ラブライブ! 委員長はアイドル研究部のマネージャー   作:タトバリンクス

20 / 75
お待たせしました。

今回は現在最多文字数で何時もより長めですがお楽しみください。


十九話 差し出された手

 1

 

「私がμ'sのマネージャーをしてる理由は大好きな人の笑顔が見たいからです」

 

「えっ? 、そんな理由なの」

 

 私が理由を口にすると、絢瀬生徒会長はそんな事を全く予想していなかったのか、まるで肩透かしにでもあったような反応をする。

 

「ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃないの。ただ……」

 

「ははは、そうですよね。やっぱり生徒会での私のイメージとは大分違いますよね」

 

 自分の発言に気付いて謝る絢瀬生徒会長。対して私は恥ずかしがりながらも笑い飛ばして、気にしてないことをアピールする。

 

「大丈夫ですよ。自分でもらしくないって、自覚してますから」

 

 らしくないと言うか、生徒会での私は現実主義過ぎている所があったから、絢瀬生徒会長の中では、もっとスゴイ理由があるなんて勘違いするのは仕方ない。

 

「けど、好きなんですよ……大好きな人の笑顔を見るのが……」

 

「どうしてなの?」

 

「理由なんてありませんよ」

 

 好きってことにきっかけはあっても理由なんてない。

 

「ただ純粋に大好きな人には笑顔でいて欲しい。ただそれだけですよ」

 

 多くの人がきっと心の何処かで持っている何てことない普通の願い。それ故に尊く眩しい願い。

 

「たった──それだけのことで、貴方は廃校を阻止できるのか分からないのに彼女たちに協力するの……」

 

 私がμ'sに協力する理由が分からないと言いたげな雰囲気を出しながら、絢瀬生徒会長は僅かにだけど動揺している。

 

 絢瀬生徒会長は心何処かで大切な事に目を背けているのか。いや分かっているが、大切な事を心の奥底で押し込んでいるだけ。やっぱり生徒会長って殻を壊さないことには駄目みたい。

 

 こういうのは苦手だから、最後の最後の方は(勝手に)任せることにしてるけど、もう一押しくらいはやっておこう。

 

「いえ、強ち廃校を阻止できないとは言えませんよ」

 

「何でそんなことが言えるの」

 

 私の言葉に絢瀬生徒会長は少し強めな声で聞いてくる。

 

 この廃校確定のカウントダウンが近づいているなか、最も不確定要素が強いスクールアイドルで、廃校が阻止できる可能性がある、と言えば食い付くのは分かっていた。

 

「それはμ'sがアイドルとして一番必要なものを持っているアイドルだからです」

 

 星野如月時代に私は多くのアイドルを見てきた。

 

 かつての相棒に、同じ事務所のアイドル、違う事務所のアイドル、数は少ないけどスクールアイドルにも。

 

 その中でもトップアイドルになれたアイドルたちには必ずって言っていいほど、同じ気持ちを持っていた。その気持ちもはμ'sも持っている。

 

「それは一体何なの……」

 

「それはさっき私に理由を聞いたみたいに本人たちに聞いてください」

 

 μ'sが何を持っているかの問いに私は答えず、絢瀬生徒会長に本人たちに直接聞くことを進める。

 

「貴方……ふざけてるの……」

 

「ふざけてませんよ。こういうものは他人より本人から聞いた方が、気持ちが伝わりますから」

 

 自分で振っておいて、答えは他人に聞けなんてふざけているとしか思えないが、私なんかが答えるより穂乃果ちゃんやμ'sのみんなが答えた方が、何倍も心に響くから目的を達成するにはそれが一番いい。

 

「私が言えることは──μ'sの近くに居たからこそ感じ取れたこと。それを感じたから彼女たちの笑顔が見たいって思いました」

 

 この音ノ木坂に入学してアイドル研究部に入って、みんなと出会ってからの出来事を一つ一つ、ゆっくり思い出しながら口にする。

 

