MUGENと共に   作:アキ山

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 お待たせいたしました、6話完成です。
 UA25000以上にお気に入り789件、これだけの方が自分の作品を見て、少しでも面白いと感じてくれていると思うと、感謝と嬉しさでいっぱいです。
 これからも全力を尽くしますので、ご指導、ご鞭撻をよろしくお願いします。


6話

 打ちっぱなしのコンクリートに囲まれた四方に、簡素なロッカーとパイプ椅子。中央には傷跡だらけの木製の丸テーブルが鎮座し、部屋の隅にはレトロな自販機が唸りを上げる。

 俺にとっては自室と同じくらい馴染んだ無限の闘争(mugen)の控え室だが、オカ研メンバーには珍しいようで、リアス姉とアーシア先輩なんかはしきりに辺りを見回している。

「男性用更衣室はそこの左側の入り口、女性は右側な。シャワーも更衣室の中にあるから。何か解らない事があったら、俺か美朱に聞いてくれ」

「それじゃ、女の子組はこっちねー。荷物は更衣室のロッカーに入れとく事になるから、忘れないようにしてよー」

 俺と美朱の先導で、男女に分かれて更衣室に入る。

 後ろで、更衣室が男女別である事を嘆いているイッセー先輩を、後で男喰らい(マンイーター)こと『阿部さん』に与える事を心に決めつつ、俺は無限の闘争(mugen)始まって以来の、団体合宿をする事になった経緯を思い返した。

 

