ラブライブ! 委員長はアイドル研究部のマネージャー 作:タトバリンクス
では、お楽しみください。
あと、章管理初めてました。
1
昔、私──矢澤にこが中学生の時に大注目されていた中学生アイドルが居たの。何を突然に思うかもしれないけど、思い出したので語らせてもらうわ。
そのアイドルは中学生ながらも突如アイドルの世界に現れたわ。
歌声はとても綺麗で聴けば誰もが耳に残り。躍りは見るだけでこっちまで楽しくなるような気持ちにさせてくれた。更に中学生ながら既に完成させられたスタイルに顔立ち。
彼女の瞳はどこか少し冷めているように見えるけど、アイドル活動をすごく楽しんでいるのが伝わって来たわ。
そんな彼女は瞬く間にトップアイドルへと登り詰めていったわ。
そんな彼女に魅せられた中学生や高校生のファンは自分も彼女のようにステージで歌ったみたいと思い始めたわ。そうして彼女たちは当時から徐々に人気を集めていたスクールアイドルを始めるようになったの。
そんな私も彼女に魅せられて、スクールアイドルを始めたいと思った一人よ。
私は元々アイドルが大好きで自分もアイドルになりたいと思っていたけど、彼女の歌や躍りを見てその思いは一気に膨れ上がっていったわ。そして同じく彼女に魅せられた仲間とともにアイドル部に入部したわ。
彼女のように楽しく踊って歌いたい。彼女みたいに誰かを笑顔にしたい思いで、必死に練習に励んでたの。
それは多くの彼女に憧れて始めたスクールアイドルも同じで、一気にスクールアイドル活動は爆発的な発展を遂げていったわ。
現在、スクールアイドルの頂点に君臨するA-RISE。そのほかランキング上位に居るスクールアイドルたちも彼女の影響でスクールアイドル活動を始めたとさえ言われているのよ。
彼女はスクールアイドルを志すものにとって、憧れの的だったわ。
だけど、突然──彼女はアイドル活動を休止したわ。
理由は不明で当時は様々な噂がテレビやネットで飛び交うなか、彼女の活動休止は多くのスクールアイドルたちに震撼させた。
その影響で彼女に憧れてスクールアイドルを始めたものは次々と辞めていくか、スクールアイドル活動をしてアイドル活動の楽しさを知って続けるものも居た。
結局、彼女は最後まで本人の意思とは関係なくともアイドルに多大な影響を与え現在のスクールアイドルブームを作り上げたのよ。
そんな彼女は今はどこで何をしているのか誰も知るものはいないわ。
2
「に~こ先輩♪」
朝──アイドル研究部の部室で沙紀は何時ものように笑顔で私のことを呼び掛けきたわ。
「何よ。突然」
「良いじゃないですか。最近、忙しくってなかなかにこ先輩との時間が取れなかったですから」
クラス委員に生徒会、部活にそしてスクールアイドルのマネージャー。ここ最近の沙紀は多くのことを掛け持ちしてなかなかゆっくりした時間が取れていないのよね。
「ホント、あんたよくやるわよね。一つくらいサボってもバチ当たらなそうだけど」
クラス委員は沙紀のクラスのこと知らないからなんとも言えないけど、他は割りと協力してくれる人がいるのだから少しはゆっくりすれば良いじゃない。
「そんな訳にはいきませんよ。クラス委員は成り行きでなったとは言え選ばれたならしっかりとやりますし、生徒会はお手伝いとは言え、手伝いすると決めたらちゃんとやらないといけませんから」
「それに、にこ先輩のマネージャーとμ'sのマネージャーは私がやりたくてやってますから。それに楽しいですし」
まあ案の定──沙紀は真面目なことを言ったわ。何時も結構ふざけているところがあるけど、根は真面目だからこういうことはちゃんとやっちゃうのよね。
「それで? あれからもう一ヶ月経って、今日は新入生歓迎会の日だけど、何であんたこんなところに居るのよ」
そう。沙紀があっちのアイドル部もどきマネージャーを始めてからあっという間に一ヶ月が経ったわ。
今日は新入生歓迎会──つまり、ライブ当日なのに何故かこんな大事な日の朝に何故かここに来ているのよね。
「何でって、私はこの部員ですから、部活しに決まっているじゃないですか」
全く見当違いのことを言うこのバカ。そんなことを聞きたいんじゃなくて。
「そんなことは分かっているわよ! 今日はライブ当日でしょ! 何でそんな大事な日の朝にここにいるのかって聞いてるのよ」
「ああ、そう言うことですか。いえ、簡単ですよ。今日はライブですから、しっかり休んで本番に備えて英気を養ってもらおうと朝は練習休みにしたんですよ」
「それに穂乃果ちゃんたちは大分出来が良くなったので、これ以上練習をやっても本番での質が下がりますから」
沙紀の説明に私は納得する。確かにそれなら分からなくもないわ。練習も無理にやれば、せっかく完成度を上げても無理が祟って精度が落ちることがある。