「だから私にやれる事を精一杯します。μ'sのみんながステージを楽しく踊りきるために、しっかりとサポートだってします」

 

 私はみんなと違って、マネージャーだからステージに立つわけではない。だからこそみんなが怪我や事故なく、ステージに上がれるように私に出来ることをする。

 

「それが私のやりたいこと。大好きな人の笑顔を見るために出来ることです」

 

 私はそう真っ直ぐ絢瀬生徒会長の見つめながら笑顔で答えた。

 

 すると、絢瀬生徒会長は急に立ち上がると黙って部室を出ていき、私は一人部室に取り残された。

 

 2

 

 一人部室に取り残された私は誰か来ないかを確認してから、ぐったりと机に倒れこんだ。

 

 日差しが入り込んでいたせいか机の表面が若干熱くなっているけど、疲れた私にはそんなこと気にする元気がなかった。

 

 やや貧血気味でちょっと恥ずかしいことを言って、絢瀬生徒会長のプレッシャーが強いなか、自分の気持ちを口にしたのだから、少しくらい休んでもいいはず。

 

 それどころかご褒美貰って良いレベル──私的ににこ神様の手料理かお姉ちゃんの膝枕が割りと狙えそう。まあ、貰えなくても良いけど。

 

 今回の件でお姉ちゃんの最高の笑顔が見られれば、それで満足かな。正直今回の件は、私の事を受け入れてくれたお姉ちゃんに対しての恩返しの側面も強かったから。

 

 それにさっきまでの絢瀬生徒会長のやり取りで、今回の計画でやれることはやりきった。あとはどうなるかは穂乃果ちゃんたちやお姉ちゃん次第。

 

 今の絢瀬生徒会長の様子を見るのと、オープンキャンバスの事を考慮すれば早ければ今日、遅くても明日、明後日くらいには行動するかもしれない。

 

「それにしても……何て言えば良いんだろう」

 

 今日まで何回か絢瀬生徒会長に会っているけど、廃校のお知らせを聞いてからのここ最近の彼女を見ると、やっぱり思ってしまう。何時か責任感に押し潰されて壊れそうで、何処かほっとけない所は本当に似ていると。

 

「あの人もこんな気分だったのかな」

 

 かつての親友の事を思い出しながら、その親友が当事感じていたと思うことを今更ながら実感するけど、もう遅い。とっくの昔に終わった出来事何だから。

 

「よっし、休憩終わり」

 

 机に突っ伏していた顔を上げて、暗い気持ちを吹き飛ばすために手で自分の頬を叩く。

 

 本当はもうちょっと休憩するつもりだったけど、このまま休憩を続けると、心がもっと暗くなりそうだったから止めておく。

 

 もうお姉ちゃんの計画でやれることはないけど、私にはまだμ'sのマネージャーとしての仕事はあるのだから。

 

 それに似ているとは言え、環境や状況は違うんだから、結果だって変わるのは当然。だから何も心配はない。

 

 私は立ち上り時間を確認すると、倒れてから絢瀬生徒会長と話し終えるまで三十分程度しか経ってなかった。これなら今から戻っても練習には十分間に合う。

 

 まだ貧血気味で頭がフラフラするけど、マネージャーだからダンスの練習や発声練習をする訳じゃないし、そんな動くわけでもないから問題ない。

 

 一先ずさっき確認した時間から今日の練習メニューを思い出して、私がやることを確認する──確かもうすぐ休憩時間だったはず。今からいけば、丁度休憩時間が終わる前には着くだろう。

 

 そうして私はゆっくりと部室を出ていき、μ'sの練習場所である屋上まで向かうことにしたが──

 

「ジャージ、暑っ!!」

 

 外に出ると部室に冷房を利かせていたせいか思った以上に熱くて、更にジャージだと余計に暑く感じた私は部室に戻って、別の服に着替えるした。

 

 しかし部室でジャージから別の服に着替えようとしたのだけど、生憎他の服の持ち合わせがなく、困っていた。

 

 制服は血で汚れているし、ジャージだと暑い。かといって下着で彷徨くわけにもいかないから、もう一度部室を漁って私が着れそうな服を探した。

 

