MUGENと共に   作:アキ山

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 待っていてくださる方、お待たせしました。
 ようやく出来上がりました。
 こんな馬鹿話で約二万文字とは、予想外にもほどはある。


閑話 『来ないで! mugenの森』

「みんな、使い魔を捕まえないか?」

 打ちっぱなしのコンクリートに囲まれた部屋。無造作に置かれている古臭いスチール製の縦長ロッカーに、所々に傷が目立つ木製の円テーブルを安物のパイプ椅子が囲み、ビン詰め飲料しか置いてない、栓抜き付のクラシックな自販機が鈍い稼働音をあげる。

 ガラの悪い奴等の溜まり場にしか見えない無限の闘争(MUGEN)の控え室に、声が響いた。

 追っていた文字から目を放して視線を巡らせると、座面に足を乗せ背もたれに腰掛けている行儀の悪い男が、妙案を口にしたとばかりにドヤ顔をうかべている。

 ここの利用者の中でダントツの問題児、ヴァーリ・ルシファーだ。

「相変わらず、突拍子の無い奴だねぇ。そら、順を追って説明してみな」

 保護者である美猴が円テーブルに突っ伏したまま、気だるそうに誘導する。

 ヴァーリの発案という時点で嫌な予感しかしないが、話を聞いてやるだけなら無料だ。

「ああ。少し前に『このシーズンになると冥界の使い魔の森は、新たな眷属に使い魔を与えようとする集団でごった返す』というニュースを見たんだが」

 ふむ、それで?

「そこで、俺は気づいてしまったんだ。自分に使い魔がいない事に」

「それで、自分も使い魔の森に行って、使い魔を捕まえようと?」

 なんだか芝居かかったヴァーリの言葉に、口を開いたのはアーサー・ペンドラゴンだ。

 ブリテンの騎士王の末裔で、祖先と同じ名を持つ。最近の趣味は無限の闘争(MUGEN)の中に存在する、平行世界の先祖であるセイバー女史と剣を合わせる事だそうな。あと、重度のシスコン。

「馬鹿だな、アーサー。俺があんなところで取れる十把一絡げの使い魔で、満足するとでも?」

 瞬間、アーサーの持っていたコーラのビンが爆砕した。隣に座っていた黒い着物姿の女が、ガラスの破片とコーラを浴びて猫のような悲鳴をあげる。

「おや、何故か割れてしまいましたね。片付けをしなくては」

 にこやかに呟いてビンの残骸の掃除を始めるアーサー。童話の王子様を思わせるイケメンスマイルなのに、目は全く笑っていない。

 むしろ、憤怒の炎が巻き上がるように、ギラギラとした眼光を放っている。

 馬鹿に馬鹿と言われたのが、相当ムカついたらしい。

 さて、そこの馬鹿。使い魔が駄目ならどこで─────って、まさか……

「察しがいいな、慎。そうだ! この無限の闘争(MUGEN)の中に住む屈強な生物こそ、俺の使い魔に相応しい!」

 ……馬鹿が予想を超えて馬鹿だった。無限の闘争(MUGEN)に生み出された物は、理の差異からこの空間でしか存在できないのを忘れたか。

「なんだ、知らないのか? 最近無限の闘争(MUGEN)に新モードが追加されたのを」

 ………なんですと!? 

 パイプ椅子から飛び降り、制御コンソールの前で手招きするヴァーリ。横からコンソールの画面を覗きこむと、モード選択画面で今までなかった『サバイバル・ツアー』という項目が追加されている。

 ヴァーリに交代してもらい、新モードの説明に目を通す。

 こいつは隠しモードらしく、ランク『神』のキャラと闘ってダメージを与える事が解放条件だったらしい。

 堕天使のイザコザでブロリー戦から、あまりここを使用してなかったので、気が付かなかった。

 さて、このモードだが、ツアーの名が示すとおり無限の闘争(MUGEN)の世界を旅しながら、敵と闘うというものらしい。

 その特徴は、闘争が従来の試合形式からエンカウントに変化したこと。

 時や場所を問わず、遭遇したら即戦闘なので、常在戦場の覚悟で警戒を絶やさないようにしなければならない。

 また、エンカウント方式なので逃走も可能になっている。

 そして、ツアーモード最大の目玉は、対戦リザルトの成績によってレアアイテムを入手したり、無限の闘争(MUGEN)に登録された闘士を仲間にする事ができること。しかも、仲間になった闘士は現実世界に出る事も可能なのだ。

 え、大丈夫なのか、これ。

 ブロリーと闘ったからわかるけど、あんなの現実に解き放ったら、冥界天界問わず世界なんて速攻で吹っ飛ぶぞ。

 ……あ、Bランク以上の闘士は直接勝たなきゃ仲間にならないって書いてあるわ。

 なら、俺等が上位の化け物共を解き放つのは当面無理だな。

「理解したようだな。ならば、行くぞ! 闘争と冒険が俺達を待っている!!」

「ちょっと待て。俺っちは行くとは言ってねえぜ」

「私もです。興味はありますが、今日はルフェイと買い物に行く約束がある」

「いや、俺も学校あるから無理」 

「と言うか、ここがどこかいい加減説明するにゃ。いきなり連れてこられたと思ったら、あんた等は勝手にどっかに行って、ボロボロで帰ってくるのを見せられただけなんだけど?」

 不参加表明でテンションを上げるヴァーリの出鼻を挫く俺達。そういえば、アーサーの横の女には見覚えがないな。

「この前ヴァーリがスカウトした、黒歌っていう悪魔だぜぃ。黒歌。ここはそこにいる姫島慎が持ってる修練用の空間さ」

 黒歌といえば、確か塔城の姉貴でS級のはぐれ悪魔だったか。

ふむ。顔は何となく似てるような気がするが、腰まで届く髪は黒いし着崩した黒の着物から覗く成熟した女の肢体は、あのチンチクリンな塔城とは比べ物にならん。

「まな板猫娘の塔城とは全然違うな。お前ら本当に姉妹か?」

「いきなり人の身体ジロジロ見といて、言う事がそれか! あと白音は発育不良になってるみたいだから、私も心配にゃ」

「あいつも苦労してるからな。お前さんが主殺ししてトンズラした所為で、上級悪魔共に虐待紛いを受けた上に処刑寸前までいったらしいし」

「そう言う割に、私に怒ってないみたいじゃない?」

 面白い物を見つけたような黒歌の視線に、俺は小さく肩をすくめた。確かに、何も知らなければ文句の一つを言ったかもな。

「お前さんが主殺しをした件について調べる機会があってな。あんな眷属を玩具としか思ってない様なクズなら、殺されてもしゃあないわ」

 サーゼクス兄からの依頼で裏を取ったけど、あれは酷かった。男は奴隷兼憂さ晴らしのサンドバック。女はみんなお手付きの上に性的虐待を繰り返していた。その上、そいつの子供を孕んだ眷属は殺した上に、遺体を家畜に喰わせて始末したってんだから、救いようがない。

