ラブライブ! 委員長はアイドル研究部のマネージャー 作:タトバリンクス
今回のサブタイはまさにこれしかなかった。
それではお楽しみください。
1
「大変申し訳ありません!! わたくし矢澤にこ、嘘をついておりました」
机に額を付けながらにこ先輩は、私たちに土下座した。
「ちゃんと頭をあげて説明しなさい!!」
「……やだな~みんな怖い顔してアイドルは笑顔が大切でしょう? さあ、みんなでご一緒ににっこにっこに~」
「にこっちふざけてて、ええんかな」
「はい……」
にこ先輩は往生際悪く話題を逸らそうとする。けど、お姉ちゃんに脅され、ようやく休んだ理由を話し始めた。
「出張?」
「そう、それで一週間ほど妹達の面倒見なくちゃいけなくなったの」
「だから練習休んでたのね……」
「ちゃんと言ってくれればいいのに……」
にこ先輩の話を聞いて、みんな休んだ理由は納得する。
私は元から理由は知っていたから特に何も言うつもりはないけど……。
「それよりどうして私達がバックダンサーということになっているんですか?」
「そうね、むしろ問題はそっちよ」
わざわざポスターの合成までして、明らかに嘘にしては度が越えているレベル。流石に私でも見逃せない。だから、そこまでする理由があるなら聞きたいところ。
「そ……それは……」
『それは……』
「にっこ──」
「それは禁止やよ」
「うぅ……」
またしても話題を逸らそうとするにこ先輩。けど、再びお姉ちゃんに脅され諦める。
「さぁ!! ちゃんと話してください!!」
「にこちゃん……」
「……元からよ」
観念して口にしたのはそれだけだった。
「あぁ……そういうことなんだ……」
その言葉を聞いて私は小さな声で呟いた。
ここまで幾つか思い当たる節があった。だから、さっきの言葉で私の中で理由を悟り、にこ先輩の行動の意図も理解できた。なら、これ以上にこ先輩を責めるのは酷だと思う。
「元から?」
「そう、家では元からそういうことになってるの、別に私の家で私がどう言おうが勝手でしょ、お願い、今日は帰って」
「にこちゃん……」
「仕方ないよ穂乃果ちゃん、みんなここは一旦帰ろう」
私はみんなを帰るように促すと、仕方なくみんなは立ち上がり、にこ先輩の家から出ていく。
「にこ先輩あとでお話があるので、夜に何時もの公園で 」
「えぇ……分かったわ……」
別れ際にこっそりとそれだけ話して、私もみんなのあとに続いて、にこ先輩の家から出ていった。
2
にこ先輩の家から出ると、既に空は黄昏時だった。一先ず私たちはこころちゃんと出会った広場に戻るが、誰一人として帰ろうとはしなかった。
理由は当然。みんなにこ先輩のことが気になっていたから。
「困ったものね……」
「でも元からってどういうことなんだろう?」
「にこちゃんの家では元から私達はバックダンサー?」
にこ先輩が多く語らなかった以上、誰も理由など分かるはずもなく、ただ疑問だけしか残らなかった。そんななかただ一人だけは、何かに気付いて、考え込んでいる様子だった。
「……希?」
「多分、元からスーパーアイドルだったってことやろな」
絵里ちゃんが様子を気になって話しかけると、お姉ちゃんはそう口にした。
「どういうことです?」
「にこっちが一年の時──」
「待ってお姉ちゃん」
お姉ちゃんの話を遮り、目配せだけで私の意思を伝える。
「そうやね……委員長ちゃんのほうが適任や」
私の目を見て、お姉ちゃんは説明を任せてくれた。
「にこ先輩がμ'sに入る前に、一度だけスクールアイドルをやっていた時期があったんだよ」
「その話は初耳です」
三年生以外、他のみんなも初めて聞いたような反応をしていた。
「私もその時のことは見てないから何とも言えないけど、当時、一年生のにこ先輩は部員五人集めて部活を設立して、スクールアイドル活動を意気込んでいた」
「きっと、そのときこころちゃんたちに話したんじゃない? アイドルになったって」
