MUGENと共に   作:アキ山

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 更新が遅れて申し訳ございません。
 5話完成です。
 
 UA20000にお気に入り数が700越え。
 見た時にはファッ!? となりました。
 皆様の声と期待に応えられるように、精進していきたいと思います。


5話

 落ちつつある日差しに紅く染まった木造の廊下で、俺は欠伸を噛み殺した。

 眠気を覚ます為に軽く伸びをすれば、ギプスに固められた右腕に引き攣れた痛みが走る。

 成長期を終えていない身体なので、超回復を促すために緊急の場合を除いては、骨折程度なら聖母の微笑で治さないのだが、動く度に痛むのは少々鬱陶しい。

 薄暗さを増していく旧校舎の中、痛みを無視して身体を解しながら進んでいくと、程なくして目的地であるオカ研の部室が見えてくる。

 いつもなら美朱がテンション高く騒ぐのだが、あいつは数日前にアーシア先輩が転校してきて以来、彼女にべったりだ。

 無限の闘争から戻って、結構色々な事があった。

 部室に滞在していたアーシア先輩がイッセー先輩の家に下宿する事になったし、日本語が話せないアーシア先輩の為に翻訳魔術の籠ったペンダントも造った。

 猫返りを再発した黒歌が、塔城のもとでリハビリする事になったりもしたな。

 これについては、塔城にマジで謝った。

 全部俺が悪い訳ではないが、こちらを見る度に毛を逆立てて怯えられては、罪悪感も湧くというものだ。

 ゆっくりとだが、症状が快方に向かっていると聞いた時は本当にホッとした。

 起こった変化の大体は、良い方向へ転んでるので、こちらとしても喜ばしい。

 あとは右腕が治って無限禁止令が解除されれば、言うことないのだが。

 取り留めのないことを考えているうちにオカ研に着いたので、軽い挨拶と共にドアを潜ると、室内は微妙な雰囲気だった。

 猫モードの黒歌を膝に乗せながら大福を食べる塔城に、美朱の耳掃除をしている朱乃姉。

 二年生組はまだ来てないらしいようだが、ここまではアットホームないつものオカ研だ。

 この空気の原因は、執務席で窓の外を見ながら、憂鬱そうに溜め息をついているリアス姉だろう。

「どうした、リアス姉。なんか悩み事か?」

「キャッ!? し、慎。来てたのね」

「さっき挨拶しながら入ったんだけどな。それで、辛気くさい顔してどうしたよ。解決できるかは分からんが、愚痴くらいなら聞くぜ?」

「ありがとう。でも、遠慮するわ。実家に関わる事だから」

 苦笑いを浮かべながら、首を横に振るリアス姉。

 実家、グレモリー公爵家の問題か。リアス姉が実家絡みでこんな顔をするとしたら───

「……フェニックス家との婚約のことか」

 思わず漏れた言葉に、リアス姉は少しだけ不満げな表情を浮かべる。

 どうやらビンゴらしい。

「まったく、耳が広いわね。どこまで知っているのかしら」

「相手がフェニックスの三男坊で、婚約を条件にフェニックス家からグレモリー家へ、援助が行われる。俺が耳にしたのはこのくらいだな」

「殆ど全部じゃない。まったく」

「でも大丈夫なの、リーア姉。レベッちゃんの話だと相手のライザーさん、かなり女癖悪いらしいよ。眷属は全員女性で、みんなお手つき……もう朱姉! くすぐったいよぉ」

「ふふっ、せっかく耳をキレイにしてるんだから、大人しくしてなさい」

 耳掻きのボンボンで耳の中をくすぐられて、朱乃姉の太股の上で悶える美朱。

 くすぐっている朱乃姉も楽しそうだ。

「……部長の婚約者って、どういう人なんですか?」

 話の腰を折られて黙ってしまった俺達に、大福を食い終わった塔城が軌道修正をかけてくれた。

「ライザー・フェニックス。フェニックス家の三男で、レーティングゲームの若手プレイヤーの一人。ゲームの対戦成績は10戦中8勝2敗。その2敗も相手の家が格上だったので、勝ちを譲る形だな」

 ここだけ聞けば優秀な若手悪魔なんだが、問題は下半身がらみなんだよなぁ。

「また一流のプレイボーイで、眷属の他に冥界各地に現地妻がいるなんて噂が持ち上がる程女癖が悪い。一説によれば、子供がいるなんて話もある」

 この噂、結構売れてる冥界のゴシップ誌に載ってたんだけど、ジオティクス小父さんは知らんかったんかな? 