「そんなクズを殺しても、お尋ね者になるのが今の悪魔社会なんだけどねー」

「この件については資料もサーゼクス兄に提出したし、むこうも何とか眷属悪魔の地位を向上させようと頑張ってるんだけどな。老害共の横やりの所為でうまくいって無いみたいだ」

 なんでも、この件を持ち出した時は『爵位を持つ純血悪魔と転生悪魔を同列に扱うなど、無礼にもほどがある』とか老人からクレームの嵐だったらしい。

 寿命が長すぎるせいで老人が権力握ったまま、世代交代しないってのは、悪魔社会の欠陥の一つだよな

「いっそのこと、姥捨て山でも造ったらいいにゃ。五千年以上生きたらそこに封印して俗世から隔離するとかで」

「妙案だけどそんな政策通したら、ソッコーで反乱起きて内戦確定だな」

「やれやれ、これじゃあ当分はお尋ね者は継続かにゃあ。早く白音と一緒に暮らしたいんだけど」

「だったら手紙でも書いてやれよ。塔城の奴、お前さんの事がトラウマになって、かなり拗らせてるぞ」

「だって、今更どんな顔をして会えばいいか、わからないもん。事情を知ってるなら、あんたが白音の誤解を解いてくれると助かるにゃ」

 媚びるような視線を向ける黒歌の頭に手刀を落とす。ドゴムッと小気味いい音が響き、黒歌は猫のような悲鳴を上げながら頭を押さえて蹲った。

「こっちも身内がややこしい事情を抱えてんだよ。それも解決してないのに他人のケツなんか拭けるか。自分でやれ、アホ」

 恨めしそうにこちらを見上げる黒歌の視線を無視して、俺は傍にあったパイプ椅子に腰かけた。

 そろそろヴァーリの相手をしてやらんと、またろくでもない事をしかねない。

「それでどうすんだ、ヴァーリ。誰も同行しないけど、お前ひとりで行くのか?」

「ああ、それなら問題ない。ここに居る全員が参加するように手続きしておいた」

 ─────なんだと?

 瞬間、室内にけたたましいアラーム音が響いた。

 急に襲ってきた胴と太腿に締め上げられる感触に向けると、銀色の金属製のベルトによって拘束されている。

「ニャッ!? 何これ、どうなってるにゃ!」

「うおおっ!? なんだこりゃあ!?」

「ヴァーリ、貴方はまた勝手なことを!?」

「馬鹿め! お前達に拒否権があるとでも思っていたのか!!」

 身体を捩りながら口々に悲鳴とヴァーリへの罵声を上げる俺達に、とてもイイ笑顔でパイプ椅子に戻るヴァーリ。

 くそっ! 殴りたい、あの笑顔……!!

「てめえ! 覚えとけよ! 絶対ぶん殴ってやるからな!!」

「ふははははははっ!! 負け犬の遠吠えなど聞こえん! さあ行くぞ、冒険の旅に!!」

 ヴァーリの号令に合わせる様にパイプ椅子がある部分の床が開き、強烈な浮遊感と共に妙にメカメカしい縦穴をパイプ椅子が猛スピードで滑り落ちていく。

 こうして、俺達は狂気と理不尽と非常識に満ち満ちたデスツアーに強制参加するハメになったのだ。

 ………ちきしょう、とっとと帰っとけばよかった。

 

 

 

 

「………何これ」

 眼下に広がる常軌を逸した光景に、思わず言葉が零れた。

 周辺を見下ろせる岩山からの景色は、異様の一言だった。ある場所は緑豊かな密林、またある場所は謎の巨大生物の頭骨が鎮座した砂漠。その他にも上半身のみになった自由の女神が横たわる廃墟となった湾岸倉庫、煮えたぎる溶岩の流れる灼熱の火山帯、吹雪が吹き荒れる凍土、果ては謎の軍事基地や宇宙空間まで。それらがまるでパズルのピースを適当に合わせたように、グチャグチャに隣り合っているのだ。

 原作mugenの知識があるので、様々な格ゲーのステージが隣り合ってるのだと分かるが、実際に現実としてみるとインパクトが違う。

「……これが無限の闘争(MUGEN)内部の世界ですか。表現する言葉が浮かびませんね」

 横に立つアーサーがメガネの位置を直しながら呟いた。異様な光景に口元が引きつっているが、薄いレンズ越しに見える碧の瞳は未知への興奮に輝いている。

「言葉の割に眼がギラギラしてるぜ。妹さんとの約束はいいのかよ?」

「私も男の端くれですからね、この光景には冒険心を刺激されますよ。ルフェイとの約束を反故にしてしまいましたが、この景色を見れたことはヴァーリに感謝しましょう」

 先ほどまで怒り狂っていたとは思えない穏やかな笑みを浮かべて、背後を振り返るアーサー。つられて視線を向けると、ズタボロになったヴァーリを美猴と黒歌が埋葬している姿が見える。

「二人とも。二度と出てこれない様に、しっかりと埋めてください。あれほど来たがっていた無限の闘争(MUGEN)の土になれるのですから、ヴァーリも本望でしょう」

「おうよ。ご先祖がされたみたいに、埋めたら岩山で封印してやるぜぃ」

「当然にゃ。問答無用でこんな変な場所まで連れてきたんだから、落とし前はしっかりつけるにゃ!」

 あっと言う間にヴァーリは地中に姿を消し、その上に美猴が呼び出した人の2倍はある、岩がズシリと圧し掛かる。仕上げとばかりにアーサーが卓越した剣捌きで岩肌に文字を刻む。

「『愚か極まりない白龍皇、自業自得でここに眠る』と。では、出発しましょうか。出来れば今日中に出口を探したいので」

 アーサーに促されて次々と岩山を降りていく俺達。誰も振り返らないあたり、ヴァーリの人徳の無さがわかるというものだ。

 

 岩山を降りて歩く事数刻。道無き道を踏破していた俺達の前に、深紅の溶岩が溢れる火山帯が立ちはだかった。

 自然に冷えて固まったであろう黒い岩場が点在しているので、全く進めないわけではないのだが、危険地帯には変わりない。できれば、もう一つ、二つは保険がほしいところだが、どうするか。

「この程度の障害で立ち往生とは情けないぞ、お前達!」

 アーサーにでも知恵を借りようかと思っていると、上から声が降りかかってきた。馴染のある、というかさっきまで聞いてた声に視線を上げると、やはり白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)を広げたヴァーリが腕を組みながらこちらを見下ろしている。

