ラブライブ! 委員長はアイドル研究部のマネージャー   作:タトバリンクス

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お待たせしました。久々の更新できました。

それではお楽しみください。


五十五話 幻覚

 1

 

 家に戻ると私は鞄を置いて、制服を脱ぎそのままベットの上に倒れた。このまま眠ってもいいかもしれないと思えるくらいに私は疲れていた。

 

 理由は分かっている。

 

 偶々寄ったお母さんの墓参りに、あの人との再会。

 

 今日はあまりにも私の精神を揺さぶられることが多かった。

 

 正直あの人との再会は予想されていたことの一つ。ラブライブ本選に出場するのであればA-RISEとの衝突は避けては通れない。だからμ'sが本選を目指す以上必然的に再開は訪れる。

 

 ただ予想されていたより早すぎて、気持ちの整理が追い付かなかっただけ。いや追い付かなかったよりもその為の準備ができなかったのが正解か。

 

 そういえばみんなと別れる前に、私とあの人との間であったことを知っている絵理ちゃんは随分心配そうな顔をしていた。絵理ちゃんから話を聞いているにこ先輩とお姉ちゃんも何も言わなかったけど、私のことを気にしているみたいだった。

 

 明日ちゃんと心配ないとは伝えておかないと。今は私に余計な気を回さずにラブライブに集中してほしいし。

 

 私のこと嗅ぎ回っていた真姫ちゃんたちは……流石にすぐに接触しようなんて思わないはず。あの人の居場所が分かった以上、予選が終わってからでも遅くないと真姫ちゃんは考えるはずだし。

 

 そんなことを考えながら、私はそのまま眠らずに立ち上がり、替えの下着を用意してシャワーを浴びに向かった。

 

 何も考えずに下着を脱いで、着けていた手袋は掌を見ないようにしながら外す。そして三つ編みされている髪を解き眼鏡を外してから浴室に入る。

 

 シャワーのバルブを捻ってお湯を出すが、この家のシャワーは最初は水しか出ず、少し待たないとお湯は出ない。けど私はそんなこと気にせずそのまま水を浴びる。

 

 むしろ今の私には水のほうがちょうどいい。

 

「……」

 

 不意に私はあの人が抱き着いていた左腕を見る。

 

 私の腕にはあの人に触れられた感覚が今でも残っている。私を絶対に離したくない意思とどこか怯えて震えているような感情が入り乱れている感触が何時までもこの腕に残っていた。

 

 だけどそんな感覚はシャワーによって冷たく洗い流されていく。

 

 完全にあの人の感覚がなくなると同時にシャワーの水はお湯に切り替わった。

 

「過ぎてしまったことはしょうがないよね……」

 

 誰に聞かせるのでもなく、独り言を呟いた。

 

 A-RISEからの提案は悪くない。むしろ好都合と言ってもいいくらい。

 

 A-RISEからの提案のおかげで、私が今回の予選で懸念していたことが一気に解消された。

 

 今回の予選のルール上一番重要なのは、どれだけの大勢の人にたった一回のライブを見てもらえるか、これに尽きる。

 

 前回の予選みたいに多くのライブをやり、知名度を上げてファンを増やしつつ票も得るって手は使えない。

 

 まさに一発勝負。

 

 だからこそどうやって大勢の人に見てもらうかが問題だった。その問題もA-RISEの合同ライブで解決できる。

 

 既にスクールアイドルではトップクラスの人気を誇るA-RISE。そんなA-RISEには私たちの抱えてた問題なんて問題外だ。だってライブをするだけで勝手に大勢の人が見てくれるのだから。

 

 今回の予選で最も有利なのは前回のランキング上位組。今の時点で人気がある彼女たちとでは初めからスタート地点が違うのだから仕方がない。

 

 そんな彼女たちが同じステージに立つことを許したグループが居たら。

 

 それはA-RISEが実力を認めているグループだって言っているようなもの。そんなグループが居るんだったら誰だって気になるのは普通だ。興味を持たないわけがない。

 

 そしてそんな状況を掴んでしまったグループがいる。そう、μ's。

 

 A-RISEの提案は渡りに船。利用しない手はない。あとは本番までパフォーマンスの質を少しでも上げることに集中するだけ。

 

「だからA-RISEの提案は受けて正解、ここは問題じゃない」

 