なら、いっそしっかりと休んで身体を休ませておけば更に本番で力を発揮出来るはず。そう考えて沙紀は今日の練習を休みにしたみたい。
何よ、こいつ。ちゃんとマネージャーやってるじゃない。
まあ、沙紀があっちの方にいない理由は分かったけど結局、こいつがここに居る説明になっていないけど。
「じゃあ何で朝から学校に居るのよ」
「今日は新入生歓迎会ですから生徒会の忙しいので、生徒会の手伝いをしに。まあ、もう終わりましたのでにこ先輩の様子を見に」
理由を聞くと真っ当な理由だった。
「ホント、委員長ちゃん。仕事速すぎや。おかげでウチの仕事も無くなって暇や」
突然、別の声が驚いて声のした方を見ると、そこには希がいつの間にか椅子に座ってお茶を飲んでゆっくりしていたわ。
「希!! あんた、何時からそこに!?」
「あっ! おね~ちゃん♪」
驚く私をスルーして沙紀は希に気づくと、そのまま彼女のところまで行き、そのまま彼女に抱き付いた。
「よしよし。ホント委員長ちゃんは甘えん坊さんやね」
「へへへ」
希に頭を撫でられてとても嬉しそうにする沙紀。もうなんか一ヶ月もこんな光景見せられているから特につっこむつもりはないのだけど。と言うか慣れって怖いわね。
「それでなんやってにこっち?」
「だから、あんたは何で普通に此処に居るのよ!! あんたは部員じゃないでしょ」
何か、さっきから怒鳴ってばかりな気がするけど、そんなことはもういいわ。沙紀はまだ部員だから分かる。こいつは部員じゃないから、何時も何時も顔出すのはなんなのよ。
「えぇ~、何でって、ウチとにこっちの仲やん」
『ねぇ~』
何がねぇ~よ。二人してホントこいつら仲良いわね。ああもうどうでもいいわ。何かこうこいつらを見ているともうバカらしくなってくる。
「それはそうと、にこっち。あのときの委員長ちゃん可愛かったで」
「ちょっと、お姉ちゃん!! その話は止めて~!!」
何か思い出したかのように言う希に対してそれを全力で止めようとする沙紀。だが不幸なことに沙紀は動揺したせいで椅子から滑り落ちる。
「ぷぷっ、何やってるの? 沙紀」
椅子から滑り落ちた沙紀を笑う。まあこれは幸運を持つものと持たざるものも決定的な差だった。それはそうとすごく気になるわね。
「ウチにエリチに嫌われるって泣き付いて来たんや」
生徒会長に嫌われる? それで希に泣き付いてきた。何をやっているのか、いまいち理解ができない。
「はぅ、違うんです。あれは穂乃果ちゃんのことを認めてもらおうと絢瀬生徒会長に少し強く言っただけなのに。それに関しては後悔してないもん」
あぁ、話が見えてきたわ。生徒会長様のことだからあのもどき達に厳しいことを言ったのね。それを沙紀が生徒会長に真っ向から庇ったのね。
「別に後悔しないなら良いじゃない」
ならそんなことを気にする必要は無いのに何を恥ずかしがっているやら。
「うぅ、それと嫌われるかどうかは別だもん」
凄く恥ずかしそうに顔を真っ赤にして顔を手で隠す沙紀。彼女はどちらかと言えば弄る側の人間なので、これはそうなかなかお目にかかれる姿ではない。出来るだけ堪能しておくわ。
まあ沙紀の機嫌を直すためにちょっと大変だったのは語らずとも。そして、少し時間が経ってから何とか機嫌が良くなったわ。
「さてと、何か変な話をしていたやけど、遂にこの日が来たね。にこっちは穂乃果ちゃんたちのライブ見に来るつもり?」
沙紀の機嫌も良くなったところで、希は今日行われるライブを見に来るのか聞いてくる。
「まあ、一応わね」
結果次第では彼女たちは部活として活動するために、ここいずれはやって来る。そのために彼女たちがどのくらい本気なのか確認しておきたいのよ。
沙紀を通して彼女たちが本気なのは確認済み。一応たまに練習風景もこっそりと見に来てるけど(別に沙紀が心配とかじゃないんだから)やっぱり、ちゃんと近くで確認はしておきたい。そんな訳だから一応見に行くことにしているわ。
「やっぱり、にこ先輩見に来るんですか。なら、一つ頼んでもいいですか」
「何? バカな頼みは聞かないわよ」
沙紀の頼み事はほとんどの確率で面倒くさいものばかりで、生憎変なことには巻き込まれたくないし。
「そんなじゃないですよ。それにこれは彼女たちに必要な事ですから」
「ふ~ん。まあ、聞いてあげなくもないわよ」
バカな頼みじゃなければ大抵のことなら聞いて見てもいい。それに彼女たちに必要って言うと気になるし。
「それでは……」
そうして私に沙紀は頼み事の内容を伝えた。
「はぁぁ!!」
沙紀の頼み事はシンプルではあるが彼女たちにとって酷すぎるものだったわ。
3
「これで新入生歓迎会を終わります。各部活とも体験入部を行っているので興味があったらどんどん覗いてみてください」