 リアス姉の衝撃発言から半日。

 部室に集められたオカ研メンバーを前に、執務席についたリアス姉は静かに語り始めた。

 曰く、先日グレモリー家とフェニックス家の婚約破棄が正式に決まった。

 破棄の理由を聞かされた時は小父さん達も憤慨したが、男としてケジメをつけようとするライザー氏の姿に免じて受け入れたらしい。

 婚約破棄に関して両家の合意が得られ、話の焦点は賠償に関する事になった。

 呈示された賠償金は両家の家格を鑑みても妥当であり、若手悪魔が背負うには重すぎる額だった。

 瀕死の重傷もたちどころに癒やす霊薬、『フェニックスの涙』を精製できるライザー氏といえど、完済には数十年、ヘタをすれば百年は掛かるだろう。

 身内に苦役を強いたうえでそれだけのモノを用意されれば、グレモリー家としても怒りを収めざるをえない。

 だが、小父さんとしては、このまま金銭だけで解決させては腹の虫が収まらない。

 そこで小父さんは、一計を案じた。

 リアス姉の夢であるレーティング・ゲームのタイトル制覇。

 その経験を積むために、ライザー氏にリアス姉との試合を依頼したのだ。

 成人前で、正式なレーティング・ゲームのデビューも果たしていないリアス姉なら、勝てば大金星。

 負けてもタイトル確実と言われている若手のホープとなら、恥にはならない。

 小父さんは「ウチのリーアたんなら、婚約破棄したいけ好かないガキをヘコましてくれるに違いない!!」と考えて話を振ったらしいが。

 ともかく、小父さんの提案をライザー氏が承諾したことで、ライザー氏対リアス姉の練習試合兼エキシビジョンマッチが成立。

 10日後、駒王学園で開始される運びになったそうだ。

 因みにリアス姉の語りの中で小父さんの心情が妙に具体的だったのは、本人がリアス姉に直接伝えたかららしい。

 小父さん……。家族に隠し事はしない主義は分かるが、自分の心情まで語って聞かせるのは、いくらなんでもやりすぎではなかろうか。

 普段は凄く有能なのに、家族が絡んだら途端にポンコツになるもんなぁ、あの人。

 その後、リアス姉がトレーニングの為に山での合宿を提案するが、美朱の質問で具体的なプランがない事が露呈してしまう。

 そもそも、公爵令嬢のリアス姉が修行の方法など知っている訳が無く、出されたプランもスポーツの延長、もしくは漫画の真似といったものだったのだ。

 そこで、美朱が俺の持つ無限の闘争(mugen)を修行に使ってはどうか、と提案。

 美朱に話を振られた時は、正直乗り気ではなかった。

 実戦経験を積めるのと、本物の武術家から指導を受けられる点は、たとえ10日という短期間でも修行としては有効だ。

 しかし、実戦で死なないにしても負傷の痛みや死を体験する事で、使用者にトラウマを植え付けかねない危険性があるからだ。

 過去の修行で心が折れるまでボコボコにされた祐斗兄や姉の黒歌が廃猫同然にされた塔城、無限の闘争(mugen)で俺が殺られるのを何度か見てしまっている朱乃姉が反対したが、他に有効な手段も無く、話し合った結果、難易度を下げてヤバくなったら、管理者権限で対戦を強制中止させるのを条件に、無限の闘争合宿が承認される事になったのだ。

 

