ラブライブ! 委員長はアイドル研究部のマネージャー 作:タトバリンクス
今日でこの小説も一周年を迎えることが出来ました。
そんなわけで今回はサブタイにあるように一周年記念回です。
ここでダラダラとやっても仕方ないので、細かいことは後書きで。
それでは一周年記念回お楽しみ下さい。
1
篠原沙紀──かつて中学生トップアイドルだった星野如月。彼女との出会いから流れる時間はあっという間で──いつの間にか一年経つのね。
早いわ。時間ってこんなに過ぎるのって、こんなにあっという間だったかしら。
沙紀と出会う前は厳密に言えば、アイドル研究部の部員が私一人だったときくらいまでは、すごく学校での一日が長かったような気がするわ。
よく楽しい時間はあっという間に過ぎるって聞くけど、もしかしたら、私はあいつと一緒に居ることが楽しいと思ってるから?
何時も私に変なちょっかいを掛けて、好きだとからかったり、身体をベタベタと触ろうとしたり、テンションがウザいほど高かったりと、面倒なやつ。
けど、楽しそうに笑ってるあいつの笑顔を見ると、こっちまで笑顔になると言うか、一緒に居ると退屈しない、なんて思ってしまうわ。
結局、私はあいつと一緒に居るのが楽しいんだわ。
それを素直にあいつの前で口にするのは、恥ずかしくて言えない。言ったら言ったで、あいつ調子に乗りそうだから、余計に言えないわね。
あいつには感謝もしている。
私の一度は諦めた夢をあいつはもう一度見せてくれた。しかも一緒の目標を持った仲間たちに、μ'sに出会うことが出来た。
そのお陰で、私一人だけだったアイドル研究部はいつの間にか十人に増えて、スクールアイドルの大きな舞台ラブライブと言う目標まで。
μ'sの九人が揃うまでに色んな事があったわ。
みんなそれぞれ始めるきっかけは違うけど、それによって、大変なこともあったけど、楽しい時間を、今まで感じたことのない幸せを感じてる。
ホント、あの頃二人だった頃じゃ考えられないわね。
いや二人だった頃でもあいつはバカなことをよくやって楽しかったけど、あいつが入ったばかりの頃は、本当にそんな風になるなんて思ってもみなかったわ。
だってあの頃のあいつは今とは全然違ったから。
これから話すのは沙紀が入部したばかりの頃の話。アイドル研究部が十人じゃなく、二人だった頃の話。
2
あの頃の私は、お昼はアイドル研究部の部室で過ごしていることが多かったわ。
今日もお昼ご飯を食べ終わると、パソコンを開いて、アイドルのことをチェックしていた。
「あっ……ユーリちゃんの新しいCDが出るのね……なるほどね」
適当にまとめサイトを巡回してると、今推してるユーリちゃんの最新情報を見つけたから、画面に張り付くように隅々まで読み取る。
通常盤はもちろん、限定にはPV、初回限定にはそれに加えてブロマイドが付いて、さらに店舗ごとにブロマイドが違うのね。
(どうしよう、全部欲しいわ。発売日はもう少し先だから、上手くお小遣いと部費を使えば、全部揃えられるわよね)
このときも今と変わらず、アイドル研究部の部費を私用で使ってたけど、咎める相手がいないから問題はなかったわ。
でも今だと沙紀にバレると怒られたりするんだけど。
「よしっ!! これなら行けるわね!!」
「ひゃう!!」
パソコンの画面を見ながら、CDを買うある程度算段を立てると、私は大きな声を出すと、後ろから変な声が聞こえてきたわ。
私は振り向くと、そこには沙紀が驚いた顔をしてそこに居たわ。
「篠原さん……居たのね」
「は、はい……少し前から……」
「全然気づかなかったわ」
「ごめんなさい……影が薄くて……」
私がパソコンに集中して気づかなかった事が悪いのに、沙紀は──自分に非があると思って、頭を下げて謝ってくる。