「けど、にこ先輩と他の部員との志の差がありすぎて、一人また一人と辞めていって、最終的にはにこ先輩ただ一人だけに」
「それでも最初は一人でもスクールアイドルやろうと頑張ったけど、結局自分一人じゃあ無理だって気付いて、諦めた」
「ただ、こころちゃんたちに諦めたとは言い出せなかった、だから、にこ先輩が一年生の時からあの家ではずっとスーパーアイドルのまま」
「それにこころちゃんたちには私が星野如月だってバレてるからね、そのせいで嘘に拍車がかかったのかもしれないかな」
初めてにこ先輩の家に行ったときに、ここあちゃんと遊んでたら運悪くヘアゴムが千切れ、眼鏡が飛んでいき、素顔を晒してしまった。しかも偶々部屋に星野如月のポスターが貼ってあるという連続コンボ。
その結果、こころちゃんたちに私が星野如月だってバレてしまった。
「元プロのアイドルに慕われるくらいすごいアイドルになったんだって、こころちゃんたちが思っているから……その期待に答えるためにそう家の中で振る舞っていた、そうなんだと思う」
私が話終えると、少し重苦しい空気になっていた。当然と言えば当然か。にこ先輩本人のこともそうだし、嘘ついていた理由もこころちゃんたちのためってのもあったから。
「確かに……ありそうな話ですね」
「もう……にこちゃんどんだけプライド高いのよ……」
「真姫ちゃんと同じだね」
「茶化さないの」
真姫ちゃんをからかった凛ちゃんだけど、そのせいで怒られる。けど、凛ちゃんが茶化してくれたお陰で少し空気が和む。
「でも……プライド高いだけなのかな……」
にこ先輩のことを聞いて花陽ちゃんだけは違う印象を受けたみたい。
「アイドルに……すごく憧れてたんじゃないかな……本当にアイドルでいたかったんだよ……わたしも……ずっと憧れていたから……分かるんだ」
確かに花陽ちゃんならそんな風に思うのかもしれない。彼女もμ'sに入る前に同じようなことを私に相談してくれた。だからこそにこ先輩の気持ちが理解できるんだと。
「一年の時、私見たことある、その頃私は生徒会もあったし……アイドルにも興味なかったから……あの時……話しかけていれば……」
そんな後悔の念に駆けられる絵里ちゃん。誰かがにこ先輩に声を掛ければ、きっと違う未来になっていた。自分にもその可能性があったんだと思うと、余計に後悔しているんだと思う。
「けど、にこ先輩はそこまで弱い人じゃなかったんだよ」
にこ先輩とほんの些細なきっかけで出会って、初めてアイドル研究部の部室で話したときのことを思い出す。
星野如月やユーリちゃん、A-RISEなど私の知っているアイドルから知らないアイドルまで、色んなアイドルのこと楽しそうに話すにこ先輩の姿。
見ているだけで、この人は本当に、アイドルが好きなんだなって、初めて会った私でもすぐに理解できた。
「色々とあって、心が酷く落ち込んでいた私に『アイドル研究部に入りなさい』って声を掛けてくれたんだから」
「自分だってアイドルやるの諦めてたくせに、出会って間もない私にそんなこと言うなんて、ホント、どういう神経してるんだって思ったよ」
「しかもマネージャーやれってどころか、私の知識を使って練習を見てくれって言うんだから、図々しい人だなって」
だけど、どんな理由であれ、私のことを必要としてくれたのが一番嬉しかった。
「それにアイドルが大好きで、そんなアイドルに憧れているにこ先輩が、私にはとっても眩しかった」
同時に、それだけ情熱を注げるものがあるにこ先輩が、とても羨ましかった。私には一度もそんなものに出会えなかったから。
私よりもアイドルに対して、情熱も志もプライドも高かったからこそ、この人はアイドルになるべきなんだと思えた。
「だから、あの人を『スーパーアイドル矢澤にこ』として、ちゃんとしたステージに立たせてあげたいって……」
そう私が話していると、気付いたら何か周りの空気が温かい雰囲気になっているのを感じた。
「えっ……何みんな……急に……」
「いや……なんて言うか沙紀ちゃんって……本当ににこちゃんが大好きなんだね」