 あの超絶親バカなら、こんな噂が立つ相手をリアス姉の婿に選ぶはずないんだが。

 やっぱ、フェニックス家からの援助が曲者か。

 もしくは、古い人だから「家庭に入って子供を産むのが女の幸せだ」なんて考えているのかもな。

 思考を巡らせながら、リアス姉が座る執務席の向かいにあるソファーに腰を下ろす。

「……そんなだらしがない人と、部長が結婚するんですか」

「私はライザーと結婚なんてするつもりはないわ。私の結婚相手は私が決める」

「リアス姉。それ、ジオティクス小父さんに言ったのか?」

「言っても無駄よ。お父様はこの件では私の言葉なんて聞いてくれるわけないもの」

「あの親バカ魔人なら、そんな事はないと思うけどな、それに、こんなところで言ってても、小父さんに伝わってなかったらなんの役にも立たんだろ。なあ、グレイフィア姉さん」

 部室内の闇に覆われた一角に声を投げると、メイド服を着た銀髪の女性が現れた。

 女性として抜群の容姿に、冷たさを感じるほどの物静かな雰囲気を纏うこの女性は、グレイフィア・ルキフグス。

 現魔王の一柱、サーゼクス・ルシファーの女王の眷属であると同時に奥方でもある。

 とある理由でグレモリー家のメイドをしているが、リアス姉の義姉にあたる存在だ。

「グレイフィア姉、久し振り!」

「久し振りね、美朱。慎はまた怪我をしたのね」

 右手のギプスを見つけて眉根を寄せるグレイフィア姉さん。無茶して右腕を折った事を伝えると、呆れ顔で溜め息を吐かれた。

 俺が怪我してるのなんて、いつもの事じゃないか。

「いつもの事だから、呆れているの。旦那様や奥様、サーゼクスやミリキャスだって心配するんだから、もう少し自重しなさい」

 姉さんの苦言に、俺は両手を上げて降参の意を示した。

 こんなところで説教は勘弁してください。

 グレイフィア姉さんとは、冥界のグレモリー家で知り合ってから6年ほどの付き合いになる。

 当時から年上の女性に懐きやすかった美朱が、グレモリー家の中で夫人と並んでよく甘えたのが姉さんで、それが縁で色々と世話になってる。

 自身の休日を除いてはメイドとしての態度を崩さない姉さんが、その例外としてくれているのは息子のミリキャスを除けば俺達だけだ。

 まあ、それもメイドモードの壁を感じさせる態度を嫌った美朱の甘えた攻勢(ベタベタ引っ付く、胸に頭グリグリ、むくれる、拗ねる、挙げ句ガチ泣き。あの時は愚妹がご迷惑をお掛けしました)のせいだったりするのだが。