 色んなアイドルグッズ(にこ神様の私物)があるから、アイドルのTシャツくらいあるだろうと思い、部室を適当に探すと、思いの外簡単に見つかった。

 

 見つかったのは良いが、しかし、今度は別の問題が発生。

 

 私のサイズとは合わない。元々にこ神様が自分用のサイズとして買ったものだから、サイズが合わないのは仕方がない。

 

 私とにこ神様とではサイズが違う。何処とはにこ神様の尊厳のために言わないけど。

 

 しかし手元にあるのは血の着いた制服と暑いジャージとサイズの合わないTシャツ。どれを選んでも悲惨な結果しか生まない。だけど早く選ばないと練習時間が無くなってしまう。

 

 こんな苦渋の選択のなか私は一つ事に気付いた。

 

 そう。このサイズが合わないTシャツはにこ神様の物だってことに。

 

 そうして私はにこ神様のTシャツを無意識のうちに手に取っていった。

 

 3

 

「うぅ、何か注目されてる気がする」

 

 部室を出てから屋上まで移動したのは良かったのだけど、その道中何かと視線を感じていた。

 

 元から肩書きや噂とかで有名で遠くからの視線はよく感じているけど、今日は何時にも増してその視線が多く感じられる。

 

 理由は何となく分かっている。私の格好のせいだ。

 

 にこ神様のTシャツだと気付いた私は無意識のうちに手に取り躊躇わず着ていた。

 

 何とか着ることは出来たので問題は無いのだか、結局のところサイズが小さくて、ウエスト周りが全部露出してしまい、現在の私の格好というのは──俗に言うヘソ出しルックになってしまっている。

 

 元々清楚で淑やかなイメージで通っている私がそのスタイルで出るのは不味い。確実に今後の私の学校生活に影響を与え、ここまで築き上げた『白百合の委員長』のイメージを壊すのは死活問題。

 

 ならばどうするべきか。決まっている。私のアイデンティティであり、ポリシーである三つ編みを止めて変装する。これしかない。ただこちらもアイデンティティの喪失という私にとって死活問題が発生する。

 

 どちらも選べずにいたが、結局のところ今後の学校生活を取った私は──これもまた苦渋の選択だったが、三つ編みをほどいて、髪型をストレートにした。

 

 その結果、校内をヘソ出しルックでストレートヘアの謎の眼鏡女生徒Aとなり、何時もより余計に注目されてしまった。

 

 更にこの服装のせいでウエストが露となってしまいもっと注目されているが、幸いなことに誰も篠原沙紀とは気づいてない(何度か危ない場面はあったが)。ギリギリのところで『白百合の委員長』のイメージは(アイデンティティの喪失という犠牲は出したが)守っている。

 

 そんなわけで校内を注目されながらも階段を上り屋上まで近づいていくと、上から誰かが階段を下りる足音が聞こえた。

 

 私は階段を下りる人とぶつからないように顔を上げると、階段を下りてきた人物は絢瀬生徒会長で、何処か逃げるような足取りで私とすれ違った。

 

 どうやらこの格好のせいで向こうは私とは思わなかったのだろうけど、そもそもすれ違ったことすら気付いてないと思う。

 

 何故ならすれ違った瞬間に僅かに見えた絢瀬生徒会長顔はとても辛そうで、周りが見えてない感じに見えたから。

 

 絢瀬生徒会長の表情と私が上がって行こうとした階段。絢瀬生徒会長の下りて来た階段の先にあるのは屋上の扉のみ。

 

 つまり、絢瀬生徒会長は私と別れたあと、屋上に行って私の言葉通りμ'sのみんなの所に行ったと思われる。

 

 今のところ状況証拠しかないから確実性はないけど、十中八九そうだろう。今から穂乃果ちゃんたちに確認を取れば分かること。

 

 だけど私は180度体の向きを変え、さっき私が来た方絢瀬生徒会長が向かった方へ向かう。別に何か私に出来る訳じゃないけど、流石にあんな顔をしているのを見たんじゃほっとけない。