生徒会長のその言葉で新入生歓迎会は終わりを向かえる。
講堂に集められた生徒は各々席を立ち上り、二、三年生は自分が所属している部活の部室へ。一年生は自分が興味を持った部室に向かっていったわ。
私はライブの時間まで時間がまだまだあるから一先ずはアイドル研究部の部室に行くことにしたの。
講堂から部室まで通る廊下の途中で二、三年生が数少ない一年生に興味持ってもらおうと精一杯呼び込みをしてるいるのが見えた。
まあ、ただでさえ生徒が少ないこの学校は一年生が入部してくれないと(特に運動部は)人数が足りないと大会とか出られなくなる可能性があるわけだし。
その点で言えば、文化系の部活は一人でもある程度のことは出来るので気は楽だわ。
そんな風に多くの部活が一年生に入部してもらおうと頑張っているなか、私たちアイドル研究部は特に何もするつもりはない。
理由は簡単だわ。アイドル研究部はかなりマイナーな部活だから存在そのものを知らないのも理由の一つ。だけど、私としては中途半端な気持ちでアイドルをやって欲しくないと言う思いがあるから。
じゃあ、沙紀はどうなのかってあの子は特別よ。むしろ、あの子は積極的にアイドル活動するべき人間よ。あの子は才能に恵まれている。
どんなことでも大抵の事なら出来てしまうのだから。そんな人間がマネージャーをやっているのが不思議なくらい。
まあ、そんなことを本人の前で言うと嫌がるのよね。
そんなわけで、マネージャー志望で入ってくる子も沙紀がいるから要らない。よって、本気でアイドルをやりたいと思う子だけを募集したいのだけど、なかなかそんな生徒はいないわ。
結果、誰も入部したがらないから誰も見に来ないので、何もする必要はないと言うわけ。
一年生を向かえる準備も必要もないからやることも無くて気が楽だわ。
そんなことを思いながらアイドル研究部の部室に着いて扉を開けるとそこには希が居たわ。
「おや、にこっち。お帰りや」
そんな風に普通にのんびりとくつろぎながら言う希。正直もうこいつは出入り自由だと思うようにしたから、特に気にせず何時もの席に座る。
座ったところでやることも特に無いので、無意識にクルリと(回転式の)椅子を回転させる。
「何やってるの? にこっち?」
「別に特に意味は無いわ。ただ暇なのよね」
何かこれ暇だと気付いたらよくやってるのよね。ホント、意味ないけど。
「あれ? 今日は委員長ちゃんの練習メニューは貰ってないの?」
「今日はたまたま休む日だったのよ。だから、沙紀から練習メニューも受け取ってないのよ」
あの子の練習メニューやたらと長期で効率よくやる練習メニューを組むことが多いから、身体を休ませるために一日練習無しの日もあるわ。
「へぇ~、そうなん。委員長ちゃん結構考えて作ってるやね。流石や」
そんな風に希に沙紀の練習メニューについて説明すると感心するようにそう言った。
「でも、あの子。穂乃果ちゃんたちの練習メニューも考えていたみたいやったけど、あっちは何か、ハードそうやったよ」
私の練習メニューと比べて向こうの練習風景を思い出しながら、そんなことを言った。
「あっちはそもそも一ヶ月って限られた時間でやることが多いのよ。だから私よりも練習メニューがきつくなるのは当然よ」
沙紀から聞いた話だと一人を除いて運動は体育しかやっていなかったみたいで、体力と持久力が全然なかったから基礎トレーニングを多めになったって言っていたわ。
それにあっちは目の前にライブがあるって期間が限られるのに対して、こっちは期間が限られてないから練習の期間も大分変わるしね。
「そうなると委員長ちゃんも大変やね。二つも練習メニュー考えないといけないんやから」
「逆よ。あのバカはノリノリで作るわよ。何でも自分が作ったメニューでせっせと取り組んでいる女の子を見ると興奮するとか」
練習する私の姿を見てたまに凄くいやらしそうな目で見ているときがあったもの。けど、そんな目で見たら制裁を食われるだけなんだけどね。
「うわ、何か委員長ちゃんなら普通にありそうやからなんとも言えんなあ」
希も沙紀がそんなことをする様子が容易に浮かんだみたいで、私の言うことを簡単に信じてくれた。完全に日頃の行いよね。
「まあ、委員長ちゃんが穂乃果ちゃんと仲良くやっているのは間違いないやろ」
今のところ喧嘩したとか聞いていないし、本性もバレた訳でも無いしそうなんじゃないのかと思う。
「正直、心配していたんや。ウチやにこっち上級生ばっかりと関わって同級生の友達いるのか分からなかったから」
「沙紀の事なんだし少しは居るじゃないの?」
あんまり私も沙紀の交遊関係は詳しくはないけど、この学校中で知られている沙紀の性格なら友達が多いと思うわ。
いや、違うだってあの子は……。
「どうやろうな。にこっちは委員長ちゃんの噂の数々を知っているやろ」