 現状μ'sとっての不満点は一つもない。あえて言えば若干アウェーな状況だけど、そこは考えても仕方がない。

 

 アイドルである以上、どんな状況でもライブを成功させる。それは何も変わらない。

 

 つまりμ'sには何一つ問題はない。問題があるのは私だ。

 

 合同ライブが成立した以上、いやA-RISEがμ'sと接触した時点で、私とあの娘との再会は避けられないものになった。

 

 A-RISE──あの人はそれを阻止しようとか考えているけど、時間の無駄。そんなことに時間を使うくらいなら少しでもパフォーマンスの向上に時間を使ったほうがよっぽどマシ。

 

 A-RISEとμ'sが合同ライブするって耳にすれば、あの娘は何があっても飛んでくるのは私がよく知っている。ましてや私がμ'sと関わっていることを既にあの娘が知っているのは、今回のA-RISEの会話で察することができた。

 

 露骨にあの人に私のことを伏せていたのだから。もし、私のことを知っていたら様子は見に行こうとすれど、接触しようなんて思わない。

 

「ここが引き際かな……」

 

 私は諦めたように呟く。

 

 正直スクールアイドルに関わった時点でこうなることは予想できていたし、覚悟もできていた。ただ予想よりも早かっただけ。

 

「あの娘がライブに来なかったらまだいくらでもやりようはあるけど、さすがに無理かな……」

 

 そんな無駄な望みを口にするけど、我ながらバカなことを言っている。ある意味私が逃げられる状況ではないなら、どんなことをしてでもあの娘は面と向かって会うつもりだろう。

 

 だってあの娘は絶対に今の私のことを許さないから。

 

「……」

 

 しかし、改めて考えると、今日は奇妙な一日。

 

 思い立ってお母さんの墓参りに行ったら、そのあとすぐにあの人と再会した。そして、あの娘とももうすぐ会うことになる。

 

「これもお母さんの導きなのかな、それとも……」

 

 私は両手を見る。私の掌にはベットリとした赤いものが付いていた。何度手を洗おうともシャワーで流そうとしても消えることがない私の最大の罪が残っていた。

 

「うぅ……」

 

 自分の掌に付いているそれを見ていると、悪寒が走り吐気が波のように押し寄せてくる。そして胃液が込み上げてきて、私は吐き出してしまった。

 

「はぁはぁ……」

 

 口の中に僅かに残った胃液の酸味が気持ち悪い。

 

 私は無意識に掌から視線を外すと、ふと、鏡に写る私に目が行った。

 

 鏡に写るわたしはとても人様には見せられない醜い顔していた。そんな顔を見て私は無性に腹立たしくなる。

 

 わたしはそんな顔しない。わたしにそんな顔をさせている私に奥歯を噛み締める。

 

 私は私が嫌いだ。

 

 何もない私が。何もできない私が。誰の期待にも答えられない私が全て嫌いだ。

 

 だからこそせめてにこ先輩の夢だけは私がこの手で叶えようと思った。あの人がこんな私を必要としてくれたから。だけど──

 

『私には……無理だよ……』

 

 鏡の中のわたしがそう言ったように見えた。いや、鏡に写っているのは、三つ編みのお下げで眼鏡を掛けて、常に怯えているような表情をしている幻覚(昔の私)だ。

 

「無理じゃない……」

 

 私は鏡の中の私に反論した。いやこんなの反論じゃない。ただ単純に否定したかった。だがそれ以上言葉が出てこなかった。

 

『自分でも……分かっているでしょ……もう……何も……出来ないって……』

 

『そもそも……μ'sに……にこ……先輩に……私って……必要……だったの?』

 

「そんなわけ……」

 

 ないとは言い切れなかった。

 

『ときどき……考えていたでしょ……μ'sは……私が……居なくても……結果は……同じだったんじゃないかって……』

 

 鏡の中の幻覚()が言う通り、その事は何度か考えていたことはあった。

 

 そもそもμ'sは穂乃果ちゃんが始めたものだ。そこにお姉ちゃんが裏で色々とやって形になったもの。

 

 そこに私の思惑は何一つなかった。あるとすればにこ先輩にスクールアイドル活動させるために、お姉ちゃんの計画に便乗したに過ぎない。

 