「ヴァーリ!? なんであんたがいるにゃ!」

「そうだ! あれだけ厳重に固めた封印をどうやって解きやがった!!」

「あ、そうか。ここは無限の闘争(MUGEN)の中だから、死んだり再起不能になったら、無効化されるんだ」

「その通りだ。目覚めたら目の前に自分の墓があったのには正直引いたが、それも冒険には付き物だろう!」

 いや、ねーよ。

「で、何の用があって戻ってきたんですか、死にぞこない」

「探検には勇敢なリーダーが必要だからな。不安に震えているであろうお前達の為に急いで合流したんだ。決して、起きたら誰もいなかったのが寂しかったわけじゃないぞ!」

 相変わらず辛辣なアーサーの言葉を無視して、空中で胸をはるヴァーリ。というか、心情隠せてねーよ。ダダ漏れじゃねえか、アホの子め。

「さて、せっかく無限の闘争(MUGEN)の世界に来たんだ。そろそろ一戦交えたいところだが……」

 そう言いながら獲物を狙う肉食獣の様に視線を巡らすヴァーリ。ややあって何かを見つけたのだろう、その目に強い光を帯びる。

「ふむ、あれなんかはよさそうだな。お前ら、見ろ」

 指をさされた方に目をむけると、溶岩の川の真ん中で仁王立ちしている生物らしき影が見えた。全身が赤の鱗に覆われ、側頭部に二本の白い角を持つリザードマンの様な姿───って、ちょっと待て。

「おまっ!? あれ、イフリートじゃねえか!!」

「イフリート、炎の魔人と言われる精霊か。この冒険の最初の獲物としては悪くない。そうだろう、アルビオン」

『ああ。だが気を付けろよ、ヴァーリ。精霊程度俺達の敵ではないが、ここは無限の闘争(MUGEN)の中だ。奴も普通のイフリートではあるまい』

「分かっているさ。行くぞ、禁手化(バランス・ブレイク)!!」

 気合の入った掛け声と共に純白の全身鎧を纏い、空を翔るヴァーリ。白の軌跡を残し矢のようなスピードで赤の魔獣に接敵した瞬間、世界が紅蓮に包まれた。

「ヌワーーーーーーーッ!?」

『ヴァーリィィィィィィィィッ!?』

 天を覆い尽くすほどの火の鳥の群れに、地上から次々と吹き上がる巨大な火柱。そして、その中心で瞬く間に黒い消し炭になるヴァーリだったもの。………これはヒドい。

 

「……オレハナニカサレタヨウダ」

 コンマ1秒で敗北する事に定評のある白龍皇(笑)の今回の闘いに対するコメントである。

 先ほど黒い炭の様なナニカから復活した馬鹿は、勘違いしていたようだが、さっきの紅い化け物は名前はイフリートでも、現実の精霊とはまったくの別物だ。

 1991年に発売したスクエア作のRPG、『Romancing SaGa』に登場する最強クラスの鬼畜ボス。

 この世全ての炎を操るモンスターと言われており、即死級の全体攻撃を連発する情け無用の化け物。

 無限の闘争(MUGEN)でもその能力と無慈悲さは遺憾無く発揮されており、その実力は『鬼』クラスに位置されている。

 まあ、俺達が手の出せる相手じゃないってことだ。

「敗北したところ悪いが、ヴァーリよ。さっきの闘いの報酬ってのを見てみようか」

「報酬?」

「サバイバル・ツアーモードは、対戦リザルトの成績でアイテムや仲間を手にできるって説明に書いてあったろ。リストバンドに付いた簡易コンソールを確認してみろ」

 俺に言われるままに、右手首に着けた無限の闘争(MUGEN)使用者のステータス管理を担っている簡易コンソールを操作するヴァーリ。興味があるのだろう、美猴とアーサーも投影型ディスプレイを横から覗き込んでいる。

「……どうやら、今回の報酬は仲間らしい」

「へぇ、名前は『しんのゆうしゃ』か。強そうだが、ヴァーリには似合わないねぇ」

「確かに。まずは呼んでみるとしましょう」

「ああ、そうだな」

 野郎二人に促されてヴァーリがコンソールを操作すると、淡い光と共に現れたのはやけに荒いドット絵で描かれたゲームの画面だった。

「え……」

「にゃに、これ」

 状況が理解できない俺達を置き去りに、画面の中では軽快な音楽と共に『私』という人物の冒険が続く。そして、1分ほどが過ぎ左右が火の海に覆われた橋の前にたどり着いた時、『私』は突飛な行動に出た。何と「ホップ ステップ ジャンプ… かーるいす!!」と叫び声を上げながら火の海に飛び込んだのだ。当然『私』は炎に焼き尽くされ、『ざんねん!! わたしのぼうけんは、これでおわってしまった!!』というメッセージと何故か疲れたように見える死神の横顔を残し、画面は消滅した。

「なんだったんだ、今の?」

「もしかして、今のが『しんのゆうしゃ』なんでしょうか?」

 突然の事態に困惑していると、ディスプレイを見ていた美猴が驚きの声を上げた。

「ヴァーリ! お前さんの仲間、死んでおるぞ!!」

「なん……だと……っ!?」

 美猴を押しのけてディスプレイに目を走らせたヴァーリは、信じられないものを見た顔で呆然と言葉を零した。確認してみると『しんのゆうしゃ』の名前の横にしっかりと死亡の文字が刻まれている。

「んー、今のってあれじゃにゃい? いわゆるハズレ」

「なるほど。コンマ一秒で負けたのに、いい仲間が来るはずありませんね」

「ふざけるな!!」

 黒歌の言葉に当人を除いた面々が納得の声を上げていると、項垂れていたヴァーリが怒りの声を上げた。

「呼んだだけで死ぬような軟弱な奴を俺の使い魔などと認められるか! こうなったら、意地でも俺にふさわしい強者を使い魔にしてやるぞ!!」

 自分の負けっぷりを棚に上げて天高く吼えるヴァーリに、俺達は小さくため息をついた。どうやら帰還への道は困難な物になりそうだ。

 

 

 

 

 あれから5日が過ぎた。

 数々の苦難を乗り越え、俺達は遂にこの世界の出口と思われる場所を見つける事ができた。

 思い返せば、この5日間ほんっとうにロクでもない事ばかりだった。

 

『うおおぉぉぉっ!? 追いつかれる!?』

『漕げっ! 死ぬ気で漕げぇぇぇっ!!』

『なんで川にあんな巨大な鯱がいるんですか!?』

『あ……っ、ちょっ……ギャアアアアァァァッ!?』

『び……美猴が喰われたにゃ!?』

『振り向くな! 奴がサルに気を取られてる隙に、引き離すぞ!!』

『仲間を犠牲にして助かろうとは、この悪魔!!』

『やかましいっ! 悪魔はお前だろうが!』

 火山帯を迂回しようと、置いてあったボートで川を降れば、鯨並みのデカさの鯱に襲われたり、

 