 一旦解散してから20分、着替えを終えたオカ研メンバーは控え室に集まっていた。

 先輩達と塔城は学校指定の体操服で俺はいつも使っている空手着、美朱は紺色のオーソドックスな忍び装束だ。

「おおっ! 慎と美朱ちゃんは本格的だな」

 こちらを見て感嘆の声を上げるイッセー先輩。

 言った後、一瞬でヘソが見えるほど体操服を持ち上げている、朱乃姉の巨大山脈に視線が釘付けになったので台無しだが。

 あ、美朱の目潰しがまともに入った。

「さて、みんな集まったな。それじゃあ、男女分かれて二人一組で柔軟体操だ。身体を解すのが目的だから、無理しないようにな」

 俺の指示で三年生コンビとアーシア先輩、塔城ペアに分かれて柔軟を開始するのを後目に、俺は丸テーブルに掛けられていた『姫島』の名前が入った上着を手に取った。

 珍妙な悲鳴を上げてのた打ち回ってるエロイ人が視界の隅に入るが、何も問題はない。

「イタタタッ!? 朱乃、無理! これ以上は無理だからっ!!」

「あらあら。身体が固いわよ、リアス。しっかりと解しておかないと怪我をするわ。だから、もう少しだけ頑張って」

「しまった!? 朱乃がドSなこと忘れていたわ!? いやあああっ、誰か助けて!?」

「ふふふ。いい声ね、リアス。それじゃあ、次はもっと厳しめで行くわよ」

 開脚状態の内股に足を入れた股関節の柔軟の体勢で、もの凄くイイ笑顔で嫌がるリアス姉の腕を引っ張る朱乃姉。

 年頃の乙女が上げてはいけない類の悲鳴がリアス姉から響く中、手にした上着を朱乃姉に掛けてやるとリアス姉の手を離し、驚いた顔でこちらを見上げてきた。

「ヘソと胸元、見えてる。嫁入り前の娘がホイホイ肌を見せたらダメだろ」

「あらあら。心配してくれたのかしら」

「弟が姉貴を心配するのは当たり前だろ。美朱と朱乃姉が嫁に行くまでに何かあったら、お袋に申し訳が立たんからな」

「うふふ。まるで父親のセリフよ、それ」

「これでも姫島家唯一の男手なんでな。責任は重大なのだよ」

 コロコロと笑う声に肩をすくめると、道着の間から覗く胸元の傷に目をむけた朱乃姉の顔に悲しみが過る。

「……消えないわね、その傷」

「ああ。俺としてはその方がいいさ。あの時の馬鹿さ加減を忘れずにすむからな」 

 家族を護るためと言えば聞こえがいいが、2年鍛えた程度で慢心した5歳のガキが自分の分も弁えずにイキがっただけだ。

 その結果、腸を撒き散らしながらくたばるなんて、無様を家族に見せることになった。

 あの時、都合よく聖女の微笑(トワイライト・ヒーリング)が目覚めて命を拾う事ができたが、あの姿を見たお袋達の絶望は如何程のものだったろうか。

 挙句、護るはずだったお袋は殺され、暴走とは言え朱乃姉の手を汚させたのだから、笑い話にもならない。

 俺がここで力を求めるのは、二度とあんな無様を晒さないためだ。

 相手がオーフィスだろうがグレートレッドだろうが、叩き潰せる力を手に入れるまで俺は止まる気はない。

「無理はしないでね。私は家族で暮らしていければそれでいいのだから」

「……わかってるさ」

 応えられない言葉と見透かすような視線に目を逸らすと、柔軟をしていたはずのアーシア先輩の胸に突撃して、泣きじゃくっているリアス姉の姿が見えた。

 戸惑っているのだろう、拙いながらアーシア先輩が慰めて、塔城が頭を撫でていると、身も世も無い風な泣き声は更に高まった。

 あの容赦ないガチ泣き具合は、間違いなく幼児退行している。

「……朱乃姉、やりすぎじゃね?」

「あらあら、うふふ」

 笑って誤魔化そうとする朱乃姉に、取り敢えず軽めの拳骨を落としておきました。

 

「ほら、相手の動きを良く見る! 攻撃される時に目を瞑ってたら、防御なんてできないぞ!」

 教えた通り半身に構えたイッセー先輩に、極力手加減した攻撃を加えながら激を飛ばす。

 顔面に向けて拳を放てば、未だに目に怯えの光が走るものの前に出した左手でこちらの腕を払い除け、続く逆の手の上段突き、ボディ狙いの中段突きも手と肘で払い落とすが、最後のローキックには対応できずに、尻餅を突いてしまう。

「イッテーっ!? 最後に蹴りまであるのかよ!?」

「キックやムエタイなんかじゃ、割とメジャーなコンビネーションなんだけどな。まあ、最初の三発を捌けるようになったんだから、充分進歩してるよ」

 助け起こしながら賞賛の言葉を送ると、納得いってないのかイッセー先輩の顔に不満げな色が浮かぶ。

「なあ、始まってから二時間くらいずっと防御の練習ばかりしてるけど、攻撃は練習しなくていいのかよ」

「それは明日以降だ。それに、イッセー先輩の場合は防御がある意味攻撃になるからな」

「えっ、どういう事だ?」

「先輩の神器、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)は十秒ごとに所有者の力を倍化させる。それって、相手からすれば相当のプレッシャーなんだぜ。十秒ごとに相手が倍々計算で強くなるなんて、悪夢以外の何物でもないからな。そうだな……イッセー先輩はRPGゲームやった事あるか?」

「メジャーなタイトルは大体やったけど、それがどうしたんだ?」

「例えばだ。先輩があるRPGをプレイしてて、ボスまで辿り着いたとする。そのボスは3ターン毎にステータスが大きく上昇という特徴を持っている。どう攻略する?」

「そりゃあ、パワーアップする前に倒すしかないだろ」

「そうだな。しかし、そいつのAIはずる賢くてな。パワーアップした時しか攻撃をしないで、それ以外は亀みたいに防御を固めるんだ。先輩がプレイヤーなら、どう思う?」

「なんだよ、このクソボスって思いながら焦る。多分」

「で、焦った所為で使う魔法間違ったり、攻撃のタイミングをしくったりして負けるってのが、こういう状況に陥った奴のパターンなんだが、先輩が狙うのはこれだ」

「へ?」

「今のたとえ話はボスが先輩、プレイヤーが対戦相手なんだよ。先輩が倍化する為に亀みたいに防御を固めれば、相手は焦って倒そうとするだろう。そうしたら隙も生まれるだろうし、ミスを犯すかもしれない。先輩は倍化した力でその隙を突けばいいのさ」