「それで、姉さんはどうして人間界に?」

「リアスお嬢様の婚約の件を、眷属の方々に伝える立ち会いに来たのよ」

「……それもお父様の指示かしら?」 

「はい。旦那様も先方も婚姻を急がれています。お嬢様に生涯仕える眷属の方々も、早めに知っておいたほうが良いと」

「相変わらず勝手だわ! 大学卒業まで自由にさせてくれるという約束だったのに」

「お嬢様。旦那様もお嬢様の将来を心配しての事なのです。お父上の気持ちもお察し下さい」

「そうかなぁ。小父様の事だから、何かでテンション上げた時に『二人目の孫が見たい』とか思いついて、また早まってるんじゃないの?」

 さっきとは反対の方の耳掃除を受けている美朱が、朱乃姉の腹に顔を埋めながらダレた声で指摘する。ふむ、ジオティクス小父さんの性格からすれば───

「あり得る。ミリキャスの誘拐防いだ時、勢い余って俺達を養子にしようとしたからな、あの人」

「そうそう。冗談だと思って断ったら、サーゼクス兄の方はどうかって真剣な目で聞かれたもん」

「そう言えばそんなこともあったわね。その話を聞いた時は心臓が止まるかと思ったわ」

「朱姉を放ってそんなの受ける訳ないじゃん。もし受けるとしても、朱姉も一緒じゃなきゃ絶対ヤダ」

「あらあら、美朱はいつまで経っても甘えん坊ね」

 姉妹でキャッキャとじゃれ合う二人を他所に、俺達の会話に思い当たる節があるのか、姉さんとリアス姉は顔を引き攣らせる。

「なあ、リアス姉。一度冥界に帰ってサーゼクス兄や小父さん達と、しっかり話し合った方がいいんじゃないか? 面向かって自分の気持ちを伝えないと、今みたいに小父さんの暴走でしたくもない相手と結婚するハメになるかもしれないぞ?」

「……そうね。グレイフィア、お父様達の予定はどうなってるかしら?」

「お待ちください……明後日ならばスケジュールに空きがありますね」

「なら、その日に実家に帰るわ。お父様達との夕食のセッティングを頼めるかしら」

「わかりました。しかし、婚約は両家の合意の上に結ばれたもの。お嬢様がご自身の意思を伝えても、変更される可能性は少ないと思いますが」

「それでもよ。今みたいに自分の気持ちも伝えもしない内から、将来を決められるなんて堪らないわ」

 リアス姉は双眸に覚悟をたたえて、グレイフィア姉さんに見据える。自身を映すリアス姉の瞳に込められた意思を感じ取ったのか、姉さんはそれ以上言葉を続けなかった。

「という訳だから、慎と美朱も付き添いお願いね?」

 ……おや?

「えー。そこってリーア姉が一人で小父様達に意地を通すところじゃないの? 展開的に」

「だって、一人でなんて心細いんだもの。朱乃達は眷属だから連れていけないけど、慎達ならお父様達も文句は言わないと思うし。だからお願いよぉ!」

 目に涙を溜めて、こちらを見るリアス姉に俺は小さくため息をついた。

 少しは成長したかと思ったが、勘違いだったらしい。

 そうだよな。

 メンタル絹ごし豆腐のリアス姉が、小父さんやサーゼクス兄を相手に自分一人で意地を通すなんて、出来るわけないよなぁ。

「わかった、わかった。俺達も一緒に行くから泣くなよ、リアス姉」

「……まあ、しゃあないか。リーア姉が望まない結婚する事になっても、なんか嫌だしね」

「ありがとう、慎、美朱! 二人とも大好きよ!!」

 俺に抱き着き、耳掃除中の美朱の頭を撫でたリアス姉は、上機嫌で執務席に戻って鼻歌交じりで書類整理を始める。

 うん。甘やかしてるのは分かってるから、そんな呆れた目で見ないでくれ、姉さん。

 グダグダな空気の中、自分用のマグカップに珈琲を入れているとイッセー先輩達二年生組が入ってきた。

 面識が無いであろう、祐斗兄以外の二人へ姉さんの紹介が終わり、リアス姉が婚約の話を切り出そうとした時、床に刻まれた魔方陣から炎が吹き上がった。

「フェニックス……」

 炎の中に浮かび上がった紋様を読み取った祐斗兄が小さく呟く。

 突然だが問題だ。

 古い木造建築物とは言え、学舎であるここには火災対策として、スプリンクラー設備が設置してある。

 そのスプリンクラーの真下で、天井に届かんばかりの火の手が上がったらどうなるか?