『ゴローとキンタロー、モタローに一休だとっ!?』

『奴らを知っているのか、慎!!』

『異世界にある魔界の住人達だ! 気を付けろよ、こいつらに負けたら────』

『FINISH HER!!』

『ミギャアアアアアアァァァァァァァッ!?』

『ああっ!? 黒歌が虎柄の化け物の踏み付けでミンチに!!』

『────ああなるぞ!』

『おいおいおい! 復活するからってシャレになってねえだろぉっ! どうすりゃいいんだ!』

『狼狽えるな、美猴! ああなりたくなければ、負けなければいいだけの話だ!! 奴らを蹴散らすぞ!!』

『コンマ1秒で負けまくってる奴が言っても説得力ねえよぉ!!』

『ガタガタ抜かすなっ! 心にトラウマ抱えたくなけりゃ死ぬ気で闘え!!』

 負けたら『FATALITY』される化け物共に襲われたり、

 

『大竜巻落としッ!!』

『グワーッ!?』

『さすがゴンザレス。剣の間合いの外から投げ技に持っていくとは……!!』

『いや、おかしいだろ! あのおっさん、剣の間合いどころか20メートルくらい瞬間移動して投げてるじゃねえか!!』

『あのアーサーが手も足も出ないとは……。あれが音に聞こえしジュードーの実力か』

『あれ柔道じゃなくて、ロシアのサンボな』

『そんなのどうでもいいにゃ。このままだとアーサーの腰が────』

『大竜巻落としッ!!』

『ウギャーッ!?』

『……もう手遅れだったにゃ』

 格ゲー史上最悪の投げキャラと闘ったり、他にもオメガに遭遇しては波動砲で消滅させられるわ、宝箱を開けたら神龍が出てきてダイダルウェーブで流されるわと本当に地獄だった。

 

「やっと……。ほんとうにやっと、出口を見つける事ができましたね」

「ああ。黒歌は度重なる死の体験によるショックで猫から戻らなくなるし、一時はどうなるかと思ったぜぃ」

 アーサーと黒猫を抱いた美猴が死んだ魚のような目で、『GOAL』とアーチの掛かった上空の黒い穴を見上げている。

 黒く汚れた身体にボロ布となったトレーニングウェアを巻き付けた姿は、浮浪者と言われても仕方ないだろう。

 かく言う俺も同じ姿をしているだろうが。

「あれが今回のゴールか。空中にあるとは奇妙なものだが、この世界を思えばそう驚く事でもないな」

 白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)を広げて、宙で腕を組みながら頷くヴァーリ。あれから何回も擬死体験をしてるのに、馬鹿の空気の読めなさは平常運転である。思わずぶん殴りたい衝動に襲われるが、ここで争っても体力の無駄なので我慢する。

「楽しかった冒険もこれで終わりと思うと名残惜しいが仕方ない。有終の美を飾る意味でも俺がゴールテープを切らねばな」

 何に納得してるのかブツブツと呟いていたかと思うと、ヴァーリは止める間もなくゴールに向けて飛び出した。青空に軌跡を残してグングンと加速する白い流星は、ゴール目前で突如として発生した紅い極光に飲まれてその姿を消した。

 極光の発生源に目をむけると、そこには紫電を纏いながらその姿を現す空中戦艦の様なモノが見える。

「……まあ、こんなこったろうと思ったぜぃ」

「今までの旅路を考えれば、障害の一つや二つ用意していないわけがないですからね」

「それでどうするんだ、あのデカブツ」

「麓に軍事施設らしき建物が見えますから、そこを調べましょう。役に立つ物があるかもしれません」

 ゴールの前に陣取った戦艦から視線を離し、俺達は軍事基地に向けて立っていた丘を降り始めた。

 ん、ヴァーリ? そのうち復活するだろ。

 

 緑が疎らに生える荒野を抜けると、目的の建物はすぐに見つかった。

 有刺鉄線を頂に掲げた鋼鉄製のフェンスに囲まれた広大な土地には装甲車や戦車と言った特殊車両が列をなし、長大な滑走路にはヘリや戦闘機が並んでいる。

 建物の方も、倉庫や研究施設と思われるものの他に管制塔やレーダー設備を屋上に付けたものが設置されている。

 フェンスをなぞるように外周を回り、車両用のゲートが付いた入り口の前にたどり着くと、監視用ブースから一人の女が出てきた。軍施設の職員の割に緑と黒のレオタードのような衣装を着たブロンドの女は、一通りこちらを観察すると俺達に一糸の乱れの無い敬礼を取った。

「この基地に所属しているソニア・ブレイド中尉だ。挑戦者達よ、ここまでの道程ご苦労だった。この施設の責任者の元に案内するので、私に着いてきてほしい」

 口上を終え、見事な回れ右で背を向けたソニアに俺は思わず顔を引き攣らせた。誰かと思ったら、モーコンのソニアかよ! キャラのチョイスが濃すぎるわ!

ソニアの案内で連れてこられた司令室で俺達を待っていたのは、ライトグリーンの軍服に身を包んだ金髪碧眼の中年将校だった。

 各種コンソールやモニターに囲まれた室内の中央に備え付けられた椅子から降りたその男は、軍服と同色のベレー帽の位置を直すと猛禽類を思わせる鋭い視線をこちらに向けてくる。

「おいおい、何者だあのおっさん。もの凄え気迫だぜ」 

「この威圧感に隙の無い所作。間違いなく達人クラスです」

「こんな強者がいるとは、やはりこの世界は素晴らしい」

「フギャァァァッ!?」

 後ろの連中が好き勝手にしゃべってるが、俺には答える余裕はなかった。感じる力や覇氣が半端じゃない。

 相対するとはっきり解る。以前に闘ったブロリーほどではないが、感じる力の桁が違う。目の前の男には逆立ちしても勝てない。それどころか、ヘタをすれば攻撃をまともに当てる事も出来ないのではないだろうか。

 それにこの容姿、もしかしてこいつは……

「挑戦者諸君、よくぞ此処まで辿り着いた。私の名はジェネラル。この基地の司令官であり君達のような挑戦者が最後の試練に挑むのを手助けする役目を負うものだ」

 やっぱりジェネラルかよ! さすが格ゲー史上最凶最悪のラスボス、現状では勝てる気が全くしないわけだ。

「初めまして、ジェネラル司令官。私はアーサー・ペンドラゴンといいます。それで、手助けとは?」

「うむ、これを見たまえ」

 ジェネラルが下でコンソールを操作している下士官にハンドサインを送ると、中央の巨大なモニターに先ほど見た巨大空中戦艦が映し出される。

「こいつの名は対魂斗羅戦艦ドドリゲス。異星人の軍が、魂斗羅と呼ばれる伝説の兵士に対抗するため造り上げた空中戦艦である。ゴールを阻むこれを轟沈させるのが君達に課せられた最後の試練なわけだが……」

 ジェネラルが口にした魂斗羅という単語に口元が引きつるのを止められなかった。魂斗羅って確か、魚雷に乗って水上スキーしたり、ヘリのメインローターの上をルームランナーみたいに走りながら闘う変態のことだったはずだ。

 いかん、嫌な予感しかしない。

「異星の技術で建造された奴の火力は絶大で、ヘリや航空機といった従来の手では近づく前に撃墜されてしまう。そこで、君達には────」

 ジェネラルが言葉を切るのと同時に、モニターが切り替わった。次に映されたのは、ずらりと並んだミサイルランチャーの列だ。

「この基地から発射されたミサイルに乗って奴に接近、後続のミサイルを足場にして戦ってもらう」

 ………何を言っているのか、わかりませんね。

 他の面子も俺と同じ感想を抱いたらしく(某白蜥蜴だけは妙に目を輝かせていたが、こいつは無視だ)呆然としている。

 暴論なんて生易しいレベルじゃない。ミサイルに乗る? なんだそれは!? 狂気の沙汰じゃないか! どうしてこうなった!?