「別にそういった意味で言った訳じゃないから、あなたが謝る必要は……」
「ごめんなさい……私……勘違いをして……」
またこいつはそう言って、同じように頭を下げて弱々しい声で謝ってくる。端からの見たら後輩を苛めてるみたいに見えるわよね。
「分かったから、とりあえず頭下げるのを止めなさいよ」
「ごめんなさい……」
止めさせるように言うと、沙紀は最後にそう呟いてから頭を上げるけど、顔は俯いたままどんな顔をしてるのか分からないわ。
視線はただ下を向いて、何を見てるのか、何を考えてるのか、全く分からないから、何を話して良いか分からないわ。
「え~と、篠原さんはもうお昼食べたの」
「はい……」
取り敢えず差し障りのない話題を振るけど、沙紀は短くそう答えただけで、黙ってしまう。
「今日はいい天気ね」
「そう……ですね……」
話題に困って有りがちな話題を振るけど、やっぱり会話が続かない。ちなみに外は快晴。お洗濯日和だったわ。
「……」
「……」
お互いに話すことがないからなのか、会話がない。何とか話題を探そうと色々と考えるけど、こいつの場合、何を話しても地雷を踏みかねないから、すごく困る。
(あぁ~、どうしたら良いのよ)
私が話せるのはアイドル関係とか、家事関係くらいだけど、その辺が明らかに地雷に繋がりそうだから、話を触れない。
別に無理に話す必要はないけど、色々とこいつの事情を知ってしまったから、気を遣うし、それに当時は、まだ沙紀のことを憧れてたアイドルとして、見てた部分があるから緊張もするわ。
そうやって頭のなかで一人で悩んでると、予鈴がなって、昼休みがもうすぐ終わる時間になってしまったわ。
(あぁ~、今日も全然喋れなかった……)
私は立ち上がりお弁当箱を持って、自分の教室に戻る準備をする。沙紀も同じように準備をしてたわ。
「じゃあ……また放課後に……」
「分かり……ました……矢澤先輩……」
伝えることは伝えて、私は自分の教室に戻ると、沙紀は小さな声で返事をしてから自分の教室に戻っていった。
これがこの頃の私と沙紀の関係。
今みたいにバカなことなんて一切なく、お互いに名字で呼び合って、距離を感じる。そんな関係だったわ。
3
昼休みは終わったあとは、何時ものように午後の授業を受けているけど、頭のなかでは、別のことを考えていて、授業に集中出来なかったわ。
(どうしたら、篠原さんと仲良くなれるの、やっぱり何か話したりして、少しずつ仲良くなのがベストなのだけど、何をどう話せば良いのか分からないわ)
最初の頃は、何も知らずに自分が好きなアイドルの話を一方的にして、あの子がどんな思いで私の話を聞いていたのかも知らずに、あの子の前でよく星野如月の話題も出しちゃってた。
だから当時の私は絶対に沙紀の前で、その話題は絶対に避けるようにしてたわ。
沙紀が入部したときに部室に置いてあった星野如月のグッズは仕舞って、沙紀の目に触れないようにもした。
そんな気遣い過ぎて、話す話題がなくなったのは、ホント、バカみたいよね。
「ちょっとええかな?」
「!?」
沙紀について、色々と悩んでると急に後ろから声を掛けられて、私はビックリしてから、後ろを振り向くと、そこには当時同じクラスだった希が立っていた。
「ごめん、驚かせちゃったみたいやね」
「別に良いわよ……こっちも考え事してたから」
「そう? なら良かった」
「それで何か用?」
希に話しかけられてるけど、当時はちょっとちょっかい掛けてくるクラスメイトって位だったから、どうして話しかけてきたのか分からなかったわ。
むしろ沙紀と仲良くなる方法を考えて、悩んでたから、話しかけられて、変なちょっかいを掛けられるじゃないのかと思うと、ちょっとイライラしてる。