「えっ!? あぁ……う、うん……え、えっと~……そうだよ!! なんたって私はにこ先輩の未来のパートナーであり、『スーパーアイドル矢澤にこ』の一番のファンなんだから!!」
急に穂乃果ちゃんにそんなこと言われたから、一瞬動揺して素になりかけたけど、すぐに建て直して、そう自信満々に胸を張る。大丈夫、バレてないバレてない。
「いや、完全に動揺してたのバレバレやよ」
「ど、ど、動揺してないもん!!」
「いま完全にそうやん」
「なっ……」
「……そうだ!!」
私がお姉ちゃんにからかわれている横で穂乃果ちゃんは何か閃いたみたいだった。
「ライブだよ!!」
「えっ?」
「こころちゃんたちって、きっとにこちゃんのライブ見たことないんじゃないかな?」
「多分……見たことは……ないとは思うけど……」
ライブ映像を見せたら、にこ先輩の嘘がバレるから見せるとは思えない。
「だったらこころちゃんたちに、にこちゃんのライブを見せてあげるべきだよ!!」
「え~と……今度のラブライブの予選にこころちゃんたちを連れていってあげるってこと?」
「ううん、そうじゃなくて、『スーパーアイドル矢澤にこ』のライブをこころちゃんたちに見せてあげるの」
「つまり、にこの為に別のライブの準備をするってことね」
「その通りだよ、絵里ちゃん」
あぁ……なるほどね。それはいいアイデアだとは思うけど……。ただ何か嫌な予感がする。
「まさか、にこ先輩が休んでいる間に準備を進めちゃおうとか考えてる?」
「うん!! そのつもりだよ!!」
やっぱり私の悪い予感が的中した。
「そのつもりだよって……にこ先輩が練習休むの一週間くらいしかないし、ステージとか衣装とか諸々の準備は? そもそもラブライブの予選までそんなに時間がないってのに、今日だって練習休んでいるんだよ」
「ダメかな?」
「いや……案事態は悪くないけど……私だってにこ先輩のステージをやるのは賛成だけど……」
何分他にやるべきことが多くて、素直に穂乃果ちゃんのアイデアに頷くことができない。
好条件のステージを確保したいま、予選を確実に突破するために、できるだけパフォーマンスの向上に力を入れたい。そのあとだったら……。
いや、そもそも私にそのあとなんてないか。
「ウチからもお願い」
「私からも」
予選の後の事を考えていると、お姉ちゃんと絵里ちゃんからも頭を下げられる。よく周りを見ると、他のみんなもやりたいって意思が何となく伝わってくる。
「私だって色々と手伝うから……それににこちゃんのためだと思って」
「はぁ……しょうがないなあ~にこ先輩のためって言われると、私が断れるわけないよ」
結局私が折れるしかなかった。ここで鬼になれないあたり甘いのは分かっている。けど、甘くなるのも仕方ない。にこ先輩のためってのが、それだけ大きかったから。
「ただやる以上練習もライブの準備も妥協は許さないよ、『スーパーアイドル矢澤にこ』のステージだもの最高のステージにしてあげないと」
「うん!! ありがとう沙紀ちゃん」
お礼を言いながら私の手を握る穂乃果ちゃん。一瞬、ドキッとしたが、自分が手袋をしていたことを思い出す。
彼女の手の温もりを感じられないのは残念だけど、それ以上に、私の罪で彼女の手が汚れなかったことに安心する。
太陽のように眩しい穂乃果ちゃんを汚したくはない。それにその眩しさがいまの私には辛い。あの人を思い出すから。
でもいまはそんなことどうでもいい。スーパーアイドル矢澤にこのステージをやるなら、全力で良いものにするためにサポートしなければ。
私に残された時間がない以上、これがにこ先輩への最後の手向けとなる。ならできるだけ有終の美を飾ろう。
「不肖私、愛するにこ先輩のため、一肌脱がせて頂きます」
『いや本当に脱ごうとするな~!!』
せっかく私が意気込んでいたら、みんなから総ツッコミを受けるのだった。
3
夜になり、私はこころたちと一緒に晩御飯を食べ終え、後片付けを済ませる。それから軽く着替えて、沙紀との待ち合わせ場所である公園に向かった。