 ────答えは、土砂降りの雨の様に頭上から降り注ぐ水だ。

「きゃあっ! 何ですのっ!?」

「あわわっ!? 水が耳に入っちゃうっ!?」

「今の炎でスプリンクラーが起動したんだ。早く止めないと……!?」

「フミャアアアアアアアァァッ!?」

「……姉様、落ち着いて」

『火事です! 火事です! 火災が発生しました。落ち着いて避難して下さい!』

「イッセーさん、何か避難しろって言ってますよ!?」

「これって、避難訓練の時に流れる放送じゃねえか!? どどど、どうすりゃいいんだ!?」

「ユーベルーナ、早く部屋を出ましょう! 貴女は身体を冷やしてはいけないわ!」

「ありがとうございます、レイヴェル様」

「来た途端に、水浸しにするとは、リアス! これは何のまねだ!?」

「私がやったわけじゃないわ! ライザー、これは貴方の所為よ!!」

「何っ!? 俺が何をやったっていうんだ、変な言いがかりはやめろ!?」

「こんな時に喧嘩すんな! 全員、早く外に出ろ!!」

 俺の怒声にスプリンクラーと避難放送に混乱していた濡れ鼠達は、避難を開始。

 部室から駆け出るメンツの中に見慣れない、金髪に赤いスーツを着崩したホスト崩れやケバい姉ちゃん。かたや見覚えのある金髪縦ロールがいたがスルーだ。

 この後、俺はオカ研部員に指示を出しながら、旧校舎の火災設備を復旧させていくことになったのだが、こんなところで前世に就いていた、ビルメンテナンス設備員の知識が役に立つとは思わなかった。

 慣れない建物や老朽化していた設備の所為で、スプリンクラーポンプと火災受信機を止めるのに手間取り、さらに魔法による部室の水損被害の修復という作業があった為、全てが終わった頃には時計の短針は10の位置を指していた。

 

「いや、本当にすまない。まさか、レイヴェルやユーベルーナまでシャワーを頂けるとは」

「気にしなくていいわ。貴方達だけ濡れ鼠のまま、放っておくわけにはいかないもの」

 一応は元の姿を取り戻した部室の中、執務席の向かいのソファに座ったライザー・フェニックス氏はリアス姉に深々と頭を下げた。

 部室から脱出した当初は、いきなり冷水を浴びせられた事もあり憤慨していたライザー氏だったが、スプリンクラーについて説明すると、自身に原因がある事を悟って即座に謝罪。復旧作業にも精力的に協力してくれた。