「う~ん、見てたら、何か悩んでるみたいやったから、どうしたんやろって、ウチに相談できることやったら、全然聞くよ」
「別に……」
「まあ言わなかったら、わしわしするやけだけど」
何でもないと答えようとしたけど、ほぼ脅迫みたいなことを口にしてポーズをとる。
「分かったわよ、言えば良いんでしょ、だからそのポーズ止めなさいよ」
こいつに胸を触られるのは嫌だったから、私は観念して、話すことにした。
多分、私が正直に言うとは思わなかったから、気を効かせてくれたのだと思うわ。
正直、一人で考えても全然いいアイデアは思い付かないし、このままこの関係が続くのは不味いから、私は取り敢えず好意に甘えておくことにしておくわ。
「なるほど、新入部員入ったんやね」
「まあ、マネージャーだけど」
希に沙紀の秘密に関わることについては伏せて、新入部員と仲良くなりたいくらいのことを話したわ。
「意外やね、にこっちが自分から仲良くなろうと思うなんて……どんな子やろ……」
「ん? 何か言った?」
「いや、何でもないんよ、それよりどうやって仲良くなりたいかなんやよね、そうやね……」
そう言って希は考えるような素振りをしてから、少しすると、何か思い付いたような顔をしたわ。
「ここはパッと歓迎会でもやったらいいんやない、ほらにこっちが仲良くなりたい子も緊張してると思うから」
「歓迎会ね……」
(そういえば……そういうことやってなかったわよね)
沙紀が入部してからは、朝と放課後に淡々と練習をするだけの日々だから、全くそういうことはしてなかったわ。
それに早く上手くなって、沙紀に大切なことを思い出させなきゃって、気持ちが先行してたから、そんなこと思いをしなかったわ。
(確かに希の言う通りね)
当時の沙紀はあの性格だから緊張してもおかしくないし、それにあの子の場合、怖がってる部分もあると思うから納得出来たわ。
「そうね、悪くないアイデアかもね、その……ありがとう……」
「ええよ、困ったときはお互い様や、じゃあ、頑張るんやで」
私は素直にお礼を言うのが恥ずかしくて、声が小さくボソッと言うけど、希は気にせず当たり前のようにそう言って、自分の席に戻っていったわ。
やることは見つかったわ。
あとはどんな風に沙紀の歓迎会をやるとか、どうやって誘うとか、色々と考えておかないといけないわね。
(でもそれは授業中に考えればいいわ)
そうして私は次の授業の準備しながら、歓迎会のことを考え始めた。
4
放課後──私は部室に入ると、沙紀が先に来てて、椅子に俯きながら座っていたけど、一瞬だけ私の方を見てから立ち上がるけど、やっぱり顔は俯いたまま。
「悪いわね、急に場所変えて」
本当は中庭に集まって、何時もの練習をする予定だったけど、ここへ来る前、沙紀にここに来るように連絡をしてたわ。
「いえ……大丈夫……ですから……」
急な変更に対して、たどたどしくだけど気にしてないように言ってるけど、何処か声は怯えてるような感じだったわ。
「その……今日の練習は……」
「今日は中止よ、別の用があって呼び出し──」
「やっぱり……私の練習じゃ駄目だったんですね……」
「えっ?」
私の言葉を遮って、沙紀は震えた声で唐突に変なことを言い出したわ。
「私が暗いし、面白くなくて、練習もキツイし、役に立たないから……だから退部しろって……言いに来たんですよね」
(あぁ~、そういうことね)
沙紀がさっきから何に怯えていたのか理解できたわ。この子は今日の練習がなくなったのは、私が色々と嫌になったからと勘違いしたから。
「ありがとうございました……こんな私を少しの間だけここに置いてもらって……そしてごめんなさい……役に立たなくて……」
「いや、その……」
「あっ……もう目障りですよね……ごめんなさい……早く出ていきますから……」