ざっくりと夜としか言わなかったから、もう居るかどうか分からない。でも、あいつのことだからもう居そうなので、少し急いで向かう。
私の家からそんなに遠くないからすぐに公園に着き、中に入る。公園内で沙紀を探してみると、やっぱり沙紀は既に居て、ベンチに座りながらイヤホンで曲を聞いていた。
私は沙紀に近づくと、あいつはすぐ気付いてイヤホンを外した。
「待たせたわね」
「いいですよ、私もいま来たところですから」
沙紀に声を掛けると、こいつはそんなありきたりな返しをした。
「あんたのそれはちょっと信じられないわよ」
「えぇ~それはどういう意味ですか」
「そのまんまの意味よ」
こいつと待ち合わせると、ほぼこいつのほうが先に来ていることのほうが多い。多分、こいつのことだから私を待たせるのは、失礼だとか考えているのでしょうけど。
「別に気を遣わなくてもいいのに……」
「何か言いましたか?」
「何でもないわ、それよりも世話かけたわね」
今日の件で何だかんだ色々と迷惑をかけたから謝る。
「気にしないでください、にこ先輩のお願いなら私何でも聞いちゃいますから……でも~にこ先輩が~どうしてもって言うなら~」
沙紀は目を閉じて何かを待つような顔をした。明らかにどう見てもキス待ちで、それどころか、こっちに顔を近づけてくる。
私は呆れてこいつの額にデコピンをする。
「イタッ!!」
「バカ、それくらいであげるわけないじゃない、私のキスは安くないわよ」
「えぇ~せっかく身体張ってお姉ちゃんから逃がしたのに……」
沙紀はデコピンされた額を揺すりながら膨れる。
「身体張ってって……どうせ、希にわしられて喜んでたんでしょ」
「あっ、バレてました」
「バレたじゃなくて、知ってた、あんたとどれだけ一緒に居ると思っているの」
少なくても私と一緒にいた間のこいつの事なら大体分かる。さっきだって私がキスしないの分かってて、あんなことしたんだろうし。
それに仮に私がキスしたら逆にこいつが慌てふためくのは目に見えてる。それはそれで面白いけど、私のファーストキスを捧げるほどでもないわ。
「えへへ」
「何よ」
「にこ先輩が私のあんなことやこんなことを知ってくれているのが嬉しくて」
「別に知りたくて知ったわけじゃないわよ」
毎度毎度事故や自爆のように、自分からボロボロ滑らすんだから、嫌でも覚えるわよ。
私がそんなこと考えているとは知らずに、こいつは私に笑顔を向けてくる。けど、今はそれが心配だった。
この前、親友だった綺羅ツバサと思わぬ再会。それでてっきり動揺しているかと思っていたけど、今はそんな素振りが全然見えない。
ただこいつの場合は本気で隠そうと思えば、不意を付かなければほぼ見せない。
それにこいつと瓜二つだった篠原雪音が言っていたことも気になる。
星野如月の活動休止の真実を知らなければ私は後悔するって。
それが意味していることは今の私には理解できない。一応、星野如月が活動休止した理由は、こいつの口から聞いているけど、こいつの身に何が起こったのか。何を隠しているのか。こいつからじゃあ多分真実を知ることはできない。
真実を知っているのは篠原雪音。それと恐らく綺羅ツバサ。今のところ私から篠原雪音と接触できないから、聞き出すには綺羅ツバサに直接聞くしかない。
チャンスがあるとしたら、ラブライブの予選が終わったあと。それかそのときに彼女の連絡先を聞いて、彼女の都合が付くときに聞くかだと思う。それで星野如月の活動休止の真実を知ることができるはず。
あとは彼女が話してくれるかどうかと本当に知っているかどうかだけ。
どちらにせよ、彼女との接触は真実を知る上で重要になってくる。
ただ私は本当にこいつのことを知りたいの?篠原雪音と出会ってから、ずっと、この疑問が頭の中で過ってくる。
篠原雪音は私に言っていた。目を逸らしているのかと。その言葉が日に日に私の中で大きくなっている。もしかして私は──