 

 そうして私は絢瀬生徒会長のあとを追うのだけど、何処へ言ったのか分からないため、闇雲に校内を探す事になると思ったが、ある程度階段を下りると、誰かの話し声が聞こえた。

 

 音を立てずに階段を下りて、声の主に気付かれないように物陰に隠れる。そうして声が聞こえた方をこっそりと覗くと、そこには背中しか見えないがお姉ちゃんと絢瀬生徒会長が何やら話している様子だった。

 

「エリチと友達になって生徒会やって来てずっと思ってたことがあるんや」

 

 そういうお姉ちゃんの言葉を聞いた瞬間私は理解した。お姉ちゃんが今から何をしようとするのかを。

 

「エリチは本当は何したいんやろうって」

 

「えっ……」

 

 お姉ちゃんはゆっくりと自分の中で抱いていた絢瀬生徒会長に対しての本心を口にし始めると、絢瀬生徒会長は何処か戸惑った表情をする。

 

「一緒にいると分かるんや」

 

 前にお姉ちゃんから聞いていた。お姉ちゃんと絢瀬生徒会長は一年の時からの付き合いだって。だからそれなり一緒にいるから相手の事が分かるって。

 

「エリチが頑張るのは何時も誰かのためばっかりで、だから何時も何かを我慢してるようで全然自分のこと考えてなくて」

 

 次々とお姉ちゃんに本心を言い当てられていき、耐えられなくなったのか、その場から逃げ出そうとする絢瀬生徒会長だったが──

 

「学校を存続させようって言うのも生徒会長としての義務感やろ」

 

 絢瀬生徒会長が何のために廃校を阻止しようとしていたのか、その理由を完全に言い当てられてしまい、彼女の歩みは止まり、その場で立ち尽くした。

 

「だから理事長はエリチの事を認めなかったと違う」

 

 そう。何故理事長が生徒会に廃校阻止の為に活動させなかったのか。それは絢瀬生徒会長に生徒会長としての義務感でやってほしくなかったから。

 

 もし絢瀬生徒会長が義務感を持ったまま廃校阻止の為に活動し、失敗したらどうなるのか、そんなことは分かりきったこと。

 

 絢瀬生徒会長は真面目な人だ。もし廃校を阻止できなければ、彼女は自分を追い詰めると思う。自分のせいで廃校が阻止できなかったと後悔することになる。

 

 そして絢瀬生徒会長の心に一生その時の傷が残る。

 

 それを避けるために理事長は絢瀬生徒会長に廃校の阻止をさせなかった。学校のために、生徒が傷つくようなことがないように。

 

「エリチは……」

 

 お姉ちゃんは名前を呼んでから少しこれから言うことに対して、躊躇いを感じていたのかもしれない。けど言わなければ伝わらないからお姉ちゃんは絢瀬生徒会長に問う。

 

「エリチは本当にやりたいことは」

 

 生徒会長としてではなく、絢瀬絵里と言う一人の女の子が本当に何をしたいのか、お姉ちゃんは聞いた。

 

 その言葉を聞いた絢瀬生徒会長は黙っているが、彼女の中で何か色々と考えているのだろう。

 

「何とかしなくちゃいけないだからしょうがないじゃない!!」

 

 自分の本心を揺さぶられたせいで、絢瀬生徒会長は平静を保てず、今まで聞いたことのない大きな声でお姉ちゃんに気持ちをぶつける。

 

「私だって好きなことだけやってそれだけで何とかなるんだったらそうしたいわよ」

 

 今までずっと溜まっていた、押さえていた感情が爆発し、絢瀬生徒会長は自分が思っていたことを感情のままに吐き出す。

 

「自分が不器用なのは分かってる。でも!!」

 

 自分に素直になれずに本心を隠して、気持ちを押し殺して他人のためにしか頑張れないけど、不器用なせいで空回りをするそんな自分に嫌気を差しながら──

 