「少々無茶な作戦であることはこちらも承知している。しかし、この程度の試練を乗り越えられなければ、強者の道を極めるなど夢のまた夢だと知るがいい。もし、どうしても受けられないというのなら────」

 いや、少々なんてレベルじゃなくて、人間には早すぎる難行じゃないだろうか。ともかく、こんな作戦に付き合ってられるか! 俺は代案の方を選ぶぞ!!

「私と闘ってもらう事になる」

「喜んで作戦に参加させてもらいます、Sir!!」

 ジェネラルの処刑宣告に渾身の敬礼で参加を決めた。後ろの三人が白い目で見ているが、そんな事はどうでもいい。

 ヘタレとかいうな。

 勝算の無い闘いで心が折れるまでなぶり殺しにされるくらいなら、無茶だろうが何だろうが万に一つの可能性がある分、ミサイルの乗る方がマシだ。

「良い返事だ。他の者も同じ結論かね?」

「あんたと手合わせするのも魅力的だが、ミサイルに乗るほうがおもしろそうだ」

「勝てそうにない相手と闘るよりも、こちらの方が現実的ですか」

「ちょいと打っ飛んじゃあいるが、筋斗雲みたいなもんだろ」

「結構。では、シャワールームに着替えが用意してある。作戦前に身体を清めてくるといい」

「随分と用意がいいんですね」

「慣れだよ。ここに辿り着いた者は、大抵が浮浪者と見間違うような有様になっている。今の君達のようにね」

 厳つい顔に人好きのする笑みを浮かべるジェネラルに口々に礼を言うと、俺達はソニアの案内でシャワールームを借りることになった。

 襤褸切れになったトレーニングウェアをクズ籠に放り込んで、この旅で手に入れたプロテスリングや護りのルビーを取り外し、シャワールームに入る。

 シャワーヘッドから流れる透明な湯は身体を通ると一気に黒く変色する。この5日間ろくに身体を洗っていなかったのだから仕方ないが、見ていて気分のいいものじゃない。

 備え付けられたボディソープで手早く身体を清め、バスタオルで水気を拭きながら着替えを確認した俺は思わず目を疑った。

 包装から取り出した着替えはパンツと靴下、そして軍用であろう迷彩柄のカーゴパンツしかなかったからだ。上半身に着る衣類は一切用意されていない。

 代わりの履物として置かれた軍用ブーツを見ながら考える。

 うん、これはあれだ。

 アメリカのアクション映画によくある、筋肉モリモリマッチョマン系の軍人ヒーロー。

 いやいや。こういうのが似合うのはサイラオーグの兄貴みたいなゴツイ系であって、俺みたいなアスリート系の細筋肉なガキがやっても貧相なだけだから。

 実際に着て姿見を見ると、やはり筋肉のボリューム的に物足りない。これではヒーローではなくて途中で死ぬ脇役の新兵である。

 とは言え、他に着替えがない以上は仕方がない。

 少々気恥ずかしい気分で司令室に戻ると、他の三人も同じ服装で戻っていた。黒歌は未だに黒猫のままらしい。

「全員戻ったか。出来れば1日くらいは休息を与えてやりたいが、規則上そうはいかん。早速作戦を開始する。ソニア中尉、5人を専用のミサイルポッドへ」

「了解しました」

 ソニア中尉に従って進むと、ひと際大きなミサイルポッドに案内された。外付けの梯子で上に上がって気づいたが、このポッドだけ他の物よりミサイルの外部へ出ている部分が多い。

「さて、諸君にはミサイル発射の際、露出している部分に掴まってもらう事になる。このポッドのミサイルには、特別に手足を掛ける用のグリップが用意してあるので、活用してほしい」

 ソニア中尉の説明に嫌でも緊張が高まる。

 了承したとは言え現物を見ると、自分たちの選択がいかにアホかというのがひしひしと伝わってくる。

 だが、ここまできたら覚悟を決めなければならない。この旅を終わらせ、現実に帰るにはやるしかないのだ。

 中尉から通信用インカムを渡された俺達は、四基並んだミサイルに一人ずつ乗っていく。抱き着くような形でしがみ付くとうまい具合にグリップがあるので、こいつを掴めば少々の事では落ちないだろう。

「作戦開始は1分後、開始前には司令部からカウントダウンがある。私が諸君に付き合うのはここまでだ。無茶な作戦だとは思うが、健闘を祈る」

 事務的な言葉を残してソニア中尉は去っていった。

 誰も口を開こうとしない痛い位の静寂の中、俺はゆっくりと息を吐いて氣を練り始める。

 今のうちに臨戦態勢を整えなければ、撃ち出されてからでは遅い。

『司令部より挑戦者各員へ。作戦開始10秒前、カウントダウン終了と同時に作戦開始となる。各員耐ショック体勢を維持せよ』

 インカムから流れる声を聴きながら、全身の経絡を巡る氣を研ぎ澄まし、内勁をさらに高める。

『5…4…3…2…1…作戦スタートです』

 司令部オペレーターの通信と共に響く爆音。ミサイルに点火されたのを確認した次の瞬間、空気の壁が俺に襲い掛かってきた。

 頭から押し潰されそうな圧力に、呼吸をする事すらできないほどの風圧。一瞬でも気を抜けば引き剥がされるような暴力的な奔流に耐えながら、俺は口を開く。

 この作戦に参加すると決めた時から言うと決めていたセリフだ。普段の自分なら絶対にこんな事はしないだろうが、こんなふざけた状況ならはっちゃけてもいいだろう。というか、こうでもしなければやってられない。

「ふははははははははははははっ!! 筋斗雲より速ーいッ!!!」

 

 

 

 