「……なるほど」

「本来の赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の戦法は、攻勢に出ながら倍化しまくって押し潰すってところなんだろうが、先輩がそれをするには肉体的にも技術的にも無理があり過ぎる。10日じゃあ、鍛えるにしても時間が足りないしな」

「だから、亀戦法なのか」

「そういう事。プロボクサーだって完全に防御に回った素人を倒すのは難しいって言われている。今の先輩に必要なのは攻撃にビビらない胆力なんだ。防御の技術と合わせてそれも鍛えていくから、よろしくな」

「ああ。こっちこそよろしく頼むぜ」

 お互いの軽く拳を当てて、俺達はまた訓練に戻る。明日には実戦形式の訓練をする事になるんだから、ガンガン行っとかないとな。

 

「イッセー先輩、玉葱の皮むき10個追加」 

「あいよ」

 無限の闘争(mugen)に備え付けられた宿泊施設の厨房の中、火に掛かった特大サイズの寸胴鍋の横でまな板の上の玉葱に包丁を入れながら、後ろのイッセー先輩に声をかける。

 すると1分掛からずにきれいに皮が剥けた玉葱が飛んできた。異様なまでのスピードで皮が剥けるのは、午後の訓練で朱乃姉に習った魔力を使っているからだとか。

 何でも新しい必殺技の練習らしいのだが、いったいどんな技になるのか想像もつかない。

「祐斗兄、肉はどうだ?」

「丁度全部切り終えたところだよ」

 隣を見ると魔剣創造(ソード・バース)で造った異様に光る包丁を手にした祐斗兄が、スライスされた肉の山の横で爽やかな笑顔を浮かべている。

 なんという魔剣の無駄使い。……後で一本貰っとくか。

 煮立った寸胴に野菜と肉の山をぶち込んで十分ほど灰汁取り、市販のカレールーを適量入れれば出来上がり。後は飯が炊けるのを待つばかりだ。

 うん、適当過ぎるだって? 男飯なんてこんなもんだ。見てくれは二の次、美味ければいいのである。

「そう言えば慎って木場の事、祐斗兄って呼ぶんだな」

 飯が炊けるのを待っていると、イッセー先輩が声をかけてきた。

「かれこれ、7年くらいの付き合いになるからな。ガキの時の癖が抜けないんだ」

「そうだね。部長に助けられて、冥界に連れてこられて最初に出会ったのが姫島姉弟だったっけ。美朱ちゃんが纏わりついて来たり君は『勝負しろよ』とか言って殴りかかってきたりで、あの時は本当に驚いたよ」

「まあ、若気の至りって奴だな。そういった黒歴史はそっとしとくのがマナーだぞ、祐斗兄」

「お前って、ガキの時からこんなだったのか」

「こんなってなんだよ」

「美朱ちゃんの言葉を借りれば、鍛錬中毒の修行僧型悪魔超人」

「それに戦闘狂も着くね」

「酷え」

「ぶっちゃけ、今の慎ってどのくらい強いんだ?」

「んー、今のところ無限の闘争(mugen)のCランクの中位くらいだから、魔王クラスかな。正面からのガチンコなら、セラ姉さんやファルビウム兄には勝てると思う。サーゼクス兄やアジュカさんみたいな超越者はまだ無理だけど」