 そのにこ先輩だって、何れはアイドル研究部と合流が必要となる以上、私が関わらずとも必然的に出会うことになる。そして何だかんだ言いつつ、にこ先輩はμ'sのことを認めてメンバーになる。あの人はそういう人だ。私が居ようが居まいが関係ない。

 

 他のみんなだってそうだ。

 

 海未ちゃんとことりちゃんは初めから穂乃果ちゃんに付いていくつもりだった。

 

 花陽ちゃんは凛ちゃんと真姫ちゃんに背中を押されて、自分の意思でμ'sに入った。その行動がある意味二人の背中を押した。

 

 絵理ちゃんの手を差し伸べさせることができたのは、お姉ちゃんの勇気。そして彼女の手を握ったのは穂乃果ちゃん。

 

 私が何もしなくても九人が集まるのは必然。だからこそμ'sと言う名前が付けられた。九人の女神と言う意味から付けられ、その名の通り、九人のスクールアイドルとなった彼女たち。初めから席が埋まって、私の入る余地はない。

 

 それは仕方がないこと。私は元プロのアイドルなのだからそこに入ることはできない。だからマネージャーの立場に籍を置いたんだから。

 

 いや、今に始まったことじゃない。今も昔も私は傍観者。そこは弁えてなくてはならない。

 

 そんな傍観者である私にみんなと同じステージに立つことは出来ない。だけどときどき考えることがある。

 

 もしも、私がプロのアイドルじゃなかったら? そうしたら私もみんなと同じステージに──

 

『でも……私は……■■■■……じゃない……そんな私を……誰が……必要と……してくれるの?』

 

 そんなもしもさえ鏡の中の幻覚()は否定する。

 

『そんな……こと……知ってるでしょ……忘れたわけ……ない……よね……』

 

「忘れるわけない」

 

 そんなことこの手の罪に誓って忘れるわけない。そもそも私が生まれた時から知っている。今さら鏡の中の幻覚()に言われる筋合いなんてない。

 

「だからこそ私はこうなろうと決めたんだ」

 

 にこ先輩が必要としている篠原沙紀に。にこ先輩が憧れていた星野如月だった篠原沙紀に。

 

 にこ先輩が必要としてくれる限り、私は今の私であり続ける。ただそれだけ。

 

『そう……』

 

 それだけ言って鏡の中の幻覚()はそれ以上何も言わなかった。

 

 私は再び鏡を見ると、そこに写っているのは髪を下ろしたわたしの姿だった。

 

「やっと消えた……」

 

 最近はずっとこんな幻覚や幻聴ばかり。にこ先輩の声を聞いてないと、また聞こえてくる。

 

 私は再び幻覚が出てこないうちにシャワーを浴びて、身体を洗う。

 

 私は身体を洗い終えると、何事も無かったかのように浴槽を出て、用意しておいた下着を着ける。

 

 そして髪をドライヤーで乾かし、髪が充分に乾くと、そのままベットにダイブし、眠りに就いた。

 

 眠りに就こうとすると、また幻聴とか聞こえてきたが、私は気にせず眠る。

 

 明日から何時もの篠原沙紀として振る舞うために深い眠りに就くのだった。

 

 2

 

 ふらりと一人薄暗い夜道を歩くわたし。

 

 夜中に何となく目が覚めて、お腹が空いたからコンビニに向かうだけなのだけど──

 

「こんな美人が夜中一人で出歩くのは危ないかしら」

 

「それは僕に付いてこいって言ってるのかい?」

 

 わたしの独り言に反応する声が聞こえた。

 

「高校生をストーカーするなんてアイドルのプロデューサーは暇なのかしら……そうね、敢えて叫んでみるのも面白いかもしれないわ」

 

「僕もそんなに暇じゃない、そして叫ぶのは止めてくれ、それは洒落にならないやつだ」

 

 わたしは振り返らずに面白半分で彼のことをからかうと、彼は真面目な返しをしてきた。そこは相変わらずつまんないわね。

 

「じゃあ分かっているわよね」

 

 返しが面白くなかったので、軽く脅してみる。

 

「はぁ~ところてん三つでいいか」

 

「それとブラックコーヒー」

 

「了解」

 

 彼がわたしの要求を素直に聞いたので、少し気分が良くなる。

 

「よろしい、わたしに奢れるなんてラッキーね」

 