「今さらアイドルを始めようなんて私が言えると思う」

 

 最後に涙を流しながら自分の本心を口にして、絢瀬生徒会長はその場を走り去っていったのだった。

 

 4

 

 お姉ちゃんと絢瀬生徒会長の会話を聞いて、私は一人取り残されたお姉ちゃんの元へ走り、背中から抱き付いた。

 

「委員長ちゃん……どうしたん?」

 

 急に抱き付いたのに驚かない所をみると、どうやら私の事には気付いていたみたい。

 

「ごめんね……聞くつもりはなかったんだよ。けど、絢瀬生徒会長が心配だったから……」

 

 本来ならお姉ちゃんと絢瀬生徒会長の会話を聞くつもりはなかった。けど絢瀬生徒会長の顔を見ると、ほっておけないからあとを追い掛けて、二人の会話を聞いてしまった。

 

「そうなん……エリチも幸せもんやね。委員長ちゃんに心配して貰えるなんて……」

 

 自分の他に友達を心配してくれる人が居て嬉しいのかそんなことを言うお姉ちゃん。

 

「ねえ、委員長ちゃん、ウチのことは良いからエリチのところに行ってあげて……」

 

 お姉ちゃんは抱き付いていた私の手に触れて、離そうとしながら私を絢瀬生徒会長の所に行かせようとする。

 

「そんなこと出来るわけないじゃん」

 

 そう言って私は私から離れようとするお姉ちゃんが離れないように力強くぎゅっと抱き締める。

 

「だってお姉ちゃんこんなに震えてるだよ」

 

 そう。抱き付いてからずっとお姉ちゃんは、小さく震えていた。絢瀬生徒会長に自分の本心を口にして、絢瀬生徒会長の本心を聞いて、怖くなったんだ。

 

「委員長ちゃん……ウチ怖いんや、エリチに気持ちをぶつけて、ウチの気持ちが届いてないじゃあ、エリチに嫌われたんじゃないかと思うと……」

 

 私にそう指摘されると、お姉ちゃんは自分の本心を溢し始める。

 

 人に自分の本心を伝えるのは怖い。それが自分の親しい人なら尚更──下手したら今の関係が壊れるじゃないのか、嫌われるじゃないのか、何てそんな不安が自分の心に巣くってくる。

 

 そんなお姉ちゃんの気持ちは分かる。だって私も同じだから。でも──

 

「大丈夫だよ。お姉ちゃんの気持ちは絢瀬生徒会長……いや、絵里先輩に届いてるはずだよ」

 

 私はお姉ちゃんに絵里先輩にはお姉ちゃんの気持ちは伝わってると、確信を持って言う。

 

「何でそう思うん?」

 

 何て素朴な疑問に私はハッキリと、力強く答える。

 

「だって大切な友達でしょ」

 

 そんなシンプルで簡単な答えを私は自信を持って言う。

 

「それにお姉ちゃん、私の時だって、こうして自分の気持ちを伝えてくれたよね」

 

 あの日──私がお姉ちゃんの家に泊まりに行った日。お姉ちゃんが私のお姉ちゃんになってくれるって言った日。

 

「あの時、私も怖かった……お姉ちゃんに嫌われるじゃないか、私のこと軽蔑するじゃないかって」

 

 他人と関わるのが怖くて、人に自分の本心を知られるのが怖い癖に一人は寂しいけど、誰にも頼れなかったあの時の私。

 

 あの時にはアイドル研究部が、にこ先輩が居たけど私はもうにこ先輩に弱い私を見せるつもりはなかった。にこ先輩にはずっと笑っていて欲しかったから。

 

 だから私は弱い自分を隠して、ずっと過ごしていた。だけど家族や友達のいない私には甘えられる場所がなかったから。

 

 だからお姉ちゃんの言葉は嬉しかっただけど、こんな弱い私を知ったら嫌われるじゃないかって不安になった。

 

「けどお姉ちゃんの気持ちが伝わったから私信じてみようって思ったんだ」

 