 今こうやって部室が使えるのだって、彼とレイヴェル嬢が温風出して部屋の乾燥を早めてくれたお陰である。

「なあ、慎。あれって誰なんだ」

 リアス姉達が座るメインではなく、部室の片隅にあるサブのソファーの脇に立って様子を伺っていた俺に、イッセー先輩が今更な質問を投げかけてくる。

「彼はライザー・フェニックス氏。冥界の名門フェニックス家の三男で、リアス姉の婚約者だよ」

「部長の婚約者ぁ!? あのホスト崩れがか!?」

「声がデけえよ。あと、失礼な事言うな。三男とは言え、彼はリアス姉と同格の貴族だ。眷属の先輩が無礼を働いたら、それはリアス姉の恥になるんだからな」

 驚いたとはいえ、大声で失礼な事を口にしたイッセー先輩に釘を刺しておく。

 グレモリー家でもう一度、婚約の事を話し合おうってのに、先方ともめ事なんて起こしたら、それをタテに取られる可能性があるからな。

「ところでライザー。こんな時間に何の用なの」

 リアス姉が問いかけると、ライザー氏は言いづらそうに二度三度口ごもっていたが、自身の隣に座るユーベルーナ女史の顔を見て、覚悟を決めた顔でリアス姉に視線を戻した。

「リアス……。いや、リアス・グレモリー殿。すまないが今回の婚約、無かったことにしてもらいたい」

 お互いのソファーの間に置かれた卓に手を付き、頭頂部が見えるほど深々と頭を下げるライザー氏。横のユーベルーナ女史は痛ましい顔でライザー氏の背に手を置いている。

「おおおおおおっ、おい、慎! 今あいつ言ったよな、婚約を無かったことにしてくれって!」

「うるせえよ! 嬉しそうな顔して言うな!」

 歓喜の咆哮を上げんばかりに喜色満面で、こちらに詰め寄ってくるイッセー先輩が、あまりにも空気が読めてないので頭を叩いておいた。

 しかしこれは予想外だ、どういう風の吹き回しだろうか。

「ええと……。それは構わないのだけど、どうしてかしら?」

 あまりにも突然の事に虚を突かれたのだろう、リアス姉はどこか挙動不審な感じで理由を問う。するとライザー氏はユーベルーナ女史を抱き寄せた。

「彼女はユーベルーナ、俺の眷属で女王を務めてもらっている。実は、彼女との間に子供ができたんだ」

 さらなる爆弾投下である。さすがに予想の斜め上過ぎたのか、呆然と口を開くリアス姉。

 隣を見れば、壁際に控えていたグレイフィア姉さんも似たような顔をしている。

 リアス姉の眷属に婚約の事を説明しに来たのに、その相手から婚約破棄を切り出され、挙句その理由がデキちゃったではああもなるか。

「えっと、さ。レベッちゃん、フェニックスのお家的に、それって大丈夫なの?」

「まったく問題無いとは言えませんが、愚兄の婚約破棄はお父様の御意志でもあります。曰く『貴族の責任よりも男としての責任を取れ』との事ですわ。今回の婚約破棄に関して、当家からグレモリー家に謝罪の意を示さねばなりませんが、それに対する費用もライザー兄様個人が負担する事になってますし、本人もそれを了承しています」

 俺の横のソファーで、水損被害の復旧で魔力を使い果たした朱乃姉の膝枕をしている美朱に、向かいのソファーに座っていたレイヴェル嬢が、コーヒーカップを片手に優雅に応える。

 ふむ。フェニックス卿の意見には大いに同感ではあるが、これはこれで厄介な事になった。

 貴族社会に限らず、婚約を破棄されるというのは醜聞だ。特に女性の場合は、相手の男に原因があったとしても、女性に何らかの悪評が付く可能性がある。

 そして、貴族同士のネットワークにそういった悪評が流れると、その後の婚約等の足かせになってしまうのだ。

 あの親バカなジオティクス小父さんが、リアス姉がそうなるのを良しとするとは思えない。

 場合によってはさらに拗れる可能性があるぞ。

「ところでライザー。この話は私の実家に伝わっているのかしら?」

「いや、まだだ。まず当事者の君に伝えて了承を貰ってから、グレモリー公爵様に謝罪に向かうつもりだった」

「そう、私に義理立てしてくれたのね。なら、こちらも礼を持って返しましょう」

 そう言ってソファーから腰を上げ、ライザーの前に立つリアス姉。その気品に満ちた所作はまさに貴族、いつもの残念美人とはまるで別人である。

「ライザー・フェニックス殿。リアス・グレモリーの名において、この婚約破棄を受け入れます。……今までありがとう、ライザー。これからはユーベルーナさんとお腹の子をしっかり守ってあげてね」

「感謝する、リアス嬢。そして、こちらの都合に巻き込んで済まなかった」

「ありがとうございます、リアス様」

 威厳に満ちた宣誓と心の籠った激励に、再び深く首を垂れるライザー氏とユーベルーナ女史。

 これで個人としての決着はついたのだろう、ライザー氏は同行していた二人を連れて冥界に帰還。グレイフィア姉さんも小父さん達への報告の為に帰っていった。

 オカ研部員も部室の復旧作業でクタクタだったためそのまま解散となり、俺も寝たままの朱乃姉を背負って美朱と共に帰路についた。

 部室を出ていく際に、リアス姉が婚約破棄を飛び上がって喜んでいたのは、見なかったことにしよう。

 

 

 

 