「はいはいそうですね……感謝感激雨霰」

 

「何か言葉に気持ちが籠ってないわよ」

 

「それを君が言うかな」

 

 そんな会話をしていると、コンビニに着いたので、彼と一緒に中に入り、ブラックコーヒーとところてんを四つ持ってレジに向かう。

 

「待って、一つ多くないか?」

 

「さっきわたしを侮辱したので追加よ、それだけで許すわたしの寛大さに感謝しなさい」

 

「君はホント……まあいいけど……」

 

 彼は諦めたかのように言いながら、わたしから商品を受け取り、レジで支払いを済ませに行った。

 

 その間にわたしは先にコンビニの外に出て、そこで彼を待つ。少しすると、支払いを済ませた彼はコンビニから出てきて商品が入ったレジ袋をわたしに手渡した。

 

「ご苦労様」

 

 わたしはそれだけ言って歩き始める。彼も何も言わずに付いてきた。

 

 わたしは感覚の赴くままに歩いていると、ちょうどいい公園を見つけた。

 

「ここでいいわよね」

 

「君が良いのなら僕は構わないけど」

 

 そう彼に確認してからわたしたちは公園の中に入り、中にあったベンチに座った。

 

 ベンチに座るとわたしはレジ袋からブラックコーヒーとところてんを一つ取り出し、一緒に入っていた割り箸を使ってところてんを食べ始める。

 

 彼も同じようにベンチに座り、コンビニで買ってきた飲み物を飲んでいた。

 

「それでわたしに何のようだったのよ」

 

 わたしはところてんを食べながらさっさと本題に入った。

 

「なにμ'sとA-RISEが接触したって情報が入ったから気になって様子を見にきただけさ」

 

「耳の早いこと……流石と言うべきかしら」

 

 わたしは特に驚かず、淡々とところてんを食べる。

 

「あなたが知っているということは、あの娘もこの事は知っているとみて良いのね」

 

「……」

 

 わたしの質問に彼は答えなかった。だけどそれが答えだということは誰だって分かる。

 

「けどいいのかい……あの娘に会っても……」

 

「良いも悪いも何も完全に諦めているわよ」

 

 私は完全に諦めている以上、今はどうしようもないし、なるようになれとしか思わない。

 

「そうか……」

 

 彼はそれだけ言って、それ以上この事は何も言わなかった。

 

「君のほうは調子はどうだい?」

 

「そうね……本調子とはいかないけど、七割八割は調子が戻ってきた感じね」

 

 彼が話題を変え、わたしのことを聞いてきたので、ここは素直に答える。

 

「流石に二年間眠っていたから今とのズレを直すのは手間取ったけど、この調子ならあの子に何かあってもすぐに行動できるわ」

 

「それは良かった、ただ君のこと、もうとっくにあの子は気付いているんじゃないのか」

 

「それは大丈夫よ、証拠さえ残さなければ、ある程度は誤魔化せるし、そもそも気付いても今のあの子は目を反らすわ」

 

 実際に今も証拠を残さないように外で食べているわけだし、彼が口裏を合わせてくれれば問題はない。

 

「そうか……それが分かれば充分」

 

 そう言って彼は立ち上がる。

 

「あら、もう帰るのね、久し振りに会ったのだからもうちょっと話したかったのに……」

 

「流石にもう帰らないと怒られる」

 

「それは残念……」

 

 内心本当に残念な気持ちになるが、仕方がないので諦める。

 

「今度はこそこそ会わずにあの子と一緒に堂々と会いたいわね」

 

「その日が来ることを願っているよ、それじゃあ」

 

 そう言って歩き始める彼の背中をわたしは見送った。

 

「えぇ、わたしもその日が来ることを楽しみにしているわ真拓」

 

 彼がわたしの声が聞こえないくらい距離になってからそう口にした。

 

 そのあと、一人公園に残ったわたしは夜風に当たりながら残ったところてんを食べるのだった。

 




如何だったでしょうか。

物語は佳境に入りそうな勢いでありますが、先に言っておきます。このまま合同ライブに行かずに次回から別の話が始まります。

ある原作の回を前倒しで始まりますので、そこは御了承ください。

気軽に感想など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。

誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回をお楽しみに。できれば一週間以内に投稿できたら良いなと思っています。

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