俯いたせいで顔は見えないけど、泣き出しそうな声を出しながら、部室を出ていこうとする沙紀の腕を私は掴んで外に出ていくのを止める。
「ちょっと待ちなさいよ、あなた勘違いしてるわよ」
「えっ? 今日の練習が……ないのは……嫌になったからじゃあ……」
沙紀は恐る恐る俯いた顔を上げると、その顔は殆んど泣く寸前で顔が歪んでたわ。
「だから違うわよ、今日は練習じゃなくて、別のことをしようと思ってここに場所を変えたのよ」
あんな沙紀の顔を見た私は少し優しそうな声を出すように言って、沙紀を怖がらせないようにする。
そもそも連絡する際に私が部室に来なさいってだけ送ったのが悪いのだけど。まさか、そこまで変な風に勘違いするなんて思ってもみなかったわ。どんだけ思考がネガティブなのよ。
「えっ? えっ? じゃあ……」
「あんたの勘違いよ」
そういうと沙紀は泣きそうな顔から一気に顔を紅くして、今度は恥ずかしそうにして、また顔を俯かせたわ。
「ご、ご、ごめんなさい、わひゃし、勝手にかんちひゃいして……はうっ!!」
自分が特大の勘違いをして、動揺してるみたいで、噛みまくって、上手く話せていないわ。しかもそれに気づいて、頭から湯気が出そうなくらい恥ずかしそうにしてる。
(ちょっと可愛いわ)
わたわたしてる様がなんと言うか、小動物みたいで、いや私よりも色々と大きいけど、雰囲気がそう見えるわ。
「落ち着いた?」
「ひゃい!! 何とか……」
「まだ落ち着いてないわね」
「うぅ……ごめん……なさい……」
少ししてから確認はしたけど、また噛んでそれを指摘すると、沙紀はまた恥ずかしそうにするわ。
(でもさっきよりはマシね)
「そ、そ、それで……」
「ん? え~と、今から何をやるかってこと?」
「はい……」
(今度は噛まなかったから、大分落ち着いたわね)
沙紀の声の感じで私はそう判断したわ。
「その前に今日は時間ある?」
「はい……いくらでも……」
私が確認すると、沙紀はさっきとは打って変わって言葉に寂しさを感じたわ。この時点でもう既には沙紀には誰もいなかったから当然よね。
「なら買い物に行くわよ」
「何の……ですか?」
「今から歓迎会をするからその買い物よ」
「? 誰のですか?」
「あなたの歓迎会に決まってるじゃない」
「えっ……」
まさかいきなりそんなことを言われるとは思ってもみなくて、沙紀は驚いたような顔をしてたわ。
「そんな……悪いですよ……私なんかのために……時間もお金も……」
「あぁ、お金は気にしないで、部費を使うから」
沙紀が私の自腹で払って余計に遠慮しないためにそう言っておく。でも部費もそんなに多くないから、こっそり自腹を切るかもしれないけど。そのときはバレなければいい。
「そんな大事な部費を私なんかのために……」
「あんたなんかじゃないわよ、部費は部活動に行う部員が使うものなんだから、あんたも使う権利があるわ、何たって篠原さんはここの部員だから」
「でも……ユーちゃんのCDは……」
「あなた、お昼のやつ聞いてたのね」
確かに部費を使うとユーリちゃんのCDを全部買えなくなっちゃうけど、そんなことより今は大事なことがあるから。
「……」
「細かいことは気にしない、先輩命令よ」
「はい……分かりました……」
他にも何か言い出しそうだから、そう言うと沙紀は渋々従ったわ。やっぱりまだ納得してないみたい。
「それじゃあ歓迎会の買い出し行くわよ」
「はい……」
私は勝手に何処か行かないように沙紀の腕を掴んで、私たちは近くのコンビニへと向かったわ。
5
「それじゃあ乾杯!!」
「かんぱい……」
買い出しを終えた私たちは部室に戻って、沙紀の歓迎会を始めたわ。
歓迎会って言っても、コンビニとかで適当に買ってきたお菓子とか、ジュースとかを広げるだけだけど。まあお金もそんなにないし、これが限界。予想通り、若干自腹切ったけど。