「ふんぐぎぎいぃぃぃぃっ!!」

 食いしばった歯の間から、くぐもった気合いが零れる。

 チクチクと胸を掠る切っ先の感触に、必死で腕を伸ばそうとするが、酷使を重ねた筋肉はブルブルと痙攣するだけで、こちらの意志に応えようとしない。

「どうした!? 残りはこの一回だけだぞ! お前はゴールを目前に諦める負け犬か!?」

 竹刀がリングマットを叩く乾いた音と共に、道場内に怒号が響く。

 キツい言葉の激励を受け、俺は乱れた息を深呼吸で整えてもう一度腕に力を込める。

 激励が効いたのか、震えながらも腕は上体はゆっくりと上がっていき、木造の床に身体から流れた汗がボタボタと跡を付ける。

「うっしゃああああああああっ!!」

 勢いをつけて腕を伸ばしきった俺は、身体を捻って胸の下に置かれていた剣山を避けるように床に転がった。

 背中に括りつけられた超圧縮ウェイトの重石の上に乗る形になっているが、どうでもよかった。

 とにかく休息が欲しい。

 身体は内に火が着いたかのように熱く、汗が次から次へと流れていく。

 先ほどまで苛め抜いた腕は細かい痙攣が止まらず、まるで力が入らない。

「随分と参っているな。病み上がりにゴールデンキャッスル名物『地獄の基礎練フルコース』は堪えたか」

 黒塗の竹刀を肩に担ぎながらこちらを見下ろすのは、光沢のある銀の鎧のような身体にマスクを付けた悪魔将軍様だ。

 地獄の基礎練フルコースというのは、重石を背負ったままランニング(遅いとローラーに潰される)20キロ、ショートダッシュ120本、スクワット500回、宙吊りで腹筋1000回、背筋1000回、腕立て(下に剣山を敷くサービス付)1000回をこなすというものだ。