「でも私には教えてほしかったな~こころちゃんたちのこと……」
こいつの事を考えて不安になりかけると、軽い口調で言ってきた。
「悪かったわね……」
こいつは気を遣って軽い口調で言ってくれるけど、それが逆に申し訳ない気持ちでいっぱいになってくる。
「怒らないの?」
「何で怒る必要があるんですか?」
全く怒っているような雰囲気じゃなかったから質問すると、逆に質問が返ってきた。
「何でって……」
「にこ先輩は『スーパーアイドル矢澤にこ』として、こころちゃんたちの憧れでいたかったんですよね」
「そうよ」
それ以上は言わなかった。だってそれが事実なんだもの。私はこころたちの憧れでいたかった。
「お姉ちゃんの見栄ってやつですか」
「そうよ、私はお姉ちゃん何だからカッコ悪いところを見せられないわよ」
「せめて私のことを尊敬してくれているこころたちの前では、キラキラ輝いているところを見せたい、あんたたちのお姉ちゃんはすごい人なんだよって思わせていたかったのよ 」
気付いたら私の思いが口に出ていた。だけど、気付いたところで溢れだした思いは止まることはできない。
「だから、二年前スクールアイドルがダメになったって言って、ガッカリしたあの子たちの顔は見たくなかった、幻滅されたくなかった」
「それに私がアイドルであり続けたかったから」
本心を口にすると、自分でもカッコ悪いなって思ってしまった。だって、隣で聞いてくれているのは、こころたちとは別に私のことを慕ってくれる後輩なのだから。
幻滅したと思う。みっともないと思われたかもしれない。色々と不安な気持ちが強くなっていくけど、こいつは──
「だったら尚更教えてほしかったです」
何時もと変わらない声で言った。
「私もにこ先輩の気持ちはよく分かります、私だって、星野如月として、多くの人の期待に答えようとしましたから」
「けど、私とあんたじゃあ比べ物にならないじゃない」
こいつはプロのアイドルで、私はスクールアイドル。何年もプロとして前線で、多くの人を笑顔と元気を届けた本物のアイドル。
一方で私はまともに活動できたのは半年程度。グループで活動しているから、見てくれている人に私のファンがいるのかだって、曖昧で、笑顔と元気を届けられているのかだって分かったもんじゃない。
「確かに数は違いますけど、誰かの期待に答えようって気持ちは比べることはできません、そう思う気持ちが大事なんですから」
「私は期待に答えることも思うこともできなかったんですから」
「そんなこと──」
ないとは言えなかった。現にこいつはアイドルを休止している。それに何より星野如月が活動休止するって知ったとき、すごくショックを受けたし、何だか裏切られた気分になったから。
「だから今でも期待に答えようとするにこ先輩を私は尊敬しています」
「それに私は『スーパーアイドル矢澤にこ』のファンですから、あなたからいっぱい笑顔と元気を貰っていますよ」
私が不安に思っていたことを打ち消すように、さらっと笑顔でこいつは言ってくれた。
こいつは何時もそうだ。私が欲しかったものをくれる。
言葉も、アイドルに必要な技術も、気軽に話せる同級生も、ちょっと生意気な後輩も、一緒にスクールアイドルを志す仲間も、楽しい毎日も、全部こいつが私の前に来てから手に入った。
あの日、こいつと偶々出会わなければ、私はあの部室で一人何も出来ず、寂しい毎日を送っていたかもしれない。それを考えると、今でも怖くなる。
だけど、何でこいつは私にそんなに色々としてくれるのか分からない。それどころかこいつから貰った分だけのものを何も返せていない。それがとても情けなくなる。
「それから無駄にプライド高いところも素直じゃないところとか、好きだし、そうだ、あと、今日見たあのポスターがあまりにも雑過ぎて、笑いそうになりましたよ」
「何よ、それ……あんた色々と台無しよ」
まだまだ私のことを色々と言ってくれるけど、途中から何かバカにしたようなことを言い出して、残念な気持ちになった。