 俺の返答に先輩二人が凍りつく。

「魔王クラスって、マジかよ……」

「この頃、妙に腕が上がってる思ってたけど、そこまでだなんて……」

「そんなに驚くような事か? 魔王クラスって言っても最上位でもないしさ。サーゼクス兄くらいにならないと、自慢にもならんだろ」

 ぶっちゃけ、ここで修行していると魔王クラスって大したことないって実感するんだよな。

 無限の闘争(mugen)の闘士はBランクで上位魔王と互角、Aランクで各神話の軍神、超越者と同等。Sは主神クラス、凶でオーフィスと同じだ。

 ヴァーリの暴走でランク神や鬼と闘ったから、どうしてもそいつ等と比べてしまうのだ。

「なあ木場。慎の言ってる事って本当なのか?」

「そんな訳ないだろう。彼の認識は完全に狂ってる。悪魔の最上位が大したことないとか、どんな経験をすればそんな考えになるのかなんて想像もつかないよ」

 厨房の隅で先輩達がなんか言ってるが、まあ気にする事じゃないだろう。さて、飯も炊き上がった事だし食堂で待っている欠食女子共に持って行ってやるか。

 因みに、カレーの評価は上々。

『……大味ですが、まあ及第点を上げます』なんて上から目線のコメントを残しながら6杯もおかわりした、某暴食猫娘には奥義の『地獄のグリコ』をプレゼントしておいた。

 

 

 

 

 

 二日目早朝。

 昨日と同じくウォーミングアップを済ませ、昨日のおさらいとして軽い組み手を行った俺は、イッセー先輩に実戦を体験させることにした。

 早いとは思うが、残りの期限が僅か9日しかない以上多少の無茶は通さなければならないだろう。

 控室のコンソールを操作し、戦闘スペースへの入場ゲートに立たせた先輩にステータスセンサーを掛ける。

 このセンサーは無限の闘争(mugen)に初参戦する者の登録装置であると同時に、その者のバイタルチェックを行い能力に応じたランク付けをするものだ。

 さらに初回にのみ、ランダムで技を一つ覚える事ができるというオマケもある。

 2回目以降は使用者のバイタルチェックがメインになるが。

 さて、イッセー先輩の状態は……ランクは最下級のFか。転生悪魔になって身体能力が上がってると言え、実戦どころか喧嘩の経験もほとんどない事を思えば妥当なところだな。

 投影ディスプレイに走る先輩のステータスを目で追っていた俺は、習得技能の欄に浮かんだ名前に思わず眉根を寄せた。

 『皆殺しのトランペット』

 シューティングゲームメーカーで名を馳せたゲームメーカー、『彩京』がリリースした格闘ゲーム『堕落天使』に登場するキャラ『壬生灰児』が使用する技だ。

 相手に背を向けて大きく振りかぶってからパンチを放つ突進技で、人間兵器開発の実験体にされた影響で痛覚を失ったというキャラ設定を反映させてか、スーパーアーマー属性があり、モーションに入ったら投げ以外では止められない。

 力を溜めることでダメージがアップ、最大まで溜めるとガード不能になり、体力の半分以上を奪う高威力になるという特性があるが、ガードされると反撃確定という使いどころの難しい技だ。

 力を溜めて威力を上げるという面では赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)と相性はいいんだろうが、ほとんど捨て身の一撃な事が不安を誘う。