「遠慮しないで、どんどん食べなさいよ、これはあなたの歓迎会なんだから」
「はい……」
そう言って沙紀は広げられたお菓子を一口分だけ詰まんで食べると、自分のコップに入っていたミルクティーを飲み始めたわ。
「篠原さんはミルクティーが好きなの」
「はい……紅茶全般は好きですけど……その中でも特に」
「ふ~ん、そうなのね」
イメージ的に炭酸系は飲まなそうよね。どっちかと言うと、コーヒーとか紅茶とか飲みそうなイメージだったけど、イメージ通りね。
そう言って私は自分のコップに入ってた飲み物を飲み始める。
「……」
「……」
開始早々、お互いにすぐに話す内容が無くなったわ。でもこれは予想通り。普通に歓迎会をやってもこの子は心を開きそうにないわ。だから……。
「?」
私はその場で立ち上がって、大きく深呼吸する。沙紀はそんな私を見て、よく状況が理解できてない顔をしてる。
今からあの星野如月の前でやるから余計に緊張するから、ちゃんと落ち着いてやれるように心を落ち着かせる。
そうしてだいぶ心が落ち着いたら──
「にっこにっこに~!」
「あなたのハートににこにこに~! 笑顔届ける矢澤にこにこ~! にこに~って覚えてラブにこ!」
「!?」
「あれ~、全然声が聞こえないけど、どうしたのかな、それじゃ~もう一度、にっこにっこに~!」
突然、アイドルとしての私のキャラをやって戸惑う沙紀だけど、私はお構いなしに続けて沙紀に振ると、すごい戸惑った顔をしてこっちを見る。
「え~と……」
「にっこにっこに~!」
「にっこ……にっこに~……」
戸惑ってる沙紀に笑顔を向けて、私のポーズを取り沙紀にやらせる雰囲気を作ると、沙紀は恥ずかしそうにやってくれた。
「まだ声が小さいから~もう一回、にっこにっこに~!」
「にっこにっこに~」
「うん! ファンから元気を貰って、にこも嬉しい」
それなり沙紀が声を出してくれたから、私は音楽プレイヤーをスピーカーに繋げて、次の準備を始める。
「それじゃあ、聞いてください、スーパーアイドル矢澤にこにーで『まほうつかいはじめました!』」
そうして音楽プレイヤーから曲を再生して、私は沙紀の前で歌い始めた。
歌い始めてからの私は全力だったわ。今出せるだけのことを全部歌に込めて、一人のアイドルとして、ファンために歌う。
希に歓迎会の案を貰って、残りの授業を全部使って思い付いたのがこれしかなかったわ。
相手は私が憧れたトップアイドル星野如月。当然緊張は今までにないくらいあるわ。あの子から見たら私の歌はおままごとみたいに見えるかもしれない。
それどころかアイドルに対してあまりいい思いをしてない、彼女にこんなことをやるのは間違ってるかもしれない。私の独りよがりかもしれない。
でも私に出来ることはこれだけしかないから。
私は昔からアイドルが大好きで、ずっと憧れてた。何時か自分もあんな風になりたいと思ったわ。
そしてある日、私と殆んど変わらない子が、ステージの上でキラキラと輝いてるところを、たまたま見つけた。
その子のステージを見て、スゴいと思いながらも、とても楽しいと思ったわ。それは私だけじゃない、同じように見てた人も同じ反応だったわ。
だから私もあんな風になりたいって思って、この学校に入って、同じようにアイドルに憧れてた子を見つけて、声を掛けて、スクールアイドルを始めたけど、失敗した。
その結果、私は一人になったわ。部員は一人一人止めていったけど、私は一人でも続けた。けどやっぱり失敗して私も殆んど諦めてしまった。
そうして日々は過ぎて、あの子が偶然通り掛かった。
そして、星野如月に何があったか知ってしまった。
それを聞いた私はあることに気付いた。この子は忘れてるんだ。アイドルにとって、とっても大事なものを。