 あの時に握ってくれた手の温もりを今でも覚えてる。

 

 あの温もりからお姉ちゃんの優しさが伝わって、私は信じてみようって思えるようになったんだ。

 

「だから私よりも長く一緒にいる絵里先輩に伝わってないはずないじゃん」

 

 僅か半年くらいしか一緒に居なかった私に伝わってるんだ。二年近く一緒にいた絵里先輩に伝わってないはずない。

 

「そう……やね……。あの委員長ちゃんにも伝わったんや。エリチに伝わってないはずないやん」

 

 安心したのか少しずつ震えが治まっていき、私は大丈夫だと判断して、お姉ちゃんから離れ一歩、二歩と後ろに下がる。

 

「ありがとう、いい──って誰!?」

 

 私にお礼を言おうと振り返ると、いきなりそんな風に驚かれて、今の私は髪型を変えたのを思い出した。

 

「髪型変えただけで分からなくなるなんてヒドッ!!」

 

「何や、委員長ちゃんか、驚いた。髪型どころかその格好なんや」

 

 声で私だと判断したお姉ちゃんは私の格好をじろじろと見る。

 

 別に他人に見られて恥ずかしいスタイルをしている訳じゃないから、見られても問題ないけど、こうじろじろと見られるのは気恥ずかしい。

 

「いや……この格好には色々と……ありまして……」

 

 私のある意味人生最大の選択に位置付く、あの葛藤については、ちょっと他人には理解が出来ないものだと思うので、そんな風にあやふやのまま誤魔化す。

 

 それに……。

 

「あんな真面目? な委員長ちゃんがそんな格好するなんて、ウチそんな風に育てたんやないんや」

 

「真面目? で疑問を持つのは些か異議を唱えたいところだけど……それでどうするの希先輩」

 

 本当は小一時間その事について聞き出したいけど、私はこれからどうするつもりなのか聞く。

 

「決まってるやん。μ'sに所に行くんや。エリチは、自分はアイドルやりたいだって伝えるために。……って何でウチのこと先輩って呼んだん」

 

 どうやら心も落ち着いてお姉ちゃんのやることは決まってるみたい。その証拠に私が希先輩と呼んだのを見逃さなかったから、けどそんな理由じゃなくて。

 

「そりゃ、もちろん……みんな隠れてないで出てきたら?」

 

 そう言って私は階段の方を向いて、そこに隠れている人物に出てくるように言うと、ぞろぞろとμ'sのメンバーが出てきた。

 

「ははは、やっぱり沙紀ちゃんには──」

 

『って、誰!?』

 

「私だよ!! ってかこのやり取りもう二回目!!」

 

 みんなが私の格好を見ると、お姉ちゃんと同じような反応をする。仕方なく私はみんなに篠原沙紀だとアピールするが、この格好になった経緯は省いていた。

 

 そのあと、お姉ちゃんはみんなに絵里先輩がアイドルやりたがってるから、メンバーに入れて欲しいと頼んだ。

 

 元々みんなは絵里先輩を入れるつもりだったから二つ返事で答えた。

 

「じゃあ、みんなで生徒会長を探そう」

 

「ちょっと待ちなさい。一つ言いたいことがあるわ」

 

 穂乃果ちゃんが絵里先輩を探そうとすると、にこ先輩は私の方を向いて近づいてきた。

 

「何ですかにこ先輩?」

 

 私は何を言われるのか分からなかったので無防備ににこ先輩の方を向くと──

 

「それ、私のTシャツじゃない!!」

 

「ゴフッ!!」

 

 にこ先輩の拳が私の腹部にクリーンヒットして私の体は吹き飛ばされる──そういえば、この服にこ先輩のものだった……そりゃ怒るよね。けど何か何時もより拳が重い何故? 