『司令部より挑戦者各員へ、間もなく目標に接触します』

 司令部からの通信に、俺は顔を上げた。風圧は相変わらず強烈で、頭を動かすだけで後ろへ持っていかれそうになるが、離陸するときに比べれば少しはマシになっていた。

 風で歪む視界には黒い船体とこちらを睨む数多の砲門、そして船尾で光の膜に覆われた紅い結晶体が映る。

『諸君、ドドリゲスの弱点は船尾にある紅いコアだ。だが、これは現在バリアで保護されている。まずはコアを上下に挟む形で設置された、バリア発生装置を破壊するのだ』

「司令官。俺達は武器の事を教えられてないんだが、どうやって攻撃したらいいんだ」

「うむ。武器はこちらで用意していない。君達の普段鍛えた技を存分に振るってほしい」

 ジェネラルの言葉に俺は絶句した。素手で戦艦を堕とせってのか、いくらなんでも無茶苦茶だ。

『ほう。君は自身の武術の腕を信じられないのかね?』

「いや、それとこれとは関係ないでしょう。常識で考えて無理ですって」

『古人曰く、漢の最大の武器は己が信念を固く握りしめた拳である。己の拳を信じられない者が武術家とは嘆かわしい事だ』

「うぐ……ッ」

『構わんよ、撤退しても。拳も信じられん臆病者を戦士として送り出した私達の責任だ』

 ちょっと待て、俺は常識的な事を意見しただけだよな。何でこんなボロクソに言われなきゃならない。そもそも、俺はこんな馬鹿げた旅に付き合うつもりなんてなかったんだ。それがヴァーリの馬鹿の暴走に巻き込まれてこのザマだ。この旅で擬死した回数なんて12回だぞ。扱いが悪いにもほどがあるだろ。

『どうしたのかね。遠慮することは無い、撤退したまえ。あの戦艦が怖いのだろう?』

 ジェネラルの言葉を聞いた瞬間、頭の中で何かがキレる音がした。多分、我慢とか堪忍袋の緒とかなんだろう。

 足のフックを外して思い切りミサイルに叩き付けると、つま先が外壁を突き破って固定された。

 もう一方の足も突き刺して身体を起こすと、今まで落ちるだの何だのと、みっともなくミサイルにしがみ付いていたのが馬鹿らしくなるくらい、あっさりと立つ事ができた。

「やかましい!! もうてめえにはもう用はねぇ! ハジキなんぞいるか!! あんな不細工な戦艦も怖かねぇ! ……野郎、ぶっ潰してしてやるあぁぁぁぁぁっ!!!」

 声の限りに叫び、俺はミサイルの外装を蹴り砕きながら戦艦に飛び掛かった。こちらに喰らいつこうと飛来する対空迎撃の砲弾に、ブロッキングの要領で腕を叩き付けると予測通りにあらぬ方向に弾かれていく。

 いけるっ! なんちゃない……ッ!!

 むかってくる砲弾を片っ端からブロッキングで弾き、竜巻剛螺旋で軌道を調整しながら接近した俺は、コアの上部にあるバリア発生装置に拳を叩き込んだ。

 思ったよりも抵抗なく突き刺さった拳を支点に船体に取りついた俺は、もう一方の手を当てレイジングストームを放つ。

 氣の奔流と衝撃波が機械の部品を撒き散らす中を離脱し、竜巻剛螺旋で軌道を調整、後続のミサイルに着地────

 背中に衝撃、反転する視界と浮遊感。対空迎撃の砲弾を背中に喰らったと理解した時には遅かった。

 大きく目測からズレた俺の身体はミサイルを通り過ぎ、虚空に放り出される。

 とっさに手を伸ばすが、掌は何も掴むことができなかった。

 風切り音と何かに吸い込まれるような感覚。青空と地面、そしてなおも続く戦場とグルグルと廻る視界が俺の最後に見た光景だった。

 

 戦艦との戦いの場より少し上の虚空に転移された俺は、いつも通りに竜巻剛螺旋で軌道を調整。時より飛んでくる対空迎撃をブロッキングで弾きながら、何度目かのミサイル群の一つに着地した。

「随分と手慣れたじゃねえか。それならミサイルから振り落とされることもなさそうだねぇ」

「10回も落ちれば、そりゃあ慣れるさ。今ならミサイルの間を八艘飛びができるぜ」

「お前さんは本当にタフだねぇ。俺っちはあの転落死する時のふわっとする感覚に慣れなくてよ」

「俺もそっちは慣れたわけじゃねえよ。けど文句言ってもしゃあねえからな。やるしかねえだろ」

 筋斗雲を足場に別のミサイルに乗り移った美猴に言葉を返して、俺はドドリゲスに目をむける。

 初コンタクトから2時間。当初はハリネズミのようだった対空迎撃用の砲門も動いている物は疎らになり、バリア発生装置は上下ともに完全に破壊。船尾の中央に備え付けれたコアも蜘蛛の巣のような亀裂が走っている。

 ここまで来るまで本当に大変だった。対空迎撃で撃墜されたり、足を滑らせてミサイルから落ちたりして擬死した回数は全員10回超えだ。正直、猫の姿のままで付き合わせている黒歌には悪いと思っている。

「ふぅ、そろそろ終わりそうですね」

 先ほどまで聖王剣コールブランドでコアを斬りつけていたアーサーが、愛剣を肩に抱えながら戻ってきた。こいつも何回も落ちた所為でミサイルに乗るのが上手くなっている。

 ヴァーリは白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)で飛び回りながら砲門を壊し続けているが、数が減った砲台の他に船体に内蔵してあったビーム砲も目を覚ましたようで、手こずっているようだ。

 どうも船体のダメージが増えるほど迎撃の勢いが強まっている気がする。

 シューティングゲームでは、こういったボスはHPが少なくなると発狂モードと言われる圧倒的な弾幕で相手を押し潰す戦術にでるのだが、もしかしたらこいつもそんな状態になりつつあるのかもしれない。

 これ以上時間をかけるのは拙いか。

「アーサー、確かご先祖ちゃんから風王結界パクってたよな」

「パクったって……せめて習得したと言ってください。それで、それがどうしたんですか?」

「ここからコアまで風王鉄槌で道を作れるか?」

「風の道ですか。おそらくは可能ですが、それでどうするんですか」

「これ以上奴さんに時間を与えるとヤバそうなんでな、一発デカいのをブチかます。その為に足場を作ってくれ」

「分かりました。3分、いえ1分ください」

「俺っちはどうするんだぃ?」

「ヴァーリのフォローを頼む。というか、お前は黒歌を連れてるんだから無茶すんなよ。これ以上擬死体験したらヤバいぞ」

「一応気を付けてはいるんだがねぇ。まあ、この辺はしゃあねえさ。ともかく、了解だ」

 コールブランドを正眼に構え、刀身に風を集め始めるアーサーを尻目に、俺も呼吸を整え潜心力を解放する準備に入る。ヴァーリの方を見れば、空中前転の動作で真空波を宿した踵を振り下ろして船体を切り裂き、そのまま両腕から連続で真空波を放ってレーザー発射口を次々と破壊していた。

 ムーンサルトスラッシュにソニック・ブレイク。あいつ、いつの間にかナッシュの技を習得したんだ?