それに気付いた私はあの子を強引に部活に誘って、あの子は入部してくれた。
けど、今までちゃんとあの子に向き合ってなかったんだわ。あの子は星野如月。私とは別世界の人間何だって、心の奥で考えてたから。
だから会話も続かないし、あの子の笑顔も見れなかった。
あの子が辛い思いをして、笑わなくなったあの子に笑顔を届けたい。心の奥底から今はそう思える。だからこそこの曲を届ける。
この曲は私が他に部員がいたときに頼んで作ってくれた曲。今までずっと使うことがなかった曲。今は存分に使わせてもらう。
所々音程はずれるし、歌詞のタイミングも外れる。けど今は気にしない。ただ全力で歌う。
久々に全力で歌ってツライ。けどアイドルは常にファンの前では笑顔でいるものだから、私は顔に出さないように必死で笑顔を作る。
「ありがと~、にこの歌を聴いてくれて、にこはとっても楽しかったにこ」
私は最後にそう言って曲を歌いきった。
6
「それでどうだった?」
「え~と……」
歌い終わった私は沙紀にさっきのライブについて、聞いてみるけど、沙紀は何て言おうか困ってるみたいだったわ。
「別に気は遣わなくていいわよ、怒らないから素直に言いなさい、あっ、これ先輩命令よ」
今の私の全力でやったものだから、ちゃんと言って貰いたい。今の私の実力も、沙紀がどんな風に思ったのか、どんな風に見えたのか、全部をちゃんと知りたい。
「はい……分かり……ました……」
先輩命令って言ったのが効いたのか、沙紀はゆっくりとたどたどしくありながらも私に話始めたわ。
「歌は音程も……タイミングを……ずれたのが……気になりました……」
「やっぱりそうよね、にこも気になってたのよね」
そこはやってて自分でも分かってたからいいけど、やっぱり言われるとへこむわね。
「それに……目線が……時々下の……方に……向くのも……」
「そうだったの?」
「はい……」
それは気付かなかったわ。多分、ぶっつけ本番でやったから無意識で足下の方へ視線が行ってたかもしれないわ。
「他にも……気になるところは……いっぱい……ありました……」
「そ、そう……いっぱいあるのね……」
「ごめんなさい」
「だから謝らなくていいわ、今はにこに全然実力がないだけだから」
(やっぱり私はまだまだなのね)
沙紀と一緒に練習を始めたけど、そんなすぐに実力が上がるわけじゃないのね。やっぱりコツコツと練習を続けるしかないわ。
「でも……矢澤先輩の歌から……先輩の気持ちが……すごい伝わりました」
「アイドルが好きな気持ち、聞いてる人を楽しませようと頑張ってる気持ち、自分も楽しもうとしてる気持ち……全部が伝わりました、だから……」
「!?」
そう言って俯いてた沙紀の顔が上がると、そこには──
「私とっても楽しかったです」
まだ何処か恥ずかしそうだけど、何処か子供っぽくて無邪気なとても良い笑顔をした沙紀の顔を見て、私は思わず見蕩れてしまった。
(この子、こんな顔をするんだ)
星野如月はクールな感じでなんと言うかそんな風に無邪気に笑わない。と言うか、感情が読み取りにくい。だけど、今の沙紀の笑顔を見た私は確信した。
(これが本当のこの子なのね)
星野如月ではなく、この子の本当の姿。
「あなたの笑顔って、結構可愛いわね」
「えっ? えっ!?」
「あっ、ヤバッ口が滑った」
つい沙紀の笑顔を見て、気が緩んだのか、私は思ってたことを口に溢すと、それに気付いて恥ずかしくなるけど、それよりも言われた本人の方が……。
「そ、そ、そ、そんな……きゃはいいにゃんて……」
すごい顔を赤くして、呂律も廻ってなく、頭の中がショート寸前みたいなロボットみたいなって、わたわたし始めた。
「と、取り敢えず、飲み物飲んで落ち着きなさい」
