分からないわ、ただがむしゃらにやってただけだし」

 

「それであれほどのパフォーマンスを……沙紀って歌やダンスで何かやってました?」

 

「特に何もやってないわ、強いて言えばスポーツ系のクラブには入ってたくらいよ」

 

「……なるほど……まさか、聞いてた話よりも化け物とか予想外過ぎるんだよ……」

 

 わたしからあれやこれや聞き出す結理は少し考えてから一人納得する。最後のほう、小声で聞き取りづらかったけど。

 

「でも沙紀と一緒に部屋に入った子たちは、こちらで見る限り可哀想でしたよ、特に沙紀の次の子とか」

 

「確かにみんな緊張はしていたけど、そうかしら?」

 

「自覚なしかよ……」

 

「何か言った?」

 

「いえ、何でもないですよ、いや……ちゃんと言うべきかも知れませんね、沙紀は自信の才能を自覚するべきです」

 

「そうかしら? わたしは普通にやっているけど?」

 

 何か誤魔化そうとして結理だけど、はっきりとわたしにそう指摘してきたが、わたしには理解できなかった。

 

「沙紀からしたらそうかもしれないですけど、他人から見たら嫌味でしかないですよ、しかも表情と喋り方のせいで余計に」

 

「結構はっきりと言うわね」

 

 まだ会って数回しかない相手にこんなこと言えるなんてむしろ感心した。

 

「そのうち変なの目を付けられたり、周囲から浮いてしまいますよ、ただ……沙紀の場合は気にするタイプではないでしょうけど」

 

「そうね……わたしはそんなこと気にしたことないわ」

 

「ただ沙紀の実力は本物ですので、沙紀の場合はいっそのこと開き直ってしまいましょう、わたし天才ですけど文句ある的な感じで」

 

「むしろ何か余計に嫌なヤツ感出てないかしらそれ」

 

「自覚してないよりかは刺激的にましです、それにクールな天才キャラってマンガみたいでカッコいいじゃないですか」

 

「……いいわね」

 

 結理の提案をわたしはすごく気に入った。特にマンガみたいなキャラってところがわたしのツボを押さえている。

 

(何か……わたし(沙紀)の……趣味……思考が……読まれてる気が……するけど……)

 

 何て私が指摘するけど、いいじゃない。クールな天才キャラって言葉の響きがカッコいいじゃない。

 

わたし(沙紀)が……それで……いいなら……気にしないけど……)

 

 めんどくさいのか、自身の主張を押し出すのが苦手なのか分からないけど、多分、両方だけど、私はこの話題を打ち切る。

 

「そうね、今度からそうするわ」

 

 わたしたちの会話を終えると、結理のアドバイスを快く受けとることにした。

 

「えっ……自分で言っておいてあれですけど、沙紀ってやっぱり律儀ですよね」

 

「そうかしら? 自分じゃあよく分からないわ」

 

「ただ結理はわたしのことを思って言ってくれたのよね、だったらその好意は受け取っておかないと失礼よね」

 

「……」

 

 困惑している結理にわたしがただ思っていることを伝えると、彼女は呆けた顔をした。

 

「結理?」

 

「ハッ!! 何変なことを言うんですか!?」

 

「別に変なことを言ったつもりはないけど」

 

「そうですけど……というかホント……こいつと直接話すと調子が狂う」

 

「えっ? 何か言ったかしら?」

 

「いえ!! 何でもないですよ、それよりももうすぐ私の番が近いので緊張してきました」

 

 またまた誤魔化すように話題を変える結理。モニターでテストの様子を確認すると、もう半分くらいは終わっていた。

 

「でも結理もスカウトされたから結構スゴいんじゃないの?」

 

「ははは、ぬかしおる」

 

 そう笑う結理だけど、目が笑ってない。ちょっと恐いと思いながら割りとマジだと悟った。

 

「まあでも良いんですよ、今はクソザコでも最後に勝てば」

 

「極論過ぎるわね」

 

「まあ、私をスカウトしてくれた人には一旦泥を塗る形になりますが、向こうも重々承知ですので」

 

「そういえば結理をスカウトしたのって……誰? 義兄さんじゃないのよね」

 

「う~ん……そうですね、今は秘密です」

 

 わたしのふとした疑問に結理は答えるか考え込むが、答えてくれなかった。

 

「ではそろそろ私も移動の番なので、失礼しますね」

 

「そう、応援しているわ」

 

 わたしがそう伝えると、結理は立ち上がり、その場を離れて別室へと向かって行った。

 

 それからモニターに映る他の候補生のパフォーマンスを見ながら時間を潰していると、いよいよ結理の番になった。

 

 正直、結果だけ言うと、パフォーマンスは他の誰よりも下手。パフォーマンスを披露中、周囲から蔑むような笑いが聞こえてきた。

 

 画面には見えないけど、きっと偉い人たちも苦い顔をしていたかもしれない。

 

 そんな状況でも彼女は気にせず、誰よりも堂々としていた。

 

 わたしはそんな彼女をカッコいいと思うのだった。

 




如何だったでしょうか。

まずは沙紀と結理の出会いの物語。

この二人が後にユニットを組んでデビューするのですが、それは次回。

気軽に感想や評価など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。

誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回をお楽しみに。できれば早めに投稿できたら良いなと思っています。

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