「なあ、慎。変な機械にかけられたら、頭の中に知らない技の使い方が浮かんできたんだけど、大丈夫なのか」

「大丈夫だ。初回特典のサービスで技を一つ覚えられる仕様になってるんだ。それよりもそのゲートを潜ったら実戦だからな、今覚えた技の撃ち方をしっかり確認しとけよ」

「実戦って、何と闘うんだよ。はぐれ悪魔みたいな化け物とか?」

「それは上級ランクになったら出るかもな。イッセー先輩は初心者だから、普通に人間の格闘家だよ」

「そっか。それなら何とか──って、普通、初心者なら最初は町のチンピラとかじゃね?」

「ここのチンピラは格闘家なみに強いから、どっちが相手でも大差はないぞ」

 むしろ、バーディやジャック・ターナーなんかが出てきたら、イッセー先輩じゃ逆立ちしても勝てん。

 不安げな様子でイッセー先輩がゲートを潜ると、観戦用空間ディスプレイが起動。

 木造の簡素な道場で、所在なさげに佇むイッセー先輩を映し出す。

「先輩、対戦開始まで少し時間があるから、さっき覚えた技の素振りをして、頭の中のイメージと実際の動きに齟齬がないか確認するんだ」

「お、おう」

 緊張で頭が回らなったのか、イッセー先輩は慌てて構えを取る。

 腰を落とし、上半身を限界まで捻るように腕を振りかぶる独特の体勢。

「受けるか……このブロォォォォォォォォ!!!」

 裂帛の気合いと共に床板を蹴った先輩は、身体全体を叩き付けるように拳を振り抜いた。

 大きく空気を裂く音を置き去りに、身体全体を使って勢いを殺した先輩は、三度、四度と道場全体を使って素振りを続ける。

 清々しいまでの一発狙い。しかも、撃つ前と撃った後が隙だらけである。

 まあ、下手なテクニックが無い分素人のイッセー先輩とは相性がいいかもしれないが。

「どうだ、先輩?」

「……なんか不思議な感じだ。こんな技知らないはずなのに、撃つ時は信じられないくらいに身体が滑らかに動いた。あと、なんか撃つとセリフを言っちまうんだが……」

「仕様だ、慣れろ。それよりももうすぐ時間だからな。気合を入れろよ」

「あ……ああっ!」

 赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を呼び出し、教えた通りに顔の前に腕を上げて半身に構えた先輩の前に、青い光が集まりその中から一人の男が現れる。

 逆立てた髪に額に巻いた紺色の鉢巻き、黒のインナーの上に白い空手着を着た男。糸のように細い目と特徴のない容貌は一般人と言われても違和感はない。

 だが、この男こそmugenの始まり。mugenに携わった者から偉大なる父にして母と呼ばれ、mugenにある全てのキャラクターは彼を元に作られたと言われている。

 mugenを手にした者全てが最初に出会う闘士。Mr.mugenと呼ぶべき漢、『カンフーマン』だ。

 カンフーマンはイッセー先輩と5歩ほど間合いを空けた場所で一礼し、ゆっくりと構える。

 人差し指と中指を揃えてのばし、薬指小指を曲げてその指先を親指で押さえた剣指と呼ばれる型に固めた両手を顔の前に上げ、半身のまま左足の踵をあげた独特の構え。

 それだけで、彼の纏う雰囲気が凡庸のそれから一流の格闘家のモノへと変わる。

 相対している者に掛かる重圧は、一気に顔色を悪くしたイッセー先輩を見れば一目瞭然だ。

「イッセー先輩、相手に飲まれるな。まずは防御を固めて倍加の時間を稼ぐんだ!」

 アドバイスを飛ばすがガチガチに固まった様子を見る限り、届いたとは思えない。

「う、あ……うおおおおおおぉぉぉっ!!」

 案の定、重圧に耐えられなくなったイッセー先輩は、『皆殺しのトランペット』を繰り出した。

 追いつめられたこの状態で、ただ殴りかかるのではなく技に頼ったのはいいが、今の状況では悪手でしかない。

 全身でぶつかる様に繰り出された渾身の拳は、ブロッキングによっていなされ、死に体になったイッセー先輩の首を薙ぐようにカンフーマンの右手刀が叩き込まれる。

「~~~~ッ!?」

 痛みの為か、声も無く身体を折り曲げた先輩の顎を飛び膝蹴りでカチ上げ、宙に浮いたところにダメ押しの中段掌底突きを叩き込んだカンフーマンは、床に大の字で倒れて意識を手放した先輩に一礼をしてその姿を消した。

 無限の闘争(mugen)が対戦終了と判断した事により、控室に転送されてきたイッセー先輩の容態を確認すると、幸いなことに意識は無いものの、多少の打撲程度で済んでいた。この辺の加減具合がカンフーマンが無限の闘争(mugen)の初心者用の対戦者に選ばれる由縁だろう。