そんな沙紀を見て、自分が恥ずかしがってたのを忘れて、沙紀が飲んでいたコップを渡そうとするけど、中身が空っぽで、私の方も空っぽだったから、適当に近くにあったブラックコーヒーを沙紀に渡した。
「は、は、ひゃい……」
沙紀は受け取ったコーヒーを飲むと、一気に顔色が悪くなって、すごい顔しながら、コーヒーを吐き出した。
「大丈夫!?」
「ゴホッ、ゴホッ……はい……ごめんなさい……」
私は沙紀のことを心配しながら、雑巾を持って、机や沙紀の制服に吐き出されたコーヒーを拭く。
「うぅ……ごめん……なさい……」
せっかく笑ってたのに、今にも泣き出しそうな声で謝ってくる沙紀。
「気にしてなくていいわよ、それよりどうしたのよ、気分が悪いの、保健室行く?」
「いえ……大丈夫です……、何と言うか……コーヒーが苦手で……飲むと……あんな感じに……」
「そうなの……フフ……」
吹き終えた私は沙紀に体調がどうか聞くと、意外な答えが返ってきて、何となく納得して、そのとき見た沙紀の顔を思い出すと、不謹慎だけどつい笑ってしまったわ。
「やっぱり……変な顔を……」
そう言って沙紀はまた恥ずかしそうに顔を俯いてしまったわ。
「いや、笑うつもり……じゃないけど……フフ……今思い出すと……ホント……フフ……すごい顔をしてから……つい……悪いわね」
「フフ……」
必死で我慢しようとするけど、なかなか頭の中から離れず、私の方も多分、結構変な顔をしてると、それを見た沙紀が今度は少し笑った。
「フフ……ごめんなさい、別にそんなつもりじゃあ……」
「良いわよ……お互い様だから……」
こっちも沙紀を見て、笑ってしまったから、沙紀だって私の顔を見て笑っても文句は言えないわ。けどやっぱり……。
「あなたはそうやって笑ってた方がとても似合ってるわ」
「そんなことは……」
「そんなことあるわよ、でも笑顔の良さは二番目ね、何たってこのスーパーアイドル矢澤にこにーが一番だから」
あぁ~、何か気恥ずかしいからこの子の前で凄いこと言っちゃってるわ。何やってるのよ、トップアイドルに向かって。
「フフ……何か……スゴいですね、何か……格好いいです……惚れちゃいそうなくらい……」
「格好いい!? そこは可愛いでしょ」
最後の方はよくボソッと言って、よく聞き取れなかったけど、その前に聞き捨てならないとこがあったから訂正を求める。
「そうですね……矢澤先輩はとっても可愛いです」
そう言った時の沙紀の顔はとてもいい笑顔だったわ。私に強要された訳でもなく、本当に自分の意思でそう言ってるのがよく分かる。
「そう分かれば良いのよ……分かれば……」
面と向かって、そう言われると照れるから、私は沙紀から顔を逸らして、小さな声でそう言った。
「さてと、まだ歓迎会の途中よ、これからもっと楽しむわよ、沙紀」
「はい……分かりました……ウグッ!?」
歓迎会の続きをしようとすると、沙紀が口元を押さえはじめて、とても顔色が悪そうだったわ。
「どうしたのよ!!」
「ごめんなさい……さっきのコーヒーのせいで……気持ち悪いです……ちょっと……トイレに行ってきます……」
そう言って沙紀はトイレへと駆け込んで行ったわ。
「えぇ~、何かそれじゃあ締まらないわ……」
部室に一人残された私はそう呟いた。
7
あの日、あの歓迎会を境に、私と沙紀の中は少しずつ縮まって行くのだけど……。
「にこ先輩~!! 愛してます!!」
「だ~から、そんなにくっつくじゃないわよ、暑いじゃない」
「えぇ~、良いじゃないですから、私とにこ先輩の仲なんですから、むしろこの暑さが愛の熱さと言えます」
「いやいや、全然分かんないから、さっさと離れなさいよ」
私はくっついてきた沙紀を無理矢理剥がして、何とか離れる。ちょっとくっついただけで汗が掻いてきたじゃない。