私が沙紀の重大な秘密を思い出したことに気付かず、私に沙紀の噂のことについて聞いてきたわ。
知ってるも何もこの学校で沙紀の噂を知らない奴なんて、よっぽど他人に興味ないか、何も考えていない馬鹿くらいじゃないの。
そういえば、噂と言えば……アイツの肩書きいつの間にか『音ノ木坂の生きる伝説』から『白百合の委員長』に変わってるんだけど……一体何があったのよ。
「えぇ、知ってるわ。でもそれが何か関係あるの」
「噂が多くあればあるほど人を惹き付ける事も出来るやけど、逆に人を遠ざける事も出来るや。にこっち」
そんな風に希は言うけどあまりピンとは来ない。私、あまりあたまのいい方じゃないから。
「簡単に言うと火事の現場に集まる野次馬みたいな感じや」
なるほど、それなら何となく分かる。さしずめ、沙紀は火事で野次馬はこの学校の生徒ね。
沙紀の噂に群がる音ノ木坂の生徒。
確かに何かあると気になるのは人として当然の欲求だわ。だけど、それ同じくらい面倒ごとに関わりたくないって気持ちもあるのも確かだわ。
ある意味、沙紀は噂だけ聞くとすごく化け物じみた人物になったりするわ。だから、そんな人に自分から関わりたいなんて思う人間が多いとは思えないわ。
「確かにあのバカは才能には恵まれているから。それは当然ね」
「多分、ウチの予想だとずっとそうやったのかも知れない。ずっと一人で誰とも関わろうとしないそんな子だったんじゃないかなって」
そう言われると私はドキッとする。初めて沙紀と出会ったあのときの日の事を。
何処か冷めきった目。ボサボサな三つ編み。そんな姿を。そして、彼女から聞かされたあの話のことを。
「それにあの子、結構甘えん坊さんやし」
希のその言葉で私は意識を取り戻す。いけない、いけない。今はそんなことを思い出している場合じゃない。私にはやらなきゃいけない事があるの。
「ゴメンな。にこっち。急に変な話をしてこういう話は本人がいないからってしちゃいけない話やったね」
「良いわ。どうせ、あの子の事だから笑って許してくそうだもの」
そう今のあの子なら笑って本当に許してしまいそうだもの。
「そうやね。変な話をしているともう時間やね。そろそろ行こうか」
時間を確認するとライブの開始まで十分くらい前だった。思いの外時間が潰せたわ。
「そうね。行きましょうか」
私と希は立ち上がって一緒に部室を出て講堂に向かう。
「そういえば、にこっち。委員長ちゃんが言ってたこと本当にやるの?」
希は朝、沙紀が頼んだことを本当にやるのか聞いてくる。まあ、確かに聞くのは正しいわね。やることがえげつないもの。
「ええ、まあ。と言っても、もしもだからやらない可能性もあるわ」
出来ればやりたくないけど、もしかしたらやらない可能性もかなりあるわ。だから、そこまで深く考えているつもりはないわ。
「そう……。分かった。なら、ウチは何も言わない。じゃあ、にこっち。ウチはちょっと寄っていく所あるから先行っといてや」
そう言って希は私と別れて一人で講堂に向かう。
また同じ道を今度は逆に通っていくとさっきのように二、三年生たちが呼び込みをしている声が聞こえるが、講堂まで近くなると、その声は聞こえなくなり辺りは一気に静かになる。
私はこの静けさの所為かとても不安な気持ちになる。別に私がステージの上に立つわけでも無いのだけど、この静けさはとても今からライブをやる雰囲気ではない。
正直、もうこのまま帰りたいとさえ思えてくる。このまま帰れば何も見ないし知らずに済むし、あの子たちに酷いことをする必要も無くなる。
だけど、私はこの目で彼女たちが本気なのかを確認しなければならない。それが今の私に出来る唯一のことなのだから。
そうして、私は講堂の扉の前に立つ。この扉を開ければ結果は分かるのだけど、講堂の前まで来たのにこの静けさは私にこの扉を開けるのを躊躇わせる。
実はライブ前で静かに待っている可能性があるかもしれない。扉を開ければそこは観客でいっぱいかもしれない。
そんな様々なかもしれないが思い付くが何時までも躊躇っては何も変わらない。
だから、私は沙紀に言われた通りそっと扉を開けると、そこに広がっていたのは──観客の誰もいないステージだったわ。
4
誰一人としていない講堂。その光景を目の当たりにした私は呆然とするしかなかった。
さっきまで新入生歓迎会もあって生徒の話し声で騒がしいほど賑やかだった講堂はその面影もなく、静寂に包まれていた。とてもここで今からライブが行われるなんて信じられなかったわ。
実は時間を間違えたのかも知れないと思った私はケータイを取り出して時間を確認してみる。ケータイに表示されたのは、ライブが始まる三分前。どうやら私が時間を間違えた訳ではないみたい。
つまり、彼女たちは結果的にお客を誰一人として呼べなかった。