 気絶した先輩に治療を施し、邪魔にならないように部屋の隅に移動させる。

 なに、ベッドだと? そんな上等なものはない。敗者は床に転がすのがここのルールである。

 イッセー先輩が目を覚ますまでの間、トレーニングメニューを見直そうとテーブルに向かうことにした。

 基礎体力の向上と、組み手で『皆殺しのトランペット』を当てる為の布石になる技を教える事まで考えていると、うめき声を上げてイッセー先輩が目を覚ました。

 どこまで覚えているか確認したところ、膝でカチ上げられたらところまでは覚えているそうだ。これで、一週間前後の記憶が無いなんて言われた日には、精密検査を受けさせなくてはならないところだった。

「それでどうだった、初めての実戦の感想は?」

「……正直、訳がわからなかった。相手と向かい合った瞬間、凄い力に押さえ込まれたみたいに息苦しくなって…何とか抜け出そうって覚えた技を撃ったらボコボコにされた。なあ、あれは何なんだ?」

 まだ意識がハッキリしないのか、少々たどたどしい口調で話すイッセー先輩。

「あれは気当たりって技だよ。相手に自分の気迫をぶつける事で重圧をかけ、相手の意識を狭める技法」

「……そんな技があるんだな」

「古武術とかなら珍しくも無い技だよ。まあ、一流の武術家ならどんな流派の奴も無意識に体得してるモノさ。あれを体験しただけでも今回の対戦は価値があると思うぜ」

「価値があるって、なんでだよ?」

「あの手の技は、相手の心の隙を突いて掛けるものなんだよ。気に呑まれる感覚を覚えておけば、当然警戒するだろ。そうなれば、よほどの実戦差が無い限り技に掛かることはなくなるからさ」

「なるほど……」

「まあ、一回くらいじゃ掴みきれないと思うから、次の組み手からは俺も気当たりを使いながら相手するからな」

「げぇ……!?」

 俺の言葉に露骨に表情を歪めるイッセー先輩。なんか、モチベーションが下がってきているみたいだな。このままやる気を無くされても困るし、なにか『飴』を与えるべきか。

「そう嫌そうな顔するなよ。ここの対戦相手は最初はカンフーマン固定だけど、勝てれば次は女性の闘士とだって闘えるんだからさ」

「マジでッ!? ……いやいや、騙されねえぞ。女の闘士ってアレだろ。冥界のウンディーネみたいな、筋骨隆々で殺し系なアマゾネスなんだろ!!」

「何言ってんだよ、先輩。筋骨隆々な殺し系のウンディーネなんているわけないだろ」

「いたんだよ! 冥界の使い魔の森に!! ヘラクレスみたいな奴が!!! 俺達の目の前で、縄張り争いとかでガチに殴り合ってたんだ!!」  

 なにそれ、超見てぇ!!

 イッセー先輩の話がマジなら、下手な娯楽映画より面白そうじゃねえか! 今度冥界に行った時、撮影に行こうかな。

 ……おっと、話が逸れた。

「まあ、それは置いといてだ。ここの女性闘士はそんなイロモノは少ししかいないって。なんなら、画像見てみるか?」

「少しはいるのかよ……。てか、画像見れんの?」

「見れるよ。ほれ」

 コンソールを操作して投影ディスプレイに映すのは、SNKの『不知火舞』やDOAの『霞』といった巨乳枠の女性闘士だ。

「おお……おおおぉぉぉ!! けしからん、実にけしからん!! こんなナイスおっぱいが際どい衣装で闘うというのか!? いいぞ、もっとやれ!!」

 さっきまでのダメージもなんのその。投影ディスプレイに頭を突っ込まんばかりの勢いでかぶりつくイッセー先輩。

 その色欲に満ち満ちた顔は、通報どころか即逮捕モノである。

「どうだ? 満足いったか、エロい人」

「ああ!! このおっぱい達と触れ合えるなら、俺はどんな試練だって乗り越えられるぜ!!」

 カッコイイようでその実最低な台詞を、気炎と共に吐き出すおっぱいマニアのV3。

 その姿にまったく痺れもしないし、憧れる要素もない。

「いい気合いだ。そんじゃあ、基礎鍛錬やってから、組み手な」

「おう! バッチ来い!!」

 気合い十分なイッセー先輩を引き連れて、俺は控え室を後にした。

 