「も~、にこ先輩は照れ屋さん何ですから、でもそういうにこ先輩も可愛くて大好きです」
「はいはい、分かったから、にこが可愛いのは当然だから」
あの時と比べて、確かに仲良くなったわ。けど何か色々と私が考えてた仲良くとは全然違うけど。
「にこ先輩……ちょっと良いですか」
「何よ、急に改まって……まさか変なことを言うんじゃないでしょうね」
大抵こういうときの沙紀は変なことを言う確率が高いから、多分今回もそうだろって思ってそう言う。
「何でそうなるんですか、私は変なことなんて一度も言ったことがありませんよ、いつも大真面目です」
「えぇ~」
「何でそんな反応するんですか!!」
「自分の胸に聞きなさい」
そう言って沙紀は腕を組んで考え始める。ただ組んでる腕が沙紀の胸を強調されるから、すごく負けた気分になる。
「え~と、相変わらずわたしっていい胸してますね」
「何の報告よ!!」
「いや自分の胸に聞きなさいって言うから、一先ず自分の胸を見たら、やっぱりいい形してるなぁって思いましたから」
自分がスタイル良いからって、そんなこと人前で言うのは、私の前で言うのはケンカ売ってるの。
「まあまあそんなこと細かいことは置いといて」
「細かくないわよ!!」
ホント、何でこんなのが私が憧れた星野如月なのよ。どんどんイメージが……。いや、もう落ちるとこまで落ちて殆んど落ち込まなくなったわね。
「それで何よ話って」
「はい、もうにこ先輩と出会って一年なるだなぁって思って」
下らない話だと思って、一応聞いたら、思いの外真面目な話だったわ。どうやら沙紀も同じことを考えてたみたい。
「そうね、確かに一年経ったわね、それがどうしたのよ」
「ここでもう一度、私の決意表明をにこ先輩の前にしたくて」
入部したときのあれのことね。ホント、こいつは真面目ね。
「そう、ならさっさとやりなさいよ」
「では……」
そうして沙紀はゆっくりと深呼吸してから、あの時と同じ言葉を口にする。
「私は貴方を最高のスーパーアイドルにして見せます、その手始めにμ'sのみんなと一緒にラブライブに出場させてみせます」
「そう……じゃあにこもあんたの期待に応えるくらいの最高のライブが出来るように頑張らないといけないわね」
「はい!! にこ先輩なら、μ'sのみんななら、きっと出来ますよ、私信じてますから」
「それじゃあ練習に行くわよ、沙紀」
「あっ、待ってくださいよ、にこ先輩」
あの時と比べて本当に色々と変わった。楽しいことがいっぱい増えた。部室が賑やかになった。
だけど、今でも変わらないものはある。
結局まだ私は沙紀の問題を一つも解決できてない。だけど、何時かちゃんとその問題を解決したい。
何故かって決まってるじゃない。
沙紀は私にとって大切な後輩何だから。
如何だったでしょうか。
今回の話は物語で一度だけ触れた歓迎会の話でした。
てっきりにことの出会いの話だと思った方には申し訳ありません。今回は二人の始まりの話です。
散々触れてたにこと出会った頃の沙紀。にこ視点で書かせて頂きました。
ここからよく知ってる沙紀に繋がっていくわけですが、書いてると、やっぱり沙紀って主人公よりヒロインな気がする。どちらかと言うとにこの方が主人公っぽい。
そんなわけでなんだかんだと一年続いてきた訳ですが、ここまで読んで下さった皆様のお陰です。
お気に入りにしてくれたかた。
感想を書いて頂いたかた。
評価を入れてくれたかた。
そう言った応援が書く励みになってます。
まだまだ終わりが見えてきませんが、今後ともこの物語に付き合って頂けると有り難いです。
では、何か感想などありましたら気軽にどうぞ。
誤字、脱字がありましたらご報告して頂けると有り難いです。
それではまた次回をお楽しみに。