 今日はこれの前に、将軍様と寝技のスパーリングをやったので、さすがに精も根も尽き果てた。

 将軍様はこっちが神器で治せるのをいいことに、極めた瞬間折りにかかるからな。

 お陰で、骨折や筋の断裂なんて数十秒で治せるようになってしまった。

「この程度! と言いたいところですが、さすがにキツかったです。重石を10トンに増やすのは早かったっすかね」

「減らす事は許さん。それを背負って基礎練をこなせるようになれば、貴様の身体は更に強靭になる」

「ウスッ」

「よし。では今日はこれまでだ。クールダウンを忘れるなよ」

「ありがとうございました」

 道場の奥へ去っていく将軍様に礼を言って柔軟体操の準備をしていると、ギプスをしていた所為で少々細く見える右腕が目に入った。

 朝起きてみると痛みも痺れも無くなっていたので、ギプスを外して鍛錬を行ったのだが、超人用のトレーニングといえど以前はここまでバテなかったのに、やはり鈍っている。

 潜心力を全開にする度に自爆する訳にもいかんし、基礎から鍛え直す必要があるか。

 入念にクールダウンの柔軟で身体を解して、一週間ぶりの無限の闘争(mugen)の鍛錬を終えて自室に戻った俺は、トレーニングウェアを洗濯籠に放り込んだ。

 クローゼットから制服一式を取り出すと、片隅に置かれたRPGに出てくるような赤い宝箱が目に入った。

 蓋を開けると、中には貴金属用の箱が数十個、綺麗に詰められていた。

 これらは無限の闘争(mugen)ツアーで手に入れた、魔法の補助が掛かった装飾品達だ。

 皆への土産にと持って帰ってきたが、そのまま渡すのもいやらしいかと思い、外装ケースを買ったもののそのまま忘れていたんだった。

 ふむ。ほっとくとまた忘れそうだし、いい機会だからみんなに渡すとするか。

 冥界にいる知り合い以外の分を袋に入れて、自室を出る。

 居間に向かうと、朱乃姉と美朱がちゃぶ台を囲んで寛いでいた。

 新しく朱乃姉の使い魔になったミニ美朱が、ちゃぶ台の上で細かく砕かれたスナック菓子を懸命に食べている。

 物が喰えたのか、それ。

「おはよう、二人とも」

「おはよう、慎」

「はよー! どうしたの、その荷物」

「これはオカ研の面子への土産。用意してたけど渡すのを忘れてたんだ。はいこれ」

 二人が囲んでいた卓の上に、手にしていた荷物の中からそれぞれの名前のタグが付いた箱を2つづつ乗せる。

 コラ、チビ美朱。油まみれの手で触るんじゃない。

「なにかしら? 貴金属用の化粧箱みたいだけど」

「あー、戦利品みたいなもんだな。この前、行方不明になってた時に手に入れたもんでさ。土産に持ってきてたんだよ」

無限の闘争(mugen)由来の品かぁ。またぶっ飛んだ代物なんでしょ」

「普通に使える便利アイテムだよ」

 美朱の疑念に苦笑混じりに応えてやると、二人は恐る恐るケースの蓋を開けた。

 ケースの中身は、朱乃姉が精巧な意匠が施された純金の髪飾りと、中央に大きなルビーか嵌め込まれた金細工の腕輪。

 美朱の方は朱乃姉と同じルビーの腕輪に、金と翡翠で造られた腕輪だ。

 二人とも本格的な貴金属が入っていたとは思わなかったのか、目の前の品に感嘆の声を上げている。

「えーと。朱乃姉の方が『金の髪飾り』に『守りのルビー』、美朱が『守りのルビー』と『星ふる腕輪』な」

「星ふる腕輪ぁっ!? ドラクエのチートアイテムじゃん! よくこんなの手には入ったね」

「ああ、ゾーマ倒したら手には入ったぞ」

「ゾーマまでいるの!? もう何でもアリだね、あそこ」

「『mugen』だからな」

「えっと…。よくわからないけど、その腕輪は貴重な物なの?」

 朱乃姉の戸惑いを含んだ声に、俺は言葉を飲み込んだ。

 いかん、またやってしまった。

 mugenの元ネタの話題は美朱くらいしか分かる奴がいないから、朱乃姉を置いてけぼりにしてしまいがちになる。

 気をつけているんだが、なかなか直らんな。

「そうだよ、朱姉。これは着けた者の敏捷性を格段に跳ね上げる激レアアイテム。それで、慎兄がこれをブン盗ったのは、大魔王って呼ばれる強力なモンスターなんだ」

「大魔王…。そんなものと闘って、大丈夫だったの?」

「大怪我はしなかったな。強さも2年前にぶっ飛ばしたシャルバとかいう旧魔王の子孫よりちょっと上程度だったし、大したことなかったさ」

「魔王クラスが大したことないとか、慎兄の認識が狂ってる件」

 普通に感想を述べたら、妹に呆れられたでござる。

「まあ、それはいいや。朱乃姉に渡した分だけど、『金の髪飾り』には魔力消費を抑える術式が組み込まれてる。『守りのルビー』は着用者の身体を強力な加護で覆って、簡単な鎧と同等の防御力を与えるアクセサリーな」

 俺の説明に目を丸くする朱乃姉。

 朱乃姉曰く、渡したアイテムはこちらの最高級品よりも効果が上らしい。

「そんな強力なマジックアイテム、いいの?」

「いいって。どうせ俺は使わないし。皆に使われるほうが、有意義ってもんさ」

「慎兄使わないの? こんな便利なもの」

「昔の人は言いました。『男なら、拳ひとつで勝負せんかいっ!!』と」

「……慎兄って、時々もの凄く馬鹿だよね」

 ……我が妹は結構失礼なり。

 この後、受け取りを渋る朱乃姉にアイテムを押し付け(美朱? あいつの辞書に遠慮という文字は無い)軽く腹ごしらえをして、さあ出ようかと思ったら呼び鈴が鳴った。

 参拝客がそんなに多くない神社なので早朝からの来客にも心当たりが無く、首を傾げながら玄関の扉を開けると、妙に気合の入った顔のリアス姉が立っていた。

「朱乃、お父様から連絡があったわ。ライザーとレーティングゲームをするわよ」

 ……なんですと?




 ここまで読んでくださってありがとうございます。
 ライザー氏のキャラが掴めずに、何度か書き直ししてしまいました。
 今回は文字数とmugen成分は少な目ですが、次はもう少し多くなるかと。
 では、今回は用語解説です。

『星降る腕輪』 ドラゴンクエスト3以降に登場する装飾品。素早さを大幅に上昇させる。7までは素早さを2倍にするという破格の性能を秘めている。先手を取ることが生死を分ける後半のボス戦では重宝する。5では装備したままレベルアップで素早さが上がると鈍化するというバグがあった。

『守りのルビー』 7以降、及びリメイク版4に登場する装飾品。装備すると守備力が上がる。鎧等が装備できない魔法職の防具として活躍する。

『金の髪飾り』  ファイナルファンタジーシリーズに登場する頭防具で、『消費MPを半減』という魔法職には喉から手が出そうな効果がある。

『ゴールデンキャッスル』  悪魔将軍が完璧超人始祖であったゴールドマンの時代に、現在の金閣寺のある場所に建築し、悪魔超人始まりの地として自分の道場。

 今回はここまでとさせていただきます。
 また、次回でお会いしましょう。

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