しかし、お客と呼べる生徒が居ないだけで二、三人ほどスタッフとして手伝いをしていると思われる生徒はいる。
そんななか、遠くから離れても一際目立つ生徒が居た。三つ編みに眼鏡と委員長スタイル──沙紀が講堂の席の真ん中でただ立ち尽くしていた。
流石に扉の前でこっそりと覗いている私からは沙紀の表情は見えない。悲しんでいるのか、この結果に涙を流しているのか、それともこんな結果になって負い目を感じているのか。
いや、どれでもない。だって沙紀はこの結果をある程度既に予想していたから。だからこそ私に残酷な頼み事をした。
何故、私が講堂の扉の前で扉を少し開けてこっそり見ているのか。それはこの講堂の中に入る勇気がないだけではない。沙紀の頼み事が関係しているわ。
じゃあ、彼女は私に何と頼んだのか。
それはもし講堂に誰一人としてお客が居なかったら、私に中に入らずに扉を少し開けてこっそりと彼女たちの反応を見届けて欲しいと頼んだのよ。
最初にそれを聞いたとき何かの聞き間違えじゃないのか耳を疑ったわ。それは一緒に聞いていた希も一緒だった。
しかし希が同じ反応したと言うことは私の聞き間違いではないと言うことが証明されてしまった。
だから私は沙紀に何でそんなことをしなければならないのか追求しようとしたわ。けど、タイミング悪く予鈴がなってしまい追求出来なかった。
それでも何とか聞き出そうと昼休みに沙紀を捕まえて何とか聞き出すことに成功したわ。
けど、これほど聞きたくない理由なんて無いくらい酷い理由を彼女は口にした。
(何でそんなことをする必要があるかですか。そうですね……。人ってどん底に突き落とされると本性が見えてくるじゃないですか)
(だから、あの子たちが本気かどうか確認する本当に手っ取り早い方法なので、にこ先輩に協力してもらおうと思ったんです)
何時もの調子で軽い感じに話す沙紀。正直、そんな沙紀の姿を見て恐怖を感じた。
人の感情を一切無視してそれどころか踏みにじるような行為。私は沙紀の胸倉を掴んでふざけるな。なんて怒鳴ってしまった。
私も人がそこまで来るなんて沙紀と希があのとき説明したときは思ってなかったけど、流石にそこまで酷いことは私も希も考えていなかった。
(にこ先輩が怒るのは無理もないですよね。こんなの聞いたら誰だって軽蔑しますよね)
(酷いのは分かっています。最低だって自分でも分かっています。けど、私はそんな感情とかを無視して目的のためなら、こんな酷いことを思い付いて私は行動してしまいます)
そのときの沙紀の目はとても辛そうな目をしていた。自分だってそんなことはしたくない。それは理解しているのだけど彼女は平然とそれをやってしまう。
目的の為なら手段は選ばない。それが彼女の──篠原沙紀の本質なのだから。
それに沙紀は物事や状況を瞬時に把握、理解する事が出来る才能がある。
そして、その才能を使い効率よく実行する。
たとえそれが友達や居場所や大切な物でさえ全てを失うことになっても。
そうやって彼女はずっとその本質に逆らえず行動して、後悔し失い続けた。
だからこそ彼女はとても辛い表情をしている。正直ここに希が居なくって良かったと思う。下手したら沙紀は自分の妹のように可愛がってくれる先輩を失っていたのかもしれない。
だったら私はどうなのか。そんなの簡単だわ。私は彼女の事は決して見捨てない。
私は彼女の秘密を知っているから。決して、沙紀を一人にはさせない。だからこそ私は沙紀の事を怒りはするけど、軽蔑はしない。
そうなれば私は次に何故沙紀がそんな結果を出してしまったのかを確認しなければならない。沙紀は実行できると確信しなきゃ実行しない。だから必ずしもこれにも理由はあるわ。
そうして私は沙紀からどうしてそんな風に考えに至ったのかを聞き出した。
理由はとても簡単だった。
彼女たちの活動が部活として認められていなかったから。ただそれだけ。
説明すると、今日は新入生歓迎会よね。そのあとに体験入部がある。そして多くの部活は新入生を呼び込もうと動いている。
じゃあ、呼び込みをする人間は一体誰なのか。ここまで言えば分かるわよね。
そうこの学校の二、三年生。つまり、この生徒の少ない学校で大半の生徒が部活に所属している。ここで二、三年生の半数はライブに来られない。すなわちこの学校の半数以上の生徒が来ないと同義である。
でも二、三年生の中には部活に所属していないものもいる。ただそれは習い事やアルバイトがあるから所属出来ないだけであってそれらが忙しくってライブに来られない。
そして、その上記二つに属さない生徒がいるけどもそんな何処にも所属や何にも興味を持たない生徒がライブに来る確率は限りなく低い。
結果──二、三年生は誰も来ることはないわ。
なら、一年生は?