「え~、何がですか?」
「笑顔と元気を貰っていますのところで止めとけば、綺麗に纏まるのに、余計なこと言い過ぎて、残念な気持ちになったわよ」
「何言っているんですか、私の大好きなにこ先輩に余計なところなんて一つもありませんよ、むしろ、全てアイデンティティー」
「そういう風に言うから冗談っぽく聞こえるのよ、バカ!!」
「にこ先輩に罵られた、あぁ~良い……むしろ、もっと言ってください」
「うわぁ~、マジで色々と引っ込んでいくわ」
私の中の感動も感謝の気持ちも何もかもが引っ込んでいく。本当にこいつどうしようもないわね。
「まあまあ、にこ先輩、私の未来の義妹たちのことは任せておいてください」
「ちょっと待ちなさい、あんた何って言ったもう一度言ってみなさい」
「私の未来の義妹たちのことは任せておいてください」
「誰があんたの未来の義妹たちよ!!」
「グハッ!!」
そう怒りに任せながら、私はこのバカのお腹を思いっきり殴った。
毎回この流れで綺麗に締まったものじゃない。
だけど、私にとってこいつとのこういう関係がとても居心地が良いのかもしれない。
それだから私は怖いんだ。
星野如月の真実を知って、私とこいつの関係が壊れるのが、とっても怖いのよ。
4
それから一週間が経った。特に何事もなく、時間が過ぎ、今日の夜にはママも帰ってくるから、明日からまた練習に参加できる。
「に~こ先輩」
「何よ──いぃ!?」
校門を出ようとすると、沙紀に声を掛けられ、声がしたほうを見るとそこには──
「お姉様!!」
「お姉ちゃん!!」
「学校……」
こころたちが沙紀の背中からピョコンっと出ててきた。
「ちょ……こころたちに何するつもりよ!!」
「えぇ!! 普通そこは何で連れてきたですよね、何で私が何かするって前提なんですか!!」
沙紀の胸ぐらを掴んで引っ張り、こころたちから離しつつ理由を聞く。
「そこは自分の胸に聞いてみなさい!!」
「私の胸はにこ先輩に掴まれてますので聞けません!!」
「屁理屈はいいわバカ!! さっさと理由を言いなさいよ!!」
「ちょっと理不尽過ぎません……良いですけど……だって、こころちゃんたちが見たいって言うから、にこ先輩のステージ」
「ス……ステージ?」
予想外の単語が出てきて戸惑い沙紀の胸ぐらから手を離す。
「さあ、みんなステージの場所まで移動するから私に着いてきて」
『は~い』
自由になった沙紀は学校の中へと入っていく。こころたちも私の手を掴んで一緒に連れていかれる。
そしてなるがままにしていると、私だけ部室に入れられる。そこで待っていた希と絵里に着替えさせられてしまった。そのあと、二人に連れられて今度は屋上の扉の前に立っていた。
「これって……」
私が今着ているのは、私のイメージカラーのピンクのベースに背中には白い羽が生えた衣装。
その衣装を着てようやく理解できた。本当に私のためのステージを準備してくれたんだと。
どうしてとは思ったけど、心当たりはあった。
先週みんなが家に来たあと、沙紀か希が昔の私のことを話したんだと思う。それからステージを用意しようって穂乃果が言ったんだ。そんなことを言い出すのは、あいつくらいしかいないから。
「にこにぴったりの衣装を私と希で考えてみたの」
「やっぱりにこっちには可愛い衣装がよく似合う、スーパーアイドルにこちゃん」
「希……」
わざわざ私のステージのためにこんな素敵な衣装を用意してくれた。いや、衣装だけじゃない。この扉の向こうには、きっとステージの準備を他のみんながしてくれているはず。
予選に向けての練習だってあったのに。本当ならこんなことするより練習に力を入れてくれたほうが良かった。でもそれ以上にこんな短い間に、色んなことをしてくれたのが嬉しかった。
「いま扉の向こうにはあなた一人だけのライブを心待ちにしている最高のファンがいるわ、それにあなたのことが大好きな後輩もね」
「絵里……」
このライブは私のことを応援してくれる