 

 吹き飛ばされて床に倒れた私はそんな疑問を抱きながら、にこ先輩はこちらに駆け出して──

 

「私への当て付けのつもり!!」

 

 にこ先輩のその台詞で私は理解した。何故にこ先輩がそんなに怒っているのかを……。

 

「ちょっと待ってストップストップ──ゴフッ!!」

 

 私はそんなことを言いながら、にこ先輩は二発目の拳をぶつけて、私に対しての怒りを込めた一撃がもう一度腹部にクリーンヒットして私は倒れていった。

 

 5

 

 そんなやり取りがあったあと、私はすぐに目を覚まし(相変わらずこの身体のタフさには恐れ入るが)絵里先輩を探し始めた。

 

 まあ、回復したとはいえ、今日は色々とありすぎて、身体中ボロボロ。今はお姉ちゃんと真姫ちゃんに肩を貸してもらっている。

 

 そんな状態で私たちは絵里先輩を探していたが、目撃証言から案外簡単に見つかった。

 

「私のやりたいこと……」

 

 絵里先輩が居ると思われる教室を覗くと、絵里先輩はそんな独り言を呟いていた。

 

 そうして、絵里先輩が居るのが分かると、穂乃果ちゃんを先頭に私たちは教室の中に入っていくけど、絵里先輩は上の空で私たちに気付いていない。

 

「そんなもの」

 

 そう独り言を呟いていた絵里先輩の前に穂乃果ちゃんは手を指し伸ばし、絵里先輩はこちらの方を向いた。

 

「貴方たち……」

 

 私たちの方を向いた絵里先輩は、どうして私たちがここに居るのかわからない表情していた。

 

「生徒会長、いや絵里先輩お願いがあります」

 

 今度は生徒会長ではなく、絢瀬絵里と言う一人の女の子にお願いをする穂乃果ちゃん。

 

「絵里先輩μ'sに入ってください」

 

「えっ」

 

 不意にまたμ'sに入って欲しいと言われて、少し戸惑う絵里先輩。

 

「一緒にμ'sで歌ってほしいです。スクールアイドルとして」

 

 お姉ちゃんから聞いた本心からμ'sのみんなが思ったことをμ'sのリーダーである──穂乃果ちゃんが、代表して伝える。

 

「何言ってるの。私がそんなことするわけないでしょ」

 

 自分の本心を知らないと思って、μ'sに入る事を拒否する絵里先輩だったが──

 

「さっき希先輩から聞きました」

 

「やりたいなら素直には言いなさいよ」

 

 その口振りから海未ちゃんとにこ先輩に絵里先輩の本心はもうすでに知っている知り、絵里先輩は動揺して急に立ち上がる。

 

「ちょっと待って!! 別にやりたいって大体私がアイドルなんておかしいでしょ」

 

「やってみれば良いやん」

 

 自分の本心が知られているがそんなのは出鱈目だと思わせるために、自分がアイドルをやるのはおかしいと否定するが、お姉ちゃんは絵里先輩にやればいいと勧める

 

「特に理由なんか必要ない。やりたいからやってみる」

 

 そう。やりたいことや好きなことに理由なんていらない。それでも理由を付けるのなら──やりたいから。好きだからでいい。

 

「本当にやりたいことってそんな感じで始まるやない」

 

 絵里先輩に微笑みながらお姉ちゃんは思ったままにやればいいと彼女の背中を押す。絵里先輩は穂乃果ちゃんの指し伸ばされた手を握って、μ'sに入る事をみんなに伝えた。

 

「絵里さん」

 

「これで八人」

 

 手を握って私たちと一緒に活動してくれる事に嬉しく思う穂乃果ちゃん。ことりちゃんはメンバーが増えて嬉しそうになるがそうじゃない。何故なら……。

 

「いや九人や、ウチを入れて」

 

 このμ'sを影から支えていた九人の女神を揃えようとしていたお姉ちゃんも入るのだから。

 

「えっ? 希先輩も」

 

「占いで出てたんや。このグループは九人になったときに未来が開けるって、だから付けたん」

 

 お姉ちゃんの計画も完了したのでお姉ちゃんは自分の占いでこうなると出ていたのと、もう一つネタ張らしをする。

 

「九人の歌の女神──『μ's』って」

 