彼女たちなら来る可能性は二、三年生よりも来てもらえる確率はかなり高いはずだけども、ここで彼女たちの活動が部活ではないと言う障害が色濃く反映されてしまったわ。
新入生歓迎会、これには部活動紹介と言う時間が各部活申請すれば数分ではあるが貰えるわ。
つまりその時間は部活のアピールタイム。いかにここで印象を残す事が出来るか重要になってくる。
もし、彼女たちが部活として活動していれば一曲分のライブは全校生徒の前で歌えた。けど、それは出来ない。部活ではないことが必然的に宣伝する機会を失った。
しかし、彼女たちは掲示板でライブの宣伝をしていたが掲示板では宣伝効果は薄い。現に彼女たちが一年生の教室に行ったときそれは証明されていたらしい。
チラシも配っていた所を私は見ていたから知っているけどあれも宣伝効果は薄かった。
例えば、学校でチラシを配ったりする。ここで既に受け取ってくれる人と受け取ってくれない人に別れる。ここで半数の宣伝は出来ない。
次に受け取ってくれる人が必ずしも読んでくれるとは限らない。もらったはいいけどそのまま捨てる人が半数。
そして、受け取ってくれてかつチラシを捨てない人がいるこれでライブの告知を知って何人が来るのかしら。全く無名のスクールアイドルのライブに。少なくてもあまり興味をもって来る人間はそこまでいない。
そして、さっきも言ったようにチラシを受け取った中には二、三年生がいるから一年生に配られてかつ来てもらえる確率はかなりゼロ。
結果──チラシもほぼ無意味。
そして、ここが肝でもある。今日は体験入部が行われている。つまりライブに来ない二、三年生がライブに来る確率が高い一年生を呼び込んでいる。さあ、どうなるか分かるわよね。
そう、一年生が各部活で行われていて一年生はいろんな部活を見て回っている。そして、この講堂は全ての呼び込みをしている生徒がいるところから離れたら位置にある。
そのため、ここに一年生が来る確率は限りなく低い。
部活ではない。
生徒が少ない。
宣伝が無意味。
場所が悪い。
以上の点から導き出される答えは誰も来ない。
沙紀はこの結果を導き出さして誰も来ない事が分かっていた上で彼女たちに協力した。彼女たちの本心探るために。
だけど、彼女は全く誰も来ないとは予測していなかったみたい。何人かは来る可能性があると思っていたから私に誰も来なかったらと言ってきていた。
けど、結果は誰も来なかった。
私はこの光景を目の当たりにしてふと考えてしまう。
もし、私が彼女たちと一緒にスクールアイドルをやろうと言えばこんな結果にはならなかったかもしれない。
少なくとも新入生歓迎会でライブは全校生徒の前で披露することは出来た。
けど、それはきっとあり得ないことだ。私はアイドルに対して拘りとプライドを持っている。だから、本気でやっているかどうか分からない連中に手を貸すことは絶対にない。
だから、結局何かも彼女たちは詰んでいた。
そうして、いつの間にか時間となり幕が上がり始めた。
そして彼女たちに現実の残酷さを見せつけられた。
5
幕が上がり誰も居ない講堂を目の当たりにした彼女たちはとても絶望したような顔をして、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「穂乃果ちゃん……」
「穂乃果」
端にいる二人がセンターに居る子の方を見ているが一人はもう泣きそうだ。
「そりゃそうだ。世の中そんなに甘くない」
穂乃果って子はこの現実を受け入れようとして痩せ我慢をしているがその声はとても震えていた。
ホント、私のバカ。こんな風になるのは分かっていたはずなのに、何で私は律儀に沙紀の頼み事を実行しているのよ。
正直に今すぐに立ち上がって彼女たちのお客としてライブを聞いてやりたい。少なくても一人来れば微々たるものだけど、絶望を和らげることは出来たはずなのに。
結局、私も最低な人間だ。彼女たちが本気なのかを確かめるためにこんな仕打ちをしているなんて。しかも、そんな風に考えながらもこの場に止まっている自分に腹が立つ。
そんな風に私は自分自身に苛立ちながらその場に居ると静かな講堂に誰かが走って近づいている音が聞こえてきた。
「はぁはぁ」
そう息を切らしながらやって来たのは一人の一年生だった。すごく呼吸が乱れている所を見るととても急いでここまで来たのが分かる。
「花陽ちゃん……」
穂乃果って子がやって来た一年生を見て名前を呼んだのが聞こえた。もしかしてこの子が沙紀が言っていた、来る可能性がある子かもしれない。
「あれ? ライブは? あれ?」
呼吸が整うと花陽って子は時間が過ぎてもライブが始まっていないことに戸惑っている。
「穂乃果ちゃん。ライブを楽しみにしていたファンが来たよ。どうするの?」
沙紀は穂乃果って子にどうするのかを聞いてくる。それはある意味は最後の確認でもある。
人が全然居ないからライブそのものを中止にするのか。それともたった一人でも来てくれたファンのためにライブをするのか。その二択。
その選択次第で彼女たち、私たち、そしてこの学校の未来が決まる。
「やろう。歌おう。全力で」
穂乃果って子はやると言った。つまり、彼女はたった一人来てくれたファンのために歌うと。
「穂乃果」
「だって、そのために今日まで頑張ってきたのだから」
今までの努力を無駄にしたくないそんな気持ちが言葉から伝わってくる。そんな彼女の言葉を聞いた残りのメンバーの顔も次第に変わっていった。
「歌おう!!」