「慎、こちらは準備完了ですよ!」

 アーサーの声に慌てて意識を戻し、俺も潜心力を引き出す。一気に全開にした為、目に見えるほどに高まった氣勢が蒼炎となり、紫電が辺りに渦巻いている。……これってミサイルに誘爆しないよな。

「こっちもOKだ。ぶっ放せ、アーサー!」

「了解。風よ、吼え上がりなさい!!」

 気合と共に振り下ろされた見えざる刃と化したコールブランドの刀身から、暴風が吹き荒れた。本来巨大な鉄槌とかした風圧で相手を粉砕する技なのだが、アーサーがうまく調整してくれたのだろう、風の回廊となってコアまで一直線の道を作っている。

 発射の風圧に吹っ飛ばされて落ちたかと心配したが、さすがは騎士王の子孫というべきか、当人は反動を利用して後続のミサイルにうまく移ったようだ。

 さて、お膳立ては完璧。あとは俺が仕事を熟すだけだ。風の回廊に足を掛け、一気に駆け抜けた俺はコアの目の前で正拳の構えを取る。

 今から放つのは、単発なら現状で最も貫通力が高い技。その分反動もキツいので、潜心力を全開に撃てばどうなるかわからない。それでも、一撃でコアを砕くにはこれしかないだろう。

 回廊を蹴る軸足の力を足首、膝、腰、背筋から肩で増幅しながら捻りを加え、放つ瞬間に全身で増幅した螺旋の力を拳に集束する。さすれば、そこからは放たれた拳は理を超え、巨岩をも粉砕する剛拳となる! これが高木義之直伝の太極拳奥義────

「爆裂……発勁!!」

 螺旋状の氣炎と紫電を纏った右拳は、擂り鉢状の陥没を伴ってコアの中央を貫き、砕かれた紅い結晶体を辺りに撒き散らしてその光を消した。

 インパクトの瞬間に妙な激痛が走った腕を引き抜くと、肘の下辺りから折れた骨が皮膚を貫いて顔を覗かせていた。

 やっぱり、ただじゃすまなかったか。何とも貧弱なことである。これは鍛えなおしが必要だろう。

 拳に異常がなかった事にほっとしながら、回廊から脱出した俺が後続のミサイルに飛び移ると、コアを失ったドドリゲスが船体を大きく傾け沈み始めた。

「やったなって、その右手はどうしたんでぃ」

「無茶して折れた。聖女の微笑(トワイライト・ヒーリング)で単純骨折くらいにまで戻すから問題ない」

「ふん、相変わらず人の悪い奴だ。まさか、あんなパワーアップを隠していたとはな」

「潜心力はまだ未完成なんでな、見ての通りヘタに使うと自爆しちまうんだ。お前こそナッシュの技なんていつの間に覚えたよ?」

「この前勝利した時にな。空中戦でも使えるから重宝しているよ」

「みなさん、のんびりしてる暇はないと思いますよ。このままでは我々も目標を失ったミサイルと一緒に木っ端微塵です」

 アーサーの言葉に、ヴァーリは白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)を広げ、俺とアーサーは美猴の筋斗雲に乗ってミサイルを離れる。

 うん、最初からミサイルなんか使わないでこうしとけって? いや、ドドリゲスの対空砲火がキツすぎてヴァーリはともかく、三人乗りの筋斗雲じゃ撃墜されるのが目に見えてたからさ。

『諸君、ドドリゲスの撃墜ご苦労だった。君達の雄姿は基地の人間すべてが見ていたぞ』

 通信用インカムから流れた作戦中とは違い称賛の意思が籠った深みのある声に、我知らず笑みが浮かんだ。作戦前には無茶苦茶言われたが、今思えばあの言葉もありがたい物だった。

「ジェネラル司令官、支援ありがとうございました。貴方達の力添えがなかったら、俺達はゴールには辿り着けなかった」

『最初に言っただろう、君達を支援する事が私たちの役目だと。そしてドドリゲスを打ち砕いたのは紛れもなく君達の力だ。勇気ある挑戦者達よ、君達には【魂斗羅】の称号を与えよう』

 ……ジェネラルさん、お言葉はありがたいのですが最後の称号は嬉しくありません。なんかその称号持ってると、いつか褌一丁で宇宙遊泳させられるような気がするんですが。

「あー……。ありがとうございます。これで俺達は失礼しますけど、このインカムはどうしたらいいですか?」

『ふっ……。無限の闘争(mugen)の法則を忘れたかね? 現実に立ち戻ればそのインカムは自動的に消滅する。ああ、君達が着ている服はその限りではないから、安心したまえ。ともかく、我々との繋がりはこれで終わるが、君達の偉業と強者への道を一歩駆け上がったという事実は、この世界の記録と私達の胸にいつまでも残り続ける。その事を誇りに思ってもらえれば、この作戦に参加した全ての者たちにとって最上の報酬だ。』

「……了解」

『ではさらばだ、挑戦者諸君。またこの世界で会える時を楽しみにしているよ』

 その言葉を最後にインカムは沈黙した。まったく、最後にジーンとくる台詞をかけてくるなんて、これだから最凶最悪のボスなのに紳士だって言われるんだ、あんたは。

「さて、これで本当に終わりだ。現実に帰ろうぜ」

「いろいろと苦労しましたが、悪くない経験でしたよ」

「……だな」

「さらば、無限の闘争(mugen)の地よ。次に来る時は俺はさらに強くなっているぞ」

「ミャア……」

 口々に言葉を残して、俺達はゴールアーチを潜ったのだった。

 

 

 

 

 さて、こうして俺達の無限の闘争(mugen)の旅は終わったわけだが、諸君は覚えているだろうか、この旅の真の目的を。

 正直俺も忘れていたのだが、この旅の目的はヴァーリの使い魔を探すことだったのだ。

 結果から言うとヴァーリがこの旅の成績から得た使い魔、というか仲間はゴンというティラノサウルスの子供(?)だった。

 呼び出して早々に美猴の足に咬みついてブンブンと振り回すというヤンチャぶりを発揮した為、ヴァーリはいたく気に入っていた。

 ちなみに、美猴が呼び出したのは白湯(パイタン)というパンダ、アーサーはアイルーというしゃべる猫だった。アイルーは妹のルフェイに取られたらしい。

 あの後、家に帰った俺は精も根も尽き果てていた為、右腕にろくな手当もせずに自室のベッドに轟沈。

 血塗れ状態で美朱に見つかることとなり、5日間行方不明だった事も踏まえて、右手が自然治癒するまで無限の闘争(mugen)の使用禁止が朱乃姉から言い渡されるハメになった。

 堕天使の血を引いているから、骨折くらいなら一週間あればくっ付くのでいいのだが、その間鍛錬も禁止というのはやり過ぎではないだろうか。

 3日経った現在では単純骨折まで回復したが、右腕はギプスで固めて首から吊っている状態なので不便で仕方がない。

 あと黒歌についてだが、ツアー中の精神的ショックに加えて呼び出したモノがあんまりな代物だったためか、未だ猫状態から戻る気配がない。

 困り果てた馬鹿三人衆から、唯一の肉親である塔城に会わせてほしいと頼まれた為、部室の前に連れてきてはいるのだが、完全に猫返りしている為こいつが黒歌だと気づくかどうかが問題だ。

 それと、俺達の後ろを付いてきているコレに関してもか。

 とはいえ、黒歌がここまで壊れたのは俺にも責任がないわけでは無い。ここは一肌脱ぐべきだろう。

 S級はぐれ悪魔の件はどうするって? 