 

 

「あ……。確認だけど、実物は画像より3階級体重アップとかないよね?」

「ない。つうか、どこの場末の風俗店だよ、それ」

 




 ここまで読んでいただいてありがとうございました。
 本来なら、次でフェニックス戦に入る予定だったのですが、修行編が思いのほか長くなったので、2話に分けました。
 イッセーの覚えた『皆殺しのトランペット』と言う技はガチの博打技です。『KOF』のラルフを知っている方なら、通常必殺技で移動距離の長いギャラクティカ・ファントムと言えば想像がつくのではないかと。
 さて、恒例というには微妙な、用語解説です。
『カンフーマン』 『KFM』とも訳される、誰もが最初に触れるであろう、MUGENの大いなる親にして主人公。
 MUGEN本体に付属するデフォルトキャラ。MUGEN公開開始のその時からいる最古のキャラであり、同時に最初の改変フリーなキャラでもある。
 そのため多くの改変キャラが作成されており、「和訳版カンフーマン」と「ニューエイジオブ教材KFM」は、キャラクター作成における教科書として広く親しまれており、今日世に出ている数多くのキャラクターの土台となっている。
 性能は、最初期の配布キャラな為、非常に簡素で昨今の格ゲーのような特殊なシステムは搭載していないし、道着キャラの割に飛び道具を持っていない。
 しかし、攻撃判定や当たり判定に少々特殊な点があることや全体的に技の発生が早く、持続が長く、硬直は短めになっている、火力はそこそこある等の利点を使い、上手く立ち回れば強キャラとも互角に戦える。

『堕落天使』シューティングゲームで有名なメーカー『彩京』が1998年にリリースした格闘ゲーム。退廃したダークな雰囲気が魅力で、妙に声優が豪華なのが特徴。『ザ・キング・オブ・ファイターズ』シリーズに関わったクリエイターが参加しており、後のKOFに影響をあたえた作品である。

『壬生灰児』『堕落天使』に登場するプレイアブルキャラの一人。CVは関智一氏
 かつてこのゲームのラスボスである、カルロスが人間を兵器化する実験の一環として作った「ケースクラス」の8番目の子供。実験の後遺症により一切の痛覚を持たない。カルロスの元から逃げ出した灰児は夜の街に身を潜め、それから数年が経った現在は売春宿の用心棒を務めながら暮らしている。
 実験体だった過去がトラウマとなっており、その時の呼び名である「No.8」と呼ばれると見境なくキレる。
 リーチは若干短めながら全ての技の判定が強く、ジャンプも低く速い為全キャラ中トップクラスの連続技性能を誇るガチガチの攻めキャラ。
 欠点としては通常技の硬直が大きく、出の速い技を持つ相手では反撃されやすい。
 因みに、彼の技名はロックバンド「BLANKEY JET CITY」の曲に由来する。
 
『皆殺しのトランペット』身体を捻り構えた後、物凄い勢いで突進しながら殴る。
 技の出は遅いがスーパーアーマーとガードクラッシュがつき、高ダメージで、さらに強ボタン押しっぱなしで溜めきればガード不能にもなる。スーパーアーマー中でも、投げ技とロック技は普通に喰らってしまう事に注意。
 CPU戦においてはスーパーアーマーor溜めきってガード不能である事を活かし、これだけで勝ち進む事も可能。
 技の台詞「受けるか? このブロォォォォォォォォ!!!」は『KOF99』の草薙京の「百八拾弐式」のボイスの元ネタである。
 
 今回の解説は以上になります。
 また次のお話しでお会いしましょう。

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