『えっ!!』

 

 計画を知っていた私とにこ先輩以外は、μ'sの名付け親がお姉ちゃんだって言うことに驚く。

 

「じゃああの名前付けてくれたのって、希先輩だったんですか」

 

 あの時グループ名を募集したときに唯一入っていた紙に書かれた『μ's』を書いてくれたのが、お姉ちゃんだと分かり驚く穂乃果ちゃん。

 

「フフフ。それに委員長ちゃんにも色々と頑張って貰ったんやから」

 

「希……全く呆れるわ」

 

「何処へ」

 

 そう言って友達の事を呆れながら歩き出した絵里先輩に何処かへ行くのか聞く穂乃果ちゃん。

 

「部室よ」

 

 そう言われて全員ピンとこない。何故絵里先輩が部室に行くのか見当がつかない。

 

「もう時間がないから練習は出来ないけど、伝えなきゃいけないでしょ、篠原さんに私がμ'sに入ったって」

 

 絵里先輩がそう当たり前的な雰囲気ながら私に伝えにいこうもすると全員苦笑いをする。

 

「えっ!? どうしてそんな反応するの? 篠原さんはここのマネージャーでしょなら言っておかないと仲間外れは駄目でしょ」

 

 周りが何とも言えない反応をしたから戸惑いながら正論を言うけど、みんなは苦笑いしながら目線だけをこっちに向けた。

 

「なあ……エリチ……そんなことしなくてもいいんやよ……だって……」

 

「私はここに居ますから!!」

 

 お姉ちゃんが言いにくそうに絵里先輩に言おうとしてたけど、私はつい我慢できなくって思わず叫んだ。

 

「貴方……どなた?」

 

「私ですよ。もう三回目!! どうしてみんな分かんないの!?」

 

 絵里先輩に私だと分かってもらえず、手で髪の毛を結んで三つ編みは出来ないけど、髪の毛の束を定位置に置いてアピールする。

 

「あなた篠原さんだったの!? 髪型も服装も違うからてっきり別人かと思ってたわ」

 

 そんな風にやっと私だと気付いた絵里先輩。このみんなの反応を見ると私の思っていた以上に篠原沙紀=三つ編み眼鏡の委員長スタイルが浸透してた事になる。それは喜ばしいことなんだろうか。

 

 しかしそんなアイデンティティを私は……

 

「はぁ、何で私三つ編みにしとかなかったんだろう……周りから目線気にして……自分の評判下がるのを気にして……自分のアイデンティティを……捨てる真似何てしたんだろう……もうちょっとやりようがあったでしょ……」

 

 私はひたすら三つ編みと言うアイデンティティを安易に捨てたこと後悔し、ぶつぶつと独り言を呟き出した。

 

「あぁ~もう!! 篠原先輩うるさい!!」

 

 私に肩を貸してくれてた真姫ちゃんが近くで私の独り言を聞いて我慢できずに私を突き放した。

 

「ちょっ……真姫ちゃん待って!!」

 

 そう言われて正気に戻ったがもう遅い。私は突き飛ばされたまま机の方へダイブし、倒れていった。そしてそのときの勢いで眼鏡が外れた事に私は気付かなかった。

 

「篠原さん!! 大丈夫!!」

 

 そう言って絵里先輩が私の元へ駆け付けてくるのが分かる。

 

「ははは、大丈夫ですよ。もうなんか馴れてますか」

 

 私は絵里先輩の手を借りて立ち上がってみんなの方を見ると──

 

「沙紀!! あんた眼鏡!!」

 

 にこ先輩に眼鏡が外れていることに気付いて私はマズッと心の中で呟く。何故なら……ここには……。

 

「ほ、ほ、ほ、ほ、星野如月ちゃん!!」

 

 星野如月(わたし)のファンだった花陽ちゃんが居るのだから。……と言うかまたこのオチですか。

 




以下がでしたか。

次回で二章最終回

最後にこの二章でどうなるのかをお楽しみに。

感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字などありましたらご報告いただけると有り難いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。