きっとあいつのことだから、このステージの準備だって誰よりも力を入れてくれたと思う。
「さぁみんな待ってるわよ!」
「……!!」
嬉しさのあまり泣き出しそうになるけど、グッと堪える。アイドルがファンの前で涙は見せちゃいけない。せっかく見て貰うんだったら、ファンを楽しませないと、だから、見せるのは笑顔だけ。
少し心が落ち着くのを待つ。そして心が落ち着いたら覚悟を決めて、一歩踏み出し、扉を開け、ステージに上がる。
「あっ!」
「あ……」
「あ……アイドル……」
私がステージに立つと、三人ともとてもキラキラした目で私のことを見てくれた。
「こころ、ココア、虎太郎、歌う前に話があるの」
一回、呼吸を整えてから三人に思いを告げた。
「実はね……スーパーアイドルにこは今日でおしまいなの」
『ええ!!』
私がスーパーアイドルを辞めるって言うから、三人とも驚いた声をあげる。
「アイドル……やめちゃうの?」
「ううん……やめないよ、これからは、ここにいるμ'sのメンバーとアイドルをやっていくの!!」
ステージの後ろに隠れていたμ'sのメンバーがステージに上がって、私の後ろに立つ。
「でも、みなさんは、アイドルを目指している」
「バックダンサー」
「そう思ってた、けど違ったの、これからはもっと新しい自分に変わって行きたい」
最初は私がスクールアイドル活動をするために利用するつもりだった。
だけど、初めて穂乃果たちのライブを見て、彼女たちの本気を知って、私は確信した。彼女たちなら本気でスクールアイドルをやってくれるって。
だから、沙紀が穂乃果たちを部室に連れてきたとき、すぐに彼女たちを受け入れた。
それからどんどんメンバーやライブが増えていって、メンバーが増える旅に、私たちが前よりも輝いているように感じた。
それから辛いことだってあった。グループ解散の危機があったけど、それを乗り越えたら更に私たちが輝けているって感じた。きっと──
「μ'sでいられる時が一番輝けるの、一人でいるときよりもずっと、ずっと……」
一年生のとき、他の部員が辞めて、それでも一人でステージに立ったときは、とても辛かったし、とても苦しかった。ライブが終わったあとも虚しくて、悲しかった。
けど、μ'sとしてライブをしているときはとても楽しくて嬉しかった。ライブが終わったあとも幸福感があって、でもどこか名残惜しい気持ちになる。
こんな気持ち初めて。だから……。
「今の私の夢は宇宙ナンバーワンアイドルにこちゃんして、宇宙ナンバーワンユニットμ'sと一緒により輝いていくこと、それが一番大切な夢!!」
もっと色んなステージでμ'sとしてライブして、今までよりももっと輝いて、みんなに笑顔と元気を届ける。それが──
「私のやりたいことなの!!」
「お姉様……」
「だから、これは私が一人で歌う最後の曲……」
マイクをぎゅっと握り締め、口元まで持っていくと、後ろに居たμ'sのメンバーが捌けていく。
「にっこにっこに~!!」
そして、スーパーアイドル矢澤にことしての最後のライブが始まった。
歌う曲は『どんなときもずっと』。歌がメインで、パフォーマンスはかなり自由にやれる曲。
きっと私のことを気遣っての選曲だと思う。ダンスの練習する時間がなかったから、曲を覚えていれば、あとは私のやりたいように出来るようにと。
そのお陰もあって、私のアドリブを加えつつ、ライブを盛り上げれた。
初めて見る私のライブに、こころたちはとても目をキラキラさせながら、楽しそうに見てくれる。
こころたちの姿を見ると、私ももっともっと盛り上げようと、張り切った。
そんなことを続けていると、曲は終わりに近づき、気付けば終わっていた。
そうして曲が終わると、私はこころたちの顔を見る。三人ともとても良い笑顔で私に手を降ってくれたりもした。そんな反応に私は満足した。
そして私はもう一人大切な人のほうを見る。
私のことをずっと支えてくれて、助けてくれて、応援をしてくれた彼女を。