 その辺はリアス姉をチョチョイと煙に巻くので問題ない。

 黒歌をギプスの上に乗せて左手で扉を開くと、オカ研のメンバー勢ぞろいで出迎えてくれた。

 アーシア嬢は俺の手を心配し、事情を知るリアス姉や祐斗兄は呆れ半分で苦言をくれた。朱乃姉と美朱はいつも通り、そして塔城はギプスの上の黒猫をガン見していた。

「すまんな、塔城。知り合いから預かった猫が元気が無いんで見てほしいん────」

 俺が言葉を終えるより速く、塔城を目にした黒歌はギプスを蹴って塔城の元へ駆けていった。そして塔城の前で人間形態に戻るとその薄い胸に飛び込んでギャン泣きし始めたのだ。

「白音、白音ぇぇぇぇぇぇぇぇっ!! お姉ちゃん怖かったよぉ!! 男4人に変な世界に拉致されたかと思ったら、ミンチにされたり火達磨にされたりして何回も死んで、挙句の果てにミサイルに乗って空中戦艦と闘って、気が狂うかと思ったの!! それだけして呼び出したのはヘンな大砲だし……!! もう耐えられない!!」

 泣き喚きながら無限の闘争(mugen)ツアーと俺達への不満をぶちまける黒歌に、その身も世もない泣き方に戸惑う塔城をはじめとしたオカ研メンバー。

 む、これは事実を説明しなければ拙いか。

「なあ、慎。一つ聞きたいんだが……」

 身の危険を感じて口を開こうとすると、それより早く俺が来てから沈黙を守っていたイッセー先輩に声を掛けられた。

 ふむ、なんだろうか先輩よ。

「あの黒い姉ちゃんの後ろにあるのって何?」

 主人の後ろに鎮座しその砲身を隆々と天に向けている使い魔を指差し、恐る恐る聞いてくる先輩。何をそんなに狼狽しているのか分からないが、黒歌がこのザマである以上、俺が答えねばなるまい。

「黒歌の使い魔になったネオアームストロング・サイクロンジェット・アームストロング砲」

「え……これ、使い魔? しかも大砲? どう見ても穢れたバベルの塔にしか見えないこれが? ていうかこれ生きてんの? しかも今アームストロングって二回言ったよね?」

 理解不能と言わんばかりの視線が部屋中からソレに注がれる。言いたい事は分かる。だが、現実は非情なのだ。

「ああ、ちゃんと生きてるぞ。どっかの星間戦争で使われた恐怖の兵器とか何とか説明書に書いてあったけど、真相は謎。あと、自律兵器じゃなかったのに、何でか自分の意思を持ったとも書いてあったな」

 俺の説明に合わせて砲身を上下に振って同意を示すそれ。うん、シャレにならんからその動きはやめろ。

「とりあえず、どうしてこうなったのか説明してください。一から全部……!」

 異様な威圧感を背負った塔城に詰問されたので、隠し事無しで全部話したら部員全員から滅茶苦茶怒られた。

 ……あれ、俺今回悪くなくね?

 




 ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
 今回は原作における使い魔の森イベントと同じ時系列です。
 全編MUGEN内で話を作るのがこんなに難しいとは、正直思いませんでした。
 本当はもっと入れたかったネタとかあるのですが、それは次の機会にさせていただこうかと思います。

 では、今回のネタ解説に行きたいと思います。
・イフリート(『Romancing SaGa』の鬼畜ボス。mugenでの評価は『凶』。対戦動画を見た時には笑いしか出ませんでした。)

・しんのゆうしゃ(ファミコンの名作アドベンチャー『シャドウゲイト』の主人公。ファミコンソフトのくせに異様な自由度を誇り、死に方だけでもすごく豊富。mugenのキャラとしては放っておいても勝手に死ぬネタキャラ。興味のある方はシャドウゲイトでググってください)

・モタロー(アメリカの大人気グロ格ゲー『モータルコンバット』に出てくるボス。異様に邪悪なケンタウロスで、飛び道具を自動で反射するという弾幕殺しの技能を持つ。ちなみに、名前の由来は桃太郎)

・キンタロー(モタローと同じく『モータルコンバット』に出てくるボス。こっちは虎の模様が入った皮膚に4本の腕を持つ化け物。必殺技のストンピングは出かかりから終わりまで無敵のガード不能技という理不尽使用。名前の由来はそのまま金太郎)

・ゴロー(同じく『モータルコンバット』に出てくるボス。龍の鱗に4本の腕を持つ龍人。一応王子様らしい。シリーズに出た回数では上の二匹をはるかに上回る。名前の由来は五郎から)

・ゴンザレス(『カイザーナックル』に登場した格ゲー史上最凶の投げキャラ。投げの間合いが画面の半分という壊れ性能。こいつならジェネラルに勝てるという時点でお察しである)

・しんりゅう(『ファイナルファンタジーⅤ』のボス。ラストダンジョンの次元の狭間で宝箱に潜んでいる。知らずに開けてダイダルウェーブで流されるのはみんなの通る道)

・オメガ(『ファイナルファンタジーⅤ』のボス。ラストダンジョンの次元の狭間でうろついている。知らずに接触して瞬殺されたプレイヤーは数知れず)

・ソニア・ブレイド(『モータルコンバット』のキャラクター。キスで相手を爆破するとか結構濃いキャラのはずが、周りがもっと濃いので普通に見える、不思議)

・ジェネラル(『カイザーナックル』に登場した格ゲー史上最凶のボス。原作再現で『凶』レベルに入る性能。某アーケード攻略雑誌に勝つことを諦めさせたのは有名)

・ドドリゲス(『魂斗羅スピリッツ』の4面に登場するボス。ミサイルを足場にして戦うのは原作再現。mugenでもそれは一緒だったりする。こんなのが造れるというのもmugenの魅力の一つ)

 今回は以上となります。次はD×D本編に戻る予定。
 また読んでいただけると嬉しいです。

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