「穂乃果ちゃん。海未ちゃん」
「えぇ!!」
歌うと決意した彼女たちはしっかりと前を向いてから一呼吸して、それとタイミングを合わせるかのように曲が始まった。
そして彼女たちは歌い踊り出す。
私は曲が始まってから少ししてこっそりと講堂の中に入って彼女たちの見やすい場所に移動する。誰にも気付かれず見やすい場所に移動した私は彼女たちのファーストライブをしっかりと見届ける。
ハッキリ言って彼女たちのライブはまだまだだった。歌は所々音程を外したり少しずれたりしていたり、ダンスはまだ何処かぎこちないところもある。だけど、彼女たちの表情はとても楽しそうだった。
自分たちもライブを楽しんでいる。そんな彼女たちの気持ちが伝わっている。
それもあるかもしれないが私は彼女たちのライブから目を離せないでいた。何か飛び抜けて上手いところは無いけど、何故か人を魅了させるそんな力が彼女たちのライブには合った。
そうして、曲もいよいよ終わりに近づいて彼女たちの勢いは更に良くなって私の気持ちはどんどん盛り上がっていった。
そして、楽しい時間はあっという間で彼女たちのライブは終わりを迎えた。
彼女たちのライブが終わると拍手の音が聞こえる。私も思わず拍手をしていることに気付いて慌てて隠れる。
隠れる際に少し周りを確認すると二人ほど一年生が増えていた。それに希もこっそり見ているのも確認した。
彼女たちは拍手を聞くと息を上げながらとても満足したような顔していた。
そんな彼女たちのライブを見て感動して拍手している者が多いなか、一人の生徒がゆっくりと彼女たちのステージまで歩く姿があった。
「生徒会長……」
穂乃果って子が近付いてきた生徒を見てそう呟く。そう、彼女が呟いたように近付いてきたのはこの学校の生徒会長だった。
「どうするつもり?」
「続けます」
生徒会長はスクールアイドル活動を続けるのかどうか聞いてくるが穂乃果って子は迷わずそう答えた。
「なぜ、これ以上続けても意味があるとは思えないけど」
生徒会長は講堂を見渡して現実を突きつける。そう今回は結果から見れば失敗でしかない。今回、失敗したから次も失敗する可能性だってある。
「やりたいからです」
それでも彼女はやりたいと言い切った。
「今、私はもっともっと歌いたい。踊りたいって思っています。きっと海未ちゃんもことりちゃんも」
そう言って二人の顔を見ると二人とも頷いて彼女たちも同じ気持ちだって言うのが伝わってくる。
「こんな気持ち初めてなんです。やってよかったって本気で思えたんです」
「今はこの気持ちを信じたい。このまま誰もが見向きしてくれないかもしれない。応援なんて全然もらえないかもしれない」
彼女の言葉を聞いてかつて私がこの学校でスクールアイドル活動していた事を思い出す。
そして、その結末も。
「でも、一生懸命に頑張って私たちがとにかく頑張って届けたい。今私たちがここに居るこの思いを!!」
けど、彼女たちの言葉を、思いを聞いて今はまだまだだけど彼女たちの熱意は私の中に届いて、私はある思いを抱く。
「いつか……」
「いつか、ここを満員にして見せます!!」
彼女はこの場でそう宣言してファーストライブは終わりを迎えた。
6
彼女たち──μ'sのファーストライブを見届けた私は沙紀を待つため校門の前で待っていた。
彼女はメンバーたちを先に帰らせて手伝いをしてくれた生徒ともに残ってライブの後片付けをしている。
私は沙紀に話があるから一緒に帰る約束はしていないけどここで待つことにしたの。
「何でにこ先輩。ここに居るんですか。私はてっきり帰ったのかと思っていましたよ」
そうして、少しすると彼女は玄関からまるで何事もなかったように出てきて私が居るのが分かるとすごく驚いた顔をしていたが瞬時に理解した様子だった。
「遅くなるの分かっていたんですから先に帰っても良かったですよ。にこ先輩を待たせるのは私にとって恥ですし」
そんなことを恥にする沙紀の基準はよく分からないから、そこはあえてつっこまない。
「別にいいじゃない。にこはあんたに話があるから待っていただけだし」
「そうですか。話はだいたい分かっています」
「そう、なら行くわよ」
やっぱりもう何の話しか予想していたみたいで私も特には驚かない。むしろ話が早くて助かるから、私と沙紀は一緒に帰りながら話をすることにするの。
何となくだけど……今日のこの光景は沙紀と一緒にA-RISEを見に行こうと誘った帰り道に似ている。
そういえば、あのとき沙紀と一緒にA-RISEを見にUTXに行ったときにあの穂乃果って子と沙紀は面識を持っていた。それから少しして沙紀は彼女たちとも行動するようになったわね。
なるほど、人生分からないものね。あんな約束からこんなことになるなんて思っても見なかったわ。
「それでにこ先輩は穂乃果ちゃんのライブを見てどう思いました?」
私がそんな感傷に浸っていると、沙紀は彼女たちのライブを見てどう思ったかを聞いてくる。
「そうね。とりあえずは彼女たちが本気なのは伝わったわ……。でもまだまだね。アイドルとして大切な物が足りないけど、そこはいずれアイドル研究部に来たときににこが鍛えてやるわ」
私はあのライブを見て彼女たちの気持ちを感じて思ったことを沙紀に伝える。
「つまり……にこ先輩は穂乃果ちゃんを認めたってことで良いですね」
「そう言ってるでしょ……」
一応確認する沙紀に少し乱暴な感じで答えると、沙紀はとても嬉しそうな顔をしてホッと一息ついた。