むかし彼女と約束した最高のステージを見てくれた彼女の笑顔を。
そして、私は覚悟を決めていた。ステージの立つときに言った『新しい自分に変わる』それは一つの覚悟を決めるものでもあったから。
星野如月の引退の真実を知る覚悟を。
覚悟を決めた上で、沙紀の顔を見ると、彼女の顔は──
私に向けてくれる何時もと変わらない笑顔だった。
5
にこ先輩のステージが終わり、後片付けを済ましたあと、すぐに家に戻らず、一人公園に居た。
にこ先輩のライブを見て、少し余韻に浸りたかったんだと思う。
にこ先輩のステージは、私が今まで見てきた先輩のステージの中でも最高のライブだった。
今までで一番にこ先輩が輝いていたと思ったし、何よりもそんなステージに、貢献できたことが嬉しかった。
私がにこ先輩に贈る最後の手向けとしては、最高だったのではないかと自負している。
だから、私はとても満足しているはずだった。なのに──
「どうして……こんなに……辛いの……」
涙が溢れて止まらなかった。にこ先輩の役に立った。にこ先輩に貢献できた。それだけで私は幸せになるのに、どうして、心がこんなに辛くなるの。
分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。
いや、本当は理由は分かっている。
今日のステージを見て、私は確信したんだ。
にこ先輩に必要なのは私じゃない。μ'sなんだって。
とっくににこ先輩の居場所はμ'sで、にこ先輩の隣にはμ'sのみんながいる。
もう私の居場所はなくて、にこ先輩の隣に私はいない。そもそも初めから私はにこ先輩の隣に立ってすらもいなかったのかもしれない。
ずっと前からにこ先輩の背中を見ることしか出来なかったんだと思う。だけど、その背中がどんどん遠くなって、私一人だけ置いていかれた気持ちになる。
それで良いんだって思っていた。私はあの人に見返りを求めちゃいけない。ただ必要とされるだけで良かったんだ。それで十分だったのに……。
あの人と一緒にいるうちに、あの人と楽しい日々を過ごしていくうちに、私の中であの人の存在が大きくなってきた。そして私はあの人に……。
だけど、私がそれを本当に求めちゃいけない。私にはそんな資格がないんだ。
私と関われば関わるほど、関わった人を必ず傷付ける。それは二年前の時点で痛いほど身に染みている。
にこ先輩が星野如月の真実を知れば必ず傷付く。それだけはダメだ。
あんな優しい人を傷つけるくらいなら、私が居なくなったほうがマシだ。
だから、にこ先輩が真実を知る前に全てを消し去らないと。あの人はまだどうにでもできる。絶縁した今でも徹底してくれたから。
問題はあの子だ。あの子さえどうにか排除できれば、あとは問題ない。その上で私が居なくなれば、誰も真実には辿り着けない。
私の罪が増えるだけで、にこ先輩は傷付かずに済むんだ。それで良いじゃないか。それで十分じゃないか。けど──
「もっと……にこ先輩と……一緒に居たいよ……」
私の気持ちは収まることはなく、終わりは刻々と近づいてくるのだった。
如何だったでしょうか。
今回の話でも分かる通り、彼女たちはお互いを大切に思うばかり、怯え空回りして擦れ違っているところがあります。
少なくても今のままでいれば、楽しい日々は遅れるだから目を背けている。そんな二人。
二期のにこ回も終わり、いよいよラブライブ予選へと物語は進みます。
今回の章の締めにあたり、次の章へと続く大事な回になってくるんじゃないかと思っています。
それでは次回も刺激的にお楽しみに。
あと誠に勝手ながら分割されていた回は纏めさせていただきました。
気軽に感想など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。
誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。
それでは次回をお楽しみに。できれば次回も一週間以内に投稿できたら良いなと思っています。