「良かった。穂乃果ちゃんたちはスクールアイドルを続けるって言ってくれたし、にこ先輩は認めてくれたし、やっとこれで進めますから」
確か沙紀と希の計画は九人の女神を揃える事が目的だったはず。それが廃校を救うために重要なことだと言っていた。
でも、その大前提があの三人がスクールアイドルを続けることが絶対条件だった。だから、今回の彼女たちの選択は結果に一歩前進したと言える。
それに私が彼女たちを認めたってことにも意味がある。彼女たちが五人以上部員を揃えて、生徒会に部活として申請したときに生徒会長に跳ね返せられても私たちのアイドル研究部と合併することでこの問題も解決する。
そう状況はゆっくりと確実に前進している。
「ねぇ、あんたから見てあのライブはどうだった?」
沙紀があのライブを見てどう思ったのか聞いてみる。彼女があのライブを見て何を思い、何を感じたのか確認するために。それを聞くのが沙紀を待った理由。
「そうですね……。まだまだ未熟なところはたくさんありますが……彼女たちはこれからも成長できればスクールアイドルの上位くらいまで上れるかもしれません」
「へぇ~、あんたにそこまで言わせるなんてあの子達そんなに才能があるのね」
そうか、沙紀にそこまで言わせるくらいは力があるのね。沙紀がそういうのなら一層安心できるわ。
だって、そうだもの。沙紀は自身の才能ともうひとつ納得せざるを得ない理由を持っているもの。
「あくまでも私の自己判断ですから、そこまで真に受けないで下さい」
「何言っているよ。元中学生トップアイドルだったあんたがそう言うんだったらほぼ間違えないじゃない」
そう沙紀はかつてアイドル界にその名を轟かせて更にスクールアイドルを発展させた伝説のアイドルなのだから。
「止めて下さい。それは昔の話ですから。それに私がそう呼ばれる資格なんてないんですから」
沙紀は自分がそんな資格がないなんて否定するが、今でも私が憧れていたアイドルであることには変わらないわ。
まあ、ときどきこいつが本当にあのアイドルだったのか疑いたくなるときもあるけど……。実際に眼鏡外して三つ編みを解くと、トップアイドルとして活躍していた時よりも更に綺麗になった彼女なんだって実感させられる。
彼女のこの委員長スタイルは自身の正体を隠すための変装なんだと思っていたけど、本当のところよく分からない。ただ何だかんだで、こいつ委員長スタイルを気に入っているところはある。
そのせいでもはや変装じゃなくて、ただのファッションになっているのだけど。
「そもそも私にはアイドルとして大切な物がありませんから」
そう言う彼女はとても辛そうだった。それはそうだ。彼女にとってアイドルは全てだったから。
彼女が言うアイドルとして大切なもの。それが何か私は知っている。だってそれはかつて彼女が持っていたもの。
今はただ忘れてるだけ。それをどうすれば欠けたものを思い出せるのか思い付いているわ。
だから私は沙紀を助けたい。私に楽しい時間をくれた沙紀に。
「それに私は私が本当に大嫌いです。わたしの大切な物を多く失って、今日もまたみんなに残酷なことをしましたから」
沙紀の言う通り既にこの段階で彼女たちに酷いことをした自覚もあり後悔してる。そして自分の行いを許してもらえるとは思っていない。
何だかんだで、こいつは真面目だわ。絶対に今日したことをすぐにでも謝るだろう。でもそんなことを言えば彼女たちはどんな風に思うだろう。
効率のために人の心を踏みにじるような行為を、本人の意思とは裏腹に行動してしまうやつを誰が受け入れてくれるだろうか。
きっと、受け入れてくれる人間は少ない。そんな人と関わりたいなんて思うやつなんて絶対にいない。
だから沙紀は人と距離を取るために、委員長スタイルと噂を利用して他人との関わりを最小限にする。
そんな沙紀に辛いことをさせているのは私だ。今回だって私にスクールアイドル活動させるために動いているのはバレバレなのよ。
「大丈夫よ、沙紀。あんたはあの子達のためにやったんだし、それにあんな状況で続けると言った彼女たちならきっと受け入れてくれるわよ」
根拠なんてないけど、こんな状況を作った私だからせめて気休め程度にしかならない。ただ少しでも沙紀の気持ちが和らぐようにそんなことを言う。
「そうだと……いいんですけどね」
そう言う沙紀の表情はとても辛いものだった。
7
私の通う音ノ木坂学園には少し変わった生徒が居る。
そいつの見た目はスタイルが良く、顔立ちは整っており、眼鏡に三つ編みと所謂委員長スタイル。
性格は誰にでも分け隔てなく優しく出来る。聖人みたいなやつ。
けど、その本性は女の子が大好きで甘えん坊なところはあるのだけど、根は真面目で引き受けた仕事は必ずやり遂げる子。
そして正体はかつてアイドル界にその名を轟かせてスクールアイドルに多大な影響を与えた伝説の中学生トップアイドル。
だが、その彼女は常に何かを後悔し、失い続けている。
これはかつてトップアイドルだった篠原沙紀の真実を知る物語でもある。
そして、今──その物語はゆっくりと進み始めた。
沙紀の正体など色々と盛り沢山な回でしたね。
今回で第一章完結することが出来ました。これも皆様のお陰です。
これからも続く第二章も読んでいただけると幸いです。
次回は筆休めとして番外編を書こうかなと思っています。
内容は五話辺りで何時か書きたいって言っていたあの回です。
それではお楽しみに。
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